“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十七話 一部となる喜び

「ブレインめ。このオレを利用しようとはいい度胸じゃねえか」

 

 冥王の眼前で、絶対の破壊者たる人格、ゼロが目を覚ます。

 七年ぶりの目覚めであるが、その禍々しく強大な魔力には一片の衰えも感じさせない。

 

「マスターEND。しばしお待ちを」

 

 ゼロを目にして、冥王は手にしていたENDの書を玉座に優しく置いた。

 ゼロはブレインのマントを脱ぎ捨てて、換装で軍服のような服に着替える。

 

「本当ならドラゴンの小僧を壊しに行きてえところだが、てめえを壊してみるのも楽しそうだ。なあ、冥王」

「楽しそうか。生憎、マルド・ギールに人間と遊ぶ趣味はない」

 

 冥王の呪法によって、床下から巨大な荊が姿を現す。

 刺し貫かんと迫る荊を軽く避けると、ゼロは右腕を冥王に向けた。右腕から放たれた闇の魔力は回転をしながら、二人の間に入った荊を貫いて冥王に迫る。

 冥王は右手で受け止めるが勢いは止まらず、体は玉座を砕き、さらに後方の壁に叩きつけられた。

 

「どうした? その程度じゃねえだろう」

「なるほど、想像以上だ。しかし、あまり調子に乗られるのは気にくわんな。人間よ」

 

 冥王が瓦礫を払って立ち上がる。

 そして、人間と変わらなかった冥王の姿が変じていった。

 

「その力、マルド・ギールの真の姿の前にも通用すると思っているのかね。我が名はマルド・ギール・タルタロス。冥府の王にして絶対の悪魔」

 

 冥王がエーテリアスフォームを解放した。

 通常の姿のときでさえ、エーテリアスフォームを解放した九鬼門すら上回る冥王の呪力がさらに跳ね上がった。

 だが、その冥王を前にしてゼロは浮かべていた笑みをさらに深める。

 

「面白い。それでこそ壊し甲斐がある」

 

 ゼロの魔力もさらに高まる。それこそ、冥王の呪力と並ぶほどに。

 小手調べを終え、ゼロと冥王、強大な魔と呪を持つ二つの存在が全力でぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フランマルスと元議長クロフォードは、ジェラールが死んで封印が解けしだいフェイスを起動できるように制御室で待機していた。しかし、開戦からしばらく経つにも関わらず、一向に解ける気配がない封印に二人はやきもきしていた。

 フランマルスが自分もジェラール討伐に向かうべきかと考え始めたとき、超古文書(スーパーアーカイブ)でなにかをしていたクロフォードが慌てた様子で動かしている手を早めた。

 

「元議長様どうしたんです!?」

「黙れ黙れ黙れ!!」

「ジェラールが死んだんですか!?」

「いいから黙っておれ!!」

 

 興奮しながら作業を進めていたクロフォードは、やがて手を止めると笑い出した。

 もう一度ジェラールが死んだのかと問いかけるフランマルスに、笑ったまま首を横に振るとクロフォードは得意げに口を開く。

 

「もっとすごい事が起きた。鍵の譲渡に成功したんじゃ。我が超古文書の力によって」

「────」

 

 言葉を失うフランマルスに、クロフォードがその詳細を説明する。

 クロフォードは超古文書を使って、ジェラールが持っている鍵の権利を自分のものに変更した。そして、同じ原理を利用して適当なヤツに鍵を譲渡すれば、そいつを殺して封印が解けるのだと言う。

 

「こんな方法があったとは、我ながら超古文書の力は凄まじい! これでフェイスの封印が解けるぞ! 世界は我々のものだ!!」

 

 両手を挙げて喜ぶクロフォードに、フランマルスはどこか取って付けたような笑顔で話しかけた。まるで、内心を悟られないようにしようとでもいうように。

 

「あれほど厳重に隠蔽されていた鍵がこうもあっさり譲渡できるなんて信じがたいですな」

「それが元議長の力と権限じゃ」

「本当かなぁ……」

 

 フランマルスの笑顔が邪悪に歪む。

 そして、フランマルスは手にしていた杖でクロフォードの心臓を貫いた。

 

「ば、はば……」

 

 クロフォードは信じられないという顔をして倒れこむ。そのまま起き上がることは二度となかった。

 所詮、冥府の門にとってクロフォードは仲間などではなく、利用できる駒でしかなかったのだ。

 同時に冥界島が大きく揺れる。

 

「本当に封印が解けたようですな。冥界島も反応している」

 

 フランマルスがクロフォードに代わり、フェイスを起動するために超古文書を操作していく。

 しかし、操作をしていくうちにフランマルスが一筋の汗を流す。

 

「少し早まりましたね」

 

 フランマルスではフェイスを遠隔操作で起動させることができなかった。その操作は元議長でなければできないようだ。したがって、直接フェイスの出現場所に行って手動で起動させるしかない。

 

「誰かを向かわせなければなりませんね。今地表面にいるのは……」

 

 そう言って、フランマルスは冥界島内の九鬼門の位置を調べだした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「くそがあああああ! うざってえぞおおおおおおおお!!」

 

 冥界島下面、エゼルが苛立ちを込めて絶叫する。そこに、戦いの当初に見せていた興奮や喜悦といったものは感じられない。

 エゼルの呪法は全てのものを切り裂く妖刀。腕の一振り、足の一振りが鋭い斬撃と化す。

 

「ハッハァ! 当たんねえよ!!」

 

 しかし、ソーヤーはその全ての攻撃を避けていく。

 ソーヤーがこの七年で習得した魔法は相手よりも速く動く魔法。したがって、エゼルがどれほど斬ろうとしても、考えなしでは絶対にソーヤーを捉えることは出来ない。そしてエゼルに策を巡らせるような知性は備わってはいない。

 

「つまんねえ! つまんねえぞおお!!」

 

 エゼルは苛立ちに任せてエーテリアスフォームを解放する。しかし、それでも攻撃が当たらないことには変わらない。

 どれだけ本気を出しても一向に感じない手応え、そしてソーヤーから繰り出されるちまちまとした攻撃がエゼルの苛立ちを増長させていた。

 

「へへ、助かるぜ。勝手に兵隊を減らしてくれるんだからよ」

 

 エゼルの攻撃は見境がなくなっている。それを利用してソーヤーは兵隊にエゼルの攻撃を誘導して数を減らさせていた。

 

『エゼルさん、エゼルさん。少しよろしいですか?』

 

 そこに、フランマルスからの念話が入る。

 

「うるせえ! こっちは戦闘中だぞ!!」

『実はフェイスの封印が解けたのですが、手動で起動させなければならないのです。なので、エゼルさんに行っていただけませんか?』

「なんでオレがそんなつまんねえことをしなきゃなんねえんだ!」

『なら、今は楽しいとでも?』

「…………」

 

 フランマルスの言葉にエゼルは黙り込む。

 フランマルスは決してエゼルの戦いがどういったものになっているのか分かっていた訳ではないが、声色から決して楽しいものでは無いと当たりをつけ、見事に的中した。

 エゼルは少し考え込むと、すぐに答えを出した。

 

「わかったよ!」

『ありがとうございます』

 

 エゼルはエーテリアスフォームを解いて大きく跳躍すると、冥界島の重力場から抜け出し落下を始める。

 

「逃げる気か!!」

 

 ソーヤーはエゼルを追おうと一歩足を踏み出し、そこで足を止めた。

 ソーヤーならば間違いなく追いつける。しかし、追いついたところで攻撃力が不足しているソーヤーでは、エゼルを倒すのにかなりの時間を要することになってしまう。そうなればほぼ徒手空拳で戦っているリチャードと、まだ未熟なメルディの二人を残していかなければならない。

 追うべきか追うまいか。迷っているうちにエゼルは冥界島直下の深い森に姿を消してしまう。見失ってしまってはどれほど速くても追いつけはしない。

 その時、ソーヤーは遠くの空に冥界島へと向かってくる三匹の翼を生やした猫を視認する。

 

「こりゃあ、追っとくべきだったな。もう遅えけど……」

 

 三匹のエクシード、ハッピー、シャルル、リリーは島の重力に引っ張られてソーヤーたちと同じ場所に墜落した。そして、三匹が手に持つカードが人の姿へと変わっていく。

 

「全員カードから解凍! 行くよ!!」

「おお!」

 

 魔女と悪魔の戦いに、さらに妖精たちが介入した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「まさか妖精の尻尾(フェアリーテイル)が来るとは……。セイラさんの策は失敗しましたね。それにあの青い猫、取り逃がしましたかシルバーさん」

 

 フランマルスは制御室で妖精の尻尾の到来を確認して呟いた。

 しかし今、フランマルスには妖精の尻尾以上に気になることがあった。

 

「うーむ、やっぱりおかしいですな。フェイス出現予想地点とは別の場所に現れるなんて。小さなずれは予測していましたがこれほどとは。むむむ……」

 

 フランマルスがフェイス発生地点が示されている地図を見ながら唸っていると、後方で物音がして慌てて隠れる。物陰からその人物を伺った。

 

「何、この部屋?」

「たくさん文字が浮いてる」

「あの大きな球体、地図みたいですよ」

「制御室かしら」

 

 ルーシィ、ハッピー、ウェンディ、シャルルが制御室に足を踏み入れた。つい先程島に到着したばかりの妖精の尻尾のメンバーたちだ。

 

(もうこんな所まで……。守備兵のショボさはおいくらか、おいくらか)

 

 フランマルスが兵隊たちのふがいなさを嘆いているうちにも、ルーシィたちは超古文書を調べていく。そして、すぐにフェイスの封印が解けていることに気がついた。

 

「あれ? ここには現地での手動操作じゃないと起動できないって書いてあるのに起動してる!?」

(仕事が早いですね、エゼルさん)

 

 どうやらエゼルはきちんと仕事を果たしてくれたようだ。

 フェイス起動に驚いているルーシィたちの横で、ウェンディが別のモニターを見つける。そこにはさらに絶望的なことが表示されていた。

 

「フェイス発動まであと四十一分……」

「四十一分!? たった四十一分で大陸中の魔力が!?」

 

 軽いパニック状態に陥る四人だったが、すぐに我を取り戻して今やるべき事を考える。

 調べて分かっていることは起動も解除も現地のみ、みんなに知らせている時間もない。ならば自分たちで向かう以外に道はない。

 そう結論づけたルーシィたちの後方に、出入り口を塞ぐ形でフランマルスが姿を現わした。

 

「行かせませんよ、お嬢さん方」

「冥府の門……」

 

 ルーシィがちらりとモニターに目を向ける。表示されている残り時間は四十分に変わっている。戦っている時間はない。

 

「あたしに任せて! 開け金牛宮の扉、白羊宮の扉。タウロス! アリエス!」

「MOォ出番ですかな!」

「がんばります。すみません……」

 

 ルーシィが二体の星霊を召喚した。

 

「モコモコウール100%!」

「MOOOOO!! ウールタイフーン!!」

 

 アリエスが動きを阻害する綿を発生させ、タウロスが斧を振り回すことで巻き上げた。

 

「ぶほお!」

 

 フランマルスは綿に押しやられて大きな隙を晒してしまう。

 その隙をついてウェンディをシャルルが、ルーシィをハッピーがそれぞれ抱えてその場を飛び去った。アリエスとタウロスには足止めのためにその場に残ってもらう。

 二人と二匹は通路を飛び進み、あとは通路を右に曲がれば窓にたどり着けるという所まで到達した。しかし、その角からモコモコと綿が溢れ出す。

 

「逃がしませんぞぉ」

「え!? きゃあ!!」

 

 なぜかアリエスの綿を纏うフランマルスは羊のような角も生やしている。ルーシィとハッピーはその綿にぶつかり進みを止められてしまう。

 

「ルーシィさん!」

「ハッピー!」

「ウェンディ、時間がない! 行って!!」

「シャルル気をつけて!」

「はい!!」

 

 思わず振り返ってしまうウェンディとシャルルだったが、ルーシィとハッピーに言われて窓から外に飛び出した。

 

「逃がさんと言ってますぞ!!」

 

 そのウェンディとシャルルに、フランマルスがモコモコとした綿を飛ばしてその進みを阻もうとした。あともう少しで届くという寸前で、綿が根元から捻りとられた。

 結果、フランマルスはウェンディたちを逃してしまう。

 

「お前は……」

「あんたは六魔将軍(オラシオンセイス)の!?」

 

 フランマルスの前に、通路の先からマクベスが歩いてくる。

 マクベスはルーシィの方に目をやった。

 

「妖精の尻尾も来たんだね。それで、今はどういう状況なんだい」

「フェイスが起動してるの! それも直接止めるしか手段がない」

「なるほど。それでさっきの娘は止めに行ったんだね」

 

 マクベスはルーシィの話に頷き、次いでフランマルスを見据える。

 

「じゃあ、この悪魔はさっさと倒してしまおうか」

「だあああああ!」

「ん?」

「レボリューション!!」

 

 フランマルスは叫ぶと、姿を牛のようなものに変えた。

 その姿を見てルーシィとハッピーが何かに気がついたように声をあげた。

 

「まさかこいつ……」

「タウロスとアリエスを吸収したの!?」

「ゲヘヘ、私は吸収した魂を養分として進化(レボリューション)することができるのです」

 

 フランマルスが得意げに己の呪法の力を話す。

 それを聞きながら、確かタウロスとアリエスは星霊の名だとマクベスは思い出した。

 

「君はソラノみたいに強制閉門できないのかい?」

「あ、そっか! タウロス強制閉門!!」

 

 ルーシィはマクベスに言われて強制閉門を試みる。

 すると、フランマルスの体が光り出した。

 

「どうなっておるのです!? 体が! 体がァ!!」

「え? まさか、あいつもタウロスと一緒に星霊界に!?」

 

 タウロスの魂を吸収したことで、フランマルスは星霊界に引っ張られる。

 星霊界に星霊以外は存在できない。例外は星霊界の衣服を着込んでいるときである。このまま星霊界に引き込まれてはフランマルスもただで済む保証はない。

 

「これはたまらん! タウロス、アリエス排出!!」

 

 フランマルスは吸収していたタウロスとアリエスを排出。二体の星霊は星霊界へと帰っていった。

 

「スパイラルペイン」

「ぬおおおお!」

 

 その隙をついてマクベスがねじ曲げた大気で攻撃する。

 たまらず倒れた後、フランマルスは腹を立てながら立ち上がった。

 

「こんの野郎が!! 私の魂の中でも最高級の姿を見せてやるァァ!!」

 

 再び姿を変えるフランマルス。

 その姿を見てルーシィとハッピーが恐怖に震え、その魂の名を口にする。

 

「マスターハデス!?」

「なるほどあれが……」

 

 かつて最強の闇ギルドと言われた悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターにして、闇へと深く潜りすぎた天才魔導士。

 ただ、フランマルスの成分が入っているせいで見た目は少し変になっている。

 

「七年前、ゼレフ様を追っていた私が偶然この体を見つけたのです。人間でありながら最も悪魔に近い場所にいたこの男の魔力はおいくらか、おいくらか!!」

 

 フランマルスがマクベスに突進。

 マクベスは両腕で防ぐも、後方に勢いよく弾き飛ばされた。

 

「見てくれはさておき、この魔力は本物! 魔導の深淵に近づいた者の魔力ですぞ!!」

 

 フランマルスが一瞬にして幾重にも重なる魔法陣を描き出す。

 

「天照二十八式!!」

 

 天照二十八式魔法陣。

 それによって引き起こされる爆発はあたり一体を破壊し尽くして余りある。

 フランマルスは勝利を確信して下卑た笑いを浮かべるが、すぐにその笑みが凍り付いた。

 

「な、なんですかこれは!?」

 

 魔法が歪み、フランマルスへと返ってくる。

 爆発に呑み込まれたのはフランマルスの方だった。

 

「残念だけど、どんな魔法だろうと僕には効かない」

「おのれえええ! 吸収!!」

 

 爆発がフランマルスの両腕に吸い込まれていく。

 

「魔法が効かないのは私も同じですぞ!!」

「魔法に魂ってあるんだね。精神から生じるものだから、術者の魂の欠片でもこもっているのかな」

「そんなこと言ってる場合か!」

 

 のんきに考察するマクベスに遠くからルーシィの突っ込みが入った。

 ハデスの力に、魔法すら吸収する力。フランマルスの呪法にルーシィは焦りを見せているようだが、マクベスはそこまで脅威を感じていなかった。

 

「これなら効くだろう?」

「ぬおおおお!」

 

 マクベスが再び大気を歪めて攻撃する。

 マクベスの魔法は周囲の大気を曲げるだけ。実際にフランマルスを攻撃しているのが魂を持たない大気である以上、無効化は出来ない。

 

「ば、バカな……。ハデスです! あのハデスの力なんですぞ!!」

 

 マクベスは、地に伏して歯がみするフランマルスを冷たく見下ろした。

 

「ウルティアとメルディから聞いたことがある。ハデスは確かに最強だったが、その力の源泉はギルド名にもなっている巨大な心臓によるもの。今の君にその力は含まれているのかい?」

「────」

「この程度なら、僕にも対抗できそうだ」

 

 マクベスの手が、フランマルスに伸ばされた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フェイスに辿り着いたウェンディはその場に居たエゼルと戦闘。

 その力の前に一度は倒れるウェンディだったが、フェイスの周囲に漂う高濃度エーテルナノが混ざった空気を食べることで竜の力(ドラゴンフォース)を解放した。その圧倒的な力によって、エゼルを倒し、フェイスを破壊することにも成功する。

 

「フェイスを壊したのにカウントダウンが止まらない!?」

 

 しかし、完全にはフェイスを破壊しきれなかった。

 再度止めようとするが、初めてドラゴンフォースを発動した影響もあるのか、ウェンディは倒れ込んで身動き一つ出来なくなる。

 そんなウェンディに代わり、シャルルがフェイスに仕掛けられた自律崩壊魔法陣を起動する。

 これでフェイスは爆発を起こし、完全に破壊されるであろう。

 だが、二人にはもう爆発から逃げるだけの力は残っていない。

 

「また友達になってね」

「当たり前じゃない」

 

 そうして二人は死を覚悟してフェイスを起爆させる。

 次の瞬間、引き起こる大爆発。巻き込まれたが最後、確実に命はないだろう。

 

「間に合った!!」

 

 爆発から遠く離れた岩山の頂上にドランバルトが姿を現わした。

 その両腕にはウェンディとシャルルが抱えられている。爆発の瞬間、瞬間移動の使い手であるドランバルトが救出に成功していたのだ。

 

「無茶しやがって。まさか、フェイスを破壊してくれるとはな。こんな小さな勇者たちが」

 

 ウェンディとシャルルは力を使い果たして眠っていた。

 これで、ひとまずの危機は去ったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「そんな……バカな……」

 

 フランマルスは力なく瓦礫の山に体を横たえながら、呆然と呟いた。

 フェイス発動の時間を迎えたのにも関わらず、魔力がなくならない。計画が失敗したことの証左である。

 

「おおお……、この計画失敗の代償はおいくらか、おいくらか…………」

「君が抱え込む魂全てでどうかな」

 

 マクベスによって、周囲の瓦礫が歪んでフランマルスを包み込む。

 そして、キースのように霧状化できないフランマルスはそのまま圧し殺された。

 

「さすがの強さね……」

「あい」

 

 マクベスとフランマルスの戦いを見ていたルーシィたちは、感嘆と畏怖が混じったような調子で呟いた。

 マクベスも直接攻撃を受ければダメージを受けざるを得ないので無傷とはいかなかったが、終始フランマルスを圧倒してみせた。

 そんなマクベスはフランマルスを圧し殺した瓦礫の山を見つめて、何事か考えにふけっている。

 

(城は曲げられないのに瓦礫は曲げられる。人を曲げられなくとも、死体や切り離された腕なんかが曲げられる原理と一緒なんだろうか)

 

 そうすると、今立っている城及び島全体が何かしらの生物ということになる。ばかげたことのようにも思えるが、それならばリチャードやウルティアの魔法が使えなかった理由にもなるのではなかろうか。

 だとしたら、今自分たちは得体の知れない何かの中に足を踏み入れているということ。

 

(もしもの時は、ソラノに頼んだ保険が効いてくれるといいんだけど)

 

 一抹の不安を抱えながら、マクベスはそこで思考を中断するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ヘルズ・コアではエーテリアスフォームを解放したテンペスターとジャッカルに、ウルティアとミラジェーンが相対していた。

 

「人間ごときが上等くれてんじゃねえぞォォ!!」

 

 名前の通り、姿を獣に変えたジャッカルがウルティアに襲いかかった。

 あらゆる身体能力が以前よりも跳ね上がっている。

 

「アイスメイク・薔薇の王冠(ローゼンクローネ)!」

 

 巨大な氷の薔薇が作り出される。荊がジャッカルを絡め取り、その棘で傷をつける。

 

「爆発しろやああああ!」

 

 ジャッカルが叫ぶが、時を止められた氷はびくともしない。

 動きを止められている間に無数の水晶が囲み、ジャッカルめがけて殺到する。

 

「くそがあああ!!」

 

 エーテリアスフォームを解放しても、以前変わらずウルティアが優勢なままであった。

 一方、テンペスターとミラジェーンの戦いでは、テンペスターが有利に戦いを進めていた。

 

「こいつ!」

 

 サタンソウル状態のミラジェーンの拳や蹴りをこともなげに受け止めるテンペスター。

 

「どどん」

「ぐっ!」

 

 そして、ミラをテンペスターの呪法によって、炎、雷、風を始めとしたあらゆる攻撃が襲う。

 しかし、それらはミラに到達する前に時が遡ったかのように、または時が進んだかのように消え失せる。

 テンペスターが視線をずらせば、ジャッカルの相手をしながらウルティアがこちらの状況も観察している。

 

「やはりあの女が厄介──くっ!」

「よそ見とは余裕ね」

 

 気がそれたテンペスターにミラの蹴りが入った。

 ウルティアの助けもあり、ミラはなんとかテンペスターに食らいついている。

 総合的に見れば、ウルティアたちの方が押していた。

 その時、二つの水槽が音を立て始めた。

 

「なに?!」

 

 ウルティアとミラは驚きの声をあげる。

 

「あのガキあのガキあのガキ! おい、ラミー! 急いでオレを復活させろォォォ!!」

「さてさて再生お願いしますぅ」

 

 水槽の中に現れたのは、ウェンディに敗北したエゼルと、マクベスに敗北したフランマルスである。

 

「復活? 再生?」

 

 エゼルとフランマルスが叫ぶ言葉に疑問を覚えて呟くミラ。

 その呟きに、物陰から出てきたラミーが答えた。

 

「そーう。この場所は我々冥府の門の再生地点ヘルズ・コア。冥王との契約により、私たちは肉体を失おうとこの場にて再生する。私たちは不死のギルドなのよ!!」

 

 得意げに、勝ち誇るように声をあげるラミー。

 それを聞いてミラは一筋の汗を流す。

 

(まずい。あの二体の悪魔が復活するよりも早く破壊して再生を止めないと)

 

 そのためにはジャッカルとテンペスターの隙をついて破壊する必要があるが、あの二体の悪魔も水槽を守るように戦い方を変えるだろう。

 なんとかあの触手のような悪魔たちを接収(テイクオーバー)できれば一気に破壊できるのだろうが、そんな暇はありそうにない。

 焦るミラに対してウルティアが笑う。

 

「じゃあ、ひとまずここを壊しておいたほうがいいかしら」

「させるかいな!」

「無駄よ」

 

 ウルティアがそう言うと、一瞬で全ての水槽が割れてしまう。

 

「なんやと!?」

「ぐあああああ!」

「なにこれえええ!」

 

 再生中だったエゼルとフランマルスは外気に晒され、そのまま息絶えた。

 それを見届けてウルティアが安心したように息を吐く。

 

「良かった。その水槽には私の魔法は効くみたいね」

 

 ただ、水槽を壊しただけで、水槽に繋がっていた触手のような悪魔を倒せていない。おそらく水槽さえ直されれば再び復活されることになるだろう。

 

「でも、そんなのはあなたたちを倒してからゆっくりとやれば良いことだわ。ひとまず、この戦いの間に復活されることはないでしょう」

 

 ならば何も問題はない。

 依然としてウルティアたちが戦いを有利に進めているのだから。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥王とゼロ。

 二体の怪物が戦う場所として、玉座の間はあまりに小さい。

 すでに自然と舞台は移り、城すら離れて冥界島上面での戦いに発展していた。

 

「マルド・ギールの呪法の前に滅ぶがよい!」

 

 冥王の呪法によって、荊を始めとした植物たちが無限に増殖していく。冥王の呪力の影響か、現れる植物たちはどれも禍々しい。

 

「壊れろォォォ!!」

 

 その植物たちをゼロの暗黒の魔力が呑み込んでいく。

 ゼロの魔法は単純明快。暗黒の魔力がありとあらゆるものを破壊し尽くす。

 冥王によって禍々しき植物たちが大地を覆う。そこにゼロの暗黒の魔力が降り注ぎ、または大地から噴き出して破壊していく。

 見る者の精神を侵しかねないその光景は、まさに冥府と呼ぶに相応しい。

 

「ぐっ!」

「ハッハァ!!」

 

 ゼロが手から放つ、高速回転する魔力が冥王の翼に直撃する。

 空中でバランスを崩した冥王にゼロが跳躍し、右の拳を顔面に叩き込んだ。

 

「ごあっ!」

「まだまだァ!!」

 

 続けて左の拳が冥王の腹を捉える。

 ゼロはさらに頭上で両手を組むと、冥王の脳天に叩きつけた。

 

「ダークグラビティ!!」

 

 同時に発生した重力が冥王の体を高速で地面に叩きつけた。

 ゼロもその重力に乗って冥王めがけて落下する。

 

冥界樹(デア・ユグドラシル)!!」

 

 真っ直ぐに落ちてくるゼロに対し、巨大な木が勢いよく立ち上る。

 それにゼロは両腕を向けると、再び高速回転する貫通性の魔力を撃ち込んだ。

 ゼロの魔力は冥界樹を掘削しながら貫通し、冥王の腹を削る。ゼロはただの破片となった冥界樹の中を加速しながら落下して、冥王の腹部にさらに拳を撃ち込んだ。

 

「ごほっ!!」

 

 恐るべきはゼロの戦闘能力。ドラゴンフォースを解放したナツを正面から上回り、竜の力全てを一撃にかけ、外せば終わりという博打じみた奥義である紅蓮鳳凰剣を決めることでようやく倒せた正真正銘の怪物である。

 ゼロのパワー、スピードはともに冥王を上回っていた。

 しかし、冥王もゼロに劣らぬ化け物であることに変わりはない。

 

「人間風情が調子に乗るなよ」

 

 冥王は素早く上体を起こし、ゼロに頭突きをして仰け反らせると、跳ね起きてゼロを蹴り飛ばした。

 あれほどゼロの攻撃を受けながら、冥王に致命的な傷はない。元々の種族差もあるのか、冥王はゼロを遙かに上回る防御力を持っていた。仮に冥王が紅蓮鳳凰剣をくらったとしても、大きくダメージはくらうが一撃は耐え抜くだろう。

 冥王が翼を持ち、空を自在に駆けられることも考慮すれば、総合的な実力はほぼ互角と言っていい。

 

「やるじゃねえか」

 

 蹴り飛ばされたゼロが立ち上がる。ゼロもまだまだけろっとしている。

 

「マルド・ギールは素直に驚いている。人間でありながら、ここまで互角に戦うとは」

「そうかい」

「だが、マルド・ギールの勝利は揺らがない」

 

 黒い霧が、ゼロと冥王の間に立ちこめた。

 

「なんだぁ、これは」

「この霧の中で動けるか。流石だな」

 

 強まっていく冥王の呪力。

 冥王が奥の手を使おうとしているのをゼロも感じ取った。

 

「堕ちよ煉獄へ。これぞゼレフを滅するために編み出した究極の呪法」

「面白え。ならばオレも我が最大魔法をくれてやろう」

 

 ゼロが円を描くように右腕を掲げ、左腕を下げた。

 冥王同様、ゼロの魔力が強まっていく。

 

「我が前にて歴史は終わり、無の創世記が幕をあげる」

 

 そして、冥王とゼロは同時に究極呪法と最大魔法を発動させた。

 

「死の記憶、メメント・モリ!!」

「ジェネシス・ゼロ! 開け鬼哭の門!!」

 

 生と死という概念を無視し、ただ消滅させるメメント・モリ。

 召喚されし無の旅人が、魂、記憶、存在、あらゆるものを食らいつくして消滅させるジェネシス・ゼロ。

 呪法と魔法という違いはあれど、どちらも相手を無へと導く法である。

 無の属性を持つエネルギー同士がぶつかり合い、互いに喰らいあって消滅した。

 

「バカな……」

「ふん」

 

 メメント・モリとジェネシス・ゼロのぶつかり合いは、対消滅したことで互いにダメージは与えられなかった。

 目を見開いて驚く冥王に対し、一度破られた経験があるゼロの方は些か冷静である。

 冥王は己の感情に気がついて頭を振った。

 

「感情が高ぶっているな。これは良くない」

 

 冥王は感情を嫌う。感情は思考を鈍らせ、時に自分を自分ではなくすからだ。

 冥王は冷静さを取り戻し、ゼロとの戦いにかまけて放っておく形になった冥界島の様子を感じ取る。

 

「これはいけないな」

 

 エゼル、フランマルスがやられ、キースも身動きがとれない。テンペスターとジャッカルは追い込まれ、キョウカ、セイラ、トラフザーは互角の戦いを繰り広げている。総合的にみれば冥府の門が押されていた。

 

「人間で遊ぶ趣味はないと言いながら随分と楽しんでしまったよ。だが、それも終わりだ」

「なんだぁ? まだ何か隠してんのかよ」

「その通りだよ。──アレグリア」

「────!!」

 

 瞬間、冥界島が揺れ、変形を始めた。

 大地や壁が、冥界島に居る悪魔以外の全ての者に絡みついて引きずり込む。

 それはゼロすらも例外ではなかった。

 

「侵食、生贄、死と再生、絶望と希望。ブレインには言ったはずだ、どれほどあがこうと行き着く先は同じだと。この冥界島は冥王獣(プルトグリム)の体内という名の巨大な監獄なのだよ」

「逃げるのか冥王ォォォ!!!!」

「逃げではない。これはマルド・ギールの勝利だ」

 

 冥王獣が真の姿を現わしたとき、冥王獣の体内、もしくは体表にいる悪魔以外の存在は全て取り込まれる。

 これこそが一部となる喜び(アレグリア)。究極の呪法の一つである。

 ゼロが完全に取り込まれたことを確認して、冥王は踵を返して城へと戻っていく。

 途中で冥王獣の中から魔力を感じて足を止めた。

 

「アレグリアを逃れた者が一人だけいるだと? 確率にして約十億分の一。なんたる強運。いや、冥府に一人残された凶運か」

 

 一人取り残されたのはルーシィ。

 冥王は冥王獣の体内全体に念話を響きならした。

 

「冥府の門の諸君。アレグリアにより侵入者どもは一掃した。フェイス計画は予定通り進行している。だが、どういう訳かアレグリアを逃れた人間が一人だけ残っているようだ。その人間を殺した兵に欠番の九鬼門の称号を与えよう。九鬼門が殺した場合はマルド・ギールが褒美を与える。以上」

 

 これで全てが片づくまでは時間の問題だろう。フェイスが一機壊されたようだが問題はない。フェイス計画は依然として進行している。

 

「END復活の時は近い」

 

 冥王は再び城へと戻る歩みを再開した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 それより数分後。

 冥王獣よりもさらに上空、羽ばたく純白の翼から一つの影が飛び降りた。




強さに関する考察は各々あると思いますが、個人的にバラム同盟のマスター三人の力関係はこんな感じ。(正確にはマルド・ギールはマスターじゃないけど)

心臓ハデス>マルド・ギール(エーテリアスフォーム)、ゼロ>マルド・ギール(通常)>>>通常ハデス

本作でもこれを反映してます。

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