インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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今話はちょっと原作になかった展開と、箒に対する過度に感じるアンチ表現があります。
その当たりが気に入らない方は今話は読まず、次話をお待ちください。


箒 vs 一夏

 屋上での一夏と鈴の、本当の意味での再会。そして予想外であった更識楯無との出会い。

 鈴との軽い話しだけだと考えていた一夏にとって、再会時の話しや楯無との一連の会話で思った以上に時間がかかるものとなった。それでも予定していた訓練には間に合い、申請していた第六アリーナに時間内に到着。

 今日は優衣とフィー、セシリアと共に千夏の教導を行う予定で、残りのメンバーは訓練機が借りられなかったため、リィンとエマを指導員として練武場にて格闘訓練か基礎訓練中。簪とレナもアリーナと訓練機の利用申請が通らなかったためにそちらに行ってる。

 しかし間に合ったとはいえ、アリーナの残り利用時間は後一時間ほどしかないので、急いで更衣室で制服を脱いでアリーナに入った一夏。だが、アリーナに入った彼女を出迎えたのは優衣やフィーではなく、なぜか居る予定外の人員。()()()()()()篠ノ乃箒だった。

「遅かったな、緒方」

「……うぇ? な、なんで篠ノ乃が居るの?」

 あまりに突然の出来事に思わず変な声を出してから箒に問いかける一夏。

 問いかけながら内心、幻惑の魔眼で自爆したかと思うほど混乱する一夏だが、それでもなんとか表情には出さないように堪えるも、勝手に入り込んで来た事には不快感を覚える。

「私が居ては悪いと言うのか? 漸く訓練機を借りられた。千夏の訓練のために。だがその前に緒方。千夏の訓練の主導権を握っているお前に尋常の勝負を申し込む。私が勝ったら今後、千夏の訓練は全て私が見る!」

 当の箒は悪びれもせずに訓練機を借りられたから来たと。しかし一組所属の専用機持ちとその担当教師である千冬と真耶、全員の合意で千夏の訓練の主導は一夏がすることとなっている。だがそのことを知らない箒は、一夏が勝手に主導していると考え、そのこと自体が気に入らないと訓練の主導権を賭けた勝負を一方的に一夏に突きつける。

 当然一夏はその是非と今日の様子を優衣達に問いかける。なぜなら、白式を纏った千夏がずっと、一心不乱に面の素振りだけを繰り返しているからだ。

「あー、えっと、これは、本気? 織斑ずっとあれだけ?」

 その一夏の問いに、それぞれに凍牙とブルー・ティアーズを周囲に旋回させ続けてる優衣達三人が、各々のビット制御を外さないままに、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後、異口同音に答える。

 あれ()のせいで訓練にならない、と。

「そだよー。何かしようとする度に文句を言ってくるから正直、今日は訓練出来てないんだよね。何を教えようとしても邪魔されちゃってさ」

「仕方ないから今日の予定は全部キャンセルして、織斑には素振りだけやらせてる。で、わたしと優衣でセシリアのビット操作訓練してた」

「その件についてはわたくし的にはとてもありがたいのですが。ですが篠ノ乃さん、織斑の側でああでもないこうでもないと、ずっと口出しするばかりな上、それらは全く見当外れな物ばかりでして……」

 三人のその答えに対して、箒は真っ向から反論。しかし本来、今日の訓練予定は完全マニュアル操作でのサークルロンドによる機動制御訓練と、雪片弐型と零落白夜のための居合いの教授であった。それが全て、箒の不必要且つ無意味な介入でどちらも出来なくなった、と言うことだ。

「何を言う! お前達がろくに教えていない代わりに、私が千夏の為にアドバイスをしていたのだ」

 だが箒は優衣達の言葉に反抗。しかし意味のない言い訳、理屈の通らない言葉。一夏達もそんな箒の反論を真に受けたりするはずはなく、身勝手な言い分を振りかざす箒を無視して、千夏に素振りをやめさせて冗談めかした口調で質問を投げかける。

「……えっと、織斑。一回素振りやめてこっちに注目。被疑者がこのように供述していますが、被害者の織斑千夏さん。あなたはどうお考えで?」

「は? あー、その、まあ……」

 当の千夏はいきなりの質問内容に答え辛そうにし、それを見たセシリアが一夏に勝負を受けるのかについて問いかける。

「その前にステラさん。先程申し込まれた篠ノ乃さんとの勝負。お受けになるおつもりなのですか?」

「まあ、それで篠ノ乃が納得するなら、だけどね。それで、さっきの言い回しは冗談としてさ、織斑はどうなんよ。アレの教えを受けるのは」

 この質問に関して、元より一夏は受ける一択である。意味のない言い合いを続けるくらいならば、力で叩き潰して片付けられる面倒事を即時に片付けるとすでに決めている。至極乱暴な方法ではあるが、遊撃士(サラ達)の協力者をしていた頃に身についた考え方の一つであり、安易に力に訴えたいわけではないが、今回の箒に関しては、直ぐに片付けなければ時間の無駄と判断している。更に言えば、今の箒に負けるという形が見えないからでもある。

「……ないな。いくら俺でも無理だ。さっきから聞いてて意味が分かんねえ。正直嫌だけど、お前らの方がまだわかりやすいんだ」

 そして改めて真面目に問いかけ直された千夏は、一夏の問いに箒に教えを請うつもりはないと答える。彼自身、箒の指導方法がわかりやすい物ではないと実感しているからだ。

 この千夏の答えに一夏は、箒がどう考えているかを聞こうとするが、彼女は千夏の言い分すら無視して自分こそが相応しいと曰う。いっそ憐れみすら誘う必死さであるが、それは一夏が箒を見逃す理由にはならない。寧ろ嫌がる者に無理強いをする愚者として"処理"することが先決だと判断する。

「だって。織斑こう言ってるけど、その辺どうなのさ?」

「それでも。私の教え方の方が、お前達よりも千夏の為になるはずだ」

「ふうん。本人が嫌がってるのは無視ですか。でもま、そこまで言うなら一本勝負でいいね」

 一本勝負。ただ一度だけの、生死を賭けた決闘。だが一夏は、箒にはその考え方はないのだろうと考える。一夏が知る箒は、良くも悪くも生粋の剣道家だからだ。嗜み程度の体術を習っていたのは篠ノ乃道場に通っていた頃に知っていたが、それは本当に護身術程度のレベル。剣道のついでだった。翻って一夏が修めたのは、生死を賭ける事を前提とした剣術を初めとする武術であり、それは箒や千夏には向いてないと、当時師範と師範代だった柳韻と束も断言していた。その事から一夏は、この勝負は箒にとってただの試合であり、決して生死を賭けるようなモノではない、その程度の理解しかないだろうと考える。

「当たり前だ!」

「……二言は、ないね」

 更に箒は、この一夏との勝負を剣道に準じた試合として考えているのであろう。それは彼女が日本刀によく似た設えの倉持技研製のIS用実体刀、《(あおい)》だけを構えていることから判断出来る。

「それじゃ、行くよ」

「待て緒方! 私は剣のみだ。お前は尋常の勝負というものがわからないのか!」

 しかし一夏はバカ正直に剣と剣の勝負を行うつもりなどないため、大型複合銃剣の《透徹》を呼び出し(コール)し、いつも通り左肩に担ぐように構える。だが予想通り箒はその事について文句を付けてくる。自らが使う得物に合わせろと。剣には剣で戦えと。とは言えそれは一夏達にとって尤も意味のない言い分である。

「はあ? そんな物あると思ってんの? ていうか君さ、尋常の意味を間違えてるよそれ。……でもま、それなら今回だけはこれでやってあげる。悪いけど、純粋な刀剣に近いモノはこれしかないから」

「なんだ、それは……。途中で折れているではないか! そんな壊れたモノを剣などとは言わんぞ!」

 納得はしないが、言い分自体はわからないでもない。そこで一夏は箒の言い分と言葉の使い方を真っ向から否定しつつ、唯一のまともな実体刀とも言える大型可変振動剣。蛇腹状に剣が分割する変型武器である《烈空(れっくう)》を呼び出して構える。この烈空。一夏達Ⅶ組が帝国解放戦線及び内戦中に相対した元帝国解放戦線メンバー《S》ことスカーレットが使っていた武器であり、本来とある組織(聖杯騎士団)において門外不出の武器である、テンプルソードと呼ばれる特殊な実体剣を元に作られている。なお、一夏がテンプルソードは七曜協会の暗部である聖杯騎士団において門外不出の武器とされている、と知ったのは優衣の知識からであり、そのような武器をなぜスカーレットが使っていたのかは聞いていないので一夏は知らない。また一夏にスカーレットの過去を暴くつもりもないので、彼女自身が話さない限り、真相を聞くこともないだろうが。

「これは大型可変振動剣の《烈空》。通称テンプルソードって言って、こう、手首の返しや振るい方でこんな感じの、ちょっとした手品っぽい攻撃が出来る変型武器だよ。完全結合すれば普通の実体剣とほぼ同じだし。それに、これ(烈空)以外は凍牙と複合銃剣に旋剣、円剣や銃火器しか搭載してないんだ。極めつけはこれだしねー」

 閑話休題。装備に文句を付けられた一夏は、箒に見せつけるように烈空を振るい、その不規則な剣筋を披露すると共に、リグから切り離した凍牙を周囲に旋回させつつ右手に幾つもの装備を順次展開。更に烈空を一度量子化した後、徐に左腕を顔の前まで上げ、そこに装備された可変式武装である複合武装装甲腕、《緋鋼(あかはがね)》を起動。尤も特徴的な攻撃モードへ移行させる。緋鋼はその身を四本の支持腕へと分離し、大きく開くと先端に装備された高周波振動爪を起動。支持腕先端の爪が高周波で振動する耳障りな音を響かせながら、手を握り込み、また開く動作に合わせて支持腕を大きく開閉させる。その姿は人に、物語に出てくる死神が魂を抉り取るような、非常に強い嫌悪感を持たせる。箒もまた、その緋鋼の動作に不気味な物を感じたのか、一歩後ずさりながら声を荒げる。

「な、なんだ、その禍々しいものは!」

「機体固有名と同じ名前だけど、緋鋼の固有武装。複合武装装甲腕《緋鋼》の一形態、高周波振動爪形態。こう、パクって、喰い千切っちゃうぞ?」

 怯える箒を見て、しかし一夏は、彼女の胸元に振動爪の先を突き付けつつ、わざと戯けたような口調で明るく喰い千切ると言い返す。

「……ぐっ。き、貴様は、常道の剣は出来ないのか」

 爪が自らを抉ることはない。それは緋鋼の位置と自分の位置がまだ離れてることで明白。だが箒はその(緋鋼)の不気味な見た目と動き、そして爪が奏でる不快な音に本能からの恐怖を覚える。それでも剣道で鍛えてきた彼女の精神は紙一重でその恐怖を押さえ込み、一夏に対して常道の剣を求めた。様々な武器やそれらを操る技を見せられて尚、一夏に剣道を求める。

 その箒の必死さを見た優衣とフィーが失笑をもらす。

「ぷふっ……だ、だめ……」

「笑っちゃ可哀想だよ、フィー。くすっ……」

「優衣だって、笑ってる」

「……く。だ、ダメですわ。お二人に吊られてはダメですわよ、セシリア。がま、ん。するの、です」

 優衣とフィーは我慢しているつもりである。堪え切れている様子はないので直ぐにでも決壊するだろう。そして年齢の割にポーカーフェイスの心得があるセシリアでさえ、この様子には笑いを堪えている。まあ、優衣達同様に時間の問題かも知れないが。

「あははっ、バッカみたい。言っておくけどさ。僕の戦法や戦術って、常道なんてモノからは一番縁遠いモノだよ。てか、誰も彼もが常道だけで戦ってるわけ無いじゃん。それぞれにあったそれぞれの戦い方を持ってる。ていうかそんなのもわかんないで戦う戦う言ってんの、篠ノ乃って」

 そして一夏に至っては、三人とは異なり悪びれることもなく笑い声を上げる。常道。それは一夏が、束と柳韻に師事して篠ノ乃流武術を修め始めた時点で既に"捨てた"もの。剣術、槍術、薙刀術、棒術、体術、暗器術などなど。健全なスポーツの一種へと変じた剣道を初めとする武道が指す常道からはかけ離れた武術の技の数々と、それらを扱う心構え。そしてエレボニア(異世界)での生活と冒険で培った生き残るための術の数々。時に味方や敵が取り落とした武器すら使ってでも勝機を掴む、いっそ邪道、いっそ意地汚いまでの生と勝ちへの執着。それが今の一夏を作り上げている。そんな一夏にとって、箒が口にする常道など、綺麗事とすら言えない、ただのわがまま。

「IS戦で同じ武器使って戦うの強要するとか、基本あり得ないもんねー。部門別競技試合位だって、それ」

「む、ムリ……。こんなの、戦いって言わない。試合、でもちょっと甘い、かも」

「今回は、あくまでもISを用いた非正規な決闘ですものね。不意打ちをしないだけ、ステラさんはお優しいですわ」

 そして試合、模擬戦。どちらにしても、この様な非正規戦においてスタートの合図があるというのは優しい事だとも考える。実戦の場に居た一夏とフィー。限りなく実戦に近い訓練を行っている優衣。三人やリィンに教えを請うセシリア。その誰もが、箒があくまでもスポーツとしての剣道を、ISを用いた決闘に持ち込もうとすることに、憐れみを感じている。

「貴様等、よくもヌケヌケと言う……」

 だが彼女達の言葉を侮蔑ととった箒は、吐き捨てるように三人に向けて悪態を吐くが、それは最早戯れ言でしかない。

「戯れ言を言ってるのはそっちだよ、篠ノ乃。三人は間違ってない。そんでさ、こんなことでグダグダ言ってないで、そろそろ殺ろうよ。篠ノ乃箒。やること沢山残ってるんだから、時間の無駄だよ」

 よって、箒が口にしたことは一夏によって反論される。そして一夏はその左手に、全ての節を結合し固定させた烈空を構え、その切っ先を箒に突き付ける。

 そして合図もなく葵を上段に構えた箒が動き出すと同時に、一夏も踏切り、一歩で最高速へと加速。烈空を引き絞り、最初で最後の一手を放つ。

「くっ! その様な邪剣になど、負けるもぬっ……」

 対する箒はスラスターを使って加速し、叫びながら一夏に葵を唐竹に振り落とそうとするも、その寸前、彼女が何かを言い切る前に轟音と共に文字通り吹き飛んでいき、その場には烈空を身体の前にかざした一夏が静止してるのみ。戦闘データを見ていたフィーが打鉄の稼働停止と箒のバイタルデータを確認して一夏の勝利を告げる。

「……絶対防御の発動を確認。搭乗者の篠ノ乃は気絶。勝者、緒方ステラ・バレスタイン」

「試合終了確認! 邪魔だからあれ、アリーナの端に置いてくるねー」

 フィーの宣言を聞いて直ぐ、烈空を格納した一夏は箒の下へ飛び、打鉄を纏ったまま気絶する彼女をアリーナの壁際へと引き摺っていく。

 その様子を見ていた千夏が呆然としながらも一夏の声に反応し、しかし状況が把握しきれなかったためかセシリアに聞いてみることにした。

 しかしセシリア自身、千夏ほどではないが、状況を把握出来たわけではない。

「……あー、おう。なあ、オルコット。今、何が起こったんだ?」

「さあ? わたくしもはっきりは見えませんでしたが、篠ノ乃さんが振りかぶった時にはもう、ステラさんが懐に潜り込む寸前でした。ですが、その次の瞬間には轟音と共に篠ノ乃さんが宙を飛んでいましたわ。あれ程綺麗な放物線は、なかなか見られませんわね」

 轟音と共に吹き飛ぶ箒という、結果しか見えていなかった二人に、優衣とフィーが詳しい説明をする。ソニックブームで弾き飛ばしただけだと。

「だよねー。でね、それの答えは簡単だよ。ステラのブレードを振るう速度が音速超えたから。ただそれだけ。零距離からの衝撃波で篠ノ乃を吹き飛ばしたんだ」

「轟音はその時に音の壁を破った証拠」

 俄に信じられる現象ではない。しかし現実に一夏は烈空を振りかぶる速度に自身の加速を加えることで剣速の超音速化を行っている。

「は? 音速だと? あの一瞬でか?」

「そう。インパクトの直前に、超音速から零停止しただけ。肘から先。肘と手首だけで振るったから、何もしてない様に見える。ちなみに、IS装備してなかったら篠ノ乃は粉々だね、粉々」

 千夏が驚くのも無理はないが、実際に行われている事に、セシリアが自身の知る知識を当てはめ、かつて超音速飛行訓練時に、僚機及び観測機として共に飛んだタイフーンが音速を超えた際に発した音に酷似していると判断する。

「確かに、あの時聞こえた破裂音のような轟音は戦闘機が発したソニックブームが出す音に似ていましたが……。そもそも人間業ですの、それ?」

 しかし、やはり簡単に納得出来るモノではない。少なくともISを纏っているとはいえ、人が作り出せる現象なのかと疑うのは仕方のないことだろう。だがそんなセシリアの疑問にも、優衣とフィー、そしてリィンもが出来ると言われれば、ある程度受け入れることが出来る。

「斬撃を飛ばすのなら私でも出来るし、リィンとフィーも出来るよ。それだけの経験と訓練はしてきてるからね」

「簡単じゃないけど、出来るね」

「そうですか」

 だが千夏は未だに納得しない。彼の常識の中で、この現象は現実離れしているからだ。

「お前ら、やっぱどっかおかしいだろ」

 それでも、これが事実だと戻ってきた一夏が千夏に指摘する。仕組みとしては単純で有り、繰り返す事で出来るようになる技術だと。

 手品と行ってしまえば手品だと言い張れる、小手先の技術。ただしそこに至るまでの積み重ねは相当な数になる。尤も千夏としては手品で済まされたくないのだろうが。

「失礼だなあ、織斑。こんな小手先の技術、地道に訓練続けてれば出来るようになるっての。ぶっちゃけ手品レベルの技能だよ」

「手品で出来るか、そんなの!」

 とはいえ一夏と優衣、フィーと、この場に居る三人がこの手品を出来る以上、不可能な事ではない。

「いや、ここに三人出来るのいるんだけど? 実際僕使ったじゃん」

「念のために撮っておいた映像のスロー再生がこれね。一応勝敗判定の証拠ってことで」

 更に証拠の映像まで見せられては千夏も納得するしかない。例え自分の常識と食い違っていようとも。

「……マジで衝撃波出てるし。箒に剣自体が当たってねえのに吹き飛んでるし。けどよ、ゲームの世界とかじゃねえんだぞ、ここ」

「そんなの知ってるよ。でも出来る人は出来る。それだけだっての。自分の目を疑うな。見たままを一度受け入れてみろ」

 現実(リアル)幻想(ゲーム)。自分の中の区分点と一夏達の中にあるそれとが一致しない千夏には、映像を見ても尚、やはり納得し切れていない。

「わかったよ、たく。現実離れすんにも程があるだろ、クソが」

 しかし折り目自体は付けたようで、悪態を吐くことで自分を納得させることにしたようだ。

 翻ってセシリアは積極的にこの手品……小手先の技を手に入れようとし、優衣に自分もと問いかける。

「……優衣さん。この技、わたくしにも出来るのでしょうか? もし出来たら、数少ない近接戦の一手にする事が可能なのですが」

「やり方とコツは教えられるからね。あとはセシリアの努力次第でしょ」

「だといいのですが」

 尚、この日の呟きと優衣達の教えにより、後日セシリアの努力は実り、ナイフ戦技を極めてソニックブームを撃ち出す様になるのは別の話。その様子が映された複数の公開戦闘記録に残された様子から切り裂きセシィ(セシィ・ザ・リッパー)なる異名を付けられることになるのもまた、別の話。

 ついでに翌日、箒が勝負の無効と再戦を持ち出して千夏以外に総スカンを喰らったのは完全に別の話である。

 

 閑話休題。

 多大な私情を挟んで訓練の邪魔をしていた箒は、気絶したまま壁際に放置。

 誰もが彼女の存在を頭から除外した現在、一夏達による、千夏への初歩的機動のマニュアル操作での操縦訓練中。今はまずサークルロンドを習得させ、各種立体機動特殊戦闘機動への足掛かりにする形を取っている。

 ここで素人の千夏に対してオートではなくいきなりマニュアルでやらせているのは、ISでの戦闘機動はマニュアルでのPIC駆動でしか真価を発揮出来ないからだ。ならば今は何も知らない、技術面が真っ新な千夏にはいっそ、スパルタ的にマニュアル駆動を仕込んでしまおうと言う方針でこの訓練が行われている。

「そこでまた集中切れてるぞ織斑! 回り始めたら逆に集中しないと、直ぐにバランス崩して円形軌道が崩れるから、まずは真円を描いて回れるように。セシリア、もう一回お願い」

 しかしいきなり上手く出来るはずもなく、真円を描くはずの周回軌道は大きく歪な楕円軌道となった。自身の機体速度と高度、姿勢。相手機との相対位置と速度など、それぞれのベクトルをハイパーセンサーから正確に読み取り、把握出来るようになるにはまだ時間がかかりそうだ。

「はい。織斑。もう一度行きますわよ。まずはわたくしと正対して、付かず離れずの位置をキープ出来るようにいたしましょう」

「織斑はまだ搭乗時間が二十時間に届いてないんだから、それだけ出来てるので十分。焦らないで少しずつ慣れていくように」

 とは言え、一度で楕円軌道を描くことが出来たこともまた驚きである。普通はフルマニュアルで中に浮かぶことすら難しい。まだ地上で走ったり跳ねたりする程度の時間で、既に空へ浮かび、飛行している事を考えれば十分出来ている部類である。あとは理解し、無意識に刷り込むまで繰り返す。

「あ、おう。行くぞ!」

 地上に降りて簡易補給基で僅かにエネルギーを回復させた白式を再び中に浮かせた千夏は、高度十五メートルで滞空。二十メートルの位置で正対するセシリアと共に再び右回りの水平周回機動を開始。

 一夏や優衣の想像通り、飲み込み自体は早い千夏は、三度目の挑戦でそれなりに安定した周回軌道を描くようになった。まだ速度も遅く、度々軌道や高度の維持が乱れるがまあ、操縦時間に比較すれば十分出来ている方だろう。

「少しずつ形になってきたようですわね。ではそろそろ少しずつ速度を上げましょう。まずは現在の速度にプラス五パーセントからです。準備はよろしくて?」

「おう、やってみるさ、これくらいな。オルコット含めた代表候補生達相手にするのに、これはスタート地点にも着いてないんだろ?」

「ええ。ですので慣れたら直ぐに次の段階へ移りますわ。覚悟なさいましね」

「了解だ」

 こうして三十分程のサークルロンドの訓練を終え、次はアリーナの内周全体を使った全速力での飛行。もちろんマニュアルで。一歩間違えば内壁やバリアに激突、または地面に墜落して大惨事となりかねない訓練だが、高機動格闘戦特化型ISである白式の特性上、高速度での飛行とその際の細かな機体制御になれることも重要、と言うことである。一夏達の考える訓練内容としては瞬時加速(イグニッション・ブースト)の習得も視野に入れているが、まだ早い。通常飛行での高速度飛行状態に慣れさせる方が先決。なぜなら白式の最高速力は、IS最速とも言われるテンペスタⅡに匹敵、または上回ると言われる程に速いのだ。下手に瞬時加速など使うよりも、最高速度を維持しつつ立体機動による回り込みや攪乱戦に持ち込む方が有利。更に言うと、一度で通じなくなる直線軌道の瞬時加速を使う位なら、更に上位の技術である多段階瞬時加速(マルチプル・イグニッション・ブースト)後退瞬時加速(リバース・イグニッション・ブースト)などの、よりトリッキーな瞬時加速のバリエーション技術を覚えさせたいと考えているからだ。

「それじゃ締めの高速飛行行こうか。僕達四人で射撃しながら追いかけるから、今日こそ逃げ切れよー。よーい、どん!」

 こうした理由から行われるこのカーレースやエアレースなどの高速度レース競技を軽々と超えた速度で行われる超高速鬼ごっこは、単純に千夏を速度に慣れさせるためだけに行われる。スペック上、白式に追い着ける速度を出せる機体は、IS学園に存在しない。それでもこの鬼ごっこ。行われてから一度足りと千夏が逃げ切ったことは無い

「な、ちょ、撃ち始めんの早えだろ、ちくしょうがっ!」

 まず、鬼は必ず射撃武器で邪魔をする。二機以上からの断続的な射撃が行われるため、一種の弾幕ゲー状態となり、千夏はその射線の回避をも計算に入れつつ、オーバル状のアリーナ内壁を出せる限りの高速で飛び続ける。当然、内壁やバリア、地面に激突しないよう、随時PICを調整しながらである。そのため、白式より速度で大分劣る緋鋼やブルー・ティアーズからすら逃げ切れないで居る。尤も……。

「ん、タッチ。後百五十二メートル。前回より二百五十メートル以上縮めて、残り二百メートルを切ったね」

「今日はクラウゼルかよ……。お前等速すぎだろ」

 僅か数日の訓練でゴール地点までの残り距離は短くなっている。前回は残り四百メートル以上だったことから、今日の訓練では一気に半分以上、距離を縮めた計算になる。

「まだ織斑が遅いだけ。でも、慣れれば回避機動時の無駄を少なくしてもっと速く出来る。そうすれば、逃げ切れるようになるはず」

「実際、始めた頃は一キロ単位の地点で捕まえられましたから、この短期間で十分、速くなってると思いますわ」

「こっちの射線の外し方もまあ、上手くなってるよね。今日は被弾十二発って出てるし、成果は出てきてる」

 完走出来なかったなりに、出来た点を評価する一夏達。出来なかったことよりも、出来たことの方が重要である。()()()()()でならば、あと数日内にゴールへ辿り着けるだろう。

「そう、か。けどよ、まだ先は長えってことだろ?」

「何事も積み重ね。織斑と私達は年期が違うから」

 それでもまだまだ不十分なのは本人も承知している。千夏の訓練はまだ始まったばかりなのだから。

「そーかよ」

 最後に千夏の拗ねた声が締めの言葉となり、全員がアリーナから退出する。

 壁際に放置された箒を除いて。

 

 この後、箒が目を覚ましたのは閉館時間を目前にして見回りに来た担当管制官が彼女を起こした時であり、利用時間を大幅に過ぎて訓練機の返却及びアリーナからの退出をしていなかった箒は反省文二枚提出を罰則として受けることとなった。

 なお箒を放置した一夏達が咎められることはない。これは書類上の箒のアリーナ利用と訓練機貸し出しの申請書類が一夏達のものとは別であり、箒が単独で訓練し、単独で事故を起こして気絶したと処理されたからだ。

 このことについても翌日、一夏達に文句を言うのだが、再勝負の件と同様、誰もまともに受けることはなかった。あの千夏でさえも。




箒さんのモップ状態はまだまだ続きますが、アンチタグを入れてるのでご了承を。

そして今話の千夏への訓練はこのISApocryphaオリジナルの設定であり、私が勝手に考えるISの操縦・運用方法に基づいたモノで、一応、原作一夏ポジである千夏ですが育成方法は原作と全く違う方法をと考えた上でこの形になりました。
尤も、これで彼が強くなるのか、この先訓練について行けるのか、どちらも不明ですが(^^

なお、この訓練方法は、短期間でスノーボード初心者の相方を中級に踏み込めるくらいまで教えた経験を元にしてます。要は単純なスパルタです。とにかく転ぼうが何しようが滑って慣れろという形で……。因みに相方は、ある程度滑れるようになった段階でスクールに入ったところ、初級で応募したのに中級のレッスンを受けてた、と言ってました。

また作中での"尋常"や"常道"、"武道・武術との向き合い方"などは、いくつかの武道と武術を少しだけ習った私自身の認識に基づいたモノで、一般的な認識とはずれていると思います。異論や反論もあると思いますが、この件について議論するつもりはありませんので。あくまでそのような設定と認識の世界観だということでご了承ください。

現状、下書きとストックが尽きかけているので、次回更新に時間がかかる可能性もあります。なるべく早く次話以降を投降出来るようにしますので、お待ちください。

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