“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第五十七話 妖精の心臓

「お主は皇帝スプリガンなのか? それともゼレフなのか?」

 

 マカロフは背を向けてヴィスタリオンの街を見下ろしているゼレフに問いかけた。

 今、二人の周囲に人はいない。帰還したゼレフは12(トゥエルブ)や大臣に迎えられた後、人払いをしてマカロフと二人で対面したのだ。

 

「両方だよ。君たちにとってはゼレフ。西の大陸(アラキタシア)ではスプリガン。まあ、どちらかと言われればゼレフなんだろうね」

 

 ゼレフは目を細め、遠い昔を懐かしむ。

 

「僕はこの世界での生きる意味を探していた。もう四百年にもなるよ。でもね、竜王祭の準備だけはしていたんだ。何百年くらい前かな。この西の大陸で国をつくることにした。初めは小さな国だった。やがて数々のギルドを吸収し、気がつけば帝国という名の巨大な組織ができあがった」

「ルーメン・イストワールを手に入れるためか?」

「隠す必要はないよ。正式名称は知っている。妖精三大魔法のさらに上位、秘匿大魔法妖精の心臓(フェアリーハート)

 

 マカロフの脳裏に浮かぶのはギルド地下に封印されている、水晶に閉じ込められたメイビスの肉体。

 

「これで全てに合点がいった。お主がゼレフだから妖精の心臓を狙っているということか」

 

 ゼレフはマカロフに背を向けたまま小さく頷く。

 

「そうだね。だけど、そう決めたのは最近の話だよ。元々はアクノロギアに対抗するために集め出した力なんだ、帝国は。十年前に進軍しようとしたのも僕の意思ではない。12にも歯止めのきかない子がいてね。その時は僕が止めたんだ。まだその時ではなかったから」

「評議院の保有していたエーテリオンやフェイスを恐れてではなかったのか?」

「もちろんそれもあった。こちら側にも甚大な被害が出ただろうね。だが、今のアルバレスならイシュガルにもアクノロギアにも負ける気はしない」

「交渉の余地は無しか……」

「残念だけど」

 

 落胆するマカロフだったが、驚きは少なかった。民衆に囲まれるゼレフを見たときから半ば覚悟していた事だったからだ。

 

「本当の竜王祭が始まる。黒魔導士、竜の王、そして君たち人間。生き残るのは誰なのか決めるときが来たんだよ」

「戦争を始めるつもりか」

 

 ゼレフは振り向き、表情に薄い笑みを張り付けたまま告げる。

 

「殲滅だよ」

「貴様に初代は渡さんぞ!」

 

 吠えるマカロフにゼレフが手を翳す。すると、マカロフは魔力の渦に捕われて、身動き一つできなくなった。体が砕けそうなほどの重圧にマカロフは呻きをあげる。

 

「むぐぅっ!!」

「君には少しだけ感謝をしているんだ。ナツを育ててくれてありがとう」

「…………!」

「すぐに楽にしてやろう。そして体をナツに届けよう。怒るだろうな、僕を壊すほどに」

 

 マカロフにはゼレフが言っている言葉の意味は分からなかった。

 

「最後に言い残す言葉はあるかい?」

「むぐ、ぐぐ……」

 

 ゼレフの言葉にマカロフは苦痛に呻きながらも、小さく言葉を絞り出す。

 

「醜い、悪魔め……」

「おしいね。スプリガンというのは醜い妖精の名さ」

 

 ゼレフは笑みを嘲笑に歪め、とどめをさそうと魔力を込める。

 その瞬間、マカロフの背後に突如現われた第三者がマカロフを抱え込んむ。その第三者、メストは冷や汗を流しながらゼレフを視界に捉え、即座に瞬間移動で離脱した。

 ゼレフは僅かに驚いて目を見張ると、街の外部に広がる山林に視線を移した。

 

「この地に来ているのか。ナツ……」

 

 

 

 マカロフをゼレフの魔の手から救い出したエルザたち妖精の尻尾(フェアリーテイル)の救出班。しかし、まだ難を逃れられてはいなかった。脱出を果たすためには海中に待機している魔女の罪(クリムソルシエール)と合流を果たす必要がある。

 追撃に出た12の一人、“砂漠王”アジィールの前に窮地に陥るエルザたちだったが、そこにエルザたちの作戦を耳にしていたガジルが大魔闘演舞におけるBチームを再結成し、青い天馬(ブルーペガサス)の魔導爆撃艇クリスティーナを駆って駆けつけたのだ。運転手として一夜もついてきていた。

 メストの瞬間移動で船上に移動すると、ラクサスの雷によってアジィールを足止め。一気に逃げ去った。ちなみに、クリスティーナは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)搭乗用の魔水晶(ラクリマ)を搭載しているため酔うことはない。

 かくして、妖精の尻尾はマカロフの救出を果たしてギルドに帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 帰還した後、エルザはギルドマスターを辞退。再びマカロフがマスターの座につき、ギルドは完全復活を果たすのだった。

 しかし、ギルド復活を喜ぶのも束の間。確定的となったアルバレスの侵攻を前に、ギルドのメンバーたちは覚悟を決め、士気を高らかに叫びを上げた。

 マカロフはその中、杖で床をつき、音をたてて面々の注目を集める。

 

「戦いの前に皆に話しておかねばならない事がある。ルーメン・イストワール。正式名称妖精の心臓のことじゃ」

「それについては私から話しましょう。六代目、いえ八代目」

 

 そう言って、マカロフの背後から現われた初代マスター、メイビスがマカロフの横に並び立つ。

 

「みなさん、妖精の心臓は我がギルドの最高機密として扱ってきました。それは世界に知られてはいけない秘密が隠されているからです。ですが、ゼレフがこれを狙う理由をみなさんは知っておかねばなりません。そして、私の罪も……」

「初代……」

 

 気遣わしげに視線を送るマカロフに、メイビスはゆるゆると首を横に振った。

 

「よいのです。全てを語るときが来たということです。これは呪われた少年と呪われた少女の物語。二人が求めた一なる魔法の物語──」

 

 そうして、メイビスは己の過去を語り始める。

 

 

 

 百年以上の昔、メイビスとゼレフはマグノリアの西の森で偶然出会う。

 ゼレフは意図せずに人の命を奪う“アンクセラムの呪い”に苦しんでいた。

 メイビスはゼレフに惹かれ、多くの魔法を彼から学んだ。そして、当時闇ギルドに支配されていたマグノリアを解放するため、メイビスは未完成の黒魔法を使い勝利したのだ。

 その代償として、メイビスもまたアンクセラムの呪いを受けてしまう。それは人を愛するほど周りの命を奪い、人を愛さなければ命を奪わない矛盾の呪い。メイビスはギルドから姿を消した。

 そして、不死故の苦しみの末、ゼレフと再会する。その頃にはメイビスは何をしても死ねない体に精神を病み、ゼレフもまた、表面的にはまともでも呪いの影響で思考すらも矛盾し狂っていた。世界に二人だけの不死者たち。彼らは互いに愛し合うことになる。

 しかし、悲劇は再び二人を襲う。魔導の深淵。全ての始まり。それは一なる魔法、愛。愛すれば愛するほどに命を奪うその呪いは、口づけの瞬間、不老不死であるはずのメイビスの命を奪っていった。

 ゼレフはメイビスの亡骸を後のマスターハデス、プレヒトに渡し、どこかへと去って行く。

 

「そうだなぁ……。メイビスが妖精なら、僕は醜い妖精(スプリガン)とでも言おうかな。僕はもう疲れたよ。誰にも会いたくない。そうだ、またシミュレーションゲームで遊ぼう。西の大陸なら人に会う心配もない。……僕は誰も愛してはいけなかった。いけなかったんだ…………」

 

 プレヒトはメイビスの肉体が停止していても、魔力を感じさせていたことに気がつき蘇生を試みた。それから約三十年後、プレヒトの類い希な知識と才能、そして、メイビスのもたらす半永久的な生命の維持。それらが融合し、説明のつかない魔法が生まれた。

 

 それこそが、──永久魔法、妖精の心臓。

 

 絶対に枯渇することがない魔力源。アルバレス、ひいてはゼレフが欲する力である。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブランディッシュはヴィスタリオンに帰還し、自室でソファーに腰をかけながら雑誌をぱらぱらとめくっていた。しかし、視線が文字や写真を追うだけで、内容は全く頭に入らない。

 ブランディッシュの頭では、ずっとカラコール島での出来事が巡っていた。

 そんな時、部屋のドアがノックも無しに不躾に開かれる。

 

「ランディー」

「……マリー」

「賊を逃した話、噂になっておるぞ」

 

 ドアを開いてやってきたのは12の一人、戦乙女とよばれるディマリアだった。

 

「逃がしたんじゃないの。めんどくさいから放っておいたの」

 

 内心の動揺を悟られないよう、ブランディッシュは手元の雑誌に視線を落としたままそっけなく答えた。

 ディマリアも特に興味があったわけでもないのか、くすりと笑ってすぐに話を変えた。

 

「スプリガン12に召集命令だ。アイツが倒れているんだから、早めに準備をせねば遅れるぞ」

 

 ディマリアが言うアイツとはマリンのことだ。マクベスの悪夢を受けてまだ治療中である。

 

「……めんどくさい」

「なら、一緒に行ってやろうか。たまには連れだって仲良く歩くのも悪くはなかろう」

「絶対に嫌」

「奇遇だな。私もだ」

 

 ディマリアは肩を竦め、ブランディッシュの部屋を後にした。

 ブランディッシュは閉じられた扉を見ながら眉を顰める。

 

「アイツ嫌い……」

 

 

 

 ブランディッシュが会議場に到着したとき、そこにはブランディッシュを含めて七人の12がそろっていた。

 “冬将軍”インベル。

 “砂漠王”アジィール。

 “戦乙女”ディマリア。

 “八竜”ゴッドセレナ。

 “審判者”ワール。

 “魔導王”オーガスト。

 “国崩し”ブランディッシュ。

 七人が卓に着くと、ゼレフがヤジールと連れだって現われた。ゼレフも卓に着き、そろっている12の面々を眺めやる。

 

「七人か。急な召集にしてはよく集まってくれたね」

 

 ゼレフの言葉に、背後に控えるヤジールが恐縮しながら口を開いた。

 

「実はナインハルト様も宮殿にはお越しなのですが……、その……」

「いいよ」

 

 ゼレフは構わないと笑って告げるが、インベルがそこに口を挟んだ。

 

「よくはありません。陛下の命令に逆らうなど12の名折れ」

「かてえ事言うなよインベル。集まった奴だけで始めりゃいい。少数精鋭の方がいいだろ」

 

 そう言うアジィールは手を頭の後ろで組んで足を机の上に乗せている。その態度の悪さにインベルが冷たい目で睨むが、彼が口を開くよりも早くゼレフが口を開いた。

 

「もう察しているだろうけど、僕たちはいよいよイシュガル侵攻を開始する」

「めんどくさい……」

 

 ゼレフの言葉にブランディッシュが呟いた。消極的な反対だったが、ゼレフはブランディッシュに視線を移して笑いかける。

 

「そう言わないでくれブランディッシュ。僕の命令は聞く約束だろう?」

「……分かってるわ」

 

 ゼレフに言われ、ブランディッシュは大人しく引き下がった。

 それを見てディマリアがブランディッシュに絡んでいく。

 

「ランディは思ったことをすぐに口に出すから嫌われるのだ」

「あっれー、嫌ってるのは私の方なんだけどなー」

「そうか、やはり私たちは気が合うじゃないか」

 

 そう言ってくすりと笑みを浮かべるディマリア。やはりコイツは嫌いだと内心呟くブランディッシュ。

 そんな二人を尻目に、ゼレフがゴッドセレナに声をかける。

 

「ゴッドセレナ、故郷を焼くのは辛いかい?」

「辛くは、ない!!」

 

 ゴッドセレナは席を立ち、大仰な仕草とともにそう答えた。

 ブランディッシュとディマリアはそれを冷めた目で見つめる。ブランディッシュにいたっては思わず「キモ……」と呟いてしまう。

 呟きを聞いてゴッドセレナはまた、大仰な仕草でブランディッシュをびしりと指差すと口を開く。

 

「ありがとう」

 

 会議場に微妙な空気が流れたところですかさずオーガストが口を開いた。

 

「陛下、我々は全員最終戦争の覚悟はできております」

 

 一瞬、オーガストはブランディッシュに視線を移すが、すぐにゼレフを向いて頭を僅かに下げた。その視線に気がついたブランディッシュは気鬱に視線を落とす。

 ワールがオーガストの言葉を受けて、にやついた笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「つまり目的はかつての恋人の体。これは罪深きことなれば」

「いいや、妖精の心臓は魔法だ。人ではないよ」

 

 ワールの言葉にゼレフは気にしたそぶりもなくそう答えると、すぐに言葉を続けた。

 

「それに目的は妖精の心臓だけではない。イシュガルの殲滅だ。人類は一度滅びなければならない」

「人類、ね……」

 

 ゼレフの言葉にディマリアは小さく呟く。

 ゼレフにとって西の大陸の人間は、人間ではなく駒である。アンクセラムの呪いが発動していない以上、それが方便ではなく本気でそう思っていることがうかがい知れた。四百年、矛盾の呪いに侵され続けた故の狂気。それは12ならば誰もが知る事実であり、それを知ってなお従っているのだ。事実、12は対して気にしたそぶりを見せない。

 アジィールが嬉々として声をあげた。

 

「その任、オレに任せてくれねえかなァ!!」

「いいや、君一人には任せないよ。総攻撃だ」

「バカな! おれ一人で十分だ。ゴッドセレナが一番強えって大陸だぞ! つまりオレ一人でも殲滅できる」

「それならそれでいいんだよ」

 

 言いつのるアジィールにゼレフは首を横に振り、ゼレフにしては珍しい好戦的な笑みを浮かべた。

 

「全軍、全員での総攻撃。そこに意味があるんだよ。竜王祭が始まる。進軍開始だ」

 

 このゼレフの言葉を受け、アルバレスでは総攻撃の準備が始まった。

 決戦の時はすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 世界のどこか。薄暗い洞窟の奥で、浅黒い肌の男が襤褸のマントに身を包んで腰を降ろしていた。

 

「傷がうずく。炎竜に喰われた左腕が……」

 

 男はマントをはためかせながら立ち上がり、その姿をみるみる異形のものへと変貌させる。

 

「竜王祭。我が全てを喰らってやろう。我こそが竜の王にして絶対の存在。アクノロギアなり」

 

 洞窟をその巨体で破壊しながら、最強のドラゴン、アクノロギアが叫びを上げたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アルバレス軍の出撃準備は整いつつあり、出撃を目前に控えていた。

 第一陣として出立するのはアジィール、ブランディッシュ、ワールの人形体の三人。空駆ける大型巡洋艦五十隻を率い、イシュガルに西からそのまま進軍する。

 着々と部下が準備を進めていく様子を、ブランディッシュは物憂げに眺めていた。

 

「ブランディッシュ、お主の部下の治療は終わったぞ」

「おじいちゃん」

 

 そこに、オーガストから声をかけられた。カラコール島で魔法をかけられてから目を覚まさなかったマリンをオーガストが見てくれていたのだ。

 オーガストは憂いを湛えたブランディッシュの表情を見て口を開く。

 

「相変わらず、戦争に反対のようじゃな」

「……うん」

 

 ブランディッシュは小さく頷いた。

 

「私はどうしても、この戦争の意義がわからない」

「アクノロギアに対抗できるとしたら妖精の心臓を手に入れた陛下のみ。そのための戦いじゃ」

「その根拠は何? アクノロギアの強さも、妖精の心臓を手に入れないと対抗できないというのも、全部陛下の受け売りでしょう。実のところ、私たちは何も知らない」

「誰よりも強い陛下が恐れておる。それだけでアクノロギアの脅威を測るには十分。お主のそれは、戦いたくないがための現実逃避にしかすぎぬであろう」

 

 オーガストの言葉にブランディッシュは僅かに押し黙る。そして、再び口を開いた。

 

「アクノロギアに関してはそうかもしれない。なら、交渉して妖精の心臓を手に入れれば良い。アクノロギアを倒すためだと言えば奪い取るような真似をしなくても……」

「それは無理だ。イシュガルでは陛下の悪名が広く知れ渡っている。そのような人物に無限の魔力を渡すなど許可されようはずがない。例えアクノロギアがなんとかなろうと、新たな脅威が生まれるだけだと判断されるのが関の山じゃろうて」

「でも、メイビスは陛下の元恋人なんでしょ。陛下が誠心誠意話せばきっと──」

「ブランディッシュ!」

「────!」

 

 突然の怒声にブランディッシュは身を強ばらせる。怒声を発したオーガストは一転して、感情が抜け落ちたような表情をすると静かに口を開いた。

 

「メイビスはあくまで陛下の元恋人。今は敵でしかない。敵でしかないんじゃ……」

(な、何……?)

 

 ブランディッシュは初めて見るオーガストの様子に困惑を隠せない。だが、無表情のオーガストが発する、これ以上踏み込んでくれるなと言う拒絶の意思を前に黙るしかなかった。

 故に、ブランディッシュはさらなる疑問に話を変えた。

 

「なら、全軍で侵攻する意味は? イシュガルの殲滅なんて、それこそ何の意味があるか分からない」

「陛下が必要だと言ったのだ」

 

 オーガストの言葉に、ブランディッシュは悲しそうに視線を落とした。

 

「おじいちゃんはそればっかり……。どうして自分で考えないの。全てを陛下に委ねるの。盲目的なまでに信じることができるの!」

「…………」

「一体、陛下はおじいちゃんとって何──」

「もうよい」

「あっ……」

 

 オーガストの呟きとともに、ブランディッシュを急激な眠気が襲った。抗いようのない眠気を前に、ブランディッシュの意識は暗く沈んでいく。

 

(まだ、おじいちゃんの本音を聞けてないのに……)

 

 いつも気になっていた。あれだけ忠義を尽くしているのに、ずっと満たされていないような浮かない顔をしていたオーガスト。その本心を聞くことが叶わないまま、ブランディッシュは深い眠りに落ちていく。

 倒れ込むブランディッシュの体をオーガストが抱き留める。

 

「聞こえているな、マリン」

「はい。も、もちろんですぅ」

 

 オーガストの声に答え、どこからともなくマリンが姿を現した。

 

「お主がブランディッシュの代わりに指揮を執れ。普段からめんどくさがりでお主に仕事を丸投げしているブランディッシュのことだ。怪しまれることはなかろう。ただし、ブランディッシュの状況は隠しておけ」

「は、はい!」

「それと、ブランディッシュは戦争が終わるまで目を覚まさぬであろうが、その間にもしブランディッシュの身に何かあればどうなるか……分かっているであろうな?」

「それはもう勿論でございます!!」

 

 マリンはオーガストに睨まれ、冷や汗を滝のように流しながら頭を下げた。

 

「ならばすぐにブランディッシュを船の自室に運んで寝かせてやれ。お主の魔法ならば誰にも見つからないよう運べるであろう」

「はい!」

「では任せたぞ」

 

 オーガストは恐縮するマリンにブランディッシュを預け、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「一年近くにわたるアルバレス潜入、及び妖精の尻尾の潜入手引き。お疲れ様どす」

 

 評議院の一室で、斑鳩は帰還したマクベス、ソラノ、リチャード、ソーヤーを迎えいれていた。斑鳩の他にもジェラール、ウルティア、メルディ、エリックがその場におり、これで魔女の罪が久しぶりに全員集合した形となる。

 ソラノが口を尖らせてぼやいた。

 

「あいつらが別ルートで帰ったせいで待ちぼうけだったゾ」

「まさか空中艇で帰っちまうとはね」

 

 ソーヤーもやれやれと肩を竦める。

 ジェラールが苦笑いしつつ声をかけた。

 

「何にせよ、無事で何よりだ。アルバレスに見つかったと聞いたときは胆が冷えたぞ」

「らしくねえヘマしたじゃねえか。それとも、オレがいねえと潜入は難しいか?」

「おい、エリック」

 

 ニヤニヤとしながらからかうエリックをジェラールが静止する。

 マクベスはエリックの言葉を聞いて、疲れたように口を開いた。

 

「途中までは順調だったんだけどね。流石に城へ踏み込みすぎた。オーガスト、向こうの最強の魔導士に見つかってしまったんだ」

「正直、逃げ切れただけでも奇跡的デスネ」

 

 リチャードもマクベスの言葉に頷いた。

 

「オーガストは古今東西、あらゆる種類の魔法が使えるという。君が着いてきても厳しかったんじゃないかな」

「へえ……」

 

 マクベスの言葉にエリックは目を細める。マクベスが心底うんざりしている様子がつぶさに聞こえる。それだけでオーガストの脅威度は分かるというものだ。

 メルディがそこに口を挟んだ。

 

「皆から見てオーガストはどうだった? その、えっと……」

「そいつは斑鳩より強かったのかしら」

「あ、はっきり言うんだ」

 

 言いづらそうにするメルディに変わってウルティアが口にする。

 皆の視線が斑鳩に集まる中、マクベスが口を開いた。

 

「どうかな。実際、オーガストの力を見たわけではないからね」

「それはそうでしょう。勝敗なんて、戦わないと分からないものどす」

「ただ、その身に宿す魔力量は他の12とも比較にならない。ゴッドソウルをした斑鳩にも勝るとも劣らないだろう。それを考えれば、単独で対抗できそうなのはやはり斑鳩だけかな」

「そうどすか……」

 

 あくまで魔力量だけの話とは言え、只人の身で神を降ろした斑鳩に並ぶなど尋常ではない。アルバレスの精強さは聞いていたが、改めて化け物ぞろいだと思わされる。

 その中、ソーヤーが口を開いた。

 

「ところで、こっちの準備はどうなってんだ。事前に提出した資料の通り、戦争回避はたぶん無理だぜ」

「そうどすな。防衛線にできる限り軍隊をつぎ込んではいますが、正直もらった資料を見る限り勝目は薄いと言わざるをえまへん。七百を超える魔導士ギルドを接収したアルバレスの軍隊に対抗するためには魔導士ギルドの力を借りるしかないんどすが……」

「難航してるのよね……」

 

 斑鳩とともにウルティアが頭を抱えた。

 百年ほど昔に起こった第二次通商戦争。魔導士ギルドが介入したことでこの戦争の死傷者は第一次通商戦争の数十倍に及んだ。これを受けて魔法界はギルド間抗争禁止条約を締結したのだ。また、魔導士ギルドはイシュガルにおいて戦争への参加も禁止されている。あくまで軍隊所属の魔導士でなければ戦争に参加してはならないのだ。

 

「これが厄介なんどす。評議員では限定的な撤廃もやむなしという話にはなっているんどすが、撤廃するにあたってイシュガル各国との交渉が滞っているんどす」

「嬉々として限定的な撤廃どころか完全撤廃を要求する国もあれば、限定的な撤廃にも大反対する国がある。イシュガルで戦争中の国は多くあるから、下手にこの条約に触れれば戦火を拡大することになりかねないの」

「つってもよ、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」

 

 ソーヤーが呆れたように呟いた。

 ウルティアが続ける。

 

「イシュガルでも東の方、アラキタシアから遠い国では危機意識が薄いのよ。それに、魔導士ギルドも戦争に加わるのはごめんだと言っているところがほとんど」

「嫌がる人を無理矢理戦争に参加させることはいけないデスネ!」

「そういう事情もあって無理矢理な徴兵は不可能なのよ」

「魔導士ギルドが自衛のため、自発的な参加をする場合に限り参戦を認める。さらに対象はアルバレスの侵攻に限る。といったところまで辿り着いたのがついさっきなんどす」

「それでお前らそんなに疲れてんのか……」

 

 そう言って、ソーヤーが斑鳩とウルティアに視線をやった。評議員の斑鳩は勿論、元評議員として斑鳩の執務の大部分を手伝っているウルティアも相当な心労が溜まっているようだ。

 その時、部屋の外から慌ただしく近づいてくる足音が聞こえてきた。間もなくして、評議院の職員が斑鳩たちのいる部屋に駆け込んできた。

 

「何事どすか!」

 

 時刻は既に日が落ち、夜になっている。こんな時に運ばれてくる急な連絡などろくなものであるはずがない。嫌な予感を感じる一同の前で、駆け込んできた職員が大きく叫んだ。

 

「大変です! アルバレスが宣戦布告もなく急襲してきました!」

「────!!」

 

 報告を受けて斑鳩たちは職員を置いて走り出した。向かったのは管制室。新たに超古文書(スーパーアーカイブ)を設置した部屋である。そこでは複数の職員が常に張り付き、大陸の情勢を監視していた。

 

「これは……」

 

 管制室に到着した斑鳩たちが見たのは、大陸地図に映し出される、アルバレス軍を示す大量のマーカーと、瞬く間に破られた防衛線を示すマーカーだった。




たぶん、第一陣はさらっと流します。

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