第六話 S級クエスト
斑鳩が“
師匠以外の人と約十年間、会話がなかったために、他のギルドメンバーとのコミュニケーションが心配だったが、みんな同性で話しやすく、気のいい人達だったのですぐに馴染むことができた。
カグラは空腹時のどさくさでいつの間にか仲良くなってたので別である。
「はああああ!」
とある日の朝、普段ならば静けさに包まれているだろう町外れの森の中で怒声が響き渡る。
その声は高く、幼い。聞けば誰もが年端もいかない少女のものだと分かるであろう。
されど、声に乗った猛々しい闘志は年齢不相応であった。
「気合いはよろしい。でも、力みすぎどす」
烈火の如く襲いかかる少女の剣を事も無げにひょいと相対する女性は手に持つ刀で受け流す。
それも、受け流した際にさらなる力を乗せられたために少女は剣に引っ張られて前方へとつんのめる。
対して女性は受け流した後、くるりと刀を逆手に持ち変えると倒れ込もうとする少女の前に柄を出す。
「ぐがっ!」
そのまま少女は体勢を制御すること叶わず、刀の柄へと吸い込まれるように突っ込み、鳩尾を突かれて倒れこんだ。
「なかなか太刀筋が良くなってきました。今のカグラはんの切り込みはとても鋭く、そうそう防げる相手はいないでしょう。でも、終盤は少し焦りすぎどす。強い感情は力になりますが、制御できずに振り回されればマイナスになりますなぁ」
「はあ、はあっ――。あり、がとう、ござ、い、ます、斑鳩殿」
斑鳩は“人魚の踵”に所属して以来、こうしてカグラと手合わせしていた。
というのも、カグラが斑鳩に助けられた件で自らの力不足を痛感し、稽古をつけてくれるように頼んだのである。
『私は幼い頃連れ去られた兄を探しています。そのため、各地を巡ることが多く鍛練が疎かになっていました。どうか私を鍛え直してくれないだろうか』
この頼みを斑鳩は快諾した。
人を幸せにすると言って出てきた以上、断ることなんてあり得ないし、力を求める理由も正当なものであると判断したためである。
されど、斑鳩としては師匠への証明が終わってない以上、無月流を教えるつもりはないため、手合わせをして気になる点を指導するという形に落ち着いた。
二人ともギルドでの仕事があり、それほど多くの修行のための時間外とれないのも理由のひとつである。
「後は重力魔法を使いながら剣を使うのが安定しませんなぁ。折角の武器なんどすから併用して使うのを鍛えるのもいいと思いますよ」
「うっ。そう、ですね……」
斑鳩の指摘に過去のエイリナスとの戦いを思い出す。
あのときは針を防ぐために重力魔法を使いながらの戦いだった。
重力魔法だけではエイリナスをつぶせず、されど剣を振るいながらは難しいため、針を落とす程度でしか魔法を展開できていなかった。
それでも、剣に影響が出たために一匹目を仕止めきれずに危機に陥ったのである。
「まあ、細かいところは後にして、一旦家に帰ってシャワーでも浴びましょう。そろそろギルドに行って手伝いもしなければいけませんし」
「はい。ありがとうございました」
ダメージから回復した様子のカグラが頭を下げ、今日の二人の手合わせは終了したのであった。
*
“
中には小さな魚が泳ぐ水槽が置かれ、心地よい音楽が鳴り響き、甘い臭いが漂っている。
普段は所属している魔導士で仕事の決まっていないものたちで給仕の仕事をしており、そこに依頼者が直接来る場合もあるのだ。
当然、普通に依頼を受けることもできる。
「ご注文はどうされますか?」
接客のときばかりは斑鳩もうろ覚えの故郷の言葉をやめ、標準語でペラペラ話す。
さすがに、十年以上に渡り使っていた言葉であるので、標準語に戻すのは疲れるのだが仕事である以上仕方がない。
とはいえ、仕事が終わった後にこっそりとため息を吐くくらいは許してほしい。
「はぁ――」
「どうしたんだい? 元気がないねぇ」
「あら、リズリーはんやないどすか」
疲れきった斑鳩に話しかけ、そのまま隣に並んだのはリズリー・ローという女性で、ギルドの仲間の一人である。
確か年齢はカグラのひとつ上で十七歳であり、最近二十歳になったばかりの斑鳩よりも年下ではあるのだが、そのふくよかな体型と癖のある長髪からいかにもママといった感じでとても年下には思えない。
当然、口には出さないが。
「いやぁ、やっぱりうちにはあまり向いてないみたいで、もう一年も経つのに全くなれないと思いましてなぁ」
「そうかい? なかなか似合ってると思うよ。人気もあるじゃないか」
「まあ、そうかもしれませんが、疲れるのは疲れるんどす。リズリーはんはよく疲れませんなぁ」
「あっはっは、ポッチャリなめちゃいけないよ」
「いや、体型を見て言ったわけじゃないんどすが……」
どうやら曲解されたようで斑鳩は苦笑いを浮かべる。
でも、体型に関してはリズリーは気にしているわけでもなくむしろ気に入っている。
今も楽しそうに笑っているので強くは訂正しなかった。
「でも、カグラとの朝に手合わせもしてるんだろう? それも原因じゃないのかい?」
「いえ、手合わせの疲れとは違うんどす。なんというか……、こう、倦怠感、みたいな……」
「あはは、なんとなくわかったよ。それにしても、カグラが誰かからものを教わるなんてねぇ」
「何か不思議なことでも?」
不意に遠い目をするリズリーに斑鳩は首をかしげる。
「いやいや、なんてことはないんだ。カグラはまだ十六歳だけどあの若さでギルド内でまともに闘えるやつは少ないからねえ。“人魚の踵”自体、回ってくる仕事は魔法教室、魔法解除、護衛系に旅行の同行といった依頼が多くてね。高額な討伐依頼は他のギルドに行きがちなんだ。数少ない討伐依頼を受けるのはカグラくらいでさ。うちらにとっちゃカグラはあの若さでこのギルドの自慢で誇りだったのさ」
「へぇ」
思いもしていなかった事実に斑鳩は息とともに相槌の声を洩らすのみであった。
「そのカグラが助けられて、今ではしごかれる側に回るなんて想像もしていなかったのさ。アタシもカグラから重力魔法を教わった身だしね」
懐かしそうに語るリズリーは今度はこちらをからかうような口調にまた話し出す。
「ま、そんなわけで今度は斑鳩がうちらのリーダーみたいな感じになってんだ。気づいてなかったろう?」
「ええ! 本当どすか!? 全然そんな感じしませんよ」
「まあ、斑鳩はちょっと抜けてるところもあるし仕方ないかもねぇ」
抜けてるってなんどすか、と不機嫌そうに斑鳩が口を尖らせるとそれを見たリズリーはまた呵呵と笑う。
「あっ、そうだった」
「どうかなさったん?」
ひとしきり笑うと何かを思い出したように手を叩くとリズリーは斑鳩の方へと向き直る。
「マスターに斑鳩を呼んでくるようにたのまれてたんだった!」
「マスターが直接? なんのようでしょうか」
「さあ、アタシも頼まれただけだからねぇ。詳しいことは分かんないよ」
「まぁ、行ってみれば分かることでしょう。ありがとうございます、リズリーはん」
「たいしたことじゃないさ。なんか困ったことがあったら言いなよ。アタシでよけりゃ力になるさ」
二人は別れを告げると、リズリーはそのまま帰っていき、
――厄介事じゃなきゃいいんどすが。
斑鳩は一抹の不安を胸にマスターの元へと赴いた。
*
「S級クエスト、ねぇ」
斑鳩がマスターから告げられたのはS級昇格についてであった。
元々斑鳩はギルドの中では群を抜いて強かった。
そのため、一年が経ち信頼がおけると判断された斑鳩に話が来たのだった。
正式に認められるためにはまずは一つでもS級クエストを達成しろとのことなので、現状S級クエストの中では最も安い依頼だからと無理矢理に受けさせられたのである。
「でも、なんでこんなややこしそうなものなんでしょう。もう少し高くても単純な討伐系の方が得意なんどすが」
「S級ともなれば単純な力だけで解決できないこともあるでしょう。それ故に、マスターは斑鳩殿にこのような依頼を受けさせたのではないのですか? 斑鳩殿は思慮が足りないところもありますから」
「あれ? 最後のはバカにしてません?」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
カグラは否定しているがどう見ても楽しんでいるような雰囲気がある。
先日リズリーも同じようなことを言われたがアホの子扱いは斑鳩としては不服であった。
ただ、最初は固かったカグラがこのような軽口を言えるほど親密になったのは喜ばしいことではあるので特に反応はせず、少し唸って不機嫌さをアピールするにとどまった。
それを微笑ましくカグラが見ていることに斑鳩は気づかない。
ちなみに今、カグラが一緒にいるのはマスターの要望である。
斑鳩は頭が緩いところがあるのでその補助といずれはS級に上がれる実力があると踏んでカグラに経験を積ませるためという二つの目的から同行させたのだ。
「しかし――」
呟くと斑鳩はマスターから渡された依頼書を覗きこむ。
「何か、聞き覚えがあるんどすよなぁ」
――呪われた島、ガルナ島。
それが此度の依頼の舞台となる場所であった。
ちなみにカグラは七年前ということに加えて、ジェラールへの憎しみがまだないので本編程には強くありません。
そして、マーメイドヒールに関しては独自設定、解釈した部分もあるので話し半分で読んでください。