インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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一輪の黒百合と二輪の小さな花

 一夏と束が2月にゼムリアから帰って来て、樹の話しに応じてISの開発を手伝うようになってもうすぐ半年になる7月の中頃。

 一夏は優衣と共に専従テストパイロットとして、翌々年の末までに発表を予定してる第三世代兵装、思考制御型独立浮遊機動端末《凍牙(とうが)》その制御補助システム《ブラスターシステム》。そして本体である第三世代IS《黒翼(くろはね)》の調整中。

 その日も普段通りの業務として、授業を終えた一夏達はISや兵装の稼動試験をし、調整、デバッグ、試験を繰り返しながら試験予定を終わらせて帰宅。

 しかし夜も更けきったころ、束が一夏の私室を訪れ、彼女を普段使っているIS開発部では無い、全く違う施設へと連れていく。

 

 その施設は港のようになっている地下空間で、その一角にある格納庫に入ると、その中央には1機の真っ黒なISが置かれていた。

 駐機状態のその黒いISは、誰にも見えず、誰も見付けられない。そんな、ひっそりと咲くのを待つ黒い花の蕾の様。

 

 吸い込まれるようにその黒を見つめる一夏は、これは目の前に居てさえ、誰にも見つからないISなんじゃないかと考える。そんな一夏に、束は振り返って話しかけた。

「その子の名前は黒百合(ブラックサレナ)。多分いっくんが考えてる通りの、電子電磁光学併用ステルス型のISだよ。それでいっくんに頼みたい事があるの。まずはこの子を最適化(フィッティング)するから、乗り込んで」

 誰にも見えざる、まだ花開かない黒百合の花。一夏はその姿を見つめ、束の言葉を聞きながら思い、呟く。厄介事か、と。

「……僕に頼みで、こんなそれっぽいISをパーソナライズするって事は、もしかして潜入系?」

 そんな一夏の呟きに、束は視線を逸らしながらも謝り、そして目線を合わせ直して懇願する。

「うん。フィーちゃんと同じ様に、こういうの得意だったでしょ。それでね、一人、助けて欲しい子が居るの」

「了解。姉さんの頼みは、殺しと盗み以外なら断らないよ。その子、何かの被害者なんでしょ?」

 一夏としても、束がそうまでして助けたい少女の事は気になる。救出のためであるなら手助けする。意味の無い殺しはしない。盗みもしない。人の道を外れる事もしない。しかしそれ以外なら、と。

「科学の、そしてISの被害者でもある女の子なんだ。ドイツ軍が作った戦闘用クローンの一人で、擬似ハイパーセンサーを目に植え付けられちゃった子。戦闘用なのに戦闘能力がないから、失敗作と言われて今は隔離されてる上に虐待まで受けてるの」

「なら、行くよ。教団じゃないけど、やっぱり似た様なのは地球にも居るんだね。姉さんの気持ちだけじゃない。僕もその子を助けたい」

 黒百合に身を預けた一夏と、その調整をする束の間に僅かな会話が続く。自分が原因となって直接被害を被っている少女を助けたいのだと嘆く束。

 対して一夏は、過去、帝都の中で攫われかけたあの日。D∴G教団の巫女にされかけた日のことが思い起こされ、完全に決着を付けたその因縁の相手も思い出しながら、似て非なる行いを許したくないと考える。

 故に、元より禁忌に手を掛けて生み出された存在であり、さらにISがあるからこそ、重なる不幸をその身に受けている少女を、偽善だと判りながらも助けたいと願う束と、受け入れる一夏。

「ありがとう。黒百合は完全に近いステルス性を持たせた全身装甲(フルスキン)型内部装甲に外部増加装甲、ハイパーセンサージャミングシステムと電磁、光学ステルスを搭載してる以外は低認識塗装版の疾風(はやかぜ)そのまま。兵装も近接ブレードとライフルに爆装類、それと対人用のスモークグレネードとテイザーガンだけ」

「ん、それだけあれば大丈夫」

 軍の基地に潜入するということで万全を期して組まれた黒百合は、基本性能はラファール・リヴァイブをベースとした月岡製の稼働試験機、疾風と同じだが、搭載されたステルス機能を全て起動した際には、目視で直接見ても認識しきれない程の隠蔽性を持つ。

 信頼する姉が手掛けた機体を預けられて、失敗は許されない。そして、その気の欠片もない一夏は力強く頷く。

「ただ……。コアは新しく作った未登録ので、リミッターも掛けてないから、それだけ気を付けて。往復は黒百合からの遠隔操縦が出来る大気圏再突入艇(SSTO)を用意したから」

「うん、大丈夫。研究所自体は?」

 それでも心配の尽きない束は、改めて黒百合のコアについて注意を促すが、それでも一夏の束に対する信頼も自信も、そしてこの救出任務を成功させるという気概も揺るがない。

 束と会話をしながらも、纏った黒百合の調子を確かめつつ、束が導くまま文字通りの港、地中港であるこの場所の桟橋の一つに横付けされた巨大な水上航空機、再突入艇の側へと歩く。

「……消してきて。許せないから。もしその子以外にも似た様な目に遭ってる子がいたら、何人居ても連れてきちゃって。でもそれ以外の研究員や施設関係者は全部……消して」

「任務受諾。行けるよ、姉さん」

 最後に。他にも助けを必要とする者が居れば助け、しかし研究所は文字通り世界から消し去る事を望む束に、再度頷く一夏。人の命は、決して軽くはないが、安易に命を弄ぶ者を生かしておく通りもない。

「……ごめんね、いっくんにこんな事を押し付けちゃって。行ってらっしゃい。気を付けて、そして無事に帰ってきて。お願い」

「大丈夫。人道に悖るヤツ達なんかに容赦しないし、慈悲もない。行ってくるね、姉さん」

 自分の大切な人に、大事な妹に人の命を左右させる事の罪悪感を抱き、それでも一夏の無事を祈る束を、一夏は黒百合の展開を一度解除してから、そっと抱き締め、許しの言葉を告げる。

 しばらく抱きしめ合った二人はどちらからともなく離れると、一夏は黒百合を再展開してSSTOに乗り込み、日も昇りきらない海へと艇を進め、やがて宇宙(ソラ)に向けて飛び立つ。

 

 そうして日本を発った一夏は、一度大気圏を抜けて亜宇宙へと飛び、再び大気圏に突入して深夜のドイツの、とある深い森の中にある研究所へとSSTOごと突入。

 纏った黒百合と共に内部を突き進み、自動警備システムや警備兵を無力化しつつ、配備されたISによる妨害も排除。撃破したISのコアも回収しつつ、施設最深部に囚われていた二人の小さな女の子を助けると、再びSSTOに乗り込み、飛び去る寸前に搭載された量子弾を撃ち出し、研究所を量子の海へと"沈めて消して"から日本へ帰った。

 

 助けた少女達にはコードナンバーだけが付けられていたため、一夏と束は樹達と話し合った後、二人はクロエとレイアと名付けられ、緒方家の養女(五女と六女)となった。涼夏や優衣達の反対もなかった。

 この二人の少女、クロエとレイアは、ドイツ軍の一部研究者により遺伝子強化試験体(戦闘用クローン)として創り出されるも、他のクローン達と違い戦う力を全く持たずに生まれてしまった、小さなか弱い少女達だ。

 しかしドイツ軍は、生み出すのに莫大な費用がかかった彼女達をただ処分するのではなく、より有効利用しようと考えたらしい。それが、軍に制式採用されたISに対して、より高度に適応するための強化措置の研究……の為の実験体。ナノマシンによる擬似ハイパーセンサーの人体移植実験。

 二人に移植されたこの人造の魔眼は《越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)》と呼ばれ、一夏が持つ真性の魔眼と似て非なるモノであり、この人造魔眼の移植試験母体となった彼女達は、移植試験には成功。だが、魔眼を得て尚、クロエはISを有効(効率的に人を殺す為)運用(操縦)する事が出来ず、レイアに至っては操縦する事すら出来なかった。

 そのため彼女達は研究所に閉じ込められ、虐待され、そして処分が決定された。執行まで間もない、間一髪の救出だった。

 

 そんな二人は、虐待により受けた酷い肉体ダメージと心理的ダメージを癒すために、深い眠りに就いている。治療自体は順調に進んでいるため、緒方家は揃って、二人が普通に生活できるようになったら、楽しい事を沢山したい。クロエにもクレアにも、二人を大切にしてくれる人が居るのを知って貰いたい。そう、心に誓った。

 クロエとレイアが目覚めたのは、それから約半年後。肉体年齢的には十二歳になるはずの二人は、虐待の影響か、その見た目年齢に満たない幼い心しか持たなかった。しかし、やや時間はかかったものの、一年と経たずに一夏達の末の妹として馴染み、徐々に心身共に成長することになる。

 

 またこの日、クロエとレイアを助ける最中、二人が受けていた仕打ちに激昂した一夏に対して、黒百合が落ち着くように諭したという。束もログを確認し、ISに意思があることを実証した初めての例となった。




ここでクロエを出したのは、原作でクロエが束の元に来た時期が明言されていないためと、一夏の専用機を早期に造ること、そしてISコアに意思があることを示すためです。
またクロエと、同時に救助されたオリキャラ、レイアの年齢がラウラよりも下なのは、この世界があくまでも優衣が知るインフィニット・ストラトスという小説に限りなく似た世界だと言うことの証明です。

……クロエとレイアをマスコットキャラにしたかったってのもありますけど(^^

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