“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十八話 闇祓いの守護神

 ウェンディは目を覚まし、勢いよく上体を起き上がらせる。

 

「ここは!?」

「ウェンディ!」

 

 傍らには、先に目を覚ましていたシャルルが寄り添うように立っていた。

 シャルルはウェンディが目を覚ましたことで安心したように顔を綻ばせる。

 

「あれ、私たち爆発して…………フェイスは!? フェイスはどうなったの!?」

「君たちのおかげで起動は停止した」

「ドランバルトさん!」

 

 ウェンディは声をかけられて、ようやく近くの岩場に背を預けて腰を下ろしているドランバルトに気がついた。

 

「爆発の瞬間に私たちを助けてくれたらしいの」

「ぎりぎりだったけどな」

 

 状況を飲み込めていないウェンディにシャルルが経緯を説明する。

 そして、シャルルの話を聞いてようやく状況を理解したウェンディが目の端に涙を浮かべた。

 

「じゃあ、シャルル。……私たち、生きてるんだね!!」

「ええ、そうよ!!」

 

 死を覚悟していたウェンディとシャルルは、こうして無事に再会を果たすことが出来たことに喜び、抱き合って涙を流した。

 その光景を微笑ましげに見つめていたドランバルトだが、その表情にはどこか陰がある。

 

「ありがとうございます、ドランバルトさん!!」

「いや……」

 

 その陰は、ウェンディから感謝の言葉をかけられたことで一層深くなった。

 ドランバルトはがしがしと後頭部をかきながら、言いづらそうにゆっくりと口を開く。

 

「その、君たちには伝えにくいんだけど……。まだ、何も終わってはいないんだ」

「え?」

 

 ウェンディとシャルルはドランバルトに言われて空を飛び、遙か上空から辺り一帯を見渡した。

 

「そんな、こんなのって……」

 

 そこから目にしたのは、ウェンディが破壊したはずのフェイスが見渡す限りの大地に塔のようにそびえ立っている光景であった。

 フェイスは一つではなかったのだ。

 ドランバルトによれば現在確認されているだけでフェイスは約二千機。

 冥王の計画はまだ、何一つ終わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 アレグリアの発動により、冥界島もとい冥王獣内部は平時の静けさを取り戻した。

 しかし、それも束の間のこと。冥王からの通信によって一部が再び騒ぎ出す。

 

「では、オレも生き残りを狩りに行こう。褒美などはどうでもいいが、放っておく訳にもいくまい」

 

 トラフザーはエーテリアスフォームを解いてそう言った。

 キョウカとセイラも同様に常時の姿に戻っている。彼らが争っていたジェラールたちもアレグリアによって冥王獣の一部となったため、これ以上エーテリアスフォームを維持する必要もない。

 

「お前たちはどうするのだ」

 

 暗に付いてくるのかという問いに、キョウカは首を横に振る。

 

「此方にはマルド・ギール様より個別の念話が入った。身動きがとれないキースを助け、元議長の死体を操りフェイス起動の手続きをせよとのこと。そちらはそなたに任せる」

「セイラは」

「私はキョウカ様に付いてお手伝いをいたします。そちらはトラフザーさん一人でも十分でしょう」

「……まあ、勝手にせい」

 

 トラフザーも、セイラが九鬼門の中で特にキョウカに心酔していることは知っている。

 何を言っても無駄であろうし、生き残りの討伐も命令をという訳ではないので黙認した。

 こうして、三体の悪魔はやるべきことのためにその場を解散するのだった。

 

 

 

「クソがクソがクソが!!」

 

 半壊したヘルズ・コアでジャッカルは苛立ちに声を荒げて地団駄を踏んでいた。

 ナツに敗北し、その憤りを晴らせないままウルティアにいいようにあしらわれた。そうしてためた鬱憤も晴らされること無く、アレグリアによってぶつける相手も失われてしまった。

 行き場を失った苛立ちがジャッカルの中で渦巻いている。

 そこに、冥王からの通信が入った。

 それを聞いたジャッカルの顔に残忍な笑みが浮かぶ。

 

「なんや、まだ生き残りがいるんかいな。なら、このいらつきはそいつでおさめてやるわ」

 

 そう言って、ジャッカルは全速力でその場を後にする。

 

「ファファファファ、私も九鬼門になれる!!」

 

 ジャッカルの後ろには、九鬼門の称号につられたラミーも続いた。

 それらの背を見送って、テンペスターは一息つくと、他にやることも無いのでゆっくりとした足取りで二人の後を追うのだった。

 

 

 

「これでいいだろう」

「ご苦労」

 

 制御室でキースが元議長の死体に呪法をかけて動かした。

 元議長の死体は超古文書(スーパーアーカイブ)を操作してフェイス起動の手続きを進めていく。

 それを確認したキースは背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 

「待て。どこへ行く気だ」

 

 慌ててキョウカがキースに声をかける。

 キースは顔だけで振り返ると口を開いた。

 

「冥王の言うとおり、生き残りを狩りに」

「そなたが行かずとも、すでにトラフザーが向かっている。万が一にもそなたがやられては困るのだ」

 

 キースがやられれば、元議長にかけた呪法が解ける。そうなればフェイスは起動できなくなり、キョウカが言うとおり冥府の門(タルタロス)としては非常に困る。

 

「折角の戦いだというのに、実験道具が何一つ手に入ってはおらぬ。生き残った一人ぐらいは貰わねば。心配せずとも油断しなければ我が人間の魔になど敗れるはずが無い」

「その油断をした結果、そなたは閉じ込められたのであろう」

「…………」

 

 キョウカとキースの視線がぶつかる。お互いに譲るような気配は無い。

 見かねてセイラが間に入った。

 

「キョウカ様、行かせてあげればどうでしょう。いざとなれば、私の死者の命令(マクロ)で動かすことも出来ます。キース様ほど器用には操れませんが」

「…………そうだな。それに、トラフザーがついていれば問題もあるまい」

 

 セイラの言葉にキョウカがしぶしぶ頷いた。

 

「では、我は行かせてもらう」

 

 キースはキョウカの了解が得られたことを確認すると、歩みを再開して制御室を退出する。

 遠ざかっていくキースの背を見送って、キョウカが溜息をついた直後である。

 

「──なんだ!?」

 

 冥王獣が激しく揺れた。次いで、浮遊感が襲ってくる。

 制御室で激しく鳴り響いた警報に、キョウカとセイラは超古文書によって浮かび上がっている冥王獣の地図に視線をやって、驚愕に目を見開いた。

 

「バカな! 冥王獣が斬られたとでも言うのか!?」

 

 時は、数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王獣よりさらに上空、ソラノは純白の翼を羽ばたかせて飛んでいた。

 その手には縄が握られ、縄には大きな樽がくくりつけられてぶら下がっている。そして、樽の中には三つの人影があった。

 斑鳩、カグラ、青鷺。人魚の踵(マーメイドヒール)の三人である。

 なぜソラノが三人を連れて飛んでいるのか。

 それは魔女の罪(クリムソルシエール)が冥界島内部に突入する直前のことであった。

 

『斑鳩を連れてきてくれないか?』

 

 ソラノを呼び止めたマクベスはそう言った。

 

『僕たちは極めて不利だ。戦況を傾けるためには切り札がいる。君も分かっているだろう。彼女の力は悪魔にとっての天敵だ』

 

 その言葉にソラノは頷き、こうして人魚の踵の三人を連れてきたのだ。

 

「……なんか、すごいのがいるんだけど」

「ふむ、聞いていた話と違うようだが?」

 

 青鷺とカグラが頭上のソラノを仰ぎ見て口を開く。

 

「私もあんなの知らないゾ。私がいたときは確かに真四角の島だったゾ」

 

 ソラノは口を尖らせて反論した。

 

「というか、別に私はお前たちは呼んでないゾ」

「いいではないか。こうして重力魔法でお前にかかる負担も減らしてやっているのだから」

 

 カグラと青鷺は話を聞いて勝手に付いてきたのだ。三人も運べないと渋るソラノに、青鷺がどこからか樽を取り寄せてきて工作すると、カグラの重力魔法で負担を軽減させることで同行を可能にしていた。

 斑鳩も冥王獣を見下ろして観察した後、ソラノを仰ぐ。

 

「どうやらあれも悪魔らしいどすな。ソラノはん、確かにあれで間違いないんどすか?」

「島だったときの面影はあるゾ」

「なら、あの悪魔に皆さん飲み込まれている可能性もあるんどすな」

 

 斑鳩の言葉にソラノが頷いた。

 それを見て斑鳩は樽のふちに足をかける。

 

「では、まずはあの獣を墜としましょう」

 

 言って、斑鳩はそのまま飛び降りた。

 斑鳩は冥王獣に向かって垂直に落下していく。その途中、腰に差す神刀に手をかけた。

 

『──我の出番か』

 

 滅多に聞くことのない、神刀に宿りし神であるエトゥナの声が斑鳩の脳内に響く。

 凄まじい魔力が神刀から溢れ出し、斑鳩へと流れ込んでいった。同時に、エトゥナの意識までもが流れ込んで混じり合う。

 

「──神刀解放。接収(テイクオーバー)、ゴッドソウル」

 

 ここに、極大の神威が顕現した。

 冥界島で、まずそれに気がついたのは冥王だった。

 突如上空に莫大な力を感じて空を仰ぐ。空は紅に染まり、日没が間近であることを知らせている。

 

「肌が粟立つ……。まさか、マルド・ギールが恐怖していると言うのか」

 

 その力の大きさではない。力の質が、冥王の深奥から不快な感情を掘り起こすのだ。

 上空では、ゴッドソウルの発動とともに斑鳩の姿が変じていった。

 元々白かった肌は生気を感じさせないほどさらに白くなり、瞳は金に、髪は紫に輝いた。額からは二本の角が生えてくる。

 変じた姿は、ゼレフ書の悪魔がみせるエーテリアスフォームとは違い、侵しがたい神聖な雰囲気を醸し出す。

 これこそ神刀の力を解放し、斑鳩とエトゥナが一つとなった姿である。

 

「まず解放するは戦の権能」

 

 エトゥナが司るのは月と戦。そのうち、戦の権能を解放する。

 戦の権能は単純である。それは圧倒的な力をもたらすもの。

 斑鳩にさらに桁違いの力が流れ込んでいく。それこそ、今の斑鳩では扱えきれないほどに。

 しかし、それは守護神であるエトゥナの力。他の誰かのために使うのであれば、過ぎた力でも素直に従ってくれるだろう。

 

「無月流、夜叉閃空・乱咲」

 

 放たれた剣撃は冥王獣を一瞬にして切り刻む。

 これほどの威力の剣撃を放ちながら、冥王獣だけを対象にしたため中にいる者どもは全員無事だ。斬りたいものだけを斬る。これもまた守護神であるが故の性質だろう。

 切り刻まれた冥王獣の破片はばらばらになって地に落ちてゆく。

 その様を斑鳩は強化された視力で観察する。そして、取り込まれて一体となった魔女の罪と妖精の尻尾の面々を見つけ出した。

 冥王獣が死しても、一体化が解ける様子は無い。

 

「次いで解放するは月の権能」

 

 時刻は夕方。

 まだ薄くではあるが、空では月が光を放っている。その光が突如、強く紫色に輝きだした。

 これこそが、マクベスが悪魔の天敵と評し、冥王が恐怖した力。

 

「闇を照らす真円。呪を払え、月の雫(ムーンドリップ)!!」

 

 紫色の輝きが落ちてくる。その質も規模も、ガルナ島で行われていた儀式によるものとは桁が違う。

 光は冥王獣の残骸をあまねく包み、アレグリアを解いていく。彫像のように動かなくなっていた者たちは生気を取り戻し、目を覚ましていった。

 斑鳩が地面に着地すると同時に光もおさまった。

 

『ここが限界だな』

 

 斑鳩の姿が元へと戻る。エトゥナの力と意識も、神刀へと戻っていた。

 今の斑鳩では長時間ゴッドソウルを維持することは出来ない。しばらく時間をおかなければ再使用は不可能だ。

 

「ふう、ありがとうございました」

『よい』

 

 斑鳩が一息ついていると、頭上から悲鳴が近づいてきた。

 

「うわああああああああああああ!!!!」

「あ、やば」

 

 斑鳩が見上げると、空からソラノ、カグラ、青鷺の三人が絶叫しながら墜落してきていた。

 月の雫の中ではあらゆる魔法が解除される。特に一番高い場所にいた三人はその影響を強く受け、翼も重力操作も使えなくなって落ちてきたのだ。

 三人は地面と追突する寸前でぴたりと止まった。カグラの重力操作が間に合ったのだ。

 

「斑鳩殿、月の権能まで使うのならば言っておいてください……」

「す、すみまへん」

「……死ぬかと思った。冗談抜きで」

「こいつ、絶対私たちのこと忘れてたゾ……」

 

 三人に恨めしげに睨まれて斑鳩は体を縮めた。ソラノの言うとおり、月の権能を使う時に何も考えていなかったのだ。

 

『…………』

 

 同罪のはずのエトゥナは知らんぷりを決め込んでいる。思わず斑鳩は腰の神刀をじと目で睨む。

 

「それで、月の権能まで使ってどうなった? 悪魔を全滅させたのか?」

 

 ソラノが斑鳩に尋ねる。

 ガルナ島の悪魔たちが月の雫の副効果によって記憶障害を起こしたり、月の神殿に近づけなかったことからも分かるように、悪魔にとって凝縮された月の光は毒である。

 加えてゼレフ書の悪魔たちはゼレフの魔法とも言える。

 そんな彼らにとって月の雫は二重に毒なのだ。

 しかし、斑鳩はソラノの問いに首を横に振った。目にした一体化の呪いを説明した上で、さらに説明を続ける。

 

「うちの落とした月の雫の力はほとんどを一体化の呪いを解除するために使われ、ゼレフ書の悪魔たちを滅するほどの力は残っていまへんでした」

 

 月の雫といえど万能では無い。絶対氷結(アイスドシェル)を解除するためにリオンたちが三年間を費やしたように、強力な魔法や呪法を解除するためには相応の質や量が必要なのだ。

 

「では、冥府の門自体は正面から倒さねばなりませんか」

「そういうことになりますな。ですが、エトゥナ様の置き土産もあります。うちなら有利に戦えるでしょう」

「……置き土産?」

 

 首を傾ける青鷺たちに、斑鳩は刀身が紫色に輝いている神刀を見せた。

 

「この神刀は月の欠片を混ぜ込んで造られたもの。しばらくの間は月の光を留めておけるでしょう」

 

 月の光を放つ神刀は、滅悪魔法でなくとも悪魔に対して多大なダメージを与えることだろう。

 そう話していた斑鳩たちを冥府の門の兵隊たちが取り囲んだ。冥王獣が斬られたこと、月の光が落ちてきたことが重なり、彼らはどこか及び腰だ。

 そんな彼らに、斑鳩たち四人は背を合わせて戦闘態勢をとる。

 

「さて、うちらも本格的に参戦といきましょうか」

 

 紅に染まる空の下、紫の剣閃がきらめいた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「なんやったんや、今の光は……」

 

 ジャッカルは気分が悪そうに膝をつく。

 その前方ではボロボロになったルーシィが目を丸くして横たわっている。

 

「何が起きたの……?」

 

 ジャッカルからルーシィを守っていたアクエリアスも、光を受けて星霊界へと帰ってしまった。

 そこに、トラフザーが遠くから駆けてくる。

 

「無事かジャッカル。ラミーはどうした」

「あー……。アイツはやられよった」

 

 実際は、ラミーをうざったく思ったジャッカルが殺したのだが、生真面目なトラフザーにばれると面倒そうなので嘘をつく。

 

「────!」

 

 その時、駆けるトラフザーをガジルが襲撃した。肘打ちを受けたトラフザーは突き飛ばされたがすぐに立ち上がって体勢を立て直す。

 

「バカな、残ってる人間は娘一人のはず」

「あ?」

 

 そのガジルに、死角から黒い霧と化したキースが接近する。

 

水流昇霞(ウォーターネブラ)!」

 

 しかし、キースは現れたジュビアの水に阻まれる。

 そのジュビアをシルバーが狙う。

 

「凍りつけ」

「させるかよ!」

 

 しかし、今度はグレイがシルバーの氷を相殺した。その折にシルバーの顔を目にしたグレイが目を丸くして、どこか呆然とした様子を見せる。

 そのグレイをテンペスターが狙った。

 

「ボッ」

「炎!?」

 

 グレイを包み込むように炎が広がる。しかし炎はグレイを焼くことなく、一点に収束して吸い込まれていった。

 炎が吸い込まれていった場所、そこにはナツが立っている。

 

「聞こえるぜ。てめえの声」

「────!?」

 

 さらにテンペスターをエリックが蹴り飛ばす。

 続々とこの場に集ってきた悪魔と魔導士たち。

 ジャッカル、トラフザー、キース、シルバー、テンペスター。

 ナツ、ガジル、ジュビア、グレイ、エリック。

 ルーシィにもはや戦う力は残っていないため、五対五の形となる。

 ナツは相対する悪魔たちを見て好戦的な笑みを浮かべる。

 

「おうおう、なんか強そうな奴等が並んでるじゃねえか。燃えてきたぞ」

 

 ナツは炎を纏った両の拳を打ち付けた。

 こうして、冥府の門との戦いは第二幕へと移っていく。


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