第五十五話 国崩しのブランディッシュ
斑鳩は執務室でひとり黄昏れていた。窓を大きく開け放し、街の光景をじっと見つめる。
昨日、斑鳩の聖十大魔導序列一位就任の報道は大陸中に行き渡り、誰もが知るところとなった。ご丁寧に新聞や雑誌には両断されたイクサツナギの写真までついている。どうやら事前に手回しをして、マルバの街にカメラマンを潜ませていたらしい。用意周到なことである。
「師匠やカグラはん、サギはんはきっと驚いてるでしょうなぁ」
そして、驚きと同じだけ喜んでくれているだろう。今の忙しい身では中々叶わないが、近いうちに顔を合わせたいものである。
斑鳩は腰の神刀を抜き放ち、街の光景と重ねてみた。この一刀にイシュガルの威信がかかっていると思えば、自然と身が引き締まる。同時に、自らの剣、無月流に思いが巡った。
「イシュガルの、という条件はつきますが、初代の求めた最強の称号を手に入れたことになるんでしょうか。もっとも、エトゥナ様の力を含んだ評価である以上、邪道なのかもしれまへんが」
最強を求めた初代が周囲に敵を作りながら戦い続け磨きあげた剣術。歩む道に光は差さず、闇を照らす月の光すら浴びることは許されない。故に無月。
しかし、と斑鳩は思う。それではあまりにも、大陸の威信を背負うに相応しくないのではなかろうか。だからこそ、己が剣の意をここに新たにしよう。
「我が剣は月無き闇を歩む剣に非ず。無明の闇を照らす月とならん。──うん、これがいいどすな」
斑鳩は誓いを新たに、神刀を腰の鞘へと戻す。そして、ぐっと背伸びをすると、仕事に戻るために窓に背を向けた。序列一位に就任したからといって、仕事が無くなるわけではないのだ。
「……ん?」
さて、もうひとがんばりだと気合いを入れ直したとき、部屋に置かれている通信用魔水晶が光り出した。ジェラールからの連絡である。
「どうされました?」
『アルバレス組と連絡がついた』
「────!」
斑鳩はジェラールからの報告を受けた後、すぐにメストを呼び出した。
*******
アルバレス帝国、首都ヴィスタリオン。
皇帝を守る十二の盾、スプリガン
「ブランディッシュ様、スパイ追跡の準備が整いました」
そのブランディッシュの部屋を訪れ、部下であるマリンが報告する。マリンはにへらと笑みを浮かべ、「いつ見ても合格です」と鼻の下を伸ばして呟いた。
当のブランディッシュはマリンの報告を聞いても雑誌をめくる手を止めず、億劫そうに返答した。
「私、めんどくさいから行きたくない」
「えぇ……。ブランディッシュ様、それはまずいですよ。不合格ですよ…………」
「放っておいてもイシュガルから手を出してくることなんてないでしょ。躍起になってるのはこっち側だけ。そもそも私、戦争なんて反対なのよね。いや、しようとしているのは戦争ですらない大量虐殺。一方的な征服じゃない」
ブランディッシュの言葉に、マリンは困ったように笑顔を引きつらせた。
「そんなことあっしに言われましても……。オーガスト様からの命令ですし」
「その通りだ」
そこに、第三者の声が入ってくる。部屋の入り口に立つマリンの後ろに、いつの間にか老人が一人立っていた。
「お、オーガスト様!?」
“魔導王”オーガスト。スプリガン12の総長であり、アルバレス最強を謳われる男である。そのあまりの強さに厄災と呼ばれ、
マリンはオーガストの存在に気がつくと、冷や汗を浮かべてすぐにオーガストの前から身をひいて道を開ける。
ブランディッシュはオーガストの声を聞いてようやく雑誌を手元に置くと、オーガストの方に向き直った。
「ブランディッシュ、我々は陛下に命を捧げた身。そして陛下がイシュガル侵攻を望んでいる以上、我ら12は全力を持ってその意を叶えなければならない。…………今の発言は聞かなかったことにしておく。だから早く追跡に向かうが良い。これは命令だ」
念を押し、強く言い聞かせるようにそう話したオーガスト。そこからは、盲目的ともいえるほどの皇帝に対する想いが伺えた。その想いがなんなのか、忠義か、信仰か、はたまた別の何かなのか。そこまではブランディッシュには分からなかった。
ブランディッシュは何かを口にしようとし、思い留めるとオーガストに頷いた。
「分かった。おじいちゃんがそう言うなら行くわ」
ブランディッシュは初めて気だるげな表情を崩し、笑顔を浮かべる。
その笑みに、オーガストは少し困ったように溜息をつく。
「…………お主を孫にした覚えはないぞ」
「でも、私にとってはおじいちゃんだもん」
ブランディッシュにとってオーガストは、小さい頃に唯一の家族であった母を亡くしてからの仲である。ブランディッシュが並外れた魔力を持っていたという理由があったのかもしれないが、事実として身寄りのなくなったブランディッシュの面倒をオーガストが見てくれたのだ。
厄災と呼ばれ恐れられるオーガストは、ブランディッシュから向けられる好意に内心戸惑う。そして、胸の奥に宿るよく分からない感情から逃げるように背を向けた。
「相手は我々から逃げおおせた手練れ。いくらお主とて油断はするな」
そう言い残し、オーガストはどこかへと去って行く。
マリンはその背を見送って、安心したように大きく息を吐いた。
「それじゃあマリン。お願い」
「は、はい!」
マリンがブランディッシュの言葉に頷くと、二人の姿が部屋から消えた。二人はマリンの空間魔法で移動すると、追跡部隊と合流してすぐに任務へと出発した。
*******
ルーシィの手紙によって、再びマグノリアに集結した元
「ギルドの地下にこんなところがあったとは」
「普段は入り口さえ封じられているからな」
そのエルザはメストに連れられて、薄暗い階段を下っていた。
冥府の門との戦いにおいて、セイラの策略によって爆破されたギルドを再建している途中、現われたメストはマカロフの居場所が分かったと伝え、詰め寄るナツたちを躱すとエルザをここに案内してきたのだ。
「なぜここには私しか入れんのだ。ナツがぶーぶー言っていたぞ」
「お前が七代目ギルドマスターだからだよ。これから向かう場所はそういう場所なんだ。本来ならオレにも入る権限はない」
「まさか、評議院でアルバレス潜入の話の折に言っていた……」
「ああ」
やがて二人は階段を下りきり、セイラの爆弾の影響か、ところどころひび割れた広間に出た。その先に、魔法によって封印された大きな扉が構えている。
メストがその封印を解くと、扉はゆっくりと音をたてながら開き、その奥に座すものの姿を二人にさらした。
「これが妖精の尻尾最高機密。ルーメン・イストワールだ」
「…………初代?」
エルザが困惑を露わに呟いた。そこにあったのは、大きな魔水晶の中で眠る初代マスター、メイビス・ヴァーミリオンの肉体だった。
エルザが呆然としていると、後方からどたどたと騒がしい音がして、扉の影からルーシィ、ナツ、ウェンディ、グレイ、ハッピー、シャルルが倒れ込んできた。どうやらこっそりついてきたらしい。メストは仕方が無いと肩を竦めた。
ルーシィたちも初代の肉体を前に困惑を隠せない。
「なんなのよ、これ…………」
「オレにもこいつの正体は分からねえ。だが、とてつもなく重要な何かであることは確かなんだ」
ルーシィの疑問にメストは首を横に振って答えた。
そのルーシィを押しやって、ナツがメストに詰め寄った。
「それよりじっちゃんはどこだ!? 知ってんだろ!!」
「それよりって……」
ナツの言いように苦笑するルーシィ。
その時、その場に居た全員の頭の中に、見覚えのない光景が浮かんでくる。それは事情を説明するためにメストが送った、己の記憶であった。
妖精の尻尾のメンバーであるメストは十年前、マカロフから評議院に潜入せよという任務を受けた。その目的は西の大陸の情報をマカロフに流すこと。理由までは教えてくれなかったが、それでもメストは己の記憶を魔法でいじり、名をドランバルトと偽ってまでその任を果たし続けたのだ。
そして冥府の門戦終結後、マカロフは唐突にギルド解散を宣言した。そのギルド解散宣言の前日に、メストだけには事前にそのことが告げられていた。
困惑するメストにマカロフが言う。
「お主の今までの情報とワシの独自調査で確信したわい。これしか
マカロフはそう言って、メストに理由を説明し始めた。
十年前、アルバレス帝国はイシュガル侵攻を試みて失敗している。そのアルバレスが侵攻を試みた理由はルーメン・イストワールを手に入れるためであった。そして侵攻は失敗したのではなく、評議院が保有するエーテリオンやフェイスといった兵器をちらつかせることで中止にさせたからだという。
しかし評議院が冥府の門によって壊滅させられた今、イシュガルはアルバレスに対して抑止力を失ったのだ。アルバレスは戦って勝てるような相手ではない。
「そんな、じゃあどうすれば……」
「ワシがアルバレス帝国に交渉に行く。この大陸に侵攻するならばルーメン・イストワールを発動させるというカードを見せ、できるだけ時間を稼ぎに行く。これは一つの賭けとなる。その間に評議院を立て直せれば……」
だが、万が一マカロフに何かがあった場合、ギルドが残っていたら標的にされてしまう。それだけはあってはならないと、マカロフは力強く叫ぶ。
「マスター、無茶ですよ……。一人の人間が国を抑止するなんて死にに行くようなものです…………」
「家族の命を背負ってんだ。それが親ってもんだろう」
泣いて止めるメストに、マカロフは力強くそう言い切った。
「オレは
メストから話を聞いたウォーロッドはまず、同じ四天王と呼ばれるハイベリオン、ウルフヘイムに話を通した。協議をしてハイベリオンを議長に聖十大魔導で新評議会を立ち上げることを即座に決定すると、その日のうちにハイベリオンからジュラ、斑鳩、マカロフに招集の手紙が出されたのだ。斑鳩が病院で受け取ったのはこの手紙である。そして、マカロフとゴッドセレナ以外の聖十大魔導が集まった。
その話を聞いて、ルーシィが口を開く。
「そういえば評議会でもマスターの行方については問題になってるって」
「ウォーロッド様と斑鳩様は事情を知っているが、他の方はおそらく知らないはずだ」
「ちょっと待て」
メストの言葉にグレイが食いつく。
「ウォーロッドのじいさんが知ってるのはわかる。だけど、なんでそれを斑鳩が知ってんだ?」
グレイの疑問はもっともだった。
ウォーロッドは評議院立ち上げに際してメストから話は聞いているだろうし、そもそも妖精の尻尾創始者のひとりである。だが、対して斑鳩は何人か妖精の尻尾に知り合いがいる程度で、深い関わりは無いはずであった。
メストはグレイの疑問に頷くと説明を続けた。
「オレはマスターに言われたとおり評議院を復活させた。そこからオレは妖精の尻尾の魔導士として動こうと思ったんだ」
「妖精の尻尾の魔導士として?」
「ああ。具体的にはマスターの消息を辿ろうとした。だが、オレにはそれを実行するだけの力も、あてがない。評議院立ち上げの時と同じようにウォーロッド様を頼ったが、こればかりはウォーロッド様にもあてがなかった。そんな時、エルザが斑鳩の元に身を寄せていることを知ったんだ」
そこまで話を聞いたルーシィが何かに気がついて手を打った。
「そうか!
「確か、恩赦を受けたんですよね」
ルーシィとウェンディの言葉を肯定して頷くメスト。
「そうだ。オレはエルザを頼って斑鳩様にある程度事情を話した。そして、アルバレスの事情を探ることも必要と頷き、情勢を探るついでならば、とマスターの居場所を探すことに賛成してくださったんだ。そしてつい先日、マスターの居場所を突き止めたと斑鳩様から報告を受けた」
メストの説明を聞き終えて、グレイたちは表情に理解の色を浮かべた。
その中で、ナツが両の拳を打ち合わせて口を開く。
「なら話は速え。さっさとじっちゃんを連れ戻そうぜ」
「だな。もうじいさんの時間稼ぎは成功してる。もうアルバレスに留まる必要は無いはずだ」
「待て」
ナツの言葉に賛同し、意気込む面々だったが、それをエルザが押しとどめる。
「マスターが役目を果たしたにも関わらず、帰ってこないからには相応の理由があるはずだ。最悪、戦いになる可能性もある」
「ギルドのメンバーがそろえばどんな敵だって怖くないよ!」
「みんなで行きましょ!」
ハッピーとシャルルの言葉に、エルザは頑として首を横に振った。
「マスターほどの人が勝てないと見込んだ相手だ。無策で突入するわけにはいかん」
「オレたちは一年で強くなった! どんな敵だろうが負けたりしねえ!!」
「マスターが身を挺して作った時間。私たちへの想い。無駄にするつもりか。ギルドを建て直し、仕事を再開し、妖精の尻尾を復活させる。再び集まったみんながいつも通りに笑っていてほしい。これが私の、七代目マスターとしての考えだ」
「エルザさん……」
「オイ、そりゃあ──」
「だが」
何か言いかけたグレイの言葉に被せるように、エルザは言葉を続けた。
「一人のギルドメンバーとしての考えは違う。必ずマスターを救出しなければならない。だからここにいるメンバーのみで行動する。少人数がいい。アルバレスに潜入してマスターを救出、そして脱出する。これは戦いではない。潜入、救出作戦。無駄な戦いも騒ぎも一切起こさない──いいか、ナツ」
「お、おう……」
エルザに真っ直ぐに見据えられ、ナツは視線を逸らし、歯切れ悪く頷いた。若干信用できないが、何はともあれ作戦は決まった。
ナツが笑みを浮かべて決意を口にする。
「必ずじっちゃんを助け出す!」
「ふん、抜け駆けか」
その会話を、ガジルの耳が拾っていた。
*******
翌日、エルザたちは海上で船に揺られ、アラキタシアとイシュガルの間にある観光地、カラコール島を目指していた。
アルバレスまでは船で十日、アラキタシアについてからも首都までは数日かかる。したがって、カラコール島で物資を補給するとともに、諜報員と合流して潜入経路を聞く手はずとなっている。
ようやくカラコール島の姿が視認できるほどに近づいた頃、エルザが島の様子を伺って声をあげた。
「あの船はなんだ?」
カラコール島に二隻、巨大な漆黒の船が停泊していた。
その船の正体を知るメストが驚きに声を荒げる。
「アルバレス帝国軍の船だと!?」
メストが望遠鏡で様子を探ると、どうやら港で何かしらの検閲を行っているらしい。寝室から這い出てきたナツとウェンディが耳を立てると、スパイの仲間を探しているらしいことが分かった。同時に、スパイがまだ見つかっていないことも。
「どうする」
「ヤツらに諜報員が捕まる前に接触せねばな」
メストの問いにエルザが答える。
依然、予定通りカラコール島を目指す一行だったが、メストは嫌な予感を拭えなかった。
結論として、メストの嫌な予感は的中した。
「やっちまった!」
そう言って冷や汗を流すメストの視線の先では、兵士を殴り倒すエルザたちの姿があった。
ギルドの紋章を偽装し、色仕掛けで検閲を押し通るまでは良かったのだが、横暴なアルバレス兵の手で子供が殺されそうになる光景を見て、見過ごせる者などいなかった。
慌てるメストに、グレイとルーシィが声をかけた。
「メスト、行け!」
「諜報員と合流して!」
「そうか、ここで騒ぎを起こしているうちに!」
別行動にエルザとナツも賛成する。
メストはみんなの武運を祈ると、瞬間移動で姿を消した。
ウェンディ、シャルル、ハッピーはも子供を連れて避難する。
続々と現われるアルバレス兵たちをなぎ倒していくエルザたち。一通り片付けると、周囲にもう兵士はいないのか襲撃が止んだ。
「あっけねえな。本当にじいさんがビビるほどのヤツらか?」
「おそらく船から増援が来るぞ」
ナツが倒れた兵士の横にしゃがみ込み、思いついたことを口に出す。
「なあ、こいつらからじっちゃんのこと聞けばいいんじゃねえのか?」
「それはやめておいた方がいいわ。知ってる可能性は低いし、あたしたちの目的を知られるのは得策じゃない」
ナツの提案にルーシィが首を横に振る。
それを尻目に、エルザとナツは近くにあった屋台の席に腰をかけ、スターマンゴーのジェラートを味わい出した。
「とにかく油断はするな」
「うめえ!」
「言ってることとやってることのギャップに気付いてないのかしら……」
ルーシィはその様子に、思わず呆れたように呟いた。
グレイも屋台に寄っていき、その店主に話しかける。この騒動の中で商売を続ける商魂の逞しさを称えるグレイに、店主はこのくらいの喧嘩はよくあることだと笑って流した。そして、店主の夢について話を聞いていたときである。
突如、屋台が爆発した。
「何者だ! よくも……」
「あ、いいねその顔。合格合格~」
怒りを見せるエルザに、拍手をしながら男が一人近づいてくる。
男は姿を現すと、エルザたちに向けて名乗りをあげた。
「あっしの名はマリン・ホーロウ。アルバレス帝国軍ブランディッシュ隊所属でーす」
にやけ面を浮かべ、軽い調子で名乗ったマリンに警戒を注ぎながら、グレイは店主に持っている金を全て渡して逃げるように促した。
そして、まず最初に戦意を露わにしたのはエルザであった。
「合格合格~。いつでも合格~」
「訳が分からんことを。スイーツの恨みは恐ろしいぞ。換装!」
そう言って、魔法の鎧を呼び出すべく魔法を発動したエルザであったが、意に反して鎧を呼び出すことが出来なかった。
「ダメダメ。空間は全部あっしのもの」
「空間?」
「
エルザの魔法発動を阻害したばかりが、看破して解説までしてみせるマリン。これでエルザは無力化されたに等しい。
それを見て、ルーシィが腰に下がる鍵を取り出した。
「だったら、開け人馬宮の扉──」
「星霊魔法。それも空間系だよ」
マリンはそう言って肩を竦める。実際、エルザと同様にルーシィの魔法も発動しなかった。
魔法を封じられて焦るエルザとルーシィに、マリンは人差し指を立てて口を開く。
「あ、一つ言い忘れてましたわ。あっしの前で空間の掟を破った者は、あっしのくつろぎ空間へご招待でーす」
「なんだこれは!?」
「体が!」
「ルーシィ、エルザ!」
突然、エルザとルーシィの体が泡とともに消えだした。ナツが慌てて手を差し出すが、その手は空をきり、二人の姿は消失した。
「おい! エルザとルーシィはどこ行った!」
「言ったでしょ。あっしのくつろぎ空間へご招待って。あの二人は合格だからあっしのものですわ。だが、てめえらは不合格だ」
そう言うと、マリンの表情から常に浮かべていた、にやついた笑みが消え失せる。
「不合格じゃボケェェェ!!!」
「キャラが変わった!?」
マリンが青筋を浮かべながら怒号する。その豹変ぶりにグレイが面食らっていると、マリンが指を一つならした。
「てめえらの仲間だろ!」
「メスト!!」
マリンが指を鳴らすと傷だらけのメストが現われ、砂の上に投げ出される。その全身は傷に塗れ、既にマリンと戦った後であることが見て取れる。
「こいつもオレ様の前で空間の魔法を使った。不合格! 汚え! 野郎が空間の魔法を使うんじゃねえぞコラ!!」
怒るマリンに躊躇無くナツが殴りかかった。炎を纏った拳がマリンを捉える寸前、ナツの前からマリンの姿が消える。瞬間、背後に現われたマリンの気配を感じ取り、振り向きざま手刀を叩き込むが、これもマリンが消えたことで躱された。
「オレ様は空間魔法のスペシャリスト。オレ様が掟なんだ!」
「がはっ!」
「ナツ!!」
さらに背後へ移動したマリンがナツの背中を拳で打ち抜いた。
グレイがマリンをキッと睨むと、マリンは再び姿を消した。それを見た瞬間、グレイは反射的に自分の拳と掌を合わせていた。
「アイスメイク
「何!?」
グレイは己の背後に氷の棘山を作り出していた。油断していたマリンはそこに飛び込み、いくつもの裂傷をその身に刻んでしまう。
「何さらしてくれてんじゃコラ!!」
「ハッ、てめえみたいなのはあのチビ相手でこりてるっての」
青鷺との戦闘経験がグレイを助けた。空間魔法を使わないグレイにとって、ただ転移しながら攻撃してくるだけなら、青鷺やミネルバよりもよっぽど与しやすい敵に思えた。
「空間を制する者が戦いに勝つ! てめえごときが調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「試してみろよ。変態野郎」
「──やれやれ、こんなところで何をしているんだ。君たちは」
「誰だ!!?」
グレイの背後から、その場の誰のものでも無い男の声がかけられた。振り返ったグレイには、その姿に覚えがあった。
「お前、確か魔女の罪の……」
その男は魔女の罪のメンバーの一人、マクベスだった。
マクベスはグレイ、ナツ、そしてメストを見渡すと、やれやれと溜息をつく。
「潜入するという話だったのに、随分な騒ぎじゃないか。まあ、下手をうってこいつらを招き寄せた僕たちにも責任があるから、強くは言えないけどね」
「おい、呑気なこと言ってる場合かよ。まだ敵が目の前に──」
「ああ、彼ならもう心配いらないよ」
「は?」
マクベスの言葉に、再度グレイがマリンに視線を移せば、虚ろな目で虚空を見つめるマリンの姿があった。
「彼はもう夢の中。しばらく目を覚ますことはない」
「ちょっと待て。それじゃ困る。アイツにエルザとルーシィが捕まってんだ。助け出さねえと」
「そうか。なら……」
マクベスが視線を移してマリンを見る。そして何やらマリンが呻きだしたかと思ったら、空中からエルザとルーシィが現われ、メスト同様に砂の上に投げ出された。
「あいたた……」
「ルーシィ! エルザ! 無事か!?」
「何だったんだ。あの悪趣味な空間は…………」
ナツが二人に駆け寄り、無事を確かめるが、メストと違ってこれといった傷は見当たらない。
一方、エルザとルーシィを解放したマリンは泡を吹いて気絶した。それを見たグレイがマクベスに声をかける。
「何したんだ?」
「二人を自発的に返したくなるような夢を見せた。強めに悪夢をかけたから、数日は目覚めないはずさ」
グレイは、顔面を蒼白にしながら泡を吹いているマリンを見下ろして、うへぇ、と思わず呻いてしまう。
その様子に気がつきながら、マクベスは涼しい顔をして口を開いた。
「さて、合流できたことだし早く移動を──」
そこまで言ったところで、突然、グレイの隣にいたマクベスの姿が消える。
「何だ!?」
グレイは咄嗟に足下のマリンを見るが、相変わらず泡を吹いて気絶している。
ならば一体誰が。グレイが疑問に思うのも束の間、マクベスを消した人物はすぐにその正体を現した。
「何を遊んでいるの、マリン」
それはビキニ姿にコートを羽織った女であった。
グレイはその姿を視界に捉えた瞬間、肌が粟立つのを止められなかった。グレイだけではない。エルザもルーシィもメストもナツも、誰もが目の前の人物に戦慄せずにはいられなかった。
(なんだ、このとてつもない魔力は……。今まで感じたことがねえくらいだ。じいさん以上か?)
その女、ブランディッシュは気にもとめていないかのようにグレイの脇を通りすぎる。そして、気絶するマリンの前に立つと大きく溜息をついた。
「はあ、めんどくさい。マリンがいないと移動も楽できないじゃない。なぜかスターマンゴーのジェラート屋さんも潰れてるし……」
「おいてめえ! アイツをどこにやりやがった!!」
「よせナツ!」
「こっちは仲間がやられてんだ! このまま黙ってる訳にはいかねえ!!」
グレイの静止も聞かず、ナツはブランディッシュを戦意を込めて睨み付ける。
ブランディッシュはそのナツの姿を一目見ると、視線をきってマリンの側にしゃがみ込む。そして、気絶したマリンに手を翳し、
「じゃあ、これでこっちも仲間を失ったからおあいこね」
「なっ!」
ブランディッシュはマクベスと同じようにマリンを消し去ってしまう。そしてマリンに翳していた手を握りこみ、そのままコートのポケットにつっこんだ。
「自分の仲間を…………」
「私、めんどくさいのは大嫌いなのよね」
そう言って、ブランディッシュは唖然とするナツたちの顔をまじまじと見渡した。それはマリンが気絶しているために軍船まで戻るのが面倒で、動く気がせずになんとなくした行動だった。普段のブランディッシュならば他人の顔を覚えることなんて面倒で、ぼんやりと目に映すだけだっただろう。
だからこそ、ブランディッシュはそれに気がついた。
「アンタ、どっかで見たことある気がする」
「あ、あたし!?」
そう言って、目を向けられたのはルーシィだった。ブランディッシュはルーシィの顔をじっと見ながら首を傾げて考え込む。
「知り合いか?」
「うーん、あたしには覚えがないんだけど……」
エルザの問いにルーシィは首を横に振った。ブランディッシュ同様に記憶を探るが、会った覚えは全くなかった。
やがてブランディッシュは溜息をついて口を開く。
「……思い出せない。もうめんどくさいから、アンタちょっとついてきてよ」
「は!?」
ブランディッシュがそう言うと、ルーシィの姿が消失した。
それを見た瞬間、ナツの感情が怒りによって爆発する。
「てめえ!! ルーシィをどこにやった!!!!」
「はあ。だから、めんどくさいのは嫌いだって言ってるでしょ」
ナツが怒りのまま、ブランディッシュに渾身の力で殴りかかろうと地面を蹴ろうとしたその時、ナツたちが踏みしめる大地が消失した。ナツたちだけではなく、島民や観光客たちも海に投げ出されている。残された大地はブランディッシュの足下にある、人一人が立つのがやっとという大きさのものだけだった。
ブランディッシュは足下から何かを拾うような仕草をすると、海に浮かぶナツたちを見下ろして口を開く。
「これは忠告。私たちに近づくな。アルバレスにはこの程度の魔導士が十二人いる。敵わぬ戦はしないことね、妖精の尻尾」
ブランディッシュはそう言うと、近づいてきた軍船に飛び乗った。そして軍船はナツたちを置いてアルバレスへと帰っていく。
「待ちやがれ! ルーシィを返せ!!!」
その軍船の背に向かってナツが吠える。右腕に込められた力を使ってでも、船ごとブランディッシュを焼き尽くそうかと本気で考えたその時である。
「やめておいた方がいい。ルーシィはおそらくあの船に乗っている」
「この声、マクベスか!?」
聞こえてきた声にエルザが周囲を見回すが、どこにもそれらしき姿が見当たらない。
「ここだよ」
「痛てて!」
グレイが髪の毛を引っ張られた痛みに小さく呻いた。だが、周りにグレイの髪を引っ張っている人間は一人もいない。
エルザはグレイの方を見て、それに気がついた。
「お前、その姿……」
そこには、グレイの髪にしがみつく小指ほどの大きさになったマクベスの姿があった。
「油断した。だけど小さくされただけ。ルーシィも同じだろう。だからブランディッシュを追いかけるためにも、ひとまず僕らの拠点に行こうじゃないか」
物語が進むごとに斑鳩の出番が少なくなっていく……。
キャラクターも増えるし、話の規模も大きくなるから仕方ないことではあるんですけどね……。