インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

29 / 42
遅くなりました……。
閑話なのに本編並みですが、あくまで閑話です。


閑話01 一時の休息と親友の親友(元カレ)

 クラス対抗戦で起こった無人機乱入事件。IS学園として生徒や観覧者達には箝口令を敷き、対外的には機材異常によるトーナメント中止という形を落としどころにしたようだけど、当然そんなちゃちな対応でどうにかならない部分も多々あるわけで。

 例えば箒がケガをさせた放送部員。一番症状が軽い人でも腕の骨折。酷い人は肩と上腕を複雑骨折したそうで、特例で行われたナノマシン治療で身体的に完治することは確定してても、精神的な方で復帰出来るか予断を許さない状況らしい。当の箒はその事態の重大さを未だに理解していないらしいけど。

 そしてあの日戦闘に出た僕達の中で、僕の緋鋼とエマのゾディアックは、あの極太エネルギー砲で受けたダメージが緊急な機体修復が必要、というか寧ろオーバーホールレベルでの復元に近いかも知れない程だった。と言うことで週末の土曜日、外泊届けを出した上でエマと二人で一時帰宅。

「じゃあ姉さん。緋鋼とゾディアックをおねがいします」

「よろしくお願いします、束さん」

 帰宅先はIS学園入学直後くらいに完成した真新しい一戸建て。籐韻流の道場も併設してる広い敷地に建っていた元の緒方家の家を本宅として、渡り廊下で繋がれた、束姉と僕やリィン達が住めるように建てられた別宅。そのリビングで姉さんに待機形態の緋鋼とゾディアックを預ける。

 正直、大破に近い中破まで行くとは思わなかった。幸か不幸か、交換部材は潤沢にあるそうだし、修復ついでにちょっとした試験的改装や改良型装備への更新。それに付随する細々としたOSのアップデートもするとかで、戻ってくるまで半月位かかるらしいって聞いてる。まあ、次の公式試合は六月予定の学年別トーナメントだから、試運転や更新装備の慣らしにかかる時間を含めても十分、問題なく間に合うんだけどね。

「うん、任されたよ。それにしても、ほーきちゃんもなー。もう少し自分の行動を顧みて、ちゃんと反省してくれると良いんだけどねえ……」

「あれは無理、だと私は思います。ちょっと、拗くれ過ぎちゃってますし」

 腕輪型の緋鋼とチョーカー型のゾディアック。それを両手に乗せた姉さんが、丁寧にテーブルの上に置かれた輸送用ケースに入れて、蓋を閉じて厳重なロックをかける。

 そんな作業中に話題に上ったのは箒の事。当然、表裏ともに事情を把握しつつ、箒本人の動向や言動も注視してる姉さんが、溜め息と共に心底呆れた声を出すと、エマは思わずと言った感じで、苦笑いと共に呟く。あれは歪みすぎ、と。箒は小学四年の夏頃に政府による保護……と要人保護プログラムを受けて以来、尋問擬きの事が行われたらしいのは判明してる。束姉の行方や連絡先を知っているのではないか、と。でも最初の一年こそ柳韻さんや雪菜さんと一緒に居たらしくて、そこまで問題にならなかったみたい。だけど、二年目からは二人とも離され、ほぼ三ヶ月毎、早い時は一月にならない期間で転校を繰り返して、日本各地を転々とさせられていたとか。中学の時の剣道部の友達が言ってた、危険な剣道って、その辺が理由なのかな。こう、荒れちゃった心理が全部竹刀に乗っちゃったって所かな、と。

「まあ、事情はある程度わかってても、ね。あそこまで我が儘になる理由にはちょっと遠いかなぁ」

「だよね。ていうか箒であれなら、僕は何だってのさ」

 でも正直な話し、尋問されたことには同情するし、味方になる人が一人も居ない状況すらあったのかもしれない。でも、それでもさ。理由としては弱い気がするんだ。

「虐めとはまた、違いますからね。一夏ちゃんの場合、双子の兄が主導しての学校中、街中からの、でしたよね」

「そうだね。私と、お父さん(篠ノ乃柳韻)お母さん(篠ノ乃雪菜)。あとは、鈴ちゃんとそのご両親だけ、だったっけ? 他は、ぶっちゃけ世界中が敵状態だったね」

「うん。味方って言うか、商店街のおじちゃんおばちゃんの一部が中立的だった位かな。逆に虐める側には箒も入ってたし。そういう意味でも僕的に同情の余地無しって感じなんだけどさ」

 今でこそまったく気にしてない《織斑の出来損ない》って別称は、当時は割とシャレにならない称号でもあったわけだ。

 よく買い物に行ってた商店街だって、敵味方の割合的には八対二位で、買い物できるお店も凄く選んでたからね。生き辛かったったらありゃしない。ぶっちゃけエレボニアでの生死を賭けた闘争劇のがよっぽど楽に生き抜けた気がするとか、マジ本末転倒。街道歩くだけでも命懸けでの戦いが必要って方が、相対的に身の危険を感じなかったとか、ホントにどうなのさ。でもまあ。

「正直に言うとさ。千夏も箒も、どこかで更生して欲しいとも思うわけですよ。ハイアームズのお坊ちゃまみたいにさ」

 実質的にはもう繋がってないけど、一応血を分けた兄と、初めて出来た幼馴染み。今や腐れ縁と言った方がいいとは言っても、見捨てるには縁が大きすぎる。でも、同じように才能と生まれと、そこから来るプライドとトラウマに凝り固まってたパトリックが更生できたんだから、あの二人だって無理じゃないと思うんだ。

「ハイアームズってことは、カレイジャスで会った白亜の都の王子君だよね。正統な騎士剣術の扱い方は綺麗だったよ。あの時はね」

「最初に会った頃は、ただ型通りだけって感じだったから。彼も凄く努力して、いろいろ経験して、考えて、壁を乗り越えたんだろうね」

「何があったかは、詳しくは聞いてませんけどね。最後のリィンさんやユーシスさんとの真剣勝負は、本当に見事でしたから」

 決戦直前、カレル離宮に乗り込む前夜に行われたリィンとユーシスとの一騎打ちは、本当に見応えのある勝負だった。結果的に二人に負けたパトリックだけど、その時の彼の剣には、ちゃんとした想いと、真っ当な貴族としての誇りと、そして万が一には自らの父(皇帝に弓引く逆賊)を討つ覚悟まで乗っていたから。

 けど今の千夏や箒の剣からは、そんなモノは全く感じられない。自らの想い、覚悟、考え、誇り、その他諸々。パトリックみたいに自戒すれば幾らでも後から付いてくるはずなんだけど、ね。

「また難しいお話ですか?」

 そんな事を話してると、キッチンの方からカートを押したクロエとレイアが入ってきた。

 一言目が難しい話しって言っても、まあ、まだ学校に行けるほどの状態じゃないから僕達や優衣達位しか人間関係がない、世界が狭いクロエ達には難しい話しになっちゃうのかな。

「違うよクロエ。クラスメートのちょっと困ったお話しをしてただけだよ。……うん、美味しいよ、この紅茶。上手になったね」

「あ、ありがとうございます、一夏姉様」

 それでも、そんなことはないよとソファから立って、軽く頭を撫でてあげながらクロエが入れてくれた紅茶を取って一口啜る。

 ……いつの間にか味も香りもしっかりした紅茶が入れられるようになってたんだね。最初は、茶葉の種類も、ティーポットや薬缶の使い方もわからなかったのに。なのでもう一度、今度はしっかりと髪を梳くように頭を撫でて褒めてあげれば、クロエは俯いて、小さくお礼を言ってくれる。耳まで赤くなってるから、相当照れてるっぽいね、これ。

「クロエちゃん、レイアちゃん。二人とも座ってお茶を飲みましょう。一夏ちゃんも。家族でゆっくり、ですよ」

「はい、エマ姉様」

「リーがエマお姉ちゃんのお隣に座ります。クッキーを焼いたから、食べて!」

 立ったままでそんなやりとりしてた僕とクロエと、直ぐそばにいたレイアにエマが声をかけてくる。せっかくの紅茶とクッキー。

 座ってゆっくり味わうと、始めてまだ数ヶ月、しかも最初はまるでダークマターの如き物体を作ってた二人とは思えないくらい、紅茶の淹れ方も、クッキーの出来映えも、もの凄く上達してた。少なくとも趣味の範疇より少し上。教えた甲斐があったね、これは。

「ふふ。見た目は十分中学生なのに、まるで小さい子を見てるみたいで……。それにクロエちゃんやレイアちゃんに姉様やお姉ちゃんと呼んで貰った時のこの胸の高鳴りは、なぜか抗えません」

 そしてソファに座ると同時に、僕とエマに寄りかかって甘えてくるクロエとレイアに、エマが思わずと言った感じで、うっとりとした声で呟く。

「エマってこっちに来てから随分変わったよね。ていうか、確実に斜め上な感情表現するようになったよね」

「そうだね。でも可愛いから良いと思うんだ。それに、変な方には行ってないんだから問題ないでしょ」

 以前は、真面目な委員長の皮を被ったノリのいい文学系少女的な感じだけだった。でも今のエマを見てるとこう、どこかサブカル界隈にいそうな、妹系少女キャラを愛でて萌えてるお姉さんって感じになってて、ちょっと面白い。日本に来た影響なんだろうとは思うけどさ。

 まあ実害ないし、何か問題起こすでもないから、こういう一面も見られていいね、って感じなんだけど。

 

 

 そして翌日の日曜日。約束した通りに鈴が知り合いの定食屋に連れて行ってくれることになった。

 普段着でも少しだけ気合い入れた感じにしたけど、鈴も似たような感じで。違いはアシメのスカートにダメージシャツとジャケットの僕と、ショートデニムパンツにブラウスとベストをラフに着こなした鈴。髪型は緩くウェーブをかけて下ろしてる僕と、いつもと違ってツーサイドアップにした鈴。そして足下は共にロングブーツ……で、お互いどこに行くつもりよ、と待ち合わせた駅で会った瞬間に言い合ったのは苦笑いしか出ない。いつものツーテールじゃない鈴はいつもより大人びてて、服装も相まって可愛い中に格好良さが増して、なんとなく小柄で茶色い髪のアリサって印象。今日の鈴を見てると、今まで見えなかった新しい一面発見て感じで、ちょっと嬉しい。でも、それよりも少し心配なことがあって。

「ね、ねえ鈴。いきなり行っちゃっても大丈夫なの?」

 行き先、飲食店らしいし、土日でも結構お客さん居るって言ってたし。……でも。

「平気平気。一応アイツに連絡してあるし、アイツ相手に遠慮なんて要らないから大丈夫よ。ご両親とおじ様に妹ちゃんは別だけどね」

 鈴は平常運転というか、例の元カレさん以外のお店や家族に迷惑かけなきゃいいって言い切って。一応親友で元カレ、何だよね? その扱いでいいのかな。でも、鈴の表情を見てるとそんな杞憂は吹き飛んだ。

「特別なんだね、その友達」

 凄く優しい表情で、そういう風にしていいんだって。遠慮なんか要らない相手だって伝わってきた。

「そうねー。なんていうの、目指すのはおじいちゃんおばあちゃんになっても、よっ、とかいって挨拶出来る間柄。結婚してもお互いの相手が嫉妬するくらいの仲良し目指そうって感じかしらね」

「それって、在る意味、愛より深い仲だよね」

 幾つになっても、男女の仲を超えて親友のままで居続ける、その時のパートナー以上に近しい間柄。

「うーん。うん、そうかもしれないわね。実際、中1の頃に一回付き合って、半年保たずに別れてからずっと今の形だからさ。恋人らしいことは随分したけど、多分あたしとアイツの間にあったのって、恋愛より親愛だったのかしらね」

 鈴が言うのはそんな関係。一度は恋愛関係になって、でもそれでは収まらなくて逆に続かなかった。それって、本当に恋愛を超えた親愛だよね。鈴にとっての彼はきっと、特別すぎる人なんだろな。

「そっか」

 そんな鈴のお相手はどんな人なんだろうか。なんて頭の中で考えながら、笑みを絶やしてない鈴の横顔を見ながら歩くこと暫く。鈴が着いたわ、と言って指さした方に見えたのは、一階が店舗になってる一軒家。庇に吊された暖簾には五反田食堂と書かれてる。

「この、五反田食堂ってところ?」

「そ。あたしの第二の親友、五反田弾の実家よ。こんにちはー。おひさしぶりです、蓮さん!」

 ちょっと年季が入った一階が店舗になってる一軒家だけど、手入れは行き届いてるのか古びた印象はない。食堂の入り口になる綺麗に磨かれたガラス戸を引いて勢いよく中に入っていき、中に居た女性に声をかける鈴。女性の年齢は……見た目では不詳。鈴曰く、自称永遠の看板娘だとかで、パッと見は三十歳前にしか見えないというか、束姉や千冬姉、サラ姉達と同年代にも見える。でも雰囲気はもっとずっと上。束姉のお母さんの雪菜さんや、鈴のお母さんの雪蘭(シェイラン)さん位。多分、この人が例の元カレくんのお母さんか。

「……あら、鈴ちゃん。と、お友達かしら。日本に帰ってきてたの?」

「はい。蓮さんは弾から聞いてませんか? あたし中国の代表候補生になって、今はIS学園にいるんです。で、この子は新しく出来た友達で、蓮さん達に紹介しようと思って」

 そんな風に考えてる内に鈴と女性が会話を続けて、僕が女性、蓮さんの前に押し出される。

「あの、緒方ステラ・バレスタインといいます。えと、鈴の友達で、その、おじゃまします」

 慌てて自己紹介するけど、特に気分を害した感じはない。よかった。

「はい。いらっしゃい、ステラちゃん。鈴ちゃん。弾ならまだ上に居るから、勝手に入っちゃっていいわよ。寝てたら叩き起こしちゃって」

「はーい。行こ、ステラ」

 そして蓮さんは鈴の元カレ、弾君がまだ自室に居ることを教えてくれたので鈴の先導で内玄関から二階へと上がり、件の弾君の部屋へ向かって、まずは鈴が扉越しに弾君を呼ぶけど、返事がない。

「だーんー」

「……返事がない、ただのお寝坊さんのようだ?」

 思わず、優衣が前世で遊んでだゲームの一つにあったっていう、死体や骸骨に話しかけると「へんじがない、ただのしかばねのようだ」なんて冗談のようなセリフを捩ってみた。

「なにそれ。まあでも、それで正解ね。寝てるから勝手に入るわよ。そんで、起っきろー、ばーか弾!」

 それはまあ、鈴にウケたりはしなかったけどニュアンスは伝わったようで、遠慮も何もなく扉を開け放つとそのままベッドの上でまだ寝ている弾君に向かってジャンプ、彼の上に跨がるように飛び乗った!?

「うぎゃぁっ! ちょ、おま! り、りん、ぎぶ、ぎぶっ!」

 どんなに鈴が小柄で体重も少ないと言っても、流石に飛び乗られたらそれなりに痛いだろう。一気に目が覚めたのか悲鳴を上げて上半身を起こそうとして失敗、男の割に長い真っ赤な髪が広がった枕元を叩いてギブアップ宣言。鈴もそれで弾君から降りる……けどベッドに座ったまま。

「……てか、鈴? お前、鈴なのか? 本当に日本に帰ってきてたんだな」

「なによ。ちゃんと電話したっていうのに信じてなかったっての? 凰鈴音、IS学園入学のために日本に帰国したわ。またよろしくね、弾」

 彼も鈴が退いたことでベッドの上で胡座をかいて、鈴と隣り合わせに座る。殆ど肩が触れる程の近さで座る彼と鈴。もう付き合っていない二人の距離じゃない。知らない人が見たら付き合ってるようにしか見えない。でも、これがさっき鈴が言ってた二人の心の距離感なんだろうな。

「おう。で、そっちのカワイ子ちゃんは誰だ? てか、固まってるみたいだけど、いいのか?」

「あちゃぁ。おーいステラー?」

 僕もリィンと二人きりだとこの位な距離感だけどさ、なんていうか、他の人の同じようなシチュエーションを間近で見るのってこう、なんだか見せつけられてるみたいで、身体が緊張で固まっちゃったかも。思考も、なんだか微妙に鈍ってるのか鈴が呼びかけてくれてることしかわからなくて……。

「ふぇぅ? あ、あの、鈴。その、いきなりでビックリしたから」

 意識の外からかけられた鈴の呼びかけに反応が遅れて変な声が出ちゃったし。でもホントビックリだよ。これで付き合ってないとか、ねえ。

「こんな格好で悪いな。オレは五反田弾。弾でいいぜ。鈴とは中学入ってから意気投合しちまった親友だ。ちなみにもう恋愛感情は互いにない。もう一人の妹みたいなもんだ」

 そんな風に考えてた所で弾君……弾が自己紹介。今の短い紹介と、好感が持てる目の色を見ただけで、何となく、鈴と波長が合うんだなってわかった気がする。変なフィルターをかけて人を見ないで、その人自身を見ようとする瞳。そんな目を持つ彼と鈴は性質が似てる。そしてそれは逆に、二人が恋人としては続かないって事にも通じる。だからか、会ってまだ十分も経ってない僕も、リィンとは全く違う意味で彼に好感を持った。愛や恋ではなく、人間として好きなタイプに感じたから。

「そねー。そんなあんたと、数馬に海月の三バカアンド苦労人の透に付き合って同類に見られてるのは癪だったけど、まあ、居心地よかったかんね、あんた達と居るの。あたしや蘭達にアホが寄りつかなくてさ」

 それから彼が言う兄妹っていう間柄も、なんとなく納得。最初こそ恋人っぽく見えてたけど、今は仲のいい兄妹が寄り添って座ってるって感じに見えてきたし。そして彼と同類が後三人いるらしい。どんな人達なんだか。鈴が信頼してるっぽいから、やっぱり悪い人間じゃないんだろうな。そして千夏避けでもあったっぽい。確かに弾なら、千夏避けになるかも。こう、いい意味で人間らしいタイプは千夏と相性最悪だったし。数少ない、アイツの口車に乗って僕や鈴を虐めてこなかった子達も、大体はこの弾みたいなタイプの子達だったし。

「そ、そうなんだ。えと、僕は緒方ステラ・バレスタイン。ステラでいいですよ。あの、学園で鈴と気が合って友達になってくれて、その、連れてきてもらいました」

 なんにしても、この弾達四人が鈴や、蘭って子も含めた周辺の女の子達に千夏達を寄り付けなくさせるだけの何かを持ってる。

 その意外性にちょっとビックリしながらも、よく見ると黙ってればイケメン、そして内面も辛うじてその部類になるだろう弾に、僕から自己紹介する。さすがに鈴との仲が小学校からの幼馴染みだなんてのはまだ言えないけど、今は友達って言えば大丈夫だよね。

「そっか。よろしくな、ステラ」

「はい」

 そうすると弾は、ニカって擬音が似合いそうな笑顔で名前を呼んでくれた。なんか、ガイウスに通じるお兄ちゃん気質と、いい意味での悪達気質があるクロウの印象が同時に感じられた。これは、鈴が気に入るわけだよ。でも当の鈴はどこか悪戯な笑みを浮かべてて……。

「ちなみにその子、もう彼氏居てすっごいラブラブだから、手出しちゃダメよー」

「……り、りん!?」

 名前は言わずともリィンの事をばらしてくれやがりましたよ、この子!?

 確かにこう、二人きりの時はベッタリだし、ラブラブと言われればラブラブだよ。そういう関係なんだし? でもそれ、ここで言うことないじゃんか!

「オレがいつ、そんなほいほい手を出したよ」

 実際、弾は鈴の事をどこか呆れた目付きで睨み付けて文句言ってるし。それって特定のパートナーが居ない人がよく冗談で口走る定番みたいな愚痴風のセリフじゃんさ。大体ちょっと見てれば、弾が見境なく女の子に手を出すようなタイプじゃないって直ぐにわかるし。

「だってあんた、あたしと別れてから、いつもいつも彼女欲しー、とか愚痴ってたじゃない」

「愚痴るのと誰彼構わず手を出すのは違えだろうがよ、たく」

 それでも鈴は追及の手を緩めないでキャンキャン吠えて、弾も呆れた口調で返してるけど……でも、あれ? これって、弾の悪口じゃなくて、単なるじゃれ合い? 

「くすっ……あはは! 本当に仲がいいんだね。兄妹ゲンカしてるみたいにしかみえないよ」

 そう思ったら吹き出した。本当に兄妹ゲンカにしか見えないんだよこれ。人差し指で鈴のおでこを強めに突いたり、お返しとばかりに鈴が弾に肩ぶつけたりって、まさに兄妹ゲンカだ。

「でしょ?」

「実際、もう一人の妹だし、な、鈴?」

「うっさいよバカ兄貴!」

 当の二人は、僕の反応をわかってやってたのか、本当の兄妹みたいなやりとり始めてる。似てる所なんてどこにもない。でも、この感じは僕と蒼弥兄との関係に近いかも。素直に甘えた時の蒼弥兄や樹お父さんの反応と弾の反応がそっくりというか、まんまというか。

「あれ、おにぃ? 話し声聞こえてるんだけど、誰か来てるのー?」

「……あ」

 そんな風に穏やかに、でも賑やかにしてるとドアがノックされて、女の子の声が聞こえてきた。多分、弾の本当の妹の方が弾を呼びに来たのかな? 弾がどこか、何かを忘れてたって表情になってるし。

「起きてるなら入るよ……て、あー、鈴さん! 本当に日本に帰って来てたんですね!」

「そうよ。ただいま、蘭」

 そうこうしてる内にドアが開いて、弾にそっくりな真っ赤な髪をバンダナで纏めたキレイ系の女の子が一人入ってくると、弾の隣に座る鈴を見て歓声を上げ、鈴に抱きついた。ここにも疑似姉妹が一組、かな。

「はい! 鈴さん、おかえりなさい!」

 床に膝を付けて鈴に抱きついてる蘭ちゃんが鈴の顔を見上げて、そしてまた強く抱きつく。また鈴に会えて本当に嬉しいんだね、きっと。

 そんな蘭に、徐に僕を紹介する鈴。鈴から離れて、僕の方を向いた蘭は綺麗と可愛いが同居した整った顔立ちに、でも真っ赤な髪が情熱的な印象を持たせる美人。うん、将来絶対美人になるタイプの子だね。

「そうだ蘭。紹介するわ。IS学園で出来たあたしの新しい親友、ステラよ」

 日本人で真っ赤な髪ってのも珍しいけど、似合ってる蘭に、いつも通りの自己紹介。

「緒方ステラ・バレスタインです。ステラって呼んで。よろしくお願いしますね」

 当の蘭の方は、僕を見て挨拶をしてくれるけど、途中でぴたりと止まった。なんで?

「えっと、五反田蘭です。蘭でいいです。その、よろしく、お願いしま……」

 ずっと僕の顔を見上げてくる蘭に、思わず目を覗き返して問いかけると、蘭はまるでバネ仕掛けみたいに飛び跳ねて一歩下がってから、綺麗だって一言。……どゆこと?

「どうしたの?」

「わひゃっ! あ、ああの、その、キレイ、だったから」

 綺麗って、僕は身長の割には可愛い系に分けられることが多いんだけど、どういうことだろ?

「キレイ?」

「髪の色と、瞳の色が」

 不思議そうに蘭と見つめ合ってると、蘭が徐に髪と目の色の事だって、教えてくれた。あー、蒼銀色(ブルーブロンド)の髪に(エスメラス)(ヴィオラ)光彩異色(ヘテロクロミア)。確かに珍しいし、色合い的にも綺麗な部類なのかな。僕自身、慣れたのも含めて気に入ってる色だし。鈴や優衣、リィン達も綺麗だって言ってくれてるし。今は自慢の一つ且つ、自信の元の一つにもなってるから。

「でしょ? キレイよね、その瞳と髪の色。これで純粋な日本人だって言うんだから、ホントに遺伝子って意味わかんないわよねー」

「日本人なんですか!?」

「マジかよ……」

 でも僕は純粋な日本人だって鈴が蘭にばらすと、蘭だけじゃなく弾まで驚いた様に僕の顔をまじまじと見つめてきた。

 本当のところ、この身体は遺伝子的にエレボニア人だってことは鈴には言ってあるけど、あくまでも日本人扱いしてくれる。けど、そうじゃない人にとって、僕の髪色や目の色に名前のせいもあって、日本人には見えないらしい。正直、弾と蘭も真っ赤な髪で、水色の髪に深紅の瞳の簪と楯無さん姉妹同様、結構日本人離れしてると思うんだけどなぁ。

「そうだよ。名前の方は、ちょっとワケがあって一回外国に養子に行ってるから、ステラって名前なんだけどね」

「そうだったんですか」

 どちらにしても誤魔化し……きれてない養子に行ったで言い訳しつつ、容姿の方も遺伝子の気まぐれで誤魔化させて貰いました。鈴、フォローサンクス。

「あ、そうだ! おにぃ。それと鈴さんとステラさんも。ご飯、食べに下りて来いって、お母さんとお爺ちゃんが」

 この後、蘭の案内で食堂に向かって、弾と蘭のお爺さんで食堂の主、巌さんに紹介されて、お昼ご飯にはおすすめの業火野菜炒め定食を頂いて、思わず二セットもお代わり。ついでに超甘いって言われて興味を引いたカボチャ煮定食にいくつかの単品おかずまで食べてお腹が満足したところで、漸く僕の食べる量に慣れてきたらしい鈴以外の全員に、定食四セットプラスおかず数品全部完食した事を驚かれましたよ、いつも通りに。

 頑丈な身体と超筋力に超反射能力。その元凶の魔眼自体は役に立つけど、やっぱ副作用の食事量がね。専用機持ちの企業専属もいいけど、最近流行のフードファイターになるのもいいのかなぁ? そういう番組見てると、いろんな所に行って、いろいろな物を食べてって、なんだか楽しそうだし。まあ、あの人達ほど食べられないんだけどね。特に女の人達のあれ、一体あの小柄な身体のどこに入ってんだろ、とか凄い不思議なんだけどさ。

 

 閑話休題(それはおいといて)

 この日の弾と蘭との出会いをきっかけにして後日、数馬と海月、透の三人を紹介して貰って、彼ら三バカプラス苦労人の四人組と蘭には、様々な面で月岡に協力して貰えることになりました。主に男性操縦者試験者とその試験補佐として。そして夏休みのバイト代わりににと開発課に入り浸ってた弾達は、見事に男性操縦者実験用に建造された改黒翼型を起動、操縦することになり、秋口には極秘裏に建造した改黒翼の専用機仕様でヴァールの直系後継機になる改黒翼改弐・金剛型の専属操縦者にまでなった。なお、彼らは開発課所属なら誰でも受けられる籐韻流と篠ノ乃流の修練会に通ってるのもあってか、多少の差はあれど、専用機受領時点での操縦技術と力量が並の代表候補生を超える程にまで成長したらしい。具体的には七月時点の千夏なんかよりもずっと上で、12月の時点では静寐や本音達とタメ張れていい勝負が出来る程だったとか。

 なんにしても、最初は鈴の親友(元カレ)紹介なんていう、ちょっとした出会いだったはずの弾と蘭達だけど、きっかけの軽さからは想像できない位に深い間柄になるなんて、この時は思いもしなかったな。




とまあ、鈴の元カレ、五反田弾登場回。
次の彼の出番は……原作通り文化祭の予定。かなり先になります。
そして名前だけ出た三バカと苦労人も出番的にはそんなにありません(ないとも言わない)

ちょっと賛否両論になりそうな設定ですがまあ、このお話ではこんな人間関係だったという感じです。
次回は本編に戻って二巻分の本格開始です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。