“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第八話 表出する性質

 カグラのもとへトビーと呼ばれた男がやってくる。

 

「残念だったな。オレはユウカより強いんだぞ」

「あっちの太い眉の男はユウカというのか」

「聞けよ! そっちを伝えたいんじゃねーんだよ!!」

「怒るな。そんなことでは器も知れよう」

 

 カグラはトビーの怒りをどこ吹く風とばかりに受け流す。

 出来れば、さっさと片付けて早くこの状況を把握したい。

 

「麻痺爪メガクラゲ! この爪にはある秘密が隠されている」

「麻痺ではないのか」

「なぜわかった!!?」

「なるほど、そなたの性格は把握した」

 

 カグラは流石に斑鳩殿でもここまでではあるまい、と場違いな考えを抱く。

 

「いくぜ!」

 

 トビーはカグラへと飛びかかるとそのまま縦横無尽に振り回す。

 

「この爪に触れたら最後、ビリビリに痺れて死を待つだけだっ!」

 

 なるほど、一度でも触れてはいけないというのはなかなかに難しいだろう。

 しかし、

 

「そのような隙だらけの振りで私は捕らえられん」

「おおーん!」

 

 斑鳩の刀を一年間受け続けてきたカグラからすればただ振り回すだけの攻撃など驚異にもならない。

 すぐに切り捨てると、少年の方はどうなったかと目をやるが、

 

「……逃げられたか」

 

 地に倒れ伏すユウカという男のみが残され、少年の姿は見当たらなかった。

 

「無駄口を叩きすぎたな。さて、どうしようか」

 

 村が消滅しているのは想定外であり、一刻も早く村人がどうなったのかの確認をしたいが、当事者である二人ともが気絶しているため情報も聞き出せない。

 こんなことなら、峰打ちにしておくべきだったかと後悔するももう遅い。

 斑鳩殿と合流するまではここで待とうという決断をしようとするが、

 

「……まさか迷子になったりはしまい」

 

 初めて出会った時のことが思い出される。

 なぜ森の中にいたのか聞いたとき、本人は誤魔化したつもりだろうが明らかに動揺していた。

 おそらく、本当は森で迷子になって飢え死にしそうだったのではないかと踏んでいる。

 

「念のため、迎えに行くか」

 

 呟き、二人の男を森まで連れていき、その辺に生えていた蔦で頑丈に縛ると斑鳩の居るであろう場所へと向かっていく。

 

 ――しかし、あの少年の肩にあったのはフェアリーテイルの紋章のはずだが…。

 

 一つ、気になることを抱えたまま。

 

 

 *

 

 

 最初に動いたのはエルザであった。

 彼我の距離はそれなりに離れており、このままでは先程の飛ぶ斬撃により一方的に切られてしまう。

 故にエルザが選んだのは黒羽(くれは)の鎧。

 蝙蝠のような外見をしたこの鎧は装着した者の跳躍力と攻撃力を上昇させる。

 エルザは一跳びで間合いをつめ、斬りかかる。

 それを見て斑鳩の頭は戦闘用へと切り替わる。

 瞬間、エルザの全身を悪寒が走った。

 斑鳩から突如発せられた研ぎ澄まされた剣気にあてられたのだ。

 しかし、そのときにはすでにエルザは斑鳩へと斬りかかっていた。

 それを斑鳩は手に持つ刀で受け流す。

 黒羽の鎧の跳躍力をそのままに、いや、更なる力を加えられたエルザは斑鳩のはるか後方へと吹き飛ばされた。

 

「何っ!」

 

 エルザの口から驚愕の声が漏れる。

 一太刀の交錯であるが、敵の力量を推し量るには十分であった。

 今まで出会った敵の中でも最上位に入るだろう。

 

「そんな……、エルザが吹き飛ばされた!?」

「オイラ、あんなに簡単に吹き飛ばされたエルザは初めて見たよ」

 

 二人の攻撃を目撃した金髪の少女、ルーシィ・ハートフィリアと青い猫、ハッピーもまた驚愕する。

 二人にとってエルザ・スカーレットはギルド内最強の女魔導士であり、絶対の存在。

 常に圧倒的な強さを見せつけていたのだ。

 

「貴様、何者だ」

 

 相手の尋常ではない実力を前に、エルザは誰何の言葉をかけた。

 ここで斑鳩が“人魚の踵(マーメイドヒール)”の者だと名乗っていれば勘違いはすぐに解け、戦いは終わっていただろう。

 しかし――、

 

「聞きたければ実力で聞いてみたらどうでしょう」

 

 名乗ることをせず、むしろ挑発の言葉を投げる。

 戦いが始まる瞬間こそ憂鬱な気分になった斑鳩であったが、戦闘用へと切り替わった思考の中で、もっと戦いたいという欲望が表れた。

 簡単に受け流したように見えて実はそうではない。

 剣と刀が触れたその瞬間、エルザの圧倒的な力に危うく押し込まれるところであった。

 力では完全にエルザが上。まともに剣を受けるようなことがあればそのまま斬られかねない。

 これほどの実力、師匠以来かもしれない。

 

「ならば、そうさせてもらおう!

 

 ――天輪(てんりん)循環の剣(サークルソード)!!」

 

 次に装着したのは天輪の鎧。

 同時にいくつもの武具を操る能力をもつこの鎧でもって、十六の剣を独楽のように回して飛ばす。

 一刀のみをもつ相手にとって手数の量で攻めるのは有効であろう。

 だが、

 

無月流(むげつりゅう)夜叉閃空(やしゃせんくう)

 

 小さな呟きとともに繰り出された剣閃にすべての剣が切り落とされる。

 だが、エルザに分かったのは切り落とされたという事実のみ。

 まるで斑鳩の剣閃が見えなかったのだ。

 だが、その程度で怯みはしない。

 十六の剣を落とした斑鳩には流石に隙がみえる。

 

天輪(てんりん)繚乱の(ブルーメン)――」

 

 剣を放つと同時に駆け込んでいたエルザはそのまますれ違いざまに無数の剣でもって切り裂こうとし、

 

「あら、そんな状態で戦えますの?」

「な、がっ!」

 

 声をかけられて初めて気づく。

 すでにエルザは無数の剣閃によって切り裂かれ、鎧も体もボロボロだった。

 エルザですら見えなかった剣閃は十六の剣にとどまらず、エルザ本人をも攻撃していたのだ。

 

「くっ、ならば!」

 

 己の最速でもって打ち破る。

 その思いとともに飛翔の鎧を装着した。

 自らの速度を上昇させる鎧に双剣を持ち、全身全霊で斬りかかる。

 

飛翔(ひしょう)音速の爪(ソニッククロウ)!」

 

 技名の通り音速の域に達する剣撃の嵐が斑鳩を襲う。

 それも一刀の斑鳩と双剣のエルザ。

 どちらが上を行くのかなど、自明の理。

 されど、斑鳩はその理を上回った。

 

「ぐうっ」

 

 またも切り裂かれたのはエルザの方だ。

 

「早さじゃうちには勝てませんよ」

「――っ、明星(みょうじょう)光粒子の剣(フォトンスライサー)!」

 

 すれ違い、即座に反転。

 斬り合いではとてもかなわないと悟ったエルザは明星の鎧と合わせてまた別の双剣を装備すると、その切っ先を向け、光線を飛ばす。

 刀しか持たない斑鳩には防御手段などなく、この距離からかわすことなど不可能である。

 と、思われたが、

 

「――無月流(むげつりゅう)天之水分(あめのみくまり)激浪(げきろう)

 

 光線に向かって魔力を纏わせた刀を振るう。

 

「バカな、掻き消しただと!」

 

 斑鳩の神速で振るわれた刀によって作り出された魔力の激流は本来、微弱な攻撃しか防げない“天之水分”の効果を押し上げたのだ。

 掻き消すだけにはとどまらず、そのまま追撃をする。

 

「夜叉閃空」

 

 だが、今度は斑鳩が驚愕する番だった。

 

「金剛の鎧!」

「――へぇ」

 

 かわしきれないとエルザは自らのもつ最高硬度を誇る鎧を纏った。

 これには流石に斑鳩の夜叉閃空では突破は不可能であった。

 エルザは一端距離をとって構え直す。

 斑鳩もまた、刀を構える。

 仕切り直しの形であるが、現状どちらが優勢であるかは一目瞭然。

 ボロボロのエルザに対して、斑鳩は無傷であった。

 

 ――強い。

 

 エルザは敵を睨み付けたまま歯噛みする。

 これほど一方的にやられるのは記憶を掘り返しても数える程しかない。

 金剛の鎧は最高の防御力を誇るがそれ以外の性能はあまり高いとは言えない。

 このまま戦っても勝ちは見えないし、もしこの鎧を破る手段が存在するとすれば勝ち目はない。

 ならば、

 

 ――切り札を切るのみ!

 

 エルザを黒く禍々しい鎧が包み込み、右手には巨大な剣が握られている。

 

 

「――それは?」

「煉獄の鎧。この姿を見て立っていたものはいない」

「なるほど。奥の手、と言ったところどすか」

 

 確かに煉獄の鎧とやらは見ているだけでも肌がひりつくような威圧感を発し、尋常でないほどの力を感じる。

 この鎧を纏って手に持つ巨大な剣を振るえばあらゆるものを粉砕するであろう。

 この姿を見て立っていたものはいない、というのは誇張でも何でもない。

 

「おおおおぉおぉおおお!」

 

 ――ただし、それはまともに剣を受けたらの話である。

 

 エルザが溢れだす力を注ぎ、巨大な剣を斑鳩へと振り下ろす。

 圧倒的な暴威を前に、されど、斑鳩には焦りはない。

 

無月流(むげつりゅう)天之水分(あめのみくまり)――」

 

 斑鳩は巨大な剣の側面を受け流すように、しかし、余力を残したまま刀を振る。

 本来ならこの力をそらすことなど全力をもってしても不可能だったろう。

 だが、刀は魔力を纏っていた。

 刀が剣に触れた瞬間、魔力の流れが後押しし、巨大な剣が右へとそれる。

 

 ――この鎧をもってしても届かないというのか……。

 

 エルザの鎧の中に隠された弱い心が絶望の声を上げる。

 だが、まだ斑鳩の剣技は終わっていない。

 余力を残していた斑鳩はそのまま刃をとって帰す。

 流されそのまま地面を砕こうとする剣の上、すでに過ぎ去った軌道を越え――、

 

「――川登(かわのぼり)

 

 エルザの体を切り裂いた。

 

 

 *

 

 

 ――やってしまった……。

 

 最後、エルザを斬り伏せると、冷静になり普段の調子を戻した斑鳩は焦りだす。

 誤解を解く機会があったというのに高位の実力者であるエルザを前に剣士としての血がたぎり、つい戦闘を続行してしまった。

 エルザは地に足をつきながらもこちらを睨み、金髪の少女と青い猫――確か名前はルーシィとハッピーだったか――が覚悟を決めた表情をして今にもこちらに飛びかかりそうである。

 これだけ暴れて今更、私は敵じゃありません、なんて言ったところで信じてくれないのは明白だ。

 どう収集をつければいいのか分からず、混乱する頭でこのまま逃げてしまおうかと思ったところで救世主が現れた。

 

「斑鳩殿、これは何事ですか?」

 

 駆けつけたカグラが状況を見て、剣を構え、警戒しながら斑鳩の側へと駆け寄った。

 カグラとしてはおそらく先程倒した男たちの仲間であろうと判断してのことなのだが、斑鳩に目線を向けると助けを求める子犬のような表情で首をふるふると振っている。さらに、心なしか泣きそうだ。

 

「は? え、えっと、斑鳩殿?」

 

 涙目でじっと見つめられてもなにがなんだか分からない。

 斑鳩に続いてカグラもまた混乱し始める。

 だが、逃げるようなことはせず、目まぐるしく巡る思考の中で出した答えはとりあえず名乗ってみようということだった。

 

「わ、私たちはこの島からの依頼を受けてきた魔導士ギルド“人魚の踵”の者だ。そなたらは何者か」

「「「は?」」」

「え?」

 

 名乗ると同時に相手から上がる困惑の声とそれにつられて発してしまったカグラの困惑の声があがる。

 混乱がこの場にいる全員へと伝染し、再起動するまで数分がかかるのだった。

 

 

 *

 

 

 場所は変わって村人たちの避難場所。

 あの後、とりあえず場所を変えよう、ということで一先ずここまで移動してきたのだ。

 聞いた話によると、今回の依頼は月を壊してくれというもの。

 紫色の月が出るようになって以来、村人たちの体の一部が悪魔のものになってしまったのだ。

 さらには、月が昇っている間は完全に悪魔になってしい、中には心まで失い皆に被害がいかないうちに殺されたものもいるらしい。

 流石に月を壊すのは不可能だとナツたちは近くにある怪しい遺跡を調査すると、地下にデリオラという悪魔が氷付けにされて封印されていた。

 グレイ曰く、グレイの師匠が“絶対氷結(アイスドシェル)”という魔法で封印したもので絶対に解けない氷らしい。

 それを零帝という人物が“月のし(ムーンドリップ)”という儀式によって結集させた月の光を氷に注ぐことで封印を解こうとしていたのだ。

 一つに集束させた月の光はいかなる魔法をも解除する力を持っているということらしい。

 それをナツたちが妨害し、村を消してくるように零帝に命じられた部下たちと交戦していたところに斑鳩たちが到着したということらしい。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 説明を行っていたテントの中で斑鳩が頭を下げる。

 互いに事情を説明し、現状を把握したところで斑鳩が途中から気付いていたにも関わらず、戦闘を続行し、あまつさえ怪我をさせてしまったことを謝っているのだ。

 

「頭をあげてくれないか。今回については完全にこちらの過失だ。勘違いされるようなことをしたのはこちらなのだ。善意からの行動に文句をいうほど私は狭量な人間ではないさ」

 

 そう言ってエルザは許してくれたのだが、目の前のエルザは全身を包帯で包んでいる。

 それを見ると申し訳ない気持ちいっぱいになる。

 

「彼女の言うとおりです。斑鳩殿が謝ることなどありません」

 

 そう言って斑鳩を擁護しているのはカグラである。

 エルザについては斑鳩にも悪いところはあるので、後で治療費を出そうか、とまで考えてはいるのだが、

 

「そもそもこの事態を引き起こした原因はそなたらであろう。何か言葉はないのか」

「うぅ、ごめんなさい……」

「あい……」

 

 縛り上げられ、テントのすみにはルーシィとハッピーが座らせられていた。

 カグラの言葉の通り、今回の発端はフェアリーテイルのナツとハッピー、ルーシィがギルドに無断でS級クエストを受けに来てしまったのが原因だ。

 そこに、なんやかんやでグレイが加わり、現状のように斑鳩たちが到着する前には物事が動き出していたのである。

 

「そこの者たちについては後でこちらのギルドから処置を行うので、許してはくれないか」

「まあ、それでよい」

 

 エルザとカグラの間でとりあえずの合意がなされる。

 ただ、グレイはいまだに目を覚まさず、ナツの行方もしれないため、詳しいことは日が明けてからということになる。

 

「改めまして、うちは斑鳩どす。斑鳩で構いませんよ」

「私はカグラ・ミカヅチだ。カグラでよい」

「私はエルザ・スカーレットだ。好きに呼んでくれて構わない」

 

 こうして、三人は名を交わし握手をもって友好を深める。

 ちなみにルーシィとハッピーも小さく名前を名乗った。

 斑鳩たちはエルザのいたテントを後にし、自分たちように用意されたテントへと向かう。

 その途中で斑鳩はカグラの様子がおかしいことに気がついた。

 

「どうかされたのどすか?」

「いえ、あのエルザという者にどこかで見覚えがある気がしたのですが」

「ふむ」

 

 斑鳩は前世の記憶を思い出そうと努力するが、カグラという人物が登場していた記憶はない。

 それともまた忘れているのだろうかと頭を悩ませていると、それに気がついたカグラが苦笑ぎみに声をかける。

 

「斑鳩殿、たぶん気のせいでしょうし、斑鳩殿が頭をなやませる必要はありません」

 

 斑鳩もまたこれ以上考えても仕方がないと、頭を振ると改めてテントへと向かっていった。

 

 

 *

 

 

 翌日、再びエルザのテント。

 

「エルザ!?」

 

 グレイは村人の案内でテントの中に入ると目の前の居るはずのない人物の登場に驚いた。

 

「って、その傷はどうしたんだよ」

「今はその事はどうでもいい。だいたいの事情は聞いた。お前はナツたちを止める側ではなかったのか? グレイ。あきれて物も言えんぞ」

「……ナツは?」

「それはこちらが聞きたい」

 

 エルザは隅っこに縛られているルーシィたちを見やると、現状について説明させた。

 

「ナツは村で戦っているところまでは目撃されてるんだけど、それっきりどこへ行ったのかわからないの。それでグレイのところに連れてけって言われて……」

「よくこの場所がわかったな……。村の資材置き場だと聞いたぞ」

「オイラが空から探したんだよ」

「これで、現状を理解したか?」

 

 そう言ってエルザは立ち上がる。

 傷は痛むが動けないほどではない。

 

「グレイ、ナツを探しにいくぞ。見つけ次第ギルドに戻る」

 

 その言葉にグレイは驚いた。

 まるで信じられない物を見るような目でエルザの方を向く。

 

「な、なに言ってんだエルザ……。事情を聞いたなら今、この島で何が起こってるか知ってんだろ」

「昨晩、正規に手続きをしたギルドの者が到着した。そちらに任せるのが筋だろう」

「他のギルドのやつらが?」

 

 なるほど、それなら確かにそちらに任せるのが筋というもの。

 しかし、それでもグレイは引き下がらなかった。

 

「オレはまだ帰らねえ。最後までやらせてもらう」

「何だと?」

 

 エルザは鋭い眼光で睨み付ける。

 普段はエルザを恐れていたグレイの言葉にルーシィとハッピーも驚いた。

 

「お前までギルドの掟を破るつもりか」

 

 エルザは手に剣を出現させ、グレイの喉元に突きつける。

 

「ただでは済まさんぞ」

 

 だが、それでもグレイは引き下がらない。

 ここまでやっておいて途中で投げ出すなどあり得ない。

 それ以上にこの一件はグレイの過去に大きく関わっている。

 この件の首謀者である愚かな兄弟子を救ってやりたいのだ。

 

「勝手にしやがれ。これはオレが選んだ道だ。やらなきゃならねえ事があるんだ」

 

 突きつけられた剣を素手で握り、切れた手のひらからは血が滴り落ちる。

 目をそらさず前を向くその瞳には並々ならぬ覚悟が宿っている。

 エルザですら息をのむほどの――。

 エルザが剣を下ろすと同時にグレイも手を離す。

 

「最後までやらせてもらう。斬りたきゃ斬れよ」

「……すまん。想定外の事態になった」

「あ? どういう――」

「まあ、これはしょうがないでしょう。グレイはんの師匠が関わっていることについてはすでに聞いていましたし」

 

 突然のエルザの謝辞の意味が分からず、どういうことかと聞こうとすると、テントに見慣れない者たちが入ってくる。

 

「誰だ?」

「先程言った、正規の手続きで依頼を受けにきた者たちだ。このまま続けたければ納得のできる理由を説明することだ」

「……わかったよ」

 

 グレイの説明によると、零帝の名はリオンといい、グレイの兄弟子にあたるらしい。

 師匠であるウルを越えることを目標にしており、ウルですら勝てなかったデリオラを倒すことでうるを超えたことを証明しようとしているのだ。

 

「そういうことなら、零帝とやらはグレイはんに任せましょう」

 

 師匠という言葉に斑鳩も思うところがあった。

 師匠を大切に思う気持ちは痛いほどにわかる。

 これは弟子どうしで決着をつけさせた方が良いだろう。

 

「カグラはんもよろしいどすか?」

 

 自分だけで決めるわけにもいかないので斑鳩はカグラにも確認をとる。

 

「……いいでしょう。私たちが到着したタイミングでは村は救えなかった。協力してくれるのなら断る理由はない」

「でも、零帝たちが村を攻撃してきたのはオイラたちが来たからなんだよね」

「このバカ猫! 余計なことを言うんじゃない!!」

「……そなたらが妨害していなかったら、今ごろすでにデリオラとやらが復活していたかもしれぬ。協力してくれるのなら断る理由はない」

「……すまん。本当に」

「気にするな。このような経験は初めてではない……」

 

 色々とフォローを入れてくれたカグラに申し訳なさそうにエルザが謝る。

 斑鳩が“人魚の踵”に入った当初は生活能力が皆無で色々と起こした問題をフォローしていたものだ。

 共に行動することが決まり、いざ、零帝のもとへ行こうとしたとき、斑鳩が声をあげた。

 

「そういえばうち、簡単な解呪ならできますよ」

「本当か!?」

「ええ、本当に簡単なやつだけなんどすが」

 

 嘘ではない。天之水分を使いこなせることから分かるように、斑鳩は魔力制御は大陸中を探してもトップクラスであろう。

 触れてさえいれば相手の体の魔力の流れを天之水分と同じ要領で把握し、違和感のある場所に魔力をぶつけて無理やり解除する方法である。

 “絶対氷結”は無理でも村人の呪いくらいは解けるかもしれない。

 

「それではいきますよ」

 

 という訳でそこら辺を歩いていた村人の一人をテントの中へと連れてきた。

 そして、体に触れると魔力の流れを読み取る。

 

 ――あった。

 

 へばりつく異質な魔力を見つけると魔力を流し込んで押し流す。

 すると、村人の体を光が包み込み――、

 

 ――そこには元のままの村人の姿があった。

 

「て、あれ、えぇぇ?」

 

 確かに解呪したはずなのに。

 手応えはあったのに失敗したと思った斑鳩は落胆する。

 

「ダメじゃねーか」

「まあ、こんなこともあるさ」

「斑鳩殿、気にする必要はありませんよ」

 

 みんなの言葉が心に痛い。特に慰めの言葉が。

 確かに成功したはずなのに……、とぶつぶつ呟く斑鳩を尻目にグレイはおいてけぼりの村人に話しかける。

 

「あんたも悪かったな、変な期待を持たせちまって」

「い、いや違う! これでいいんだ、俺たちは元々悪魔だったんだ!」

「は?」

 

 突然、理解不能なことを言い出すとテントから飛び出していく村人。

 

「みんな、俺たちは人間じゃねえ! 悪魔だったんだよ!」

 

 外に出ると周囲の人々へと叫びだす。

 しかし、そんな事を信じるのは誰もいない。

 

「おお、何ということだ。べべ、お前まで心も悪魔になってしまったのか……」

「違う! おかしくなってんのはみんなの方なんだ! 信じてくれ!!」

 

 テントの外ではベベと呼ばれた斑鳩が解呪したはずの村人が他の村人たちに囲まれ始めた。

 

「おい! どうすんだよ!! 解呪どころか悪化してんじゃねーか!」

「え、えぇ?!」

「ちょっ、これこのままじゃあの人殺されちゃうんじゃない!?」

「これはまずいな……」

 

 混乱ここに極まった。

 解呪したはずが悪化し、殺されそうになっている。

 もう、意味が分からない。

 

「カグラはん、後は任せました!」

「斑鳩殿、何を!?」

 

 思考が停止した斑鳩は村人に囲まれたべべを捕まえると包囲を突破して走り去ってしまった。

 

「逃げたぞ! 追え、皆に害が及ぶ前に殺さなければ!!」

 

 それを追って村人たちも走り去っていく。

 後に残された者たちは

 

「……何だこれは」

 

 と、呟くのが精一杯だった。




今回の斑鳩対エルザは後々補足を入れるかもしれません。
天輪の鎧壊しちゃったけどアリアくらいならなくても、倒せるだろう、うん。
金剛の鎧は壊さなかったから、ジュピターも問題ないしね。
そして、また無月流の解説入れます。

〇天之水分・激浪(あめのみくまり・げきろう)
天之水分の発展技その一。
刀に魔力を纏わせたまま斑鳩の神速の剣でもって振ることで激しい流れを作り出し、魔法攻撃を阻む。
物理攻撃にも意味があるっちゃあるが、とにかく勢い重視で振ってるので刀が折れかねない。
ちなみに修羅は天之水分止まりなのでこれは斑鳩が自分で覚えたオリジナルの技とも言える。

〇天之水分・川登(あめのみくまり・かわのぼり)
天之水分の発展技その二。
敵の攻撃を受け流すさいに魔力流を発生させることで受け流しの補助をさせる。
ただし、この魔力流もただ力を込めればいいのではなく、緻密な調整を必要としている。
受け流すさいに魔力の流れによる補助を最大限に活かして腕に余力を残しておくことで即座に刃を返してカウンターを入れることを可能とする。
ただでさえ、受け流しは多大な技術を必要とするのに魔力も併用して行うのは剣技と魔力制御が頭がおかしいレベルにうまい斑鳩くらいにしかできない。同じく斑鳩のオリジナル。

〇解呪
特にこれといった名前はないがこれも天之水分の発展技その三。
相手の魔力を読み取ったり魔力流したりはユニゾンレイド一歩手前の神業。
それを心の繋がっている相手でもなく赤の他人にやっちゃう斑鳩の魔力制御はやっぱり異常。

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