オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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GW出勤した分のお休みで書ける分書ききりたいです


第十二話

夜の闇に浮かぶ二十の塔。それらを含む囲われた建築群、それがリ・エスティーゼの中枢、ロ・レンテ城だ。

戦乱の時代に築かれたものらしく、敷地の外から見たその威容は防衛に優れた堅城と伺わせる。

兵士の居住空間でもある塔は、元は物見や防衛の目的で築かれたのだろう。それらはどこか、城下町とそこに住まう者らを睥睨しているようにも思えた。

しかしその内側にあるヴァランシア宮殿は、そんな無骨さとは無縁の華美なものだった。

そこは王族や六大貴族を始めとした者が集まる場所だ。故に、権威の象徴ともいえるほどに華やかな印象を抱かせる造りなのだろう。

しかしそんな中の最も大きい建物を、少なくない人数の衛兵が慌ただしくしていた。

その内の一人が、上役らしい騎士に敬礼する。

 

「侵入者が現れたと聞いた。結界に反応があったのか?」

「ハッ!姿を確認できておりませんが現在、索敵に優れた魔法詠唱者に捜索させております」

「……門兵は何をしていた!貴様らの仕事は、門の前でひなたぼっこすることかッ!……もし王族に何かあれば、明日には貴様らの首が並ぶものと心得よ!」

「か、かしこまりましたぁ!!」

 

顔を青くした衛兵の後ろ姿に舌打ちする騎士は、自らも王宮の警備のために歩き出す。

 

「(いやぁ、いつの時代も雇われ人は大変だ。下には下の、真ん中には真ん中の苦労があるんだよな。わかるよー)」

 

その原因となっている侵入者、トライあんぐるは霊体化したまま腕を組んで頷いていた。

彼は結局、王城を物見遊山することに決めた。やはりこの町で一番目立ち、現実では画像でしか見たことのない建築群であったので中に入ってみたいと思ったのだ。

しかし《霊体化》のスキルで透明になったまではよかったのだが、門を超えてしばらく進むと警報のようなものが鳴り響いた。

夜闇を震わすそれはユグドラシルにはない魔法だった。彼が《完全不可知化》を使えれば問題はなかったかもしれないが、魔法職ではないので所詮はないものねだりだ。

 

「(まあ強い奴もいないし、しばらく見学したらお暇するべ。いざとなれば憑けば大丈夫だろ)」

 

鳴ってしまったものは仕方ない。特に気にせず宮殿内に進むトライあんぐる。

過去に敵ギルドに侵入した時の経験でそう判断を下す。もし戦いになっても、この場所に自分以上の強さの存在もいなさそうだろう、そんな楽観も彼にはあった。

騒ぎを起こさいように、そんな意識も初めて目の当たりにした『城』というものに吹き飛んでしまったようだ。

 

「(すげえ!行ったこと無いけど、博物館ってこんな感じなのか?なんか高そうな絵画とかあるし、歩いてる連中も高そうな鎧だな。……おぉメイドさんじゃねえか!メイド服って思ってたのより地味なんだな)」

 

気配と姿を断った自分を見つけられる者はいないらしい。しかし先程の会話で出ていた魔法詠唱者という単語、魔法職には注意したほうがよさそうだ。

そして目についたメイド服らしい給仕の女性に目が行く。

らしいと付くのは、トライあんぐるがこれまでメイド服と思っていたものは、フレンチメイドを更に二次元上でデフォルメされた衣装であるためだ。

目の前を通り過ぎたメイドは、古きよきヴィクトリアンメイドの格好に近い。

白いキャップに同色のエプロン、地味に思える黒いワンピースドレスをエプロンの下に着ている格好だ。

まあ地味と言っても王宮にて従事する人間の衣装であるため、見た目以上に高価な衣装なのだろうが。

しばらくは物珍しさにあちこちを見て回っていたが、どうにも衛兵や魔法職らしい人間が集まってきたので人の気配の少ない上階へと《透過》を使って昇っていく。

 

「なんか人が少ないな……」

 

上に行けば行くほど、部屋の面積と高級そうな内装に反比例して人の気配が薄くなっていく。このことが示すことはなんだろうか。

 

「(察するに、少人数で済むくらいに強いNPCがいるのか?)」

 

彼の思惑は半分当たっていた。

確かに上階には腕のたつ人間、近衛騎士が警備を担当していた。

彼らは出自の貴い生まれの中で選りすぐられた戦士である。そんな彼らが守る存在は言うまでもない。

そんな静謐な空間を、猫背でキョロキョロしながら進んでいくトライあんぐる。

害するものがいないとわかっていても今の彼の気分は、間違って従業員用のエリアに入ってしまった一般人のような気分が抜けきらなかった。

それならさっさと脱出すればいいものを、変に貧乏症なトライあんぐるは、せっかくここまで来たんだし見れるものは見なきゃ勿体無いと考えていた。

 

「(おお!?なんか宝物庫っぽいとこ発見!)」

 

そこは警備がいないにもかかわらず、どこか重要なものを仕舞っておくような雰囲気があった。

トライあんぐるが想像するのは、以前webシネマで見た黄金、金塊の山であった。一般人であった彼は、死ぬまでに一回はそんな光景を見たいと思ったものだ。

見るしか無い!わくわくしながら鍵の掛かった扉を透り抜けようとして、寸前で止まる。

 

「まてまて。もしかして、ここにもさっきみたいな仕掛けが……」

 

その懸念は最もだ。またあの警報が発動すれば、ここまで来てお城見学が台なしである。

 

「……魔法の解除ポーションでいけるか?いやでもユグドラシルとは違う魔法みたいだし、どうしたら……」

 

そこまで考えて顔を上げた。自分の体はなんだ?幽霊の体であり、壁を通り抜けることができる。何も扉をくぐる必要はない。

そういったアラームが仕掛けられていない場所を通ればいいのだ!

と言ってもそれを見破ることが出来ないトライあんぐるは壁を通り抜けて外に出る。

 

「う、うぉおおお!?高ぇえええ!!」

 

浮遊しているので落ちる心配はないのだが、床のある空間からいきなり空に出たせいか、彼の中の人間の残滓が悲鳴を上げさせる。

肉のない体にもかかわらず、股間のあたりに引き締まる錯覚を覚える。

ふと見れば城下町の方角に、僅かな人の営みの灯りが見えた。昼ごろに見た、特に生気を感じられるところが一番灯りが強い気がする。

夜景は澄んだ空気、雨上がりの晴れ間に綺麗に見えると聞いたことがある。

ならば僅かな光でも、このタイミングで見た光景に無限の星空とはまた違った情緒をトライあんぐるは感じた。

そんな夜景にしばし見とれていたが、気を取り直しさきほどの扉の部屋の場所を探す。

 

「(窓も、仕掛けられてるかな?一応出入りできるようなもんだし)」

 

となればそこから数メートルずらした位置、変哲もない壁に見当をつける。そこにも警報が仕掛けられているかもしれないが、ここまでくれば運のようなものである。

死霊の手が壁に触れ、音もなく沈み込んでいく。警報は鳴らない。

 

「うし、ビンゴ!」

 

喜色をこぼし体を滑り込ませるトライあんぐる。

分厚い壁から顔を出した空間は、薄暗く狭かった。そこは自分の考えていた光景とは間逆な物だったので、トライあんぐるの落胆は大きいものだった。

 

「――ぁィ――たしの――」

「(んん?なんの声……)」

 

女の声だ。どこか甘く、囁くような熱を帯びた。

はて、と頭に疑問を考え声の聞こえた向きに顔と意識を向け、トライあんぐるは死霊の顔が固まった気がした。

そこには淡い魔法光に照らされた絵画、そしてそれに撓垂れ掛かる女がいた。

寝着をはだけさせその絵画、平凡ながら意思の強い瞳の少年、に頬ずりし、舌で触れ、淫猥な手つきでその絵の男性の頬部分をまさぐる少女の姿。

 

「……クラぁイム、ふふ。私のぉ、クライムぅ」

 

美しい金糸のような長髪を乱し、恍惚とした表情でだらしなく緩んだ口元。まるで娼婦のように、いやそれ以上の色香と情欲が、その絵の周りにだけ淫霧の如く漂っているようだ。普段の彼女を知る者が見れば卒倒してしまうだろう。

 

「(うわ、うわぁ……なぁにこれぇ)」

「ねえクライムぅ?貴方の為に私、こんなの作ったの。見てくれるぅ?」

 

そう言って彼女が掴むものを見ると、金に輝く首輪と鎖があった。鎖は何の変輝もない金属製のようだが、問題はその首輪にある。

金属にしては柔らかく、皮にしては滑らかなのだ。金糸という可能性もあるが、奇妙なあたたかみがその首輪にはある。

 

「これな~んだ?」

「(わかるはずねえだろ。ヒント無しのクイズ番組ですか)」

「……あのね、これは私自身。貴方が綺麗って言ってくれた、私の髪の毛で編んだの」

 

笑いながらその首輪を絵画の少年の首に当て、少女は破顔する。口が裂けたような笑顔で。

 

「やっぱり!とっても似合うわクライム!!どこに出しても恥ずかしくないワンちゃんだわぁ」

 

もぞりと自らの腰を揺らし、少女は絵画の少年の首筋に舌を這わせる。

 

「首輪をつけるのは初めてだから痛かった?……ごめんなさい。でも素敵だと思わない?これをつけていれば、いつでも私たちは繋がっていられる……。クライムぅ、貴方は私の、私だけのモノ。わたしを見て、私だけを見ていてぇ」

 

こんなトコに来てこんな気分になるとは、トライあんぐるは思っても見なかった。

ゲーム越しの悪意や憎悪といったものは味わったことはあるが、それらとはまったく別ベクトルの異常、悪寒。彼の中の語彙では、うまくこの状態を表現できない。

なまじ美しい女性の背徳的な姿と言動に、トライあんぐるのSAN値が削られた気がする。

ユグドラシルモンスターのセンチピートに這い回られるような不快感が止まらない。疾く疾く脱出せねば。

そう考えた瞬間、少女がこちらを向いた。なんの予備動作もないその動きは、まるで人形が首を180度回転したかのようで怖ろしい。

 

「(ききき、気付かれた!?見えない筈でしょぉぉぉ)」

 

焦点のあわない少女の瞳は、トライあんぐるの背後の壁に注がれていた。

 

「今夜は騒がしいわね。本当に邪魔な奴ら」

 

彼女の顔が歪む。まるで親の敵を見るかのようなどす黒い感情が溢れている。

 

「(なにこの娘っ子……サイコパスかよこえぇ)」

 

少女は絵に向き直ると、平らな少年の唇にキスを落とし、自らの顔をこねくり始めた。数秒その行為を続け立ち上がると、そこには気品が感じられながらも、愛嬌を感じる少女の顔があった。

 

その光景を硬直したまま見るトライあんぐるの顔を通り過ぎ、少女は突き当りの壁に触れる。すると隠し扉であったようで、音もなく先の空間の入り口が現れた。

まるで日常と非日常の境界のようで、その空間に我知らず逃げ出したくなる衝動が沸く。

閉じゆく扉の隙間に見える少女の目が、先ほどまでのものに一瞬重なる。

 

「また会いましょうね、私のクライム」

「(ヒエッ)」

 

自分に向けられたものでないにもかかわらず、その豹変にトライあんぐるは怯える。

扉が閉じ、空間も閉じられた。透明ながら、壁から首を生やした死霊はうなだれながら壁の中に消えた。

彼が見たものはある意味、目的のものと同じであった。

リ・エスティーゼの宝とも呼ばれ、可憐な容姿に明晰な頭脳を持つ王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。彼女の異名は『黄金』であった。

 

 

 

雨上がりの道はどうにもぬかるんで歩きづらい。それは四足の獣も人間も同じだ。例外としては、地に足をつけずとも動ける存在。

その一人である死霊トライあんぐるは、先程までのアンビリバボーな恐怖体験を経て、城にはとんでもない変態が住んでいると戦慄を覚えていた。

それを振り切るように暁光差し込む人の雑踏を、霊体化したままただ進む。まさかこんなところに警報のようなものはつけていないだろう。

不死者であるにもかかわらず、今のトライあんぐるは気疲れで横になりたい気分だった。

 

「(あー……、ブレインはどこだよ。憑き慣れたあいつで小休止してえ)」

 

道連れの剣士を思うも、このだだっ広い王都で人を探すのは難しい。そして昨日着いたばかりの異邦人ならぬ異邦霊の自分ではなおのこと。

 

「(適当に休むか)」

 

そう考え、目についた役人のような太った男に憑依する。

全身になにかのしかかったような感覚に男は足を止め、周りを見る。その行動に周囲の人間は怪訝そうに見たが、男の舌打ちで視線は霧消した。

 

「(なんかこいつの中、臭いし暑苦しいな。……失敗したかも)」

 

足音荒く歩き出す男の中でトライあんぐるはひとりごちる。憑き心地の違いにここまで差があるのは初めてだったため、ある意味有意義なことだった。悪い意味で。

しばらくしてその肥えた体が狭い路地に滑り入る。迷路のような道を進んだ先、裏口らしい扉を肥えた拳で男が叩き、その姿を人相の悪い男が確認し中に招き入れられた。

 

「(この感じ、どんどん強くなってるが、ここって空から見た……?)」

 

そうトライあんぐるが考えた時、先導する男が一室に案内する。太った男はそれに尊大に応え、部屋の中に入った。

 

「ようこそいらっしゃいました、ヘーウィッシュ殿()

「おおサキュロント君」

 

ヘーウィッシュと呼ばれた男を出迎えたのは、痩せぎすの血色の悪い男だった。どこか血の匂いが鼻につき、堅気の雰囲気は微塵もない。

名はサキュロントと言うのか、にこやかにヘーウィッシュを出迎えその駄肉の塊と握手を交わす。

 

「わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」

「なんのなんの!市民の訴えに耳を傾けること、これすなわち私の仕事だ。そうだろう?」

 

顔をだらしなく緩ませたヘーウィッシュに、サキュロントは笑みを深める。

 

「(なんかこの雰囲気、どっかで見たことあるような)」

「早速ですが首尾の方はどのように?」

「万事進んでいる、というところだ。廃棄品をもっていった人物が巻物(スクロール)を持っていたのが幸いしたよ。でなくては、君のところの従業員の証言だけでは難しいところだった」

「なるほど、屑にも使いみちはあったようですな」

 

サキュロントは笑みを噛み殺す。

ここでようやくトライあんぐるは思いついた。

 

「(昔の時代劇!確かアクダイカンとエチゴヤってのがいて)」

「裏とりも終わった。連れ去った人物の名はセバス・チャン。しばらく前に王都にやってきた初老の執事で、どこかの家、女主人に仕えている人物だ」

「なるほど。でしたら仕え先次第では……」

「グフフ、上流階級の人間は風聞を気にする。つまりうまい事進めやすい、ということだ」

「(太ってるのがアクダイカンかな?)」

「シナリオとしては、不当な金銭のやり取りで君の店の従業員をセバス・チャンなる人物が買い受けた。これは奴隷解放令に違反することであり、対象の人物の強制捜査、もしくは連行も視野に入れる、とうことでどうだね?」

「……いえ、まずは相手の出方を伺いたい。叩けば埃、より金貨を落とす手合いかもしれません」

「なるほど!そのやり方で行こう。まあ相手に時間を与えずに進めたいので、機会は最初の交渉だけだ。届の書類は既に作っているのでね」

「わかりました。決行はいつになさるので?」

「ふむ、下火月の三日でどうだろうか?」

「かしこまりました。それに合わせこちらも準備を進めておきます」

 

ここまで話した所でサキュロントは手を打った。

 

「ヘーウィッシュ殿、商談も終わりましたことですし、いかがでしょうか?飲食物も用意しておりますが?」

「ブフフ、まずは一汗かいてから頂こうかな?運動の後の食事が最近の楽しみでねえ」

「かしこまりました。では案内いたしますので」

 

やり取りの後、へーウィッシュは興奮したように息を吐きながら席を立つ。先程と同じ案内人の後を追って、地下へと進んでいく。

 

「(よくわからんが、お巡りさんとこ行って『私見ました!』ってやったほうがいいのかな?……いや、企業と癒着する警察んとこに行っても意味ないか。それ以前にここ警察いねえか?)」

 

何故か一般人らしい思考になるトライあんぐるだが、自分が既に人間でないことを思い出す。

よく考えれば自分がなんとかしようとする必要はないのだ。

見ず知らずの人間を貶めるような算段をしているようだが、正義感を振りかざしてそれをご破産にするつもりは自分にはない。自らに火の粉が降りかからないかぎりは。

 

「(憑き先は最悪だが、ここ居心地悪くないな。いろんなところから怨み声が響いてくるし)」

 

残留思念らしい悲鳴や絶望が心地よい。生気は感じられないが、住み心地はいい、トライあんぐるはそう考えていた。

ヘーウィッシュがその部屋に入るまでは。

その部屋にはタンスとベッドしかない個室だった。平民の藁ベッドと違いいくらか上等なもののようで、その上には怯え震える赤毛の少女がいた。

その小動物を思わせる視線に、ヘーウィッシュは己の獣欲が沸き立つのを感じ、衣服を脱ぎ始める。

その状況にトライあんぐるは驚き、数時間前のトラウマ痴女の光景を思い出し辟易した。

 

「(もうなんなん!?この街には痴女とデブい変態しかいねえのかよ!?もう変態の変態による変態のための変態合衆国に改名しろよぉぉぉ!!)」

 

トライあんぐるは泣きたくなった。せっかくここまでの旅で豊かな自然と、ブレインとの交流でイイ旅気分だったのに、台無しにされた気持ちであった。

 

「(こんなところにいられるか、俺は自分の憑き先(ブレイン)に帰らせてもらうからな!)」

 

そう考え、憑依を解除する。霊体化を使わずに。

 

「う、うわああああ」

「きゃぁあああああ!?」

「ホァ!?何事っ」

 

おっさんと少女の悲鳴にトライあんぐるは周りを見やると、二人が自分を見ていることに気づいた。

 

「やべ、《霊体化》すんの忘れてたわ」

「レ、死霊(レイス)だとぉ!?なななんでアンデッドがこんなところにぃ」

「……うへぇ」

 

狼狽する全裸の肥満中年という、精神衛生上最悪のものを見てしまったトライあんぐるは最悪の気分を最悪で上塗りされた気分だった。

今の悲鳴を聞きつけたのか、部屋の前に生物が集まる気配をスキルで感じ取る。

なので、苛立ちと稚気を存分にぶつけることにした。

 

「へい汚っさん」

「な、なに」

「《絶望のオーラⅠ》」

 

いまだ試していないスキルを使ってみる。正直、ここまでの旅路でこれより強い絶望のオーラでは皆殺すだろうと思い加減してみた。

 

「ヒュッ……」

「……」

 

糸が切れた人形のようにへーウィッシュと少女が倒れる。少女はベッドが受け止めたが、男の方は床に倒れ込んだ時に頭を強かに打ったようで鈍い音が聞こえた。

スキルでこの屋敷の人間が死んでいないことを確認し、トライあんぐるは部屋の外に出る。

 

「おぉ死屍累々。死んでないけど」

 

さきほどのサキュロントを含めた強面の男ら十数人が、打ち上げられた魚のように床に転がっていた。

それを興味なく一瞥、トライあんぐるは《霊体化》して天井をすり抜ける。

外はいまだ昼前のようで、ヘーウィッシュに憑く前よりもやや太陽が上に上がっていた。

 

「はぁ。余計疲れ……っ」

 

感知した気配に溜息を飲み込む。視線の先には建物の影に覆われた薄暗い街路しかない。しかしスキル《生者への羨望》で確かにそこに何者かいることがわかる。

しばらく気配を凝視するトライあんぐるだが、出てこない存在に苛立ち焦れ、スキルを使って右手に死神のもつような大鎌を顕現させる。

 

「出てこねえならコイツをぶん投げる。今ぁムシャクシャしてっから本気だぞ」

『お待ち下さい!』

 

慌てた声とともに出現したのは人間に羽根の生えたような影。ユグドラシルでは影の悪魔と呼ばれる悪魔だ。

この様子にトライあんぐるは怪訝な思いを抱く。このモンスターの様子はまるで自分を様子見、監視しているように感じたからだ。

下の気絶した連中の仲間かと思えば正体はモンスター。仲間かと思えばこちらを伺う様子に戦意がないのも妙だ。

 

『私は、とある偉大な御方にお仕えする下僕でございます。我らが主人より、あなた様をお探しするよう仰せつかり参上いたしました』

「お、御方ぁ?どこぞのお偉いさんかよ?」

 

突然の丁寧な態度に毒気を抜かれる。どうやらトライあんぐるの苛立ちは困惑に呑み込まれたようだ。

 

『戸惑われるお気持ち、お察しいたします。詳しい事情は、我らの上役からお聞きください』

「ご苦労様、影の悪魔。ここからは私が引き継ぎます」

 

その声にトライあんぐるはギョッとした。

自らの索敵スキルに引っかからない。その意味は声の主が同族か、優れた隠蔽能力をもつということ。咄嗟に切り札を発動しようとするが、その気持ちは押しとどめる。

振り返るとそこには、金髪の巻髪が映える美女がいた。整った顔立ちに微笑を浮かべ、メイド服の面影を残す衣服に身を包み、胸元や腰のスリットから凄まじい色香を感じさせる。

脚線美を覆い隠すようなごつい脚装備が残念だが、むしろそれは彼女が実戦をこなす実力を伺わせた。

 

「ワーオ、今度はセクシーメイドとは。この街に来てからイベント目白押しで目が回らあ。いい病院があったら紹介してくれよ、死霊でも入院できるとこな?」

「……私はプレアデスが一人、ソリュシャン・イプシロンと申します。以後、お見知り置きを」

 

映画見て考えてたとびっきりのジョークをスルーされた、死にたい。もう幽霊だけど。

しかしトライあんぐるには、こんな仰々しい態度をとられる身に覚えがなかった。

 

「えーと……。あの、その偉大なる御方、でしたっけ?その方が俺みたいなのに、どんな要件なんです?」

「申し訳ございません。主人の御用の中身までは、下僕であるこの身に知らされておりませんので返答いたしかねます。

ですが我らが尊き主、アインズ・ウール・ゴウン様は貴方様とぜひお話したいとのことで丁重にお迎えをと」

「……ちょっ、ちょっと待ってくれ。アインズ・ウール・ゴウン、あんたアインズ・ウール・ゴウンってのを個人の名前として口にしなかったか!?」

「はい、左様でございます」

「アインズ・ウール・ゴウンって言ったら、最盛期は四十一人でギルドランキング九位になった最高の、最強異形種ギルドだろ?対1500人のGvGを撃退したあの伝説の!!

それを、なんで個人が?!ってかギルドが、アインズ・ウール・ゴウンのギルドがここにあるのかっ!?」

 

自分に詰め寄る死霊にソリュシャンは始め警戒するも、すぐに態度を柔らかくする。目の前の存在の言葉の端々に、自分の所属する場所への敬意を感じ取ったからだ。

 

「そのことも含め、ご納得いただくためにも御足労願えますでしょうか?」

 

その問いに、トライあんぐるの中で否などなかった。

 




長かった!やっとでナザリックに合流出来た!

勝った!第3部完!

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