インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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出会いと再会の絆
二人の代表候補生


 授業が終わった放課後。

 設立して一週間も経たずに十人を超えた部員達の基礎訓練をリィンとテレサに任せて、優衣のクラスメートだという三組のクラス代表兼、カナダの代表候補生と一緒に訓練することになった。なお、別のアリーナでフィーとセシリアが千夏を徹底的に扱いてくれてる最中。……箒? あれは剣道部からクレームが来てこれ以上幽霊部員するなら退部にするって言われて現在練武棟にある剣道場で先輩達に扱かれてるらしい。入部だけして一回も出てない上に、どうも、去年の全中での試合結果を知ってる先輩がそれを矯正するんだそうだ。僕が行ってた中学も出てたけど、あいつの試合内容は相当酷かったらしい。というか、箒の学校と当たる前に敗退出来て良かったとか友達含めて部員全員が言ってた。剣道部員が試合出来なくて良かったって、一体どんな試合をしたんだか……。

 閑話休題(それはそれ)。ということでやって来たのは第五アリーナ。優衣とエマに件の候補生とはここで現地集合。

「こんにちは、レナ」

「……あ、Bon jour, ユイ、エマ。今日は二人のお友達と一緒に訓練なんだよね?」

 まずは優衣が、イギリスの第二世代ISメイルシュトロームを装着した淡い金色の髪の少女、カナダ代表候補生に挨拶。そして彼女に僕を紹介してくれる。

「そだよ。友達って言うか、私のお姉ちゃんのステラ」

「一組の緒方ステラ・バレスタイン。優衣の義理の姉だよ。ステラって呼んで。よろしくね。あと、聞かれる前に言っておくけど、この髪と目の色でも日本人だから」

 まあ、簡単に挨拶。でもって髪と目の色がな。日本人には見えないから先に言っておく。……実際、遺伝子的には日本人じゃなくてエレボニア人だけど。でもまあ、心が日本人だからね、日本人と自称するのは許して欲しい。

「え、そうなんだ。でも、ホントに日本人に見えないね、ステラ。えと、私は三組代表でユイとエマと友達になったイレーナ・シャンティです。カナダの代表候補生です。レナかイリィって呼んでください」

 そして代表候補生も自己紹介してくれる。イレーナか。優しげな雰囲気に合ってていい名前だね。名前的にカナダでも東部のフランス語圏出身なのかな。最初の挨拶もフランス語だったし。

「じゃあ優衣と同じで、レナでいいかな。代表候補生なんだよね。訓練機のメイルシュトロームを使ってるってことは、専用機は無い感じ?」

「そうなんですよ。まだ出来てないみたいで。まあウチの国って独自開発じゃ無いから、国家代表さんもリヴァイブの改造機だし、私のもメイルシュトロームの改造機って言われたので、なるべくこの子を使うようにしてるんです」

 とりあえず彼女のことはレナと呼ぼう。なんかそっちの方が似合ってる。さっきも思ったけど、優しい印象があるから。

 でもって彼女、専用機がないタイプの候補生だったらしい。というか開発が遅れてるだけらしいけど、メイルシュトロームベースの改造機か。珍しい機体をプラットフォームにするんだなぁ。

「私達って割と好条件でワンオフ機に近い仕様の専用機持ちになってるけど、普通、ワンオフ機なんて国家代表でもそう簡単に持てるもんじゃないからね」

「……それもそうですね」

 僕達の機体は黒翼をベースにしてはいるけど、それぞれの機体は黒翼自体の基本仕様から根本的に変更されてて、実質的にはワンオフ機に近い。

 多分、僕の緋鋼が一番、黒翼自体の基本仕様に近くて、エマのゾディアックはほぼ真逆の、全面再設計レベルに近い仕様で仕上がってる感じかな。

「で、レナは僕達と一緒に訓練しても平気なの?」

「問題ないですよ。特に秘匿する技能とか持ってるわけじゃないですし。ステラ達の方こそいいの? ワンオフ機持ちの企業専属なんでしょ?」

 それで訓練についてだけど、まあ、問題ないでしょ。僕達の機体は月岡重工のホームページにカタログデータが乗ってるくらいだからね。

「僕達の機体は公開情報に乗ってるから問題ないよ。後は個人技能で、その辺は盗ませる気ないからさ」

「Merci, ステラ。ユイ達もmerci, です。じゃあ、よろしくお願いします!」

 こうしてカナダ代表候補生イレーナ・シャンティとの訓練は、僕達と僅か程の差も無い彼女の技量もあり、新たな出会いと相まって、有意義なものになった。うん。強い人と戦うのって、楽しい。ていうか訓練機であそこまで着いてこられて、ちょっとビックリだったな。IS自体の練度は、最低でも僕以上かも知れない。

 二週間後のクラス対抗戦。四組の代表も代表候補生だから、千夏の勝ち目は一般生徒が代表の二組くらいだね、これは。

 

 そんなこんなで二時間の訓練は楽しく終わって、訓練機の返却があるレナとは更衣室前で別れた。

 そしてアリーナに囲まれるようになってる広場まで来たところで、優衣に整備棟に行きたいと提案。透徹の調子がおかしかったから。

「優衣。さっきの訓練で透徹の照準がずれたっぱだったんだ。ちょっと整備室に付き合ってくれないかな」

「いいよ。ていうかみんなで行かない? さっきの訓練中、エマが凍牙の動作がおかしいって言ってたから。ね、エマ」

「はい。凍牙のエネルギー変換系が少しぎこちないので、ちょっと調整したい感じなんです」

 僕と優衣は自分達で機体の殆どを整備調整出来るけど、エマ達はまだ無理っぽい。特に細かいプログラム関連が難しいらしい。

 でも、凍牙もまだアルゴリズムが安定しないのかな。緋鋼の凍牙も使う度に調整してるし。束姉に言っておいた方がいいかも。

 とそこに、第三アリーナに行ってたフィーがセシリアを伴って合流。千夏は置いてきた模様。

「それならわたしもいっしょでいい? わたしの凍牙も、ちょっと挙動がおかしかったから」

「なら一緒に行こっか」

 そして会話を聞かれてたのか、フィーの凍牙も一緒に調節することに。さらにセシリアが見学したいって聞いてきたけど……

「あの、ステラさん。もし問題がありませんのでしたら、わたくしもご一緒しても構いませんか?」

 特に含むところはない。ただ、仲直りしてからの会話で整備が苦手だって聞いたから、僕達の整備の様子を見学したいだけなんだろう、きっと。

「いいんじゃない? ちょろっと装備の調整するだけだし。その辺はどう?」

「大丈夫だよ。今回は武器だけだし、見られて困るものはここの整備室じゃやらないから」

 優衣にも聞いてみたけど、ブラスターシステムと凍牙本体の分解整備や精密調整をするわけじゃないし、大丈夫だろうって。

 優衣曰く、凍牙とブラスターシステムは彼女が前世で見てたロボットアニメ(ガンダムシリーズ)に出てくるファンネルやファングと呼ばれる脳波制御型の自立機動浮遊兵器のパクりだって言うし。……ていうか束姉も樹お父さんもよく再現出来たよね、これ。まあ、その為にブラスターシステム(制御補助システム)を造ったらしいけど。なお、他の兵装群や機体本体にもそれら(ガンダムや他のアニメ)のエッセンスが入ってるらしい。

「ありがとうございます、優衣さん。……わたくしも簡単な整備位は覚えるべきですよね」

「一概には言えないが、自分の機体や装備くらいは、自分で面倒を見られる様になった方がいいだろうな」

「そうそう。自分で出来るか出来ないかだけで、一つ一つの試合の有利不利が随分変わるからね」

「やはり、そうですよね」

 ともかくセシリアに見学許可を出した所で、練武場がある練武棟の方から歩いてきたリィンとテレサがいつの間にか会話に入ってきた。

 二人は極々自然と会話に入ってきたからかセシリアも特に気にするでも無く、二人の言葉を素直に受け止めてる。誰と話してるのか気付いてないけど。

「ま、その辺も経験だ。今日はあいつ達の様子を見学してみればいい。正直、俺も武器の手入れは得意だが、ISの整備は苦手ななんだ」

「はい……て、り、リィンさん!? テレサさんまで! び、ビックリしました。しかしリィンさん。あなたが整備が苦手というのはその、ご自分の身体と刀で戦われるから、ですか?」

「まあ、そういうことだよ。一応挑戦はしてるんだけどな、なかなか慣れないんだ」

 だから俺も見学、というリィンに返したところで漸く自分が誰と会話してたのか理解して驚いてるセシリア。やっぱお茶目さんだ、この子。

 そんでもってリィンもエマもフィーも、ISの整備はまだ苦手だ。こっちの機械に慣れきってないのと、プログラム言語を覚え切れてないから。

 ていっても、整備ではエマがソフト系に関してはもう少しで僕レベルってとこまで追いついてきてる。天然才女の性能の高さはこっちでも変わらない。逆にIS戦への順応の高さはフィーが一番。別々の分野って言っても、どちらももう追いつかれてる僕の二年ってなんだったんだろうかと、ちょっと悔しい。ま、どうせオイラは凡人だしぃ。

 

 なんてダラダラとお喋りしながらやって来ました整備棟。

 テレサは用事があるって事で整備棟手前で別れて校舎の方に向かっていった。

「よっし、整備室空いてるな。さて、と。何から手を付けるかな」

「ではステラさん。申し訳ないですが、私達の凍牙をお願いしてもよろしいですか?」

 第一整備室に入って誰も居ないことを確認。やるのはエマとフィーの凍牙の調整と、透徹の解体整備。さてさて。

「それじゃ、二人とも機体を整備台に乗せて固定して。凍牙本体と、あとサブシステム系も一緒に見ておくから。それとエマ、ごめん。これバラしておいて」

「わかりました。フィーちゃんもお願いします。凍牙をお任せする代わりに、この子(透徹)のお掃除をしてあげましょう」

「ん、そだね。まかせて」

 まずはフィーとエマの機体を展開させて、ハンガーに掛けさせる。調整自体は僕と優衣でやれば直ぐ終わるでしょ。で、僕の透徹は整備代の上に展開。それをフィーとエマが丁寧に分解していく。それを見て僕と優衣はゾディアックとシルフィードに端末を繋いで調整準備を始める……所で珍しいモノを見つけてしまった。

「それじゃ始め……んぅ? これ、造りかけのIS、かな」

「そうみたい」

「フレームに、脚部の装甲基部を着けてるだけみたいだね」

 ほぼフレームだけのIS。最低限の装甲すら付いてないそれは、骨格的には打鉄に似てる。けど、なんだろ、これ。

 そう思ってフレームを見つめていると、整備室の外から声がかけられた。

「……そこに、誰か居るの?」

 物静かで優しげな声。聞き覚えは無いけど、その声にエマが反応し、整備室の入り口の方へ声をかける。

「あ。簪さん?」

「エマ? それに優衣も。……最初の男性操縦者。それにイギリス代表候補生までいる」

 すると、少し内跳ねした水色のショートカットに眼鏡をかけた紅い目の女の子が一人、整備室に入ってきた。

 三組と四組で合同訓練するからだろうか、優衣とエマとは知り合い、というかこの子、もしかして原作に出てきた更識簪、なのかな。容姿的に優衣から聞いてたのに合致するし。

 そして彼女は、リィンとセシリアを見て少し驚いた風に表情を変える。

「リィン・シュバルツァーだ」

「セシリア・オルコットですわ」

「……更識簪。日本代表候補生で、四組の代表も務めてる。あと、名字は嫌いだから、名前で呼んで」

「わかった。よろしくな、簪。俺の事も名前で、リィンで良いよ」

「わたくしもセシリアでいいですわ。よろしくお願いしますわ、簪さん」

 流れでそれぞれが自己紹介してるけど、この子が更識簪であってるって事は、生徒会長の更識楯無の妹でもあるって事か。更識の名字が嫌って言うのはまあ、何となくわからなくもないかな。多分、昔の俺と似てる感じだ。同じ、ではないけど。

「うん。よろしく、リィン、セシリア」

「ああ。それからこっちはステラとフィー。俺と同じ一組だ」

 それでまあ、側に居た僕とフィーも紹介される訳で、優衣の姉だって事を伝える。名前はまあ、義理ってとこから察してくれるでしょ。

「緒方ステラ・バレスタイン。義理だけど、優衣のお姉ちゃんだよ」

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

 簪の方も特に何か聞いてくるでも無く、普通に名前で呼んでくれた。でも、僕の方を見て少し不思議そうな表情を作った。首を傾げながら困った風に紅い瞳を揺らしてるのがなんかこう、凄くカワイイ。

「ステラとフィー、でいいの?」

「もちろん。簪、これからよろしくね」

「よろしく、簪」

 で、やっぱり聞かれた人種の件について。簪も結構日本人離れした髪と目の色なんだけどなぁ。やっぱ蒼銀色にオドアイだからかなあ。

「髪と眼の色が……。ステラは、日本人? それとも外国人?」

「こんなでも純粋な日本人だよ。名前の方は、一度外国に養子に行ってるから」

「そう」

 とりあえずはレナの時にも使った、これでも日本人です説明。説得力無いのは重々承知なんだけどさ。実際、この身体はエレボニア人だし。

 とりあえず日本で生まれて捨てられて、海外に引き取られて戻ってきた、てことにしてる。大体似たような状況だったからね。行った先が異世界だって事以外は。

 で、一通りお互いの紹介が終わったところで本命のあの機体のこと。状況的にあのISフレームは簪のモノだろう。確か、倉持が代表候補生用の新型IS開発計画を全面凍結したらしいって噂が流れてきたし。多分、その凍結されたって機体がこの子なんだろうと思う。

 ということで聞いてみる。今の日本代表候補生で、恐らく専用機を持つに値するだけ能力を持ち合わせてるだろう簪の機体がこの子がなのかって事を。さすがにここまで原作通りとか、冗談であって欲しい。

「……で、気になってたんだけど、あれって簪の?」

 けど、現実は残酷だ。僕の問いに簪は、瞳を大きく揺らして、小さく頷く。今にも泣きそうな表情になってる。

 やっぱり、この子が噂にあった計画破棄された機体。簪の専用機になるはずだった子だ。

「……うん」

「まさか、お一人で?」

 流石に現状を聞いてある程度察したセシリアも、心配そうな瞳を簪に向けて、それでも問いかけた。

 ここで、一人で造る気なのか、と。

「……うん」

「一人でって、それ無理じゃね?」

 それにも小さく頷いた簪に、流石に無理だと言ってしまった。言ってからまずいと思ったけど、ごめん、言わずには居られなかった。

「そう、かも。わかってるの。でも、お姉ちゃんに負けたくない、から」

「なるほどね」

 けど簪は、さっきまで泣きそうだった目に強い力を込めて言ってくれた。お姉さんに、ロシア国家代表の更識楯無に負けたくない、と。

 そんな簪に、リィンが一つだけと問いかける。多分、ここに居る全員が思ってることだと思うけど。なんで……。

「一つ、いいか」

「なに?」

 一人で造ることに拘ってるのか。どうして、身近な人を頼らないのか。 

「なんで一人きりで造ってるんだ? IS自体、多数の技術者が集まって造るものだろ? それをなぜ、簪は一人で組もうとしてるんだ?」

 すると答えは直ぐに返ってきた。更識楯無が一人で専用機を組んだから、だから、自分も、と

「お姉ちゃんが、自分の機体を一人で組んだから」

 その答えにセシリアは少し思案顔をして、簪の姉のプロフィールを思い出そうとしてるのかな? 彼女は有名ではあるけど、そういう有名人に限って馴染みが無いと出てきにくいよね、と思って助け船を出す。というか答えまんまだけど。

「簪さんのお姉さんは確か、ロシア代表でしたわね。えっと、確か……」

「更識楯無とミステリアス・レイディ」

「ああ、そうでした。しかし、更識楯無さんは本当にミテリアス・レイディをお一人で組み上げたのですか?」

 でもセシリアが言うように疑問がある。更識楯無の専用機ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)は、ロシアが開発したグストーイ・トゥマン・モスクヴェ(モスクワの深い霧)のデータを元に造ったモノだと言われている。ロシア代表になった際に、彼女はモスクワの深い霧の機体データを元にして、思うままの仕様で建造したとは思うけど、それでも……。

「いや、流石にたった一人で組んではいないと思うけど」

 フルスクラッチに近い機体であっても、いや、だからこそ、たった一人でというのは些か強引だ。多分、彼女が一人でやったのは基礎設計の改変と組み上げに、一部のプログラミング位だろうと思ってる。

「……うん。それも、わかってる。見てたから。お姉ちゃんは一人で機体を組んだけど、ちゃんと技術系の人も居たから」

 すると簪自身もそれを認めた。多分、ロシア国内で製造したフレームや部材を日本に運んで組み上げて、様々な設定と試験運用をしたんだろう。それでも一人で造り上げたいって気持ちはどこから来るのか。悲しみに揺れる瞳でフレームだけのISを見る簪が、小さく、本当に小さく、呟くように教えてくれた。

「この子の名前は打鉄弐式(うちがねにしき)。倉持技研で開発されてた第三世代機で、わたしの専用機になる筈だった子。……でも、棄てられたの。リィンと織斑千夏がISを動かしたから。織斑の専用機とその研究のためにって、資材も、機材も、人員も。全部そっちにもっていかれたの」

「なんだよ、それ……」

 打鉄弐式。現行量産型第二世代IS打鉄をベースに、第三世代兵装である多連装独立稼働型ミサイル誘導システム(マルチロックオン・ミサイルシステム)を搭載した打鉄直系の後継機、だったはず。

 だけど、リィンと千夏という男性操縦者が現れ、そして既に月岡重工に所属してたリィンと違って、所属がフリーの千夏をいち早く確保したい日本政府が倉持技研に話を持ちかけて打鉄弐式の計画を凍結。そこで"意図的に"余った資材と人材などのリソースを全て、白式へと移行したって所か。

「政府も倉持も、織斑を最優先にして、何もかも中途半端のままこの子とわたしを棄てたの。今ここにあるのは、この子のコアと組み上がってたフレームに、少しの装甲材だけ」

 白式がどんな経緯で建造されたかはわからない。でも、一つ分かることは、あの愚兄がISなんて動かしたが故に、なんの罪も咎も無い簪がこうして泣いてるって事。本気で、許せない。

「……俺、今から織斑潰してくるわ。ディオーネで頭を潰れたトマト的にしてくればそれで良いよな」

「それじゃあ僕は倉持に殴り込んでくる。持ってる銃火器全部使って建物半壊にしとけばいいでしょ」

 大凡優衣から聞いた原作通りに進んでるこの世界。ここもそう。だからこそ、思わず左腰のホルスターに入れてるディオーネを手にとって、セーフティに指をかける。隣では優衣が今にも黒鋼を展開して飛び出していきそうになってる。止めないし、僕も止まりたくない。

 けど僕と優衣、二人纏めてリィンに抱きしめられて止められた。止められて、耳元で囁くように諭された。……もう、なんで止めるんだよ。そんな風に優しく諭されたら何も出来なくなっちゃうじゃんか、ばかぁ……。

「こらこら、ちょっと待てステラ、優衣。気持ちはわかるけど、今は少し落ち着け」

 確かに落ち着いてないよ。リィンの言葉でもう身動き取れなくなったけど、それでも凄く怒ってる、キレてるって自覚ある。だってさ。

「……だって、あのバカ千夏のせいで。千夏が原因なのに、アイツはだらだらグダグダとやってて、でも簪はこんなにも苦しんでるんだよ。そんなの許せない!」

「倉持だってそうだよ。作ってる物を途中で放り出すなんて最低! 父さん達が一番大事にしてる事の正反対。責任も信頼も放り投げてるのに大きな顔してる。許せないよ!」

 本当に許せないんだ。千夏のヤツ、自分に専用機を与えられてる意味をちゃんと理解してないんだよ。自衛のためでもあるけど、調査のためってのが大きいって、全然気付いてない。暮桜に似た機体に、雪片弐型と零落白夜。ほぼ暮桜の後継機って言っていい白式を与えられて、それで自分は千冬姉と同じで、特別だって思ってるんだよ。そんなの許せない。あれは千冬姉の思いとかじゃない。だいたい可笑しいと思ってたんだ。発覚してからたった二ヶ月と少しで専用機が出来上がるなんて、元々あった何かを使う意外にあり得ない。雪片弐型に関しては姉さんに聞いて確かめたら、昔、雪片を元にして展開装甲の検証用に造った試作武器をそのまま倉持に置いてきたって教えてくれた。多分、倉持はその試作武器(雪片弐型)を急遽、その白式とやらに搭載したんだろうね、とも。けど、まさか白式本体には建造中の機体(打鉄弐式)を流用してたなんて、ホントに信じられない!

「しかし、織斑は本当に他の方に迷惑をかけるのがお好きなようですわね」

「うん。本当に迷惑。あれ、なにさまなの、一体」

「そうだな」

 僕達ほどじゃないけど、セシリアとフィーも何かしら思うところはあるみたいで、やや憤慨気味。あのセシリアが呼び捨てになる位には怒ってるみたいだ。

 けど、最年長二人組は冷静で、抱きしめられたまま耳元で囁かれたリィンの言葉に、少し照れた。照れて、頭が冷えて、そしてアイツのことを恥じた。身内がバカで、ごめん。

「……それにしてもステラと優衣。血は繋がってなくても姉妹だよな。そういうところ、そっくりだよ。逆に、血は繋がってるはずなのにあれがな」

「そうですね。不思議です。家族って、血の繋がりだけじゃないんですね」

 エマも同様で、血の繋がりの有無だけじゃないって、不思議そうにしてた。

 まあ、リィンも実際、血の繋がらない家族(シュバルツァー一家)と仲良しだし、僕とフィーだって全くの他人だけど、サラお母さんの娘で、姉妹みたいな感じ。それに今の緒方家。優衣と優亜に束姉と蒼弥兄。そしてクロエとレイアに、樹お父さんと涼夏お母さんとの関係も。本当の家族だって感じてる。

「血?」

 だけど一人その事を分からない簪は不思議そうな顔をしてリィンとエマを見ていた。まあ、初対面で内情知らなければそんなモノだよね。

 それをリィンは独り言で片付け、エマは思い付いたように、簪に手伝いを申し出す。

「悪い、俺達の独り言だよ、なあ、エマ?」

「ええ。それで簪さん。その機体を組むの、私達が手伝っていいでしょうか? というか、手伝わせてほしいのですが。詳しい事情は分かりませんし、今は聞きません。ですが、手伝うことだけは、許してくれませんか?」

 そんなエマに乗って、優衣が一際明るい声で開発部を巻き込もうとか言い出す。因みにフィーが端末(マルチモバイル)片手にどこかに通信してる。姉さんかお父さんにでも電話してるんだろうか……。

「ていうかウチ巻き込んじゃおうよ! その子もコアも、今は簪が所有権持ってるんでしょ。だったらウチに手伝って貰お!」

 でもそのこと自体には僕も賛成。ミステリアス・レイディの建造には多分、というか確実に原型機設計元のスホイ社が噛んでると思う。だったらこっちも企業を巻き込んで、自分で組み立てればいいんじゃん!

「それがいいね。僕は賛成だよ」

「今、開発室長と設計室長に話しを通した。簪が良ければ、いいって。所属と機体の名前は変わるけど、それでもよければ、だって」

 そうして賛成票を出したところで、フィーが確認取れたことを教えてくれる。懐深すぎでしょ、ウチの会社(月岡重工)。でも、わりと妥当な判断だと思う。ウチはコア一個と代表候補生を所属することが出来て、簪は機体を自分の手で造り上げられる。大団円までは行かないと思うけど、割と最適解だと思う。

「……えっと、どういうこと?」

 まあ、当の本人()が状況に付いてこられなくなってちょっと混乱気味だけど、簡単に説明しちゃいましょう。

「僕達、セシリア以外は全員、月岡重工所属なのは知ってるでしょ? で、月岡重工IS開発部がその子(簪の専用機)の組み上げを全面バックアップしてくれるって事。簪がいいって言えば、だけど。どうする?」

 月岡重工で造るんじゃない。あくまでも、月岡重工は簪が造るのを手助けするだけ。これは、簪にとって大分いい条件だと思うんだ。実際、簪は判断に少し迷ってる。こっちの提案に揺れてる感じだ。

「……あの、本当にいいの? ここで、わたしが組んでもいいの?」

 そして出てきたのは、ここで組んでいいかどうかと言う問い。それにはもちろんと答える。月岡重工はあくまでバックアップだけ。まあ、所属は月岡重工所属になるし、機体名だって打鉄弐式って銘は使えなくなる。でも、簪にとってのデメリットなんて、機体名が変わるくらいだと思うんだよね。

「もちろん。必要な資材や機材も回してくれるって。機体と簪の所属が月岡重工になって、機体の名前も打鉄弐式から変わっちゃうけど、それでもいいなら。代表候補生の方は、そのままで居られるから安心して。必要な手続きや交渉も会社の方でやってくれると思うし」

「ついでに言うと、機体本体や兵装の設計チェックとか改良も、超一流の人と相談しながら出来るようになるよ」

 そんな僕達の説明に、揺れてた針が傾いた。簪は僕達の提案に乗ってくれた。まさか本音を呼んでいいかって聞かれるとは思わなかったけど。

「あ、あの、ちょっとだけ待って。本音を呼んでもいい? 一組にいる、布仏本音」

「いいよ」

 でもって少し待って本音が到着。珍しく息を切らす位に急いで来たらしい。

「はふ……えぅ、えと、かん、ちゃん? 来たよ? あ、すーちゃん達も、いたんだぁ」

「本音聞いて。あのね、弐式を組むのに、優衣達と、月岡重工がバックアップしてくれるって。それに、所属しても良いんだって」

 そして本音が整備室に入ってくると同時に、簪は彼女の肩に手を置いて現状を説明。

「ほんとに! やったね、かんちゃん!」

 本音はそれだけで大凡を把握したのか、簪の手を取って、自分のことのように喜びの声を上げた。

 そうやって喜んでる二人に、水を差すような感じで気は引けるけど優衣と僕でちょっとだけ提案。

「とりあえずさ、簪と本音に僕達だけじゃ無くて、詳しい先輩とかに頼んで手伝って貰わない?」

「簪のお姉ちゃんも、最初から最後まで一人だけで組んだわけじゃない。更識先輩が中心になって作った。だからこの子も、簪が中心になって組み立てるのが重要。そういう事だと思うよ」

 更識楯無も多分、本音みたいなお付きの人や技術系、整備系の人達と組んでるはずなんだ。

 問題は、あくまで誰が中心になったかってことと、企業じゃなくて個人で組み上げること。

「……うん」

 そこは流石に理解してるのか、簪も素直に頷いてくれた。さっきより緊張が取れてる、自然な笑顔で。

「それじゃ、クラス対抗戦までにこの子を動けるようにして、目指せ打倒織斑!」

「いいですわね。わたくしも応援致しますわ。打倒、織斑!」

「打倒おりむーなのだー!」

「おー!」

 てわけで、期間は短いけど目標はクラス対抗戦に専用機でエントリーすることだね。黒翼や兵装類の予備パーツを使ってこの子用のパーツを組んで貰えば時間は短くて済むし、姉さんとお父さんを筆頭にした開発部員(変態技術者)達ならあっと言う間にパーツを組んでくれるはずだと信じてる。

「……おー。て、いいの? 一組の代表でしょ、織斑って」

 とここで、僕達の方を見て疑問を挟んできた。けどさ。

「私と優衣さんは三組ですから、レナさんの応援でしょうか。でも、簪さんの事も応援しますよ」

「僕は別に織斑とかどうでもいいし。あんな奴の事より、簪の方がずっとずっと大切で、最優先だよ」

「そうですわね。織斑の事など二の次三の次で構いませんわ」

「……あ、ありがとう、エマ、ステラ、セシリア」

 レナが代表の三組所属な優衣とエマはちょっと違うけど、僕やセシリアにとっては千夏とかどうでもいいんだ。今ここに居る、更識簪っていう新しく友達になった女の子の方がずっと大切。そう伝えれば、顔を赤くして、でもちゃんと僕達をみてお礼を言ってくれた。それだけで僕達も嬉しい。

 

 こうして、カナダ代表候補生のレナに続いて、日本代表候補生の簪とも友達になれた。

 で、いろいろ話してて少し遅くなったけど整備の方もなんとか終わらせて、みんなの機体は非常に良好な状態になった。

 後は簪の専用機が完成するのが楽しみ。どんな機体になるんだろう。




これで二人目のオリキャラが漸く登場。
ぶっちゃければクラス対抗戦で千夏以外の代表全員を代表候補生にしたいが為に設定したキャラですが、イレーナの実力は、現時点ではセシリア以上です。千夏に勝ち目は全くありません(^^

また整備について。原作では余り描写がありませんが、ISってぶっちゃければ現代の戦車や戦闘機以上の精密機器なはずなんですよね。自己修復機能が搭載されてますが、それでも整備や調整って必要だと思うんですよ。なのに整備してる様子は殆ど描写されてませんので、ここで簪とのフラグ立てと専用機(今作では打鉄弐式ではありません)の早期登場のためにも、訓練後の機体整備という形で整備室を利用する、という形でレナと簪の二人との出会いを詰め込みました。

それから簪の容姿ですが、ロングではなくショートカットなのは旧版準拠です。単に作者の趣味ってだけですが。


イレーナ・シャンティ
カナダ代表候補生
カナダ東部モントリオール出身で母語はフランス語。
淡い金色の髪に水色の瞳の優しげな印象の少女。
ISの練度と実力は一夏以上にあり、セシリア同様に実戦経験が足りていない状態。
専用機はイギリス製第二世代機メイルシュトロームをベースとした改造機のため、学園での訓練にはメイルシュトロームを借りて行っている。

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