“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第五十四話 黒魔術教団

 枯れた木々が立ち並ぶ、薄暗い森の奥。不気味に佇む建物の中で円卓を囲み、七人の男女が一堂に会していた。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)、そして冥府の門(タルタロス)。バラム同盟の崩壊により、闇ギルドの時代は終わりを告げた。これより始まるは黒魔術教団(アヴァタール)の時代」

 

 背丈を超える杖を携え、仮面をつけた男が告げた。彼の名はアーロック。黒魔術教団の神官であり、実質的なリーダーである。

 

「我らが信条。それは黒魔導士ゼレフの世界。時は来た。ゼレフに反する魔導士どもを浄化させるのだ」

 

 アーロックの言葉に応えるように、皆、口々に同じ言葉を紡いでいく。

 

「全てはゼレフの為に」

 

 

 

 その会話を、一キロ程離れた場所から聞き耳を立てている男がいた。

 

「ようやくか。時間かけさせやがって」

 

 エリックは呟くと、懐から小型通信魔水晶(ラクリマ)を取り出した。

 

「こちらエリック。ヤツら、ようやく動き出しそうだぜ」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔法評議院。その一室で、ウルティアが書類にペンを走らせていく。しばらくして、ウルティアは深い溜息をつきながらペンを置いた。

 

「お疲れ様」

「ありがとう、メルディ」

 

 ウルティアはそばに置かれたカップを持つと、中のお茶を一気に飲み干す。

 お茶を差し入れたメルディが、苦笑いを浮かべながら話しかけた。

 

「最近は書類仕事ばかりで大変だね」

 

 評議員としての経験があるウルティアは、事務仕事に馴れない斑鳩に代わり多くの雑務を引き受けている。もちろん、重要な案件に関しては斑鳩に最終確認を貰わなければならないが。

 

「大変なことには違いないけれど、それ以上に昔のことを思い出して胃が痛いのよね。ふふ…………」

(しまった……)

 

 そう言いながら、ウルティアは遠い目をして乾いた笑みを浮かべる。

 地雷を踏んでしまったメルディは、話題を変えようと慌てて辺りを見渡した。その時、部屋に置かれていた通信用魔水晶が光り出す。

 

「ウル!」

「分かってるわ」

 

 ウルティアとメルディは魔水晶の前に立つと通信を繋げた。水晶にはジェラールの姿が映し出される。

 

「何か進展があったの?」

『浄化の日の正確な日時が分かった。準備はできているな』

 

 浄化の日。それはゼレフを呼ぶため、黒魔術教団が街を一つ殲滅させようとしている日のことである。黒魔術教団は死の集まる所にゼレフが集まると、本気で思い込んでいるのだ。

 

「もちろんよ」

 

 ジェラールの言葉にウルティアが頷く。

 黒魔術教団の調査を開始してから十ヶ月。黒魔術教団は当初の予想を大きく上回る組織であり、本部と他の支部がどこにあるのかも互いに知らないほど徹底して秘密が守られていた。そのために、エリックの聴く魔法を用いても早期の解決が難しかったのだ。

 だが、浄化の日には全ての支部が集結する。

 

「マルバの街にはガジルたちが率いる強行検束部隊が町民に扮して潜んでいるわ。近隣の街にも同様に部隊を送り込んでいるから、ヤツらがマルバの街に進軍したところで囲んでたたけるはずよ」

 

 だからこそ、浄化の日に一網打尽にする。それがジェラールたちの作戦である。

 ジェラールはウルティアの話を聞き、安心したように少し息をつくと口を開いた。

 

『ところで、斑鳩はどうした。当日には彼女の手も借りることになるんだが』

「ああ、それなら……」

 

 ウルティアとメルディは示し合わせたように視線を交わすと苦笑した。

 

「今は休憩がてら、瞑想中よ」

 

 

 

 評議院の中を、肌をひりつかせるような魔力が満たしている。

 

「始まったか……」

「相変わらず、とんでもない魔力だぜ。斑鳩様は」

 

 ここ一年ほどは恒例となった状況に、評議院の職員たちは落ちつかなさを覚えながらも、つとめて気にしないよう職務に戻る。

 

「ふむ、神の魔力か」

 

 ハイベリオンもその魔力を感じ、執務室で一人呟いた。

 

「彼女ならば、背負うに値するかも知れない」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 マルバの街を見下ろせる丘の上で、総勢二千を超える黒魔術教団の信者たちが集結している。

 その威容を眺め、ブライヤは隣に立つジェロームに話しかけた。

 

「凄い数。見てごらんよ下まつげ」

「下まつげ?」

「浄化作戦のために、互いに知らない支部の者まで集まったんだ。今さら評議院が来たとしても、私たちの信仰の前に勝目はないよ」

「うむ、確かにな。…………下まつげはありか」

 

 どこか間の抜けた会話を進める二人を尻目にアベルが口を開いた。

 

「いよいよ始まるんだね、浄化作戦」

「ゼレフに会える……」

 

 メアリーが手を組んで目を輝かせる。その後ろで、D-6と豪門が興奮に僅かに体を震わせた。

 ブライヤ、ジェローム、アベル、メアリー、D-6、豪門。この六人は黒魔術に長けた、黒魔術教団の中でも屈指の実力者たちである。

 

「これよりマルバの街浄化作戦を決行する」

 

 神官であるアーロックの宣言に、信者たちは大いに沸いた。

 

「この街に罪はない。三万の命が運命を知らずに動いておる。その穢れなき魂は彼をこの地に導くであろう。──黒魔導士ゼレフ」

 

 ゼレフの名を口にした途端、つい先程とは比べものにならないほどの熱狂が信者たちを包んだ。

 

「我々は彼とともに歩くために、三万の命を供物として捧げよう。街にある命は全て浄化せよ!」

「進めェ────!!!!」

 

 アーロックの号令で、高い壁に囲まれているアルバの街、その入り口部分へと信者たちが殺到していく。すると、街の中からぞろぞろと人が現れ出てくる。

 

「街から誰か出てくるぞ!」

「構わねえ! まずはあいつらからだ!!」

「浄化を!!」

「ゼレフの為に!!!!」

 

 しかし、信仰に狂った信者たちは、『ゼレフの為に』を合い言葉に躊躇うことなく突き進む。

 その信者たちを巨大な鉄の棍が薙ぎ払った。

 

「ギヒ。ようやく来やがったな。全員逮捕だ! 一人も逃がすんじゃねえぞコラァ!!!」

「オオオ!!!」

 

 ガジルの号令で、強行検束部隊の面々が出鼻をくじかれた黒魔術教団に躍りかかった。

 

「評議院だと!? バカな、作戦が漏れていたのか!!!」

「ジェローム様! 我々の左右後方からも評議院が!! 完全に囲まれています!!!」

「軍隊がもう……。この速さ、あらかじめ潜んでいたな…………!!」

 

 信徒の報告を受け、ジェロームが歯がみする。見渡せばもう迫る評議院の軍隊が見えていた。数は倍の四千はいそうである。

 同様に、事態を確認したブライヤが信者たちに向かって叫んだ。

 

「まだ終わってはいない! 我々の目的はマルバの街を浄化すること。囲む評議院など無視して前進せよ!!」

「……ならば私は後方に向かおう。後方の軍の足が速い。部隊の一部を連れて足止めする」

 

 ブライヤの指示を聞いて、気を持ち直したジェロームが宣言通り後方に向かった。左右の軍はまだ距離が離れているが、後方の軍は既に接敵している。

 ブライヤはそれを見送ると、すぐ後ろに控えていたメアリー、アベル、D-6、豪門の四人を引き連れて前進した。

 

「こちらもそろそろ見せてやろう。ドブネズミどもに黒魔術の恐怖を」

「そりゃあ結構だ。なら今すぐ、ここで見せてもらおうか」

「────ッ! 誰だ!!」

 

 マルバの街への道を切り開こうと進む五人の前に、空から一人の男が降ってきた。その男、エリックは堂々と彼女らの前に立ちはだかる。

 メアリーはそんなエリックを見て、口元に手をあてると嘲笑した。

 

「何コイツ。こんなところに一人で来て頭おかしいの? 受け狙い? 戦場のエンターテイナーか何かなの?」

 

 エリックはメアリーの棘ある言葉に肩を竦めてみせると、嘲笑を返した。

 

「てめえらが何人いたところで、オレの首には届かねえぜ」

「たいそうな自信だ!!」

 

 エリックが自分の首を叩いて挑発してみせると、D-6が躍りかかった。

 

「それに、付け加えるとな。一人で来たのは仲間を気にせず戦えるからだ!!」

「ぐはぁ!!」

 

 エリックはD-6をひらりと躱し、殴りつけて一撃で昏倒させると、ブライヤたちに向けてブレスを放った。四人は即座に地を蹴って避けるが、近くの信者たちは直に浴びて呻きながら昏倒する。

 

「おちゃー! これは毒!!」

「ご名答」

 

 エリックは残された四人のうち、まず豪門を狙った。豪門の魔法は拷問器具を召喚し、自在に操るというもの。

 

「おちゃー! めくるめくお仕置きの数々、くらうがよい!!」

 

 次々と繰り出される拷問器具。しかし、エリックにはその拷問器具がどういうものかも、どういう仕組みなのかも聞こえている。全て避け、豪門を殴り倒す。

 

「メアリー! 動きを止めな!!」

「ブライヤうるさい! 命令するな!!」

 

 メアリーはブライヤに口で反抗しながらも、エリックに黒魔術をかけた。メアリーの黒魔術はウイルス。ウイルスを操って相手の体を蝕むもの。メアリーが黒魔術をかけた直後、ブライヤが四人に分身し、一斉にエリックへと襲いかかった。

 だが、エリックにウイルスのような、毒の類いは通用しない。

 

「悪いな嬢ちゃん。それはむしろ好物だ」

「そんな!」

「メアリーの黒魔術がきいていない!?」

「毒竜の咆哮!!」

 

 エリックが再び、ブレスで周囲にウイルスをまき散らす。ブライヤたちも今度は避けられずにくらってしまう。

 

「分身したところで意味はなかったな」

「くそ……」

 

 四人のブライヤはいずれも毒をくらって地に伏している。視線を移せば、メアリー、アベルも体の自由を失って倒れていた。

 

「私がウイルスでやられるなんて……」

「ノーロさんさえ使えればこんな奴……」

 

 メアリーはウイルスを操るといっても、スレイヤー系魔導士ほど同属性の魔法に対して耐性を持っている訳ではない。

 アベルが手に持つノーロさんという人形は、髪の毛をくっつければその髪の毛の持ち主を自在に操れるという恐るべき代物だが、エリックは近づいてさえくれず、髪の毛を手に入れる機会がなかったので為す術もなく倒れている。

 

「これで、それなりにやりそうなヤツらは倒したか。なら」

 

 エリックは周囲を囲む信者を見渡した。信者たちはエリックの視線に晒され、気圧されたように後ずさる。

 

「次はてめえらの番だな」

「ひいっ……!」

 

 信者たちから小さく悲鳴が上がる。教団の実力者たちを一蹴した毒を操る恐ろしい男を前にして、信者たちを包んでいた狂気が薄れ始めていた。

 

 

 

「なんだあれは」

 

 後方に向かったジェロームは、目にした光景にしばし呆けてしまう。

 評議院の軍の先頭を、馬にまたがって赤髪の女が走っている。異様なのはその女一人に後方の部隊が致命的なまでに乱されているということだ。そこに駆けつけた軍が次々に信者たちを拘束していっている。

 

「単騎で隊を乱すとはかなりの手練れ。だが、我が暗黒剣は禁断の黒魔術。その身に刻み、浄化してやろう」

 

 ジェロームは暗黒剣を携えて、赤髪の女、エルザに向けて歩みを進める。

 一方、エルザは魔法部隊の法撃にさらされ、馬から飛び降りると、換装で幽絶の鎧を身に纏う。背に左右四枚ずつ、計八枚の剣が翼のように並んでいる。

 

「舞え」

 

 エルザが口にしたとおり、八枚の刃は自在に舞い、囲む信者たちを斬り捨てる。再び剣を背に仕舞うと、エルザは信者たちを睨み回した。

 

「まだやるつもりか」

 

 信者たちはエルザの威を前にして、完全に身を縮めて萎縮している。

 そこに、エルザの右方からジェロームが斬りかかった。ジェロームの剣を右に背負う四本の剣で防ぐ。

 

「────!」

「美しい騎士だ」

 

 暗黒剣の刀身に触れた部分が腐り出し、四本の剣が破壊される。

 

「ジェロームさんだ!」

「暗黒剣のジェロームが来たぞ!!」

 

 萎えかけていた信者たちに、再び戦意が戻る。

 その声援を受けてジェロームが再びエルザに斬りかかる。咄嗟に左に背負う剣で防ぐが、その際三本の剣を失った。返す剣を避けると、エルザは大きく後退する。

 

「我が剣は、振れたもの全てを腐食させる暗黒剣」

 

 ジェロームは交代するエルザに追撃をしかける。

 エルザは後退しながら、残った最後の一振りを手に取った。そして、剣の切っ先をジェロームに向け、上段霞の構えをとる。

 

「我が剣は──」

 

 瞬間、ジェロームをぞわりと悪寒が襲い、

 

「──触れたことに気付かせない」

「あがああああ!!」

 

 気づけばエルザに斬られていた。全てを腐らせる暗黒剣も、触れなければ意味はない。

 ジェロームは地面に倒れ込む。

 

「まだやるつもりか?」

「…………」

 

 今度こそ、信者たちの戦意は完全に折られたのであった。

 

 

 

「アーロック様、後方は壊滅状態。前方も街への侵入は不可能。これはもう、負け戦です……」

 

 黒魔術教団の中心部で、アーロックに側近の信者が報告する。アーロックはその報告を黙って聞いていた。そこに、上空から光が落ち、周囲の信者たちを吹き飛ばした。

 

「ひいい!!」

「ここまで来たぁ!!」

 

 攻撃を受けた信者たちは既に弱気になっていたこともあり、恐慌状態に陥りかけたが、悠然と立ち続けるアーロックの姿に希望を見出し、なんとかその場に踏みとどまった。

 そのアーロックの前方に、粉塵を巻き上げながらジェラールが降り立つ。

 

「貴様が神官アーロックだな。もはや勝敗は決した。大人しく投降してもらおうか」

「ここまでは予想の範疇。イクサツナギが大地を揺らすとき、浄化は始まる」

 

 アーロックは杖から魔力弾を放つ。

 ジェラールはアーロックの言葉に眉を潜めつつ、魔力弾を躱して流星(ミーティア)を発動する。

 アーロックは素早く杖で魔法陣を描き出すが、その魔法が発動するよりも速く、光を纏ったジェラールが殴り倒した。

 

「ごはっ!!」

「もう一度言う。大人しく投降しろ」

 

 淡々と告げるジェラールと、足下に倒れる神官。その光景に最早勝敗は決したと、信者たちが投降しようとした時である。不意にアーロックが笑い出した。

 

「くくく、負けるのはそなた等の方だ」

「…………」

「我はこの日のために自らの顔を焼いた。それが代償だった! 我は喜んで顔を焼いたぞ!!」

 

 ジェラールに殴られた衝撃で割れた仮面の奥から、皮のない顔が現われる。

 ジェラールは僅かに顔を顰めながら、狂気に憑かれた笑みを浮かべるアーロックを見下ろしていた。

 

「さあ、契約の闘神よ! 代償の対価を払え!! その力を我が為にふるえ!! イクサツナギ召喚!!!」

 

 アーロックが天に向かって高らかに叫ぶと、晴れ渡っていた空に黒い雲が突如現われ渦を巻く。同時に、戦場全体を肌を刺すような空気が覆った。

 続いて、渦の中心から現われた巨大な足が、足下の信者たちもお構いなしに踏みつけながら大地に降りる。

 

「これが真の浄化作戦。捧げる魂は黒魔術教団の信者の信仰する心。街の人間などどうでもよい。ゼレフを信じ、死んでいく者の魂こそ究極の供物。それでこそ、ゼレフは姿を現わし我々を導いてくださる」

 

 もう片方の足も地に降り立ち、ついにイクサツナギがその全貌を現した。天を衝く山のような巨体に、獅子が如き顔を乗せ、その巨体に見合った大剣を携えている。一目見ただけでかなわぬと思わせる、まさに人智及ばぬ神の姿がそこにはあった。

 

「ふはははは! 闘神イクサツナギは誰にも止められん!! この場全ての命を奪い尽くすまでなァ!!!」

 

 イクサツナギを仰ぎ見て、勝利を確信して高らかに笑うアーロック。

 その姿を見て、ジェラールは深く溜息をついた。

 

「貴様を見ていると、昔を思い出して自己嫌悪で死にたくなるな」

 

 かつてゼレフを甦らせようと楽園の塔を建設し、エルザを生贄に捧げようとしたときのことが思い浮かぶ。それより以前、子供のころにジェラールたちをさらった教団の男たちの顔も、足下の男と重なった。

 同時に思う。それら悪の思惑が成就したためしがないことを。そして此度もまた過去に習い、野望が為されることなどないだろうということを。

 

「何を余裕ぶっておる。貴様もまた、闘神の前には無力な人間にすぎんのだぞ!」

「そうかも知れん。だが生憎、オレたちにも女神がついている。文字通りな」

「なに?」

 

 なおも恐怖を感じさせないジェラールの姿に、アーロックは困惑した。

 その時、同時にもう一つ、戦場に遙かなる神威が現われた。

 

 

 

 イクサツナギは眼下に群がる人間たちを見下ろした。イクサツナギにとって、それらの人間は蟻となんら変わらない。興味はない。ただ、召喚者の望み通り殺し尽くすのみである。

 

『ふむ。かのヤクマ十八闘神が一柱とはいえ、召喚者があれではその程度か』

 

 イクサツナギの耳は、憐憫と僅かの嘲笑を含んだその声を逃さなかった。同時に足下の群れから神威が沸き立つ。イクサツナギは初めて興味をひかれ、群れの中からその神威を放つ存在を見つけ出す。

 それはほとんど人と変わらぬ姿をしていた。ただ、額から二本の角を生やし、瞳を黄金に、髪を紫に輝かせている。神を降ろした斑鳩の姿がそこにはあった。

 

『さて闘神よ。現界して早々で悪いが、今すぐに帰ってもらおう』

 

 斑鳩は腰の神刀に手をかけると腰を深く落とした。抜刀の構えである。

 イクサツナギは初めて表情を歪めて笑みをつくると、大剣を大きく振りかぶった。

 

「逃げろ!」

「攻撃が来るぞ!!」

 

 恐慌状態の信者たちは斑鳩の姿に気付くことなく、イクサツナギを見上げながら逃げ惑う。

 その中、ついにその大剣が振り下ろされた。圧倒的重量と人外の怪力によって繰り出される、大地をも裂く一撃。

 斑鳩はその剣を迎え撃つように神刀を水平に抜き放ち、

 

 

 ──大剣ごと、イクサツナギの巨体を両断した。

 

 

 

 

 

「ありえん、こんなことが…………」

 

 アーロックは瞳から光を失い、消えていくイクサツナギの姿を半ば虚ろに見つめていた。

 他の信者たちも同様の面持ちである。完全に心を折られ、囲まれて逃げることも出来ない状況に次々と膝をついていく。

 そこを評議院の軍隊が拘束していき、ここに黒魔術教団は壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 斑鳩は元の姿に戻り、評議院の軍隊が教団の信者たちを連行していく様子を眺めていた。

 そこにジェラールとエリックの二人が合流してきた。

 

「凄まじい力だ。それもよく制御されている」

「ふふ。評議院の皆さんに迷惑をかけてまで慣らしてきたかいがありました」

 

 ゴッドソウルを維持したまま限界まで瞑想する。膨大な魔力にさらされ続けた職員たちは気が気ではなかったが、一年間欠かさず行い、そのかいあってかほぼ完全にゴッドソウルを制御できるようになっていた。

 

「それにしても結局、ゼレフは何も関わっちゃいなかったな」

「ああ。ただ勝手に信仰しているだけの集団だった」

 

 エリックの言葉にジェラールが頷く。斑鳩もその言葉に同意した。

 

「ええ、これならエリックはんにはアルバレスへ向かってもらった方が良かったかもしれまへんね」

 

 黒魔術教団とアルバレス帝国。諜報能力に優れたエリックをどちらの任務につかせるかが問題になった。最終的には本人の希望と、冥府の門との戦いの後、ゼレフが残した言葉が気がかりだったこともあり、より関係がありそうな黒魔術教団の任務につかせたのである。

 したがって、マクベス、ソラノ、リチャード、ソーヤーの四人は現在、移動神殿オリンピアとともにアルバレス潜入の任についていた。エリックがいないとはいえ、マクベスは光を屈折させて姿を消したり幻影をつくったりできるし、リチャードの魔法で地中に身を隠すことも出来る。飛行能力のあるソラノと最速のソーヤーがいれば、万が一の時に逃げることも容易であろう。

 

「ここにいたか」

「あら、エルザはん」

 

 三人の元にエルザも合流してきた。

 エルザは斑鳩の活躍を労うと、かねてより話をつけていたことについて口にする。

 

「では、悪いが私はここで抜けさせてもらう」

 

 王城に炎で落書きをされた、という報道がされたのはつい一週間ほど前のことである。炎で書かれた文字は『FAIRY TAIL』。ナツから送られた、妖精の尻尾復活のメッセージであった。ルーシィからもつい先日、妖精の尻尾を復活させるためにマグノリアに集まろうという手紙を受け取っている。

 

「分かってますよ。もう手続きは済んでます」

「色々と世話になったな」

「いえいえ、エルザはんには助けられました。一年間ありがとうございます。マカロフはんのことも何か分かり次第連絡しますね」

「本当に世話になる。何か困ったことがあったら頼ってくれ。評議院を抜けるとはいえ、力を貸すことに惜しみはしない」

 

 そう言って、斑鳩とエルザは固く握手をして笑みを交わした。

 次いで、エルザはジェラールに視線を移した。

 

「というわけだ。私はいなくなるが、斑鳩に迷惑をかけないようにな」

「分かっているさ。恩をあだで返すような真似はしない」

「ならいい。いずれお前が…………」

 

 エルザは何かを言いかけ、そこで言葉を詰まらせた。

 どうしたのかと、ジェラールは首を傾けつつ問いかける。

 

「どうした?」

「……いや、何でもない。おい、エリック。余計なことは言うんじゃないぞ」

「へいへい」

 

 エルザに睨まれたエリックはニヤついた笑みを浮かべつつ肩を竦めて見せた。その様子に、エルザは少し頬を赤くして鼻を鳴らすと、改めて別れの言葉を述べて妖精の尻尾へと帰っていくのであった。

 エリックはその背を見送り、半年前のことを思い出す。エルザが偶然再会したグレイに手伝ってもらおうと言い出したのだ。

 

『フロッシュは黒魔術教団との戦いの最中、グレイによって殺された』

 

 これが未来ローグの心を聞いて、エリックが知り得たことである。心の声が聞こえても記憶が読める訳ではないエリックでは、その当時の詳細な情報は分からない。したがって、最良の対策は当事者たちをこの件に関わらせないことである。それらを説明し、グレイに協力してもらうという話を白紙にさせたのだ。

 

(結果、何も起こらなかった。義理は果たしたぜ)

 

 そう思い、エリックは小さく息をついた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 黒魔術教団との戦いを終え、評議院に戻ってきた斑鳩はハイベリオンから呼び出しを受けて会議室へと向かっていく。何事かと首を傾げつつ会議室に入れば、ハイベリオンだけでなく、ウルフヘイム、ウォーロッド、ジュラの姿もあった。

 

「斑鳩君、なぜゴッドセレナがいまだに聖十大魔導に名を残しているか知っているかね」

「え、ええ……」

 

 唐突に話し始めたハイベリオンに、斑鳩は困惑しつつも頷いた。

 

「序列一位であるということは、いわばイシュガル最強という証。そんな方が大陸を渡り、イシュガル侵攻を企む帝国の一員になったなどと知られれば、民衆を不安にさせてしまうから。そう聞いてますけど」

「その通りだ。だが、それが全てではない」

「他にもあるんどすか?」

 

 斑鳩の問いに、ハイベリオンは深く頷いた。

 

「君が言うとおり、序列一位はイシュガル最強の証。その背にはイシュガルの威信を背負うことになる。同じイシュガルの魔導士に敗北するのは良い。序列が入れ替わるだけだ。だが、他大陸の魔導士への敗北は、イシュガルの威信を失墜させ、士気を著しく損なうことになる。故に、ゴッドセレナよりも弱い我々では、その称号を背負う資格がなかったのだ」

 

 だからこそ、繰り上げでハイベリオンを序列一位に据える、などという軽挙はとらなかったのだと語る。

 そして、ここまで聞かされた斑鳩の中に一つの予感が生まれた。まさかと思いつつ、緊張で喉が渇いていくのが止まらない。

 

「君は遂に、神の力を御した。その君に問いたい」

 

 ハイベリオン、並びにウルフヘイムたちの真剣な瞳が斑鳩を射抜く。

 

「──君に、イシュガル最強の称号を背負う覚悟はあるだろうか」




というわけで黒魔術教団編は終了。
少しあっさりしすぎてましたかね……?

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