インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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厄介な男性操縦者(オリムラチナツ)

 と、そんなこんながあった7月末。それから随分時間が流れ、11月には無事に黒翼と凍牙の公式発表も終えることが出来、今は高校受験シーズン真っ只中の2月の中頃。

 そんな時に更に厄介な事が起こる事になる。僕にとって、厄介な事。……てかホント、アイツってば碌な事しないって言うか、俺にとって厄介者か疫病神か……。

 

《臨時ニュースです。本日午後、世界で初めてISを動かせる男性が現れました!》

《動かしたのは彼のブリュンヒルデ織斑千冬さんの弟、織斑千夏さんだということですが》

《なにか因果関係があるのか、それとも偶然か。そして今後の、男性によるIS起動の可能性についても……》

 いつもの様に稼動試験の合間、優衣と二人で待機室での休憩中に流してたテレビから、急にこんな言葉が聞こえ、目を向ければつまらないバラエティ番組はニューススタジオの映像に変わった。

 そして映し出される、成長した、でも別れた頃と印象が殆ど変わらない厭味な目付きの少年の画像。認めたく無いけど僕の双子の兄、織斑千夏の顔写真。

「……なにこれコワイ。優衣の言うとおりになったし」

「……いやぁ。ホントになるなんて僕も思ってなかったんだけどねー。ほら、あっちは創作物で、ここは現実。一夏に千冬さん以外の兄弟がいて、束さんがあんなにキレイな人って時点で原作崩壊してる事になるし。だいたい、別の世界に一夏が行き来して性転換して、更にそこの英雄達がこっちに転移してきちゃってる時点でもうカオスすぎだって、この世界」

 ただ、今優衣が言ったように、ここは優衣が知る物語に似た世界でしか無いこの世界だけど、似ているって事は有り得るって事でもあるんだよね。

「まあ、創作的に考えればそうなんだけどね。ぶっちゃけさ、優衣がそれを束姉に話した時の落ち込み方、凄かったもんなあ」

「正真正銘の人でなしって感じの書かれ方だもんね。まあ、僕も前世の記憶は曖昧になってきてて全部を細部まで覚えてるわけじゃないし、そもそも僕が向こうで死んだ時、インフィニット・ストラトスはまだ完結してなかったから、最終的な束さんの人物像を知らないんだ」

「そこは束姉も理解してるって。ほら、"だ、だいじょーぶ。さ、さいごまでかかれてないから、たばねさんきっとほんとはすっごいとってもいいひとなんだよ。きっと、たぶん……めいびー?"、とか言って超動揺してたじゃん」

 描かれた物語の世界の束姉と、現実の束姉。その差は歴然としていて、別人としか思えない。

「ていうか、その話をした時の姉さん、泣きそうな顔をしてて。思わず頭を撫でちゃったしね」

「うん、思い出した。あの時の束さん、凄く可愛かったし。でもさ。実際、世間の評価としての"演られた(つくられた)篠ノ乃束"の人物像と、作品の中の"篠ノ乃束"の印象って、大体同じ様な感じなんだよね」

 そしてその時の、あまりに狼狽えて手をわたわたと振り回しておろおろ涙目になった束姉の可愛さは犯罪的だったと思う。優衣がやんちゃな子犬なら、その時の束姉は怯えたチワワだった。

「確かに。てことは、これってリィンはどうするのかな。年齢的にはかなり上だけど、個人的には来て欲しいなーって、思うんだよ」

 とは言え、千夏がISを動かしたこと自体には特に思うことも無く、でもIS学園入学が決まってる身として厄介だなと考える。

「てのも。千夏って頭と見栄えは良いけど、アホでバカで自己中で傲慢で外道な最低人間なんだよね。正直、僕自身はアイツに負ける気もその要素もない。けど、下手すると同じくクラスとかあり得るし、ちょっと嫌だなって思ってさ」

「……そうだね。それは私も同意するよ。私と一夏に、それにフィーとエマも入るのが決まってるから、リィンも入ってくれた方が面倒なさそうだよね」

 自分の安全はいい。この身は守れる。ただ、精神的な不安が消えない。そう考えるところに優衣も同意したところで、束姉が入ってきてリィンも学院に行くことを教えてくれる。

「大丈夫だよいっくん、ゆいちゃん。それならもう話しは着けて来て、リィン君も同意してくれた。束さんとしても、あんな屑が世界初じゃないって証明したいし、いっくん達をあいつの魔の手から守れる人が居て欲しいしね」

 とそこに、まだ続いていたニュースのキャスターが焦った口調で話し始めた。

《りり、臨時ニュースのぞ、続報です! たった今、世界各国の報道機関および国際IS委員会に対して、指名手配中の篠ノ乃束本人による映像メッセージが届けられました!》

《準備も整っているようですので、届けられた映像を早速再生したいと思います。それでは、どうぞ》

 どうやら束姉がなにかやらかしてくれたらしい。良くも悪くも世界を振り回すのは今も昔も変わらず、か。

《……はろはろ、世界のみんな。みんなのアイドル、束さんだよー。なにやら織斑千冬の弟がISを動かしたらしいね。でも残念。実は世界初の男性操縦者は織斑千夏なんかじゃ無いのだよ。月岡重工に所属してるテストパイロット、リィン・シュバルツァーこそが、世界初の男性操縦者なのだー! 資料として起動ログと稼動試験の映像も付けたし、その正当性とデータ、記録日時が改竄されていないのは束さんと月岡重工の名の下に保証するよ》

 アナウンサーの言葉通り、かつて使っていたラボっぽい雰囲気の部屋をバックに、無表情に焦点の合わない瞳で笑顔を浮かべる篠ノ乃束の姿。演技だって知ってるけど、この微笑みがホントに恐いんだけど、なんていうか、ノリノリで演技してるよね、姉さん。

「ノリノリだなぁ、姉さん」

「だねー。束さんのこの、本気で人を人と見てないって印象に見えるの、本当に演技が上手ですよね。普段の束さんを見てるから逆に楽しくていいんですけど」

「やはは。白騎士事件の後、各国からの脅しが凄くってさ。なるべく見下すようにしてたら、それが割と効果あってねー。いや、束さんも自分がここまで出来るなんて、今以てビックリだよ」

 てか思わず優衣と一緒に言っちゃったけど、姉さんはやっぱりノリノリだし。ま、確かに面白いからいいけど。本心だって知ってるから実際に恐いなんて事もないし。

《あー、そうそう追伸だけど、この事でリィン・シュバルツァーや月岡重工に詰めかけたりするなよ。したら……何が起こっちゃうかわからないからー。それじゃーねー!》

 そんでもって、この"篠ノ乃束"が織斑千夏以外に現れた男性操縦者に対して理不尽な態度を示さない時点で、本来はいろいろ疑わしい点が見える筈なんだけど、あの篠ノ乃束の印象で全部持ってかれるから、リィンも月岡もベールにくるまれちゃうんだよね。

《……いやはや、とんでもない事になりましたね。まさかこの様な事が。しかも篠ノ乃束博士直々に保証するなど、このシュバルツァー青年や月岡重工に興味は尽きませんね。先に釘は刺されてしまいましたが》

《そ、そうですね。しかし月岡重工と言えば、昨年の11月に世界初の量産型第三世代機と第三世代装備の発売を公表した企業でしたね。この映像の日付によると、織斑君より半年以上も前に起動している事になりますが、何故月岡はこのことを隠していたのでしょうか》

 アナウンサーやコメンテーター達が憶測を適当に話し続けるのを横目に、束姉にこれで大丈夫なのかを聞いてみる。

「いいの、束姉? これじゃ姉さんと月岡が繋がってるって、知られちゃうんじゃない?」

「そこは大丈夫だよ。だって、ここに居るのは一IS技師の緒方タリサ・バレスタインであって、IS発明者の篠ノ乃束じゃないし、その姿はここに無い。篠ノ乃束は単に事実を知って、興味を持って調べあげたデータの裏付けを取って世界に通知しただけ、てところかな」

「うわぁ……」

 その答えにはまあ、確かに篠ノ乃束の姿をした人物はこの世界のどこにも居ないんだよなと、改めて思い出す。僕も束姉も、容姿が完全に変わってるから。

「あははっ。束さん、カッコイイ!」

「えへへ。褒めて褒めてー」

 ともかく、リィンの存在が世界に知らされて、やるべき事が増えた。書類仕事万歳って感じだけどまあ、その辺は僕達のやることじゃないし、せいぜいリィン達に地球の学校生活上の常識を教える程度かな。

「やる事沢山出来たね。リィンの専用機登録に専属操縦者登録とか、社員登録も正式なものにしないとだし」

「その辺はもう、いつにい達が手続き始めてるから心配無用だよ」

 と、そこで束姉が真剣な表情になって、僕達を見つめてくる。そして放たれた言葉は、ある意味想定内のことではあったのだけれど……。

「ねえ、いっくん。ゆいちゃんも。もしかしたらね、篠ノ乃束は、近い内に起こるかもしれない戦争に荷担する。いつにい達や月岡の上層部もそれは承知して、その為の準備も既にしているの。二人にも教えてない兵器群(モノ)も沢山、開発してる」

 エレボニア帝国の内戦とクロスベルとの国際紛争。両方の表裏にどっぷり関わった身としてはこれ以上、戦争には関わりたくない。でも、僕は関わらざるを得なくなるんだろうね、きっと。

「……戦争、か。内戦と国家間戦争に身を投じた経験を持つ者としては、なるべく避けて欲しい、なんて思うけど」

「私も、自分が戦争に巻き込まれたこと無いけど、戦争自体は嫌いだな。でも、私達が戦わないと、不幸になる人が沢山出ちゃう。戦えない人が不幸になるのは、みたくないよ」

「うん。ごめんね、いっくん、ゆいちゃん。でも、今のISのあり方は篠ノ乃束が考えた物じゃない。私自身としても、タリサとしても、本音では兵器としての開発は、これ以上は進めたくないの」

 女権団体やテロリストがISを使って起こす事件が増えているのは事実。更に、国家間での紛争にISが使われているのは最早公然の秘密でもある。

「非公式とは言え、ISが戦争や政治の道具にされている。内戦や国際紛争に使われてるのも知ってる。各国から盗まれたコアのリストがあるから、それは、強奪されてテロリストに使われているISが相当数あるって言うことを意味してる。そんな現状が、私には我慢が出来ない」

 そして暗躍する亡国機業(ファントム・タスク)と呼ばれる大規模テロ組織とその支援組織。束姉がいう戦争とは多分、この亡国機業を中心としたテロリスト達との戦争の事だろう。

 黒翼や黒鋼、それに凍牙や各種装備は、基本的に戦争下における対IS戦闘と全領域での対軍戦闘を念頭に置いて設計された、競技用装備とは全く異なる、あくまでも純粋な戦闘用の兵器群。IS学園に通う時には、競技用ISと同等になるよう、機体と装備の両方に厳重なリミッターをかける事になってる。ついでに言えば、通常部隊用の対IS用兵装も開発されてるのは分かってる。恐らくは各国でも開発されてるだろう事も。

「だね。それに、父さんやここのスタッフみんなが思ってる事ですし。それは束さんもわかってますよね。二歩先に進むために、その前にある壁を壊すための準備をしているって」

「もちろん。じゃなかったら、ここまで協力しない。ここの人達やりょうねえやゆあちゃん、そうくん。みんなの思いはちゃんと受け取ってる」

 宇宙へ行くための専用装備や機材ももちろん開発されているし、テストも頻繁に行っている。宇宙にだって、低軌道までではあるけど、大気圏再突入艇や増加スラスターを使ってもう何回も上がってる。IS単独での大気圏再突入は、専用装備を付けてても未だに怖くて慣れないけど……。それでも、その前に、人類の敵を叩きつぶさなきゃならない。

「……でも、ね。束さんとしてはさ、そろそろ、堪忍袋の緒が切れた、て言いたくなってるんだよね」

 束姉の悲しげな呟きに、覚悟を改めて決める。姉さんの刃になることを。

「一昨年、いっくんに協力してもらって助け出したくーちゃんとれーちゃんだって、成功体の一人でしかないラウラ・ボーデヴィヒの予備として生かされてただけだった。くーちゃんとれーちゃん達本人に発現した能力が、想定を下回ってたっていうだけで」

「今は二人とも元気に生活してるけど、同じ生み出された命なのに酷い差があった。レイアはともかく、クロエをやや上回る程度のボーデヴィヒは成果を出せたから代表候補生にまで上り詰めて、ドイツ軍IS部隊の隊長にまでなってる。でも二人は……」

「もう少し遅かったら。そう思うと私は……。二人を助けられて、本当に良かった。もう少し体力が付けばもっと遊びに行ったり、学校に行ったりも出来るようになる。でも……」

 クロエとレイア、束姉やお父さん達、月岡のみんな。守りたい人達の為に剣を執る覚悟を決める。

「ねえ、束姉。俺は、姉さんの味方だよ。姉さんの考えの賛同者で、協力者。もし戦争を起こすなら協力する。最前線に出る覚悟も、殺し合う覚悟もある。そして、束姉の考えに賛同してくれる人は世界中に沢山居ると思う」

「僕もですよ束さん! IS学園に行ったら、僕達でそういう人を探そうと思ってます。僕と一夏だけじゃない、リィンも、フィーもエマも!」

 そんな俺と優衣の言葉に、姉さんは涙を零しながら、それでも笑顔を浮かべてくれた。

「うん! いっくん、ゆいちゃん。あと、ここには居ないけどリィン君達にも。お願いします!」

 そして願いを受け入れ、はっきりと宣言する。

「任されました!」

「任せて下さい!」




亡国機業という存在は、その筋の人間にとっては周知の組織です。
また元女性軍人を中心とした一部の女権団体は亡国機業の実行部隊として傘下に入っています。
この戦争への荷担は、月岡重工のみならず日本国内の一部の企業と、更に政府も関与しています。
日本政府及び各省庁内の女性利権派閥は、現時点では割と勢力を削がれているため、女尊男卑の風潮は、日本に限っては原作よりは酷くはありません。……という設定です。

で、ISを紛争や内戦に使わない国は無いでしょうね。当事者達には死活問題ですから(・・

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