インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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クラス対抗戦第一回戦、一年一組織斑千夏 vs 一年二組凰鈴音

 IS学園一年生が入学してから早一月近くになる四月末。学年最初の行事となるクラス対抗戦の開催日となった。

 天気予報では終日快晴。気温も四月にしてはやや涼しい試合日和。二組のクラス代表、凰鈴音が詰めるBピットには、試合に臨む鈴本人の他、関係者として緒方ステラ・バレスタイン=一夏とセシリア・オルコット、テレーザ・ランプレディの三人の姿もあった。他、三組代表のイレーナ・シャンティには緒方優衣とエマ・ミルスティンに鷹月静寐が。四組代表の更識簪の下には従者兼整備士の布仏本音と、リィン・シュバルツァーとフィー・クラウゼルの三人が付き添っている。当然、全員が関係者として登録済みであり、一夏と優衣、本音はそれぞれ鈴とレナ、簪の整備士を担当している。

 そして第一回戦を目前にし、一夏は鈴が展開、装着している専用機、中国製第三世代機《甲龍(シェンロン)》の整備ポートからコンソールのケーブルを外しながら声をかける。甲龍自体は一夏の手により、所属上、手を出すことが出来ない中国製第三世代兵装である《龍咆(りゅうほう)》を除いて万全な整備状態にあり、鈴自身も、ある意味の()()に向けて良い意味で緊張状態を保ち、気合い十分、勢いに乗っている。

「そろそろだね。いける?」

「もちろんよ。簪にもレナにも負けたくないけど、何よりも、あんな奴にはだけは絶対、負けない。最初っから全力全開でぶっ壊しに行く!」

 因縁の相手である織斑千夏。簪やレナとは違いライバルなどではない、鈴にとっては文字通りの敵。殺すか、殺されるか。大袈裟でも誇張でもなく、鈴はそのつもりでこの試合に臨もうとしている。

「雪片と零落白夜だけ注意して。まだまだ使い熟せてないけど、あれはまともに貰ったら一撃で墜とされるから」

「わかってるわ。たった一回、試合の記録を見ただけで身に沁みた。千冬さんの試合も見たことあるし。だからわかる。油断も慢心もしない、出来ないって」

 反面千夏はと言えば、応用的な戦闘機動とそれに伴う機体制御を身に付け、更に僅かとは言え抜刀術の基礎を修めたことで零落白夜の使用効率が若干向上。総合的な戦闘能力も、代表候補生達にはまだ及ばないものの、油断できない程度には上達している。

 そして鈴にとって千夏は敵対者とは言え、この対抗戦は公式試合であるため、直接目視しての偵察などは行っていない。それでも公開情報や試合記録には目を通し、また特性上の白式の先代機である織斑千冬の暮桜。そして暮桜で運用された雪片と零落白夜によるモンドグロッソでの蹂躙劇も知っているため、それらの特性と危険性を十分に理解している。

「あたし達もここで見てるから、がつんとやってきちゃいなさい!」

「同じ代表候補生として、応援いたします。鈴さん。あなたに、勝利を」

 どこか殺気を滲ませた凄味のある声で一夏に答えた鈴に、テレサとセシリアが声をかける。共に強くなろうとする妹分に、ライバルにと、それぞれの好意をその手に乗せ、鈴の両肩に手を当てる。

「わかってるわよ、テレサ、セシリア! 凰鈴音、目標を叩き潰しに行ってくるわ!」

 ある種、殺意すら感じる声で発進を宣言した鈴と甲龍は、カタパルトによって勢いよくアリーナの中央へ向けて射出され、規定座標まで駆け上がり静止。やや遅れてAピットから出てきた千夏の白式と相対。合図を待たずそれぞれの得物、双天牙月(そうてんがげつ)と雪片弐型を構える鈴と千夏。

 放送部員による二人の紹介が行われた後、徐に始まったカウントがゼロを示して試合の開始が告げられた瞬間、二人は躊躇なく加速し、連結式大型青竜刀である鈴の双天牙月と千夏の雪片弐型が正面からぶつかる。超重量級の双天牙月と軽量な刀である雪片弐型の重量差から大きく弾かれる千夏の雪片だが、弾かれきる前に姿勢制御と共に勢いを流し、鈴に空振りをさせる。だが鈴も流された勢いと双天牙月の重量に、残った遠心力も利用して更に一回転することでもう一撃、体勢を戻しきれていない白式の背中に向けて薙ぎ払いを仕掛ける。千夏も当然、その大ぶりな一撃を素直に受けるはずはなく、崩れたままの体勢から下方に向けて加速して躱し、地面に一度着地する。

 双方の初撃は共に空振りに終了。試合は仕切り直し上空の鈴と地面の千夏という位置取りから第二ラウンドへと入る。

「おお、中国の第三世代兵装避けきるなんて、織斑も随分出来るようになったわよねー。あれ見えないのにさ」

「そりゃまあ、僕らが訓練してやってんだし? あれで成長しなかったらもっと前に放り出してるって。あんなのでも一応クラスメートで、一応教え子扱いだからね」

「そうですわね。最近は、模擬戦で近接戦に入られるのが少々嫌になってきましたわ。まあ、それでもまだ、勝ちを譲るつもりはありませんが」

 仕切り直した第二ラウンド。初手は鈴による地上へ向けての龍吼の乱射。不意に放たれた圧縮空気による()()()()()()の弾幕に、千夏は数発の直撃を受ける。しかし千夏の対応力もなかなかで、僅かな時間で弾幕のパターンと鈴の癖を読み取ったのか、ほぼ紙一重で砲弾を躱しながら鈴に肉薄する。しかし、千夏が近接戦のレンジに入った瞬間、再び双天牙月と打ち合いとなり、弾かれて間合いを取ることが出来ないまま、再度龍砲の制圧射撃を受ける。

「だねえ。でもセシリア。それって油断に繋がるから、気を付けないとダメよ?」

 近距離と中距離で目まぐるしく交わされる戦闘は、双方一歩も引かず、しかし両距離に対応可能な近中距離型の甲龍を駆る鈴がやや優勢で試合は推移。

 方や一年そこそこで代表候補生にまで上り詰めた鈴、方やISの訓練を始めて一月未満の千夏。そんな二人が繰り広げる戦いは意外にも接戦となっている。そして観戦する一夏達も二人の戦闘の推移を注視し、各々の視点から戦闘データを収集していく。その上でテレサからの忠告を受けるセシリアもまた、己自身と二人との戦闘を脳内でシミュレートする。未だ自由自在とはいかないブルー・ティアーズの本体とビットの同時操作だが、それでも現状立てられる戦術を組み立て、脳裏に浮かぶ鈴と千夏と相対させる。当然、同じ事はテレサや一夏を始め、ピットで観戦している全員が行っていることでもある。

「わ、わかっていますわ」

 そしてテレサの忠告を受けたセシリア自身、自分の発言がやや油断を乗せた物であったことを自覚しているため、素直に認める。このように激しい攻防を観戦しながら表向きの会話をしつつも行っているイメージトレーニングを、ただのイメージと馬鹿にする事なかれ。この瞬間にもセシリアの操縦は、ビット操作は、攻撃精度は、物凄い勢いで向上している。

 そんなBピット内で、やはり脳裏での激しい戦闘を繰り広げている一夏が、不意に何かの気配を感じ取り天井……その更に上、アリーナの上空を見上げ、目を細めて小さく呟く。

「……何か来る。なんだこれ、このどす黒い感覚。黒い、意思……? 泥のような深い、淀んだ波動。ダメだ! 鈴、織斑! すぐにピットに戻って! 管制室!」

「ダメよ、間に合わないわ!」

 そして気配の正体を、感じ取ったソレが悪意であると確信した瞬間、鈴と千夏を待避させるよう鈴と千夏、そして管制室へ同時に通信を繋げて叫ぶ。

 しかし刹那の差で通信は届ききらず、またテレサも一夏と同じ何かを感じ取ると同時に声を張り上げ、セシリアを抱き込むように床に伏せた瞬間、上空から三条の閃光がアリーナ内に降り注ぎ、着弾と同時に爆音が響き渡り、衝撃がピットを、アリーナ全体を揺らす。鈴と千夏は間一髪、閃光から逃げおおせたが、遮蔽シールドが展開してしまったためピットに待避出来ずアリーナの内部に取り残されてしまう。

「きゃぁっ! い、一体なにが、起こりましたの……」

 そして閃光により引き起こされた轟音と揺れに悲鳴を上げたセシリアは、テレサに抱き込まれたままアリーナを見つめ、その惨状を目の当たりにする。

「……なんだ、あの三機のISは。いや、違う。緊急事態。真耶先生!」

 バリアを破りながらも、アリーナのフィールドに大きなクレーターを生み出す程の威力を持った三条の閃光。レーザー砲、荷電粒子砲、圧縮粒子砲。どれによる攻撃かの判断はまだ付かない。だが閃光が降りた場所に出来たクレーターの底に、三機の所属不明、形式不明の全身装甲型ISの姿を認めた瞬間、一夏は繋げたままの管制室へ向けて緊急事態を宣言する。

《はい。こちらでも確認しました。正体不明のIS三機を確認。同時に現在、アリーナは発信源不明のクラッキングを受け、システムが完全に奪取されました。これによりレベル4の警戒態勢に移行し、全ゲートがロック。遮蔽シールドレベルが最大になっています。緒方さん達も早目に避難を》

 一夏の宣言を受けて全体管制を行っていた山田真耶も状況を確認。一夏達に待避を促す。しかし。

「いいえ。迎撃します。緊急時条項を適応し、ピットに居る僕達でピット通用口を破壊後、ISで出撃します。真耶先生、許可をお願いします」

 アリーナでは現在、待避出来なかった鈴と千夏が襲撃者である三機の敵性ISと交戦し、その敵意を自分達に集中させる事でアリーナへの被害拡大を防いでいる。だが、それまで二十分以上に渡って戦闘していた二人が、防戦とは言え三機を相手にどこまで保つかわからない。そこで一夏は、緊急時の交戦状況が適応されるとしてピットに居る自分達全員で参戦し、早急な敵性ISの無力化又は排除を提案する。

《……許可は出せん。現在二年と三年の生徒が中心となって正常化を試みている。遮蔽シールド解除後、教員部隊が対応に出る。お前達は待避しろ》

 しかし提案は織斑千冬により却下され、緊急時のマニュアル対応を行っているとし、一夏達に再度の待避を勧告。だが、クーデターや内戦を潜り抜けてきた中で、幾度も敵対勢力から強襲された経験を持つ一夏がそのような悠長な勧告を聞き入れるはずはない。

「……状況を見て言えよ! あいつらのあの攻撃の威力、このままじゃ直ぐにシールドを破られる! そうなったら避難できてない人に犠牲が出る可能性があるんだぞ! 逆ハック中の上級生や待機中の教員部隊は観客席の避難活動に回して、あいつらは僕達に対応させろ! その方が早い!」

 この時一夏の脳裏に思い出されていたのは、ガレリア要塞で起きた帝国解放戦線による強襲や、ユミルの街で起きた二度に渡る貴族軍による襲撃。ケルディックで起きた大市への放火に、辺境の街での貴族軍私兵の独断による強襲と強奪など窮地の数々。そして目の前で幾条も放たれる閃光を見て取れる、一撃でアリーナを守るバリアを貫通しえるだろう威力を持つその砲撃と、そのような砲撃を連射可能な敵性ISに対して、鈴と千夏が、そしてアリーナ自体がいつまで保つのかわからない状況。故に、直ぐに結果が出ない悠長な逆ハックなど待っていられない。逆ハックが成功しなければいつ突入できるかもわからない教員部隊を待機させたままでいるなど無意味極まる。一夏は経験上、直ぐに動かなければ最悪の結果になり得る状況と判断しているため、生徒(一兵士)の身でありながら教師(指揮官)である千冬達に口悪く怒鳴りつけてしまう。それも、意見具申などではない、ただの暴言。

《織斑先生……》

《……いいだろう。緊急時条項の適応を認める。だがそれだけの啖呵を切った以上、失敗は許されないぞ。分かっているな》

 だがそんな暴言でも、真耶は一夏の状況判断に異論を挟めず、緊急時の最高指揮官である千冬に対して小さく呼びかける。その呼びかけに千冬は、一夏に対して条件を呑み、そして失敗するなと、自分達に向かって啖呵を切った以上、失敗は許されないと告げる。

「はい、ありがとうございます。先程の暴言、失礼致しました。これより敵性ISの排除活動に入ります」

《わかった。……全員、生きて戻れ。いいな》

 千冬の許しを受けた瞬間、自分の取った態度を詫び、作戦行動に入ると宣言する一夏と、彼女達の生還を祈る千冬。

「はい! ……みんな聞いてた? 行ける?」

「もち!」

「リィンさん達も各ピットで準備完了してると」

 千冬の祈りを受けて大きく頷いた後、状況と会話をプライベートチャンネルで流してた全員に是非を問えば、直ぐ横に居るテレサは即答し、セシリアも全員からの準備完了の報の返す。

「よし。そんじゃま、派手に行きますか! 穿ち抉れ、烈空!」

 それを聞いた一夏は、緋鋼の左腕と烈空だけ部分展開し、ピット脇の通用口へ向けて勢いよく振り下ろし、そして突きを放ちドアを抉り飛ばすと、突きを放った勢いのまま破壊したドアを巻き込みながら通用口から飛び出し、瞬間、緋鋼を完全展開。続けて飛び出してきたスタジオーニを纏ったテレサとブルー・ティアーズを纏うセシリアや、他のピットから飛び出してくるリィンや優衣達に次々に指示を出す。最前線に立ちながら、交戦を言い出した一夏は自身が前線指揮も担当する。

「セシリアは優衣と簪とチームを組んで! レナは上空から動きを止めずに支援射撃! フィーは僕の所に。リィンとエマは鈴と織斑と一緒に一機お願い!」

 今までの訓練で見られた全員の癖や連携などを考慮しながら、敢えて本来のポジションとは違う配置を含めて指示すると、全員が一斉に散会し、指定されたメンバーでの連携を開始。セシリアが一夏の側を離れて優衣達の方へ向かうと、入れ替わりにフィーが一夏の前に出てくる。それと同時に、一人上空へ駆け上ったレナがL115AWIS《サイレント・ピアサー》狙撃銃による支援射撃が始まる。

「こちらもお任せくださいませ」

「わかった。無理はしないで、距離を取って撃つね」

 上空からのレナの支援射撃が降り注ぐ中、一夏の指示通りに三つの交戦グループが完成。

「テレサとフィーは僕と。まずはアイツの腕、砲門を潰す。行くよ!」

「任せて」

Si, capire(了解よ). Cambiare, Autunno(換装、アウトゥンノ)

 一夏達はテレサを先頭に、標的にした敵性ISに正対する楔形フォーメーションを組むと、まずは敵攻撃力の無力化を図るために敵機右腕に装備されたエネルギー砲の破壊を優先。すると敵機はこちらの動きを察知したのか、三人に対して機関砲の如くエネルギー弾をばらまいてくる。

「させない!」

「支援形態の防御力、舐めるんじゃないわよ! ステラ!」

 だが単発ではなく連射することで収束が甘くなり、一発当たりの破壊力が落ちた敵弾は、外れた物はアリーナのバリアが、直撃弾はそれぞれが装備する盾、フィーのレギルス、テレサのパレーテM7、一夏の緋鋼に弾かれ全てが無効化される。

「へーき。まずは武器を封じる。それ鉄則。……て、うぇえっ!?」

 そしてテレサの号令一下、右翼から飛び出した一夏が単独で敵機に迫り、エネルギー砲の付け根、右腕間接部に向けて透徹を振り下ろした。

「うひゃぁ、派手ねえ。……てか、腕切れたのにアイツ、まだ動けんの!?」

 ISの装備としては最重量級の実体剣型装備である透徹だが、それでもISには常時張られているシールドがあり、またIS用装備そのものがレギュレーション上、そのシールドごと装甲を断ち切ることなど出来ないようになっているはず、なのだが、なぜか透徹の刀身は敵機の右腕関節部を完全に破断し、エネルギー砲を斬り飛ばしてしまった。

 武装の無力化を狙っていたとは言え、流石の事態に一夏は相手を傷付けたかと思考が一瞬停止。テレサも余りの状況に歓声を上げつつ、しかし右腕は斬り飛ばされたにもかかわらず、依然変わらず動き続ける相手の様子に異常性を見つけ、素っ頓狂な声を上げる。

「ち、違う! これオイルだ。こいつ血が出てない! フィー、あの前腕部潰して! テレサ、あれ人が乗ってないから手加減いらない! みんなも、それ無人機だ! 弱点は間接部。うまく狙って!」

 そして擦れ違いざま、間近で千切れた箇所を見た一夏は、その腕から溢れるのが血液や肉片などではなく、漏れたオイルと千切れたケーブルであることに気付くと同時、敵機に動揺がないこと見つけ、かつて各地で戦った結社(ウロボロス)人形兵器(オーバーマペット)の挙動が被って見えた。そこで一夏はこれら三機が無人で動く自動兵器だと確信し、全員に向けて敵性ISが無人機であると通達。フィーに対して、末端だけになりながら未だ蠢いているエネルギー砲部分を破壊するように指示する。

「ん。確かにおかしい。レギルスで叩き潰す!」

「なるほど、りょーかい! それじゃ頭と首、狙い撃つわよ!」

 フィーは一夏の指示を受けると直ぐ、レギルスを腕甲(シールド)モードから鉄甲(ハンマー)モードに変型させ、文字通りエネルギー砲を叩き潰し、テレサは急遽炸裂弾に入れ替えたAR-M120/I《カリーカM12》アサルトライフルを構えると敵機の頭部と頸部へ向けて断続的に発砲し、数発を直撃させて敵の頭と首を文字通り破裂させた。

「続けて足を潰す。疾風、ソニックブレード起動!」

「これで最後、双輪舞踏!」

 テレサの銃撃によって頭部が破壊された事で動きが鈍った敵機に対して、双銃剣の疾風を構えたフィーと、同じく両手に円剣の瞬閃(しゅんせん)を構えた一夏が前後から挟撃し、フィーが高周波振動させた双銃剣の実体刀で敵両膝関節部を的確に切り裂くと、一夏が間髪を入れず、回転運動も交えた瞬閃での舞うような連続斬撃を胴体部に与え、残った敵機体をバラバラに切り裂き、完全にとどめを刺した。

「リィン! 優衣!」

 バラバラになり動かなくなった敵機から視線を外した一夏は、残る二機を相手にしているリィンと優衣に声をかけると直ぐに二人から返答が来る。

「こっちは大丈夫! 砲門潰したからあとちょっと!」

 優衣の方はレナからの支援射撃とセシリアの全方位射撃で的確に足止めしながら、振動剣《氷砕(ひょうさい)》を装備した優衣と振動薙刀《夢現(ゆめうつつ)》を装備した簪による断続的な斬撃で敵機を切り刻み、完全に沈黙するまで時間はかからないだろう事が見えた。

 対してリィンの方はと言えば、臨時とは言えチームを組んでいるはずが、千夏が一人、無意味な突撃を繰り返す。そんな中、レナの射撃と共に、エマが凍牙を連結させた蒼鋼で的確に敵の攻撃を防ぎ動きをコントロール。鈴とリィンが交互に敵機を斬り付けることで、こちらも終わりが見え始めていた……。

「こちらももうす……」

 はずだった。しかし、もう少しで終わりを迎えると思った瞬間、誰しもが予想だにしていない事態が発生。

「千夏ぅ! 何をぼさぼさしている! そんな程度のモノに手こずるなど、弛んでいるぞ!」

「……あの、バカ女!」

 リィンの声を遮るように、アリーナの上層階に設置された放送室のスピーカーから、篠ノ乃箒の叫び声がアリーナ中に響き渡った。響き渡ってしまった。

 箒としては千夏への激励のつもりだったのだろう。だが、今その放送が流されるのは危険以外の何物でもない。リィンが珍しく口悪く叫ぶのも致し方なし。そんな状況だ。なぜなら倒し切れていない最後の無人機が、奇跡的にまだ稼働状態を保っているその右腕のエネルギー砲を放送室へと向け、チャージを始めてしまう。狙いは一目瞭然、放送室の窓越しに見える箒である。危機感を覚えたリィン達が無人機のAIを自分達へ誘導しようとするが効果はなく、無人機の敵対心は完全に箒に向いてしまっている。更に一夏が凍牙を使って観測したところ、最悪なことに窓際に居る箒の他、四名の生徒達が不自然な姿勢で床に倒れているのを確認してしまった。

「放送室にけが人居る! エマはこっちに来て僕と放送室のガード! フィー、それに優衣と簪はリィンの方に行って、リィン達をあいつにとどめを! セシリアとテレサはレナと一緒に支援に回って! 緋鋼、盾形態に可変。凍牙全基を緋鋼に連結、防御範囲最大へ!」

「直ぐに行きます。ゾディアック、重防御形態へ移行。蒼鋼最大展開。凍牙、防御モードで蒼鋼と連結。間に合ってください!」

 仕方ないとばかりに配置を再転換。一夏は自身の専用防御装備でもある緋鋼を最大展開し、更に凍牙を接続して強度を確保。同時にリィンのチームからエマを引き抜き、彼女にも盾役を頼む。さらにフィーと優衣、簪をリィンに合流させ、レナの他セシリアとテレサにも支援に回って貰う。

「Ja. こっちは任せて」

「ああ、任せろ。鈴、フィー、優衣、簪。速攻で潰すぞ」

「オッケー!」

 全員が指示通りに配置を変えて間もなく、既に発射態勢に入った無人機がエネルギー砲を放送室へ向けて撃ち出してしまったが間一髪、一夏とエマがその射線へと割り込み防御に成功。

 しかしどれだけのエネルギーが込められているのか、砲撃は直径二メートル近くに達し、しかも照射が止まる様子も全く見えず、受け止めている緋鋼と蒼鋼と、それらに接続された凍牙を徐々に融解させ始める。

「くぅっ……保ってくれよ、緋鋼」

「……ステラちゃん。砲撃の威力が強すぎて、蒼鋼の強度が急速に劣化してます。このままだと二十秒以内に突破されちゃいます」

 条約違反の戦術兵器級と言われても全く違和感のない砲撃に、凍牙は既に蒸発。緋鋼と蒼鋼もほぼ盾の体を成していない状態になり、一夏とエマはそれぞれに複合攻盾《群雲(むらくも)》を取り出して構え、更にエマは数枚の群雲を凍牙と接続し、隙間を埋めるように浮遊展開させる。

「こっちは後一枚、群雲追加で出す……」

「私もあと五枚の群雲が残ってますので、今出します」

 合計八枚展開された群雲だが、同じ盾であってもその用途と構造上、強度は緋鋼や蒼鋼に比べて気休め程度。これらも直ぐに破られるだろう。

 そんないつ終わるとも見えない砲撃に曝され、群雲だけではなく緋鋼とゾディアック本体の装甲まで僅かに融解し始めたところで聞き慣れた二人分の声が頭上から聞こえ、同時に複数の発砲音が一夏達の耳に届いた。

「だったら攻撃あるのみね! Colpire e scopiare!(狙い撃つわ!)

「二人とも頭越しにごめんね。Attauqe!(当たってぇっ!)

 テレサとレナが一夏達の上空から狙撃を行い、僅かな間を置いて砲撃が止む。エネルギー砲の破壊に成功したようだ。

「攪乱する。山嵐全弾、ランダムターゲットに設定。行って、クラスターショット!」

「足止め行くよ! 五月雨展開。バラージっ! セシリア!」

 エネルギー砲の破壊と砲撃終了を契機に、簪の山嵐と優衣の連装ガトリング、五月雨(さみだれ)による牽制射撃を開始。続けてセシリアが頭部への全砲同期収束射撃でノックバックさせる事に成功。

「お任せください! 同期射撃。スターバースト……シュート! 鈴さんは早く織斑を下げてくださいまし!」

 体勢を崩した無人機に対して、なおも意味のない突撃を繰り返す千夏を下げるために鈴が注意を促すも、千夏は再度の突撃を行った。

「わかってるわ! アホ千夏、下がれ! てか、これ以上邪魔すんなら潰してでも下げる!」

 一人戦力となっていなかった事への執着心か、ただの見栄か、今はわからないが現状では千夏は戦力外であり邪魔者でしかない。

「う、うるさい!」

「のはあんたの方よ! 邪魔したら潰すって言ったでしょ!」

 そのため、セシリアに言われた千夏を下げる、を実行するために鈴は双天牙月を峰打ちで千夏に打ち込み、彼をアリーナの壁際まで強制的に下げる(弾き飛ばす)ことになった。

「ぐげっ! あ、が……」

 振り抜かれた全力の双天牙月は、峰打ちでも大きなダメージを与えたのか千夏の白式は壁にぶつかった後、展開が解除され、彼は無防備な形でアリーナの地面に横たわることとなった。しかし他のメンバーは一切彼を顧みることなく、無人機の破壊を再開。

「全く、余計な手間かけさせてんじゃないわよ。リィン、フィー、優衣、簪!」

「うん。次弾装填完了。山嵐、ランダムショット!」

 鈴の叫びに合わせて呼ばれた全員が即時に行動に移る。

「こちらも援護しますわ。行きましょうテレサさん、レナさん」

「任せなさい!」

「弾が切れるまで撃ちまくります!」

 再装填した山嵐を足止めに撃ち放った簪に続き、セシリア達からの断続的な支援射撃が降り注ぎ、無人機は完全に足を止める。

「足止めありがと! 行くよ。氷砕、乱れ斬り!」

「崩れたわ! 龍砲乱射よ!」

「まだ行く。夢現乱舞!」

「続ける! リミットサイクロン!」

「止めだ! ……紅葉斬り!」

 完全に行き足が鈍った無人機に対して、優衣が先陣を切って飛び出し、氷砕で四肢を切り裂き体勢を崩すと、続けて鈴が龍咆を乱射してさらにノックバックさせる。そこへ簪が夢現で残る胴体部を斬り付けると、追撃にフィーが斬撃と銃撃を加え、最後の一手としてリィンが胴体を横一文字に両断したことで、無人機は完全に沈黙した。

「みんな、おつかれさま。無傷ってわけにもいかなかったけど、無事でよかった」

「そうね……って、一番重傷なのあんたとエマじゃないのよ! 機体までダメージ行ってるし。でも、二人とも無事でよかったわ」

「とりあえずステラとエマは機体を解除しなよ。変に修復始めちゃってもまずそうだし。二人の護衛は私達がするからさ」

 三機の無人機が沈黙して暫く、アリーナのシステムは未だ正常化しておらず、一夏達は仕方なくも警戒しつつも全員で集まり、僅かに休みを取っていた。鈴の言うように、一夏の緋鋼とエマのゾディアックだけは全くの無傷ではなく、寧ろ大破に近い状態のため、優衣に言われるまま展開を解除し、残る全員が二人を囲むように円陣を組んだ。

 それから数十分後。アリーナのシステムが漸く正常化され、教員部隊によって無人機の残骸が回収される同時に、一夏達も各ピットへ戻り、千冬に指定された会議室へと移動することになった。

 

 こうして入学最初のイベントであるクラス対抗戦は、突如現れた三機もの乱入者により第一回戦中止という形で終了。代表候補生や専用機持ちによって乱入者は鎮圧されたものの、状況を鑑みて二回戦以降も全試合中止となり、注目の優勝賞品であった《スイーツフリーパス》は夢の彼方へと消え去り、僅かに、一年生全てのクラスから小さくない悲鳴が響いたという。

 このように、実際は相当に深刻な状況ではあるものの、この無人機襲撃事件は、当事者達意外にはその程度の認識を残すだけに留まった事件となるのであった。




一巻の目玉イベント、クラス対抗戦が終了して一巻分が終わるまであとちょっと。
束が一夏側に居るのに出てきた無人機三機。一体ドコ機業製なんだろうか(-_-)?
因みに一夏が参戦する際に使った緊急時条項や通用口の存在などは独自解釈及び設定ですので悪しからず。この無人機事件についてはもうちょっとだけ続くんじゃよ。

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