インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

4 / 42
新しい生活と厄介な世界
新しい家族との出会い


 渦に踏み込んだ瞬間、意識が遠のき、繋いでるはずの束姉の手の感触まで無くなったように感じてしまったけど、それもほんの一瞬で、ほんの少しの落下感と、柔らかい土の感触と少しの痛みをほぼ全身に感じて、意識がハッキリとする。

「……帰って、来れました?」

「うん。たぶ、ん……?」

 繋いだ手はそのままに、やや頭を下にする感じで地面に倒れ込んでる僕達は、ここがどこかを確認する前に僕達以外の人に声を掛けられた。

「あのぉ、どちらさま、ですか?」

「て言うかお姉ちゃん! この人達、今、急にそこに出てきたんだよ!? 黒い渦だってあったし、なんでそんなのんびりしてられるのよ!」

 声がする方に顔を向けると、二人の女の子と一人の女性がいて、声を掛けてきた女の子にもう一人の子が怒鳴りつけてるという、ちょっとおかしな感じになってた。

 それを見かねたのか、女性が僕達に話しかけてきてくれる。

「……お二人とも、大丈夫ですか? 見えちゃってますから、二人とも起きるか、座り直した方が良いですよ」

 その女性に掛けられた言葉に、改めて自分達の姿に注視すると……うん。これ、あかんヤツだ……じゃないよ!

「あわわわっ!」

「……へ? わひゃっ!」

 慌てた僕と束姉は揃って奇声を上げながら飛び起きて、地面に正座する感じで座り直た後、改めて自分達の姿を見直した。

「……戻らなかったみたいだね、いっくん」

「ですねー。でも、今さら変に戻されるより、このままで良かったです」

「ふふ。それもそうだねー」

 衣服や装備は向こうで身に付けていたもののまま。束姉と視界の端に見える僕自身の髪色も向こうに居たときのまま。見下ろした自分の身体のラインも同じく。

 こうして地球と思われる場所に戻ってきても、僕の身体は女のままだった。まあ、女の身体にも生活にも慣れきって、意識も随分と女寄りになってるから問題は無いというか、好きになって身体を許した相手が居る以上、男の身体に戻される方がよっぽど大問題かも、と思う。

 

 その後、女性達……母親の緒方涼夏さんと娘の優衣と優亜……に僕達の身分を明かすと、ほぼ丸二日間は続いた迷宮探索と幾度もの激戦で僕達の姿が満身創痍のボロボロ状態だったからか、身体の心配をされ、更に入浴する事を勧められたので束姉と二人でお風呂に入る。

 着替えには、僕は優衣の、束姉は涼夏さんの服を貸して貰い、リビングでいろいろな事を話す事になった。

 

 そしてその日の夜。

 一家の大黒柱である樹さんと、優衣達のお兄さんの蒼弥さんが帰宅し、今までの事を全て話す事になった。

「……未だに、にわかには信じられないんだけどね」

「でもこんな武器とか道具、誰も作ってないよね。……ていうかARCUSって、なんでゼムリア大陸まで実在しちゃうかなぁ。しかもこのARCUSに付いてるエンブレムって、トールズのっぽいんだよねぇ。まさかⅦ組だったって事? ていうかこの子が織斑一夏とか、意味わかんない。しかも可愛いし、オドアイ綺麗だし、髪もサラサラだったし」

 そう、僕の大型導力銃剣《ディオーネ》を見ながら溜め息と共に溢す涼夏さんと、強化ブレード《テティス》と戦術オーブメント《ARCUS》を触りながら呟く優衣。途中からの囁きも全部聞こえたけど、なんでまだ教えてないオーブメントの名称とかトールズやⅦ組の事を知ってるんだよ。ついでになんで僕が織斑一夏だって事に反応出来るの、この子?

 ちなみに優衣の妹、優亜はすでに話しに加わるつもりがないようで、渡したセピス片でおはじきをして遊んでる。まあ、まだ小学生の女の子に僕達の事情やらなんやらは、ただ面倒なだけなんだろうと思う。とはいっても話し自体は聞いてて、内容を理解してないワケじゃないらしい。

「これもただの戦輪じゃない。暗器と言うよりは特殊な円剣と言っていいし、この杖だって妙に機械的というか。それに……」

「ああ。そもそもの設計理論や動作原理が地球の技術と違う、というのが見ただけでもわかる。それにしても……」

 まあ、その辺は後で問いただすとして、強化戦輪《ティエラリンク》を持って呟く蒼弥さんと、束姉のARCUSを手の中で転がしながらテーブルの上に置いた魔導杖《ミスティルティン》と大型複合導力銃剣《ベルゼルガー改》を眺めてそう考察する樹さんが、不意に束姉の方に顔を向けながら嘆息する。

「篠ノ乃束、ね」

 多分だけど、目の前に居る束姉と、世間一般に広まってる《篠ノ乃束》が結びつかないんだと思う。

 世間に知られる篠ノ乃束の異常な性格と人間性が束姉の演技だと知ってた僕以外には、この大人しく理知的な女性が篠ノ乃束だとは、直ぐに信じられなかったんじゃないかな。

「あはは。えっと……」

 だから、当の束姉も苦笑いしか出来ないでいる。とは言え、樹さん達もその辺りは気付いてるし、演技をしているという事も伝えてある。

「いや、すまない。篠ノ乃束と言えば、ISの発明者ではあるが、人を人と認識しない異常者。傍若無人、自己中心的且つ享楽的な非人間性の持ち主とされている。そして今も、世界中から逃げ回ってる指名手配者。という事になっているからな」

「世間の評価とは真逆、と言う感じだもの」

「で、ですよねー。すみません」

 それでも、頭に一度入って住み着いた認識や感覚は、直ぐに切り替わるようなものじゃない。明かされた事実と認識を並べて述べる事で事実を認める作業をする樹さんと涼夏さんに、束姉ももはや頭を下げるしかない。

「まあ、大丈夫さ。そしてこっちの子が、あのブリュンヒルデの愚弟、な」

 そう言って僕の方に顔を向けた樹さんの口から放たれた言葉は、実は既にあまり実感していない、数ある蔑称の内の一つ。

 確かに昔、体感時間で約七年。この世界の時間の流れで約一年半前まで言われていた僕の蔑称は、千冬姉の弟の、出来の悪い方という意味だったはずだ。

 実際、僕の双子の兄、千夏は天才肌で、小学六年になった時点ですでに大学生レベルの勉強をしたり、剣道や柔道の大会では中学生に混じっても優勝出来るほどに優秀だった。

 対して僕は、それなりにがんばれば、同じ歳の連中よりも頭一つ二つ上回れるかどうか。そんな程度でしかなかったから落ちこぼれとして扱われてた。

「いっくんの事を愚弟だなんて言わないで下さい!」

 でも正直、僕自身はその蔑称をなんとも思ってない。鈴や束姉にサラお母さん、それにリィン達が、僕が生きる事を、僕の努力を認めてくれた。それだけで救われたから、他の誰かが何を言おうと、気にならない。

 向こうでもこの蒼銀色の髪や、緑と紫と左右色違いの目、それに普通よりちょっと……いや、大分力が強いのが原因で、近所の子達から鬼の子やら化け物だって言われてたしね。

 けど束姉は違う。僕の思いを知ったはずの今でも、こうして僕への誹謗中傷に心を痛めて、怒ってくれる。本当にありがたい。

「怒こらないでくれ束さん。それからすまない。これもただ、世間の評価なだけだ。俺自身は一夏君のことを愚鈍、凡才だなんて欠片も思っちゃいないよ」

 けどさ、その、樹さんが今言ったように本気で言ったワケじゃないんだからそんな、立ち上がって机に手を叩き付けたりして怒らなくても……。

 だから、僕は大丈夫だって。それを、束姉の握りしめられた手を包むように触る事で伝えれば、姉さんも落ち着いたのか、椅子に座り直してくれた。

「……私も、ごめんなさい。樹さんがそういう風に考えてない事なんて、わかってたのに」

「それだけ君が一夏君の事を大事にしている、ということだろう。一夏君もすまなかったな。人の蔑称なんざ、軽々しく言っていいモノではないよな」

 一瞬静まった部屋に、姉さんと樹さんの声が通り、僕にも謝罪してくれる。

「いえ、僕は大丈夫ですよ。その辺のことは、もう気にしてませんから」

 これは事実。姉さんやサラ姉、リィン達のお陰。みんなが居たから、自分が無能じゃないってわかったから。自分が生きて、みんなと一緒に居ていいってわかったからもう、大丈夫。

「それにしても、異世界への転位と容姿の変化もそうだが、性別までもが変わってしまったとはね」

 そう呟きながら、改めて僕を見つめてきた樹さんに、ちょっと恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。

 向こうに行く前までは確かに男だった。姉さんにも千冬姉にもよくからかわれてた。年齢的にまあ、あんなもんなんだと思うけど、それでも男だったし、その象徴だってちゃんとあった。

 でも向こうに行って、サラ姉達と出会って落ち着いた後、自分が女の子になってるのに気付いた時は、転位した直後に猟兵崩れに襲われた事よりもずっと混乱したと思う。

 逆に姉さんの方は猟兵崩れに襲われた時には気付いてたらしく、戦闘が終わった時にはもう、状況を整理しながら考察してたらしいけど。

「まあ、慣れちゃいましたからね。流石に自分の身体ですし、もう少しで七年位になりますから」

「慣れる物なのか、それ? 俺には少々、判り辛いな」

 僕の答えに蒼弥さんが悩み始めるけど、それでも、慣れたの一言に尽きる。

 だって、身体に違和感や嫌悪感が在ったわけじゃないし、少しずつ大きくなる胸とか初めて生理になったときとか、もうね。驚いたけど、そうなるのが当たり前って気付いてもいたから、混乱はなかったんだ。

「それについて、これは私の推測なんですけど。転位したときのいっっくんの年齢も、いっくんが女の子になった時の年齢も、どっちも第二次性徴が始まる前だったからじゃないかって思うんです」

「なるほど。まあ、本人が気にしてないなら、問題もないしな」

 プラスで姉さんの考察も入るけど、まあ、間違ってないのかもね。もしあの時、年齢が変わらずに変化してたら多分、その変化自体に耐えられなかったかも、とは自分でも思える。

 それになにより、今はこの身体が。女の子の自分が当たり前で、男だった事に現実感がないから、それでいいんだよね、きっと。

 ついでに言うと、僕と姉さんのこの身体は、ゼムリアでの僕達の可能性の姿と思われ、向こうで生まれてからの記憶や経験、知識。それに僕の騎神ラインヴァールや姉さんの魔女の術式なんていう特異能力まで受け継いでる。記憶なんかは夢の形で徐々に同化していった感じだけど。あの実験失敗で、地球の織斑一夏と篠ノ乃束と、ゼムリアのステラルーシェ・アルート・テネブラエーラとタリサ・エリシエラと、同じ可能性を持つ二つの存在が量子的に融合しちゃったんじゃないかってってのが姉さんが出した仮説。尤も、元々のステラルーシェとタリサの意識が欠片も残ってなかったことの説明は未だ思いつかないらしいけど。まあ、それは余談だよね。

「それより束さんに一夏君。俺に協力してくれないかな」

 再度話題が終わって、リビングが静かになると、樹さんが真剣な面持ちで僕達の方を向いて、問いかけて来た。

「ISの……。IS本来の存在意義としての開発に、協力して欲しい」

 問いかけられた言葉。樹さんの言葉の内容、その意味、その意義に、姉さんは満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

 僕も。姉さんの望みを知ってるから。二年前も、そして多分今も、現状に嘆いて、哀しんでるのを知ってるから。だから協力するために頷く。

 

 それから直ぐ、僕に二人目のお母さんと、初めてのお父さんが出来た。二人の妹とお兄ちゃんも一緒に。

 

 ちなみに優衣を問い詰めたら、彼女が平行世界の地球からの転生者という、小説やマンガの主人公のような子だって言うのが判明した。

 ……ていうかですね。僕達のこの世界は文字通り《インフィニット・ストラトス》って小説で、サラ姉やリィン達と命懸けの旅をしたあの世界が《軌跡シリーズ》っていうゲームの中の《閃の軌跡》ってタイトルのお話しだって……。

 ISは小説の中の架空の兵器の話しで、エレボニアでのあの命がけの戦いがゲームだったとか。しかもどちらも大筋でその通りとか、マジ世の中ってわかんねー。

 違う点て言うのが、向こうならARCUSやクオーツの形。この世界では本来は主人公だという僕、一夏に双子の兄が居たり、束姉さんの性格が正反対だって事以外の、ISの現状や女尊男卑な世情とか、小説やゲームの設定とあんまりかわんないそうで。ああ後、樹お父さんの会社、月岡重工も名前は欠片も出なかったらしいね。原作と現実の違いだろうって言ってたけど。まあなんていうのか……。

「これって一体どうなってるんだろうね。創作に出てくるような、いわゆるカミサマって存在も、もしかしたら本当に居るのかもしれないねー。女神(エイドス)も含めて、私自身は信じてないけどね」

 と姉さんに言わしめる程でした。まる。

 

 尚、リィンとアルティと一緒に任務で赴いたクロスベルのジオフロント内で遭遇した、あの超絶強かった少女。アル・カンシェルのリーシャ・マオと、彼の伝説の凶手《(イン)》が同一人物だって聞いたときはぶっちゃけ絶望した。

 リィンと殆ど変わらないあの歳であんなに強いとか、マジなんなの!? こっちは魔眼や鬼の血なんて人外の力まで使ってたのに、なんかバグってるって見ただけでわかるマクバーンならともかく、彼女には素で凌駕されたんですけど……。

 

 優衣は優衣で、まだ十四歳の僕がリーシャと戦って引き分けたって事にドン引きしてたけどね。




最後に出てきたリィンとアルティナと行った任務は、閃の軌跡Ⅱでの外伝に当たるストーリーです。
作者の私や読者様はリーシャと銀が同一人物だと知ってますが、当事者であった一夏にとっては、リーシャはアル・カンシェルの女優であり、銀は実在すら疑わしい暗殺者と、同一人物とは思ってません。またこの作品では、リーシャの強さを某劫炎達バグキャラ並みに設定しています。
最後に転生者である優衣という存在は、いわゆるチート持ちな神様転生的存在では無く、アドバイザー的な感じです。前世で蓄えた知識(主にオタク方面的なものが中心)を父樹のIS開発等に大いに活用している一方、身体能力的には常人よりも強い程度。ステラとしての一夏のような人外的なものではありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。