“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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冥府の門編
第四十五話 妖精と悪魔の前哨戦


 

 闇の最大勢力、バラム同盟。

 それは三つのギルドから構成されており、それぞれが多数の傘下ギルドを抱えて闇の世界を動かしていた。

 そのバラム同盟を構成していたのが六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)冥府の門(タルタロス)の三ギルドである。

 そのうち六魔将軍は地方ギルド連合軍に、悪魔の心臓は妖精の尻尾に、それぞれ七年前に敗れて崩壊している。

 そのため、現在残されているのは冥府の門だけである。

 その冥府の門は六魔将軍、悪魔の心臓の崩壊にも特に反応を示さず、魔女の罪(クリムソルシエール)の追跡をかいくぐって七年間沈黙を保ち続けていた。

 しかし今、ついにその沈黙が破られようとしていた。

 

「もう少し。もう少しで魔が滅ぶ」

 

 ほの暗い一室。禍々しい玉座に腰をかけ、古びた一冊の本を大事そうに抱えながら、男が一人微笑する。

 

「のうマスター、あなたが復活する時も近い。その時こそ、ゼレフの下へと還ろうではないか」

 

 この男こそ冥王マルド・ギール。

 冥府の門がマスターとして崇めているENDが封印中の今、マスター代行として実質的に冥府の門を率いている者であった。

 

「しかし、この七年随分と面倒をかけてくれたものだ。魔女の罪」

 

 表情は変えず、微少を浮かべたまま冥王が小さく呟いた。

 

「ジェラールをリーダーに、六魔将軍と悪魔の心臓の残党で結成された独立ギルド。かつては我らが父ゼレフを崇めながら、今度は牙を剥くか。いや、六魔はそうでもなかったな。なんにせよ愚かしいことだ」

 

 この七年、魔女の罪に見つからないように姿を隠して逃げ続けてきた。

 正面からの戦争となれば負ける気などしないが、読心される以上対策を講じられることは確実。そうなれば後手に回らざるを得ない。

 しかしEND復活の目処がたったことで雌伏の時は終わりを告げる。冥府の門が動く以上は魔女の罪とぶつかることは必至。

 

「策は打った。どうしても立ちはだかるというのなら、滅びてもらわねばなるまい」

 

 冥王に焦りはない。策略と闘争の果て、思い描く未来絵図に冥府の門の敗北など存在してはいなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 魔法評議院ERA。

 ここでは現在、九人の議員が集まり魔法界における様々な問題について議論していた。

 会議室の前で見張りをしていたドランバルトは、漏れ出てくる声から中々議論が進まない様子を感じ取って溜息をつく。隣でともに見張りをしているラハールも苦笑していた。

 すると、遠くから喚くようにしてカエル姿の職員が駆けてきた。

 

「そこを開けてください! 緊急事態です!!」

「何事ですか!」

 

 ラハールが警戒を強めながら問いかける。

 

「侵入者です! 早く知らせなければ!」

「なに!?」

 

 ここはイシュガルにおける魔法界の中心とも言える場所。当然、相応の警備が配されている。

 そこに侵入を許したとなればただ事ではない。

 ドランバルトとラハールは顔を見合わせて頷くと、扉を開いて職員を奥へと通した。

 

「大変です皆さん!」

 

 職員が声を張り上げ、机を囲んでいた議員たちに呼びかける。

 

「何だ!?」

「バカ者! 議会中だぞ!!」

「そ、それどころじゃ……! 侵入──」

 

 瞬間、評議院は轟音とともに爆発した。

 

 

 

 

 

「う、うう……。く……」

 

 ドランバルトは呻きとともに目を覚ます。

 上体を起こし、ひどく痛む頭に手をやると、その手が生暖かい血で濡れた。どうやら出血しているようだ。

 

「な、何が起きたんだ……」

 

 気を失ったのは一瞬なのか、辺りにはまだ土煙が舞っており周囲の状況が確認できない。

 そして、ドランバルトはすぐ隣で倒れていたラハールに気がついて抱き起こす。

 

「ラハールしっかりしろ! ラハール!! オイ!!」

 

 必至に呼びかけるが目を覚ます気配がない。それどころか、息すらしていないことに気がついた。

 

「うそ、だろ……」

 

 あまりにも唐突な親友の死。

 しかし、それに打ちひしがれる暇もなく、ドランバルトは土煙が晴れてあらわになった光景に息をのむ。

 

「そんな……」

 

 評議院の天井はぽっかりと開き、青空が覗き込むように広がっていた。

 太陽が会議場だった場所を照らし、その惨状をドランバルトに見せつける。

 瓦礫の山と、それらに埋もれてぴくりとも動かない議員たち。

 

「誰か……無事な者は……。ぐっ!」

 

 立ち上がって安否を確認しようとするが、足にうまく力が入らずすぐに転んでしまう。

 

「ドランバルト……」

「オーグ老師!」

 

 か細い声を聞きつけてそちらを見れば、議員の一人であるオーグが目を覚ましていた。

 ドランバルトは個人的に慕うオーグの姿を見つけて、喜びに表情を緩ませる。

 だが、その喜びも一瞬で消え失せた。

 

「あかんあかん。あんたは生きてたらあかんわ。狙いは九人の議員全員やからな」

「ぐふっ!!」

 

 突然現れた異形の男が、オーグの頭を右手で押さえつけた。

 

「爆」

「よ、よせ!」

 

 男の言葉とともにオーグの体が輝きだした。

 今すぐ助け出したいのに、ドランバルトの体は動かない。

 

「ドランバルト、逃げろ……」

「できません!」

「お前まで死んでどうする」

 

 オーグは己の死を悟り、ドランバルトだけでも逃げろと説得するが、ドランバルトはそれを受け入れられない。

 

「逃げられへんわ。オレの爆発からはな」

 

 ジャッカルはそんな二人の会話を聞きながらも、特に気にした様子はない。

 

「オレの名はジャッカル。冥府の門九鬼門の一人。地獄で思い出せや。評議員を皆殺しにした男の名をな」

「己の正義を貫くために生きろ! ドランバルト!!」

「オーグ老師ィ!!」

 

 再び巻き起こった大爆発が、辺り一帯を吹き飛ばした。

 

「なんや。瞬間移動使いだったんか。ホンマに逃がしてしもうた」

 

 爆炎がおさまった後、ジャッカルが周囲を見渡して呟いた。

 爆発が起こる寸前、ドランバルトの体が消えるのを目にしたのだ。

 

「まあええわ。目的は達したし、後はキョウカを待つだけやな」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジャッカルと同じく九鬼門の一人である“隷星天”キョウカは、崩壊した評議院の地下へと足を運んでいた。

 地下は重要な囚人を捕らえておく牢になっている。

 頑丈な造りになっているのか、地上の爆発による被害は見られない。

 牢の中を覗き込みながら歩みを進めていたキョウカだったが、やがて目当ての人物を見つけて歩みを止めた。

 

「見つけたぞ」

「……なるほど。上から聞こえてきた爆発音はうぬらの仕業か」

 

 キョウカの視線の先、牢の中には白髪に褐色肌をした男が床に腰を下ろしている。

 

「久しいなブレイン」

 

 ブレイン。元六魔将軍の一人にして、楽園の塔からエリックたちを連れてきて六魔を結成した張本人でもある。

 ワース樹海での戦いの後、ジェラールによって長年隠し通してきた本心を暴かれ、一人だけ評議院に突き出されていた。

 

「そなたには一緒に来てもらおう」

「それは冥王の命令か? 人間嫌いのヤツが私の手を借りようとは、よほど切羽詰まっているとみえる」

「手を借りるのではない。我々はそなたを利用しに来たのだ」

「悪魔のプライドか。まあ、言い方などなんでもよい」

 

 悪魔。

 ブレインの言葉通り、キョウカやジャッカルを始めとして冥府の門のメンバーは全員人間ではない。全員がゼレフ書の悪魔であり、ゼレフ書史上最強の悪魔であるENDをマスターとして崇めている。

 それこそが、長年謎とされてきた冥府の門の正体であった。

 

「それより要件を言うがよい。私が付いていくかどうかはうぬらの条件次第だ」

「なに、そう悪い話ではない。ただ、我々はそなたの子らに少々迷惑をしておってな」

「……ほう。それで」

「元六魔である五人とジェラールに魔法を教えたのはそなたであろう。この牢から出してやる代わりに情報と対策を教えよ。その後は好きにするがよい」

 

 キョウカの話を聞いて、ブレインがくつくつと笑った。

 

「よかろう。だが、好きにして良いということは、そのままうぬらの居城に居座り、戦いに参加してもよいということかな」

「ああ、もちろんだ」

「ならばよい。──契約は成立だ」

 

 

 

 

 

 魔法評議院崩壊。

 この一大ニュースは即座にイシュガル中に広がった。建物の倒壊自体は七年前のジェラール、ウルティアの反乱から二回目なれど、議員全員の殺害ともなれば歴史上類を見ない。

 そして同時に、地下牢から元六魔であるブレインが姿を消したことも並べて報道されたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 冥府の門は冥界島と呼ばれる、空を飛びながら移動を続ける四角い島を拠点としている。

 魔女の罪の追跡を逃れていたのもこの浮島の性質によるところが大きい。

 

「いつ見ても気持ちの悪い建物だぜ。こんなのがオレの家っていうんだからねえ」

 

 九鬼門の一人、“絶対零度”のシルバーは冥界島にそびえ立つ城のような建造物を見て溜息をつく。

 城の中へと足を踏み入れれば、九鬼門のうち五体の悪魔がそろっていた。

 

 “堅甲”のフランマルス。

 “晦冥”のトラフザー。

 “童子切”のエゼル。

 “涼月天”セイラ。

 “漆黒僧正”キース。

 

 これで、シルバーを入れて九鬼門のうち六体の悪魔が集結したことになる。

 どれも異形の悪魔であり、セイラの外見は限りなく人に近いが、それでも完全な人型をとっているのはシルバーだけであった。

 

「ジャッカルにテンペスター、それからキョウカの姉ちゃんはいないのかい」

「ジャッカルさんとテンペスターさんは別任務にございます。キョウカさんは間もなくブレインさんを連れて到着されることかと」

 

 シルバーの問いに答えたのはフランマルスだ。

 

「ジャッカルは評議院を襲撃したばかりだろうに。働き者だな」

「ゲヘヘ、そうですね。しかし、さすがはジャッカルさん。派手にやりましたな。評議院九人の命の値段はおいくらか、おいくらか」

 

 そう言って笑うフランマルスに、トラフザーは僅かに顔を顰めた。

 

「フランマルス。汚え笑い方はよせ。我々の品格を疑われる」

「悪魔に品格もクソもあるかよ! 次はオレに行かせろ! 早く人間どもを皆殺しにしてえ」

「エゼルさん。物語には順序がありますわ。これはまだ序章。いいえ、前書きといったところ」

 

 トラフザーの言葉に食ってかかるように叫び、荒れるエゼルをセイラが窘めた。

 その横ではキースがぶつぶつと何か独り言を話している。

 そんな悪魔たちをシルバーはどこか冷めたような表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「ポーリュシカ! ラクサスたちはどうなんだ!? 無事なのか!!? おい!」

 

 マカロフが取り乱し、ポーリュシカに声を荒げた。

 現在、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドではベッドに体を横たえる五人の姿があった。ラクサス、フリード、ビックスロー、エバーグリーン、そして元評議員であり大魔闘演舞では解説もつとめたヤジマである。

 ラクサスと雷神衆はヤジマが経営するレストラン“8アイランド”で仕事をしていたのだが、そこを九鬼門の一人である“不死”のテンペスターが襲撃したのだ。

 冥府の門の標的には現評議員だけでなく元評議員も含まれていた。

 テンペスター自体はラクサスが苦もなく倒したものの、テンペスターは自爆して魔障粒子をまき散らした。

 魔障粒子とは空気中のエーテルナノを破壊し汚染していく毒。魔導士にとって死に至る病である魔力欠乏症や魔障病を引き起こすものだ。

 

「生きてはいる。が、かなり魔障粒子に侵されている」

 

 取り乱すマカロフに、ポーリュシカが冷静に診断結果を伝える。

 

「元々少量の摂取でも命が危険な毒物だ。完全に回復するかどうかは……。とくにラクサスは体内汚染がひどい。生きてるのが不思議なくらいだよ」

 

 その言葉に、話を聞いていた妖精の尻尾の面々は言葉を失う。

 ラクサスは魔障粒子による汚染の拡大を防ぐため、滅竜魔導士の肺でもって大量の魔障粒子を吸い込んだ。故に汚染が人一倍ひどい。

 

「ラクサスは……町を……救った…………ん……だ…………。ラクサスが……いなければ…………あの……町は……」

「わかっておる。おまえもよく皆を連れて帰ってきてくれた」

 

 息も絶え絶えに話すフリードにマカロフが優しく声をかける。

 

「町……は…………無事……ですか……?」

「ああ」

「よかった……」

 

 フリードは涙を浮かべて微笑むと、ゆっくりと目を閉じて眠りに落ちた。

 そのやりとりを妖精の尻尾の面々はなんとも言えない表情で見守っていた。

 町は魔障粒子に汚染され、死者だけでも百名を超える大被害だ。ラクサスの抵抗も、どれだけの効果があったのかは分からない。

 ナツが怒りに拳を握りこむ。

 

「じっちゃん……。戦争だ!」

 

 そう言って今にも飛び出そうとするナツをマックスたちが数人がかりで押さえつける。

 

「落ち着けよナツ! みんな同じ気持ちだ」

「話せこの野郎、ぶん殴るぞ! 仲間がやられたんだ! 黙ってらんねえ!! 今すぐ突撃だろじっちゃん!!」

「それに異論はない。だが情報が少なすぎる」

 

 荒れるナツにマカロフが落ち着いた声色で応じる。

 孫であるラクサスがやられ、内心はナツと同じ気持ちだが冷静さを失ってはいなかった。

 エルザがマカロフの言葉に続ける。

 

「冥府の門の目的もわからんが、本部の場所は評議院ですらわからない」

「一つ分かってるのは狙いは評議員ってことね。現評議員でなく元評議員まで狙ってる」

「だったら元評議員の家に行けば向こうから来るって事じゃねーか」

 

 ルーシィとグレイが言うが、事はそれほど簡単ではない。

 元評議員の住所は報復を防ぐために秘匿情報とされ、知るものはいない。

 手詰まりか、そう思われた時ロキが声をあげた。

 

「そうでもないよ。元評議員の住所は僕が知ってる。全員ではないけどね」

「なんでロキさんが知ってるんですか?」

 

 首を傾げるウェンディにロキが耳元で何かを囁くと、ウェンディの顔が赤らんだ。

 

「女ね」

 

 ルーシィが呆れたように肩を竦める。

 しかし、ロキの情報によって四名の元評議員の情報が判明。チームを組んで各々の住所に行き、冥府の門から元評議員を守るように作戦が決定される。

 ナツ、ルーシィ、ウェンディ、ハッピー、シャルルはミケロ老師。

 グレイ、ジュビアはホッグ老師。

 ガジル、レビィ、ジェット、ドロイはベルノ老師。

 エルフマンとリサーナはユーリ老師の所へ向かうこととなった。

 そして、他の元評議員の住所、冥府の門、そして狙われる理由をなんとかして聞き出さなければならない。

 そこでポーリュシカが口を開く。

 

「もしもラクサスたちを襲った者、魔障粒子を持つ者に会ったら警戒しつつ血液を採取してきな。ラクサスたちを治すワクチンを作れるかもしれない」

 

 為すべき事は定まった。

 妖精の尻尾は戦闘準備を整えて、マカロフによる激励が送られる。

 

「我らが絆と誇りにかけて、家族の敵を駆逐する!」

「オオオオ!」

 

 マカロフの言葉に妖精の尻尾は士気を上げ、それぞれ目的の場所へと散っていった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 しばらくして、妖精の尻尾のギルドに元評議員の家へと向かったメンバーたちから通信用魔水晶(ラクリマ)で情報が送られてきた。

 グレイとジュビアからホッグ老師の死が、ガジルとシャドウギアの三人からベルノ老師の死がそれぞれ伝えられる。この二人は駆けつけたときには既に息を引き取っていた。

 それから遅れてミケロ老師の元へと向かったルーシィ、ナツ、ウェンディのチームから通信が入る。

 

『よかった、やっとつながった! 持ってきたヤツ壊れちゃってこれ、町にあるヤツなの』

「ルーシィか!? そっちの様子は!!?」

『ミケロさんは無事よ』

 

 ルーシィの報告に僅かに妖精の尻尾が沸いた。

 さらにはナツがかなり苦戦したものの、冥府の門の一人ジャッカルを倒した事が伝えられる。

 

「ミケロから何か情報を聞き出せたのか!?」

『それが……』

 

 マカロフの言葉に少し言い淀むようにして、ルーシィがミケロを魔水晶に映し出した。

 

『白き遺産……、フェイス……』

 

 ミケロは腰を抜かして地面に座り込み、顔面を蒼白にしていた何事か呟いている。

 

『ワシは何も知らん。本当に何も知らん……』

「フェイス?」

 

 聞き慣れない単語にマカロフが訝しむ。

 

『フェイスは評議院が保有する兵器の一つ……』

 

 ミケロの言葉にマカロフたちは驚きに目を見開いた。

 評議院は魔法界の秩序を守るためにいくつか兵器を保有している。エーテリオンもその一つだ。

 ミケロによれば、兵器はその危険度、重要度などによって管理方法が違ってくるという。

 エーテリオンであれば七年前の楽園の塔における事件以降、現評議員九名の承認と上級職員十名の解除コードによって発射されるように管理方法が変更されている。

 

「つまり評議員がみんな殺された今は……」

「評議院はエーテリオンを使えないってことか」

「エーテリオンを無力化するのもヤツらの狙いの一つか」

 

 ジェットとドロイの言葉にリリーも頷く。

 

「それでフェイスとは一体どんな兵器なんじゃ!」

 

 マカロフがミケロを問い詰めるが、フェイスのこととなると途端に口をつぐんでしまう。

 

「秘匿義務があるのはわかる! しかし今はそれどころじゃないんじゃぞ!!」

 

 マカロフの怒声に、ミケロはようやく堅い口を開いた。

 

『……魔導パルス爆弾。大陸中全ての魔力を消滅させる兵器』

「なっ!」

 

 もしそれが本当ならば、フェイスが発動した暁には全魔導士が魔力欠乏症になる。

 さらには、倒したジャッカルによれば冥府の門が使う力は魔法でなく呪法という力であるということだ。それが本当ならば、全魔導士が魔法を使えずに苦しむ中で冥府の門だけが力を使える世界が完成してしまう。

 

『それはどこにあるんだ! ヤツらより先にオレたちがぶっ壊してやる!!』

 

 問い詰めるナツにミケロは力なく首を横に振った。

 

『し、知らんのじゃ。本当に……。封印方法は三人の元評議員の生体リンク魔法だと聞いたことはあるが、その三人が誰なのかは元議長しか知らない情報じゃ』

 

 三人の命が封印を解く鍵。だから冥府の門は情報を聞き出さずに評議院を殺しているのだ。

 そしてそれは、元議員から情報を聞き出す必要がないことも意味している。つまり、冥府の門はフェイスの隠し場所までは掴んでいると言うことだろうか。

 

「急いでその三人を見つけ出し守らねば! その三人のことは元議長が知っているんだな!!」

『お、おそらく……』

「元議長の住所の割り出しはまだか!? 元議長も敵に狙われているはずじゃ! 急げ!!」

 

 現在、ギルド内では様々な資料が持ち出され、元議員たちの住所の割り出しが行われていた。

 マカロフの言葉にウォーレンが頷く。

 

「大丈夫! 追加で十六人の元評議員の住所を見つけた。他のギルドにも頼んで護衛に回ってもらってる」

「その中に元議長の住所もありました!」

 

 ウォーレンの言葉にラキが続ける。

 

「急いで誰かを向かわせろ!」

「安心してください。すでに向かってます。最も頼れる二人が!」

 

 その頃、森の中を大きな騎乗用の鹿に乗って、エルザとミラが元議長の家へと駆けていた。

 ならば安心だと胸を撫で下ろすマカロフたちを横目に見て、カナは一向に連絡を寄こさない、ユーリ老師のところへ向かったエルフマンたちを心配していた。

 

(一体、何が起こってるっていうんだい……!)

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 エルフマンとリサーナはユーリ老師が息を引き取っていることを確認した。

 

「ダメだ。もう息がねえ」

「そんな……」

「通信用魔水晶を用意してくれ」

 

 リサーナは頷いて鞄から魔水晶を取り出そうとする。

 

「しかし、どうやって殺したんだ。外傷が見当たらねえ」

 

 エルフマンが首を捻っていると、突然ユーリ老師の目が開き、上体をむくりと起こした。

 

「うおっ、ユーリ老師生きて──」

 

 エルフマンが驚いて目を丸くした瞬間、ユーリ老師が魔力弾を発して魔水晶を破壊した。

 

「きゃっ!」

「何すんだよ! 通信用魔水晶が……」

 

 そこで、再び力を失ったようにユーリ老師の体が崩れ落ちた。

 

「ど、どうなってんだ……」

「なんなの……」

 

 奇怪な現象に困惑していると、奥の書斎から女の声が聞こえてきた。

 

「やはり死者のマクロではうまく機能しませんわ」

 

 そこでは九鬼門の一人であるセイラが椅子に腰をかけて本を開いて読んでいた。

 

「誰だお前は!」

「ユーリ老師に何をしたの!?」

「冥府へ向かうお手伝いをしてさしあげました」

「冥府の門か……」

 

 セイラは手にしていた本を机に置くとゆっくりと立ち上がる。

 

「人間の書く物語など退屈ですわね。私が物語を紡ぎましょう。悪魔の物語を」

「くるぞリサーナ!」

「うん!」

 

 エルフマンとリサーナは警戒してセイラの前に並び立つ。

 そして、エルフマンの大きな右手が隣のリサーナの首を掴んで締め上げた。

 

「え!?」

「エルフ兄ちゃん!?」

 

 エルフマンの右手にだんだんと力が入り、リサーナの首を絞めていく。

 

「違うんだ! 体が勝手に! リサーナ! リサーナ!!」

「く、苦しい……」

「何をした! やめろ! 今すぐやめるんだ!!」

「悪魔の物語に慈悲という言葉はありません」

 

 エルフマンの言葉をセイラは冷酷に斬って捨てる。

 

「くそおお! よせええ! オレの体を勝手に!!」

 

 エルフマンがどれほど吠えようと、一向に体は言うことを聞かない。

 セイラもエルフマンの言葉に全く聞く耳を持たなかった。

 そして、ついにリサーナは気を失う。

 

「リサーナ! しっかりしろリサーナ!! 頼む! もうやめてくれえ!!」

 

 なおもリサーナの首を絞めていくうちに、エルフマンの怒声は懇願するような響きに変じていった。

 その言葉を聞いて、ようやくセイラは口を開いた。

 

「頼む? 人間が悪魔にものを頼むとき。それは悪魔に魂を売るときですわ。あなたは私に魂を売りますの?」

 

 セイラはそう言って、エルフマンを冷たい瞳で覗き込む。

 そして、エルフマンは涙を流しながら、セイラの言葉に頷いた。

 

「いいでしょう」

 

 エルフマンの手がリサーナを放した。気絶したリサーナはそのまま床に倒れ込む。

 セイラはリサーナを抱え上げるとエルフマンに一つの魔水晶を渡した。

 

「あなたの仕事は簡単ですわ。ギルドにこの魔水晶を設置してください」

「こ、これは?」

「超濃縮エーテル発光体。威力は魔導収束法(ジュピター)の約五百倍。一瞬でギルドを消し去ります」

「そんなこと、できるわけ……」

「あなたはやりますわ」

「…………ああ」

 

 エルフマンはセイラの言葉にどこか茫洋とした様子で頷くと、魔水晶を持って家を出る。そしてそのままギルドへと向かっていった。

 その様子は正気ではない。すでに、エルフマンの精神はセイラの支配下に入ってしまっていた。

 

「これで妖精はおしまい。魔女の相手を控える今、あなたがたの相手などしてはいられないのです」

 

 セイラはそう呟くと、気を失ったリサーナを抱えて冥界島へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 元議長クロフォードの家に辿り着いたエルザとミラは、フェイスについての情報を聞き出そうとしていた。

 クロフォードは二人に茶を出して快く質問に答えてくれたが、しかしその内容はクロフォードすらフェイスの保管場所を知らないというものだった。それどころか、生体リンクでフェイスを守る三人の元評議員すら知らないのだという。

 

「フェイスはね、破棄された兵器なんだよ。存在すら公にできない禁断の兵器。ゆえに封印の鍵となる評議員も自分が鍵であることを知らない。究極の隠匿方法によって守られている」

「本人も知らない?」

「では、冥府の門は本当に元評議員を皆殺しに──!」

 

 その時、エルザとミラが外に気配を感じて立ち上がった。

 

「議長、奥の部屋に!」

「た、冥府の門か!?」

「来るぞミラ!」

 

 エルザが言うと同時、大勢の兵隊が壁や窓を突き破って襲撃してきた。

 それをエルザとミラが一蹴して家の外へと吹き飛ばす。

 ただの兵隊ではまるで二人の相手にならず、苦もなく撃退したのだが二人の表情は晴れない。

 

「それにしても妙だ」

「エルザもそう思った?」

 

 元議長という最重要人物を狙ってきたにしてはあまりにも歯ごたえがなさすぎるのだ。幹部ではなくただの兵隊を送ってくるというのは腑に落ちない。

 

「エルザ……私……」

「どうしたミラ」

 

 突然、ミラが地面に倒れ込む。

 

「ミラ!?」

 

 駆け寄ろうとしたところでエルザを急激な眠気が襲い、ミラ同様に地面に倒れた。

 クロフォードは二人が深い眠りに落ちていることを確認すると、二人を抱え上げて通信用魔水晶を繋いだ。

 

「こちらクロフォード。素体を二体手に入れた。予定変更だ」

『さすがです元議長。一度ギルドにご帰還ください』

 

 魔水晶に映っているのはキョウカである。

 なぜ冥府の門がフェイスの情報を手に入れたのか、なぜ元評議員の住所を知っていたのか。全ては元議長の裏切りによるものだったのだ。

 

 

 

 

 

 それから少し経った後、ナツとハッピーが元議長の家に辿り着いた。

 ナツは元議長が怪しいと感づいてハッピーとともに急いで駆けつけたのだ。

 

「エルザ! ミラ!」

 

 ナツが叫ぶが反応は何もない。

 家の中を調べると、ナツは倒れたティーカップから睡眠薬の匂いを嗅ぎ取った。

 

「くっそお!」

 

 ナツが拳を地面に叩きつける。

 

「エルザとミラは捕まっちゃったのかな?」

「必ず見つけ出す! ドラゴンの鼻をなめるなよ!!」

 

 ナツは地面に顔をこすりつけるように伏せると、エルザたちの匂いを辿り始めた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 エルザが目を覚ましたとき、一糸まとわぬ姿で拘束されていた。

 両手は頭上で拘束され、釣り上げられるようにして無理矢理立たされている。両足も床から伸びる鎖に拘束されて身動きがとれない。

 

「これは……」

「ようこそ冥府の門へ」

「!!」

 

 拘束されたエルザの前にはキョウカが立っている。

 

「冥府の門だと!? ミラは!? 元議長は!!?」

「元議長は我々の同志だ。計画成功後に再び評議院の議長となるだろう。そなた等は元議長の罠にかかり我々に捕獲されたというわけだ」

「バカな! 元議長が裏切るはずなど!!」

 

 エルザが拘束されている鎖を壊そうと力を込めるがびくともしない。

 

「無駄な抵抗はよせ。その拘束具は魔封鉱石でできている。繋がれている間はいかなる魔法も使えん」

 

 魔法を使えないと言うことは身体能力も一般人の域を出ないということだ。

 

「ミラは、私の仲間はどこだ!」

「殺してはいない。此方の下僕にするためにこれから肉体を改造する」

「やめろ!!」

 

 叫ぶエルザの顎をキョウカが掴み、くいと上げた。

 

「そうわめくな。そなたには聞きたいことがある。ジェラールの居場所だ。そなた等が親密な関係なのは知っている」

「な、なぜジェラールを……」

「どこにいるか言え」

「あああああああああ!」

 

 エルザは突然襲って来た激痛に思わず叫び声をあげた。

 

「此方の魔は人の感覚を変化させる。そなたの痛覚は今極限まで敏感になっている」

「ふぐ……」

「言え」

「知ら、ない……」

 

 キョウカの人差し指が伸び、鞭のようにしなってエルザを叩いた。

 

「あああああああああ!」

 

 増幅された痛覚がエルザに想像を絶する痛みを与える。精神的に非常に強いはずのエルザがこの一発で涙を浮かべ、滝のような汗を流し出したことからもそれが見て取れる。

 

「やつら魔女の罪は変に邪魔をされる前に壊滅させておかなければならない」

「知らん……。本当にジェラールの居場所は……」

「ならばこうしよう。ジェラールの居場所を言えばミラジェーンを返そう。言わねばそなたもミラジェーンも死ぬ」

 

 そう言って、キョウカは再びエルザを鞭のようにしならせた指で叩く。

 

「本当に……知らない…………んだ。頼む、ミラを助けてくれ」

「そうか。もう少し此方を楽しませてくれるのか」

 

 もう一度、エルザを痛めつけようとしたとき、拷問室の扉が叩かれた。

 

「誰だ」

「私だ。お楽しみの邪魔をしたかな」

 

 扉が開き、白髪に褐色肌の男が姿を現した。

 

「ブレインか……。なんの用だ」

「ジェラールを含め、魔女の罪の居場所を特定した。冥界島は進路を変更してそちらへ向かっている」

「なんだと? どうやって」

「私は古文書(アーカイブ)が使える。そこに元六魔であるヤツらとジェラールの生体反応も記録されているのだ。それを元議長の超古文書とリンクさせれば位置の割り出しなど簡単だ」

 

 ブレインの言葉に動揺したのはエルザである。

 

「ブレイン、貴様……。悪魔に魂を売ったか」

「人聞きが悪いな。我らは目的を達するために互いを利用しているにすぎない」

「目的? 元の仲間への復讐でもするつもりか。そんなことをしてなんになるというのだ!」

「何とでも言うがよい」

 

 エルザの言葉を鼻で笑い、ブレインはキョウカの方に視線をやった。

 

「これでエルザを拷問する必要もなくなったわけだが。どうするのだ?」

「情報を聞き出せなくなっても、ジェラール相手の人質は使えよう。死なぬ程度に痛めつけておくさ」

「なっ、貴様っ! ぐ、あああああああああ!」

「そうか」

 

 拷問を再開したキョウカを見て、ブレインが退出しようとしたときである。

 轟音とともに城が揺れた。何者かの怒声も聞こえた気がする。

 

「騒がしいな。何事だ」

「ふむ」

 

 ブレインが古文書を開き、空中に城内の図を映し出す。

 

「どうやら、こやつらを追って妖精の尻尾の火竜(サラマンダー)が乗り込んできたようだ」

「な、なん……だと…………」

「フランマルスが苦戦しているようだが、シルバーが向かっている」

「そうか。ならば此方が出る必要はなさそうだな」

 

 キョウカが再びエルザを叩く。

 

「く、あああああ!」

「では私はこれで失礼しよう」

 

 今度こそ、ブレインは拷問室を後にする。

 

「人質か。理由をつけて遊んでいるようにしか見えんな」

 

 そう呟き、ブレインは背中に悲痛な絶叫を浴びながら歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「ナツ!!」

 

 一瞬で凍らされたナツを前にハッピーが叫ぶ。

 そして、ナツを凍らせた張本人であるシルバーはハッピーに視線をやって口を開いた。

 

「さっさとどこかへ行きな。こっちは魔女の罪との戦いが控えてんだ。無駄な力は使わせないでほしいね」

「ク、魔女の罪だって!?」

「それで、行くのか行かねーのか。どっちなんだ」

 

 シルバーがハッピーに手をかざすと、ハッピーは悔しそうに歯を食いしばると城の外へと逃げ、どこかへ飛んでいった。

 

「……行ったか」

 

 それを見届けるとシルバーは兵隊を呼び出してナツを牢へと連れて行かせる。

 

「これで妖精はどう動くか。まあ、その前に魔女との戦いをしなけりゃだがね」

 

 呟き、シルバーもその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 深い森に囲まれた小高い丘の上で、魔女の罪の面々は近づいてくる冥界島を視界に捕らえていた。

 

「向こうから来るとは、探す手間が省けたな」

 

 ジェラールは冥界島を鋭い眼光で睨み付けながら呟いた。

 メルディがエリックに声をかける。

 

「大分近づいてきたけど。やっぱり聞こえない?」

「全然だな。聞こえるのは相変わらず捕まってるヤツらの声だけだ」

「あ」

 

 その言葉にメルディがジェラールの顔を伺うと、眉間にさらなる皺が寄っていた。

 エルザが捕まっていることも、拷問を受けていることもすでにジェラールには伝えてある。

 ウルティアがエリックの耳を引っ張った。

 

「ちょっと、あんまり刺激しないでくれない? 冷静な判断が出来なくなったらどうするのよ」

「どうせエルザを目の前にしたら冷静な判断なんてできねえだろ。事前に多少は覚悟させといた方がいい。どんくらい効果があんのかはしらねえけどよ」

「まあ、それもそうね……」

 

 エリックの言葉にしぶしぶ頷いてウルティアが引き下がった。

 

「しかし、エリックの魔法が通じないとみると僕たちの魔法の対策はされていると見た方がいい。間違いなく父上、いや、ブレインが向こうについている」

 

 マクベスの言葉にジェラールが頷いた。

 ジェラールもまた、ブレインから魔法を教わった身だ。

 

「それでも、逃げるという選択肢はない。厳しい戦いになると思うが、ここで必ずヤツらを討つ!」

「ああ」

 

 今まさに、悪魔と魔女がぶつかり合おうとしていた。


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