“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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遅くなってすみません……。


第五十一話 勝利への道

 ヘルズ・コアが音を立てて崩壊した。

 触手の悪魔が千切れ落ち、その中心でミラが額の汗をぬぐい取る。

 

「ふう、これでよし。そっちは任せちゃってごめんね」

「いいわよ。これくらい」

 

 ウルティアが軽い調子でミラに答えた。足下には兎のような髪型をした悪魔、ラミーが転がっている。それも一体だけではなく、何体も積み重なっていた。

 アレグリアが斑鳩の月の雫(ムーンドリップ)で解除された後、ミラとウルティアがいたヘルズ・コアにラミーの群れが押し寄せたのだ。

 

「まさか、あの悪魔が量産型だったなんてね。凄い数だったけど、あなたの弟妹のおかげでそんなに手間じゃなかったわ」

「あの満身創痍の二人もね」

 

 そう言って二人が視線を向けた先で、最後のラミーが地に伏した。

 その周囲には四つの影。

 ヘルズ・コアにはエルフマンにリサーナ、そしてジェラールとエルザが合流していた。

 

「漢ォ!!」

「ふう、やっと終わった」

 

 エルフマンが吠え、その横ではリサーナが一息ついている。

 エルザが僅かに不満を滲ませながら口を開いた。

 

「まったく、私はまだ戦えると言うのに……」

「無理をするな。拷問に加えて九鬼門との戦闘。いくらお前でも限界に近いだろう」

「私よりも重傷の男に言われたくはないな」

「む」

 

 エルザとジェラールの会話を聞いて、その場の誰もがどっちもどっちだと心の中で呟いた。どちらも、普通ならば立っていることも苦痛なほどに傷を負っている。

 ミラは苦笑し、ウルティアは頭を抱える。

 なんにせよ、ヘルズ・コアの戦いも終結し、九鬼門も全てが倒れた今、残すは闇の頂点たるゼロと冥王を残すのみであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ゼロが地面を蹴り砕くように前進した。

 向かう先にはソーヤー、リチャード、メルディの姿がある。三人を初めに狙ったのは特に理由があったわけではない。単純にゼロの正面にいたというだけだ。

 

「元六魔じゃないけど、私だって今は仲間なんだから! マギルティ=センス!!」

 

 メルディの魔力がその場に居るゼロ以外の魔導士たちを繋いだ。

 マギルティ=センスは感覚と感情を繋げ、信じ合う者同士の力を高める魔法。感覚を繋ぐ以上、傷の痛みも共有してしまう。故に激しい痛みが皆を襲うが、今更それしきのことで足を止める者はいない。足を止めているようではゼロになど永遠に届かない。

 

「ありがとよ、メルディ!!」

 

 ソーヤーは向かってくるゼロに対し、正面から突っ込んだ。ゼロが繰り出した掌底をくぐり抜け、腹に肘鉄をお見舞いする。

 しかし、ゼロの肉体は微塵も揺らがない。

 ゼロは両腕を頭上で組み、懐のソーヤーに振り下ろす。

 ソーヤーは体を捻り、ゼロの右脇に転がり込んで避けた。

 

「てめえ、ブレインが教えた魔法じゃねえな」

「七年あれば、成長すんだぜ」

「だが、速えだけだ」

「くっ!!」

 

 ゼロから発された暗黒の魔力が大きく広がり、ソーヤーを囲むようにして迫ってきた。いくら速くとも逃げ場がなければ無意味。最早ソーヤーには死あるのみ。

 だが、ソーヤーは一人で戦っているわけではない。

 迫る暗黒の魔力の一部が捻れるようにして開き、魔力の及ばないトンネルができあがる。

 

「助かったぜ!!」

「ミッドナイトか」

 

 ゼロが上空を睨んだ。そこには白い翼を生やして飛行するソラノと、背負われているマクベスがいる。

 

「エンジェルのあれも、ブレインが教えた魔法じゃねえな」

 

 ゼロが右腕でソラノを指し示すと、ソーヤーを襲うはずだった魔力は上空へと立ち上っていく。

 ソラノは翼を大きく広げて体を包むようにすると、そのまま魔力の直撃を受けた。

 ゼロの魔力はソラノたちを破壊することなく、翼に吸い込まれるようにして消えた。これにはゼロも僅かに驚きを見せる。

 

「ほう」

「そのまま返すゾ!」

 

 ソラノが再び翼を広げ、腕を突き出すと純白のビームが撃ち出される。

 ゼロは暗黒の魔力を纏い、跳躍してビームに正面から突っ込んだ。ゼロはビームを切り裂くようにして、勢いを緩めずにソラノに突進する。

 だが、ゼロの突進は、ビームが途切れた瞬間に下方からせり上がってきた土壁に阻まれる。

 

「邪魔くせえ!!」

 

 ゼロが拳を叩き込むと、土の壁は弾け飛んだ。

 しかし、弾け飛んだ土壁の先に、すでにソラノの姿は無い。

 ゼロがソラノを探す暇もなく、下方から気配を感じて視線を落とす。下方から、エリックが土壁の残骸を駆け上ってきていた。

 

「おおおおお!!」

 

 エリックが雄叫びとともに、毒を纏った右拳を突き出した。

 ゼロはエリックの拳を片手で止める。

 

「毒は効かねえよ」

「知ってるよ。あの野郎がオレたちに教えた魔法に対し、対策をしていないはずがねえ」

 

 エリックの体から、毒ではない別の属性が発生する。

 

「だが、これならどうだ! 毒障竜の砕牙!!」

 

 毒と瘴気を纏った一撃。九鬼門のテンペスターさえ沈めたその拳は、またしてもゼロに片手で止められた。

 

「…………まじかよ」

「魔障粒子は少し厄介だな。だが!!」

 

 ゼロの拳がエリックの腹部に叩き込まれる。

 そのままエリックは勢いよく地面に墜落して叩きつけられた。

 

「かはっ」

 

 エリックから瘴気が引いていく。

 

「魔障粒子がオレを汚染するより、オレがてめえを破壊する方が万倍速えんだよ」

 

 ゼロが空中からゆっくりと落下していく。

 魔障粒子はゼロであれ、汚染からは逃れられない。真っ先に破壊する対象として、エリックのもとへと落ちていく。

 エリックはそんなゼロを視界に入れて、残る魔力の全てを肺に注ぎ込んでいた。

 

「毒竜の咆哮!!」

「毒は効かねえっつってんだろうが」

 

 毒竜の咆哮に直接的な威力は無い。毒も効かない。ゼロにとって、その咆哮はそよ風にも等しかった。

 ゼロがエリックの上に、落下する勢いのまま着地する。

 

「ぐ、か、がぁ──」

「ほう、さすが滅竜魔導士。頑丈だな」

 

 骨は折れ、内臓の損傷も軽くはない。それでも、ゼロの足の下でエリックは意識を保ち続ける。エリックは口からごぼごぼと血を吐き出しながら、何事かを呟いた。

 

「──、び、────た」

「あ? なんだ」

「じ、準備は整ったっつったんだよ! クソ野郎!!」

「なに? ────!!」

 

 直後、ゼロは頭上で大きな魔力の高まりを感じて空を仰ぐ。

 

「エンジェル…………」

 

 ソラノが翼を広げ、そこから溢れ出す魔力が、かざす両の掌の内で球体となって凝縮されていく。

 

「なんだ、あの魔力は……」

 

 ソラノ一人ではありえない程の魔力量。

 ゼロが周囲を観察すれば、疲弊したように膝をついているソーヤー、リチャード、マクベスの姿があった。

 

(ヤツらの魔力を一つに集めたのか。さっきのコブラの咆哮も、オレを倒すためではなくエンジェルに魔力を受け渡すため!! 凄まじい魔力だ。──だが)

 

 ゼロがソラノを見上げながら哄笑をあげた。

 

「感覚を共有し、魔力を一つに集め、結局はその程度か! 撃ってこいよ! それじゃあ、オレを倒すには足りねえなァ!!」

 

 ゼロは堂々と両手を広げ、ソラノを挑発する。事実、ゼロはソラノの手にある魔力を微塵も脅威とは思っていなかった。

 ソラノの表情が悔しそうに歪む。

 

「本当は、元六魔として私たちの手で決着をつけたかった。この手で六魔を完全に終わらせたかった。けど、お前は強すぎる」

「当たり前だ。兵隊とマスターじゃあ、格が違え」

「だから、私たちの力はお前に託すゾ!!」

 

 ソラノはゼロとはあらぬ方向に魔力球を発射した。

 

「──なんだ?」

 

 ゼロは意図が分からずに一瞬混乱する。

 ソラノたちの意図はなんなのか。それはすぐに明らかとなった。

 魔力球は地面に着弾し、衝撃で砂煙が舞い上がる。

 だが、それはおかしい。聖十級魔導士五人分の魔力が着弾し、たかが砂煙を舞い上がらせるだけのはずがない。あの砂煙は余波で舞っただけ。ならば、球そのものはどうなった。

 

「後は、頼んだゾ……」

 

 役目を終えて力を使い果たしたソラノが力なく墜落していく。

 だが、ゼロの目はソラノよりも、着弾点から立ち上った黄金の炎に釘付けだった。

 

「ごちそうさま。確かに受け取ったぞ。お前らの想い」

 

 竜鱗を浮かべ、黄金の炎を纏ったナツが立っている。

 その隣には、白い羽を手にしたメルディがいた。

 ソラノが放った魔力はメルディが持つソラノの羽に再吸収され、魔力切れだったナツに受け渡されたのだ。そして、ナツはドラゴンフォースを取り戻した。

 

「私の分も少し追加しといたわ。みんなの分もお願いね」

「ああ、任せろ」

 

 ナツが地を蹴り、爆炎で加速しながらゼロに向かう。

 

「クハハハハ! 最後の頼みがこいつか! 同じ事を繰り返すつもりか!!」

 

 かつてゼロはドラゴンフォースを解放したナツに敗れた。しかし、それは紅蓮鳳凰劍あってのもの。見切られた今、勝目は薄い。

 ゼロの拳とナツの拳が重なりあう。そして、──ゼロの拳が弾かれた。

 

「何!?」

「ウオオオオオ!!」

 

 ゼロの体勢が崩れ、生まれた隙をついて拳をさらに叩き込んだ。骨が軋み、肉体が悲鳴をあげる。冥王との戦い以降、これほどのダメージを受けたのは初めてだった。

 

「なめんじゃねえぞ!!」

 

 ゼロはその場に踏みとどまり、ナツに頭突きをくらわせた。

 弾かれたようによろめいたナツの体を掴み、遠くへと投げ飛ばす。

 

「さっきよりパワーもスピードも上がっている……。てめえ…………」

「──あの時と一緒だ。今のオレの中には、みんなの想いが巡ってる!!」

 

 ナツが右腕を掲げる。その手首には、桃色に発光する紋様が浮かび上がっている。

 

「マギルティ=センスか!!」

 

 メルディの想いを繋ぐ魔法。

 ゼロとの戦いを見守る元六魔の五人とメルディの手首にも、同じ紋様が浮かんでいる。そして、想いよ届けと言わんばかりに、紋様の浮かぶ腕をナツに向かって差し伸ばしていた。

 再び、ナツとゼロが地を蹴った。

 いくつもの拳が打ち合わされ、暗黒の魔力と黄金の炎がぶつかりあう。

 

「なぜだ! てめえは信頼できるほど、あいつらと関わり合いがあんのかよ!?」

 

 ナツの拳をゼロが手刀で弾く。そして、空いた腹にゼロの掌底がめり込んだ。さらに掌から貫通性の常闇奇想曲(ダークカプリチオ)を放たれる。

 螺旋回転する魔力はナツの腹部を削りながら後退させる。しかし、ナツはその魔力を受けきり、貫通することはなかった。

 

「正直、あいつらのことはそんなに知らねえ。けど──」

 

 爆炎を吹かせ、ナツはゼロに突進する。

 

「オレの中で流れる魔力が! 炎が! あいつらの想いに共鳴して、オレの心に響くんだ!!」

 

 ナツは振り上げるように、下から拳を繰り出した。

 

「ぐっ!!」

 

 ゼロは両腕を交差して防ぐ。だが、勢いには抗えず、ゼロの肉体は天高く浮かび上がる。

 

「行け! 火竜(サラマンダー)!!」

「チャンスは今しかねえ!!」

「ここで決めるんだ!!」

 

 どこからか、声援がナツの耳に入ってくる。

 ゼロの肉体は空中に投げ出された。ゼロは空中を自由に動き回る手段を持っていない。

 

「滅竜奥義、不知火型・改!!」

 

 黄金の炎と、右腕から発されている桃色の光が混ざり合う。

 かつてゼロを打ち倒した一撃が、さらなる力を持って放たれようとしていた。

 

「おのれえええええ! 我が前にて歴史は終わり! 無の創世記が幕を開ける!!」

 

 最後のあがきに、ゼロの最大魔法が紡がれる。

 しかし、所詮は悪あがき。結果はすでに、七年前に証明されているのだから。

 

「ジェネシス・ゼロ! 開け鬼哭の門!!」

紅蓮祈想劍(ぐれんきそうけん)!!!」

 

 ゼロによって召喚された無の旅人を、黄金と桃色の炎が焼いていく。

 ナツの全魔力、そして元六魔とメルディの想いを重ねた一撃がゼロに突き刺さった。二人は勢いのままに天高く投げ出され、やがて地面に落下する。

 落下地点に、元六魔たちが集まってきた。

 そこには、気を失ったゼロと、

 

「オレの、勝ちだ──」

 

 体を横たえたまま、拳を突き上げるナツの姿があった。

 ゼロは再び、ドラゴンの力の前に敗北した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 カグラが咥えていた白い羽を吐き捨てた。

 白い羽は青鷺が合流前にソラノからむしってきたもので、これによってカグラの魔力は少しながら回復している。

 

「目障りだ。消えろ、人間!」

 

 冥王の呪法で、荊が三人に襲いかかる。

 

「青鷺、任せた」

「……うん」

 

 みじかくやりとりを済ませると、青鷺は斑鳩とともに転移で消えた。

 カグラは荊をくぐり抜けて冥王に斬りかかる。

 

「邪魔だ。貴様は障害ではない」

 

 冥王は傷が少ない掌でカグラの小太刀を受け止めると、植物を伸ばしてカグラの体を絡め取ろうとした。

 

「本当にそうか?」

 

 カグラは重力圏で植物たちを地面に押さえつけ、もう一方の小太刀で冥王の腕の傷をなぞるように切った。

 

「ぐっ、貴様……」

「随分と弱っているな。これならば、私でも相手はつとまりそうだ」

「調子にのられるのは気にくわんな」

 

 冥王はカグラを直接蹴り飛ばして距離をとり、全方位から荊を差し向けた。

 対してカグラは斥力圏で植物たちの勢いを弱めると、くぐり抜けて再び冥王に接近する。

 

「植物の勢いが弱い。回避行動が鈍い。空を飛ぶ様子もない。まさに瀕死と言ったところか」

「だからとて、貴様ごときに負けるほど、マルド・ギールは落ちぶれていない」

 

 冥王は二本の小太刀を両の掌でそれぞれ受け止め、頭突きをくらわせた。

 よろめくカグラの左右、頭上、後方から植物が伸びてくる。前には冥王が構えており、囲まれた形になる。

 

「勝てずとも、勝利への道ぐらいは切り開かせてもらおうか!!」

 

 斥力圏と乱旋風・鎌鼬を同時発動。植物たちを切り刻み、冥王を弾き飛ばした。

 月の力を宿さずとも、弱った冥王の呪法による植物ならば切れるようだ。冥王自身も、傷口に鎌鼬がいくらか直撃したのか僅かに呻いている。

 

(このような者に手こずっている場合ではないというのに……。月の力を宿す者はどこへ消えた)

 

 カグラの相手をしながらも、冥王は斑鳩の所在が気になって仕方が無い。

 持ち主の斑鳩は瀕死とは言え、月の力を宿す刀は健在だ。刀の存在は冥王にとって、相対するカグラよりも余程重要だった。

 

 

 

 一方、斑鳩と青鷺は転移によって少し離れた場所に飛んでいた。

 情報の確認と作戦の立案をするためであるが、 カグラが単身で冥王の相手をしている以上、簡潔に行わなければならない。

 

「……まとめると、斑鳩は左腕以外はまともに動かなくて移動も出来ない。夜叉閃空は一撃なら使えそう。けど、冥王を確実に倒すには直接神刀を突き立てたい、と」

「そうどす」

 

 青鷺の言葉に斑鳩が頷いた。

 青鷺は少し考えるそぶりを見せた後、すぐに斑鳩に頷き返す。

 

「……わかった。斑鳩は冥王に刀を突き立てることだけを考えて。道は私が開く」

 

 

 

 冥王との戦いを経て、カグラの肉体にはいくつもの裂傷が刻まれている。

 いかに冥王が弱っているとは言え、それだけで優位に戦えるようになるほど優しい相手ではなかった。カグラもまた万全とは言えない状態。致命傷を避けているだけよくやっていると言えるだろう。

 

(そろそろ、限界が近いな……)

 

 カグラは内心汗をかく。ソラノから魔力を分けてもらったとはいえ、ソラノもまた戦いを控えていたため大した量は貰っていない。斑鳩と青鷺を今か今かと待ちわびていた。

 その時、相対する冥王のさらに後方に青鷺が現れたのを見た。距離はかなり離れている。影狼は脆く、冥王の呪法は広範囲に及ぶため、直接冥王の近くまで転移することは不可能に近いためである。

 

「────! 転移の小娘か!!」

 

 冥王も背後に現れた青鷺の気配を察知し、意識の一端がそちらへ向く。その一瞬の隙をカグラは見逃さなかった。

 渾身の力で地を蹴ると引力圏の応用で加速し、冥王の足下に低く潜り込む。そして、小太刀を膝付近の傷に深く突き立てた。

 

「があっ!!」

 

 冥王が激痛に呻いて思わず膝をついてしまう。目を血走らせて足下のカグラを睨んだ。

 カグラの攻撃は後を考えていない。後は斑鳩と青鷺に任せれば良いと、ただ冥王の機動力を奪うことだけを最優先させたものだった。故に、カグラは大きな隙をさらす。

 

「寝ていろ!」

 

 冥王がカグラの頭部を掴み、思い切り地面に叩きつけた。小太刀を掴んでいたカグラの腕が力なく落ちる。それを見て冥王は青鷺に視線を戻した。

 青鷺は影狼を前後左右に広く展開しながら駆けてくる。斑鳩の姿は見えない。

 

「近づけさせん!」

 

 冥王は膝を突いたまま、植物たちを青鷺に殺到させた。間違いなく近づければ斑鳩を転移させてくる。

 青鷺はその植物たちに周囲を囲っていた影狼を突進させた。植物の威力に耐えきれず、影狼たちは消失する。

 

「……飛べ」

 

 しかし、その消失までの一瞬。接触した瞬間に植物ごと後方に転移させる。逃げ道を塞ぐことにも繋がるが、青鷺に後退するつもりなど微塵もない。

 青鷺の作戦は至極単純。影狼で植物たちを後ろに追いやり、とにかく冥王に接近すること。緊急時に即座に立てる作戦ならば、このくらい単純な方がむしろよいと青鷺は経験で知っている。

 冥王はそれが分かっていても、膝につき立つ小太刀のせいで動くことが出来ない。故に植物と影狼、正面からの物量勝負となる。

 

「貴様如きにたどりつけるものか」

 

 青鷺は緩めることなく足を進めるが、影狼ももの凄い速度で減少していっている。

 そして、冥王を目前に、ついに影狼が底をついた。

 

「……まだ、終わってない!」

 

 影狼の盾がなくなっても、青鷺は足を止めはしない。さらに冥王へと踏み込んだ。殺到する荊を、身体を捻って躱すが避けきれずに足の肉が削られた。それでも冥王に腕を伸ばし、最後の魔力で影狼を作り出す。そして、斑鳩をそこに転移させてきた。

 

「──だが、それでも届きはしない」

 

 斑鳩は冥王に向かって神刀を握る左腕を突き出した。しかし、神刀は紙一重で届かない。後はそのまま重力にしたがって斑鳩の身体は落下していくだけだ。斑鳩にはもう、この紙一重の距離でさえ埋める手段を残していない。

 

「終わりだ! 貴様らまとめて、我が荊で貫いてくれる!!」

 

 三人にとどめを刺すべく、呪法を発動しようとしたその瞬間、冥王は違和感に気付く。

 

(身体が落ちない?)

 

 斑鳩の身体が沈んでいかない。神刀の切っ先が、僅かに冥王の胸に触れている。

 冥王が視線だけを下に落とす。不敵に笑みを浮かべ、見上げるカグラと目が合った。

 

 ──勝利への道ぐらいは切り開かせて貰おうか。

 

「き、さま──」

 

 引力圏・魔王座によって、斑鳩の身体が冥王へと引き寄せられる。

 事前に作戦を立てていた訳ではない。それでも、斑鳩はただ冥王へと諦めることなく切っ先を向けていた。道は開けると、ただカグラと青鷺を信じて身を任せた。

 

「────!!」

 

 そして今、声にならぬ咆哮とともに神刀が冥王の心臓を貫いた。

 斑鳩と冥王はもつれあい、互いに地面に倒れ込む。立ち上がる者は一人もいない。誰もが最後の一滴に至るまで、全ての力を出し切っていた。

 冥王のエーテリアスフォームが解け、人間のような姿に戻っていく。

 

「ついに、冥王を倒した……」

 

 斑鳩たち三人は倒れながらも顔を見合わせて微笑みあう。疲労や痛みを吹き飛ばすかのような達成感が身を包む。

 しかし直後、地響きを立てて大地が揺れた。

 

「なんだ!?」

 

 不吉な予感を孕む揺れに困惑していると、冥王が小さく笑い出す。

 

「ふ、ふふ……。マルド・ギールを倒したとて終わりではない。マルド・ギールは完全なる策略家。そしてそれは、全てを作戦通りに動かすことではなく、たとえどのようなイレギュラーが発生しようと、目的を必ず遂げるということだ」

 

 冥王の呪法によってそびえ立っていた植物たちが力を失って崩れていく。そうして露わになったのは制御室。そこにはFACE “ON”の文字が浮かび上がっていた。

 

「バカな、フェイスが発動している!?」

 

 フェイスの発動カウントは斑鳩たちが到着したときには停止していたはずである。果たして何が起こったのか。時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 クロフォードの死体が再び動き出し、フェイス発動の手続きを再開した。

 

「我は、我に命令する……」

 

 セイラは自己命令で無理矢理身体を動かし、床を芋虫のように這っていた。

 マクベスに全身の骨を押しつぶされて砕かれたセイラだったが、悪魔である彼女はかろうじて命を繋ぎ止めていた。そして、それに気がついていた冥王の念話であることを命じられていた。

 

「メイン魔水晶(ラクリマ)……。あそこにさえたどり着ければ…………」

 

 制御室の中央にあるメイン魔水晶。それにセイラが生体リンクをしてフェイス発動キーとなることで、フェイス発動を早めること。それこそが冥王の命令だった。

 代償にセイラの命はフェイスの発動とともに尽きるだろう。だが、もはや長くはない命。捨てることに惜しむ気持ちは全くない。

 クロフォードが役目を終え、再び物言わぬ死体に戻る。フェイス発動までのカウントダウンが始まった。

 同時にセイラはメイン魔水晶に辿り着く。生体リンクを果たすと、カウントダウンがもの凄い速さで減り始めた。同時に、自身の命が削れていくことがセイラには実感できた。

 

「キョウカ様……。どうか、我らの悲願を……。ゼレフ卿の下への帰還を果たしてくださいませ…………」

 

 キョウカがすでに敗れ去っていることを知らぬセイラは、希望を抱いたままカウントダウンがゼロになると同時に命を落とした。

 直後、制御室を隠していた冥王の荊が崩れ、その事実が明らかとなる。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フェイス発動の影響はすぐに現れた。

 魔導士たちは力が抜けていくような感覚を感じると魔法が使えなくなった。魔水晶も使えなくなり、町からは明かりが消え、魔導列車が制御を失って脱線する事故も起きた。

 

「これはまだ始まりに過ぎん。魔法の消滅はやがて無のエネルギーとなりENDが復活する。最強のゼレフ書の悪魔が復活する時、人間どもには魔法という抗う術はなくなっている」

 

 冥王の言葉を、斑鳩たちは黙って聞いているしか出来ない。

 空気中のエーテルナノが刻一刻と薄まっていく。フェイスの発動にもまた、人間に抗う術はない。

 冥府の門と戦う者たちも諦めかけていたその時である。

 

「あきらめるな、人間たちよ」

 

 墜落してきたアクノロギアを踏み押えながら、イグニールが声をあげる。

 同時に、制御室のメイン魔水晶に示されているフェイスの反応が次々に消失を始めた。

 異変に気がついたのは第一、第三世代の滅竜魔導士たち。

 

「グランディーネ?」

「メタリカ―ナ…………」

 

 ウェンディとガジルが親のドラゴンの気配を感じてその名を呟いた。

 イグニールが人間たちを安心させるように優しく告げる。

 

「解放されしドラゴンが、イシュガルの空を舞っておる」

 

 天竜グランディーネ。

 鉄竜メタリカ―ナ。

 白竜バイスロギア。

 影竜スキアドラム。

 四頭のドラゴンによって、大陸中のフェイスが破壊し尽くされた。

 薄れていたエーテルナノは元に戻り、魔法が甦る。

 

「バカな……」

 

 冥王が呆然として目を見開いた。

 魔女の罪との戦い、ゼロの乱入、妖精の尻尾襲来、冥王獣墜落、人魚の踵参戦。どれほどの邪魔が入ろうと、冥王と九鬼門が敗れようと、成されようとしていた冥王の策は遂に、ドラゴンたちの力によって阻止されたのだった。




冥府の門編は次回で終わります。

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