「すまねえ、オレのせいでこんなことに……。記憶が急に戻って錯乱しちまったんだ」
「いえ、いいんどす。もう過ぎ去ったことですから……」
村から大分離れた森のなか、体育座りでいじける女とそれを慰める悪魔という奇妙な構図ができていた。
「それにしても呪いが姿を変えるものではなく記憶を変えるものだったなんて……」
村人たちをまいて、ベベから詳しい話を聞いた斑鳩はようやく思い出したのだ。
この呪いの原因は“月の雫”によって発生した排気ガスのようなものが結晶化して空に膜をはってしまったことにある。
月が紫色に見えていたのもこのためだ。
もっと早く思い出していればもっと穏便に済むように気を付けたのに……、と後悔するがもう遅い。
このまま膜を夜叉閃空でもって斬ってしまってもいいのだが、なにも言わずにそんな事をしたら混乱を引き起こしかねない。
カグラたちが戻ってきたら村人をまとめて間を取り持ってもらった上で斬った方が簡単に済むだろう。
「カグラはんたちは大丈夫でしょうか」
待つしかない斑鳩は零帝の元へ向かったカグラたちのことを案じる。
幹部と思われる連中は全員縄で縛って捕まえてあるので戦力はもうほとんどのこっていないとは思うし、あのメンバーなら大丈夫だろうとの信頼もある。
しかし、おそらくそこに加わっているだろうエルザは少し心配だった。
手加減なんてしている余裕はなかったので大分痛め付けてしまった。
動く分には問題ないかもしれないが戦いとなると別であろう。
一見、あの戦いは斑鳩が一方的に勝っていたように見えるがそうではない。
エルザの多彩な攻撃を刀一本でもって超スピードでさばいていたのだ。
その運動量はエルザの数倍にものぼる。
加えてあの攻撃力。一撃でもくらえば形成を逆転されかねなかった。
まともに受けることもできずに流し続けるのはさしもの斑鳩にも多大な負担を与えた。
決着がついた時点で斑鳩は身体的にも精神的にも疲労していた。
もっと長く戦闘が続いていれば負けたのは斑鳩かもしれない。
ここまで考え、再び戦いたいという欲求が現れるが振り払う。
今度なにかあったらお詫びにいくらでも力になろう、そのことだけを考えた。
それに、カグラたちの心配をしたところでどうにもならないと思い直すと、
「べべはん、しりとりでもしません?」
「え、しりとりですか?」
「ええ、しりとりどす」
暇潰しに走るのだった。
*
グレイからリオンについての話を聞きながら遺跡へと向かうエルザ、グレイ、ルーシィ、ハッピー、そしてカグラ。
その道中、
「見つけたぞ妖精の尻尾!」
「うわあっ!」
「変なのがいっぱい!」
月のマークの入った覆面にローブ姿のいかにも怪しい男たちが、茂みを掻き分けて現れる。
「行け、ここは私たちに任せろ」
エルザはその前に立ちふさがるとグレイに先に行くように促した。
「エルザ……」
「リオンとの決着をつけてこい」
グレイは一つうなずくと先を急いで駆けて行く。
「すまんがルーシィ、カグラ手伝ってもらいたい」
「もちろん、任せて」
「当然だ」
エルザの声に答えて呼ばれた二人も前に出る。
元々カグラは斑鳩が怪我をさせてしまったエルザをアシストするつもりであったので断ることはない。
ルーシィは仲間だから当然として、エルザの機嫌をとる目的もちょっとあったりする。
「行くぞ!」
エルザの掛け声に会わせて女剣士二人が前へ出る。
「開け! 金牛宮の扉……タウロス!」
遅れてルーシィが金色に輝く鍵をかざすと、筋骨隆々で二足歩行の牛男が現れる。
「MOーーー!」
「あいつらを倒しちゃって!」
「ルーシィさんのおっぱい最高!」
「ルーシィ、空気読みなよ」
「あたしに言わないでよ!」
主であるルーシィの命令を受けて奇妙な掛け声を発しながら怪力でもって敵を凪ぎ払う。
そんなようすを、
「なんだあれは……」
「ルーシィの星霊だろう」
「いや、そうではなく」
「それ以外は私も知らん」
「……そうか」
二人の女剣士が冷ややかに見ていた。
言葉を交わしている間にも動きを止めることはなく、次々と敵を切り裂いていく。
そしてものの数分で敵を全滅させた。
「MOーーー! こっちにもいいおっぱいが!!」
「こいつ、斬ってもよいか?」
「やめといてやれ」
「ごめんなさい……。すぐ帰します」
敵がいなくなって暴走しだしたタウロスをルーシィが早速修得した強制閉門で星霊界へと帰す。
ルーシィ、エルザはいうまでもなくカグラの胸もまたなかなかのものだ。
タウロスを選んだのは間違いだったかもしれないと少しルーシィは反省する。
「さあ、私たちも遺跡へ行こう」
「そうだな」
エルザは気丈に振る舞っているが剣を振るようすに違和感がある。しかし、本人が大丈夫といっている以上カグラには言うことはない。
それに、この程度の敵ならば心配はいらないだろう。念のために重力魔法は使わずに魔力を温存しているのだが。
こうして三人と一匹は遺跡へと向かっていくのであった。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
エルザたちが遺跡へと到着したとたん辺りに大きな声が鳴り響く。
「な、なに!? 今の声! てか本当に声だった!?」
そのあまりの声量を前にルーシィが驚きの声をあげた。
「ルーシィのお腹の音かも!?」
「本気で言ってるとは思えないけどムカツク……」
「例のデリオラとかいう悪魔か?」
ふざけたようすの二人を尻目にエルザが冷静に状況を分析する。
「そんな、まさか復活しちゃった訳!?」
「ならば、相当まずいのではないか」
頬に手を当て驚くルーシィに対してカグラはいくらか冷静に見えるが内心では相当焦っていた。
声を聞いただけでもこの悪魔がどれ程のものかは容易に想像できる。
一度復活してしまえば、現在の戦力では倒せそうにもない。
「待って! あの光見覚えあるよ!」
すると、ハッピーが一条の光が床にあいた小さな穴を通じて下へと行っているところを発見した。
「
それは、規模こそ小さいがルーシィたちが昨晩目撃した儀式における集束された月の光と同一のものであった。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
再び咆哮が響く。
「また……」
「ルーシィ何か食べたら」
「あんたこそネズミに食べられちゃえば」
「デリオラの声はするが“
またエルザがルーシィとハッピーのことを尻目に思考を巡らせる。
「つまり、デリオラの復活は完全ではないということ」
「ならば、儀式をつぶすか」
「ああ、それならばまだ復活を阻止できる。急げ!」
エルザはカグラの案にうなずくと、二人揃って上へと向かった。
「あ、ちょっと待ってよ!」
遅れてルーシィとハッピーもついていく。
頂上につくとそこには先程倒した者たちと同じ格好をしたものが儀式を行っていた。
「行くぞ――くっ!」
「無理をするな。私に任せろ」
駆け出そうとして痛みから顔をしかめるエルザに代わってカグラが重力魔法で加速をかけて近づき、切り捨てる。
「やった!
「てか、コイツ一人でやってたんだ……」
遅れてきたルーシィとハッピーが安堵の声をあげると、カグラもまた胸を撫で下ろす。
しかし、
「もう遅い! 儀式はもう終わったんだ!!」
倒れた男が叫ぶと同時、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
「何っ!」
先程までとは比べ物にならないほどの咆哮があがった。
おそらくデリオラが復活したのだろう。
「くそっ、貴様っ! なんの目的があってデリオラを復活させようなどと思ったのだ!!」
「ひぃっ」
カグラが怒りのあまり先程まで儀式を行っていた者へとつかみかかる。
「よせ、その男に怒りをぶつけたところでどうにもならん」
「くっ――」
エルザがカグラの肩へと手を置いて宥めると、カグラもそんなことは分かっていたので手を離す。
ぐっ、と呻き声をあげて倒れる男をそのままにして地下へと駆けつけようとするが、
「俺たちはっ、みんな、デリオラに家族を殺されたり、故郷を滅ぼされたりしたもの同士なんだ! だから、俺たちは零帝様なら恨みをはらしてくれるって、信じてついてきたんだ!!」
どうやら相手にも事情はあったらしい。
「やつらにはやつらなりの正義があったのだ。行こう」
エルザはカグラに声をかけ、デリオラのもとへ行こうとするが――、
「うっ、うぶっ」
当然、カグラがくちもとを抑えてうずくまる。
「おいっ! カグラ! どうしたんだ!」
エルザが必死に声をかけるがカグラの耳には入らない。
今、カグラの頭の中にはありし日の生活が思い起こされていた。
貧しくも幸せだった、最愛の兄との生活。
そして、故郷を、兄を失った日のこと。
男の話した目的にカグラのトラウマが呼び起こされ強烈な吐き気に襲われる。
苦しみの中、涙を流しつつ口から漏れでた言葉は――、
「シ、モン、お兄、様――」
「――今、なんと言った」
遠くでルーシィの呼ぶ声がする。
だが、二人には届くことはない。
この場所だけ、今は時が止まったように静かだった。
*
「ありがとうございます……。師匠……」
グレイは手で顔を覆って涙を流す。
デリオラは確かに復活した。
しかし、雄叫びをあげ動き出そうとしたその時、全身が粉々にくだけ散る。
ウルの氷の中で十年間、デリオラは徐々にその命を奪われ、この瞬間に絶命したのだ。
「かなわん……、オレにはウルを超えられない」
グレイの兄弟子であるリオンもまた涙を流す。
そんな様子をナツは笑顔で見ていた。
ウルの氷は溶けて水となり、海へと流れていく。
「おーい! ナツ! グレーイ!」
すると、ルーシィの声が聞こえてきた。
「ナツーーー!」
「ハッピー!」
ルーシィと一緒に来たハッピーがナツのもとに飛び込んだ。
なんだかんだで一晩会っていなかったのだ。
さすがに寂しかったのだろう。
「いあーーー! 終わった、終わったーっ!」
「あいさー!」
ナツが歓喜の雄叫びをあげるとハッピーもそれに応じて叫びをあげる。
「本当、一時はどうなることかと思ったよ。すごいよね、ウルさんって」
ことの顛末を聞いたのであろう、ルーシィが感慨深く呟くのをグレイが誇らしげに見ていた。
一方でナツは相変わらず騒いでいる。
「これでオレたちもS級クエスト達成だ!」
「やったー!」
「もしかしてあたしたち“二階”へ行けるのかなっ!」
「はは……」
はしゃぐ三人に対してグレイは力なく笑うのみ。
どうやら、相当なダメージを負っているようだ。
兄弟子との戦いはやはり激しいもの立ったらしい。
すると、そこに遅れてエルザがやってくる。
「エ、エルザ! なんでここに!?」
一人だけ知らなかったナツが驚いて固まってしまう。
「……その前にやることがあるだろう」
「あれ?」
なにやら、エルザの様子がおかしい。
いつものような覇気がない。
「お、おいグレイ。エルザのやつどうしたんだよ。何か元気ねーぞ。しかも傷だらけだし」
「傷についちゃオレも知らねーよ。だけど、たしかに変だな。さっきまでは普段通りだったと思うんだが……」
二人は一斉にさっきまでエルザと一緒だったはずのルーシィの方を向く。
「私にもわかんないわよ。屋上で月の雫の儀式を止めてから変なのよあの二人」
「二人?」
ナツがエルザの方をもう一度よくみるとその斜め後ろに見覚えの人影があった。
「あ! お前昨日の――」
「いい加減、私の話を聞く気にはならんのか」
「はい!!」
さすがに放置しすぎたらしい。
心なしか普段通りの威圧感が発せられている。
「今回の依頼の本当の目的は悪魔にされた村人を救うことではないのか」
「え!!?」
受かれた気分の三人と一匹に水がさされる。
「S級クエストはまだ終わっていない」
「だ、だってデリオラは死んじゃったし、村の呪いもこれで」
「いや、あの呪いとかいう現象はデリオラの影響ではない。“
「そんなぁ」
ルーシィは意気消沈。
やっとのことで事件を解決したと思ったのにまだ終わっていないと言うのだ、仕方のないことであろう。
「んじゃ、とっとと治してやっかーっ!」
「あいさー!」
「どうやってだよ」
相変わらず能天気に騒ぐナツたちに対してグレイは冷静に指摘する。
そこに、今まで黙っていたカグラが口を開く。
「そこに首謀者がいるんだ。聞き出せばよかろう」
その言葉にナツたちはリオンの方を向く。
「カグラ、もういいのか」
「ああ、心配をかけたな」
そんな中、エルザだけはカグラのことを気づかっていた。
エルザのなかには複雑な感情が絡み合いエルザ自身ですら、どう思っているのかが分からない。
「おい、リオン」
「オレは知らんぞ」
「なんだとぉ!」
リオン曰く、三年前に島について以来村の人々には干渉したこともなく、向こうから接触してきたことはないらしい。
しかし、この遺跡には毎晩のように月の雫の光が降りていた。
それなのにここを調査しなかったのには疑問が残る。
「三年間、オレたちも同じ光を浴びていたんだぞ」
あの村には何かある。
リオンの言葉はそう感じとるには十分だった。
*
その後、村の資材置き場に戻ったが誰も居なかい。
まさか、まだ斑鳩のことを探しているのかと思ったとき、村人の一人が走りよってくる。
「皆さん、戻りましたか! た、大変なんです!! と、とにかく村まで急いでください」
案内されるがままについていくとそこには、
「な、なにこれ」
「昨日、村はボロボロになっちゃったはずなのに……」
元通りになった村の姿。
まるで時間が巻き戻ったかの光景にナツの頭には遺跡で戦った相手の名前が浮かぶが、まぁいいか、とすぐに忘れてしまう。
「魔導士どの! いったいいつになったら月を壊してくれるんですかな!」
すると、依頼達成を願う村長の声が聞こえてくる。
いまだに呪いをとく手掛かりがつかめずにどうしようかと誰もが悩むなかエルザが一歩前に出た。
「月を壊す前に確認したいことがある。皆を集めてくれないか」
その後、集めた村人からの話によると、遺跡は何度も調査しようとしたらしい。
しかし、遺跡には近づけず、いつのまにか村に戻ってきている言うのだ。
「やはり、か」
それを聞いてエルザは答えにたどり着く。
遺跡には月の聖なる光が蓄えられているため、闇のものは近づけない。
加えて、斑鳩の解呪の結果を考えれば簡単なことだ。
「斑鳩! 近くにいるのだろう!」
「あら、気づいてらしたん?」
「斑鳩殿!」
するとひょっこりとべべを伴い、現れる斑鳩。
べべを見て警戒する村人たちをエルザが止める。
「悪いが、見ての通り私の体は本調子ではない。代わりに月を切ってくれないか?」
「何を言っている。流石に斑鳩殿でもそれは――」
「いいどすよ」
「斑鳩殿!?」
エルザの無茶な要求にカグラは止めようとするが、即座に承諾した斑鳩に驚きを隠せない。
答えをすでに知っている斑鳩だからこそエルザの意図に気が付いたのだが、カグラはそうではない。
「お気を確かに! 月はとても遠く、まともに届く距離ではありません。どのくらい遠いのかというと――」
「ちょ、カグラはんストップ、ストップ。かなり遠いことくらいうちにもわかりますから」
普段の斑鳩を知っているカグラは本気で月に剣閃が届くと思っているんじゃないかと疑い詰め寄るカグラに島を覆うようにできた膜によるものだということを説明した。
「しかし、それでも難しいのでは……」
説明を受けてなお、カグラは遥か上空にある膜を切断するのは夜叉閃空でも流石に無理ではないかと思ったのだが、
「そこで、カグラはんの力を借りるんどす」
「そういうことだ」
「――っ、なるほど」
斑鳩とエルザの言葉にハッとする。
そう、カグラには剣の他に重力魔法があるのだ。
調整なんてお構い無しに斑鳩にかかる重力を軽減すれば、ギリギリ夜叉閃空が届く距離まで行くだろう。
そうと決まれば実行である。
皆が息をのんで見守るなか、カグラの力を借りて斑鳩は遥か上空へと飛び上がり、
「――無月流、夜叉閃空」
見事に紫色の月を斬ってみせるのだった。
*
「みんないい人でしたなぁ。まあ、悪魔なんどすが」
斑鳩が紫色の月を斬ったその翌日、太陽の下、魔導船の上に斑鳩とカグラはいた。
あの後、記憶を取り戻した悪魔たちは大いに喜び、宴を開いて夜通し騒いだ。
そこには当然、“
「でも正直、報酬は受け取らなくてよかったんどすが」
出発の時となり、“
エルザ曰く、“
正直、正論すぎてぐうの音も出ないのだが、斑鳩としてはエルザを戦闘不能にしたうえに、不用意な解呪で村の人たちを混乱させてしまった。それに、“
そのことをふまえて、せめて報酬を半分にする方向に持っていこうとしたのだがエルザは拒否。
話し合いの結果、七百万Jは“
「……………」
斑鳩が出発時のあれこれについて思い出している間、カグラはどこか遠くをみながら昨夜の宴の時のことについて思いに耽っていた。
『カグラ、少し話がある』
エルザに呼ばれて人の輪の中から離れた森の中まで来ると、思いもよらない言葉を聞いたのである。
『もしかしたら、おまえはローズマリー村の出身ではないか?』
なぜ、といいかけて口を紡ぐ。いや、正確には声に出そうとしても出なかった。
カグラの脳内では、十年前のあの日、村が“子供狩り”にあった日の映像が駆け巡る。カグラだけが助かったのは偶然でも何でもない。
一人の年上の少女があいた木箱のなかにカグラを押し込んで隠し、自分はそのまま捕まってしまったのだ。
その少女は確か、
――綺麗な緋色の髪をもっていた。
『あの時の……』
カグラの両目を涙が伝う。
ずっと心残りだった。自分のせいで、とも思った。
兄を探す、との決意の中、いつもあの少女の無事も気がかりだった。
『おまえの無事を祈っていた』
エルザは止めどなく泣き続けるカグラを抱き寄せると、泣き止むまでの間、慰め続けた。
腕の中でカグラは安堵感に包まれる。
あの日からいつも一人だった。仲間はいた。孤独ではない。されど、家族の繋がりを突然断たれたカグラの奥底に、一抹の孤独感は存在していたのだ。
それが、エルザの腕に抱かれて消えていく様な感覚があった。
やがて、カグラも泣き止み心を落ち着けると、一番気になった質問をする。
『兄は、シモンは無事なのでしょうか……』
『それは……』
エルザが生きていた以上、シモンもまた無事てあるはずだ、いや、そうあってほしいと思っての質問だったのだが、エルザは悩ましげにいいよどむ、
『まさか、兄は――』
『いや、生きてはいるだろう。だが、……』
エルザの口からはもっとも確認したかった兄の無事を確認することはできた。
しかし、それでも悩ましげにエルザは悩む。
それでも、カグラは兄の現状を知りたかった。
『兄に何が起こっているのですか。私も覚悟はあります。どうか、――』
『違う。覚悟がないのは私のほうだ。全く情けないな』
エルザはそう自嘲ぎみにこぼすと、“子供狩り”にあった自分たちがどのような目にあっていたのかをかたって聞かせた。
まず、“子供狩り”をおこなったのは黒魔術を信仰する魔法教団であり、さらってきた者たちは死者をよみがえらせる魔法の塔である“Rシステム”――通称、楽園の塔――建造のための労働力とされていたのだ。その後、エルザたちは反旗をひるがえして立ち向かい、見事に教団の連中を倒すことに成功する。しかし、エルザたちの仲間であり、リーダー格であったジェラールが乱心し、エルザを放逐し再び捕まっていた者たちを使って楽園の塔の建造に着手したのである。
『もはや私にも楽園の塔がどこにあったのかは分からないんだ』
『そんな……』
エルザの語った凄絶な過去に思わず絶句する。
さらわれた兄がひどい目にあっていることくらいは容易に想像できていた。
しかし、想像と実際に聞くのとでは衝撃が違う。
『おのれ……』
『カグラ、どうかジェラールを恨まないでやってくれ。あいつはいつも私たちの先頭に立って導いてくれた。みんなのことを思って勇敢に行動できるやつだったんだ。ただ、今はゼレフの亡霊に憑かれているんだ』
『しかし……』
エルザの言葉に素直に頷けなかった。
エルザの話からジェラールがどんな人物だったのかは伝わってくる。地獄のような環境の中でみんなを支え続けたのは素晴らしいことだと思うし、尊敬もできる。
ただ、実際に体験していないカグラにとってはそれだけのことでしかない。今は兄を利用しているのだ。恨まずにはいられない。
『……わかりました。完全に、とはいきませんがジェラールのことは恨まないようにします』
『……ありがとう』
それでも、なんとか恨みを押さえ込む。エルザの話によれば今は衣食を与えられ無理な労働もさせられていない。それならば、兄さえ帰ってくればなにも言うことはない。
『ただし、もし楽園の塔がどこにあるのか分かったら教えてほしい。私も力になります』
『もちろんだ。そっちも何か分かれば教えてほしい』
『当然だ』
二人の間で情報交換が終わり、微妙な雰囲気が漂い始める。
十年ぶりの再会である。事務的な話が終わってしまい、何を話せばいいのか分からない。
すると、エルザが手を差し出してきた。
『同郷のよしみだ。友人になってくれないか。敬語も今までのようにつけなくていい』
『断る』
『な!』
まさか断るとは思っていなかったエルザはカグラの拒否の言葉に驚いて声をつまらせた。
『敬語については了解した。だが……』
カグラはエルザから目を背けながら、言葉を続ける。
その顔はなぜか赤かった。
『姉さん、の方が、好ましい……』
エルザはカグラの言葉を理解するのが一瞬遅れ、きょとんとした表情を見せるが、すぐに理解したのか微笑むと、
『やれやれ、可愛いやつだ』
『や、やめろ! 冗談に決まってるだろう!』
胸の中にカグラを抱き寄せた。
きっと、カグラは家族の繋がりに飢えていたのだろう。
つい、口に出してしまったが、すぐに恥ずかしくなって否定の言葉を並べるも、顔は真っ赤になって、説得力もなにもなかった。
「ふふ」
昨夜のことを思い出してついつい口を緩めてしまう。
兄についてはまだまだ見つけ出すのに時間はかかりそうだが、それでも一歩近づいたし、同郷の友人もできた。
昨日よりも間違いなく心はいくらか晴々しい。
「あれ、思い出し笑いどすか? めずらしいどすなぁ」
「いえ、笑ってなどいません。気のせいです」
「え? でも――」
「気のせいです」
「あ、はい」
どうやら気を緩めすぎたようだ。
斑鳩の追求をごまかすと、こんどはS級昇格はこんな内容で認められるのだろうかと考え出すのだった。
説明し忘れてた斑鳩の転生関連の捕捉。
前世の斑鳩が死んだのは子供の頃。精神が成熟しきる前に死んだから自我をもって生まれたけど精神は徐々に同化したので年相応になった。しかし、修羅につれられて世間から離れて育ったので今では年齢よりも子供っぽくなっている。