今回行われる事になったクラス代表決定戦にエントリーされてるのは、リィン・シュバルツァーを始め全五名。しかしアリーナは一つしか使えないため、リィンと織斑千夏、セシリア・オルコットは個人で一ピットを占有。翻って緒方一夏とフィー・クラウゼルの二名が一ピットを共用する形で待機することになった。
試合はまず、第一試合として織斑千夏とセシリア・オルコットの試合が組まれ、続けてリィンと一夏の試合と続く全十戦、2日間分の放課後を丸々かける総当たり戦を行い、最も勝率が高い者を代表とする、と言うことなった。そのため、試合形式は一試合辺りを十五分程で終了させるために、被弾SE量を基準とするポイントマッチとなった。
そしてここ、リィンが待機するCピットに、管制室の織斑千冬からリィン宛ての通信が入ってくる。
《Cピット、シュバルツァー。出撃準備は出来ているか?》
「はい。出来ていますが」
浮き上がるフロートウィンドウを通して伝えられた内容は、単純に準備は整っているかと言うこと。これに対してリィンは問題ないと答える。
それを聞いた千冬はCピット内を見回して再度リィンに声をかけようとしたところで、リィン以外の人影が目に入り、それに対して注意を促した。
公式のIS戦において、関係者と許可をもらっている者以外がピットに入ることは禁じられている。しかしリィンのピットにはリィン以外に四人も、しかも内二人は他クラスの人間が居たため、千冬はそれを注意することとした。
《シュバルツ……。なあ。なぜ布仏や鷹月に、三組の緒方とミルスティンが居るのだ? 関係者以外立ち入り禁止だぞ》
リィンの側には本音と静寐、エマがおり、優衣はハンガーに掛けられたヴァールにコードを繋いで機体の微調整をしていた。
もちろん全員、山田麻耶から立ち入り許可を受けた上で、優衣はエンジニアとして、他三人は見学者としてピット内に入っている。
「本音と静寐はクラスメートとして。エマと優衣は俺と同じ企業の所属で、機体も世代差はありますが同系統の設計機です。それに全員、山田先生に届けを出して許可を受けてますよ」
その事を千冬に告げれば、画面外へ顔を向けて何かを確認したあと、やや苦々しい表情を作りつつ、リィンの言葉に嘘が無い事を確認する。そして織斑千夏の専用機の到着の遅れと、それに伴う対戦順の変更を告げる。
《む……。そのようだな。まあいい。織斑の専用機がたった今到着して調整を始めたばかりのため、対戦順を変更してお前とオルコットの対戦を先に行って欲しい。以後の対戦順も組み直している》
その千冬の言葉を、戦場において万全な状態で始める戦いなどあり得ないと考えるリィンは拒否したかったが、この一連の試合はあくまでもフェア……に近い対抗戦。自身の機体も調整自体は終わって、再々の確認をしていただけの状態だったため、リィンは僅かな間を取りつつ千冬の提案に是を示し、端末を外したヴァールに身を預ける。
「……わかりました。それじゃ行くぞ、ヴァール」
機体に身を預けて数瞬、僅かな時間で完全起動したヴァールを纏うリィンがカタパルトに足を乗せれば、優衣達四人からの声援がかかる。
「負けるなー、リィン!」
「……がんばってね、リィンさん」
「うん、がんばってりーん!」
「無理はしないで。でも、勝って下さいね、リィンさん」
それに片手を上げ、自分の試合をしっかりと見ていてほしいと告げたリィンは、管制室から渡されたカタパルトの射出権を行使して、アリーナへと飛び立っていく。
「ああ。勿論勝ってくるさ。だから見ててくれ優衣、静寐、本音、エマ」
ピットを飛び出してアリーナの中央付近、指定された位置と高度へと移動したリィンは、機体の慣性移動を静止させて、先に着いていたセシリアと向かい合う。すると途端にセシリアが口を開き、前口上という名の皮肉を述べ始める。
「レディを待たせたことについてはまあ、急な変更があったと言うことなので問わないことにいたしますわ。それで、対戦順が変更になったという事ですが、よく逃げずにいらっしゃいました。ラファール・リヴァイブ系のISで、実質的な公開情報は少ない。ですがまあ、所詮は第二世代型の改良機でしかありません。そこでシュバルツァーさん。あなた、今ここでその頭を下げて、先日の侮辱の言葉を取り下げて謝罪するのでしたら、今までの事を全て水に流して差し上げますわよ」
そのような彼女の口上には、流石のリィンも苛つきを覚えたようで、口の端が僅かに引き攣り、思考する言葉も普段より悪くなってしまう。
「……なあ、オルコットさん。社会的な身分は兎も角、今は同じ生徒の立場に居るはずだ。なのに、いつからお前の方が俺よりも上、という事になった?」
「まあ! なんて下品な言葉遣いを……。いいですわ。その様な態度をなさるなら、わたくしのブルー・ティアーズが奏でる舞曲(ワルツ)で踊らせて差し上げますわ!」
それでも乱暴な言葉遣いにはならないようにとしたリィンの言葉にも下品だと言い切るセシリアは、自らのISの固有機体名と同じ名称の独立浮遊機動兵装、ブルー・ティアーズを機体から切り離して自身の周囲を旋回させ、大型レーザーライフルのスターライトMk-3を構えて攻撃準備を始める。
「そうか。なら、覚悟するといい。ヴァールの担い手として、
同じくリィンもまた、既に量子展開して左腰装甲部に佩かれた、自身の愛刀《緋皇》を模して打たれ、同じ銘を名付けられたIS用実体刀《緋皇》の柄に手を添える。
《試合開始》
そして試合開始のアナウンスが鳴り響くと同時に、セシリアはスターライトをリィンの頭部へ、ブルー・ティアーズ四基をそれぞれ別々に四肢へ向けてロックオンし、即座に射撃する。放たれた五条のレーザーは文字通り光速でリィンで迫るが、視線とビット、銃口の向きで射線を予測済みのリィンは半身をずらして四肢へ向けられたそれを全て避けながら、神速で抜刀した緋皇を切り上げて頭部に向けられたスターライトからの射線を切り払う。
「くっ……。初見でわたくしの射撃から逃げ切るなんて。……というかレーザーを切るだなんて、あなた一体何者ですの!?」
「さて、何者だろうな。それよりオルコットも、大見得を切った割には大した事が無いんだな」
その事実に唖然とし、レーザーを切り払うような人間の存在に驚きと疑問の声を上げるセシリアに対し、リィンは静かに、しかし皮肉を込めて挑発する。
「い、言いましたわね……。いいですわ。狩りの時間ですわよ、行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
開始直後に起きた自身の理解を超える事態にやや思考が乱れているセシリアはそんな簡単なリィンの挑発に乗り、ブルー・ティアーズを散会させて包囲射撃の構えを取る。
「ちぃっ! やはり光学兵装の攻撃は見切りが難しいな」
「さあシュバルツァーさん。蒼き雫の舞、逃げ切れるものなら、逃げてみなさい!」
自身を中心として飛び回るブルー・ティアーズによる絶え間ない包囲射撃と、その間を縫うように放たれるスターライトによる狙撃に、リィンは避けることに専念する。そんなリィンに対して攻撃の手を緩めぬまま、先のお返しとばかりにセシリアが挑発の言葉を投げかける。
「それじゃお言葉に甘えて、まずは一度距離をとらせてもらうとしよう」
しかしリィンはその挑発に乗ること無く、ブルー・ティアーズからの射撃を避けた勢いのままに一度地上に向けて降下し、アリーナの内壁部に沿ってセシリアの正面から抜け出す。
「……ふぇ? で、ですが、逃げるだけではブルー・ティアーズの檻からは逃げられませんわ!」
そんなリィンの突飛な逃走劇に一瞬思考が空白になるセシリアだが、直ぐに我に返って、内壁に沿って旋回飛行を続けるリィンをブルー・ティアーズで追尾し、自身は上空から射撃を加える。しかし……。
「当然わかってるさ。独立浮遊型兵装の弱点は諸般、把握済みだからな!」
「なんですって! きゃぁあっ!」
リィン自身、ブルー・ティアーズとは別種の独立浮遊型兵装である凍牙を開発している企業に所属する身であるため、ブルー・ティアーズに凍牙と似た特性を見いだし、即座に反転。自身を追尾してくる四基のブルー・ティアーズの中に逆に飛び込んで行き、すれ違いざまにその内の一基を捕まえると、上空に居るセシリアに向けて飛び上がり、鈍器の様にセシリアを殴りつける。
「くくっ……。自分の武装で殴りつけられるっていうのは、なかなかない体験だろう?」
装甲部位とは言え、真正面から勢いよく殴られた事で完全に動きが止まってしまったセシリアに対して、またも皮肉気な口調で挑発をかけるリィン。
「こ、この、よくも……。ブルー・ティアーズ!
「はいそうですかと、君の踊りに付き合うつもりはない!」
対して自分の分身とも言えるビットに殴られたことで完全に激昂したセシリアは、再度ブルー・ティアーズによる包囲射撃体勢を作り、猛烈な射撃を再開する。しかしリィンにとって二度目となる包囲射撃の網は、ブルー・ティアーズとセシリア自身の行動パターンのおおよその把握もあり、細かな機動を繰り返して危なげなく抜け出し、セシリアの正面へと躍り出る。
「ふふっ。かかりましたわね。ブルー・ティアーズは四機だけではなくってよ!」
そのように包囲を抜け出してきたリィンに対し、しかしセシリアも抜けられることを想定した上で、五基目と六基目である弾頭型ブルー・ティアーズを機体から切り離し、リィンに向けて射出する。
「……見え見えだな」
しかしブルー・ティアーズ本体の形状から大凡の装備を測っていたリィンにとって、弾頭タイプのビットが飛んでくる程度は予想の範囲でしかなく、二基の弾頭型はすれ違いざまに緋皇によって切り裂かれ、リィンの後方で爆発して消える。
「くっ! な、なかなかやりますわね」
切り札とも言える弾頭型ブルー・ティアーズの存在を読まれていた上に、完璧に対応されてしまったセシリアはもう、リィンの戦闘能力に対して唸るしかなく、四基のブルー・ティアーズを自身の周囲に戻しつつ、完全に悔し紛れの台詞を言うのであった。
「それなりの実戦経験があるからな。君も、もっと戦いを経験すれば今よりも更に伸びる。この対戦が終わったら俺達と一緒に訓練をしないか? きっと、良い経験になるぞ」
そんな動きを止めたセシリアに対して、自分は戦うことに対する経験が多だけと返すリィン。そしてセシリア自身の実力がこんな程度では止まらないとも彼女に告げ、自分達と一緒に訓練を、ひいては実戦に近い戦いを重ねようと提案する。
「……そう、ですわね。こうして戦ってみて、漸く実感出来ました、あなたや緒方さん、クラウゼルさんから感じる空気は、確かに一般の方のそれとは全く違う。ですが、実戦……。つまりは、あなた方は軍人か、それに近しい立場に居た、と言う事なのですね」
「まあ、そうだな。その解釈で間違ってはいないな」
セシリア自身、ここに至って自分とリィンの間にある経験の差を実感し、そして一夏とフィーもまた、リィンと同種の経験を積んできているのだと悟る。また彼ら三人はただの企業専属操縦者などではなく、実際に戦場に身を置いた事がある者達なのだと理解し、その事をリィン自身も肯定する。
「そうですか。ふふ。わたくし、人を見る目はそれなりだと自負していましたが、まだまだ、でしたのね」
両親が他界して以来、幼くして魑魅魍魎蔓延る政治と経済の世界に身を投じたセシリアは、自身が人を見る目を養えていると思っていた。事実、周囲に居る同じ十五歳の少女達の殆どとは比べ物にならない程の観察眼を彼女は身に付けている。しかし内戦という本物の戦場を駆け抜け、帝国の要とも言われる鉄血宰相や、彼の教え子たる英傑達、そして結社の蛇達が張り巡らせた策略に絡め取られ、揉まれた経験があり、更に軍属として国境紛争の最前線の裏側で動いていた時期もあるリィンにはまだ及んでいなかった。ただそれだけのことである。
「それも経験がなせることだろ? 俺はまだ、ISについては知識も技術も経験も浅い。ただ、今までの経験と感で戦えているだけだ。だが逃げるつもりはない。覚悟しろよ、オルコット!」
それでも、リィンは自身が経験してきたことを思い返して返答しつつ、ISという兵器を扱うことに関してはセシリアに劣っていると認める。だがそれは逃げを認める理由にはならないと、改めて緋皇を構え直し、セシリアに向けて加速する。
「ひぃっ! いぃ、インタァ、セプタ……」
「もう遅いっ!」
尋常ではない気迫を纏い、実体刀を構えて迫り来るリィンに対して、セシリアは自分の死を幻視してしまい生気を失いかける程に怯えながらも、それでも意識を強く持ち、自身が持つ唯一の近接武器であるショートブレード、インターセプターを量子展開しようとするも間に合わず、リィンの緋皇により一刀のもとに斬り伏せられてしまう。
《ブルー・ティアーズ、シールドエネルギー、エンプティ。勝者、リィン・シュバルツァー》
同時に試合の決着を告げるアナウンスが鳴り響き、フロートディスプレイでの結果表示も行われた。
セシリアは墜落自体は免れたものの、緋皇の一太刀によりブルー・ティアーズはシールドエネルギーを完全に削り取られ、勝敗は決する。試合時間は十二分を超えた所であった。
「大丈夫か?」
「……は、はぃ。そ、その……、ここ、恐かった、ですわ。あれ、は、殺気、というもの、でしょうか」
しかし試合は終了したが、酷く怯えた様子で身動ぎもせずにただ浮遊するセシリアに対し、それまでとは一転してリィンは優しく声をかける。すると我に返った様にリィンに視線を合わせたセシリアは、恐怖からどもりながらも、最後にリィンが纏っていた気配が、戦う者が発するという殺気なのかと問いかける。
「そんなに強く出してはいないけどな」
「……やはり、わたくしはまだまだ、ですわね」
その問いに対して、ほんの僅かだが、殺気を出していたというリィンに、酷く安堵した表情を作ったセシリアが、自分は全くの未熟者なのだと悟り、その事をリィンに告げる。
「これから経験を積んでいけば良い。俺達で良ければ、手伝うよ」
「ええ、ぜひ、お願い致しますわ。ですがその前に……」
そんなセシリアに対してリィンは、経験を積んでいけば同じとは言わずとも、近付くことは出来ると返し、その手助けも出来ると答える。そしてセシリアもリィンの提案を受け入れ、しかし表情を改めてリィンと視線を合わせる。
「先日の。そして先程の無礼、謝罪致します」
「謝罪を受け入れよう、オルコット。ステラ達にも謝っておけよ」
「はい。緒方さんとクラウゼルさんとの試合の前に、必ず。クラスの皆さんにも、ですわね。それから、その、リィンさんと、お呼びしてもよろしいですか? それとその、あの、わ、わたくしの事はセ、セシリアと、呼んでいただけますか?」
そして頭を下げながら初日の、そして試合開始前にリィンに対して取った無礼を謝罪する。それを受けてリィンは謝罪を受け入れると共に、一夏達にも謝るようにと告げれば、当然謝罪すると言い、その後、彼女は頬を少し赤らめ、やや言いよどみながらリィンを名前で呼んでいいかと問いかけ、また同時に自分のことも名前で呼んでほしいと告げる。
「もちろんだよ、セシリア。これからよろしくな」
「はい! ありがとうございます、リィンさん」
リィンはそれに快諾し、そして友好の証しとして握手を求める。セシリアはそのリィンの手を取り笑顔で返事をした後、浮かれた様子で自身の待機場所であるAピットへと戻っていったのだった。
流石に五人総当たり十戦もの試合とか狂気の沙汰でしかありませんがまあ、創作と言うことでお許しください。
なお、実際に十戦全部を書いたりはしません。一応勝者と敗者、試合推移と結果自体は設定してありますが……。その描写も作中ではしない予定です。蛇足にしかならないので。
次回は一夏と千夏、因縁の兄妹対決になります。