「いきなりつまづくとは、これがS級クエスト……」
「いえ、斑鳩殿、まだ始まってすらいません」
感心したとばかりに頷く斑鳩に対してため息を吐きながらもこれからどうしようかとカグラは思考を巡らせる。
一体、二人に何があったというのだろうか。
時は少しばかり巻き戻る――。
*
マスターからの提案を受けてガルナ島へと向かった二人はまずはそこへ向かう船を見つけ出すために港町“ハルジオン”へと向かった。
「へぇ、これが港町」
そう言って辺りを眺める斑鳩は分かりやすいほどに上機嫌だった。
「港町は初めてですか?」
「ええ、うちは十年近く山奥で修行してましたし、ギルドの近くの海は砂浜ですからなぁ」
「なるほど」
確かもう、ほとんど残っていない前世の記憶の中でも砂浜以外の記憶はなかったはずである。
故に、港というのは斑鳩にとっては新鮮だった。
「しかし、今は仕事です。ガルナ島へゆく船を見つけなければ」
「それもそうどすなぁ……。そうだ、早く終わったら帰りに少し見て回りません?」
「……斑鳩殿、これから向かうのはS級クエストです。もっと気を引き締めなければ」
「うぅ、確かにそうなんどすが……」
真面目なカグラの正論に打ちのめされ斑鳩はばつが悪そうに縮こまる。
目に見えて気分を落ち込ませた斑鳩を見やると、カグラは仕方がないとばかりにため息を吐き出し、
「しかし、この港町はよいところです。きちんとクエストを達成すれば、この町に一泊して体を休めるのも仕方ないことでしょう。初めてのS級クエストですし、多少帰るのが遅れたところでマスターも文句は言わないでしょう」
慰めの言葉をかける。
浮かれるのもいけないが気分を落ち込ませたままクエストに行くのも好ましくはない。
すると、斑鳩はコロッと表情を喜色に染めるとカグラに抱きついた。
「さすが、カグラはんは話の分かるお人やすぅ」
「ちょっ、斑鳩殿、放してください! それと、クエストをしっかりこなしたらですよ! 早く終わらせようとか考えてはいけませんよ!」
「わかっとります!」
恥ずかしさと照れから顔を真っ赤に染めて抵抗するカグラ。
心なしか周囲の人の目線も温かい。
「こうとなったら、早速船探しどす!」
「斑鳩殿、待ってください! 私も行きます!」
カグラを放してさっさと駆けていく斑鳩をカグラが追いかけていく。
ヤル気満々で船を探しにいく斑鳩たちだったが……。
「ガルナ島? そんなところいきたくねえな」
「あんなとこ、呪いがどうとかって縁起が悪い。近寄りたくもねえ」
「ふざけんな、昨日の奴らといい、なんだってあんな島へ行きたがるかねえ」
全滅であった。こうして冒頭の状況となるのである。
*
「しかし、何人かの船乗りが気になることを言っていましたね。昨日にも私たちのようにガルナ島へ連れていってくれるように頼んできた人達がいたとか」
「ええ、この依頼はうちのギルドで受理したはずだから、他のギルドは――あっ!」
「どうされました? 何か心当たりでも?」
「い、いえ。何でもありませんよ」
斑鳩の態度にカグラは不振そうに眉を潜めるが深くは追求しなかった。
一方、斑鳩の頭は現在、フル回転中である。
――ガルナ島。確か原作にあった気が……。
思い出そうと努力するも転生してから二十年、それも前世を合わせればそれからさらに時間が経過しているのだ。
さらには幼い頃、原作知識なんて自分には関係ないと全く記憶しておく気にもならなかった。
――月とか悪魔に何かあって、それと何か氷の魔法を使う人が活躍してたような……
故にこの程度のことを思い出すことが斑鳩には限界だった。
「どうかされましたか?」
カグラが不安げに訪ねる。
どうやら記憶を掘り起こしている間にさんざん唸っていたようで心配をかけたようだ。
「何でもありませんよ。それともう、打つ手がありませんし最終手段でいきましょう」
「最終、手段?」
*
「それで、これですか……」
二人は今小舟の上にいた。
斑鳩がポンとお金を出してレンタルしてきたのである。
それも、魔導エンジン搭載でなかなか値段がはるものだ。
「ええ、これでも討伐依頼をこなしてますから。お金はあるんどす。普段は使いませんしここで使ってしまいましょう。報酬の七百万Jがあればプラスになりますし」
そう、実は斑鳩は小金持ちなっていた。
討伐依頼は百万Jを越えるものなどざらで、さらには斑鳩は物欲に乏しく、大量に飲んだりもしないためにお金はたまる一方であった。
某ギルドの魔導士たちは高額な依頼をクリアしても損害を出しすぎて結果、貰える報酬が少なくなってしまうようだが、斑鳩は周りを必要以上に気遣い、人助けを第一義に活動しているため、そのようなことない。
「という訳で、カグラはんが気にする必要はありません。さっさと行ってしまいましょう」
「……分かりました。では、SEプラグを貸してください。いざというときは斑鳩殿の力が必要でしょうし」
「? 半分ずつ交代でいいどすよ」
「いえ、せめてこれだけでもさせてください。それに、魔力を温存しながらゆっくり行くので心配ありません」
カグラも斑鳩ほどではないが討伐クエストをしたお金があるので後で半額払おうと決めて、海へと出るのであった。
*
「あれが、ガルナ島……」
遠くに島が見えた頃、もう日が沈んでいた。
「――っ! 斑鳩殿、あれを」
カグラに呼ばれ、指をさす方向に目を向ければ帆船にしては早いスピードで海賊船が島に近づいていく様子が見える。
見つかると面倒になりそうなため迂回して島に近づいていった。
――あれ? 海賊船なんて出てはりましたっけ? ダメだ全然覚えていません……。
海賊船を見ているうちに先に斑鳩たちは島についた。
ゆっくり運転したとはいえ、魔導エンジンの搭載してあるこの船と所詮は帆船である海賊船ではスピードが違う。
「カグラはん、うちはあの海賊船が気になるので先に――」
「斑鳩殿! 斑鳩殿!」
行きなさい、と言おうとしたらカグラが慌てたようすで空中を指差す。
するとそこには、
「え? 何あれ?」
巨大なネズミが海賊船の辺りへと墜落していく光景があった。
*
――ネズミ? そんなのいましたっけ?
やはり思い出せないので現状を冷静に分析することにした。
やはり、海賊船に謎の巨大ネズミの落下。
何か異常事態が起こっているのは明白である。
ならば――、
「あのネズミと海賊船はうちに任せてください」
「はい、私は依頼人の村を確認してきます。何かあったら交戦になるでしょう」
「ええ、あまり無理をなさらず」
「斑鳩殿も」
頷きあうと二人は別行動を開始する。
*
カグラは森の中を駆け抜ける。
村の位置は事前の情報で確認済みだし、自分達がどの辺に上陸したかは島の外見から検討をつけた。
故に、迷うことなく一直線に村へと到着した――、
――はずであった。
本来村があったであろう場所は大きく窪み、地面は何かで溶けたように液状になっている部分もあった。
「なんだこれは……」
あまりの光景に思考が停止し、立ちすくむ。
されどすぐにそんなことをしている場合ではないと気合いを入れた。
すると、窪みの中心辺りで交戦しているものたちがいるのが見える。
すぐにそこへ駆け寄ると声をかける。
「貴様ら! 戦闘をやめよ! これをやったのは何者か!」
突然の登場に誰もが困惑しているようである。
――ふむ。三人とも魔導士。一対二、といったところか。
その間にカグラは状況を整理する。
桜色の髪をした少年と太い眉の男が戦い、犬耳の男が観戦している。
立ち位置的には犬のような男は太い眉の男の仲間であろう。
「あぁん? 誰だお前」
桜色の髪の少年が少女の正体を問う。
「私はここにあったはずの村人から頼まれたクエストを受けてきた魔導士ギルド“
「げっ」
少女の名乗りに桜色の髪をした少年がばつの悪そうな顔をする。
他の二人はいまだに困惑しているようで、こちらと少年を交互に見ている。
「ほう? その反応、これをやったのはそなたか?」
「ちげーよ。この村をやったのはこいつらだ」
「ふむ、それは真か」
少年の証言にカグラは太い眉の男の方を見やった。
「ああ、確かにやったのはオレたちだ。トビー」
「なんだよ!!!」
「キレんなよ。お前はあの女をやれ。こっちもさっさと片付ける」
すると、トビーと呼ばれた犬耳の男がカグラへと襲いかかった。
「敵ははっきりしたか。それと、貴様には後で話を聞かせてもらおう」
「めんどくせぇ」
少年に釘を指し、カグラは目の前の敵へと向かっていった。
*
カグラが村へと向かうと同時に斑鳩も海賊船の方へとかけていった。
しかし、海賊などこの話に関わっていた記憶は欠片もない。
物陰に隠れて様子を見ていると人影が一つ島に降り立ち、ネズミが墜落した方へと駆けてゆく。
その速度は並みではなくかなりの手練れであることが予測された。
月明かりがあるとはいえ、あの影に気付かれない程度の距離からでは誰かは分からない。ただ、あの長髪は女性のものだろう。
しかし、斑鳩をして容易に近づけない程の実力者。
すこし、様子を見ることにした。
そしてすぐに巨大なネズミが少女らしき人影にのしかかろうとしている場面に出くわした。
――まずいっ!
この距離からでは間に合わない。
様子を見ていたのが災いしたかと思ったが、海賊船から降りてきた人影がそのままネズミを切り捨てた。
――おおっ!
鋭い剣閃。思わず斑鳩も感心してしまう。
それに少女を助けたことからして悪い人ではなさそうだ。
と、思うや否や、女性が少女に剣を突きつけた。
――いい人じゃなかった!
すぐに物陰から夜叉閃空で、剣を突きつけている女性に切りかかる。
「何者だ」
女性は気配に気付き、寸前で斬撃をかわした。
「うちの斬撃をかわすとはなかなかやりますなぁ」
「貴様……」
やはり、かなりできる。
斑鳩は心のなかで警戒度をあげると女性の顔を見据える。
顔立ちは整っており、気の強そうなつり上がった目に、綺麗な緋色の長髪をもち、かなり美人である。
そして斑鳩は気づいてしまった。
――あれぇ? 何か見たことある気が……。
「エ、エルザ! きっと敵の新手よ、気をつけて!!」
金髪の少女が緋色の長髪の女性に声をかける。
助けに入ったはずなのに敵扱いされているがそれよりも衝撃的な事実を前に冷や汗が吹き出る。
ほとんど消えた前世の記憶の中でもしっかりと覚えている。
――エルザって、まさかあのエルザ・スカーレット?
原作において自分を倒した相手が鎧を換装して襲いかかってくる。
――これは、やってしまいましたなぁ……。
少し泣きそうになりながらも迎撃のために斑鳩は刀を構えるのであった。
この段階でエルザが海賊船から乗っ取ってきたとか覚えてる方がおかしいからしょうがないよね。
時系列的にはナツたちが無断でクエストに行った翌日に斑鳩たちが正式に受理した感じ。
村に連絡は行ったけどナツたちは遺跡にいて帰ってきてからは村が消滅したりと暇がなかったので知らない。