インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

1 / 42
変わりと換わりと始まりの終わり
プロローグ


 あの日、あの時、俺は自分の身に何が起こったのか、全く理解出来なかった。

 

 姉に無理矢理連れて行かれたモンドグロッソ第二回大会。その決勝戦が行われる日。会場に向かう途中の道で俺は誘拐された。

 気が付いた時目に映ったのは、がらんとした倉庫の様な場所。見上げれば、自分が縛り付けられてる鉄の柱。そして巨大な液晶テレビの前でなにか会話をする男達。

 その大きな液晶テレビに映ってたのは、暮桜(くれざくら)だと教えられた、専用のインフィニット・ストラトスを身に付けた千冬姉と、その対戦相手。

 男達はその放送を見て、何かを叫んでる。どう聞いても日本語じゃないからわからなかったけど、多分こんな感じなんだと思う。 "なんで織斑千冬が試合に出てるんだ"、って。

 それは雰囲気だけで大体わかった。いくら頭が良くないって言われてる俺でもわかる。俺は人質なんだって事が。千冬姉がモンドグロッソに、決勝戦の試合に出られないようにするための。でも試合は始まって、千冬姉とその対戦相手が物凄い速さで空を飛び回りはじめる。

 出来る事も無いからボケッとその様子を見てると、一人の男が近付いて来て、俺に日本語で話しかけてきた。

「よお、坊主。お前さ、姉ちゃんに見捨てられちまったな。まあなんだ。俺達にゃお前さんへの恨みなんてないんだが、織斑千冬が決勝戦に出ちまった以上、お前さんにゃ死んで貰う。それが契約だからな」

「……」

 多分ガムテープか何かを貼られた口では何も言えないし、それがなくても考える事だって出来なかった。当たり前だ。まだ小学六年になったばかりの俺が、そんな裏社会の当たり前を説かれたって理解できるわけが無い。

 わかるのはただ単に、自分が何か悪い事をしたわけでも無いのに、これから他人の都合で殺されるって事。ただ、俺が千冬姉の弟だからってだけで。

 もちろん死にたくなんてない。けど、手と身体を柱に縛り付けられて、脚も頑丈に縛られてた俺が逃げる事なんて出来ない。ただ、泣いていたんだと思う。死にたくない、死にたくないって。

「悪ぃな坊主。お前さんにゃ罪なんてねえ。織斑千冬の弟なんかじゃ無きゃ、こんな風に死ぬ事も無かったはずだ。けど現実はこれだ。俺達だって死にたくないしな。悪いがこれ……」

 そんな風に俺に言ってきたけど、目を瞑ってた俺には、頭に何か硬いモノ……今ならあれが拳銃の銃口だったとわかる……が押し付けられてることしかわからなかった。

 けど、いきなり男の声が聞こえなくなって、硬い感触もなくなる。そしてタンタンという何かが地面を蹴る軽い音に合わせて聞こえる、何かが砕けたりひしゃげる音と、男達の悲鳴。それが聞こえなくなった時、口を塞いでいたテープが剥がされる痛みに、怖くて強く瞑っていた目を開けると、俺の顔を覗き込んでくる、安心しきった表情の束さんの顔だけが見えた。

 そのまま束さんと見つめ合ってると、束さんは涙を流し始めた。涙を流しながら、俺を拘束してたロープや鎖を全部切って、そのまま抱き締められて、謝られた。

「助けるのが遅くなってごめんね。こんな事に巻き込んじゃってごめんね。いっくんにばっかり、嫌な思いをさせちゃってごめんね」

 俺を抱きしめて、俺の肩に顔を埋めたまま、ネジが壊れた人形みたいにただずっと、自分が悪いと謝り続ける束さんに、助けてくれてありがとうと言って抱き返してあげると、一度だけ頷いて、また抱き締めてくれた。

 

 その後、俺は束さんの移動ラボで一緒に暮らす事になった。

 あの日俺が誘拐された事は、日本政府が握り潰していて、千冬姉は表彰式が終わるまで知らなかったらしい。でも、なぜかドイツ軍が俺が捕まってた工場跡を見付け、決勝戦が終わって直ぐに、日本政府よりも先に千冬姉に場所を伝え、その見返りとして一年間のドイツ軍IS部隊での教官指導を要求したって聞いた。当然その時、ドイツ軍の部隊と一緒に工場跡に向かった千冬姉が俺を見つけることはなかったけど、捕縛された誘拐犯達の供述や調査でいろいろな痕跡が見つかったから、交渉条件は変わらなかったとか。

 その事を知った束さんは、ドイツ軍のマッチポンプだろうねって言ってた。当時の俺ですらそう思った。けど、知らぬフリをした日本だって同罪。それに千冬姉は周りの思惑に振り回されただけで悪くはないけど、やっぱり助けに来てくれなかったのは、少し嫌だった。

 ただでも双子の兄の千夏の方が優先されて、俺はいつも割を食う側。今日だって誘拐されて死にかけたのに、千冬姉も政府も知らぬ振り。その事が凄く嫌だったから、家には帰らないで束さんと暮らす事にしたんだ。

 まあ、今でも後悔していることが一つだけあるのは、せっかく親友って言える位に仲が良くなった隣のクラスの凰鈴音に、無事で居ることと、お別れの挨拶を伝えられなかったことかな。

 

 そうして束さんのラボで暮らし始めて半年位経った頃、束さんが量子技術を使った新しい機械を作って、その実験を手伝う事になった。

 詳しくはわからなかったけど、平行世界を探すための機械らしい事はわかった。わかったんだけど、動かした途端に機械が制御不能になって、実験室が白い靄に包まれた。

 機械の側で隣同士に立ってた俺と束さんは、流石にヤバイと思ってお互いを抱き締めながら床に座り込んだ、筈だった……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。