書いては消して書いては消してを繰り返して漸く書き上げる事が出来ました。
波乱のタッグマッチが終わって早くも週末。
目覚めたラウラと僕達全員が和解。ついでに僕やリィン達の出自の説明も終わって、素直に理解してくれてからは随分と素の状態で僕達に甘えてくるようになったラウラだけど、ちょっとしたというか、結構な欠点を発見。
それはラウラと同室になったシャルから、ラウラが寝る時に裸なのだとに聞かされてまあ、寝る時裸族もいるよねぇ、と思ったまではよかった。けどシャル曰く、自宅ならともかく人気が多い寮内では何か着せたいと言うことと、同室故にラウラが制服とISスーツに学園指定の水着、それから所属部隊の軍服以外は数着のシンプルな下着しか持っていないことも知ってしまって、さすがに年頃の女の子がそれでどうなのよと言うことになった。
そこで外出許可を取って、顔合わせついでに家に寄ってラウラに体格が近い……というか同じ遺伝子配列系統で体型体格がほぼ一緒だとわかってる遺伝子上の姉妹であるクロエとレイアの服を着せてからレゾナンス辺りで買い物を、と言うことになった。まあ、姉妹の対面やら束姉への紹介とかも込みだけどさ。
で、家に入って迎えに出てきてくれた束姉を見たラウラの一言目がこれ。
「あ、あの、まさか、その、篠ノ乃束博士、ですか?」
うん。一目で姉さんを篠ノ乃束と看破してくれましたこの子。ちょっとビックリ。
「あやや? この姿でわかっちゃうんだ。いっくん達が見込んだだけのことはあるね。どこで気付いたの?」
それは姉さんも同じくで、驚きに目を見開いてたりする。でも当のラウラ自身は、見ただけでわかったと一言。軍人だから、なのかな? 視野も広いし、洞察力もあるだろうしさ。
「この前、説明のためにと一夏の昔の写真を見せて貰ったのですが、その横に写っていた博士の姿と、今の姿が重なって見えました。というか、一夏同様、髪と目の色意外は殆ど変わってないのでは?」
「あはは、そう来たかー。一般的には髪と目の色が違うだけで、よっぽど親しい人じゃない限り大抵は別人って判断するんだけどね。君の洞察力は凄いね、ラーちゃん。で、私は別に博士号とか持ってないから、単に束さんって呼んでくれればいいよ」
でもホント。雪子さんに会いに行くために篠ノ乃神社がある町や小学校周辺を歩いた時、小学校で見知った顔やら意地悪してくれた商店のおじさんおばさん達と沢山すれ違ったけど、結局その日は雪子さんと旦那さん以外には誰一人として気付かれなかったのに。
「はい束さん。……ん? ら、ラーちゃん、ですか?」
「そ。君のことを気に入ったって事だよ。それに可愛いし、なにより私の娘達、クロエとレイアと同じ遺伝子をもった強化計画の生き残りの一人。もう大丈夫だから。ちょっと、こっちにおいで」
そんなラウラを抱き寄せて、頭を撫でながら今までの事、生まれや事件の事を気にしないようにと、言い聞かせる束姉。
「今までよくがんばったね。経緯は全部、いっくんやシャルちゃん達から聞いてる。君を生み出した強化兵士製造計画を遂行してた研究所はもう、量子の海に沈めてある。VTシステムを開発して君のシュバルツェア・レーゲンに組み込んだ研究所も同じく、この世界には存在してない。正直、君とドイツ軍とのしがらみが消えることはまだないだろうけど、少なくとも、君がクローンであることにはもうコンプレックスを持ったりしなくていい。君は、ラウラ・ボーデヴィヒは、確かにここにいるんだから。ね?」
「……はい」
ラウラも束姉の手を素直に受け入れながら、小さく頷いた。
その後、いつまでも玄関先にいても仕方が無いのでリビングに移動。先にソファに座って待ってたクロエとレイアをラウラに紹介。
「それで紹介するね。ラーちゃんの遺伝子上の妹で、私の娘。クーちゃんことクロエと、レーちゃんことレイアだよ。言い方は悪いけど、製造順ではラーちゃんが一番お姉ちゃんで、次いでクーちゃん、レーちゃんの順だね」
その紹介に、二人の顔をみて小さく呟くラウラだけど、三人とも銀髪で、本当に三つ子状態。うん、かわいい。
「わたしの、妹……」
「はい。はじめてお目にかかります。緒方クロエと申します。よろしくお願いいたします、ラウラ姉様」
「初めましてラウラお姉ちゃん! リーは緒方レイアだよ。よろしくなの!」
そのラウラの呟きに閉じていた目を開いて丁寧に挨拶をするのはクロエ。銀髪に金の瞳、そしてヴォーダン・ウォージェの過剰適合で黒く染まってしまった白目が特徴。通常の視力は完全に喪失してるので普段は目を閉じている。
続けて元気よく挨拶するのは末っ子のレイア。銀髪に、両目とも金の瞳。ラウラやクロエと違い適度にヴォーダン・ウォージェに適応してるらしいけど、遺伝子強化されたはずが身体能力は一般的な同じ年頃の少女以下しかない。身体能力が低いだけで病弱ってわけじゃないし、それ以上に元気だからどうでも良いことなんけどね。
余談だけど、クロエもレイアもISを持ってる。クロエは失った視力補助用に黒鍵を、レイアは低過ぎる身体能力を補う為に白鍵という生体同期型の特殊なISをそれぞれ体内に埋め込んでいる。
これでクロエは目を閉じてても周囲を把握出来るし、レイアも普通の女の子程度の筋力と、短時間で切れないスタミナを持てる事になった。宇宙用とも兵器用とも違う、ISの第三の活用法になる医療用IS。束姉やお父さん達は宇宙開発だけじゃなく、こういう障害補助の為のISも研究してるらしい。クロエとレイアはそのテストケースでもある。
「あー、私はラウラ・ボーデヴィヒだ。ドイツ軍少佐で、軍司令直轄特務IS部隊《
クロエとレイアを前に、お堅い挨拶を始めたラウラに少し溜め息。いくら何でも緊張しすぎだって。
「まったく。それじゃ堅すぎだよラウラ。妹相手なんだから、素でいいんだってば」
「いやだが、その、一夏。わたしはクロエ達にどう接していいのかわからないんだよ。上官や部下はいたけど、妹なんていたことなかったんだから。そもそも隊長等と言われていても、実際はわたしが部隊で一番年下だったし」
て言っても、弱冠十五歳でドイツ軍IS特殊部隊の部隊長。しかも自分より年下との接触経験も無し。まあ、緊張するなってのが無理な話だけど……。
「あー。なら、こうだ!」
「ふにゃぁっ! ちょ、やめぇ! いひ、か、やめひぇっ!」
どうせ僕達相手には甘え癖が出てきてる上に、素の性格自体は素直で無垢なんだから、肩肘張らないで良いようにと普段じゃれ合ってる時の様に脇を擽ってやる。うん。ビックリした時の鳴き声もいつも通り。口調も素になった。
「にゃあうぅ……。わら、ひは、りゃう……、ラウラ、ボーデヴィヒ。その、クロエ、レイア。頼りない姉だけど、その、仲良くして、ほしい」
「はーい、ラウラお姉ちゃん!」
「はい。そちらの方がお話ししやすいです、ラウラ姉様。改めて、よろしくお願いします」
まだ少し固いけど、まあまあ普通の挨拶になったラウラに、クロエとレイアも笑顔を浮かべた。
その様子を側で見てたシャルが、楽しそうに三人を見る。
「……目の色以外殆ど同じ顔が三つ。背丈も殆ど同じ。でも性格はそれぞれ。それがわちゃわちゃしてて可愛いし、ちょっと面白いね、この光景」
「僕は妹分がまた増えて嬉しいけど、確かにあの感じは微笑ましいってのが似合う様子だよね」
金と紅の
真面目で、少し固いラウラ。寡黙で物静かなクロエ。元気いっぱいで明るいレイア。
「……さすがに恥ずかしいのだけど、これで、本当に大丈夫なの?」
「その為に連れてきたんだ。ラウラにも、普通とは少し意味合いが違うけど、ちゃんとした家族がいるんだよって知って欲しかったから。それに、可愛いでしょ、クロエもレイアも」
「うん。初めて会うけど、わたしの、妹達」
三者三様。今は不安がって両手を組んで握りしめてるラウラも、クロエとレイアの顔を見つめると、二人はラウラを安心させる様に微笑む。
「そうだよ、ラウラお姉ちゃん」
「はい。ラウラ姉様は私達の姉様です」
そして組まれているラウラの手を片方ずつ取って、包む様に握る。右手をクロエに、左手はレイアに。三姉妹がここで、一つになれた。
「ふふ。じゃあ、そろそろお楽しみの着せ替えタイム、だね」
「お姉ちゃんはリー達のお洋服で大丈夫かな。大丈夫大だよね? 背もリーとクーと同じくらいだし」
「はい。姉様に合うといいのですが」
そうして家族の顔合わせが終わると、シャルとレイアが顔を合わせて笑顔で頷きあい、クロエも普段の表情に、少しだけ喜色を混ぜた弾んだ声で二人に合わせる。
「……お、お手柔らかに、お願いします」
そんな三人に対して不安げに懇願するラウラだけど、まあ、当然の様に誰もお手柔らかになんてしないわけで……。
「ふにゃぁあぁぁあっ! まだつづくのぉーっ!? もうゆるしてよーっ!」
という悲鳴と共に、ラウラはほぼ一時間にわたってシャルとレイアの着せ替え人形にされたのでした。まる。
ついでに僕はボディガードのつもりで男装して、銃刀法にかからない範囲で武装してます。だって、僕も入れて女五人なんてナンパしてくださいって言ってるようなもんだし? まあ、いいとこ中学校入りたてな見た目のラウラ達三姉妹をナンパする様なアホはいないと思いたいけど、明らかに日本人じゃないってことを入れても三人とも比喩無しで可愛いからね。シャルと僕を入れると未成年の外国人観光客五人組にしか見えないだろうし。暗器も含めて自衛の為にって事で。
そして、いざ買い物に、と家を出ようとしたところでラウラが唐突に戦艦を見たいと言い始めた。
横浜港に隣接する記念公園に停泊、動態展示されてる太平洋戦争を生き残り、停戦協定の調印式を行った戦艦《加賀》と、数ある主力空母の一隻で、ソ連との停戦協定調印式を行った空母《瑞鶴》を見たいと。
ドイツは休戦する以前に降伏してしまったため、稼働可能な艦艇は連合軍各国への賠償艦として散り散りになって、巡洋艦以上の大型艦で戦後に残ったのはゴーテンハーフェン軍港……現在はグディニャと呼ばれる港で、空襲によって大破着底状態となっていた戦艦ティルピッツただ一隻だけだったとか。で、現在はそれを浮揚して修理復元したものがハンブルグ港に博物艦として展示されてるらしい。だからこそ、同時期アメリカとイギリスと停戦し、不可侵条約を破って侵攻してきたソビエト連邦をも退けた旧日本海軍の主力艦をぜひ見たいって事で。なので行き先をレゾナンスから横浜に代えて。
「やって来ました横浜港! ここなら加賀と瑞鶴を見た後、ピアマーケットとかドックヤードガーデンで買い物できるし、学園まではモノレール一本で帰れるからね」
「ここが日本の港町。見た目だと細かいところが違うけど、全体の雰囲気はドイツとも変わらないんだね。それで……」
「あれが第二次世界大戦の日本の主力艦。その内の二隻。加賀と瑞鶴か。本当に大きいね」
六万トン近い排水量を持ち、四一センチ三連装砲を前甲板に二基と後甲板に三基背負い、更に四基の十五センチ三連装副砲を初めとする小口径砲や高角砲、機関砲などを全身針鼠の如く身に纏った、世界でも一、二位を争う重火力艦、加賀型戦艦一番艦の加賀。そして、その直ぐ横には世界で初めて設計段階から斜め甲板を搭載する装甲飛行甲板式空母として建造され、現代主流の艦隊指揮型空母の先駆けともなった七万トン級超大型空母。翔鶴型空母二番艦の瑞鶴。
「うん。戦艦加賀と空母瑞鶴。加賀は1926年、瑞鶴は1936年に就役。1938年にイギリス海軍が主権奪還を掲げて日本の同盟国シンガポールに攻撃を仕掛けてきたのに対して、シンガポール駐留艦隊が反撃に出る形で第二次世界大戦に参戦。連合各国とソビエト連邦との完全停戦が済む1946年まで沈むことなく最前線で戦い続けた英雄」
「いつ見ても、大きいです。これが、世界の海を駆けて、戦い、今ここで休んでいるのですね」
「そうだね」
加賀は日本と米英蘭豪始め連合諸国家との間で交わされた停戦協定の調印を行った、日本海軍の象徴とも言える戦艦でもあり、その歴史的経緯から当時、連合側代表を乗せて加賀の隣に停泊、接舷したアメリカのアイオワ級戦艦八番艦メインと共に世界の二大記念艦とも言われ、メインの方はハワイ州オアフ島パールハーバーの一角に、加賀と同じく動態状態で展示停泊されている。そして加賀の隣に停泊する瑞鶴は、小樽港沖で行われたソ連との停戦協定調印式に使われた艦でもある。
何気に、加賀も瑞鶴もメインも、有事の際には現役復帰出来る状態に整備されてるのはビックリだけどね。なお、この種の動態展示されてる旧日本海軍艦はほぼ全艦が艦籍を除籍しないで、そのまま自衛隊所属艦としての艦籍を持ってるらしい。理由は、一番若くても艦齢八十年前後になるのに、その実、近代化改装を施され最新鋭艦にも劣らない
「当時のまま残ってる艦内施設や機関。どれも勉強になるよ」
「一応、あちらこちら近代化改装されてるみたいだから、完全に当時のままってワケじゃないよ。自衛隊の予備役艦籍で砲弾とかも常時準備されて、有事には最前線に出られるらしいしね」
「そうなんだ。でも本当に、日本の技術力って凄いよね。当時の日本の技術力は欧米諸国に劣るとか言われてるけど、この艦を見てそんなことないような気がする。じゃないと、平等条件での停戦なんて、無理だと思うし」
ラウラとシャルが感心する日本の戦闘艦。第二次世界大戦前後の時期に、既に主機関を化石燃料系から水素燃料系に移行して、駆動系もタービン駆動を全廃してモーター駆動に統一してたらしい。世界的にはアメリカのレキシントン級巡洋戦艦を始め多数の艦がディーゼル機関を使ったターボ・エレクトリック駆動だったらしいけど、実際には日本はその一歩先を進んでたという。裏付けとして、この場にある加賀と瑞鶴の他、病院船として使われた貨客船氷川丸や、重巡洋艦伊吹なんかも化石燃料機関特有の大きな煙突が無い。これは当時、連合軍側が謎の船体形状と言って騒いでたらしいけど、戦後に日本が情報を開示した途端に水素燃料機関の設計図を寄こせと言ってきて蹴っ飛ばしたって経緯がある。流石に八十年以上経った今では珍しくもなんとも無いありふれた艦船用機関になってるけどね。
「まあ、歴史はその時の事実じゃなくて、後の歴史家が決める、なんて言うしね。基本的に当時の欧米諸国の考え方としては、それで間違いじゃないと思うよ。事実が実際とは違っても、ね」
当時としては、アメリカを初めとする欧米各国は日本が自分達より優れた技術を持っているなんて思いたくなかった……。いや、今でもそうか。束姉が発明、開発したISも、その管理機関の中枢になる国際IS委員会はスイスに本部を置いて、教育機関になるIS学園は日本に負担を押し付けて運営させてるわけで。僕が誘拐されたのだって、
どの道、権力を持つ
「ふふ、確かにそうだよね。英語としての
「うん。さっきも言った通り、勉強になった。暴力を振るう事への覚悟と、国を守ろうとする意思が、今も残ってる。外観で見せる力の象徴と武威。そして、艦内に分祀された神社。あの時のわたしの愚かさを、改めて見直せた気がする」
歴史……ヒストリーという言葉の意味、そしてその内容は、得てして誰かの為に曲解、強調されやすい。それでも、ラウラの様にそう言った変な思想や思惑に捕らわれないで、素直に見た事を受け止めてくれる人も居る。
「反省して、自制してるラウラを、愚かだなんて思わないよ。僕達はね」
だから自虐的になってるラウラの頭に手を置いて、軽く撫でて宥めると、僕の目を見てゆっくりと頷いてくれた。
「……うん」
そして場所を乾ドック跡をそのまま改装して作られた商店街ドックヤードガーデンと、併設する複合ビル、ピアマーケット。無数のショップが乱立するショッピングセンターを形成してるこの二つの施設に移して、ラウラの服を選ぶ。初めは少し落ち着いた感じの洋服を中心に選んでたんだけど、ラウラ自身が言いづらそうにしながらも希望を言ってくれたから方針転換。
「……えっと、もう少し、可愛いのが、いい、かも」
「わかった、任せてよ!」
それにはシャルが本当に楽しそうに返事をして、レイアとショップの店員を巻き込んでラウラのファッションショーが行われる事になった。ラウラの懇願も無視されて……。
「あの、本当にお手柔らかに、お願い、します……」
そうしてラウラのワードローブが膨大に増え、買った物は学園まで配送を頼んだ時にはもう、ラウラ自身はくたくたになってましたとさ。
で、買い物の後は……。
「ラウラもお疲れ気味だし、ちょっと遅くなったけど、お昼ご飯にしようか」
「だね。ここ、どうかな。なんだか雰囲気もいいし」
ピアマーケットのレストランフロアにあったカフェ風のレストランに入ってお昼ご飯。
「流石に疲れたよ……」
「シャルもレイアもラウラで遊びすぎ。次は無いよ」
案内された六人テーブルに座った途端、ラウラがテーブルに突っ伏しちゃったのを見て、流石に見かねて二人を窘める。大人しく着せ替えられてるラウラは、ある意味着せ替え人形なんだけど、当の本人が疲れるまでやるのはノーだよね。家とこことで二回、回ったお店も数店だけだし本人も嫌がってはいなかったからいいけど、そうじゃなきゃイジメだしね。
「……ごめんなさい」
シャルとレイアの二人も反省してるようで、素直に謝ってくれたからこれで終わりだけど。
とりあえずお店おすすめのメニューを中心に頼んで食べてた所で不意に、直ぐ隣のテーブルから大きな溜め息が聞こえてきた。
「はぁ……。どうしよう」
触らぬ愚痴に祟り無し、と無視を決め込んでたつもりが目が合ってしまった。
「あの、ちょっといいでしょうか」
向こうの女性は僕達を見て頷いてから声を掛けてきた。流石にこれは無視は出来ないかな。
「はい?」
「私こういう者です。それでその……」
そうして名刺を渡してきた女性は、有名なメイド喫茶の店長さんで、相当お困りの様子。
急病に子供の行事は仕方ないとして……駆け落ちって何なのさ!?
そんな店長さんのお願いは、僕達に臨時でアルバイトをして欲しいって事らしいけど。
「今日一日、お店で働いていただけないでしょうか」
「……どうする?」
「僕達はいいけど、クロエちゃん達は」
僕とシャルにラウラはいいけど、クロエとレイアはなぁ、とは思いつつ。
「そっちの子達もぜひ!」
「……中学生なんですけど、この子達」
対外的に優亜と同じ中学生って事になってる二人にバイトさせるのは、と思っても見た目がラウラと三つ子だから断れないし。
「……バレなきゃ大丈夫、ていうことで。それに、こっちのお姉さんと見た目変わらないし。寧ろ三つ子にしか見えないから平気よ」
そんなこんなで店長さんのお店、@クルーズに。そして着替えたところでシャルルンがプチギれ。まあしゃーなし。
「僕が執事服なのはまあいいとして……」
「なんで僕までこっちなの!? メイド服の方がいいんだけど!」
「だって二人とも凜々しいし、それに」
執事服を着こなしつつ、それでもメイド服の方が良かったと憤ってるシャル。けど……。
「は、恥ずかしい……」
「でも姉様、似合ってますよ」
「うんうん。お姉ちゃん、可愛いよー」
恥ずかしがりながらスカートの裾を握りしめてるラウラと、励ますクロエとレイア。三人同じメイド服で、三つ子メイド状態。そしてかわいい。
「あっちの三人がメイド服じゃない? ならあなた達二人は執事服の方がバランスが良くて」
「……はぁ。わかりました。いいですよ。やりますよ、ええ」
そんな三人を見て、店長さんの言うことに不承不承ながら納得したシャルを含めて軽く接客の仕方を教わって直ぐに準備完了。
さて、
「お待たせいたしましたお嬢様。お砂糖とミルクはお入れになりますか?」
「は、はい! あの、少しずつ、入れてください」
「かしこまりました」
シャルの微笑みに見惚れてる大学生くらいの女性グループがいると思えば。
「……コーヒーだ。注文はこれでいいな」
「えと、あの、メイドさん」
「なんだ?」
「いえ、何でもないです。コーヒーおかわりください」
「承った」
ラウラの冷たい接客に、でもなぜか嬉しそうにコーヒーを追加注文する男性客が居たり。
「こっち、蒼い髪の執事さんお願いします!」
「こっちは銀髪メイドちゃんに来てもらっていいですかー?」
「金髪執事様、ぜひ私達のテーブルに!」
僕も含めてあっちにこっちに呼ばれて大忙し。まあ、僕達の容姿のせいもあると思うけど。
「これは、大盛況?」
「だよねー。お姉ちゃん達、モテモテさんだよねー」
カウンターに出来上がった料理を取りに行くとレイアとちょっとお喋り。
「そっちの双子メイドちゃん。注文いいかな?」
「はい、かしこまりました」
「ただ今お伺いいたします」
そして厨房スタッフに混ざって接客よりもオーダーの準備の方をメインにしてるクロエとレイアも双子セットで呼ばれる感じで、本当に大盛況。そんな時間が続くのも束の間、お呼びでない乱入者が……。
「全員動くなっ!」
低く耳障りな怒鳴り声と乾いた発砲音に振り返れば、あからさまに俺達強盗だと言った容貌と服装の男が七人、堂々と押し入ってくる。
当然お客様達は悲鳴を上げたり騒ぎ始めるけど、リーダーらしき男が再度天井に向けて拳銃を発砲した事でそれもピタリと収まる。でもなぁ……。
「……なんか、テンプレ強盗って感じ。銀行襲った後の行きずりでここって事かな」
「……その様です。入ってきたのは七人で、外には警察がいる。それに、ピストルは持ってるけど、手付きを見るにほぼ素人ですね」
「……うん。手付きがちぐはぐ。使えるだけ、程度じゃないかな。あれなら、僕達三人なら片手間にもならない」
持ってる拳銃は古いロシア製の、更にその複製品。拳銃以外は多分、持っててもナイフ位だと思う。天井に向けて撃った時も片手な上に反動に負けてたし、どっかから流れてきたのを偶然手に入れた素人集団。思い付きで犯行して、警察に追われる内に、手近で広いこの店を見つけて入ってきたんだろう。
「一夏姉様」
「ん、シャルの言う通りあれ位なら大丈夫だよクロエ。隙が出来たら一気に潰す。で、そのまま逃げるから。レイアもシャルもラウラも、それでいいね」
突然の荒事にクロエが少し怯えてるけど、背中を撫でて落ち着かせる。そして速攻で片を付ける様にシャルとラウラに目配せして動く準備を始める。
「わたしなら大丈夫です。いつでも行けますよ」
「こっちも。タイミングは全部合わせるから」
現役軍人と軍の訓練を受けてるラウラとシャルは怯えも見せずに頷いてくれる。目付きが既に戦闘態勢になってるし。
「わたしもへーきだよ。ここでくーと待ってるから」
「はい。私達では逃げる以外は足手まといですから、レイアと大人しくしています」
そしてクロエとレイアも、僕達三人の余裕の表情を見てか、静かに、でもいつでも動ける様に床に手と膝を付けて座る。恐怖心は抜け切れてないのか手を繋いでるけど、荒事の経験が無い二人には上出来。
「僕はいつでも行けるよ、一夏、ラウラ」
「うん。……では先陣は私が行こう。一夏、シャル。合わせてくれ」
シャルとラウラは準備万端。強盗達とのお話し合いは軍人モードになったラウラに任せて、僕とシャルが後に続く。
「了解、隊長」
徐に立ち上がり、手近のテーブルからメニューを掴み取ってリーダーらしき男の前に躊躇なく歩いて行くラウラ。
「注文を取りに来た」
「……なんだメイド。動くなって言っただろうが」
「注文は? メニューはこれだ」
メニューを男に突き付ける様に差し出すと、男は訝しげな表情でラウラに銃口を向けるが、ラウラは一顧だにせず。メニューを差し出したまま注文を聞く。
「テメ、舐めてんのか!」
「生憎、お前達の様な輩を愛でる趣味は持ち合わせていないし、こうまで思い通りに動いてくれる様な輩では、舐める暇すらないな!」
そんなラウラに男が癇癪を起こすが、ラウラは更に挑発の言葉を口にしながら、片手で拳銃を上から掴み、乱暴に男の手から奪い取ると手早くスライドを取り外した。
「……な、バラされた」
「こんな物、慣れれば片手間で分解出来る。お前達程度なら、相手するに一分もかからんよ」
スライドだけとは言え、目の前で拳銃を解体されて驚き絶句するリーダーの男に、バラした銃を放り捨てながら腕を取り、合気の要領で男を床に叩き付ける。
「てわけで早速一匹げーきは! そんで二ぃ、三!」
「こっちも一人! そして分解も片手間なら、組み立ても片手間で出来るしねー。チェックメイト。動いたら、風穴開けるよ?」
その様子を遠巻きに見てた他の強盗達の中に僕は走り込んで、首筋に手刀を叩き込んで一人を昏倒させ、続けて膝裏を蹴り胸を殴りつけて背中から叩き落として一人をノックアウト。更に身体の捻りをそのまま使って三人目の顎に回し蹴りを入れてこちらもノックアウト。そうしてる内にラウラがもう一人をノックアウトしてる横で、ラウラが投げ捨てた拳銃を拾ったシャルはそのスライドを器用に填め込み、銃底で一人を殴って床に倒れさせると、最後の一人の喉元に銃を突き付ける。その間にラウラが最初に倒したリーダーの、腰の辺りが不自然に膨らんだジャケットを捲り上げると、その腹に巻き付けられてる簡素な作りの爆弾を一瞥して線を切り、左腕を掴み上げて背中に膝を乗せて抑え込む。
「なんなんだよ、オマエら……」
「僕達はただの通りすがりの執事とメイドだよ」
その状況でシャルに銃を突き付けられてる男が呻くのに簡潔に答えると、リーダーは自由に動く右腕を動かしてジャケットから簡素なプラスチックの箱に赤いボタンの起爆装置らしき物を取り出して誇らしげに見せつけながら脅しかけてくるけど……。
「こ、コイツが見えねえのか。いいのか、ここで俺がスイッチを押せば、こんな店位は吹き飛ぶぞ!」
「……押してみれば? もうバラしてあるから意味ないけど」
もう役に立たないソレを指さしながら押したければ押せば良いと言えば、その通りにボタンを押した。
「は……? な、なんでだ!」
何も起こらないけど。癇癪を起こした様に何度もボタンを押しながらリーダーがなんか叫んでるけど。
「そんな素人の手製爆弾なんて、取り押さえるついでで解体出来るっての」
「見ていたが、まさか起爆線が一対だけとはな。訓練中の新兵でさえ作らない代物。解体などというのも烏滸がましい」
肝心の起爆線を切ってあるから起爆信号が通らないし、当然、爆発するわけもない。
「そういうわけだから……これ以上動くな」
「がぁっ!」
いつまでも叫んで五月蠅いリーダーを殴りつけて気絶させると、あちらこちらで上がってた悲鳴も静まった。
そこで警察に捕まえさせるためにもと、手持ちの結束バンドで男達の手を拘束しながらクロエとレイアを呼び寄せると、店長さんも一緒に来て、僕に五通の封筒と名刺を渡して来た。
「シャル、ラウラ。拘束よろしく。クロエ、レイア。行くよ」
「店長さんも、そういうことで。済みませんが僕達はここまでです」
「え、ええ。大丈夫よ。それから、それは今日の五人分のお給料。それと、一応私の名刺を渡しておくわね」
その封筒と名刺を受け取りながら、店長さんに頭を下げる。
「お店を守ってくれてありがとう、ヒーローさん達。後は任せて、早く行きなさい」
そんな店長さんの声に押されて更衣室へ下がって、手早く着替えて、クロエとレイアを抱えながら近くの公園まで走る。
辿り着いた公園でベンチに腰掛けながら一息吐くと、シャルとラウラが寄り添いながらさっきの事で苦笑いを浮かべる。
「楽しかったけど、最後でなんかオチが付いちゃったね」
「うん。良い経験だったとは思うけど」
クロエとレイアも寄り添って手を繋いでベンチの背もたれに身を預けながら、思い出した様にレイアが面白い事を言いだした。
「……あ。ここのクレープ屋さん。ミックスベリーを注文すると恋人になれたり、仲良くなれるって優亜が言ってた」
「ミックスベリーか。メニューには、ないね。ちょっと注文してくるね。みんなもそれで良い?」
「うん」
全員、異口同音に答えてくれたから早速クレープ屋さんの車に。そして注文するけど。
「ミックスベリーかい? うちには無いぜ」
強面なお兄さんにそう言われて仕方なしにメニューを見る。で、気付いた。恋人や仲良し。つまりは……。
「じゃぁ、ストロベリーとブルーベリーを三つずつお願いします」
「ストロベリーとブルーベリーを三つずつだな、直ぐ作ってやるよ」
そしてあっという間に出来た六つのクレープを持って、クロエとラウラにストロベリーを。レイアとシャルにブルーベリーを渡して、お互いに食べ合ったらと言えば、みんな気付いてくれた。
「あー。そういうことなんだね。ふふ。確かに恋人とか仲いい人じゃないとできないね、これ」
「うん。でも、美味しい」
ストロベリーとブルーベリー、二つの味のクレープを食べさせ合える仲の二人が居ないと成立しない、二つで一つのミックスベリー味。
「美味しいねクー」
「ええ。そうですね、レイア」
こうして、みんなで仲良くクレープを食べて、残りの小物や日用品を買い歩いた後、クロエとレイアを家に送り届けてから寮に帰りました。
帰りのモノレールでラウラが眠っちゃったのはご愛敬ってコトで。
そして夜、シャルとラウラの部屋で、シャルと悪巧みしたとあるブツをラウラに着せて、自分達もソレを着た後にリィンを呼んでみると、どこかのお店のショッパーバッグ片手に微妙に苦笑いした後でポンポンポン、と僕達三人の頭を撫でながらかわいい子猫達だなって言ってくれた。
「えへへ。いいでしょ、これ。黒猫ラウラと白猫シャルに、青猫一夏ちゃんだよー」
「ああ。たまにはこういうのも良いな」
なんて言いながら、キッチンへ向かったリィンは、マグカップとお皿が乗ったトレーを持って戻ってきた。中身はホットミルクとクッキーにビスケット。
「そのクッキーとビスケット、優衣と鈴に誘われて買い物に出たからお土産代わりに買ってきたんだ。食べてくれ。ホットミルクなのはまあ、子猫ちゃん達が居るからだな」
こんな感じでお土産をつまみながら温かいミルクを飲む三匹の子猫と王子様の不思議な夜のお茶会は、就寝時間ギリギリまで続くのでした。
ていうかラウラ。リィンの膝の上で丸くなるとか、猫になりきってない?
個人的な事情とは言え、前回からまた月単位で時間が経ってしまいました。
今回のお話しは本来四巻分のエピソードにあたるのですが、プロット上の事情で二巻分のエピローグ的扱いでここに持ってきました。
本音を言えば夏休み編前ならどこに入れても問題ないのですが、時系列的にここが一番という事になりました。
白猫シャルと黒猫ラウラは正義だと思うのです。で、うちの一夏は髪色的にも青猫なんですが、絵心が無い私ではイメージは出来ても絵にしてお見せ出来ないのが残念です(´・ω・`)
余談ですが、当作品に出てくる瑞鶴は、加賀と同じく仮想戦記的設定の同名別艦です。というか日本製フォレスタル級とでも言える艦です。船体サイズや排水量もミッドウェイ級とフォレスタル級の間位なサイズ感で設定してます。名前だけ出てきた伊吹や氷川丸、名前が出てないその他艦艇も同名の別艦です。ついでにメインがモンタナ級では無くアイオワ級の八番艦というのも、レキシントン級が巡洋戦艦のままなのも間違いじゃ有りませんので。だってこの世界、海軍休日が成立しなかった世界なので態々巡洋戦艦を空母に設計変更したり、敵に追い着けない低速大火力艦を建造する必要がないですし。
余談はここまでとして、次回も少し間が空いてしまうと思いますが、本編臨海学校編……の前にもう一話閑話を挟む事になります。内容はまあ、お察しでしょうが。リィンに誰かとラブコメって貰おうかと急遽閑話として書く事にいたしました。零からの追加分なのでまた時間がかかってしまうかと思いますが、どうか気長にお待ちいただけると幸いです。