“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第五十六話 星の記憶

 ゴッドソウルによってエトゥナと一体化していた斑鳩の姿が、するすると元に戻っていく。その斑鳩の眼前には、カグラと青鷺が大の字となって荒野に身を投げ出していた。

 

「はあ、はあ……。参りました。流石のお手並み。改めて序列一位就任、お祝い申し上げます」

「……さすがだね」

 

 息を絶え絶えにしながらの二人の言葉を、斑鳩は微笑みながら受け取った。

 

「ありがとうございます。こうしてわざわざ祝いに来てくれて嬉しいどす。師匠なんて、手紙を一通寄こしてきただけなんどすから」

 

 そう言って、懐から取り出した手紙をぴらぴらと揺らしながら口を尖らせる斑鳩に、思わず二人は苦笑した。拗ねて見せてはいるが、懐に入れて持ち歩いている時点で、手紙を喜んでいることはまるわかりだった。

 

「それにしても、二人とも随分と強くなりましたなぁ」

 

 斑鳩は嬉しそうに感慨深く頷いた。

 状況から分かるとおり、つい先刻まで斑鳩は二人と手合わせをしていたのだ。それは祝いに訪れた二人を見て、段違いに腕をあげたことを見抜いた斑鳩の提案によるものであった。

 仕事はウルティアに一部代わってもらっている。とはいえ、ウルティアはともかく、過去の罪を思い出しながら書類仕事をするウルティアを心配しているメルディには怒られそうなので、手合わせが終わった以上すぐに帰るつもりである。

 

「斑鳩殿は議員としての職務、ゴッドソウルの制御に忙しかったのです。その間に差を埋められないようでは、ギルドを託された面目がありません」

「差を埋めるどころかカグラはんに至っては、ゴッドソウル抜きならもう超えられてしまったかもしれまへんな」

「それはまたご謙遜を」

「いや、結構本気何どすが……」

 

 首を横に振るカグラに斑鳩は苦笑した。二人との手合わせでは月の権能は使っていないものの、戦の権能に関しては惜しみなく使用した。その斑鳩に対して、カグラは圏座を駆使して食らいついてきていたのだ。

 斑鳩は青鷺に視線を移して再び口を開く。

 

「サギはんも転移のインターバルがほとんど無くなっていますし。反応速度、判断速度が格段に上がっている。これでは、逃げるサギはんを捕まえることが出来る人なんて、もうほとんど存在しないでしょう」

「……相変わらず、一人で勝つことを諦めた戦い方だけどね」

「そう卑下するものではないでしょうに。ある意味、サギはんは一番戦いたくない魔導士どすな」

 

 肩を竦めてみせる青鷺に、斑鳩はまたもや苦笑する。斑鳩に対して正面から相対するカグラを、転移を駆使して補佐し、斑鳩を翻弄して見せた青鷺。一人で勝つことを諦めたと言うが、逃げに徹しながら戦いを妨害してくる青鷺は厄介という他ない。

 

「なんにせよ安心しました。これなら、もしもの時でも安心できます」

「斑鳩殿?」

 

 胸を撫で下ろして嘆息する斑鳩に、カグラと青鷺は怪訝そうに眉を寄せて顔を見合わせた。

 

「そういえば私たちが評議院に訪れたとき、何やら慌ただしい雰囲気でしたが。何かあったのですか?」

 

 カグラの問いに、斑鳩は少し考えるように俯くと、やがて決心したのか口を開いた。

 

「ここだけの話なんどすが、先日、アルバレスに潜入していたマクベスはんたちから報告がありました。もし、その報告と推測が正しいなら、戦いは不可避かも知れまへん」

 

 その言葉を聞く二人の表情に驚きはない。アルバレス帝国との緊張感が高まっているのは周知の事実であり、覚悟を決めていたことである。

 そんな二人の姿を内心頼もしく思いながら、斑鳩は真剣な表情で言葉を続ける。

 

「敵は強大。もし、貴方たちが戦いに巻き込まれたとしても、どうか…………」

 

 斑鳩はそこで言葉をきった。できれば、二人には己の身を案じて欲しいが、二人は敵がどれだけ強大であろうと、大切なものを守るためならば立ち向かう強さを持っていることを知っている。だからこそ、逃げろなどと二人の誇りを軽んじるようなことは言えなかった。

 そんな斑鳩の内心を察知して、カグラと青鷺は微かに笑みを浮かべた。察しても、逃げようなどと言う結論に至ることはない。何より、斑鳩自信に逃げるつもりがないのに、逃げて欲しいなどと言う願いをどうして聞けようか。

 

「斑鳩殿、私たちはイシュガルの威信を背負って立つ貴方を誇りに思っています」

「……その助けになるなら、力を貸すことを惜しむつもりも、それを悔いることも微塵もない」

「これはギルドの総意でもあります。ですからどうか、我らのことはお気になさらず、ただご自身の責務をまっとうしてください」

 

 そう言って、真剣な眼差しで見つめてくる二人に斑鳩は深く感謝し、複雑な心境ながら嬉しさに笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

「ぷぷ、かわいい。もうその姿のままでいいと思うゾ」

「いいから早く僕の姿を戻してくれ」

「ちぇ、つまんないゾ」

 

 ソラノは口を尖らせつつ、翼の力でマクベスにかかっていた魔法を吸収した。ブランディッシュの魔法で小さくされていたマクベスは、それでようやく元の姿に戻ることが出来た。

 場所は移動神殿オリンピア。ルーシィを連れ去られたエルザたちは、メストの瞬間移動で海底に潜伏していたオリンピアに案内された。現在、神殿にいるのはエルザたちとソラノ、マクベスだけ。同じくアルバレス潜入の任についていたソーヤーとリチャードは海に投げ出された島民たちの救助活動に出ており今はいない。

 

「おい、こっちは仲間を攫われてんだ。早く追いかけさせろ」

 

 ナツが気を荒くしてマクベスに詰め寄った。すぐにでも追いかけようとしたナツは半ば無理矢理、瞬間移動によって連れてこられたのだ。本来なら海底神殿の珍しさに目を輝かせていただろうが、そんな余裕は今のナツには無かった。

 マクベスはめんどうくさそうに溜息をつくとソラノに合図を送る。ソラノが頷くと神殿は変形を初め、海底を二本足で走り出した。建物に揺られ、ナツは吐き気を催して床に倒れる。ついでにウェンディも倒れた。

 

「うぷ。乗り物だったのか、これ……」

「オリンピアの速度はアルバレスの軍船といえど比じゃない。すぐに追いつくだろう」

「話には聞いていたが、素晴らしいな」

 

 エルザが神殿を見渡し、感心したように息を吐いた。

 それを横目にグレイが口を開く。

 

「すぐに追いつけんのはわかったがよ、どうやってルーシィを救出すんだ? 正直、人間の大きさすら変えちまうような奴に正面から挑んでもしょうがねえ。対策を考えねえと」

「それについては心配ない。メストと僕で十分だ」

「でも、アンタやられてたじゃない」

 

 心配ないというマクベスにシャルルが疑い深い視線を向けた。その視線を受け、マクベスは小さく肩を竦めてみせる。

 

「さっきは不意をうたれたけど、今度はそうはいかない」

「自信はあんのか?」

「自信もなにも、本来干渉系魔法を使う彼女との相性は悪くない」

「干渉系? そういや、カラコール島でも空間系がどうたらとか言ってたな」

 

 首をひねるグレイにマクベスは頷いてみせる。

 

「まだ魔法の研究が遅れているイシュガルでは魔法を感覚的に使う人が多いが、アルバレスでは体系化されている」

 

 マクベス曰く、ブランディッシュの魔法は干渉系。物の大小を自由に変化させるものであるが、その操作を行うために自分の魔力を対象物、もしくは対象人物に干渉させる必要がある。つまり、干渉する際に術者と対象者の間に魔力のラインができるのだ。

 ちなみに、空間系は干渉系と似ているが、ラインを通さず別空間に直接魔力を送ることが出来るらしい。ただし、干渉力という点では低くなるため、空間系で人間のような魔力を持つ生命に直接魔法をかけることはほぼ不可能であるという。

 マクベスの説明にエルザが感心して何度も頷く。

 

「なるほど。そういった知識がアルバレスの精強さの所以でもあるわけか」

「でも別に、そういう情報はイシュガルで全く知られていないわけじゃないゾ」

「というと?」

「今言ったことでいえば、感知に長けた魔導士なら当たり前のように知ってると思うゾ。例えば人魚の踵の青鷺とか」

「そうか。ただ、全てのギルドが統合されたアルバレスと違って、イシュガルでは知識の集約がなされていないということだな」

 

 エルザがソラノの話に納得したと頷いた。

 ソラノの説明が一段落したところで、マクベスが話を戻し、ブランディッシュの魔法の対策について述べていく。

 

「干渉系魔法の対策は大きく三つ。一つは相手の魔力を大きく上回ること」

 

 術者に対してあまりにも魔力量の隔たりがあれば、相手に干渉しきることができない。しかし、ブランディッシュは並外れた魔力を持っているため、この対策はほぼ不可能に近い。

 

「もう一つは相手が干渉してくる魔力を遮断すること」

 

 これは斑鳩が天之水分・羽衣で行っていることだ。薄い魔力の鎧を纏い、干渉をはねのける。当然、防御力以上の干渉力をもってすれば突破はされるが。しかし、これもマクベスたちに出来ることではない。

 

「最後に、干渉してくる魔力を避けること。そして、僕に実行可能なのはこれだ」

「避けるっつったって、干渉してくる魔力なんざ見えやしねえだろ」

「確かにそうだ。けど、矛先をずらすことはできる」

 

 つまり、マクベスの反射(リフレクター)で光を屈折させ、別の場所に囮として像をつくる。そこに魔力を飛ばしたところで干渉できるはずもなく、その隙に悪夢をかければ勝利できると言っているのだ。

 説明を聞いたグレイが頭をかきながら口を開いた。

 

「そんなことができるなら最初からやれよな」

「あの時は対策をとる前に小さくされていたからね」

 

 グレイの言葉に溜息をつくマクベス。ブランディッシュの魔法で小さくされたところで、魔力量が減る訳でもないので悪夢をかけることは確かに不可能ではない。しかし、魔力量が変わらずとも体が縮小したことで魔法の効果範囲も小さくなってしまったのだ。だから、カラコール島ではブランディッシュに悪夢をかけることができなかった。

 一通りの説明を終えたところでソラノが口を開いた。

 

「そろそろ軍船が近づいてきたゾ」

「そうか。メスト、移動は頼んだよ」

「ああ、分かった」

 

 マクベスの言葉にメストが頷き、潜入の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アルバレスの軍船には、12であるブランディッシュの私室が用意されている。

 

「ちょっ、やめなさいよ!」

 

 ブランディッシュは私室の中で、親指ほどの大きさになったルーシィを机の上でつつきながら首を捻っていた。ルーシィはブランディッシュの指を避けたり、転ばされたりしながら机の上を踊るように動き回っていた。鍵は取り上げられてはいるが、たいして警戒されていないようで、机の引き出しに入れられている。

 

「てか、小さいと見にくい」

「きゃあ!」

 

 ブランディッシュは突然ルーシィを鷲づかみにして、ベッドの方に放り投げると魔法を解く。ルーシィは突然の浮遊感に悲鳴をあげながら、元の大きさに戻ってベッドの上に着地した。

 

「し、死ぬかと思った……」

「これで見やすい」

「────っ」

 

 ルーシィは近寄ってくるブランディッシュを見て、咄嗟にベッドを降りると逃げるように壁に張り付いた。その際、近くの台に飾られていた花瓶を倒し、中に入っていた水をこぼしてしまう。

 

「あ……」

「そんなの気にしなくて良いから」

「ふぎゅっ」

 

 ルーシィが花瓶に気をとられた一瞬でブランディッシュは距離を詰めると、ルーシィの頬に両手を当てて、無理矢理顔を自分の方に向かせた。そして、じっとその顔を観察する。

 

「やっぱり、どこかで見たことある。……思い出せない」

「まさか、そのためだけにあたしを攫ってきたんじゃないでしょうね……」

 

 若干呆れつつルーシィは呟いた。

 ブランディッシュはカラコール島での件から分かるように規格外の魔導士だ。攫われたときには恐怖したものだが、実際に連れられてきてみれば危害を加えられる訳でも無い。何かを思い出そうと呑気に首を捻る姿を見ていると、悪いやつじゃないのかもしれないとさえ思えてくる。

 そう思い、おずおずとであるがルーシィは口を開いた。

 

「週ソラかな……。あたし一年ほど記者とかモデルとかやってたから」

「東の雑誌なんて入ってこないわ」

「一年前の大魔闘演舞とか?」

「何それ」

 

 ルーシィ個人としてブランディッシュに会った記憶は無い。であれば、何らかの形で大衆の目に触れた際に、ブランディッシュが目にしたのだろうと考えたが、これもぴんと来なかったらしい。

 

「アンタ、名前は?」

「ルーシィ」

「ふうん」

 

 ルーシィの名前に何か引っかかるものがあったのか、ブランディッシュは目を伏せて無言になる。その間、ルーシィは気まずい思いをしながら待っていた。

 ふいに、ブランディッシュがぽつりと呟く。

 

「レイラの娘?」

「え、ママを知ってるの?」

「そうか。やっぱりアンタ、レイラの娘か」

 

 そう言って顔を上げたブランディッシュの瞳には、殺意が強く漲っていた。そこに、先程までの呑気な様子はどこにもない。

 突如向けられた殺気に怯むルーシィだが、母の名前がブランディッシュから出たことに対する疑問がその口を開かせた。

 

「あんた、ママと何の関係があるの!?」

「めんどくさいから教えない」

「そんな殺気を向けておいてふざけないでよ! 一体なんでそんな──」

「うるさい」

「ぐっ!」

 

 ブランディッシュは頬に当てていた両手を首まで下げると、その首を掴んで締め上げる。ルーシィは必死にもがき、ブランディッシュの腕を掴むが、その腕はびくともせず、全く引きはがすことが出来そうにない。

 

(涙……?)

 

 暗くなっていく視界の中で、ブランディッシュの目からこぼれ落ちる雫を捉えた。

 やがてルーシィの意識が薄れかけたとき、こぼしていた花瓶の水がうねり、ブランディッシュを弾き飛ばす。

 

「ぐっ!」

「けほっ、けほっ……」

 

 ルーシィは解放されると、咳き込みながら床に蹲る。それを後ろから、誰かが優しく抱きしめてくれた。

 

「あ、アクエリアス……。ありがとう」

 

 それは、自らの魔力で勝手に門を潜ってきたアクエリアスであった。アクエリアスはルーシィの感謝の言葉に微笑みで返すと、呆然とした顔つきでアクエリアスを見つめるブランディッシュに視線を移す。

 

「久しぶりだな、ブランディッシュ」

「え、知り合い?」

 

 アクエリアスがブランディッシュの名前を呼んだことに驚くルーシィだったが、まだこれは序の口だった。黙り込んだままのブランディッシュに対し、アクエリアスが怒鳴りあげる。

 

「オイコラァ! 反応ねえのかよクソガキ!!」

「ご、ごめんなさいご主人様……」

「ごしゅ、ええ!?」

 

 あんまりなアクエリアスに対するブランディッシュの呼び方に、ルーシィは呆然自失としてしまう。その間にも、目の前ではブランディッシュが怒鳴るアクエリアスの言いなりになっている。それをつい先程まで死にかけていたことも忘れ、ぽかんとした表情で見つめていた。

 少しして、我を取り戻したルーシィが慌ててアクエリアスに問いかけた。

 

「ち、ちょっと! あんたたち知り合いなの!? てか、どういう関係!?」

「私の前のオーナーがこいつの母親だったんだ。それで昔はよく一緒に遊んだもんだ」

 

 こともなげに言ってのけるアクエリアスだが、その言はルーシィの認識とは些かの差異があった。

 

「前のオーナーって……。それっておかしくない? あたし、ママからアクエリアスの鍵をもらったのよ」

「──そう。それこそがレイラの罪」

「え?」

 

 ルーシィの疑問に答えたのはアクエリアスではなくブランディッシュであった。

 

「私の母の名はグラミー。あんたの母、レイラの使用人の一人だった」

「それで……」

「レイラは星霊魔導士を引退するとき、自分が所持していた三つの鍵を三人の使用人に託した。カプリコーンの鍵はゾルディオに。キャンサーの鍵はスペットに。そして、私の母グラミーはアクエリアスの鍵を託された。私の母はレイラのことをとても尊敬していた。アクエリアスの鍵もね、それはそれは大事に毎日磨いていたのよ。なのに……」

 

 ブランディッシュはそこで言葉を区切り、ぎゅっと拳を握りこむと再び口を開いた。

 

「なのに裏切られたの。レイラに……」

「ママが何を……」

「レイラはね、鍵を取り返すために私の母を殺したのよ」

 

 ブランディッシュの言葉にルーシィは絶句した。ルーシィは誰よりも優しかった母を知っている。信じられるはずもないが、ブランディッシュに嘘を言っている様子はなく、本気でそう思っているようだった。

 

「そんな事あるわけ……」

「ご主人様!」

 

 ブランディッシュは否定の言葉を口にしようとしたルーシィを無視して、アクエリアスに向き直ると頭をさげた。

 

「どうか止めないでください。私は、母を殺したレイラを許すことはできません」

「ルーシィはレイラじゃないだろ」

「ですが!」

「それに、レイラはグラミーを殺したりなんかしていないよ」

「え?」

 

 ブランディッシュは下げていた頭を上げ、アクエリアスの顔を見上げた。アクエリアスは真剣な表情でブランディッシュを見下ろしている。

 

「こっちに来たのはその真実を語るため。いや、見せるためだな」

 

 アクエリアスがそう言うと、部屋に光が満ちていく。気がついたとき、三人は星々に囲まれた宇宙のような場所にいた。

 

「何これ!? てか、ここどこ!!?」

「人魚?」

 

 場所が変わっただけではない。ルーシィとブランディッシュの姿はアクエリアスと同様、下半身が魚に変わり、人魚のようになっていた。

 

「ここは星の記憶。星霊たちの紡ぐ記憶のアーカイブ。夢の中とでも思ってもらえばいいが、ここで映し出されるものは全て真実。ついてこい」

 

 そう言って、宙空をどこかへと泳いでいくアクエリアス。ルーシィとブランディッシュは一度顔を見合わせると、並んで後に続いていった。

 そして、星々は像を映し出し、三人の前に過去を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 四百年前、黒魔導士ゼレフとドラゴン、そしてルーシィの先祖であり偉大な星霊魔導士であるアンナ・ハートフィリアによりある計画が実行された。それはアクノロギアを倒すための戦士を未来に送る計画である。その戦士を未来に送るために使われた魔法こそがエクリプス。今ではフィオーレ王家に伝えられている魔法である。

 

 エクリプスは本来、入り口と出口に二人の星霊魔法が必要であり、それを怠ると事故が起こる。そのため、アンナはその扉を開き、来たるべき時に再びエクリプスの扉を開くように言い伝えを残したのだ。その言い伝えに従い、ハートフィリア家は扉を開く時を何百年も待ち続けた。そして、レイラの代にその扉が開かれた。

 

 扉を繋げるためには全ての黄道十二門の鍵が必要。レイラは自分が預けた鍵も含め、全ての星霊魔導士に集まるよう呼びかけたが、西の大陸(アラキタシア)に渡ったグラミーにだけは連絡がつかず、アクエリアスの鍵だけはそろわなかった。

 

 そして、レイラは足りない分の魔力を自信の生命力で補った。結果、扉を繋げることには成功したものの、レイラは元々体が弱かったことも重なり重度の魔力欠乏症に陥ることになる。

 

 その話がグラミーに届いたのは七日後だった。

 

「レイラ様、本当に申し訳ありませんでした」

 

 ハートフィリアの屋敷に辿り着いたグラミーは、病床に伏せるレイラに涙ながらに謝罪した。気にする必要はないと宥めるレイラにグラミーは首を横に振る。

 

「この鍵は私が持つのにふさわしくありません。どうかレイラ様の手に」

「私にはもう星霊魔法は使えません」

「でしたらルーシィ様に。レイラ様に似て、きっと立派な星霊魔導士になるでしょう」

 

 グラミーの言葉に娘であるルーシィを思い浮かべたレイラは、安心したように息をつく。古くから伝わるエクリプスの解放はレイラの手で成し遂げられた。ルーシィには自由に生きて欲しいと強く願うのだ。

 

「そういえば、ブランディッシュは元気かしら」

「ええ、それはもう。アクエリアスがいなくなったら寂しがるでしょうがね」

「ルーシィと同じくらいの歳でしたね」

「はい。今度お連れします」

「友達になれるといいですね」

「なれますとも」

 

 子供の話になり、沈痛な表情を浮かべていたグラミーにようやく笑みが浮かんだ。それを見てレイラは嬉しそうに言葉を続けた。

 

「私たちみたいにですか?」

「そんなレイラ様、滅相もない」

「いいえ、貴方は私の友達ですよ。グラミー」

「レイラ様……」

 

 レイラの言葉に、グラミーは照れたようにはにかんだ。そうして楽しそうに話す二人には、待ち受ける残酷な運命を知る由もなかったのである。

 グラミーは屋敷から退出すると、弱ったレイラの姿を思いだし、涙を流しながら帰路へとついた。レイラの病状は深刻であり、もう長くないことは明らかだったのだ。

 そのグラミーの背後をつける男がいた。使用人の一人であるゾルディオは、背後からグラミーに近づくと、手に持つナイフで心臓をひと突きにした。

 

「お前のせいで……。レイラ様が、お前の……」

「ゾルディオさん……」

 

 振り返ったグラミーの目に、涙を流し、憎悪に顔を歪めたゾルディオの姿が映し出される。それを見て、グラミーは諦観した自嘲の笑みを浮かべた。

 

「ええ、私のせいですとも。当然の、報いよね……」

「よくも、レイラ様を……」

「お願いします、ゾルディオさん。娘には、ブランディッシュには手を出さないで……。私の命と引き替えにお願いしてるの。分かってくれる……?」

 

 尽き行く命の中で、弱々しくもグラミーは懇願する。その言葉を最後にグラミーは命を落とした。

 

「あ、ああ、ああああ…………」

 

 レイラを失った悲しみと、グラミーを殺した罪の意識。二つに悩まされたゾルディオは精神を壊し、禁忌をおかして闇へと落ちた。

 グラミーの死の真実は謎に包まれ、アラキタシアのブランディッシュにはその死だけが伝えられる。レイラの屋敷に向かい、謎の死を遂げた母。まだ幼かったブランディッシュが、母がレイラに殺されたと思い込んだのは仕方の無いことだった。その思い込みは誰にも正されることなく年月とともに固まっていく。

 レイラもまた、それからすぐに命を落とした。それは夫と娘の間に不和を呼び、レイラの願いとは裏腹に、ルーシィは十七で家を飛び出すまでの間、不自由な生活を強いられることになったのである。

 こうしてルーシィとブランディッシュは互いに母を失い、今に至るまで巡り会うことはついぞなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

 ブランディッシュは母の死を映像として見たことで、かつて母の死を伝えられたときの悲しみを思い出す。そうして、幼い頃に戻ったかのように声をあげて泣き崩れた。

 そうして泣くブランディッシュを、ルーシィが優しく抱きしめる。その両頬を涙が伝った。

 

「あたしたち、今からでも友達になれないかな。ママたちみたいに……」

 

 ブランディッシュは何も答えなかった。ただ、どこか懐かしい温もりを感じながら、ルーシィの腕の中で泣き続けた。

 やがて泣き止んだブランディッシュは、そっとルーシィを突き放す。

 

「ブランディッシュ……」

「私はあんたにとって敵国の将よ。そんなのと友達になろうなんてバカみたい」

 

 そう言って、ブランディッシュはルーシィに対して背中を向けた。

 

「でも、まだ戦争になるって決まったわけじゃ……」

「一つだけ忠告してあげる。戦争を回避することなんて無理。私に何か期待しているのだとしても無駄。そして貴方たちに勝目は無い。死にたくなかったらこのままアラキタシアに向かってのうのうとしてることね」

 

 ルーシィにはそれが、ブランディッシュなりの優しさであることがよく分かった。しかし、その言葉に頷くことは出来ない。

 

「忠告ありがとう。でも逃げることは出来ない。妖精の尻尾はあたしの家で、みんなはあたしの家族だから。あなたたちが牙を剥くというなら、あたしは立ち向かう」

「そう……。ならさっさと帰れば。アクエリアスがいれば、カラコール島まで戻ることもできるでしょ」

 

 ルーシィに背を向けたまま話し続けるブランディッシュに、ルーシィが悲しげに瞳を潤ませる。そのルーシィの肩にそっとアクエリアスが手を置いた。

 

「時間が必要だ。また会おうブランディッシュ」

「…………」

「返事ィ!!」

「……はい」

 

 ブランディッシュの返答を聞いて、アクエリアスは満足そうに頷いた。ルーシィもそんな二人のやりとりを見て僅かに頬を緩めると、机の引き出しから鍵を取り出し、そのままブランディッシュの部屋を後にした。

 ルーシィが退出し、扉が閉まる音を聞いてブランディッシュが小さく呟く。

 

「お母さん、私、どうしたらいいのかな……」

 

 その言葉は誰に届くこともなく、ただ空へと消えていく。

 

 

 

「終わったかい?」

「わぁ!」

 

 ブランディッシュの部屋を後にしたルーシィの目の前に、壁に背をもたれかけたマクベスとメストが現われた。

 

「あ、あんたたちなんでここにいるのよ」

「なんでって、君を助けるために決まっているだろう。なにやら、取り込み中だったようだから、こうして待たせてもらったけどね」

 

 こともなげに言いのけるマクベスに、ルーシィは僅かに表情を引きつらせた。

 

「も、もしかして全部聞いてたの?」

「全部じゃねえが大体。悪いな……」

 

 ルーシィに答えたのはメストであった。メストの方は、デリケートな過去を聞いてしまっただけに少しすまなそうな顔をしている。

 

「あ、いいよ気にしなくて。むしろ助けに来てもらっておいて気を使わせちゃってごめんね」

 

 突然現われたマクベスとメストに驚いてしまい思わず動揺してしまったが、こうして話が終わるまで待っていてくれたことからも、二人が気を使ってくれていたのは確かである。感謝こそすれ、話を聞かれていたことに対する怒りはない。

 

「さあ、そろそろ帰ろうか」

「そうだな。特にナツとハッピーは今か今かと待ってると思うぜ」

「うん。心配かけちゃったし、早く戻らないと。それに兵士に見つかっちゃうかも知れないし──」

 

 そこまで言って、ルーシィははたと気付く。そういえば、将であるブランディッシュが声をあげて泣いていたのに、兵士が誰も駆けつけてこなかった。

 

「どうした、何か忘れ物か?」

「ううん、なんでもない。二人ともありがとう」

 

 ルーシィの言葉にマクベスとメストが肩を竦めてみせると、次の瞬間、軍船からルーシィたちの姿は消え失せた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 オリンピアに帰還したルーシィに駆け寄っていくナツたち妖精の尻尾の面々。エルザはそれを微笑ましそうに見つめながら、マクベスとソラノと言葉を交わす。

 

「おかげで無事、再会することが出来た。ギルドマスターとして礼を言う」

「気にしなくて良いよ。それに僕らは運んだだけ。ほとんどルーシィが一人でなんとかしたようなものだからね」

「そもそも、私たちが見つかって追われてきたせいもあるし。だいたい、本番はここからだゾ」

 

 ソラノの言い含めるような言葉に、エルザは真剣な表情で頷いた。ブランディッシュとのいざこざは想定外。本来の目的はマカロフの救出である。そして、マカロフの居場所は待機している間に聞かされていた。

 

「首都ヴィスタリオン。おそらく12が何人も詰めているのだろうな。油断はできん」

「その通りだ!」

 

 その会話を耳にしたナツが大きく叫ぶ。

 

「なんとしてでもじっちゃんを助けねえとな。邪魔する奴はぶっとばす」

「おいおい、潜入作戦だっての」

「といいつつ、カラコール島ではあばれ回っちゃいましたけどね……」

 

 グレイの言葉にウェンディが苦笑した。子供の命がかかっていたため仕方が無かったが、今度はそんな勝手は許されない。12の一人であるブランディッシュを目にしただけに、ナツ以外の面々の中ではその観が強くなっている。島民の救出に出ているソーヤーとリチャードが戻り次第、すぐに出発することになるだろう。いよいよとあって、皆が気を引き締めた。

 すると、マクベスがそんな面々に口を挟む。

 

「確かに12には気をつけないといけないけれど、実は一つ気になる情報があるんだ」

「気になる情報?」

 

 首を傾げるエルザにマクベスは頷いて言葉を続けた。

 

「アルバレスの皇帝スプリガンは放浪癖があってめったに城に帰らないという。それだけに謎が多く、放浪中も何をしているのか知れたものじゃない」

「確かに、それは異様だな」

「そんな皇帝の特徴を僕たちは調べた。その結果、皇帝は黒髪黒目の青年であり、何百年も姿が変わらないといわれている。加えて、最後に姿を現したのは一年前。イシュガル侵攻の準備を進めるように言い残して再び姿を消した。それが丁度、冥府の門との戦いの直後」

「おい、そりゃあ……」

 

 マクベスの言葉に、妖精の尻尾の面々は息をのむ。口にせずとも、全員がまったく同じことを想像した。それがマクベスたちの推測と一致しているだろうことを確信し、マクベスはゆっくりとその事実を告げる。

 

「アルバレスの皇帝、スプリガンの正体はおそらく──」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「マカロフ殿、もう妖精の尻尾復活の噂は耳に入っておるかね」

「…………。正直、驚きました」

 

 アルバレス帝国、首都ヴィスタリオン。

 マカロフは皇帝の居城にて、大臣であるヤジールと卓を囲んでレジェンカというカードゲームに興じていた。

 

「予想はできたでしょう?」

「あ、ええ、ギルドのことではありません。驚いたのは皇帝陛下のお人柄です。もっと、その、なんと言いますか……」

「独裁的?」

「せっかく言葉を選んでおったのに」

「ははははは」

 

 マカロフの困ったような反応に、ヤジールは楽しそうに笑った。

 

「私を客人として迎えいれ交渉に応じてくれるとは、一年前は思ってもいなかった。まあ、交渉はあなたとですが」

「陛下は放浪癖があってね。なかなか城には戻ってこられません」

「本来、政治的な地位のない一人の老人と交渉など……」

「それだけあなたの持つカードが魅力的なのだよ」

 

 話ながらも、卓上には二人の手札から次々にカードが置かれていく。

 

「血気盛んな盾の連中をなだめ、武力による解決を回避なさろうとしておると言ってましたな」

「我が王は優しすぎる」

「イシュガルではアラキタシア中のギルドを武力で制した武人として、陛下の名が伝わっておった」

「もちろんそういう一面もおありだ。王なのだから」

 

 そう言って、ヤジールは手札から王のカードを卓上に出した。それを見て、マカロフは投げるように手札を手放す。

 

「ヤジール殿はレジェンカがお強い。また負けたわい」

「攻略の鍵は女神を手放さないことですぞ」

 

 ヤジールは手に持つ札をひっくり返し、そのカードをマカロフに見せる。そこには女神の絵が描かれていた。

 その時、城下から民衆の歓声が響いてくる。耳を立てれば、それが皇帝の一年ぶりの帰還を祝うものであることはすぐに分かった。

 

「おお、噂をすれば」

「待ちわびてましたぞ」

 

 それらの声を聞いて、ヤジールとマカロフはそろって席を立つ。そして城の上から城下の様子を覗き込んだ。

 

「安心なされ。イシュガル不可侵の件は陛下のお耳にも届いておる。あとは陛下の印さえあれば盾も納得されようぞ。全てが終わったらギルドに帰りなされ」

「ええ、家族が待って……」

 

 ヤジールがかけた言葉にマカロフは瞳を潤ませる。一年の時を経て、目的を果たしてようやく帰れると思えば感慨もひとしおであった。

 しかし、マカロフの感慨は皇帝の姿を目にした途端、綺麗さっぱり消え失せた。

 

「いつみても若々しい。うらやましい限りですな」

「……え?」

 

 黒髪黒目の青年が、群衆の歓声を浴びながら悠然と歩いてくる。その姿を、マカロフが見間違えるはずもない。

 

(…………ゼレフ)

 

 マカロフはその光景を呆然と見つめながら、体が芯から冷えていくのを感じていた。




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