第五十三話 恩赦
斑鳩がハイベリオンからの手紙を受け取ってから一ヶ月。ようやく怪我から回復し、再建された評議院の建物の前に立っていた。
出立前にカグラと青鷺からかけられた言葉を思い出す。
『斑鳩殿、ギルドのことはお任せください。代わって、我々がしっかりと支えていきます』
『……まあ、クビになったらいつでも帰ってくるといいよ』
『おい!』
そう言って、じゃれつくように取っ組み合いを始めた二人の姿を思い出し、斑鳩はクスクスと笑った。評議院への参加は元より断れるようなものではなかったが、斑鳩自身、断りたいとは思わなかった。そのことを二人に告げたとき、悲しみつつも応援してくれたことに感謝をせずにはいられない。
応援といえばもう一人、師匠である修羅も応援してくれている。評議員になることを伝えたときは口をあんぐりと開いて固まっていたものだが、咳払いをして気を取り直すと、短く言葉をかけてくれた。
『思うがまま、好きなようにするがよい。その道に光が照ると私は信じる』
その言葉を思い出すと、ついつい口がにやけてしまう。三十という歳が見えてきても父離れができない斑鳩であった。評議員入りに前向きだったことも、『師の剣が不幸を産むだけではないことを証明する』というかつての誓いに沿うためという部分が大きい。師の笑顔が見たいという利己的な理由であるが、斑鳩の根幹を占める大事な想いである。
斑鳩は評議院の門を潜ると、職員に案内されて会議室へと向かった。会議室に入ると、大きな長机に序列二位ハイベリオン、序列三位ウルフヘイム、序列四位ウォーロッド、序列五位ジュラの四人がすでに腰をかけていた。
「合流が遅くなってしまい、申し訳ありまへん」
「気にすることはない。
斑鳩の声には議長席に腰をかけるハイベリオンが答えた。斑鳩が自分の席についたところで、会議の開始が告げられる。それを斑鳩は眉をひそめて遮った。
「ちょっと待ってください。ゴッドセレナはんとマカロフはんはどうされたんどす?」
序列一位ゴッドセレナ、序列七位マカロフ。八から十位は現在欠番だとしても、後二人、評議院に参加しているべき人物の姿が見当たらない。
斑鳩の疑問にはジュラが答えた。
「マカロフ殿は
ジュラが視線を他の三人に向けると、全員言いづらそうに口をつぐんでいた。
「一体、どうされたんどすか?」
「まさか、ゴッドセレナ様のお体に何か……?」
二人に問い詰められ、隠しきれないと思ったのか、諦めたようにハイベリオンが口を開いた。
「
「ええ。イシュガル侵攻を企み、今ではかなり緊張感が高まっているとか」
超軍事魔法帝国アルバレス。西の大陸にあった正規と闇、合わせて730あった魔導士ギルドを統一して作られた巨大な帝国。イシュガルにあるギルドが約500であることからも、その規模の大きさは推して知るべしである。
「奴はこの地を捨てて西の大陸に渡り、帝国の一員となったのだよ」
「バカな!?」
驚きの声をあげるジュラ。声こそあげなかったが、斑鳩の内心もジュラと同じようなものである。そこに、ハイベリオンはさらに絶望的な事実を告げた。
「皇帝スプリガンを守る12の盾、スプリガン
「それはまさか……」
「そう。イシュガル最強の魔導士と肩を並べる者が他に11人もいる。それがアルバレス帝国」
それはあまりに絶望的な戦力差。会議室を沈黙が包み、重い空気が立ちこめる。
「とはいえ早急に防衛戦を布いたため、すぐに攻めてくる気配はない。戦争になれば我々に勝目は無いが、だからこそ、平和的解決のために尽力せねばならないのだ」
ハイベリオンの言葉に頷き、ウルフヘイムとウォーロッドも口を開く。
「まあ、その辺りは貴様ら若造には荷が重かろう。ハイベリオンとワシ、ウォーロッドじいさんでなんとかするわい」
「そうじゃな。君たちにはその分、イシュガルにおける魔法界の秩序を保ってもらいたい。仕事に関しては以前からの職員たちが補佐をしてくれるから大丈夫じゃろう」
そういうことであれば、と斑鳩とジュラは三人に力強く頷いた。
期せずして、ゴッドセレナの話題から当初会議で話す予定だった、それぞれの役割について共有することができた。その後も細かなことについて話し合いを進めていく。
「さて、これで一通り話し合っておくべき事は済んだが、最後に追加で斑鳩殿に任せたい案件があるのだ」
「うちにどすか? 一体どんな」
「──
瞬間、斑鳩は全身から冷や汗が吹き出すのを実感した。
(な、なぜうちに? まさかうちとの繋がりがばれて…………)
ジェラールたちは皆、闇の世界に身を置いていた。ジェラールとウルティアに至っては先々代の評議院を壊滅させている。
斑鳩を射抜くハイベリオンの視線が疑念をかき立て、流れ出る汗が止まらない。
(サギはん、さっそくクビになって帰るかもしれまへん…………)
斑鳩は就任一日目にして、いきなり解任の危機に陥っていた。
*******
それからさらに一週間後。
王城、華灯宮メリクリアスの玉座の間にて、ジェラールたち魔女の罪は王の前に跪いていた。
(なぜ、こんなことに……)
ジェラールはここに至るまでの過程を回想する。
魔女の罪はつい先日、ヒスイからの呼び出しを受けた。エクリプスの事件以降、緊急時の連絡用
その呼び出しに応じたジェラールたちはヒスイに思わぬ歓迎を受け、正装に着替えさせられると、玉座の間に連れてこられたのだ。
王城に近づくにつれ、エリックがなんともいえない表情になっていったのには気がついていた。
(だが、止めないということは何かしら理由があるのだろう)
そう思い、ジェラールたちは大人しく玉座の間についていったのだ。
玉座には王が座り、右隣にはヒスイ姫が立っている。そのやや後ろにアルカディオスが、反対に右隣には国防大臣であるダートンがそれぞれ控えていた。
何事かと待ち構えるジェラールたちに、ついに国王から言葉をかけられる。
「突然の呼び出しですまない。実は今日、君たちには恩赦を与えたいと思っている」
「恩赦、ですか……」
ジェラールは予期せぬ言葉に、つい問いを返してしまう。他の面々も、露骨に動揺が表に出ていた。
「うむ、君たちのことはよく聞いている。事情も、その功績も」
ジェラールがその言葉を聞いてヒスイに視線を移すと、ヒスイは視線に気がついてにこりと笑みを返した。
「で、でも……私たち闇ギルドだったんだゾ…………」
「分かっている。だが君たちは私たち、ひいてはこの国にとっての恩人だ」
国王はその恩がなんなのか、明確に口にはしなかった。ゼレフの魔法であるエクリプスの存在は公に口にしていいものではない。
「だというのに、完全無罪とは出来ないことは心苦しい」
王は申し訳なさそうに顔を伏せた。表向きには、今回の恩赦は七年以上に渡る闇ギルドの殲滅活動と冥府の門壊滅およびフェイス発動阻止への貢献によるものとなっている。しかし、これらはいかに独立ギルドを名乗っているとしても、ギルド間抗争禁止条約に抵触する恐れのあるグレーゾーンな行いだ。故に、国王が言うように完全に無罪とすることができなかった。
「そういうわけでな。評議院の下で魔法界の秩序安寧のために働いてもらいたい」
「評議院、ですか……」
魔女の罪はこの世の暗黒を払おうと結成したギルド。評議院の下につくことは結成理由に反するものではない。逃げ回らなくていい分、活動の自由度も上がることからも断る理由はない。とはいえ、野放しとは行かず何者かの指揮下に入ることになるだろう。それが、評議院からあまりよく思われていないであろうジェラールたちと衝突しないような人物であることを願うばかりなのだが。
「うむ。向こうとは既に話がついている。ひとまずは斑鳩殿の指揮下に入ってもらうとのことだ」
「────!!」
上官となる人物の名は、あまりにも馴染みあるものだった。
*******
斑鳩はお茶で喉を潤し、湯飲みから口を離して机に置いた。仕事も一段落し、現在は休憩中である。四人掛けの席のうち隣の席にはエルザが腰をかけている。
「どうだ。議員の仕事も少しは馴れたか?」
「全然。もう毎日大変どす……」
斑鳩が溜息交じりにそう答える。
それを聞いて、対面に座るドランバルトもといメストがエルザに視線を向け、呆れたように肩を竦める。
「その斑鳩を手伝いに来たはずの誰かさんは、全く役にたたねえしな」
「うっ……」
「書類はどれも怪文書と化しておったな……」
メストの言葉に、その隣に座っていたウォーロッドも思わず苦笑を浮かべた。
エルザは妖精の尻尾解散からしばらくして、考えた末に斑鳩を訪ねてきたのだ。カグラを頼って人魚の踵に身を寄せようかとも思ったのだが、妖精の尻尾以外のギルドに所属することになんとなく抵抗を感じ、斑鳩の議員就任を聞いてなにかと大変だろうと手伝いに来たのだ。結果は今、メストとウォーロッドが言った通りではあったのだが。
「私にも不得手はある。書類仕事は出来ずとも、実戦で剣を振うことぐらいはできよう。それで、私が配属される部隊はどうなったのだ」
「もうそろそろどすよ」
エルザの言葉をはぐらかし、斑鳩は再び湯飲みに口をつけた。エルザは眉根を寄せて言葉を続ける。
「一体なにに時間がかかっているのだ。ガジルたちはとっくに強行検束部隊として働いているぞ」
「い、斑鳩君。そのことなのじゃが、ガジル君たちを君の指揮下に……」
「おっと、誰か来たみたいどすな」
斑鳩はウォーロッドの言葉を聞かなかったことにして、部屋をノックした人物に入ってくるよう促した。ガジルはなにかとやりすぎて問題を起こしているようだが、評議院に誘ったのはウォーロッド自身なのだから最後まで責任を持ってもらいたいものである。
エルザは肩を落とすウォーロッドを尻目に来客へと目を向けた。そして、その人物を目にして驚愕する。
「ジェラール!? なぜお前が評議院にいるんだ!!?」
「エルザ、おまえもいたのか……」
唖然としているエルザにジェラールは事情を説明した。今日、フィオーレ国王より直々に恩赦を与えられたこと、そして完全無罪とは行かず、斑鳩の下で働くことになったということを。
しばし呆然としていたエルザだったが、他の三人が全く動じていないことに気がついた。
「まさか、お前たちは全員知っていたのか……?」
「ええ、もちろん」
斑鳩だけでなく、他の二人も頷いている。
エルザが内に渦巻く様々な感情を整理できずに唸っていると、変わってジェラールが斑鳩に問いかける。
「この恩赦は君のはからいか?」
「そんな訳ないじゃありまへんか」
「違ったのか?」
「うちが怪我から回復して評議院に参加してから一週間どすよ。こんな短い間にそんな手回しはできまへん。ただでさえ馴れない仕事に手を焼いていたんどすから」
斑鳩が肩を竦めてみせると、ジェラールは意外そうに目を見開いた。てっきり全て斑鳩の仕業だと思っていたのだ。上官が斑鳩になった時点でほぼ確実にそうだと確信していたのだが。
斑鳩は一週間前の会議で言い渡されたことを思い出す。
『魔女の罪に恩赦が言い渡され、以後は我々の下で働いてもらうことになる。そこで斑鳩殿には彼らを監督してもらいたい』
最初は繋がりがばれたが故かと焦ったが、何のことはない。五人の中で一番事務能力が低い斑鳩に任せるのが、魔法界の運営に一番支障が出ないと判断されただけであった。
(まあ、その判断に思うところがないわけではないんどすが……)
事実だけに何も言い返せない。
その話を聞くと、ジェラールは眉間に皺を寄せた。
「だとしたら、なぜオレたちに恩赦なんて……」
斑鳩は呆れたように溜息をつくと経緯を話し始める。
「この件に関しては、国防大臣のダートンはんが言い出したことみたいどすよ」
「ダートン殿が!?」
ジェラールの脳裏に、エクリプスを開かないよう説得した時のことが思い浮かぶ。
『もし本当にドラゴンの襲来がなければ、お主たちはこの国を救ったことになるであろう。そのときは改めて謝罪と感謝をさせてもらう』
(ダートン殿……)
信用していなかった訳ではないが、まさかこのような形で礼をされるとは思っても見なかった。呆然とするジェラールに斑鳩が加えて説明する。
「エクリプス計画の顛末については聞いています。アルバレス間との緊張感が高まっている今、もしものときにあなたたちのような精鋭集団を自由に動かせるようにしておきたい、という大臣としての判断もあるでしょうけれど、間違いなく決断をさせたのはあなたたちへの感謝どす。もっと素直に受け止めたらいかがどすか?」
「…………そうか。確かに、そうかもしれないな」
斑鳩としてはエクリプス計画を阻止し、フェイス計画阻止にも大きく貢献したのだ。世界を二度も救ったようなものであるのだから、もっと堂々としてもいいと思うのだが、本人たちの罪の意識というのはそう簡単に消えないらしい。
「ところで他の方々はどうしたんどす?」
「離れたところに待機させている。過去を思えば、オレたちが評議院に入ることはあまりよく思われないだろう。特に機密情報を聞き出してしまいかねないエリックなどなおさらな」
「真面目どすなぁ。まあ、無理に入れとはいいまへんけど」
そこで、ようやく感情に整理がついたのか、エルザが何かに気付いて口を挟んできた。
「おい待て。まさか、私が配属される部隊というのは……」
「そう、魔女の罪どす。正確にはうちの代行として、彼らを監督してもらう立場になってもらうわけどすが。その方がお互いに動きやすいでしょう」
「何から何まで、世話になってすまないな」
「いいんどすよ。それに、貴方たちは下手に縛るよりも自由に動いてもらった方が活躍してくれるでしょう。まあ、責任は全部うちにくるので多少は自重して欲しいんどすが」
そう言って、斑鳩は悪戯っぽく微笑んだ。思わずジェラールもつられて笑みを浮かべてしまう。
「では、早速。貴方たちにして欲しい仕事が二つあります」
「ああ。どんな仕事でも、しっかりと果たさせてもらう」
ジェラールは姿勢を正し、しっかりと斑鳩たちに向き合った。
斑鳩はウォーロッドとメストに目配せをすると、お互いにその内容を口にした。
「一つはアルバレス帝国への潜入、そして」
「もう一つは
多分、黒魔術教団編はすぐに終わると思います。