インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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絆の再会と……

「ねえステラ。ちょっと話したい事があるんだけど、時間ある?」

 鈴と再会した翌日、放課後の訓練前に鈴に呼び止められ、言われたままに屋上へと向かう。

「大丈夫だよ。えっと、みんな先にアリーナ行ってて。後で合流か連絡するから。行けるよ、鈴」

「じゃあ屋上に行きましょう。あそこなら、人があんまり来ないから」

 放課後の、人気の無い屋上に来て、海風に吹かれながら本土側に面したフェンスの側に隣り合って並ぶと、鈴はフェンスに手をかけて、目を細めて遠くに薄らと見える本土を見つめながら、感慨深気にそう呟く。中国生まれの彼女で、昨日の話から日本に住んでたのは四年ちょっと位。だけど小学5年の夏休み。日本に来て1年も経たない頃に、鈴自身が中国より日本の方が肌に合うって教えてくれた。それは今でも変わらないことらしい。

「ここ、人工島のはずなのに結構高い場所になるのよね。うっすらとだけど、対岸の本土までちゃんと見えるの。日本に帰って来てまだ三日目だけど、戻って来て良かったって思ってるわ。……アホ千夏が居るのだけはむかつくけどね」

「ふふ。鈴は織斑のことを随分と嫌ってるんだね」

 そんな鈴だけど、千夏もここに居ることを本当に忌々し気に愚痴を吐く。その事に苦笑いしながら返すと、鈴は僕の方に顔を向けて、憎悪を滲ませた声音で話し始めた。僕と目線を合わせながら、千夏への憎しみと恨みを。そして僕を一夏だと断言した。

「当たり前よ。だってアイツ……。アイツは一夏を、あんたを殺そうとしてた! 一夏が千冬さんの応援でドイツに行って、誘拐されちゃって、そのまま行方不明になって。でもアイツ、帰ってきてすぐに、あたしに自慢げに言ったのよ。邪魔な弟が消えて清々したって。どれだけ虐めても死んでくれなくて困ってただなんて、本気で言ってた! あたしと一夏の関係を知ってて、そんなことを言ってきたの!」

 はっきりと僕が一夏だって断言する鈴。正直、有り得ないと思ってる。けど反面、有り得る気もした。鈴なら、僕の事に気付いてくるって。

「……まさか鈴、気付いたの、僕の事?」

「昨日、最初に声をかけられた時は凄くビックリした。なんで一夏が居るのって。でも、他人のそら似なんだって思った。ステラは女の子で、一夏は男の子。それに雰囲気も随分変わってたし。それから、なんて言うか、自然体なのに全然隙がなくて。でもね……」

 一度言葉を区切った鈴は、僕に向き合うように立って、僕の頬に手を添えて、軽く撫でてくる。その優しく触れてくる鈴の手が、触れあいが少しくすぐったい。けど、込められた優しさが気持ちいい。

「よく見なくてもステラの面影って、居なくなった頃の一夏と殆どそのまま。一目見て一夏だって思ったのは、間違いなんかじゃなかった。ていうか、あたしから見れば性別と髪と瞳の色以外に、違いが無いのよ。女の子だからか、少し輪郭が丸くなった位かしらね。後は、昨日と今日話してて、他人のそら似なんかじゃ無くて、一夏なんだってわかっちゃった。その、自分でも変なこと言ってるって自覚はある。けど、やっぱりあたしにとってステラは一夏なんだなって。違ってたらごめんなさい」

 そして区切った先の言葉を、僕の目を見ながら続けた。変わってない面影。これは束姉とも話してたことなんだけど、僕達二人、顔の作り自体はそんなに元と違いが無いみたい。僕の顔付きも、小6の頃から少しだけ女の子寄りになった程度だって。それでも髪や瞳、肌の色が違うから、よっぽど良く見てる人じゃないと別人にしか見えないとも言ってたけど。

 だからこそ、鈴みたいに気付く人は簡単に気付いてくれる。こっちに戻ってきて直ぐに会いに行った柳韻さん達も、僕と束姉の事を直ぐにわかってくれたし。

 でも本当に、鈴は僕の事をよく見てくれてたんだね。今も、昔も。本当に嬉しい。油断すると泣きそうになるくらいに。だから頬に添えられた鈴の手に僕の手を重ねて、ちゃんと言う。僕が一夏だって。

「……ううん。鈴の言う通り、僕は一夏だよ。本当に、よく見てくれてたよね、鈴。はち……じゃなくてきゅぅ、でもなくてえっと、四年位振り、だね。ただいま、鈴」

「あははっ。やっぱり一夏だったのね。ていうかなに改まってるのよ。ま、おかえりなさい、一夏。会いたかったわ。性別が変わってたり、髪や瞳の色が違う位なんでもない。ずっと……。ずっとずっと、待ってたんだから!」

 また、鈴が僕を見つけてくれた。ただいまって。ずっと言いたかった。帰ってきたよって、鈴に伝えたかった。それを今、やっと伝えられた。

 鈴も少し可笑しそうに笑って、でも目からは涙を流しながらお帰りって言ってくれた。そのまま抱きついて来て、ただ待ってたって、繰り返して。

「うん。長い間、待たせちゃってごめんね。待っててくれて、ありがとう、鈴」

「いいの。一夏が元気で居て、また会えたから、もういいの」

 お別れの言葉も残さないで世界から消えた僕。そのせいで鈴をずっと待たせた。あの時の後悔は、今もまだある。後悔してたから、鈴を泣かせた理由を全部分かってるから、鈴を抱きしめて、ありがとうって伝える。

 そのまま抱き合って暫く、鈴が顔を上げて、また僕の目を見つめてきた。その目には涙の跡は合っても、もう流れていない。そしていつも僕に見せてくれた屈託ない笑顔を見せてくれる。

「……さて、と。しんみりはここまでにしましょ! ここからまた思い出を作っていけばいいんだもの。女の子な一夏と、あたしと、リィン達とでさ」

「ホント、前向きだよね、鈴。一緒に居るだけで凄く助けられてる。前も、今も。あのね、鈴。大好きだよ。ずっと、大好きだった。いつも一緒に居てくれた鈴の事、忘れた事、なかったから」

 今までの、男の一夏と女の鈴との思い出。二年に満たない、でも、大切な思い出。

 そして今日、ここから始まる女同士の友達……親友として作っていく思い出。リィン達も含めて作れる沢山の思い出。

 この鈴の前向きさに、いつも助けられた。最初は日本語がうまく話せなくて虐められてた鈴を助けたことから始まって、僕も鈴も虐めのターゲットだったから互いに支え合ってる内に、とても大切な存在になって、気付いたら性別とか関係ない、とても大好きになった親友。

「ふふ。あたしもよ一夏。あたしも、大好き。いつも一生懸命だった一夏の事、好きだった。一夏が居なくなったあの日から、今日までずっと、忘れなかった」

「うん。ありがとう、鈴」

 それからは、虐められても挫けることがなくなって、どちらかが虐められたらどちらかが助ける。復讐とかは考えない。でも負けっ放しにはしなかった、そんな二年位の時間。

 あの時は言葉にしなかったけど、僕は鈴を好きだった。そして鈴も僕を好きだったって、両思いだったんだ。凄く嬉しい。だって、その気持ちは今でも変わらないから。

「まあ、あれよ。こっから先は女同士の友情って事で、また仲良くしましょ」

「そうだね。改めて、これからもよろしくね、鈴」

「任せなさい、一夏」

 だからまた始められる、これからの時間。考え方とか身体とかいろいろ変わったけど、気持ちは、心までは変わってない。

 今は素直に、この再会が嬉しい。また友達に、親友になれる。そう思って、今度は僕から鈴を抱きしめてみると、鈴もそれを受け入れてくれた。でもそこで、鈴が思わずといった感じで疑問を挟んできた。

「あー……。ところで、さ。さっき言い掛けたはちとかきゅうってどういう事? はちときゅうって、数字の8と9で、八年か九年って事よね、多分。言い直した感じに聞こえたの」

 思わず僕の主観的な時間で言おうとしてしまった八年半ちょっと。慌てて言い直したけど、やっぱり鈴には聞こえてて、誤魔化したこともお見通し。

 時間のズレがこんな風に現れるのも、ここ最近は無かったから油断した。でも、鈴になら話しちゃっていいかな。

「本当に鈴、僕の事よく見てるよね。……あのね。今から荒唐無稽な話しをする。で、リィン達の事もその話に絡んでるんだけど」

「うん、話して。一夏があたしに意味のない嘘をつくなんて思ってないから。ちゃんと聞いてあげる」

 鈴も、僕の言葉を、話しをちゃんと聞いてくれる。無闇に疑ったりしない。そう思えること、その信用も信頼も、小学校の頃から変わってない。僕が体験してきたのは、まるで出来の悪いライトノベルのような、荒唐無稽な出来事。こんなことを話せる相手は、そんなにいない。

「ありがとう。まずさ、これを持ってみてよ」

 そうして確認を取ったあと、普段から身に付けてるディオーネをホルスターから抜いて鈴に手渡す。ブレードで鈴を傷付けないように、慎重に。

 ディオーネの存在自体は、昨日会った時に気付かれて、どんな物かは簡単に説明済み。他にも数種類携帯許可を取ってることも説明してある。

 そのディオーネを興味深げに、でも刃に触れないように慎重に受け取り、いろんな角度から見る鈴。

「これって、あんたが携帯許可とってる武器の一つよね? なんていうか随分と変わった形してるわよね、これ。全長的には大きめのPDW位だけど、重さはサイズ感以上。何回か持った事がある対物ライフルに近い重さがあるわ。こんなに小さいのに、片手じゃ持ちきれないもの」

 ディオーネ自体の大きさは銃身長が約28cm、グリップから刃先までの全長では60cm。PDWの代名詞ともいえるFN P90やH&K MP7辺りより大きくて、より大型の部類になるFN SCAR-L PDWと同じくらい。でも重量は倍どころじゃない10kgにもなる。これは対物ライフルとして有名なPGMヘカートⅡやバレットM82より少し軽い程度の重量。僕の様な異常体質でもない限り、普通は片手で持つのも難しい重さ。

「それに銃本体の筐体サイズも大きくて、殴り合い出来そうな程に強度も高そうだし、なにより銃身自体より長い剣が付いてる。……ねえ。これは一体なんで、どこ製のものよ」

「ブレードライフルっていう種類の銃剣で、正式な製品名は複合導力銃剣。この子の個体名はディオーネ。主要部品はラインフォルト製なんだけど、ディオーネ自体は知り合いの武器職人が部品を合わせて作ってくれた手作り品を、別の導力技士に改造して貰った完全なワンオフモデルだよ」

 こんなにも重い理由は、ブレードライフルとして剣やブレードライフルと打ち合うことまで想定したゼムリアストーン製の強化筐体。その筐体に組み付けられた殺傷性の高い実体剣。さらに導力機関と実弾の複合発射機構まで備えた構成だから。ホント、これを組んでくれたライオさんと改造してくれたジョルジュさんには感謝だね。まあ副作用で、こんな物を片手で取り回してなんともない僕の異常性が目に見えることにもなるんだけどね。

「……ねえ一夏。あたしはこれでも代表候補生だから、世界中の主要な兵器メーカーやその主要製品位は頭の中に入ってる。でも、ラインフォルトなんて銃器メーカーはない。同じ銃剣でも、バヨネットはあるけど、このブレードライフルみたいな銃器は存在しないわ」

「うん、ないね。この世界には。便宜的に僕と束姉がゼムリアって呼んでた世界の、エレボニア帝国にある総合導力機器メーカーがラインフォルト。そして、向こうの傭兵達によく使われてる複合武器の一つがこの、ブレードライフルだよ」

 けど、それはそれ。問題なのは、この()()()()、この種の銃火器(複合導力銃剣)製造メーカー(ラインフォルト社)()()()()()()だから。鈴にしてもそこが気になったからこその問いかけ。それにはまあ、正直に答えるしかない。繰り返しになるけど、ラインフォルトも導力機器も複合銃剣も、この世界には本来()()()()()んだから。

「なんか、ライトノベルっぽいわよ、それ。荒唐無稽って、比喩じゃなかったのね」

「振り返ってみればそう思えるよ。ありがちっていうか。でも、僕と束姉にとっては命を賭ける事もあった、現実だった」

 とりあえず鈴の言う通り、ありがちなライトノベルのような存在と経験。世界を超えるなんて、普通はメディアの中での話しだけ。現実として受け止められるのは、実際の当事者である僕やリィン達と、そんな与太話でも理解を示してくれる柳韻さんやお父さんのような人達だけ。

 そして鈴も、そんな理解してくれる。理解しようとしてくれる人の一人。だからこんな荒唐無稽な話しも、躊躇しないで話すことが出来る。

「始まりは、モンドグロッソの第二回大会で僕が誘拐された時。あの時、誰も助けが来ないまま千冬姉が決勝に出て、僕は犯人達に殺されるはずだった。でも、ギリギリで束姉が助けに来てくれた。助けられてからは姉さんのラボで二人で暮らしてた」

「……いっこ良い? さっきからよく聞く束姉って、もしかして篠ノ乃束の事?」

 まあ、そんな鈴も束姉。篠ノ乃束の名前がこんな所で出てくるとは思ってなかったのか、随分懐疑的な表情してるけど。

「うん。元々、千冬姉の友達で、鈴と入れ違いだった箒のお姉さん。そして僕の剣術、というか武術全般の師匠の一人でもあるから」

「そっか。それで、どうなったの?」

 ともかく、束姉とのことは別段隠すことでも無いから、鈴には正直に話す。実際、姉さんに匿って貰って、さらに篠ノ乃流を教えて貰ってたからこそ、僕は生きてここにいられるんだから。

「助けられてから半年くらい経った頃、姉さんが発明したとある機械の試験中に、その機械が暴走。いきなり出てきた靄に包み込まれたと思ったら、森の中に居たんだ。そこが、ゼムリア大陸西部、エレボニア帝国ノルティア州シュバルツァー男爵領にある、バールフェリン大森林て言う場所」

「シュバルツァー男爵って……。もしかしてリィンって、貴族なの?」

 あとはゼムリアに渡った経緯を話すと、世界を超えた事よりもリィンが貴族だって事の方が興味を引いたらしい。

 けどシュバルツァー一家はなぁ、ホントに貴族らしくないんだよね。出る所に出れば、ちゃんと貴族してるんだけど、普段は普通の家族だもんな。

「うん。まあ、家族揃って貴族っぽくないんだけど、それは後でね。その森の中で意識が戻ったとき、僕と姉さん、破落戸に襲われる寸前でさ。そこを助けてくれたのが、僕の向こうでのお母さん、サラ・バレスタインだった」

 と、そこまで話してから、転移してから直ぐに襲ってきた破落戸……猟兵崩れやサラ姉との出会いと、その職業である遊撃士。オーブメントやオーバルアーツなど、ゼムリア特有の職業やキーワードを交えつつ、性別が変わってたことや年齢が若返ってたことや、今のこの身体が平行世界での僕の同位体の物だと思われること。それから魔眼とそれに付随する特異体質に僕の騎士、ラインヴァールのことなどなど、いろいろな説明を経て、向こうの世界で過ごした時間が七年近くあった事を伝える。

「……つまりよ。まだ整理しきれなくて何がなんだかわからないとこもあるけど、地球から異世界に行ったら一夏は七歳位の女の子になって、束さんも十五歳位になってて、更に二人とも髪と瞳の色が変わってた。それは今の二人の身体が向こうの世界での一夏達で、その中にこっちの一夏達が入っちゃったから、と。要約はこんな感じでいいのね?」

「うん。大体はね。その後いろいろな事があって、サラ姉の勧めで入った士官学校でリィン達と出会って、その年の10月に起きた内戦に巻き込まれて。内戦自体は僕達が終結させたんだけど、その後に学院で異変が起きて、これも解決したと思ったらその場に靄の渦が現れてね。その渦を通り抜けたら、今度は緒方の家の庭に出た。それが今から二年位前」

 話し終わった時、鈴は少し頭から煙を出してる感じになったけどまあ、こんなに一遍に話したらそうなるよね。概要分かってくれてるだけで十分。あとは追々、少しずつ摺り合わせてけばいいことだし、時間も十分取れる。

 それにこの世界の経過時間と僕の主観時間がずれてることもちゃんと理解してくれた。僕の事をちゃんと見て、知ろうとしてくれる鈴の気持ちが嬉しい。荒唐無稽だって罵らないで聞いてくれるのが、本当に嬉しい。

「それで向こうで過ごした時間が六年半ちょっとと、こっちに帰って来てからの二年ちょっと。都合で約八年半位。別れてからは九年位振り、て事か。まだ少し混乱してるけど、一夏が相当濃い経験をして来たのはわかったし、女として違和感がない位に馴染んでるのも納得した。その異常に隙のない佇まいや、静かだけど、下手に触れたら切られそうな気配も理解出来たわ。後はまあ、こんな化け物銃を片手で振り回せる理由もね。ていうか魔眼とか何処の中二病だっての。実際見せられたっていうか、かけられたから否定はしないけど」

 まあなんだろ。とりあえず魔眼やら体質のことは納得してくれた。あの暴食振りもそのせいだって説明したし。ミスったのは、軽い魅了をかけたつもりが鈴には思った以上に深くかかっちゃって、危うく意に沿わないキスをさせるところだった。まあ、魅了を解いた後に改めてキスしてって言われた時にはまあ、希望道りキスしたけど。鈴の唇、柔らかくて心地よかったです。

 ……閑話休題(それはおいといて)、それと身のこなしなんかについてはこう、僕自身は割と無意識なんだけど、実戦と実践を繰り返してる内に意識しないでも周囲を軽く警戒して、敵意を向けられたら直ぐに返せるようにって、身体が覚え込んじゃったからかな。鈴達も訓練積み重ねたら出来ると思うんだけどね。

 そう思って少し苦笑いしてると、鈴が唐突に戦闘映像を見たって言ってきた。

「実を言うとね。昨日の夜、あたしの前に二組の代表だったティナ・ハミルトンっていうルームメイトに、公開されてるクラス代表選出戦の映像を見せて貰ったのよ。話を聞いた今考え直せば、あの千夏相手の容赦ない戦い方も当たり前なのよね。一夏は命がけの戦いを経てここに居るんだもの」

 ここで話題に出た選出戦。五人の総当たり十戦なんていうアホみたいな事したクラス代表を決める戦い。この試合、最低各人一戦ずつが公開されてるらしくて、僕のは対千夏戦。セシリアは僕とフィー、千夏との三戦分が公開されてる。千夏はどれ出しても負け戦ばかりだけど、それはそれで参考になるからと、違う意味で閲覧申請数がそれなりにあるらしい。基準は、教本に使えるかどうかだって真耶せんせーに聞いたけど。

「あれはちょっとね。私怨以前に、あいつには戦うという事への覚悟が欠片もないし、その後も変わらなかった。セシリアは、リィンと戦った後には油断も慢心もなくなってて、物凄く手強くなってたのに」

「そうね。セシリアの戦闘記録も見たけど、あれは凄かったわ。結果的には負けてるとは言え、あんたやフィーにもきっちりダメージ与えてたし、ビットの操作も試合中なのに目に見えて向上してた。特に最後の千夏相手の一方的な封殺戦法を見て、コイツは油断出来ないって、心底思ったもの」

 僕との至極真っ当な中距離射撃戦での攻防に千夏相手に使った全方位包囲射撃(オールレンジアタック)なんかは、今後のビット兵器の有用性を測る指針になるんじゃないかってことらしい。因みに僕と千夏の試合は、絶対防御の絶対性へのアンチテーゼとして使われてるらしい。教科書読むだけじゃ分かりづらいしね。

「うん。セシリアはもっと伸びるよ。今は出来ない、自分とビットの高度な同時運用もそのうち出来るようになると思うし。まあ、それはそれってことで。僕達についてはそんなこんながあって、で、昨日、鈴が転入してきて今に至る、て感じだね」

 因みにセシリア、鈴が言うように、試合を重ねる内にビット操作中に自分が動けないって弱点を自力で克服して、高機動まで行かないけど、動きながらのビット操作に一歩踏み出したんだよね。流石努力の人。

 と、そこまで話してて、鈴が唐突に僕の頭を撫でてきた。優しい手付きで、軽く髪を梳くように。少しくすぐったい、でも、鈴の暖かい気持ちを感じられて心地がいい。

「……がんばったわね、一夏。一夏はきっと、あたしなんかじゃ考えも及ばないような旅をしてきた。今もまだ、いろいろあると思う。けど、そうね。のんびり行きましょうよ。中学の時の同級生っていうか、元カレの家が美味しい定食屋なんだけど、今度連れてってあげる」

「ん。ありがと、鈴。ホントに鈴には助けられてるよ。昔も、今も、ね」

 ゼムリアに渡ってからは束姉との修行と、サラ姉に付いて協力者として遊撃士の仕事の手伝い。時に自分の何倍もある大型魔獣とだって戦ったし、盗賊や猟兵と事を構えたこともある。その中では当然、何度も命のやりとりがあった。

 トールズに入ってからも、内戦に入るまででさえ対人戦が何度も有ったし、内戦中は言わずもがな。カレル離宮や煌魔宮での戦いは文字道理の血戦で、死闘だった。結社(ウロボロス)使徒(アンギス)の一柱である《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダに結社の執行者(レギオン)達。帝国解放戦線リーダー、クロウ・アームブラスト。そして貴族派(ルーファスさん)の私兵として対立したアルティことアルティナ・オライオン。そして最終決戦となった緋の騎神テスタ=ロッサの暴走態、魔王エンド・オブ・ヴァーミリオン。

 たった一ヶ月で何回死を覚悟したか。何回死に瀕したか。何回、誰かが死にそうになるのを見たか。全部が終わった時、誰も死ななかった奇跡をどれだけ喜んだか。

 そんな風に過去を止めどなく思い出して、でも僕の髪を撫でてくれる鈴の手と、僕を見つめてくる瞳が、現実に引き戻してくれた。

 鈴の一言に救われる。鈴の暖かさに救われる。そのことを今、また思い出す。……ていうか元カレって、鈴、誰かとそういう意味でお付き合いしてたんだ。別れても仲が切れてないんだ。どんな人なんだろ、その人。

「あたしを助けてくれたあんたを、一夏を助けるんだって決めた。それは今でも同じ。その事を変えるつもりはない。またあの時みたいに、助け合いましょ。で、一緒にいろんな事して、楽しみましょ?」

「ふふ、そうだね。楽しいこと、いっぱいしよう」

 虐めに対してだけじゃない。勉強でも、運動でも、遊びでも、家やお店の手伝いでも。ずっと、お互いに手を取り合って来た。僕も、この事を変える気は無いし、一方的に無かったことにするつもりもない。そういって悪戯めいた笑顔の鈴と笑い合えば、気持ちはどこか、小学生の頃に戻ったように感じる。……でも、鈴の笑顔がなんかちょっと怖い?

「にしても、なんか負けた気分ね。なにそんなスタイルいいのよ。あたしこんなちんちくりんなのに」

「えっと……。なんかごめん」

 僕の全身を舐めるように見つめる鈴の瞳がどこか平坦な感じになって、僕の胸と腰辺りを交互に見るようになった。そしてやや低めの声音ですこし悲しげに呟く鈴に、少しだけ引きそうになり、思わず胸を庇いながらも謝ってしまう。多分体型の事だろうか。こう、僕の体型はバランスがいいらしいから。で、そんな僕を見てか、鈴は瞳に光を戻して、顔の前で手をヒラヒラと振りながら冗談と嘯く。嘯いたあと、おもむろに僕の胸に手を伸ばして、強めに揉んできたっ!?

「冗談よ。まあ、今の一夏のスタイルの良さはちょっと羨ましいって思うけど、ね!」

「ふにゃっ! んぅ……ちょ、ちょっと鈴、いきなりはやめてよ!」

 流石にいきなりすぎてビックリして思わず変な声出ちゃったし! でも、なにげに揉むの上手いのなんで? 強いのに、痛くなくて寧ろ心地いいとか。鈴はテクニシャンだったのか。でもホント、いきなりはやめてほしい!

「……いきなりじゃなかったら、いいの?」

「まあ、考えなくも無いよ。そういうスキンシップだって、女同士でなら別に嫌いじゃないし」

 そして突っ込むところはそこなの? といった風の鈴。事実、突っ込むのはそこなんだけどね。別に女同士なら触られるのが嫌ってわけじゃないし。男はリィン以外お断りだけど。

 ただ、僕のその反応を見てか、少し考えるような素振りを見せてから唐突に聞かれた。

「そう。で、さ。ちょっと気になったからぶっちゃけて聞くけど、あんた、もう女になってるわよね? なんか雰囲気がそんな感じなんだけど」

 この場合の女って、そういうことだよ、ね。当たりではあるんだけど、間違ってないんだけど……。

「……のーこめんとで」

 一応、回答を控えさせて貰おうかなぁ。肯定してるも同然で、誤魔化しにすらならないだろうけどさ。

「……はぁ、マジかあ。一夏ももう、心身共に女になってたのか。ちょっと複雑だわー。まあ、こんなに可愛いんだから、男共が放っておくわけないわよね。一夏はリィン以外の男に見向きもしないだろうけど」

「ほっといて。実際その通りだから何も言えないけどさ。ていうかそれブーメランでしょ」

 今はもう、男だったって記憶はあってもその頃の身体の感覚なんて微塵も残ってない。心、というか心理的にも多分、元のステラの記憶と経験もある分、普通に女として確立してる。後は、実際の始まりは若干の共依存からだけど、それでもリィンを好きになって、抱かれて、愛して、愛された。今でも機会を見てそういう事してるし。そこは否定出来ないし、したくもない。

 でも、僕もってことは、元カレがいるって言ってたし、鈴もその人とそういうことしてたって事だよね。

「ブーメランって、まあ、うん、そうね。あたしも、後にも先にもアイツだけだけどね。てゆーかさ。今の一夏を見てると、あたしもまた相手見付けたいなって思うのよ。でもリィンみたいないい男なんて、早々転がってないのが欠点よねー」

「そうだね。僕は出会いと運が良かったから。そういう関係になったのが共依存からだから、あんまり褒められた始まり方じゃないんだけどね」

 そして何気にリィンを基準に持ってきた鈴。えっと、また増えるのかな、これ。特にそうなる雰囲気もなかったはずだけど、なんで鈴のリィンへの好感度こんなに高いの!?

 でも、リィンだしな。ちょっとした一言でも惹き付けちゃうとこあるし、有り得ないわけじゃないんだよね。千夏と比較すれば余計にだし。

「なによ、そんな風に言ってる割に幸せそうな顔しちゃってさ。本気でまた、恋したくなっちゃうじゃない」

「ぶぅ……。それだってそっくりそのまま鈴にも返してやるもん、そのセリフ。満たされてて、恋に飢えてるって顔じゃないよ?」

 それにしても鈴、セリフだけは不満たらたらなのに、凄く優しい表情してる。相手見つけないととか言いながら、全然そんな感じじゃない。

「まあ、そうかもしれないわね。一夏にまた会えたし、リィン達とも知り合えたから、それで割と満足してるからかしら。まあそれはいいわ。それより一夏。あんた、みんなと訓練するんでしょ? そろそろ行ってきなさいよ」

「うん。ありがと。それじゃ鈴。また明日」

 やっぱり不満とか無かったんだ。僕も、また鈴と会えて嬉しかったけど、鈴も同じみたいで、その事も嬉しい。リィン達の事を受け入れてるのも。

「ええ。また明日、一夏」

 そして促された通りに訓練に行こうとしたんだけど、その前に聞いておこう。

「……あ、そうだ。僕達、企業所属だから、織斑以外にもレナや簪とも訓練してるんだけど、鈴もする?」

「そうねえ。ま、考えておくわ。明日にでも返事する」

「わかった。それじゃまた明日ね、鈴」

 まだクラス対抗戦前だから、クラス代表同士で訓練するのは良くないけど、僕達でばらけて簪達と訓練してる。そこに鈴が入ってもいいのかなって提案してみると、割といい返事が返ってきた。考えると言いつつ、凄く好戦的な目付きに不敵な笑みで返してきたから多分、確実にやる気でいるんだろうな。即決を控えただけで。

「また明日、一夏。あたしはもう少しここに居るからさ、あんたはさっさと行きなさいな」

 ともかく、鈴の返事を聞きながら手を振って、アリーナに向かうために校舎内に戻る。

 

 ……屋上で話してる間中ずっと捉えてた、少し前にも()()()()()がある、()()()()()()を引き連れて。

 

 特に気にする素振りを見せないで校舎に入って、二階分の階段を降りきる前、踊り場の手前で真上に向かって左袖に仕込んだ鋼糸を投げ放って、付いて来てる気配の主をたぐり寄せる。音を立てないで一階分の階段を飛び降りる技術は流石に凄いと思うけど、気配の消し方が完璧すぎるんだよね。

「……人の会話盗み聞きした上に、いつまで後ろ付けてくる気ですかね、ストーカーさん!」

「きゃぁっ! ちょ、こんな風に鋼糸が使えるなんて聞いてないわよ!」

 てことで姉さん&シャロンさん直伝の拘束技で身動き取れないようにしたその気配の主(ストーカー)を、床に叩き付けられないように抱き留めて、縛ったまま床に下ろす。一応、ケガさせちゃまずいからね。

 当の本人は僕が鋼糸を使ったことに驚いてるけど、まあそれはいいでしょ。暗器は知られないから暗器なわけで。でもってこの人、紅い瞳に水色の髪……て、これ簪のお姉さんじゃないですかー。通りで整備室で感じた気配と同じなわけだ。

「そりゃ暗器の技ですから、そうそう大っぴらに使わないですよ、生徒会長。……いえ、日本政府直属対暗部用暗部組織、更識家当主の更識楯無さん。一体何が目的ですか?」

 屋上で聞き耳立ててたストーカーさんは、生徒会長で簪のお姉ちゃんで日本の対暗部用暗部、更識家の当代当主様でしたとさ。なんでやねん。まあ、なんとなくだけど、理由は分からないでもないけどね。簪関連からいろいろ探りたかったんだろうな、きっと。それで、知ってて結構重要なことをこの人の前で話してたんだし。

「そこまでばれてるか。なら回りくどいのはやめて単刀直入に聞くわ。あなたが織斑一夏君って、本当なの?」

 当の本人も悪びれることも遠慮の欠片もなく、僕の事を聞いてきた。でも、今更それ聞く? 全部聞いてた癖にさ。

「僕と鈴の話しを聞いてたんですよね。なら確認する必要ないでしょう。それとも、僕が一番大切に思ってる親友に嘘をつくとでも? そんな人間に見えるとでも?」

 全部聞き取れたかは分からない。聞こえたとして、理解出来たとも思えない。そもそも信じられるとも思ってない。でも僕が鈴に嘘を吐くとだけは思われたくない。そこだけ釘を刺す。

「……第二回モンドグロッソ大会で行方不明になった織斑一夏君は男の子よ。でもあなたは、緒方ステラ・バレスタインは女の子。聞いただけでハイそうですかなんて、凰鈴音みたいに直ぐに信じることなんて出来ないわ」

 とは言え、今は女の僕と、誘拐された男の俺が同じモノだなんて、普通の人は思わない。あの話自体、与太話だと思うのが普通。その部分については彼女の言い分が正しい。でも、直ぐに信じて貰おうなんて思ってない。信じて貰う必要もない。

「別に信じなくてもいいです。事実がそこにある、それだけですから。ただ、言いふらしたりしなければそれでいいですよ」

「ふうん。脅してるつもりかしら」

 ただ、聞いたことを()()()()()ようにするだけだから。

「そんなことしませんよ。ただ"僕の瞳"を見て、誰にも言わないと約束してくれればいいだけですから」

 それには脅す必要なんてない。もっと()()ことはするけど、ね。

「……っ! ま、待って、その瞳は、なにか違う! ああ、あ、あなた、本当に人間なの!?」

「さすがは日本の対暗部用暗部。裏の裏を仕切る人ですね。それで、"一応"、僕はまだ人間ですよ。ただ、この(魔眼)がちょっと特別なだけで」

 僕の魔眼が持つ効果の一つ。幻惑でこの人の意識を一時的に錯乱させるだけ。それだけ。

 でも流石に暗部の当主を務めるだけあって完全に効きはしなかった。しかもこの瞳の危険性を直ぐに見抜いてきた。でも、人外の域には半歩も踏み込んでないから、まだ人の範疇にいるのに酷いなあ。ていうか千冬姉や束姉達のレベルには()()及ばないんだから、まだ人間だよ、これでも。

「とりあえず、この瞳を見て約束してください。屋上での僕と鈴の会話は、誰にも話さないって」

「う、ぅあ、う……。わ、わかったから! こ、これ以上は保たないから、これ以上その瞳で私の中に入ってくるのはやめて、お願い! 更識家当主の名の下に、聞いたことは絶対に誰にも話さないと誓うわ!」

 ともかく、もう少しだけ瞳に力を込めて彼女の目を覗き込みながら、もう一度だけ問いかける。

 そうすれば彼女は目を強く瞑って僕の視線を全力で遮り、吃りながら話さないことを誓約してくれた。家の名をかけて。ていうか本当に耐性強いね、この人。並みの暗部程度なら錯乱しきって廃人一歩手前になる位の力を使ったのに、錯乱するどころか思考が乱れる寸前で耐えたんだもん。流石暗部の一大勢力を束ねるだけのことはあるか。

「ありがとうございます。ああ、それと、僕が織斑一夏だったモノです。証拠なんて、僕の証言以外にありませんけどね」

「一応、話しは全部聞いてたから、そうなった理由は把握してるわ。凰さんと同じで、理解しきれてはいないけど、それでもあなたが嘘を言ってないのは、今の瞳をみてわかったから。まさかそんな魔法みたいな目、神話や物語の中だけの話しだと思ってたのに」

 彼女からの確約も得て、瞳から力を抜きながら礼と、質問の答えを話す。まあ、直ぐに理解出来る事じゃないだろうけど。嘘を言ってないことだけは信じて貰えた。

「そうですか。よかったです」

 ちょっと余計な一言も付いて来たけど、まあ、結構聞かれてるから向こうでの出来事を話すこと自体は吝かじゃない。

「今度、冒険譚を詳しく聞いてみたいわね。……それはそうと、これを言わないとね」

 それとは別に言われたのが、簪にしたことへのお礼だった。

「簪ちゃんのこと、助けてくれて、ありがとう」

「偶然です。巡り合わせが良かっただけですから。あとは、あなた達二人がちゃんと話し合って、擦れ違いを正せば全部終わりですよ。隠れて見守るくらいなら、ちゃんと話して、手を差し伸べれば良かったのに」

 打鉄弐式……今は月岡重工で黒翼改・弐式改と正式に命名、登録された簪の専用機建造を手助けしてることについてだろう。でも、これは単に巡り合わせ。僕達が整備をするために寄った整備室で偶然出会って、会社の方で承認されたから手助けした。ただそれだけだから。企業としての打算が多分に含まれてるしね。それよりも、彼女が自分自身で手を貸さなかった方が問題な気がするんだよね。

「まさか、気付いてた?」

「ええ。あの時はセシリア以外、全員気付いてましたよ。簪も気配だけは気付いてたっぽいですし。ただ、あなたの視線から害意を感じないから放っておいたんです。ていうか不器用ですね、姉妹揃って。そっくりですよ。あなたも、簪も」

 こそこそ見守ってます、心配してますオーラ全開で、でも気配だけは消して見守る。なんて隠密技術の無駄遣い。ぶっちゃけ、そういうことに疎いセシリアと、気配には気付いてるけど真意に気付けてなかった簪本人以外は全員気付いてたんだよね。気付いて、不器用な二人を生暖かく見守ろうって感じで。

「……そう、か」

 簪も楯無さんも、二人ともお互いに遠慮し合ってしまって、すれ違ってるだけ。どちらも嫌ってないなら、後は歩み寄れば少しずつ溝は埋められる。僕と千夏みたいに、もう修復不能レベルになってるわけじゃないんだから、まだ間に合う。でもこのままの状態が続いたら、遠からず簪と楯無さんの仲も修復不能レベルになる。だから、その前に楯無さんの背中を押す。

「二人ともまだやり直せるんですから。詳しい事情は聞いてませんし、こっちから聞くつもりもないから何とも言えませんけど、お互いが思い合ってるなら、話してみてください。簪はあなたのことで非常に強いコンプレックスを持ってはいます。けど、あなたの事を嫌ってるわけじゃありませんから」

「少し、時間をちょうだい。直ぐには整理が付かないの」

 流石に今すぐは無理だろう。僕だって同じ立場で言われたら、やっぱり考える時間を貰いたいと思うし。でも、あんまり時間がかかるようなら強制しよう。そうしよう。

「手遅れになりそうなら、無理矢理でも簪の前に連れて行きますから。あと、相談だけならいつでも乗りますよ」

「そうね。それがいい、のかもね。それから、なにかあったら、お願いするわ。……ていうわけで、あの、この鋼糸を解いてくれないかなぁ。動けないんだけどなぁ、なんて」

 同意と言質を取れたところで、楯無さんがもぞもぞと身体を揺すり始めて、上目遣いで僕を見上げてくる。……なんかカワイイぞこの生き物。このままにしたいとか、ちょっと嗜虐的な感情に捕らわれそう。Sっ気はないつもりだったけど、雰囲気でそういう風にも感じるんだなぁ。

「……。まあ、それもそうですよね」

 けどそれはやっちゃいかんのです。一時の誘惑に流されるのダメ、いけない。楯無さんの拘束を解いて、鋼糸を巻き取って袖の中に仕舞いなおす。

「その、ありがとう、ステラちゃん。簪ちゃんのこと、お願いします」

「どういたしまして、楯無さん。それと、簪は友達だから、心配しなくても大丈夫ですよ」

 拘束が外れて立ち上がった楯無さんが、軽く頭を下げてのお礼と、簪のことを頼まれた。

 でも、もう友達になった簪のことを放っておくなんて出来ない。簪の方から離れない限り、出来る限り力になるつもりだから。そう言えば、楯無さんも安心したように笑顔を浮かべてくれた。

 

 暗部を纏める当主。現ロシア国家代表。そしてIS学園生徒会長。三つもの重責に曝される彼女は、安易に人に気を許すなんて出来ないんだろう。そんな彼女が僕を頼ってくれた。なら、その気持ちに応える。僕の出来る全力で。

 今楯無さんが浮かべた笑顔は、そう思えるような暖かで、とても自然な笑顔だった。




今回のお話しはエピソード上切り分けがしにくかったため、随分と長くなってしまいました(..;

基本的にエピソードやシーンに合わせて書いているため、何文字で一話、という書き方ではないので、今後も各話毎の文字数のばらつきが出ると思いますが、ご容赦ください。
続きはがんばって書いてますので、出来る限り早く次話を投降出来ればと考えてます。

それでは、今後も宜しくお願いします。

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