リハビリがてらなので少し短めです。
フィオーレ北部、霊峰ゾニア。
スプリガン
「ジュリエット、ハイネ。あなたたちも前線へ行きなさい」
「は!」
「えー、なんでぇ~!?」
アイリーンの命令にハイネは頷くが、ジュリエットは不服そうに口を尖らせる。
「ブラッドマンとラーケイドがいれば大丈夫でしょぉ?」
「様をつけんか! 直属でなくとも上官だぞ、バカ!」
「そのブラッドマンがやられたのよ」
「────!!」
息を呑むハイネ。ジュリエットも僅かに目を見開いた。
「どうやら、天馬と虎の他に厄介な客が紛れ込んだようね。二人とも無理に攻める必要はないわ。戦線を建て直し、無理なようなら一度退いても構わない」
「は!」
「はーい」
今度こそ二人は命令に頷いてその場を後にした。
「アジィールにブランディッシュ、そしてブラッドマン。イシュガルも存外やるものね」
残されたアイリーンはひとり呟く。
「東部にオーガスト様、南部にはディマリア、そして北部に私がいる以上、私たちの勝利は揺るがないでしょう。けれど、思った以上に時間がかかってしまうかもしれないわね。そして、陛下が
アイリーンは地に着く杖から、大地へとその膨大な魔力を流していく。
「念のため各地に目を飛ばしましょう。場合によっては予定を早めなければならないわね」
*******
カグラが着込んでいた着物が切り裂かれ、布きれとなって地面に落ちていく。裸に剥かれ、カグラは思わず身を縮めた。
「初心ね」
「────!?」
いつの間にか、ディマリアはカグラの背後から抱きつくようにして、裸体に腕を這わせていた。斬られたときと同様、全く反応できなかった。
「あれだけ強いのに裸に剥かれたくらいで戦場で隙を見せるなんて。もしかして未通?」
「黙れ!!」
カグラはディマリアを振り払おうと思い切り身をよじる。再びディマリアは姿を消し、気付けば隣に立っていた。
「クス。むきになっちゃって。図星かしら」
カグラは射殺すようにディマリアを睨むがどこ吹く風。むしろ、表情に浮かべた嗜虐の笑みをさらに深める結果となる。
「かわいい。やっぱりいじめがいがあるわ」
その二人の様子を青鷺が影から見つめていた。
カグラが斬り捨てたアルバレス兵に紛れるようにして身を隠していた。
(……あいつの魔法、空間魔法じゃない)
転移を繰り返すディマリアを見て、青鷺はそう判断した。
青鷺の影狼は長距離転移を可能とするマーカーであると同時に、詳細な魔力感知を可能とする。その感知結果とこれまでの経験から、空間魔法とは違う異質さを感じ取ったのだ。
空間魔法では対象空間にほんの僅かだが干渉してくる魔力が存在する。故に、一流の魔導士は警戒してさえいれば、その微細な変化を感じとって反応することができる。事実、斑鳩やカグラは大魔闘演舞において、ミネルバの絶対領土による空間の性質変化の予兆を感じ取り、発動と同時に空間ごと切り裂くことでほぼ無効化して見せた。だが、ディマリアにはその予兆が全くない。
加えて空間転移の場合、転移先の座標に固体があると重なることができずに魔法は失敗する。故に、どれほど対象に接近した状態で転移出来るかは術者の腕による。だが、どれほど腕が良かろうと、転移した瞬間既に抱きついて肌を接触させているなどという現象はありえない。
(……こんなの今までの経験にない。だけど)
青鷺は眉を顰める。一つだけ似た現象を引き起こす魔法を知っている。確証はない。故に確かめなければならない。
影狼を気がつかれないように、倒れるアルバレス兵の影に隠して展開させる。そして、カグラとディマリアを全方位から包囲した。
(……最悪の予想が当たっていたとしたら、運が悪ければ私は──)
腰の短刀に手を伸ばす。ぐっと、柄を握る掌に力を込めた。
ディマリアの背後でゆらりと青鷺が立ち上がる。まるで幽鬼のような気配のなさ。
ディマリアを睨むカグラがそれに気がついても微塵も表情に表さなかったのは、八年にわたり連携を重ねてきたが故であろう。
「次はどうしてあげようかしら」
おかげでディマリアは青鷺に気がついていない。如何にしてカグラで遊ぶかしか考えていなかった。
(しかし、どうするつもりだ。青鷺。いくら不意を打とうと、油断していようと、その身に刃が突き立てられるまで気がつかないほど鈍くはあるまい。そして、気がつかれれば不可思議な転移で逃げられるぞ)
カグラがそう考えを巡らせていると、青鷺がこっそりサインを送ってきた。
青鷺の考えはわからない。それでも、話し合う時間もカグラからサインを送ることもできぬ状況となれば、信じて青鷺に従う他はない。
「そうね。折角裸にしても観客がいないんじゃ──」
ディマリアがそういった瞬間、カグラはディマリアに背を向け一目散に逃亡した。まさかカグラが脇目も振らずに逃亡するとは思っておらず、一瞬呆気にとられてしまう。
同時に、黒い狼が四方八方から飛びかかってきた。前方に現われた狼に至っては、視界を覆うように身体を広げて躍りかかる。それこそカグラの逃亡を助けるように。
「バカね。私から逃げられるわけがないのに」
そう言って、ディマリアはカチリと歯を鳴らした。
*******
カグラは青鷺から送られてきたサインに従い、一目散に逃亡した。背後で影狼がディマリアに襲いかかったことにも気がついていた。心配だったが、青鷺に何か考えがあるのだろうと振り返らなかった。しかし、どうしたことだろう。走っていたはずのカグラはいつの間にか地面にうつぶせに倒れていた。
混乱するカグラの頭上から、ディマリアの声が振ってくる。背に感じる圧から、カグラはディマリアに踏みつけ押さえつけられている状況であることを理解した。
「無駄よ。私には勝つことはおろか、逃げることさえ出来はしない。あなたにある選択肢は私の玩具になることだけ。上手く楽しませてくれれば、逃がしてもらえるかもしれないわ。ただし──」
カグラの眼前に何かが落ちる。同時に、背に生暖かい液体が降りかかった。
「──手を切り落とされても悲鳴一つあげないつまらない娘だと、すぐに殺してしまうかもしれないがな」
「貴様、まさか──!!」
カグラの思考は一瞬で沸騰する。眼前に落ちてきたのは前腕の半ばほどから断ち切られた左手だった。
立ち上がろうと力を込めるカグラを、ディマリアはより一層強い力で踏みつけて身動きをさせない。身じろぎさえ出来ず、うつぶせのカグラには頭上の様子を何も確認することが出来なかった。
悔しさの余り、地面に爪を突き立てた。
「クス。やっぱりお前はいいな。琴線に触れるよ。心配しなくてもお前の仲間は殺してない。ちゃんと生きてここにいるさ。まあ、手はひとつ無くなったけど」
這いつくばるカグラを見下ろして、ディマリアは頬を紅潮させる。
その右腕には剣を携え、左腕で青鷺の首を抱え込むようにして拘束していた。
青鷺は脂汗を流しながら、右手で左腕の傷口を圧迫して出血を止めている。必死に歯を食いしばって痛みを我慢する青鷺の荒い息がカグラの耳に届く。
「おのれ!!」
「ああ、やっぱりひと思いに殺さなくて正解だった」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶカグラ。
ディマリアは舌なめずりして言葉を続けた。
「今から、この娘の左腕を輪切りにしてお前の眼前に投げていってやる。途中で気を失ったり死んだりしたら、首を切り落として目の前に供えてやろう。そら、感動の再会だ」
「下種が!!」
「それが嫌だったら、私の足下からはやく這い出ることだ。そうだ、重力魔法は使うなよ。使った瞬間、この娘の首をはねる」
「この────!!」
悔しさに唇を噛み切りながら、カグラは必死に足下から這い出ようともがき始める。その無様さにどんどんと笑みを深めていった。
「ほら、お前も黙ってないで応援してやれよ。それとも私に命乞いしてみるか? 私の命だけはって。あんまりみっともなかったら、興がのって逃がしてやるかもしれんぞ」
興奮したように腕の中の青鷺にまくし立てるディマリア。
そのディマリアを、ずっと左腕を押えて俯いていた青鷺が首を限界まで捻って横目で見上げた。
なにを口にするのかと楽しみに笑っているディマリアに、青鷺は静かに言った。
「……お前、時間を止めてるな」
その言葉にディマリアはおろか、カグラさえも虚をつかれた。
*******
カグラが逃げ、影狼がディマリアに襲いかかる。
それらを前にディマリアが歯をカチリと鳴らした瞬間、世界は止まった。物音一つ立たない世界をディマリアの声だけが震わせる。
「この魔法、あの剣士のものじゃないな」
ディマリアは静止する影狼を剣で薙ぎ払うと周囲を見渡した。そして背後を振り返って青鷺を見つけると僅かに驚いた。
「まさかこの距離で気づかないとは。たいした隠密性だ」
さて、と呟いてディマリアはカグラと青鷺を交互に見た。
「二人とも裸に剥いたところで観客がいないのだからやはり面白くない。今のうちに片方を殺して死体を見せつけるか? いや」
ディマリアは首を横に振って周囲を見る。周りにはカグラが斬り倒したアルバレス兵しかいない。であれば、この二人で最大限遊ぶ方法を考えなくては。
「そうだな。左腕を少しずつ削っていき、それを見せつけてやろう。それがいい」
良いことを閃いたと胸をときめかせ、準備に向かう。そして、カグラをうつ伏せに踏みつけ、青鷺を左腕に抱え込んで左手を切り落とすと、再び歯をカチリと鳴らして世界を再び動かした。
*******
いつの間にか首に回されているディマリアの腕、切り落とされている自分の左手を見て、青鷺が苦痛に呻きつつ最初に思ったことは、やはり、である。
ディマリアの転移を見た際、青鷺が似ていると思ったのはウルティアのフラッシュフォワードであった。水晶の未来、別の可能性を持ってくることで水晶を分裂させる魔法。水晶の時に干渉することによって分裂させる故、分裂して現われる水晶から魔法的干渉を感知することが出来ない。その現象が予兆なく瞬間移動するディマリアと重なったのだ。
空間ではなく、世界への干渉。
そして、襲わせた影狼の破壊、青鷺の捕獲、左手の切断、カグラの捕獲。これらを時間差なく同時に行ったとなればおおよその推測はつく。
「……お前、時間を止めてるな」
そして、推測は。
「なぜ、それを──」
ディマリアの反応で確信に変わった。
魔法を見破られたことによる一瞬の思考の空白。それを見逃す青鷺ではなかった。
ディマリアの左腕と右足が空をきって思わずよろめく。捕まえていた青鷺とカグラが姿を消したのだ。
「転移使いか!!」
慌てて周囲を見渡すが二人の姿は影すら見えない。
ディマリアは舌打ちをして地面を蹴った。
「私が出し抜かれた……? この借り、腹の傷と合わせて必ず返すぞ…………!!」
魔法が見破られたから何だというのか。時を封じる魔法、アージュ・シールは無敵だ。
「次は必ず殺してやる……」
*******
青鷺とカグラが飛んだのは戦場から少し離れた森の中。戦争前に緊急退避用として影狼を待機させていた場所のひとつである。
カグラは転移した途端にぐらりと身体を傾かせた青鷺の身体を受け止めた。すぐに近くの樹木にもたらせかけると、自分のリボンをほどいて傷口を固く縛った。
「しっかりしろ! すぐに陣に連れて行く! そうすれば医療班もいる。シェリアもすぐに呼んでこよう!!」
「……それは、だめ。あいつの魔法の対抗手段を見つける前に戻ったら、今度こそやられる」
青鷺は苦痛に息を荒くしながら首を横に振った。
「しかし!」
「……それより、ジェラールと、合流。ウルティアの力、を」
「青鷺!!」
「……後は、まか、せ」
それだけを伝えると、青鷺は意識を失った。
カグラは青鷺を抱え上げると立ち上がる。
「…………ああ、任せろ。お前はもう休め」
カグラは歯を食いしばり、その場を駆け出した。
*******
ハルジオンに向けて急ぐジェラールたち。
「三十分もすればつきそうね」
「ついにか」
「まだ正午を回ったばかり。思ったよりも早く着いたわね」
「そうだな。メルディ、ありがとう。無理をさせたな」
そう言ってジェラールとウルティアが声をかけたとき、メルディが何かを見つけて叫びをあげた。
「待って! 前方に誰か立って、いや、走ってくる!!」
「敵か!?」
メルディの叫びに反応してジェラールとウルティアが身を乗り出す。
メルディが魔導四輪のブレーキを踏む。急ぐためにスピードを出していたため、車内の三人は大きく投げ出されそうになるが辛うじて堪えた。
そうして停止させた車の前に、やってきた人物が立つ。
「お前──」
それは意識のない青鷺を抱えたカグラであった。
ジェラールたちが何があったのか尋ねる暇もなく、カグラは毅然と言い放った。
「力を貸してくれ。一刻も早く討たねばならぬ敵がいる」
オリキャラにはブレーキ甘くなりがち。
空間魔法については独自設定です。