インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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面倒くさい政府(ヤツラ)

 時はまた流れて、一夏達が中学三年になってすぐ。後に日本のIS業界地図を完全に塗り替える大騒動の最初の一手となる事件が起こった。

 発端は、月岡重工のIS開発部に唐突に送りつけられてきた、国際IS委員会の日本支部である日本IS協会、通称ISAJからの二通の重要通知書類だった。

「……は? 代表候補生選出通知? 代表候補生育成施設への出頭命令? なにそれ? そんなの何もしてないし、聞いてないよ?」

「僕も同じく。ていうか、代表候補生の選抜試験に申し込んだ覚えも試験を受けた覚えもないっていうか、代表候補生になる気自体ないんだけど」

 曰く。月岡重工に所属するテストパイロット。緒方ステラ・バレスタインと緒方優衣の二人が代表候補生選抜試験に合格。指定の期日までに育成施設に入れという、実質的な政府公認の命令書が届いたのだ。

 ただし、一夏も優衣も選抜試験など受けてなどおらず、受験申請すらもしていない。そもそも一夏が言った通り、二人には代表候補生になるという思いも考えもない。にもかかわらず、二人共に同じ書類が届くという、不可解な事態となっていた。

「だよなぁ。なんだこれ。というか出頭命令って何様のつもりなんだISAJは。しかもこの様子じゃ、B判定以下のテストパイロット達は視野に入ってないみたいだな」

 当然、あまりの内容に一夏達の上司であり、IS開発の総責任者たる樹も頭を抱えて唸る。

 稼働試験を担う試験運用部には、一夏のクラスメートの神塚沙耶香や先輩に当たる女性、五島涼香、後輩の神谷亜子など、三十人以上のテストパイロットが在籍している。そんな中、書類は公式にA判定で登録されている一夏と優衣だけに送られてきたのだ。

 ニアA判定と高い練度を持つ沙耶香や、同じくB判定だが一夏達に匹敵する技量を持つ涼香や亜子達など、代表候補生の候補として見るならば十二分以上の実力を持つ者が多数居るにもかかわらず、この事態である。

「いつにい。それ、日本政府の一部の暴走で、ISAJは漁夫の利狙い以外は噛んでないっぽい。これ見て」

 と、そこに束が現れてネタバラし。関係各所から情報を盗り、辿り着いた真相説明をする。

 それは、つい先日まで日本代表候補生主席だった更識家当主、更識楯無が自由国籍権を行使してロシア代表に選出されてしまい、二期連続の日本国家代表不在が解消されなかったこと。

 また質実共に不足し、定数割れが続いている代表候補生枠を補う必要があるため、国家プロジェクトとして、登録されている有力なAランク登録者を候補生として強引にスカウトする、とのことだった。

「で、こんなアホな事、誰が言ったんだよ。Aランクったって、簡易検査だけでISに触ったことすらないやつも居れば、搭乗時間の長いCランクと同程度の技量しか持たないやつだって多いはずだぞ」

「そうなんだけど、防衛省IS管理部と文部科学省IS推進課の幹部連中、相当焦ってるみたい。ただでさえ定数切ってる候補生なのに、質の方も相当悪いみたいだから、形振り構っていられなくなってとにかく高ランク保持者を集めようとしてるっぽいね」

 束の情報から読み取れるのは、国家の面子を保つため、登録されてるAランク判定を持つ者を手当たり次第に施設に入れて無理矢理代表候補生を増やし、量で質を向上。

 その候補生達の中から国家代表を選出するという意図であり、通知を送ってきたISAJはただ、その尻馬に乗っただけであった。

「……よし束。まずは優衣と一夏の専用機を作るとするか。というかそれで黙らせよう。俺の大事な娘達をこんな面倒な事に巻き込んで堪るかってんだ」

「同感だよお父さん。私の大切な妹達に手を出すヤツは、この束さんが黙ってないよー。てことで、まずはいっくん達と、ついでにさやちゃん達にも正規社員証を発行して、後は専属操縦者登録と専従操縦者登録も必要だね」

 もっとも、そんな甘い算段を許す樹と束ではない。一夏を初めとするテストパイロット全員の尽力で完成間近となった第三世代試験機を流用し、二人の専用機とした上で企業専属とすることで、国や行政、ISAJが手出し出来なくする。

 同時にテストパイロット全員を企業専従操縦者として正式に登録することで、沙耶香を初めとする全員を政府の魔の手から守ると言うこと。

「あのぉ、お父様にお姉様? 当事者の私達に話しが全然見えてないんですけど!?」

 だが、樹と束が二人だけで話を進めるあまり、優衣も一夏も、話を読み切れないまま放置される事となってしまった。

「なんだ優衣。お前にしちゃ察しが悪いな。お前と一夏をウチの専属操縦者にしてしまえば、こんな選出と出頭命令なんざ紙切れに出来るって話しだよ」

「そういう事ー。ついでに日付を遡って書類提出すれば無問題だしねー」

 その事に呆れ半分、申し訳なさ半分の樹と束が説明すれば、優衣も一夏も納得したのか、やや自信なさげにしつつも、順に礼を言うのであった。

「……ありがとうございます、でいいの?」

「だと思うよ、きっと。えっと、ありがとう、姉さん、お父さん」

 こうして、後に世界初の量産型第三世代ISとなる黒翼(くろはね)とその専用仕様機、黒鋼(くろはがね)シリーズの完成と発表が、予定よりも一年近く早まることとなった。

 またこの会話の最中に、酷く慌てた様子の優亜が専用回線を使い緒方の家にも通知が来てる事が報告され、一夏達が予算は大丈夫なのか、専用機を二機も組んじゃって、と心配した事は完全に余談であった。

 

 なお、一夏の専用機となった緋鋼(あかはがね)については、黒百合に用いられた新型コアが一夏に完全最適化していたため、黒百合を黒鋼と同等の仕様に改装し、装備の追加等を行った上でコアの番号を正規保有コアの番号に擬装する形で登録されることとなった。

 

 更に余談ではあるが、後年、受領が決まっていた代表候補生の専用機建造を倉持技研が途中放棄した事件と共に、この政府も関与した非常識な施策が、日本国内はおろか世界中に知れ渡ることとなり、倉持技研と日本政府、省庁中枢にいたIS推進派。さらには日本IS協会と、それらを黙認した国際IS委員会や各国政府の権威を地に落とす遠因となる。




裏話として、この時にはまだ簪は代表候補生になっていません。この後に行われた代表候補生試験を受けて主席になり、打鉄弐式に開発計画が開始されます。
尤も、ご承知の通り後に打鉄弐式開発計画自体が破棄されてしまう事になるのですが……。

尚、一夏と黒百合のコアが完全最適化しているのには理由があります。もっと先の話で理由が判明することになりますが。

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