インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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弐式改

 月岡重工開発部の資材課から、簪が借りてるIS学園の整備室に大量のパーツが搬入され始めたのは、マルチモバイルで打ち合わせを行ってから僅か三日後。

 元の打鉄弐式の仕様書と設計図を元に、月岡重工で黒鋼型と同等仕様に変更された新たな設計図が届いたのは打ち合わせ翌日。

 更にその二日後には主要なフレームの交換用パーツと強化用パーツにメインデバイス系が届き、続けて装甲材や駆動系、各種武装及び追加装備類などが順次搬入。全ての構成部材が揃ったのは、打ち合わせからたったの六日後だった。これは弐式改……正式登録名称《黒翼改(くろはねかい)弐式改(にしきかい)》となるこの機体が、原設計である打鉄の発展機仕様から黒鋼型仕様に変更されたことで、黒翼や黒鋼型各機用の余剰パーツや予備パーツなどを弐式改に合わせて成形したものが使えるようになったからだ。要は、元からあるモノを手直しするだけなので準備も搬入も早かった、と言う形である。

 また同時に、弐式改のコアは黒鋼型と同等の仕様に変更され、そのために一夏と優衣の姉である束=緒方タリサ・バレスタインが技術者として来校してのコアのアップデートも行われた。

 そして既存フレームの全面的な交換を皮切りに開始された機体組み立ては、開始から十日程経った今、無事最後の外部装甲板を組み付けて終了することになった。

 

 この日作業していたのは簪と一夏と本音。そして所用で一時退室しているエマの四人。月岡重工組は持ち回りで訓練の合間に組み立てを手伝い、それが今日、完成するに至った。尤も、構成パーツの八十パーセントほどが既存パーツを再成形したモノで、装備類も大半は既存装備の組み直し品が殆ど。制御用の基本システムも月岡製IS共通OSをカスタム化したもののため、その調整を含めても工期をここまで短縮出来たのだ。一部まだ書き上がっていない制御系として、凍牙とは仕様が異なる自立誘導兵装で、元の打鉄弐式から引き継がれた弐式改専用第三世代装備《山嵐(やまあらし)》のプログラムがまだ完成していないのだが……。ここはまだ急ぐところでもないと、簪本人も含めて納得済みである。

「これが最後の腕部装甲だから、ここを固定すれば機体自体は完成だね」

「うん。えっと、ハードポイントのコネクタ、接続。プラグの通電、位相、確認。データフロー、正常。やっと出来た。まだ完全じゃないけど、やっと、組み上がった」

 ともあれ、腕部装甲の最後の一枚が取り付けられた。弐式改は高機動型らしく装甲面積が非常に少ない軽量型とは言え、ISである以上、装甲重量と構成部材自体はそれなりにある。

 この最後に組み付けた腕部装甲には、フィーのシルフィードに搭載されているものと同じ腕部固定型可変攻盾《レギルス》が接続されるため、ハードポイントへのコネクタや各種接続プラグなどがあり、複雑な形状と接続形態を持っているため、慎重に取り付ける必要があった。

「そうだね。最後の固定作業、自分で回す?」

「うん。……トルク確認。固定、確認。これで出来た」

 それでも操縦者としてだけではなく、整備士としての知識や技量を持つ簪と一夏の作業なので、組み付け後のチェックも問題なく終了。

「かんせーだー!」

「やったね、簪!」

「うん!」

 システム周りの再点検と機体各所のフローやエラー検出を担当していた本音がチェックを終えて、右手を高々と掲げて完成を宣言。

 一夏が隣で作業してた簪に右拳を突き出すと、彼女もそれに応えて右拳を一夏のそれに軽く当てる。

「でも、まだ動かしてないし、調整も、出来てないから」

 だが簪の言う通り、まだ機体が組み上がっただけ。試運転と検査に調整、そこから再度の試運転に再調整と、やることはまだまだ山積みになっている。それでも。

「それはこれから。まずは初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)をして、試運転からだね」

 先が見えてきた今、出来る目先のことをどんどん片付けていくだけで弐式改の完成に近付く。まずは動かしてみる。最初のハードルは目の前にある。

「試験用アリーナの使用許可を貰っておきましたから。今日はいつでも使えますよ」

「稼働データ自体は他の黒鋼型のを流用してるし、パーツも形状以外は同じ規格。装備の方も大半は共通規格品だからね。まずは動かしてみよう」

 それでも同型機故の強みを活かした試験が出来るとあって、四人ともが初飛行の成功を確信してる。

 幸い、使う者が比較的少ない整備棟併設の試験用アリーナは、競技用アリーナとは違い空きが多い。今日も利用予定が簪達だけのため、閉館時間まで自由に使えるらしい。

「うん。ステラ、エマ。一次移行(ファーストシフト)が終わったら、試験飛行の随伴、お願い、出来る?」

 そこで早速、弐式改を初稼働させる簪。現在は初期化も終わり、最適化の真っ最中。一夏と本音も各種パラメータのチェックと更新を手伝っている。

「もちろん。随伴は任せて。エマも準備出来てるでしょ?」

「ええ。本音さんは管制とデータチェックをお願いしますね」

「ほーい、任されたのだー!」

 初飛行時のトラブル回避のために随伴機を付けるのは珍しくない。目に見えなかった機体の不調が原因で制御不能になって墜落、などという事故も稀にある。当然一夏とエマもそれを知っているため、随伴を快く引き受ける。本音も整備や調整など裏方が本領のため、管制と稼働データ収集は真骨頂とも言える。

 こうして話している間に弐式改の一次移行は完了し、機体の装甲色が水色を基調として、随所に赤と黒のラインが入ったシャープな外見の機体に変貌。弐式改は黒鋼型の中ではシルフィードに次ぐ高機動型。だが性質は真逆の超攻撃型機。柔らかな印象に見える水色の装甲に入る挑発的なパターンの赤と黒のラインに、外装されてる多連装ミサイルポッド《山嵐》や荷電粒子砲《春雷(しゅんらい)》、腕部攻盾《レギルス》に腰部コネクタに吊された凍牙などの各種装備が、この機体が見た目に反して純粋な攻撃機(アタッカー)だというのをまざまざと知らせる。

 この日、弐式改は名実ともに簪の専用機となった。

 そのまま初飛行と兵装試験が行われ、基本性能の確認や動作不良箇所を確認。最初は訓練で使っていた打鉄と比べての余りの出力差から簪の反応が遅れ、危険な程の速度で飛び出したりしてしまったが、それも直ぐに慣れ、開発課から依頼されたチェックリストを全てクリア。スラスターや反重力翼の調整ミスなど割とありがちなミスを起こしながらも、飛行試験と調整は、初日としては十二分の成果を持って終了することになった。

「後は、たしか装備の一つが出来てなかったんだよね」

 そうして、場所はアリーナを離れて再び整備室へ。ハンガーにかけられた弐式改を前に、コンソールを睨み付けて唸る簪。本音とエマは試験飛行の終了とアリーナの利用終了を伝えに外に出ている。

「うん。山嵐のマルチロックオンシステムの構築がうまく出来なくて。とりあえず今度の代表戦は多連装ミサイルとして使うつもりなんだけど」

 簪が睨み付けている数枚のフロートディスプレイには、ブラスターシステムの調整用コンソールと山嵐のプログラムソース。そして山嵐の稼働シミュレーション結果が表示されている。しかし、シミュレーションの結果が芳しくない。本来別々の標的に向けて目標設定するはずのシステムが、なぜか同一標的に向かって多重に照準をかけてしまっている。

 そこで一夏はソースを少し見直して見ると、ある数行のコードの並びに違和感を覚える。読み取ったコードでは目標設定後、次の標的をサーチするコードへ移行していないのだ。

「……こことここの記述を入れ替えてみたらどうかな。多分、処理順が逆になってるから、目標設定の順番が上手く回らなくなってるんじゃないかな」

 一夏が見つけたコードは、目標サーチに使う一連の記述と標的ロック後に次の目標サーチへ移行する記述が混ざってしまってた部分だ。

 そのなかで二つ、隣り合う命令子を入れ替えさせてみる。すると。

「……あ。今度は通った。よく気付いたね、ステラ」

「なんとなく。僕の姉さんにさ、複雑なプログラムだと構文自体はあってても、隣あった命令子の順番が入れ変わるだけで致命的なエラーになる事が多いって聞いたから」

「そうなんだ」

 IS用プログラムのコーディングを束に教わりそれなりに自分の物にしている一夏だが、その原点は束の独創的な発想と実績による部分が大きい。

「うん。今回はうまくいってよかった」

「ありがとう、ステラ」

 今回のコーディングミスはその範囲の事であり、未だに一夏や優衣どころか、束自身でさえ稀にやらかすような些細なミス。

 思考制御を併用した多数の目標設定から標的の選別、ロック。そして次の標的選別。これを繰り返す事で山嵐が内蔵する四十八発のミサイル全てに、個別に標的を設定し、同時に打ち放ちながらも完全な個別誘導することが最終目標となる。

「どういたしまして。でも、今回はマルチロックオンを使わないなら、これはゆっくりやって、じっくりデバッグしていこ。安全第一、てね」

「ふふ。そうだね」

 しかし、現時点ではそこまで高度なプログラムは完成の目処が立っていないため、暫定的に凍牙のファジー制御プログラムを流用した半自動多標的照準システムを構築してる。それを踏まえ、また完全個別誘導機能の必要性の問題もあり、今日中に完成させる必要がないプログラムでもある。そのため、簪が言う通り、クラス対抗戦に間に合わなくとも問題はない。今すぐフルスペックを発揮させることよりも、暫定的に稼働状態に出来ているため、何度もコーディングとシミュレーションを繰り返して完成させることが重要なのだ。

「対抗戦まで後四日。弐式改。一緒にがんばろうね」

 こうしてクラス対抗戦を僅か四日後に控え、弐式改は山嵐の暫定稼働以外は全て完成。いつか整備室で約束した通り、専用機での対抗戦参加の準備が整った。

 

 この日から対抗戦前日まで、どうにか期間中のアリーナ利用権を勝ち得た簪は、優衣とエマの手伝いの下、集中的な弐式改の習熟訓練を行うことになった。

 特に、大本の打鉄弐式にはなかった装備である腕部可変攻盾《レギルス》や複合可変防盾《蒼鋼》、可変攻盾《群雲》。二連装四銃身回転機関砲《五月雨》や散弾砲《夕立》などの追加銃火器類に凍牙一式他、追加で装備された装備類の扱いまで必要になったから大変だったらしい。

 それでも四日である程度身に付けた簪はやはり日本代表候補生なのだろう。対抗戦前日には、似たような戦闘スタイルの一夏を相手に、全ての兵装を扱い、対等以上の戦闘を繰り広げるまでになった。




と言うわけで簪の専用機《弐式改》がクラス対抗戦を前にして完成するに至りました!
作中でも言及されていますが、今作の簪の専用機は倉持技研製の《打鉄弐式》ではなく、月岡重工製の《黒翼改・弐式改》となります。この弐式改は一夏達が使う黒鋼型の姉妹機という扱いですでの、打鉄弐式にはなかったブラスターシステムや凍牙など、黒翼型の基本装備が搭載されているため、原作の打鉄弐式に比べてスペックアップしています。

なお、一部の武器の名前に関して突っ込まれる前に言っておきますが、艦これは"余り"関係ないです。一部を除いて気象に関する名前を付けたらあら不思議、どこかの駆逐艦達と同じ名前になってしまいました、と言う感じです。半ば確信犯でもありますが。←
他にも時雨や春雨などありますが、鬼灯や石榴などといった、兵装の効果から連想した名付けになってますでの、全部が艦これ的なネーミングじゃありませんので悪しからず。

なお、装備類のモチーフはまあ、気付く人は気付く感じでしょうか。
これ以外にも、どこかのアニメやゲームで見たことあるぞこれ、的なのはそれなりに出てくる予定です。

というか増加装甲無しで装備を沢山乗せたってだけなのを《フルアーマー》っていっちゃうのって面白いですよね(UC並感)
久しぶりにガンダムUCを全話通して見てて、ユニコーンやセンチネル、AoZ系の化け物さ加減を再認識した感じですね。ユニコーン&バンシィ(+フェネクス)にEx-SやTR-6系は好きな機体(機体群?)の一つですから。ヅダとかもいいと思うけどね(^_^
次のGジェネ発売が決まってますが、ちょっと楽しみだったりします。

次回はクラス対抗戦です。
束がこっち側に居るのに、乱入事件は起こるのか?(ネタバレ感満載)

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