“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十六話 魔女と悪魔の激突

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドには元議員護衛任務に出ていたメンバーたちが合流し、ほぼ全員がそろっていた。

 そして情報交換を行うが、冥府の門(タルタロス)の本拠地を割り出すには至らず手詰まりとなっている。

 ナツに遅れてウェンディも元議長の家に向かったが、その頃には匂いは消えており追跡はできなかった。

 その時、ハッピーがふらふらと飛びながらギルドの中に入ってくる。

 

「見つけた! オイラ本拠地見つけたよ!!」

「ハッピー!」

 

 疲労の限界に達したのか、ハッピーは床に墜落した。

 だが、すぐに体を起こすと慌てて何事かをしゃべり出す。シャルルに落ち着くように言われ、一息つくと知り得た情報を整理して話し出した。

 元議長が冥府の門と組んでおり、エルザとミラが捕まったこと。そして助けに行ったナツまでもが捕まってしまったことを伝える。

 

「助けたかったけどオイラ一人じゃって思って……。オイラ……ゴメン…………」

「ハッピー、今は自分を責めるな。アジトの情報を教えてくれ」

「あい」

 

 涙を滲ませるハッピーだったが、リリーに促されて説明を続ける。

 

「あいつらのアジトは移動してるんだ。変な四角い島みたいな」

「移動じゃと!?」

「それじゃあ正確な位置は分からないの?」

 

 再び暗礁に乗り上げそうな追跡だったが、そこでレビィが声をあげた。

 

「ハッピー、だいたいの場所と向かってる方向分かる?」

「オイラ向こうから来て、あっちに動いてて……。そうだ! 確か冥府の門のヤツがこれから魔女の罪(クリムソルシエール)と戦うって言ってた! だからあんまり動いてないかも!!」

「魔女の罪じゃと!?」

 

 マカロフが驚いて叫ぶ。

 同様に少なからず驚いている妖精の尻尾の面々だったが、特に魔女の罪との交流があるグレイ、ルーシィ、ウェンディ、シャルルが顕著な反応を示す。

 

「それなら、ナツやエルザ、ミラさんの事も少し安心できるかも」

「それはどうかな」

 

 楽観的なことを言うルーシィにグレイが首を横に振った。

 

「あのウルティアたちが簡単にやられるとは思えねえが、少数精鋭の魔女の罪とは違って冥府の門には兵隊も多くいるはずだ。そうなれば消耗を強いられて不利な戦況に陥ることだってあり得る」

「それに、新聞には元六魔将軍(オラシオンセイス)のブレインさんが脱獄したって書いてありました。もし、冥府の門と行動を共にしていたら……」

「対策をとられてる可能性もあるわね」

 

 グレイの言葉にウェンディとシャルルも同意するように頷き、表情を険しくした。

 

「とにかく、冥府の門は足止めをくらっている可能性があるのね。まかせて! 私が敵の進行経路を計算する! そしたらハッピーが来た場所から経路を辿ればヤツらのアジトを見つけられるはず!!」

 

 レビィの力強い言葉にマカロフが頷いた。レビィが居場所の割り出しに成功したらすぐに出撃できるように指示を出す。

 

「オイラ、ナツを置いてきちゃった……」

「違うよ。みんなを助けるために最善を尽くした、でしょ」

「あい」

 

 涙を浮かべて落ち込むハッピーをルーシィが優しく抱きしめた。

 その時、ギルドの入り口からエルフマンが重い足取りで中に入ってきた。

 入り口近くに居たメンバーたちがすぐに駆け寄る。

 

「エルフマン! リサーナはどうした!?」

「何で連絡してこなかった!!」

 

 勢いよく問いかけてくる面々に、エルフマンは俯きがちに口を開く。

 

「……リサーナは捕まった。ユーリ老師も手遅れだった」

「そんな……」

「オレが、オレがついていながら……」

「お前のせいじゃねえ」

 

 かなり気落ちしているようで、普段の快活さを微塵も見せないエルフマンに、皆が励ましの声をかけていく。

 そんな中、カナだけが厳しい目を向けていた。

 

「情けないね。妹とられて敵も追わず帰ってくるのかい」

「み、見失っちまって……」

「見失う? リサーナをつれた敵に獣になれるアンタが追いつけなかったっての!?」

「いい加減にしろカナ!」

 

 覇気のないエルフマンをさらに責め立てるカナの姿に、周囲も止めに入る。

 

「すまねえ、少し休ませてくれ……」

 

 エルフマンは肩を落としてギルドの奥へと入っていった。

 カナはあんな言い方をすることはないと叱られる中、それを聞いている様子もなくその後ろ姿をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 ギルドの奥。エルフマンの入った部屋に人影は一つもない。

 エルフマンは懐からセイラに渡された魔水晶(ラクリマ)を取り出した。

 

「リサーナを返してもらうために、オレはこのギルドを破壊する」

 

 魔水晶を起動させると床に置く。魔水晶は光を放ちだし、爆発の準備を始めた。

 そこにカナが部屋に入ってきた。

 

「エルフマン、あんたやっぱり様子がおかしいよ。──って、何だいその魔水晶?」

「──! 来るなァ!!」

「ちょっ! エルフマン!?」

 

 エルフマンがカナを押し倒し、その上にのしかかった。

 油断していたカナはそのまま床に押し付けられ、身動きがとれなくなる。

 そして、しだいに光を強めていく魔水晶を見てそれが爆弾だとカナも気付いた。

 

「誰か、むぐっ……」

 

 助けを呼ぼうとしたら口を押さえつけられ声が出せなくなる。

 尋常ではない様子にエルフマンが操られていることに気がつくが、気がついたところでどうしようもない。

 

(ちくしょう! 悪く思うなよ!!)

 

 カナは魔法を使ってエルフマンをカード化した。

 エルフマンはカードの中で、破壊、破壊と壊れた玩具のように繰り返し口にしている。

 

「この前会った色黒のイケメンに教えてもらったんだ」

 

 そして、魔水晶に目をやれば震えだして今にも爆発しそうであった。

 

「もう爆発寸前かよ! くそ!!」

 

 カナはエルフマンのカードを手に、急いでギルドのメンバーたちが集まっている酒場へと戻った。

 酒場ではレビィが冥府の門の拠点を突き止め、これから出陣しようとするところだった。

 カナはエルフマンと同じように、ギルドにいた全員をカード化する。

 

「怪我人もノロマもいるからこうするしかないんだ」

 

 突然カードにされたことで皆が少なからず困惑している様子を見せるが説明をしている暇はない。

 全カードを魔法で手元に集めると、カード化させなかったハッピー、シャルル、リリーにカードを渡す。

 

「ギルドが爆発する! 急いで脱出だ!!」

「あい!」

 

 カナ自身もカード化してハッピーの手におさまる。

 三匹のエクシードが脱出すると、直後にギルドが大爆発して吹き飛んだ。

 

「オレは、なんてことを……」

 

 セイラの命令を果たしたことでエルフマンに正気が戻る。

 その言葉を耳にしてカナが口を開いた。

 

「正気に戻ったかよ。ミラとリサーナを助けんだろ。しっかりしな」

 

 こうして、妖精の尻尾はレビィの先導により冥界島へと出発したのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔女の罪は冥界島に突入する。

 しかし、島の重力に捕まって四角い島の下面に着地した。頭上に大地が見える。

 そして、一様な装備をした兵隊たちが次々に沸きだした。

 

「ちっ! まずは雑魚で消耗させようってか!」

 

 ソーヤーが忌々しげに舌打ちした。いちいち兵隊全てを相手にしていられない。

 遠くから観察したとき、拠点であろう城は島の上面にあったはずだ。まずはそこまで辿り着かなければ話にならない。

 

「リチャード、何してやがる! 早く穴を開けろ」

 

 そのため、土魔法を使うリチャードに上面までの穴を開けてもらおうという作戦だったのだが、一向にそれが為される様子がない。

 

「だめデス。私の魔法が効きませんデスネ! この島おかしいデスヨ!!」

「なんだと!?」

「…………うん。僕の魔法も効かないみたいだね」

 

 続けてマクベスも口にする。

 マクベスの魔法はあらゆるものをねじ曲げ歪ませる魔法。だが、島の大地を歪ませることができない。

 マクベスがウルティアに視線をやるが、ウルティアも首を横に振った。時のアークも島の大地には使えないらしい。

 

「やっぱり、ブレインのやつが何かしやがったのか……!」

 

 ソーヤーがそう言って歯がみするが、マクベスはその言葉に素直に頷けなかった。

 

(僕やリチャードの魔法が効かないだけならそうかもしれない。けれど、ウルティアの時のアークはブレインに教えられたものではない。これは本当にブレインの仕業なのか?)

 

 マクベスは疑問に思うが答えは出ない。

 

「どいてくれ! オレがやる!!」

 

 ジェラールが跳躍し、島に向かって魔法陣を描き出した。

 

煉獄砕破(アビスブレイク)!!」

 

 魔法陣から強大な魔力が放たれる。そして、その魔力は轟音とともに島を貫通した。

 

「さすが!」

「オレとエリックで人質を助け出す。ウルティアとマクベスは九鬼門の相手をしてくれ。メルディ、リチャード、ソラノはここで兵隊の相手をして退路を守れ。ソーヤーもここに残って九鬼門が襲ってきたときの対処をするんだ」

「了解!」

 

 ジェラールの命令に全員が頷いた。

 四人で城に潜入するのは正直に言って分が悪い。しかし、島の大地を操れない以上リチャードの戦力は大幅にダウン。ソラノの翼も呪法相手にはあまり効果を発揮しない。メルディは単純に九鬼門を相手にするにはまだ実力不足だ。

 結果、どうしてもこのような配置になってしまった。

 

「行くぞ!」

 

 ジェラールは号令をして、エリック、ウルティアと三人で穴を潜っていく。

 そんな中、マクベスだけは突入せずにその場に残っていた。

 

「ソラノ、ちょっといいかい」

「ん?」

 

 すでにソーヤー、リチャード、メルディは兵隊たちの相手を始めている。

 ソラノもそれに加わろうとしたとき、マクベスに呼び止められた。

 

「マクベスは行かないのか? ジェラールたちはもう行ったゾ」

「僕も要件を済ませたらすぐに行くよ」

「要件?」

 

 首を傾げるソラノにマクベスが頷く。

 

「君に頼みたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「なんだこの揺れは?」

 

 城どころか島全体を揺らすような振動にキョウカが顔を顰めた。

 魔女の罪が上面まで来るとしてもまだ先のはず。そう思っていたが、案外時間はないのかもしれない。

 

「頃合いか。では、人質として役にたってもらうぞ」

 

 キョウカの目の前にはぐったりとして鎖に繋がれているエルザの姿があった。体にはいくつもの裂傷が刻まれている。

 魔封鉱石の錠はそのままに、鎖を外そうとキョウカが手を伸ばしたときだった。

 

「なっ!」

 

 頭上から落ちてきた光によって、キョウカはそのまま下の層へと転落していった。

 

「エルザ!」

 

 壊れた天井からジェラールが降りてくる。

 ジェラールはエリックの案内で拷問室の真上に移動し、奇襲をしかけたのだ。

 エリックは人質であるエルザたちの声は聞こえるし、心の声を聞けなくても細かな音からエルザの近くに居る何者かの位置も把握できる。

 

「こっちは頼んだぜ」

「ああ。ありがとう」

 

 ジェラールをエルザの所へ案内したところで、エリックは他の捕まっている人間を助けるためにその場を後にした。

 

「大丈夫かエルザ!」

「ジェラール……」

「しっかりしろ。今助ける」

 

 ジェラールはエルザの両腕を拘束している鎖を壊し、足の鎖も壊そうとしたところでその動きを止めた。

 

「体が……」

「よくもキョウカ様を……!」

 

 辛うじて動く頭で後ろを振り返ると、拷問室の入り口が開き、そこにセイラが立っている。

 

「そのまま、助けに来た人の首を絞め殺すといいですわ」

 

 ジェラールの手が勝手にエルザの首へと伸びていく。

 しかし、直後ジェラールの体の周囲から迸る光がセイラを吹き飛ばす。同時に、セイラの呪法、命令(マクロ)が解ける。

 

「くっ!」

流星(ミーティア)!」

 

 ジェラールの体を光が包み、怯んだセイラに高速接近。頭を掴むとそのまま床に叩きつけた。

 さらにジェラールが右腕を掲げると、そこに漆黒の球体が現れる。

 

暗黒の(アルテ)──」

 

 魔法を発動しようとしたとき、ジェラールは横合いから殴り飛ばされた。

 体勢を立て直し、介入してきた者を睨み付ける。

 

「助かりましたわ。トラフザーさん」

「気にする必要はない。それよりも早くヤツを殺すぞ。それでフェイスの封印は解ける」

 

 セイラのそばには大柄な魚人のような男、トラフザーが立っていた。

 そして、トラフザーはジェラールにとって聞き捨てならないことを口にした。

 

「オレを殺してフェイスの封印が解ける?」

「その通り。そなたはフェイスの封印解除のための最後の鍵なのだ」

「────!」

 

 ジェラールは下から気配を感じて即座に後退。直後、伸びたキョウカの爪が床から突き出てきた。そのまま床は崩落。キョウカが下から登ってくる。

 これで、ジェラールは三対一となった。

 

「逃げろ、ジェラール……。いくらお前でも三体同時には厳しい」

 

 ジェラールの後方からエルザの声がかけられる。

 現在、ジェラールは三体の悪魔からエルザをかばうようにして立っている。

 

「心配するな。すぐに終わらせる」

「ジェラール!」

「ダメだ。オレはもう、絶対にお前を見捨てたりなんてしない」

 

 そのやりとりを見てキョウカが笑う。

 

「我らを相手にエルザをかばいながら戦うつもりか。一体、どれほどもつのであろうな」

 

 その言葉を聞いてトラフザーが口を出す。

 

「キョウカ、加虐趣味もいい加減にしておけ。今は全力で一刻も早くジェラールを殺さなければならない場面だ」

「トラフザーさん。キョウカ様に意見をするつもりですか」

「よい、セイラ。今のはトラフザーの言うとおりだ。エーテリアスフォームを使うぞ」

 

 キョウカ、セイラ、トラフザー。三体の悪魔がさらなる異形へと姿を変貌させる。

 エーテリアスフォーム。ゼレフ書の悪魔である九鬼門の真の姿であり、この姿の時こそ真の力を発揮する。

 

「来るか」

 

 こうして、ジェラールの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥界島内部のとある場所。

 広い部屋の中にいくつもの円筒状の水槽が立ち並び、そこに悪魔の触手が繋がっている。

 この場所の名はヘルズ・コア。冥府の門の再生地点。

 冥王との契約により、冥府の門の悪魔たちは肉体を失ってもこの場所で復活することが可能なのだ。

 そこで今、ラクサスに倒されたテンペスターと、ナツに倒されたジャッカルが復活していた。

 

「なにやら騒がしいようだが」

「確かにそうやな。この音は戦闘でもしとるんか?」

 

 復活したばかりで事態を把握していないジャッカルとテンペスターに、うさぎ耳のような髪をした悪魔、ラミーが状況を説明する。

 

「ファファファファ、冥府の門は魔女の罪と絶賛交戦中。二人にもすぐに戦いに出るよう言われているの。復活したばかりなのに可哀想。くすん」

「うざ……」

 

 ラミーの調子にジャッカルはげんなりしていた。

 テンペスターは特に興味がないのか反応を示さず、この部屋の入り口の方を見据えていた。

 

「どうやら、戦いに出るまでもないようだ」

「あ?」

 

 テンペスターに言われてジャッカルが入り口の方に視線をやれば、そこから女が一人入ってきた。

 

「この部屋の感じ。どう見てもなにかしら重要な拠点のようね」

 

 ヘルズ・コアに足を踏み入れたのはウルティアだ。

 中に三体の悪魔を確認し、それでも悠然と足を進める。

 ジャッカルがすぐにウルティアに飛びかかった。

 

「オレはあの火の玉と青猫に用があるんや。さっさと死んどけ!」

「野蛮ね」

 

 ウルティアは右手で拳をつくり、左の掌に押し当てて氷の造形魔法を使う。

 次いで、ウルティアとジャッカルの間に氷の壁が出現。ジャッカルを阻んだ。

 

「こんなもんオレの呪法で壊したるわ!」

 

 ジャッカルの呪法は触れたものを爆弾に変える力。氷に触れて爆発させようとした。

 しかし、氷の壁はなんの反応も起こさない。

 

「な、なんでや!」

「さあ、なんででしょうね」

 

 ウルティアの魔法、時のアークは生命以外の時を操る。氷の時を停止させることで爆発を防いだのだ。

 そして、氷の時を爆弾に変えられる前に戻し、再度時を進めることで蒸発させる。

 そうして、ジャッカルの開けた視界に飛び込んできたのは飛んでくる無数の水晶であった。

 ウルティアは手に持つ水晶を操って攻撃する。その水晶が未来にどういう動きをするのか。それには様々な可能性がある。ウルティアは水晶の時を同時にあらゆる未来に進めることで分裂させたのだ。

 そして、全ての水晶がジャッカルに直撃するという未来に向かって収束する。

 

「フラッシュフォワード!」

「がああああ!」

 

 高速で飛んできたいくつもの水晶に体を打たれてジャッカルは悲鳴をあげた。

 

「ヒュル」

 

 テンペスターが竜巻をウルティアに向けて放つ。しかし、竜巻はそよ風と化してウルティアには届かない。

 

「ボッ」

 

 続いて火を放つがすぐに燃え尽きて空気中に消えていった。

 

「なるほど、無機物の時を操るか。だが、生命は操れないと見た」

「ご名答」

 

 テンペスターは次に風を纏い、高速でウルティアに接近した。

 テンペスター自身に時のアークは通用しない。ならば、近接戦で直接攻撃するまで。

 

「いいのかしら。そこはさっきまで氷があった場所よ」

「む!」

 

 ジャッカルの突進を阻んだ壁、ウルティアが先程蒸発させたそれが、時の巻き戻しを受けて元に戻った。同時に、テンペスターは巻き込まれて氷に体を挟まれる。

 そのテンペスターを囲むように再び無数の水晶が展開された。

 

「あなたもお仲間と同じ目に合うといいわ」

「ぐうううう!」

 

 水晶が氷とともにテンペスターを打ち据えた。

 氷が砕けたことで自由になったテンペスターは後退する。ジャッカルもその隣に来た。

 

「くそが! おいテンペスター! この女かなりやばいで!!」

「分かっている」

 

 ウルティアは再び水晶を手にし、余裕の笑みを浮かべた。

 

「誇ることではないけれど、これでもかつては最強の闇ギルドと呼ばれた悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部、煉獄の七眷属を束ねた身。あまりなめないことね、九鬼門」

 

 ジャッカルは舌打ちをひとつすると振り返り、ラミーを怒鳴りつけた。

 

「おいラミー! 早くそいつを起こせや!! そんなんでも今は必要なんや!!」

「そいつ?」

 

 ウルティアはジャッカルの言葉に疑問を覚え、部屋の奥の方を凝視した。

 そこには、水槽に入れられた一人の女性が居た。

 

「あれは確か、妖精の尻尾のミラジェーン?」

 

 ミラはクロフォードに捕まった後、ヘルズ・コアに入れられて悪魔化の改造を受けさせられる予定であった。ジャッカルとテンペスターの再生を優先させたためまだ手つかずであったが、今はラミーが急ピッチで作業をしていた。

 

「くそう、可愛い顔がむかつくから醜い芋虫にでも改造してやろうと思ってたのに……」

 

 不満を言いながらも、ラミーはミラに悪魔因子を送り込んでいく。敵が間近まで迫っている今、一刻も早く戦力にする必要があった。

 だが、ミラは突然目を開くと水槽を破壊して出てきた。

 

「ひいいいいい! な、何よこれぇ!!」

「ごめんね。悪魔因子は元々持ってるの、サタンソウルを使うために。おかげで復活しちゃった」

 

 ミラの復活をテンペスターとジャッカル、ウルティアが唖然として目撃していた。

 ウルティアが気を取り直して口を開く。

 

「よく分からないけど、これで二対二ということかしら」

 

 その言葉に、ジャッカルが表情を歪め、テンペスターは僅かに冷や汗を流したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 捕まったナツとリサーナは同じ牢に入れられていた。

 二人とも服を奪われ全裸である。両足は自由に動かせるが、魔封鉱石で両腕を背で拘束されている。

 

「があっ! だめだ、外せねえ!!」

「やっぱり、人間の力じゃ壊せないよ」

 

 ナツがリサーナの背後に回り、足でリサーナの手錠を壊せないか試みていたところであった。

 その時、牢の外から声がかけられた。

 

「なに遊んでんだお前ら」

「だ、誰!?」

 

 見覚えがない男の登場にリサーナが身構える。

 ナツは食ってかかるように牢に頭突きをした。

 

「てめえここから出しやがれ!」

「言われなくてもそうしてやるよ」

「え?」

 

 エリックは両腕に鱗を纏い、牢の錠を掴むとそのまま引きちぎって牢を開いた。

 

「ありがとう! でもお前誰だ? てか滅竜魔導士なのか!?」

「質問が多いな。一応、ちょっと会ったことはあるんだがな」

「お前とか?」

 

 ナツが首を傾げる。ワース樹海の戦いでは直接戦ったわけではないので覚えていないのも仕方が無いかもしれない。

 

「元六魔将軍(オラシオンセイス)で毒の滅竜魔導士のエリックだ。今は魔女の罪でお前もよくご存じのジェラールとともに活動している。ちなみに雷竜と同じく第二世代の滅竜魔導士だから親のドラゴンはいない。これでいいか」

「ああ、確かに見たことある気がする」

 

 ナツが納得したと頷いた。

 リサーナがなぜ魔女の罪がこんなところにいて助けに来てくれたのか疑問に思うと、質問する前にエリックが先んじて答えてくれた。

 

「今は冥府の門と魔女の罪で交戦中だ。ただ、戦力が足りねえからお前等にも戦ってもらう。ミラジェーンはもうウルティアと戦ってる。エルフマンとかいうのはこの島にはいねえ。エルザはジェラールが助けに向かったが今はちょっとピンチだ。なんでそんなことが分かるかというとオレは聞く魔法で音を聞いて多少は戦況を理解できるし、お前の疑問も心の声を聞くことで答えている」

「あ、は、はい」

 

 疑問に全て答えられて、リサーナは目をぱちくりとさせながら頷いた。

 エリックはひとまずリサーナを納得させると手に持っていた服を二着投げ渡した。

 

「兵隊から奪ってきた服だ。とりあえずはこれを着ていろ」

「おお! 助かった!!」

 

 エリックが二人の手錠を外してやると、すぐに服を着替え始める。

 すると、そんな三人のもとへ足音が一つ聞こえてきた。

 警戒するナツとリサーナを手で制すると、エリックはその近づいてきた人物に声をかけた。

 

「よお、久しぶりだな。ブレイン」

「ああ、うぬらの裏切りから実に七年ぶりか」

 

 ブレインはエリックを見て薄く笑う。

 

「この七年、ジェラールとともに下らぬ事をして過ごしていたらしいな。親としては悲しいぞ」

「ほざけ。オレたちを駒としてしか思ってなかったやつが何を言いやがる」

「クク、違いないな」

 

 そう言ってブレインはくつくつと笑った。

 その様子を見てエリックはさらに表情を険しくし、かねてからの疑問を口にした。

 

「なぜ、捕まっているヤツらの精神をプロテクトしなかった」

「ふむ」

 

 ブレインが九鬼門を含め、重要な情報を握っている連中の心を魔法でプロテクトしたのは間違いない。だというのに、捕虜にはそれが為されていなかった。

 捕虜から情報が漏れたり、こうして居場所を見つけて戦力にされる可能性があるのにも関わらずだ。

 

「てめえ、一体なにを考えていやがる」

 

 エリックの問いに、ブレインはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 地表面ではソーヤー、リチャード、メルディが三人で押し寄せる兵隊たちを相手に戦っていた。

 

「もう! ソラノってばどこに行っちゃったのよ!!」

 

 メルディが兵隊たちを魔法でなぎ倒しながら叫ぶ。

 本来、ここにはソラノも居るはずなのだが全く姿が見えない。

 

「私、マクベスさんとなにやら話していたのを見ましたデスネ」

「え、じゃあもしかして一緒に潜入しちゃったの! ただでさえソラノの翼は呪法を吸収してくれないのに、室内じゃ空を飛べる利点まで無くなっちゃうじゃない! それじゃあ、魔力タンクにしかならないよ!!」

「お前、結構ひどいこと言うのな……。まあ事実だけど」

 

 メルディのあんまりな言いようにソーヤーが苦笑する。

 ソラノが空をとびながらビームを撃ってくれるだけで大分楽になるのだが、いない以上は仕方が無い。それ以上に、メルディが言うようにソラノが心配だ。

 

「さて、どうしたもんか──と、危ねえメルディ!!」

「え?」

 

 ソーヤーが急いでメルディの元へ駆けつけて抱え込むと、その場を離れた。

 直後、メルディが立っていた場所が削り取られた。

 

「これは斬撃!?」

「来るぞ!!」

 

 ジェラールが開けた穴から四本の腕と六本の足を持つ悪魔が姿を現した。

 九鬼門のエゼルである。

 

「避けやがったか! いいね! いいなァ! これは全力を出してもいいのかよ!!」

 

 興奮したように叫ぶエゼルの前にソーヤーが立つ。

 

「メルディとリチャードは兵隊の相手をしてろ! こいつはオレがやる!!」

「ハハ! 行くぜぇ!!」

 

 こうして、ソーヤーとエゼルの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 マクベスは一人で城の中をゆったりとした足取りで歩いていた。

 周囲には多数の兵隊の屍が転がっている。

 

「やっぱり、この城も曲げられないな」

 

 城の壁や床に魔法を試してみるが、島の地面と同様に反応がない。

 周囲の屍は大気をねじ曲げ、元に戻るときの衝撃波で殺した兵隊だ。故に、魔法自体が使えなくなった訳ではないのは確かである。

 そこに、マントで身を包み髑髏面をした悪魔、九鬼門のキースが姿を現した。

 歩くたびに、手に持つ錫杖からしゃんしゃんと音が鳴っている。

 

「冥府に刃向かうかつての魔よ。後悔ととも骸となれ」

 

 マクベスはキースの言葉を無視し、無言で大気をねじ曲げてキースを攻撃した。

 

「へえ」

 

 キースの体は霧散して、再び元の体に戻る。魔法が効いている様子はない。

 そして、キースが錫杖で地面を叩くと周りの死体が動き出す。

 

「ここに転がる屍はうぬの業。尽きぬ兵に押しつぶされて息絶えよ」

死人使い(ネクロマンサー)か」

 

 一斉に襲いかかってくる屍たち。

 それらに囲まれて、マクベスは眉一つ動かさずに死体をねじ曲げた。

 

「バカな……」

「僕の魔法は人間、生物は曲げられないけど死体なら曲げられるんだ」

「しかし、うぬが曲げられる空間は一つのはず。このように一斉に……」

「ブレインから聞いたのかい。それは正しいよ。曲げられる空間は一つ。でもその範囲の広さは七年前の比ではない。僕も君も、同時に範囲内に捉えられる」

 

 キースは慌てて後退するがもう遅い。

 キースを中心に空間がねじ曲がり、死体が渦を巻きながら集まっていく。

 

「君は弱いね。九鬼門の中では最弱かい?」

 

 そうして、出来上がったのはねじ曲がった肉の山。キースはその中に閉じ込められた。

 これでは体を霧状化させても出られない。

 

「君を倒す方法が思いつかないから、ひとまずはその中で大人しくしておいてくれ」

 

 そう言い残してマクベスはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジェラールたちが戦っている場所は崩壊して瓦礫の山となっている。

 エルザが捕まっていた拷問室も崩れて見る影もないが、拘束している鎖は壁であった大きな瓦礫と変わらず繋がっており、魔封鉱石のせいで魔力が使えないエルザでは身動きがとれない。

 ジェラールが光を纏い、流星のように高速で縦横無尽に駆け回る。

 

「止まれ!!」

 

 セイラが叫ぶと命令の力でジェラールの動きが止まった。

 その隙をついてキョウカが迫る。

 

七星剣(グランシャリオ)!!」

 

 空中でジェラールが仕掛けていた七つの魔法陣が輝きだし、隕石にも相当する威力の光が落ちた。

 キョウカは光の一つを喰らって墜落する。

 そして、残りの六つがセイラに向かって落ちていく。

 

「セイラを守れトラフザー!!」

「おう!」

 

 九鬼門一の防御力を誇るトラフザーがセイラをかばう。

 しかし、七星剣の威力の前にセイラもろとも吹き飛ばされる。そこで再びジェラールの体が自由になった。

 セイラを追撃したかったジェラールだが、キョウカがエルザのもとに向かっているのを目撃してそちらに向かう。

 それを確認してキョウカがジェラールに爪を伸ばすが、光を纏ったジェラールは悠々と躱して殴りつける。そして、腕を掴むと遠くへ投げ飛ばした。

 近くまで来たジェラールにエルザが叫ぶ。

 

「私に構うな! そうすればまだ勝目があるだろう!!」

「それじゃあ意味がないんだ!」

「なら逃げろ!! このままじゃ本当に死んでしまうぞ!!!」

「死ぬつもりはない!!」

 

 ジェラールは再びセイラを片付けようと接近するが、再びその動きを止められる。

 同時に、セイラが突進をしかけてきた。

 

「我は我に命令する! 目の前の敵を八つ裂きにせよ!!」

「がはっ!!」

 

 自己命令によって身体能力を底上げしたセイラがジェラールを殴りつける。

 キョウカの呪法によって痛覚を増強されていたジェラールは激痛とともに吹き飛ばされた。

 

「とった!!」

 

 倒れたジェラールをキョウカが踏みつける。

 

「ぐ、ああああああ!!」

 

 直接触れられたことでキョウカからさらなる呪力が流し込まれ、痛覚がどんどんと倍増していく。それどころか視覚も奪われてしまう。

 

「まだ、だ! 暗黒の楽園(アルテアリス)!!」

「なに!」

 

 ジェラールとキョウカの間に漆黒の球体が現れる。その球体はすぐに膨張し、キョウカを呑み込もうとした。

 

「我は我に命令する! キョウカ様をお助けせよ!!」

 

 しかし、自己命令によってスピードを格段にあげたセイラが寸前でキョウカを助け出した。

 ジェラールの魔法は不発。そして、セイラの命令で動けないままのジェラールに影がさす。

 トラフザーが硬化させた拳を落下する勢いをつけて叩き込んだ。

 

「ご、があっ!!」

「ハア、ハア。さすがにもう戦う力は残っていまい」

 

 倒れ伏すジェラールにトラフザーが再度拳を振りかぶる。

 キョウカとセイラもそれを遠巻きに見ていた。

 

「エーテリアスフォームを見せた我らを相手にここまで戦うとは見事。せめて一撃で殺してやる」

「やめろおおおおお!」

 

 エルザの悲痛な叫びが響く。

 トラフザーがジェラールの命を絶つべく拳を振り下ろそうとした瞬間、その巨体が何者かに蹴り飛ばされた。

 

「なんだ!?」

 

 見ていたキョウカとセイラも同じく攻撃を受けて退く。

 

「よう、生きてるかよ。リーダー」

「エリックか……。すまない、助かった」

 

 エリックが倒れるジェラールをひっぱり起こす。

 そして、キョウカとセイラも襲撃者を視界に入れた。

 

「そなた、脱走したのか」

「ああ、助けてもらってな」

 

 キョウカとセイラの前にはナツが炎を纏って立っている。

 

「もう少しでしたのに! 邪魔をして!!」

「──! 体が!!」

 

 セイラの命令でナツの体の動きが拘束される。

 キョウカがナツに向かって歩み出た。

 

「そなたのおかげで無駄な時間をくった。すぐにそなたも殺してくれよう」

「いいのかよ」

「──? 何がだ?」

 

 ナツの言葉に意味が分からないと首を傾げるキョウカ。

 そんなキョウカにナツはにやりと笑って告げた。

 

「オレよりおっかないやつが自由になってるぜ」

「なに?」

 

 瞬間、背後でセイラの悲鳴があがった。

 驚いて振り返ると同時、きらめく刃がキョウカを襲う。

 

「くっ!」

 

 辛うじて避けるキョウカだったが、そこをナツの鉄拳が殴り飛ばす。

 たまらずキョウカは一旦距離をとった。その隣にトラフザーと、新しく切傷をその身に刻んだセイラも並んだ。

 そこに相対するようにジェラール、エリック、ナツ、そしてエルザと、外した錠を手にしたリサーナも並んだ。

 エリックとナツが戦いに介入した隙にリサーナがエルザを拘束していた錠を外したのだ。

 

「……ジェラール。お前には言いたいことがたくさんあるがひとまず置いておこう。後で覚えておけよ」

「それは怖いな……」

「だが、無事で良かった」

 

 エルザは一瞬表情をやわらげると、再び表情を引き締めて眼前の悪魔たちを睨む。

 拘束されて拷問された怨み、ジェラールの足枷となって戦いを見守るしかなかった屈辱。それらが怒りへと変わり、一周回ってエルザの口元に笑みが浮かんだ。

 

「これまでの借り、返させてもらうぞ……!!」

 

 怒りに燃えるエルザ。

 その隣で、エリックは先程会ったブレインのことを考えていた。

 

(向こうもそろそろ始まる頃か)

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブレインは人気がない通路を歩きながら、先程エリックに言ったことを思い出していた。

 

『てめえ、一体なにを考えていやがる』

 

 愚問である。

 そんなもの、まがい物の悪魔ごとき虫けらにこの世界を渡さないこと。それに尽きる。元六魔とジェラールへの怨みを晴らすことなど、それに比べれば二の次だ。

 ブレインが脱獄するために元六魔の情報と対策を施したところまではどうしようもない。そこからフェイス計画を知り、復讐どころではないと計画を変更した。魔力を消されるなど冗談ではない。

 人質に精神プロテクトをしなかったのは助け出させて戦力にさせるためである。情報を流して不利にさせた分を補わせようとしたのだ。

 大きな扉を開き、中へと入る。

 

「そのために愚物を演じて見せたが、まんまと引っかかったな冥王よ」

「認めよう。元議長と同じく、大局が見えぬ愚物と断じて深く考えなかったこと、それはこのマルド・ギールのミスである」

 

 ブレインの視線の先、冥王が玉座に腰をかけていた。

 

「だが、貴様らごとき虫けら以下の人間が、多少予想外の動きをして見せたところで何も変わりはしない。行き着く先は同じだよ」

「まがい物の悪魔ごときがほざきおる」

「まがい物ではない。我らはゼレフに造られし高次元の存在だ。だからこそ、マルド・ギールはこの場に姿を現したお前に呆れている。よもや、この冥王を倒そうなどと思ってはいるまいな?」

 

 冥王の問いに、ブレインは不敵に笑んだ。

 

「その通りだと言ったら?」

「貴様は身の程を知ることになるだろう」

 

 冥王はゆっくりと玉座から立ち上がった。

 

「さあ、噂に聞くゼロとやらの力を見せてみるといい」

 

 ブレインが笑みを深めると同時、顔に刻まれていた一筋の黒い線が消えてゆく。

 ブレインの褐色の肌は色素を薄めて白くなり、呪力にも似た禍々しい魔力が目覚める。

 

 

 まさに、闇の頂点同士の食い合いが始まろうとしていた。




○セイラの命令(マクロ)
・人間の肉体を強制的に操る。ただし大雑把。
・精神を操るには一度屈服させなければならない。
・一度精神を操った者は遠隔で操れる。
・肉体を操られても精神を操られていなければ魔法は使える。
・攻撃を受けたりして集中が少しでもとぎれると効果が解除される。
・悪魔因子を持っていると効かない。


本作における命令の制限はこんな感じ。さすがに無制限だと強すぎる……。
一応、原作を読んで無理のない範囲で制限をかけたつもりです。

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