“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第五十話 向かうべき戦場

 アクノロギアの襲来により、全ては灰燼と帰すかに思われた。

 しかし、突如として現れた炎竜王イグニールがアクノロギアと相対したことで、滅びは寸前の所で食い止められた。

 人間と悪魔の決戦地。その上空では現在、強大な二頭のドラゴンが戦っている。

 ガジルが吠えるようにナツに問いかけた。

 

「オイ、火竜(サラマンダー)! あれがイグニールなのか!? お前の体の中にいたってどういうことだ!?」

「知るかよ。ずっと、ずっと探してたのに……」

 

 ナツは体を震わせて、こぼれ出た涙をぬぐい取る。

 アクノロギアの襲来に際し、第二世代を除く滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちの体が反応した。心臓が高鳴り、立っていることすらままならなくなったのだ。そして鼓動がおさまると同時、ナツの体からイグニールが現れ出でた。

 

「ふざけんなぁ──!!」

 

 ナツは両足に炎を纏うと、アクノロギアと交戦中のイグニールめがけて跳躍した。そのまま噴炎により推力を得ると、イグニールの体に飛びついた。

 その自殺行為ともとれる行動に慌てたのはイグニールだ。

 

「バカが! 話は後と言ったろうに!」

「今言え! 何で急にいなくなった!? しかもオレの体の中にいただと!! ガジルやウェンディのドラゴンはどこだ!? 七百七十七年七月七日に何があったんだ!!?」

「ぬぐ……。やかましい!!」

 

 イグニールはアクノロギアの頭部に尾を叩きつけると、ナツを左手に掴んで、アクノロギアへ火炎のブレスを浴びせかける。

 その威力は小さな山程度ならば一撃で吹き飛ばしてしまう程のものだった。

 

「す、すげえ……」

「いや、少しのダメージも与えておらん」

 

 イグニールの言葉の通り、舞い上がっている粉塵を翼で払い飛ばし、傷一つないアクノロギアが姿を現わした。

 その姿に、イグニールはにやりと笑う。

 

「燃えてきたわい」

 

 その表情はナツのものを彷彿とさせる。否、ドラゴンたちからすれば、ナツこそが養父であるイグニールに似ているのだろう。

 

「ナツ、邪魔だ」

「邪魔って何だよ! 久しぶりに会ったのに言う台詞か!?」

「言ったろう。つもる話は後だ。お前はお前の仕事をしろ」

「仕事だぁ?」

「ギルドとかいうのに入っているのだろ。オレが正式に依頼する」

 

 イグニールは地上をちらりと見た。視線の先に捉えるは冥王。しかし、その腕の中に目当ての本は見当たらない。

 続けて冥界島上面に建っていた、冥府の門(タルタロス)のギルドに視線を移す。半壊状態だがまだ形は残っている。本があるとしたらあの中だろうとイグニールはあたりをつけた。

 

「ナツ、あの建物の中からENDの書という本を探して持ってこい。表紙にENDと記された古びた本だ。見れば分かるだろう」

「END……。なんでオレがそんなことを」

「お前にしかできないことだからだ。いいか、決して本を開くな。破壊することも許さん。持ってくるのだ」

 

 念を押すように言い聞かせるイグニール。

 ナツはそれに憮然としたような表情で答えた。

 

「報酬は?」

「何!?」

「当たり前だろ。ギルドで働いてんだぞ」

「…………お前の知りたいこと全てだ」

「引き受けた!」

 

 そこで、ようやくナツがにかりと笑う。

 イグニールもそれを見て口の端を釣り上げると、ナツを地上の建物目がけて放り投げた。

 

「行ってこいナツ!」

「おう! 絶対約束守れよ!! もうどこにも行くなよ!!」

「……ああ」

「約束だからな!!」

 

 声を張り上げて地上へ落ちていくナツ。

 イグニールはそれをどこか哀愁を感じさせるような表情で見送ると、再び向かって来たアクノロギアと戦いを再開した。

 

 

 

 ナツはイグニールに飛びついたときと同様、足からの噴炎で勢いをつけて下降していく。

 本を探すだけの仕事なれど、養父直々の依頼である。ナツのやる気は過去最高潮だった。

 そして気付く。

 向かう先に待ち受ける、冥王と並ぶ闇の頂点に。

 

「久しいなぁ。クソガキ」

「お前は!?」

 

 忘れるはずもない。過去に類を見ないほどに気味が悪く、強大な魔力。

 邪悪なうすら笑みを浮かべて佇むその立ち姿。

 元六魔将軍(オラシオンセイス)マスター、ゼロ。

 ナツとゼロは七年の時を経て再会した。

 

「お前の相手をしてる場合じゃねえ!!」

 

 ナツは落下と噴炎による勢いを全て乗せ、全霊で拳を叩き込む。

 しかし、ゼロはその拳を左腕一本で正面から受け止めた。衝撃で地面に大きな亀裂が入るが、その亀裂の中央でゼロは堂々と立っている。

 

「七年前よりは腕を上げたか? だが、そんなもんじゃ届かねえぞ!!」

「があ!!」

 

 ゼロの右の掌底がナツの顔面を打ち据える。ナツは地面を削りながら転がった。

 

「出せよ! あの時の力を!!」

「く、ぐ……。モード、雷炎竜!!」

 

 ナツは体を起こし、雷が混じった炎をその身に纏った。地を駆け、炎と雷の二属性魔力をつぎ込んだ渾身の一撃をゼロ目がけて繰り出した。

 

「雷炎竜の撃鉄!!」

「──なんだそりゃぁ」

 

 ゼロはそれをどこか白けた表情で眺めると、暗黒の魔力を込めた拳を正面から打ち合わせる。

 ぶつかり合いの結果、弾かれたのはナツだった。

 

「違えだろォ!!! てめえがどんだけ強くなろうが、このオレには届かねえんだよ!!! さっさと出せよ! ドラゴンの力をよォォォ!!!!」

「ぐ、う、ああ!!」

 

 倒れたナツを踏みつける、踏みつける、踏みつける。

 ナツはかつてゼロと戦ったときよりは確実に強くなっている。多くの強敵たちと戦った。ラクサスから雷の属性を受け取った。ウルティアに第二魔法源(セカンドオリジン)を解放してもらった。

 だがしかし、それでもなお、ゼロとの実力差は覆ってはいなかった。

 ゼロは一つ舌打ちをするとナツを大きく蹴り飛ばした。

 

「どうした! 魔力が足りねえか!? なら五分待ってやるからさっさとドラゴンの力を解放してきやがれ!!」

 

 ナツは痛む体を両腕で持ち上げる。顔を上げれば、ナツを見下ろすゼロが視界に入った。

 養父から受けた大事な依頼なのだ。こんな所で足踏みをしている場合ではない。

 

「クソがああああ!!!」

 

 ナツが咆哮する。同時に、その体に竜の鱗が浮かび上がる。

 

「────!」

 

 ゼロが目を見開いた。間違いない。この姿こそ、かつてゼロを打ち破ったドラゴンの力に他ならない。

 七年前は身に余るほどの魔力を摂取する必要があった。しかし今、ナツは誰の補助も無しにドラゴンフォースを発動してみせる。

 

「オオオオオオ!!」

 

 ナツが炎を噴射して、高速でゼロに突進した。

 ゼロは直撃をくらって体をくの字に折る。そのゼロの顔面を、ナツは右の拳で殴り抜いた。

 

「そうだ、それでいい」

「なっ!!」

 

 圧倒的な破壊力をもった一撃だった。九鬼門ですら、一撃で沈みかねないほどの威力だった。

 だが、ゼロは殴り飛ばされることなくその場に踏みとどまると、仰け反った体を無理矢理起こしてナツに向き直る。その表情には気味の悪い薄ら笑いが戻っていた。

 

「それでこそ、壊し甲斐があるってもんだろォ!!」

 

 ゼロは振り抜かれたナツの右腕を右手で掴むと、勢いよく振り上げて体を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。次いでナツを軽く放ると、空に浮いたその体を回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「く、そ……」

 

 七年前と変わらない。ドラゴンフォースを発動してなお、ゼロはナツの上を行く。

 ゼロは口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

「もうあんな博打技はくらわねえ。今度こそ壊してやるぞ、ドラゴンの小僧」

 

 ゼロを倒すにはドラゴンフォースによって爆発的に高まった魔力を一撃に込める、紅蓮鳳凰剣以外にない。だが、それも一度見られている。考え無しに放っても、ゼロほどの魔導士がむざむざくらってくれるはずもないだろう。そして、ゼロが博打技と称したように全魔力を込めるという性質上、放ったが最後、外せばナツに勝目は残らない。

 

「──燃えてきたぞ」

 

 圧倒的に不利な状況でナツは笑う。

 最強の竜、アクノロギアに相対するイグニールがそうしたように。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「闇の翼アクノロギア、炎竜王イグニール。このマルド・ギールの計画を邪魔させる訳にはいかんぞ」

 

 冥王は上空で戦う二頭のドラゴンを眺め、次いで視線を斑鳩たちに戻した。

 

「貴様にもだ。月の神を降ろす者。策は加筆修正された。皆、等しく滅びるがよい」

「──来る!」

 

 地面から巨大な荊が伸びる。荊は冥王と斑鳩、キョウカとカグラを分断するように壁を作り出した。

 

『邪魔だ。離れて戦え』

「はっ!」

 

 荊によって分断された直後、キョウカに冥王からの念話が入る。

 キョウカは念話に従い、カグラを誘うように荊の壁から距離をとった。

 

「仕方が無い。冥王を気にするよりは、専念した方がよいか」

 

 カグラも誘いには気付いていたが、無理にこの場に残れば巻き込まれる可能性もある。月の力を持たぬカグラでは、荊を切り払うことも一苦労だ。故に、素直に誘いに乗ってその場を離れることにした。

 一方、斑鳩はその壁を切り払おうとしたが、巨大な植物のツタに襲われて阻まれた。

 

「く、うっとうしい!」

「マルド・ギールを目の前に、他に気を回す余裕があるのかね」

 

 冥王の呪法によって、間断なく禍々しい植物が襲いかかった。

 斑鳩はそれらを月の力を宿す神刀で切り払う。次いで放った斬撃が冥王の頬を浅く切り裂いた。

 

「やはり忌々しいな。月の力というものは」

「傷が……」

 

 冥王が呟くと、頬の傷が消えていく。そして、その姿を異形のものへと変じていった。

 ゼレフ書の悪魔としての真の姿、エーテリアスフォームを解放したのだ。

 

「全力で潰してやるぞ。人間」

 

 迸る強大な呪力が斑鳩を威圧する。

 斑鳩は体が震えるのを自覚した。

 

「これほどの格上と戦うのは久々どすな……」

 

 多くの魔導士が集う大魔闘演舞でさえ、同格までしかいなかった。そも、聖十大魔導(せいてんだいまどう)に登りつめてからは、明確に己より強い者と戦う機会など数えるほどしかなくなった。

 

「全く。いくつになっても、この性だけはどうにもなりまへんなぁ」

 

 震えには、確かに恐怖から来るものもあるだろう。しかしそれ以上に、かつてない難敵に対する武者震いという側面が強かった。

 だが、かつてのように、この性を抑え込むようなことはしない。

 

「全霊を持って、討たせてもらいます」

 

 斑鳩は神刀の柄を強く握り、冥王へと立ち向かう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 キョウカの指が長く伸び、鞭のようにしなってカグラを狙う。しかし、キョウカの指はどれもカグラに辿り着く前に勢いを失って届かない。

 

「斥力圏・星ノ座」

 

 カグラを中心に、あらゆるものを遠ざけようとする力場が発生している。

 鞭では届かず、足を踏みしめて近づいても、カグラの二刀の小太刀の前に切り刻まれるのみである。

 

「強い……」

 

 キョウカが思わず呟いた。力量差は歴然。勝つだけならば圏座を使う必要すらないほどに。

 キョウカの口元に笑みが浮かぶ。

 

「ふふ、このような状況でなければ此方のものにしたいところなのだがな」

「生憎、私にそのような趣味はない。しかし余裕だな。追い込まれているのはそちらのはずだが?」

「そなたはまだ知るまい。九鬼隷星天キョウカ。真の姿、エーテリアスフォームを」

 

 キョウカがエーテリアスフォームを解放する。それに伴い、キョウカの呪力が跳ね上がった。

 その姿を目にして、カグラはどこか鳥のようだと思った。

 キョウカが爪を振りかざしてカグラに接近。二人が交錯する。

 

「──速い!」

 

 驚きの声はカグラではなく、キョウカであった。

 キョウカがエーテリアスフォームを解放してなお、カグラはそれを上回る。

 

「少し驚いた。だが、それでは届かん」

 

 キョウカの鞭のような指は星ノ座を超えてカグラに届く。だが、それでも威力は減衰しているのだ。さばくことくらいは余裕であった。

 

「流石だな。だが、此方とてこれでは終わらん!」

 

 キョウカの指と、カグラの小太刀が幾度となく交錯する。その度にキョウカの体には傷が刻まれていく。有利なのは変わらずカグラだ。

 しかし、交錯を繰り返すうちにカグラの眉が顰められていった。

 

「だんだんと強くなっている?」

「気付いたか。此方の呪力は強化。一秒ごとに此方の力は増していく、無限に力を増す悪魔」

 

 キョウカは己の力を誇って笑う。事実として、キョウカとカグラの実力差は埋まりつつあった。

 だが、カグラに焦りは微塵もない。

 

「このペースならば押し切れる!!」

 

 キョウカに刻まれている傷は決して浅くはない。剣を直接合わせている実感として、キョウカに超えられるよりも前に決着をつけることができると確信する。

 しかし、キョウカもそれは分かっていること。

 

「アアアアアアア!!」

「なんだ!?」

 

 キョウカが吠える。同時に、呪力がキョウカを中心に全方位へと放たれた。

 カグラはその呪力を避けることができずにくらってしまう。

 

「ぐ、体が……!」

 

 全身を襲う激しい痛みに、カグラは思わず膝をつく。

 まるで全身の皮膚を剥がされたようだ。

 

「そなたの痛覚をむき出しにした。それは風が吹くだけで激痛が走る」

「ぐ、あ、く、うぅ……」

 

 着ている服、握る剣の柄、それらが肌と擦れるだけで、やすりで体を削り取られているようだ。カグラの目の端に思わず涙が浮かんでしまう。

 カグラが痛みに呻いている間に、近づいていたキョウカがカグラを踏みつけた。

 キョウカの顔に嗜虐の笑みが浮かび上がる。

 

「ああああああああ!!」

「痛むか? 怖いか? 苦しいか? 絶望せよ。そして此方を楽しませてくれ!」

 

 キョウカが踏みつける足から、カグラの五感を奪うためにさらなる呪力を送っていく。

 瞬間、カグラの悲鳴が、雄叫びへと変化した。

 

「私から、離れろォォォォォ!!」

「────!!」

 

 カグラが咄嗟に発動したのは斥力圏・星ノ座。

 油断していたキョウカは力に押しのけられ、カグラから遠ざけられる。

 キョウカが足を踏みしめて立ち止まる。そして前方に視線をやれば、そこには歯を食いしばって立ち上がっているカグラの姿があった。

 

「なんという精神力。五感は奪えきれなかったが、視覚と聴覚を奪ったというのに」

「くう、はあ……」

 

 必死に立っているカグラだが、あらぬ方向を向いている。キョウカがどこにいるのか分かっていないのは明白だった。

 

「ますます気に入った! 命は奪わず、此方の人形として飼ってやろう!! 嬉しいか? 嬉しいだろう!! なあ、おい!」

 

 そう言って、キョウカは口を大にして笑いながらカグラ目がけて地を蹴った。

 殺さず、ひとまず戦闘不能にしてやろう。そう思い、カグラに爪を伸ばしたその瞬間。

 

「な、なんだ……?」

 

 カグラの目前でキョウカは静止した。押しても引いても動かない。これは斥力圏でも引力圏でもない。

 

「──無圏・神座」

 

 カグラは思う。

 目が見えない、何も聞こえない。それがどうした。村を焼かれ、唯一の家族である兄を攫われ、十にも満たない時分で一人残された時の恐怖を知るまい。

 ただの娘でしかなかった己が、ここまでの力をつけるためにどれだけの修練を積んだと思っている。黒魔術教団への復讐心を糧に無茶ばかりした。死にかけたことも一度や二度ではない。

 

「これしきで絶望しろとは笑わせる! 調子に乗るなよ、引きこもりの悪魔風情が!!」

 

 カグラが吠えた。

 キョウカは思わず気圧されるが、神座に捕われたキョウカには逃げることも許されない。

 

「これで、終わらせる!」

 

 そろそろキョウカが神座に引っかかった頃だろう。

 神座はカグラをドーム状に覆うように発動させていた。キョウカがどこから襲ってこようと捕まえてくれているはずだ。

 キョウカの目前でカグラは小太刀を強く握り、体を捻った。後は周囲一帯を切り刻んでおしまいだ。

 

「おのれェ! ゼレフ書の悪魔が人間如きにィィィィィィィ!!」

 

 キョウカは無限に力を増す悪魔。次第に、神座の中でも亀のように緩慢にではあるが動けてきた。いずれは神座の拘束力すら振り切れるだろう。しかしそれは、カグラが技を繰り出すよりも遅いことは明白だった。

 

乱旋風(らんせんぷう)鎌鼬(かまいたち)!!」

 

 カグラは体を捻って回転しながら、全方位へと向けて鎌鼬を放つ。

 発生するは斬撃の竜巻。避けることも防ぐことも出来ず、キョウカはただ切り刻まれた。

 

 

 

(此方は、死ぬのか……)

 

 意識が薄れていく中で、キョウカは己の死を悟る。

 その中で最後に浮かんだのは、己を愛し、付き従い、尽くしてくれるセイラの姿。

 

(ああ、そうだ。眠る前、此方はセイラとともにいた。ゼロに襲われたのは幻術か? ならば、今セイラはどうして──)

 

 命の灯火が尽きるその瞬間、キョウカは最後の力を振り絞って制御室の方を向く。

 

(ああ、セイラ。そなたは──)

 

 

 

 カグラの目に光が戻ってくる。地面を蹴ってみれば音も聞こえた。

 キョウカが死んだことで視覚と聴覚が復活したらしい。痛覚も戻ったようだ。

 

「結局、神座を使ってしまったか……」

 

 カグラは悔しそうに歯がみする。

 冥王は斑鳩をしても勝てるか分からない難敵だ。できれば手助けに行くためにも魔力を残しておきたかった。しかし、魔力消費の激しい神座を使ったせいでカグラの魔力は枯渇寸前だ。

 

「このままでは助太刀に行けんな」

 

 そう言って、カグラはふとキョウカの死体に目をやった。

 

「…………笑っている?」

 

 カグラは首を傾け、キョウカの顔が向いている方向を見る。

 そこにはすでに冥王の荊が立ちふさがり、カグラには見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジエンマが青鷺目がけて拳を繰り出す。しかし、青鷺の姿が消えたことで拳は空をきった。

 後方に気配を感じ、ジエンマは振り返り様に裏拳を打ち込んだ。転移のインターバル内に繰り出されたはずのその拳は、またしても空をきる。

 己が転移出来ないのならば、相手を転移させればいいだけのこと。

 そうして、二度にわたって攻撃を躱した青鷺は手に持つ短刀をジエンマに突き出した。

 しかし、刃はジエンマの体には通らない。

 

「効かぬわ!!」

「……くっ」

 

 ジエンマの拳が青鷺の脇腹をかすめる。

 青鷺は転移で大きく距離をとり、痛む脇腹をおさえた。かすめただけだというのにとんでもない威力である。直撃をくらえば一撃でやられてしまうだろう。

 

「のらりくらりと、羽虫のようにうざったい小娘だ。だが、我が最強の力の前にはいずれ潰される運命よ」

「……ふふ」

 

 その言葉に、青鷺は嘲るように鼻で笑ってみせる。

 

「何が可笑しい、小娘」

 

 ジエンマは鼻で笑った青鷺に、不快そうに眉を顰めながら問いかけた。

 青鷺は嘲る調子を含んだまま、ジエンマの問いに返答する。

 

「……いや、逃げた男がよくもほざくと思ってさ」

「逃げただと?」

「……違うの? 最強のギルドを誇っていたくせに、今度は己の力を最強だと誇張する。負けたのを兵隊のせいにして逃げたようにしか見えないけど」

「貴様……!!」

 

 ジエンマが激高して殴りかかる。

 青鷺はそれを転移をつかってひらりと躱した。

 

「我は悟ったのだ! 真に強いギルドなど存在せぬ! 最強とは個! 我が意思のみ!!」

 

 ジエンマは怒りにまかせて何度も拳を突き出した。感情のままに振う拳は単調で、ことごとく空をきった。

 

「……最強の個っていうのも疑問だけどね」

「なんだと!」

 

 青鷺は転移して、左足をジエンマの肩に乗せ、右足で頭部をぐりぐりと踏みにじった。

 

「……力に反して精神力が貧弱すぎる。だからこうして、私なんかに手玉にとられるんだ」

「お、おお、おのぉぉぉれえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ジエンマが頭上の青鷺を潰そうと、両手で叩く。

 それも青鷺は転移を使ってひらりと躱した。

 

「……その自慢の力も、悪魔に恵んでもらったものでしょ。親に買ってもらった玩具を自慢する子供みたいだね」

「ほざくな! 我に手も足も出ない分際で!! 雑魚が粋がるでないわ!!!」

 

 ジエンマはあまりの屈辱に、血管を浮かび上がらせ、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 しかし、青鷺はそれを涼しい顔で聞き流す。

 

「……そうだね。私は雑魚だ。そんなの、私が誰よりも理解している。けど生憎、私は個ではなく、群で戦う魔導士だから」

「なにを────ぐおっ!!」

 

 ジエンマは突然、横合いから殴られて思わず呻く。

 次いで、降り注ぐ魔力の刃がジエンマを貫いた。

 

「ぬおおおお!!」

 

 その剣には実体がなく、ジエンマの痛覚を直接刺激する。

 最後に、地面が波打ち、ジエンマを押しつぶすように挟み込んだ。

 

「こざかしいわ! 何者だ!!」

 

 ジエンマは挟み込んできた地面を破壊して出てくると、突然の乱入者たちを視界に入れた。

 そこにいたのは三人。二人の男と一人の少女。

 

「何者ねえ。ここは、そこのクソガキの仲間って名乗っておこうか」

「友の危機に駆けつけた愛の戦士デスネ!」

「やっほー。サギちゃん久しぶり!」

 

 そこにいたのは、ソーヤー、リチャード、メルディの三人。メルディは嬉しそうに青鷺に手を振っている。

 

「仲間だと。貴様……」

「……汚いとは言わせない。ギルドを捨てて個を最強だと言ったんだ。このくらいの数的不利、覆してみなよ」

 

 青鷺はメルディに適当に手を振り返しつつ、ジエンマに怜悧な視線で答えた。

 青鷺はジエンマと戦いながら、影狼を何匹か放って近くの戦況を確認していた。その中で、暇そうかつ怪我の少ない三人を見つけて来てもらったのだ。

 これこそが青鷺の真骨頂。戦況を確認して適する場所に人材を配することができる能力。大魔闘演舞において、メイビスが真っ先に青鷺を狙った理由である。それは本人が言うように、個の力にこだわらない群の力と言えた。

 

「なめるな! 小娘どもがぁぁぁ!!」

「まずはオレが行くぜ!」

 

 叫ぶジエンマにソーヤーが接近し、正面からの殴り合いに発展した。いや、殴り合いというのは正しくない。ソーヤーが一方的にジエンマを殴り続けている。ジエンマではソーヤーのスピードを捉えることが出来なかった。

 しかし、ソーヤーの拳はあまりダメージを与えられていない。破壊力不足という点ではソーヤーも青鷺と似たようなものだった。

 

「メルディ!!」

「了解! マギルティ=センス! 感覚連結!!」

 

 ソーヤーの合図で、メルディが魔力を放つ。その魔力はソーヤー、リチャード、青鷺にあたり、手首にハートの紋様を浮かび上がらせた。

 その魔法は複数人の感覚を繋いで共有するもの。痛みや死すらも共有してしまうが、その真価は信頼し合う者同士の力を何倍にも高めることにある。

 

「リチャード! 最後はお願い!!」

「分かりましたデスネ!!」

 

 リチャードの魔法、リキッドグラウンドの力がマギルティ=センスの力によって高められる。

 

「なんだこれは!!」

 

 ジエンマを中心に地面が大きく沈んだ。同時に、沈んだ分の土がジエンマを囲むよう高くそびえ、波のようにジエンマ目がけて迫ってくる。

 いつの間にかジエンマを殴っていたソーヤーの姿が消えている。リチャードの魔法が発動した段階で、青鷺が転移で救出していたのだ。

 

「バカなバカなバカな! この我が、こんな所でェェエェ!!!」

 

 ジエンマは絶叫とともに、土の大波にのまれて沈む。そして二度と、地上に姿を現わすことはなかった。

 

「…………」

 

 青鷺はジエンマが沈んだ場所をじっと見つめ、数年前までの苦悩を思い出す。

 青鷺は早熟タイプの天才だった。十四にしてそこらの魔導士では相手にならないほどの力を持っていたが、そこから伸び悩んだのだ。

 体格にも、身体能力にも、魔力にも恵まれず、止まることなく力をつけていく斑鳩とカグラにどれほど焦ったことか。それでも二人に置いて行かれたくないと、戦い方や魔法の使い方を考え、どうやれば二人と並び続けられるのか悩み続けた。

 あの時の苦しみがあるからこそ、青鷺は今の自分がいると思っている。

 

「……自分の至らなさから逃げたお前に、意地でも負けてなんかやるものか」

 

 もう姿の見えないジエンマに向かって、青鷺は吐き捨てるように呟いた。

 

「サギちゃん、なに暗い顔してるの?」

「……む。苦しい」

 

 横合いから青鷺はメルディに抱きつかれる。むにむにと柔らかい感触がする。数年前までほぼ同じ体型をしていたのに、一体いつからこんなに差がついたのか。世の中は理不尽だと悲しくなる。

 メルディに続いてソーヤーとリチャードも近づいてくる。

 

「相変わらず口が汚えこった」

「……何、文句あるの」

「ねえさ。ただ、お前だけは敵に回したくないね。発狂しちまう」

「……そこまでひどくないでしょ。ひどくないよね?」

 

 青鷺の問いにソーヤーは黙って肩を竦め、メルディもニコニコしたまま何も言わずに青鷺の頭を撫でた。

 釈然としなくて青鷺は小さく口を尖らせる。

 

「……別に好きで煽ってるわけじゃないし。相手が感情的になってくれた方が動きを読みやすいから仕方なくやってるだけだし」

「大丈夫。口が悪いのも一つの個性デスネ!」

「……分かってないじゃん。もういいよ……」

「いじけない、いじけない」

 

 メルディがさらによしよしと頭を撫でた。

 

「……それと、気を抜いてるみたいだけどまだ終わってないからね」

 

 青鷺がメルディを引きはがし、三人に向かって真面目な口調で告げた。

 

「……私にも、そっちにも、向かうべき戦場は残ってる」

「向かうべき戦場?」

 

 首を傾ける三人に、青鷺は強く頷いた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……」

「外したな。ドラゴンの小僧」

 

 ナツは四肢を投げ出し、力なく地面に横たわっていた。

 紅蓮鳳凰剣なしにはゼロを倒せない。だが、紅蓮鳳凰剣を放つだけの隙をゼロは見せてはくれなかった。

 追い込まれ、一か八かで放った紅蓮鳳凰剣はやはりゼロに躱された。

 

「く、そ……」

「楽しかったよ。だが、これでリベンジも果たした。もう消えよ」

 

 ゼロがナツにとどめを刺すために手を伸ばす。

 その時だった。

 

「まだやられるには速えぜ。火竜」

「──!」

 

 ゼロとナツ、二人が立つ地面が流動した。

 バランスを崩した隙をついて、何者かが超スピードでナツを抱えて攫っていく。

 

「てめえらは……」

 

 ゼロがナツを攫っていった人物の方に視線を向ける。

 そこにはぐったりとしたナツを抱えるソーヤーとリチャード、メルディがいた。

 

「マスターの時も恐ろしかったが、敵に回すととんでもねえな」

「相変わらずの邪悪さデスネ」

「あれがマスターゼロ。初めて見た……」

 

 三人はゼロを目前に冷や汗を流す。さっきまで対峙していたジエンマとは格が違う。

 そんな三人を見てゼロが笑う。

 

「懐かしいなガキども。だが、てめえらだけでオレを倒せるとでも?」

「そいつらだけじゃねえよ」

 

 ゼロの後方から声がかけられる。振り返れば、そこにはエリックが立っていた。

 エリックは毒障竜の発動で魔力が尽きかけていたが、トラフザーの呪法、天地晦冥により召喚された毒の水を飲むことで魔力を回復させていた。

 ソーヤーがエリックを見て声をかける。

 

「よお、エリック。お前なら聞きつけてくると思ってたぜ!」

「当たり前だろ。それに、あいつらも来てんぜ」

「あいつら?」

 

 ソーヤーが首を傾げた瞬間、ゼロを中心に空間が歪んだ。大地が纏わり付くように集まってくる。

 さらにその頭上から純白のビームが降り注いだ。

 ソーヤーたちが上空を見れば、翼をはためかせて空を飛ぶソラノと、そのソラノに背負われているマクベスの姿があった。

 ソラノが少し心配そうに背中のマクベスに声をかけた。

 

「いくらなんでも無茶だゾ。その傷で戦うのは」

「応急処置はした。後は君が僕の足となって、やられないようにしてくれれば問題ない」

「もう! サギちゃんは羽をむしっていくし、みんな私をこき使いすぎだゾ!!」

「愚痴はその辺にしときなよ。そろそろ本番だ」

 

 マクベスに言われて下を見る。エンジェルのビームによって舞っていた土煙が晴れ、ゼロの姿があらわになった。まるで攻撃がきいた様子がない。

 

「ク、クク、クハハハハハハ!!」

 

 ゼロは囲まれているというのに、腹を抱えて笑い出す。

 

「随分会わねえうちに、どうやらオレの恐ろしさを忘れたようだな。なら、思い出させてやるよガキどもォ!!」

「来るぞ!」

 

 悪魔の地にて、かつての六魔がぶつかりあう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王の力は強力無比。

 月の力を宿す神刀を用いても、菊理姫による限界突破を行っても、斑鳩の剣が冥王に届くことはなかった。

 であれば、最後の手段に出ることは当然のこと。

 

「無月流、夜叉閃空・狂咲!!」

 

 すでに限界を超えている斑鳩の肉体が、限界をさらにもう一段階超えて駆動する。

 そうして繰り出された斑鳩の連撃は空間を歪め、冥王を囲むように四方八方から襲いかかる。

 それは逃げることが出来ない剣の檻。冥王もまた例外ではない。

 

「があああああああ!!!!」

 

 冥王は月の力を宿した剣閃に切り刻まれ、痛みに初めて絶叫をあげる。

 冥王は遂に倒れこみ、斑鳩も崩れるように倒れ込んだ。

 夜叉閃空・狂咲は強制的に引き分けに持ち込む技。この勝負もまた引き分けに終わる──ことはなかった。

 

「そん、な……」

 

 横たわる斑鳩が冥王を見て驚愕する。

 

「ぐ、く、おお……」

 

 冥王は呻きつつも、傷だらけの体を持ち上げて立ち上がろうとしていた。全身に刻まれた切傷はどれも深く、びっしりと並ぶ様子は痛ましささえ感じるほどだ。そんな状態で立ち上がるなど普通ならばありえない。

 

「マルド・ギールには使命がある! ゼレフを倒さなければ、ゼレフの望みを叶えなければならないのだ!!」

 

 ゼレフが自分を殺すために生みだした者。それこそがゼレフ書の悪魔。

 フェイス計画もENDの復活も、無の呪法メメント・モリの開発も、全てはゼレフの望みを叶えんが為。そのために長きにわたって生き続けたのだ。こんな所では終われない。

 

「このマルド・ギールは貴様なんぞには倒されん!!」

 

 遂にマルド・ギールは立ち上がり、傷だらけの翼を大きく広げた。

 

「なんて執念……」

 

 狂気にすら近いその執念に、斑鳩は感心さえ覚えてしまう。

 だが、だからといってこのまま殺されてやるわけにはいかない。

 

「く、う、ああああ!!」

 

 斑鳩も必死に、なんとか上体だけは起き上がらせた。立ち上がることはできない。右腕も完全に逝ってしまった。左腕はまだなんとか動く。

 座ったまま斑鳩は左手に剣を握り、頭上に掲げた。

 

「夜叉閃空を一撃。それだけなら、まだ……」

 

 冥王の傷も深い。この一撃さえあてれば倒せるかもしれない。

 だが、冥王に剣を当てられる可能性は限りなく低い。斑鳩は座ったまま動けず、正面にしか剣撃を放てはしない。対して冥王は立ち上がって自由に動ける。

 当然、冥王もそれを分かっている。

 

「消えろ!」

 

 斑鳩の四方から荊が伸び、斑鳩を刺し貫こうと迫ってきた。

 避けられない。死は確実。

 

「刺し違えてでも!」

 

 荊を無視し、斑鳩は冥王に向かって剣を振り下ろそうとした。当然、冥王は回避行動に移っている。それでも、成し遂げるしかない。

 そう思ったとき、斑鳩は掲げる左腕に登る影を見た。

 

「──消えた!?」

 

 冥王が驚愕の声をあげる。

 斑鳩を貫くはずの荊は空をきった。斑鳩の斬撃も飛んでこない。

 どこに言ったのか混乱するのも束の間、月の気配を感じて右方に視線を向けた。

 

「遅くなりました」

「……これからは私たちも戦うよ」

 

 座り込む斑鳩を守るように、カグラと青鷺が立ちふさがる。

 斑鳩はそんな二人の背を見て口元を緩めた。

 

「──ふふ。これはもう、負ける気がしまへんな」

 

 冥王はそんな三人を忌々しげに睨み付け、苛立ちと怒りを募らせる。

 

「どこまでも抵抗するか。人間め……」

 

 ここに三匹の人魚は揃い、冥王と雌雄を決する時を迎えたのだ。


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