インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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随分遅くなってしまいましたが、なんとか納得いく感じで書くことが出来ました。


波乱含みの実機実習

 場面は変わり、一夏達が着替えを終えて教室を出る頃。彼女達とは違い、アリーナにある更衣室を目指して廊下を()()()で進むリィン達。だが、不意に空気が変わり、多数の女生徒が近付いているのをリィンが察知。千夏とシャルルに注意を促す。

「まずい。もう囲まれてるな」

 そんなリィンの異変に、ある意味慣れた千夏はその超常さに呆れ、シャルルは意味がわからず首を傾げる。

「ホント、お前らのその感覚って意味わかんねえよ」

「……え? あの、どういう事?」

 そんな彼ら二人を見たリィンが、しかし周囲の気配の異常な多さと、それらが纏う雰囲気がいつも以上に剣呑としているのを感じ取り、若干慌てる。恐らくその原因は、リィンが手を引いてる転入生たる男子生徒(男装女子)のせいだろう。この騒ぎに加わる女子生徒達は、男性同士の絡み合いが甚くお気に入りなのだと、これまでの経験でリィンも千夏も気付いている。彼女達にとってこの守ってあげたくなるような中性的、寧ろ女性的とも言える容姿をもった新入りは格好のネタ(エサ)だと。

「いいから……。ちっ、遅かったか!」

「……どういう、こと?」

 そして、階段を昇ってきた女子生徒の大群が彼らの視界に入った瞬間、三人の顔が引き攣る。三人の後ろからも人の気配が生まれたからだ。挟み撃ちである。

「リィンさんと千夏君に転校生君を発見!」

「者共、出合え出合え! 出合え!」

 それを裏付けるように、先頭に立つ二年生らしき女子生徒がリィン達の名を呼んだ瞬間、その隣の三年生がどこの武士だと叫びたくなる様な呼びかけをすると途端、女子生徒達はあっと言う間に増えた。挟撃からの追い込み、そして拘束される未来。三人の脳裏に同時に幻視された楽しくない未来予想図。

「リィンさんが転校生君の手を引いてるよ!」

「夏の薄い本は一際厚く出来るわね!」

 恐るべきは女子生徒達の気迫と、なぜか視覚にまで訴えてくる腐臭を漂わす思考。そして、それらがもたらす異質で異様で異常な雰囲気。

 一部の女性と極少数の男性にとって歓喜され、歓迎されるであろう彼女達の脳裏に描かれたリィン達の姿は、しかし本人達にとっては面白いモノではないと断言することが可能なモノ。そんな幻想(イメージ)がダダ漏れなためのこの場の雰囲気。

 内容はわからないでも、気分の良くない三人がこの現状を打破するために取る行動はただ一つ。その為にリィンは千夏に声をかける。

「……くそ。織斑! それでデュノア悪い、飛び降りるから少し我慢してくれ。織斑は遅れるなよ!」

「はいっ? ちょっと、あの、シュバルツァーくんっ!? ひっ、きゃっ……うわぁあっ!」

 都合良く常人より()()は身体能力が高い千夏と、常人を()()()()()()身体能力を持つリィン。リィンの呼びかけを寸分違わず理解した千夏が手近な窓を開け放った瞬間、リィンがシャルルを抱きかかえると、助走もなく跳躍して窓枠を飛び越え、三階に位置する廊下から躊躇なく校庭へと飛び降りる。シャルルが発した短く、そして男とは思えない甲高い悲鳴と共に。

「なんでこんなスパイ映画みたいなコト毎回しなきゃいけねーんだよ、ちくしょうが! てか、ここはどこの武家屋敷だっつーの!」

 続けて千夏も、理不尽を嘆き、叫びながらも同じく躊躇なく飛び降りることで今回の窮地を脱した。

 IS学園に入学して以来、早くも慣れて数える事を諦めたこの脱出劇に千夏は毒を吐きながら、先を走るリィンとシャルルを追ってアリーナへ向かうのであった。

 

 結局、校舎内の移動ではなく校庭を横断することで第二アリーナへと辿り着いたリィンとシャルルは、今日の指定更衣室である第二アリーナ併設の第三更衣室へと入る。

「なんとか間に合うな……」

「あ、あの、シュバルツァー君。そろそろ下ろしてくれないかな、なんて」

 息を切らすこともなく更衣室内に入り込んだリィンに、彼に抱きかかえられたままのシャルルは小さく、やや恥ずかしさを滲ませた声で下ろしてと訴える。

「……悪い。直ぐに下ろす」

 当のリィンは、シャルルの体重の()()故に抱えていたことすら忘れてしまい、シャルルの声を聞いて直ぐ、側にあったベンチに座らせる。

「ありがと。でも、さっきのはなんだったの、一体」

 ベンチに座って人心地付いたのか、シャルルは溜め息と共に先程の騒ぎを思い出し、顔を少しだけ青くする。

「それは、俺達が世界で三人しか居ないISを動かせる男だから、だろ」

 それにはリィンが当然だろうと答える。理論上、世界の総人口の約半数を締める遺伝子上女性のほぼ全てが起動させられるISだが、残る半分となる遺伝子上男性については、今現在リィンと千夏。そして便宜上、この男装した少女シャルル・デュノアの、たった三人しか発見されていないことになっている。

「……あ。あー、うん、なるほど。でも、そんなに、なのかな」

 だが当のシャルル本人は男性として学園に入学してきていることの覚悟が薄いのか、()()()()なりきれておらず、リィンに言われて漸く気付く。

「そんなだろうな。単純計算で、三十五億分の三人、だからさ。ともかく、さっさと着替えて出るぞ、デュノア」

「え? うわぁ! あぁ、うん。わ、わかったから! こ、こっち見ないでね!」

 程なく千夏が入ってきた頃、二人はロッカーの方へと向かい着替えを始めるが、上着を勢いよく脱いだリィンに対してシャルルは見かけ通りの、()()()()()そのものの反応を見せる。

 千夏はそんなシャルルの様子にやや怪訝な表情を見せるが、リィンの方は何か合点がいったという感じで目を細めてロッカーの隅で着替えを始めたシャルルを視界から外し、着替えを終わらせてアリーナへと出て行くのであった。

 

 リィンと、慌てて付いて来たシャルルと千夏がアリーナに出ると、そこには一組と二組の面々がほぼ揃い、更衣室の出入り口近くに待機してた一夏達が三人を見つけると同時に声をかける。

「お。今日もなんとか間に合ったね、リィン。デュノアと織斑も」

「りーん、おつー」

「リィンさん。今日もおつかれさま、ですわ」

「おつかれ、リィン。貴公子とダメ斑も」

 一夏と本音、セシリアとフィーがリィン達を労うが、フィーの彼らの扱いが一目瞭然。特に千夏に対しては、クラス対抗戦以来、より辛辣になっている。この程度で疲れていることも、フィーの千夏に対する評価が下がる要因になっていることには、当の千夏自身は気付いていないようだが……。

「ああ、ありがとな、みんな。でもな、アレはなんだろうな、本当に。いつまでも飽きずによくやるよ」

 ともあれ、リィンは一夏達の労いに答えつつ、しかし未だに湧いて出てくるあの女子生徒軍団(変質者達)に対して疑問を捨てきれない様子で、今も眉間に皺を寄せている。

「ここって娯楽が少ないから、あんなもんなんじゃないの?」

「多分ですが、そうなのだと。まあ、少ないなりに、楽しめる事はあると思うのですけどね」

 そんなリィンの疑問には、やはり近くに居た鈴のルームメイトであるティナ・ハミルトンとそのクラスメートの如月(きさらぎ)夏菜(なつな)が答える。二人とも兼部ではあるが、武術部の部員で、IS訓練参加組でもある。

「でも夏菜。そうは言っても、事実上女子校の女の子なんて、いろんな意味で飢えた猛獣と一緒なんじゃない?」

「確かに。わたし達は普段からリィンさんと一緒に居るからそんな風に感じないけど、他の人はねー」

 そしてティナと夏菜に続けて清香とさゆかが身も蓋もないことを口にするが、事実、清香の言う通り入試条件にIS適性の有無がある関係上、本来は共学であるはずが事実上の女子校と化しているIS学園において、僅か三人しかいない男子など猛獣の檻に放り込まれたエサと同義であろう。

 更に言えば、クラスや部活でリィン達との接触が多い清香やティナ達にとってリィン達は身近な存在だが、そうではない他クラスや上級生達にとっては未だに珍獣(ネタ)でしかない。

「ふふ。案外と、そうなのかもしれませんわね」

「にゃははー。がおー!」

 そんな清香達の会話を聞いていたセシリアも呆れて苦笑いしつつ、しかし意見自体には賛同してるのか割と楽しそうな声音で同意を唱え、本音に至っては笑いを交えて可愛い声音で吠えるマネまでしている。

「ぷっ! なに、それ」

「でゅっちーが笑ったー!」

 そんな本音の様子に思わずと吹き出したシャルルに、本音が少し目を細めて笑ったと呼びかける。緊張か、他の何かか、シャルルは教室に入って以来ずっと、どこか引き攣った表情をしていたからだ。教室からアリーナへの移動時に関しては、リィンに抱えられて三階から飛び降りたことも含まれているのだろうが。ともかく、本音はシャルルがずっと作った笑顔でいたことに、余りいい印象を持っていなかった。故に、素の笑顔を浮かべた今の表情を見られたことが嬉しかったらしい。

 尤も言われたシャルルは、本音に呼ばれた名前の方が気になったようだが、それには鈴が適当に説明しながら整列することを促す。誰も好き好んで必殺の伝家の宝刀(出席簿アタック)など受けたくないのだから。

「で、でゅっちー? それに、笑ったって……」

「あんたの表情がずっと引き攣ってたからじゃない? それと、でゅっちーは本音が付けるあだ名よ、あだ名。あの子、そういう子なの。それで、織斑先生が来たから並ぶわよ。必殺の一撃なんて受けたくないしね」

「必殺の一撃? まあ、いいか。痛そうなのは嫌だし。列は、適当で大丈夫そうだね」

 鈴が言った必殺の一撃をまだ知らないシャルルだが、余り良くないだろうことは直ぐに理解したのか、ひとまず一夏とリィンと共に列の後方に並ぶことにした。

「よーし、授業を始めるぞ! まずは緒方姉! お前の専用機はまだ修理中だったな」

「はい」

 一組と二組に別れつつも特に序列が決まってない並びは、それでも整然としていて、それを束ねる織斑千冬もまた、今日から本格的に始まるISの実機訓練に気を引き締めている。そんな中、千冬は一夏に呼びかけ、緋鋼がまだ修理から戻ってないことを確認すると、しばし生徒達を見回した後、一組と二組、双方から専用機を持った代表候補生一人ずつを指名する。

「ならば……。凰とオルコット、前に出ろ」

 中国代表候補生の鈴と、イギリス代表候補生のセシリア。中近距離格闘型と中遠距離射撃型。お互いの戦闘距離と戦闘スタイル双方において相性が悪い二人だが……。

「わかりました」

 指名されたからには是非など関係なく、ただ肯定を示して千冬の前に歩み出る。

「お前達には模擬戦をして貰おうと思う。ISを展開して待っていろ」

「はい。それで、セシリアと対戦すれば良いんですか?」

 そこで二人は愛機たるIS、甲龍とブルー・ティアーズを展開して向き合うが、それは千冬に止められる。目的が違うようだ。

「いや。お前達の対戦相手は別に居る。二対一での模擬戦だが、もうすぐ来るはずなんだがな」

 対戦相手は別、と二人が交戦するのを止めて思案顔の千冬。彼女を見る鈴とセシリアも、釣られて何かを考える節をみせたその時、遥か上空から悲鳴が聞こえてきた。

「どどど、どいてくださーい!」

 どこか聞き覚えのある声。焦りはあるもののどこか間が抜ける口調に、全員が上空を向いた瞬間目に入ったのは、ダークグリーン塗装のラファール・リヴァイブを纏った山田真耶が、遥か上空から()()()()()ところだった。

「……え? はい!? ちょっとなんであんな操縦不能になってんのよ! みんな早く逃げて!」

 この突拍子もない状況に、鈴は悲鳴を上げるように周囲のクラスメート達に逃げるように伝えると、自身はセシリアと共にISを纏ったまま、他の生徒達を守るように後退しつつその場から待避。しかし。

「……は? 僕かよ!」

 他の生徒と同じように逃げている一夏に対して、なぜか照準固定(ロックオン)した自立誘導ミサイルのように軌道をずらしながら落ち続ける真耶がいた。

「……ちょ、ちょっとまやせんせー! まじしょうきにもどってー! てゆーか、なんでぼくのことおいかけてくんのーっ!?」

 これには一夏も落ち着いてなどいられず、しかし防御しようにも受け止めようにも肝心の愛機(緋鋼)は修理中で手元に不在。とにかく壁に、どこかアリーナから屋内へと入れる場所を探して走り続けるも、現状間に合いそうにない。

「ステラーっ!」

 自身の身体能力や身体の耐久力には自信がある一夏だが、さすがに生身のままで落下してくるISに激突されてはひとたまりもない。目の前に迫る破滅に、徐々に狭くなる視界と早くなる思考で、逃げ切るのは無理だと悟ると無意識に目を瞑りその場に座り込もうとする。鈴とセシリアも気付いていたが、距離の関係で間に合わない。誰もがダメだと思ったその瞬間、突風と共に真耶と一夏がギャラリーの視界から消え、風が止まった先に、ヴァールを纏い、一夏と真耶を抱き込んだリィンが居た。

「……大丈夫か、ステラ」

「うぅ……て、え? あ、りぃん? えと、その……うん。だいじょーぶ」

 リィンが巻き起こした突風が吹いたその瞬間、一夏は僅かな衝撃と浮遊感に襲われたが、しかし痛みはなく、かけられた声に一夏が目を開けると、目の前には愛機(ヴァール)を纏った最愛の人(リィン)の、焦りを滲ませた顔。それが、一夏と目が合った瞬間、安堵の表情へと変わる。一夏は逆に、ヴァール越しとは言えリィンに抱きしめられたことと、助かったという二重の安心感で、やや惚けた答えを返すのみ。

「真耶先生も、大丈夫ですか?」

「は、はいー。すみません、シュバルツァー君」

 そしてリィンは一夏を抱きしめる右腕とは逆の、左腕に抱え込んだ真耶の顔を覗き込みながら無事を確認すると、真耶は目に涙を溜めながらも、いつも通りの少しノンビリとした口調のままリィンに礼を伝える。

 突風の正体は限界速度を超えて飛んだリィンとヴァールであり、真耶のリヴァイブが一夏に激突する寸前、リィンが二人に急速に接近。地面とほぼ垂直に落ちていた真耶を左腕に抱え込むと同時に、彼女のリヴァイブの慣性移動を強引に押さえ込みながら大きくロール。その後、連続したクイックターンで減速し、生身の一夏を右腕で包むように抱いた後、殺しきれなかった後退する慣性をPICで押さえ込んで静止。この一連の動作が余りにも速く、周囲にはただ突風が発生したとしか見えず、いつの間にかリィンが真耶を抱え、一夏を抱き込んだまま浮遊していたように見えた。

「おいシュバルツァー! お前はいつまでその二人を抱え込んでるつもりだ。もう無駄な慣性移動も止まっているだろう」

「……っ! す、すみません! えっと、ステラ。真耶先生も。降ろしますよ」

 そんな三人だが、落ち着きを取り戻した真耶はリヴァイブの駆動系を既に停止。リィンのヴァールも完全に静止状態になり、ただ浮いているだけ。それを見抜いた千冬はリィンに対して一夏と真耶を下ろすように促す。

「あ……」

「ふぁ……」

 流石のリィンも安堵から思考が若干鈍っていたとは言え、千冬の言葉に従い着地してから一夏と真耶の二人を優しく地面に下ろし、ヴァールを解除する。リィンが手を離した瞬間、一夏と真耶両名から、どこか寂しげな声が漏れたが、リィンはそれを、二人がどこかケガでもしていたのかと勘違いする。

「……あ。えっと、二人とも、どこかケガとかしてたのか?」

 一方の真耶は、流石に生徒に抱えられて安心した上、相手がリィンだったことに歓喜していたなどと言えず、若干言葉を詰まらせながらも大丈夫だと言いながら、リヴァイブのスラスターを吹かしてアリーナの中央へ向かう。

「え? あ、あの。わたしは大丈夫ですから、その、わたし、行きますね!」

「あ、はい」

 そして一夏も、未だにどこかぼんやりとしていたためリィンが声をかければ、顔を赤く染め上げ、酷く慌てた様子で大丈夫と言う。

「ステラ。大丈夫か?」

「ふぇぅっ? え、えっと、その、大丈夫。少し、ぼーっとしただけ、だから」

 リィンも、こんなに顔を真っ赤にして慌てる一夏を見たのは始めてのことで、どうにも心配になっているらしく、顔を近付けて額に手を当てて一夏の様子を見た。

「そうなのか? 顔が赤いが」

 当然、唐突に近くなったリィンの顔に一夏の混乱は更に大きくなり、わたわたと手を振り回してリィンから遠ざって無事をアピールする。

「ぴぁっ! り、リィン!? あの、ぼ、ぼくもうへーきだから!」

「そうか、よかった」

 実際は照れていただけなのだが、そこはリィンには伝わっておらず、一夏が無事だったことに安堵するだけ。だが、周囲から見ればどこか甘酸っぱい雰囲気をまき散らしている。そんな二人に一つの人影が近付き……。

「……貴様ら、いい加減にそのラブコメ擬きを終わらせんか!」

「ぃっつぅ!」

「へぷっ!」

 怒声と共に二人の頭に手刀を叩き込んだ。その人影は当然、千冬である。彼女も二人の雰囲気に当てられながらも、しかし教員として二人を止めて授業を優先する。ただそれだけである。散り散りに逃げていた生徒達は既に戻って列を作っているのだから。

「いい加減授業が進められんからさっさと列に戻れ、バカ者」

 そして千冬に怒られた二人も、周囲を見てただ謝るのみである。

「す、すみません……」

「い、いえす、まむ」

 だが去り際、千冬が二人に爆弾を落としてから、足早に真耶の元へと去って行くのであった。

「まったく。イチャイチャしたいなら放課後、自室に戻ってからにしろ……」

 これにはリィンは黙り込み、一夏もただただ唖然としながら一言呟くので精一杯である。

「……しても、いいんだ」

 普通は止めるだろう、と思いながらも、なぜか得られた教師の公認。困惑気味の一夏の呟きは、突如上がった真耶と千夏の悲鳴に掻き消される。

「っきゃあ!」

「おわぁっ!」

 真耶が上げた悲鳴を聞き、目を向ける一夏とリィン。その視界に、なぜかリヴァイブを纏った真耶に押し倒される白式を纏った千夏の姿が。

 そして故意か偶然か、真耶を支える千夏の手は真耶の胸に。

「おお、織斑君! 女性の胸をそんな風に触っちゃ駄目なんですからね!」

「のあっ!」

 これに真耶は大きな声で抗議しつつ千夏を蹴り上げ、起き上がると同時に背負い投げの要領で遠くへ放り投げた上で追撃とばかりにアサルトライフルで精密に弾を撃ち込んでいく。

「あんたぁ、真耶先生になんてことしてんのよ!」

「お戯れも大概になさって下さいな!」

 更に、目の前で事態を見た鈴とセシリアがそれぞれの得物、龍咆とスターライト、ブルー・ティアーズを構え、即座に狙いを付けると千夏に向けて連射。それらは吸い込まれるように彼に、白式に命中していく。

「ま、ちょ、俺がなにをしたって言うんだーっ!」

 一瞬で行われた一方的な集中砲火。やや離れた場所で起こるそんな惨劇。真耶に投げ飛ばされて狙撃され、さらに鈴の龍咆とセシリアのブルー・ティアーズ集中射撃が全弾命中した千夏は悲鳴を上げながら、装甲が程よく焦げた白式を纏ったまま墜落し、ぴくりとも動かなくなった。

「……列、もどろ?」

「そうだな」

 そんな惨劇を見た一夏とリィンは、どちらともなく手を繋ぎ、列へと戻る。

 ちなみにこの短い間に起きたアクシデントで、真耶はリィンと千夏の両名に胸を触られていた。いたのだが、リィンはなにも言われず、千夏は真耶本人の他、鈴とセリシアにも撃たれている。

 この差が、普段の行いから来る人望……というより、単なる好感度の差である。

 

 その後、千夏は白式を解除した後、這いずって列に戻り、鈴とセシリアのコンビ対真耶という模擬戦が行われた。絶妙とは言い切れないが、しかしそれなりの連携で真耶と接戦を繰り広げる鈴とセシリア。その傍らでは千冬の側に呼ばれたシャルル・()()()()が、真耶の纏うリヴァイブ……()()()()()製量産型第二世代IS《ラファール・リヴァイブ》についての解説を行う。

「ふむ、なるほど。山田先生がここまで追い詰められるとは、なかなかの連携と練度だな。まあ、あと一歩及ばなかったのは残念だったな」

 そして決着が付く。鈴の攪乱とセシリアの狙撃と包囲射撃によるコンビネーションは真耶を追い詰めていた。しかし真耶は巧妙な射撃で二人の位置を誘導し、無自覚に接近し激突してしまった二人に対しグレネードを投擲。それを狙撃して爆発させることで鈴とセシリアはシールドエネルギーを削り取られてリタイア。

「あー。悔しいです! セシリアの隙をカバーしきれなかったのが本当に悔しい! 無意識での誘導とか、全然わからなかったし!」

「ええ。がんばったと思いましたのに、不甲斐ないですわ。鈴さんのバックアップがわたくしの役目でしたのに。誘導されてるのに気付けなくて、本当に悔しいですわね」

 連携していたつもりが無意識下で誘導されてしまったことに二人とも悔いる。だがふて腐れている様子はない。悔しいが、実力と練度の不足を見せつけられたからである。

「いえいえ。そんなことありませんよ。鈴さんもセシリアさんも、どちらも手加減が出来ない位でしたから。お二人とも、ナイスファイトでしたよ」

 そして真耶もまた、実はギリギリの状況であったことはおくびにも出さず、しかし鈴とセシリアの二人には確実に追い詰められていたことを認める発言を交えて褒める。実のところ、この近接格闘と中距離射撃の鈴と、中遠距離射撃のセシリアのコンビ。セシリアがブルー・ティアーズの特異機能である偏向射撃(フレキシブル)を習得していた場合、真耶に勝ち目がなかった組み合わせなのだ。

「山田先生は、元とは言え国家代表目前まで上り詰めた代表候補生だ。みなも、甘く見ていると痛い目に遭うからな。それから、凰とオルコットも十分過ぎる程に健闘した。学年末までにお前達に目指してもらいたいのはこのレベルだ。成れずとも、凰やオルコット、代表候補生達を目標にしてほしい。いいな!」

「はい!」

 それでも真耶の実力は、IS競技者としてはかなり上位。こと射撃と攪乱に関して言えば並の国家代表を超える腕を持っている。織斑千冬がいなければ、国家代表は山田麻耶だったと言われる程、彼女のIS操縦技術は高い。そして鈴とセシリアも、僅か一ヶ月ほどとは言え実戦さながらの訓練を繰り返し、ランダムなチーム分けでの連携訓練を経験したため、入学当初に比べ格段にIS、生身双方の戦闘能力が向上している。

「では、シュバルツァー、織斑、デュノア、オルコット、ボーデヴィヒ、凰、クラウゼル、緒方の専用機持ちを中心に8班に班分けし、訓練機への搭乗と歩行訓練を行う!」

 閑話休題。代表候補生ペア対教員の模擬戦で、ISによる戦闘を間近で見せた後は、専用機持ちを教官役にしての実機稼働訓練の開始である。

 殆どの生徒は入学一ヶ月を超えた今日、初めて授業でISに搭乗しての訓練を行うことになる。そして歩行訓練が行われるのは、実はISでは飛ぶよりも歩く方が難しかったりするからだ。飛ぶ=飛行する場合、フルオートでの制御も可能なため、ただ飛行するだけなら誰でも出来るとまで言われる。しかし歩く、走るなどの地上での活動に関してはアシストはあってもオート設定はない。その為のこの訓練。

「打鉄とラファールを四機ずつ用意してあります。各班で選んで行って下さいね」

 そう声を上げる真耶の脇には、あらかじめ用意していた八台のカートに乗った駐機状態の訓練機、打鉄とラファールが乗っている。

 なお、IS学園には打鉄とラファールの他、メイルシュトロームとテンペスタも訓練機として存在するが、両機は打鉄やラファールと違い汎用型ISではないため、個人訓練での貸し出しに限られ、教科としての訓練に利用されることはない。

「……そこの男三人に集まってるバカ者ども! 出席番号順にシュバルツァーから並び、残った者は空いてる班に入れ! ほら、さっさと動け動け!」

 そして現在、一組二組共に一部を除いた大半の生徒がリィンと千夏、シャルルの三人に群がるという状態になっていた。当然、指導して貰うなら同性の専用機持ちではなく希少な男子(レアキャラ)に、という心理によるものだ。だがそんな状態を千冬が放置するわけなどなく、伝家の宝刀(出席簿)が出ることはなくとも、聞けば竦むような怒声で彼女達を一喝し、整然と並ばせた後に余った生徒達を順に鈴やセシリア達の方へと振り分けていく。

「そんじゃ、僕のところはこれで良いね。……でさ。みんなにちょっと相談なんだけど、あれ、手伝いながらでもいいかな? 流石に見てられないんだ」

 そのような状況の中、一夏の所には武術部所属の清香や夏菜などを中心に比較的仲がいい者達が率先して集まったため、滞りなく訓練を始められる状態になった。しかし、直ぐ隣に集まってるラウラの班は見ただけで問題が見て取れた。ラウラの所にはリィン達の所からあぶれた生徒達だけが集まり、またラウラ自身、彼女達に指導するという意識が全くないのだ。そこで清香達に確認を取る。あっちと一緒でいいか、と。

「あー……。うん、わたしはいいよ。ね、みんな」

「うん。ボーデヴィヒは確かに恐いけど、受け持ちの子達には関係ないことだもんね」

 いくらあぶれたとは言え、彼女達に訓練する気が全くないということではない。しかしラウラは彼女達を一顧だにせず、指示も出さないため誰も動けないでいるのだ。

「ボーデヴィヒ。ちょっといいかな」

「なんだ、緒方ステラ」

 ひとまずは一夏がラウラに声をかけ、現時点での問題を告げると、しかしラウラはそれがどうしたと切り捨てる。

「あのね。君のやり方だと、まだ素人の子達がなにも出来なくて困るんだ。君は軍人だろ? だったら、彼女達が出来るように監督するのが正しいんじゃないかな」

「ふん。ISをファッションと勘違いしている者に教える義理などないな」

 ラウラの言う通り、近年はISをファッション的に論評する風潮が一般的になっている。国家代表やその候補生のグラビアやインタビュー記事は、並のアイドルのグラビアや特集記事を遥かに超える人気を持つ。だがIS学園に入れる程の者達は、そのような雑誌や書籍を読んで満足する程度の意識を持たない。

「そう言うなら、周りをもう少し見ろよ。確かに軍とは空気が違うだろうけど、ファッションだけでやってる子はそもそもIS学園(ここ)に入れないよ。でもまあ、それじゃこうしよう。僕の専用機は今修理中なんだ。そこでなんだけど、僕が二班分全員見るから、ボーデヴィヒには気になることがあったらアドバイスしたり、ISを使ったサポートをしてあげて欲しい。ここにいるみんな、それなりに真剣にやってるんだから、せめてその辺りのことは汲んであげてほしい」

 なぜなら、その程度の意識ではIS学園に入学するための知識を得ることすら難しい。倍率一万倍以上などと言われるIS学園の入学審査は伊達ではない。多岐に渡る知識、ISへの適性、ISを扱うための才能と最低限の身体的訓練。入学するために最低限なレベルでさえ、一般からすれば異常と言える程の努力の下に培われるが、あくまでも必要最低限でしかない。そこまでして漸く、一万倍の競争に加わる資格を得る。それをファッションの一言で切るラウラの弁は、余りにも現状にそぐわない。一軍の一部隊を率いている彼女の立場もあるだろうが、それでも、である。

「……わかった、いいだろう。さっさとしろ」

 そしてラウラも決してバカではない。一夏の言葉には耳を傾け、納得はしなくとも妥協はしたようだ。

 こうして一夏が二班分の生徒達を指導しながら、その脇から随時、ラウラが細かい指摘をする。その様子を見て一夏は思う。ラウラは人に教えることが出来ないわけではない。むしろ指導者としては上手な方で、微かに人見知りの気配が見える彼女がただ対応に困り、また男性操縦者(レアキャラ)達に群がった生徒達に僅かな嫌悪を抱いただけの事ではないかと。

 どちらにしても今日の実習に関しては一夏とラウラの連携により時間内に終えることが出来、また一夏が意図したラウラとの接点を持ち、距離を僅かでも縮めていく、という目的も達成された。

 尤も、授業が終わった後、一夏は千冬に呼び出され実習中の状況説明を求められる事になったが。

「緒方。なにを考えて勝手にあの様なことをした」

「ボーデヴィヒ班の子達が困惑していたので手助けしました。彼女達に責任はありませんから、課された課題を遂行出来るように動いただけです。ボーデヴィヒも班を問わず様々なアドバイスをしてくれたので、滞りなく課題が終わりましたし」

 これには素直に状況を伝えれば、千冬はやや苦い表情を見せながらも納得してくれたようで。

「……そうか。わかった」

 ただそれだけを一夏に伝えるにとどまった。




ISの機動に関して、上手く表現することが難しいです。
姿勢と推進方向、ロールとヨーの違い、ピッチ角に対する上下関係などなど、空中浮遊するパワードスーツ=人型と言うことで、戦闘機の機動を参考にするのも違いますし、いろいろと迷ってしまいます。
もう少し他のロボット物のアニメや小説などで勉強し直して、改めて修正、と言う感じでしょうか……。
あとは、言葉の言い回しや表現などにもまだ違和感を感じるところもあるので、各話をまた見直した後、再々で修正をするかも知れません。

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