“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十三話 大魔闘演舞其ノ四

「――と、いうことなのです」

 

 ジェラールの口から未来ローグの企み全てが語られる。

 ヒスイとダートンはそれを神妙な表情で聞いていた。

 

「なるほど、話は分かりました。だとすれば扉を開くわけにはいきませんね」

「ご理解いただきありがとうございます」

 

 ヒスイの言葉に、ジェラールが恭しく頭を垂れた。

 そこにダートンが口を挟む。

 

「私としてはまだ全てを信じるには足りないと思いますな」

「ダートン……」

「根拠が一魔導士の魔法に頼ったものでしかなく、その魔導士の意思が事実に介入できる余地がいくらでもある。情報の信憑性としては下の下と言わざるを得ません」

 

 ダートンの言っていることは至極尤もであり、反論の余地は無い。

 だが、ジェラールとしてはだからといって引き下がるわけにはいかない。

 

「しかし、どこからともなくドラゴンが襲来するなどと言うよりは、扉を通って過去からやってくるといった方が余程信憑性があるのではないでしょうか。ドラゴンの目撃情報などそれこそアクノロギア以外に聞いたことなど――」

「そのくらいは分かっておる」

「ならば!」

「そう慌てるな。全く考慮しないとは言っていない」

 

 意気込むジェラールを制し、ひとつ咳払いをするとダートンは続ける。

 

「お主たちの意見を信用し、扉の準備をしなかったがためにドラゴンの襲来に対処できなかった、などという事態は避けたい。これは分かるであろう」

「ええ、尤もな意見かと」

「ならば、扉は地下から運び出す。しかし、当初の予定のように扉を開いておき、いつでもエクリプスキャノンを撃てるように準備をしておく、という部分は変更。扉を開くのはドラゴンを確認してからとする。これでよいか」

「はい。先ほどはよく話を聞きもせず失礼しました」

 

 ジェラールが再び頭を下げる。それを見下ろしてダートンは顔を歪めた。

 

「礼などいらん。まだお主らを信用したわけではないと言っておろう」

「すみません」

「ただ……」

 

 そこでダートンは再び咳払いをした。

 

「もし本当にドラゴンの襲来がなければ、お主たちはこの国を救ったことになるであろう。そのときは改めて謝罪と感謝をさせてもらう」

「…………え? あ、いえ、ありがとうございます」

 

 ジェラールは思わぬ言葉に目を丸くした。これまでのダートンの態度から、こんな友好的ともとれる言葉が聞けるとは思わなかった。

 ヒスイがそのやりとりを見てクスクスと笑う。

 

「ダートンは素直ではないだけなのです。どうやら既に、未来から来たあの方よりはあなた方を信用しているようです」

 

 でなければ、ドラゴンを確認してから扉を開くなんて発言は出てこない。未来ローグの言葉を信じるならば、エクリプスキャノンを撃つまでに時間がかかるというのだから。ドラゴンを確認してから開くのでは効果が薄くなる可能性が高い。

 ダートンはふん、と鼻をならした。

 

「もう用事が済んだのならば行くがよい。先ほども言ったがお主たちはあくまで指名手配犯なのだ。姫や私との繋がりを疑われたら国政にも影響しよう」

「仰るとおりです。では、我々はこれで失礼します。話を聞いていただきありがとうございました」

 

 ジェラールがそう言うと、マクベスの反射(リフレクター)で二人は姿を隠してその場を後にした。

 なんとか話は聞き入れてもらえた。これで扉が開かれることはないだろう。

 

(こちらはなんとかした。後は頼むぞ、エリック、ソーヤー)

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 エリックとローグは互いに地面を蹴って前進する。

 正面から衝突する寸前、ローグが影に潜ってそのままエリックの背後に回り込んだ。

 

「影竜の斬撃」

 

 それをエリックは一切目にすることなく躱してみせる。

 

「聞こえるって言ってんだろ! 毒竜螺旋撃!!」

「くっ」

 

 躱した勢いのまま、エリックは毒を纏った回転蹴りを繰り出した。

 ローグは影化が間に合わずに腕でガード。その後すぐに影化すると距離をとった。

 ローグはエリックの両腕に浮かぶ鱗と赤く腫れた己の腕を見て口を開く。

 

「貴様も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)か。知らなかったぞ、七人目がいたとはな。しかも属性は毒。なかなか厄介なやつだ」

「だからどうだってんだ」

 

 エリックたち元六魔将軍は評議院に捕まっていない。必然、一般にエリックが滅竜魔導士であることは知られていないのだ。

 

「少しなめていたよ。――モード白影竜」

「ちっ、出しやがったか」

 

 ローグの右半身が黒く染まり、雰囲気が変わった。

 モード白影竜。ローグがスティングを殺して奪った力、光と闇の二属性を持っている。

 

「すぐに終わらせてやる!」

 

 ローグが地を蹴る。その移動速度は先程までの比ではない。閃光が如きスピードでエリックに接近、すれ違うようにその腹をえぐり取ろうとした。

 思考を読めていようと反応できなければ意味はない。

 しかし、

 

「反応した!?」

 

 エリックはそれを回避。ローグは攻撃を外してそのまますれ違う。

 エリックはすぐに振り返ると攻撃を仕掛けた。

 

「毒竜突牙!」

 

 毒で作り出した巨大な腕でローグに掴みかかる。

 ローグは影に潜って避けると、そのままエリックの足下に移動する。そして、影から白い魔力をレーザーのように撃ち上げる。

 エリックは後退してそれを回避するが、その背後にローグが実体化して拳を叩き込んだ。

 しかし、その動きもエリックは把握している。振り返りざまに拳を突き出す。

 

「くっ!」

「ぐうぅ……」

 

 二人の拳がぶつかりあった。

 パワー負けしたエリックの拳は弾かれて血が噴き出した。しかし、ローグの拳も毒のせいで焼けたように爛れている。

 スピードとパワー、身体能力ではあらゆる面において白影竜となったローグが圧倒していた。

 しかし、スピードは心の声を聞くことによる先読みで、パワーは毒の効果による付加ダメージで、ともにエリックが互角に持って行っている。

 

「まさかナツ・ドラグニル以上とは!!」

 

 ローグが再び距離をとる。その右手に魔力が渦巻くと同時、無数の白と黒の魔力弾が放たれる。

 

「毒竜鱗牙!!」

 

 それに相対するように、エリックも毒の魔力弾を撃ち出した。

 

「バカが! 魔法の威力ではオレの方が上だぞ!!」

「うるせえ! んなこた分かってんだよ!!」

 

 毒の魔力が白と黒の魔力とぶつかり合う。結果はローグが言うとおり、白と黒の魔力が打ち勝った。

 しかし、弾けた毒の魔力が飛沫となってローグを襲う。

 

「そういうことか! 白影竜の連雀閃!!」

 

 魔力弾を撃ち込んでいる今は影化できない。迫る飛沫を左腕から出した白黒の翼が打ち払う。

 対して、エリックはなんなく白と黒の魔力弾を無傷でくぐり抜けていた。

 

「白影竜の絁!!」

 

 白と黒の線が走った。四方八方あらゆる方向から魔力の糸が相手を貫く、ローグの奥の手ともいえる魔法。回避は困難、故に必殺になり得る魔法なのだが。

 

「ちっ、やはりだめか」

 

 エリックの耳はその線の軌道を暴き出す。さすがに無傷とは言えなかったが、どれもかすり傷程度で回避しきった。深手と呼べるものは一つも無い。

 

「毒竜の咆哮!!」

 

 滅竜魔導士の咆哮はどれも高威力を誇るブレスであるが、エリックのものは少し特殊だ。直接的な威力はほとんど無いが、くらった者の体にウィルスを染みこませる。そして、体の自由を徐々に奪い、最終的には命すら奪ってしまうのだ。

 ローグは危険を感じ、すぐに影化して回避した。

 

「このままでは埒があかない……!!」

 

 ローグが吐き捨てるように言う。

 先読みと影化。この二つの魔法によって互いに致命打を回避し続けている。このまま続けても長期戦になることは必至。

 しかし、この呟きを聞いたエリックがにやりと笑った。

 

「そうとは限んねえぜ」

「どういうい……?!」

 

 どういう意味か。そう尋ねようとしたとき、ローグの足の力が抜けて地面に転ぶ。足だけでは無い。次第に、四肢の力が抜けていった。

 

「こ、これはまさか……!?」

「そう、毒だ」

 

 いつの間にか、ローグの体は毒に侵されていた。くらった攻撃は腕で防いだ回し蹴りと、重なり合った拳の二発だけ。まさかこれだけで体が毒に侵されたというのか。

 ローグのその考えは不正解だ。先も言った通り、毒竜の咆哮はウィルスをまき散らす。エリックは戦いを始めてからずっと、ローグに気づかれないように小さくウィルスを吐き出し続けていたのだ。その結果、今二人がいる空間には多くのウィルスが漂っている。

 

「室内なら、もうちっと早かったんだがな」

 

 エリックが小さく呟く。

 格下は論外、互角以上でも勝てず、格上だろうと足下をすくわれかねない。これこそが毒竜の恐ろしさ。

 戦いなど、始まる前から決着が付いていたのだ。

 

「さて、これでてめえの負けだ。諦めはついたかよ」

「くっ、お、おのれぇ……」

 

 地に伏しながら、ローグは悔しさに歯がみする。

 それでも諦めきれないのか、ローグは震える両腕で無理矢理上体を起こしてエリックを睨み付ける。

 

「オレの心の声が聞こえるならば分かっているはずだ! 未来はアクノロギアに支配される。対抗するには竜の力しかない! オレの操竜魔法しかないんだ!!」

「ああ、聞こえてるぜ。そして、てめえがただアクノロギアの代わりになりたいだけだってこともな」

「ぐ……」

 

 エリックの言葉にローグが押し黙る。

 支配される側からすれば、アクノロギアに支配されることになろうと、多くのドラゴンを操るローグに支配されることになろうと同じ事。

 

「てめえもアクノロギアも、自由を邪魔するならぶっ潰す。それだけだ」

 

 そう言い放ち、エリックはローグの脳天に拳を振り下ろした。

 

「――ったく。純粋に世界を救おうってんなら、オレたちだって手を貸したかもしれねえのによ」

 

 地面に叩きつけられたローグを見下ろして、エリックは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 静寂の中、斑鳩とエルザが刀を構えて睨み合っている。

 どちらも刀を右に構え、斑鳩は左薙ぎ、エルザは袈裟斬りを狙っているのが一目に分かる。

 永遠にも思える静寂の中、魔導士たちの戦いの余波による影響か、近くの建物の外壁が剥がれ落ちた。

 瓦礫が音を立てて地面に落ちると同時、斑鳩とエルザが駆けだした。

 

 ――相手よりも先に、この剣を叩き込む。

 

 二人の狙いはその一点。

 傷と体力を考えれば、お互い長期戦などできはしない。

 二人の感覚はかつてなく研ぎ澄まされ、時間がとまったような錯覚さえ覚えていた。

 その中で、エルザは斑鳩の剣を見て即座に悟る。

 

 ――斑鳩の剣がわずかに速い。

 

 エルザも弱っているとはいえ、左手一本で上回るとはなんたる怪物であろうか。

 その悟りは負けを悟るに等しいものだった。

 

 ――だが、私は負けるわけにはいかないのだ!

 

 勝利への執念が、エルザの体をひとりでに突き動かしていた。

 エルザは袈裟斬りを止め、刀を体に巻き付けるようにして体を回転させたのだ。

 結果、最短距離でエルザの体を回った刀の刃が斑鳩の剣を受け止めた。

 

「――――」

 

 斑鳩が驚きに目を見開く。

 間違いなく、寸前までエルザは斑鳩を斬るために動いていた。でなければ、気がついて対処も出来ただろう。寸前までエルザが本気で斬るつもりだったから、寸前で無理矢理刀を守りに回したから、エルザは斑鳩の刀を防げたのだ。まさに、執念が引き寄せた結果である。

 だが、斑鳩とてこれしきのこと終わりはしない。

 斑鳩の剣を受けたエルザの刀が音を立てて砕け散る。

 

「――――」

 

 斑鳩が振うは神刀である。エルザの刀も魔法の効果が無いとは言え、名刀に数えられる部類の得物ではあった。それでも、神刀と打ち合うには足りないのだ。

 しかし、同時に斑鳩の剣はそこで止まる。

 斑鳩といえども左腕一本では刀ごとエルザを斬ることまでは出来なかったのだ。

 勢いが止まった剣を無理矢理押しつけたところで切れはしない。必然、斑鳩はもう一度剣を振うために剣を引き寄せなければならない。

 エルザが狙うとすればその一瞬であった。

 だが、依然として剣速は斑鳩が上。エルザがもう一度剣を振りかぶったとしても、結局斑鳩の剣が先に届く。

 だとすれば、このまま攻撃するより他に無い。

 

「――――」

 

 エルザは体を捻った勢いそのままに、体を回転させて回し蹴りの要領で足を振り上げた。

 しかし、それを見る斑鳩に焦りは無かった。苦し紛れの攻撃にしか思えない。

 一歩下がって間合いを外し、しかる後に構え直した剣で隙だらけになったエルザに斬り込めば良い。それで勝ちだ。

 そう思った通りに斑鳩は一歩下がり――――それを目にする。

 

 

 斑鳩とエルザはともに卓越した技量を持つ剣士である。

 しかして、剣士としてのタイプは全く違う。

 斑鳩が一刀を極めんとする剣士ならば、エルザは万の武具を操らんとする剣士である。

 故に、エルザの武器の使い方もまた多様である。

 それこそ、足で剣を持つことすらするほどに。

 

 

 下がる斑鳩を、足で掴んだ剣が追う。

 これでは間合いを外しきれない。

 圧縮された感覚の中、迫る剣をゆっくりととらえて斑鳩が微笑する。

 

「――参りました」

 

 エルザの剣が、斑鳩の体を一閃した。

 

 

 

 

 

 闘技場の観衆もまた、時が止まったような静寂の中に居た。

 魔水晶映像(ラクリマビジョン)の先で、ゆっくりと倒れていく斑鳩を見届けて――。

 

『――け、決着!! 大魔闘演舞優勝は妖精の尻尾(フェアリーテイル)だァァァァ!!!!』

 

『ウオオオオオオオオオ!!!!!!!』

 

 実況の宣言とともに、割れんばかりの大歓声を上げたのだった。

 

大魔闘演舞最終結果。

 

一位 妖精の尻尾 62P

二位 人魚の踵 61P

三位 剣咬の虎 48P

四位 蛇姫の鱗 43P

五位 青い天馬 31P

六位 四つ首の仔犬 16P

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「そうか。斑鳩殿が、我々が負けたのか」

 

 遠く、闘技場から届いてくる大音声を聞いてカグラが体を起こした。

 まだ体は痛むが動けないほどではない。

 

「む」

 

 すると、カグラに近寄ってくる影が見えた。

 影はカグラの隣に来ると、その上に像を造り出す。

 

「青鷺か」

「……うん。負けちゃったね」

 

 青鷺が影狼を使って転移してきたのだ。二人は隣り合って座り込む。

 

「まさか、お前が一番に脱落するなんて思わなかったぞ」

「……言わないでよ。あそこまで綺麗に罠にはまったのは久しぶり、もしかしたら初めてかもしれないくらいなんだから」

 

 そう言って、青鷺は悔しそうに口を尖らせた。

 それを見てカグラが大きく笑う。

 

「良いではないか。競技で一位、バトルも勝利。大活躍だったろう」

「……終わりよければ、の反対だね。そっちは満足そうだけど」

「ああ、負けはしたが出し尽くした。晴れやかな気分さえ感じるよ。悔しいのは悔しいがな」

 

 言葉通り、晴れ晴れとした表情で語るカグラを見て青鷺はうらやましいと溜息をつく。

 とはいえ撃破直後はかなり悔しい思いをしていた青鷺だったが、こうして競技が終わり、遠く聞こえてくる妖精の尻尾コールを聞いていると素直に称賛できる気持ちになった。

 

「それで、ミリアーナやアラーニャはどうしている。お前のことだ、既に探しているんだろう」

「……うん、見つけたけど二人ともすぐに来るよ。ほら」

 

 青鷺が指をさした方向を見れば、建物の影からミリアーナとアラーニャが姿を現した。どうやら、一足早く合流していたらしい。

 向こうもカグラたちに気がついて手を振ってきている。

 

「おーい、カグラちゃん、サギちゃん!」

「ああ、元気そうで何より……って」

 

 元気そうでよかったと胸を撫で下ろすカグラだったが、ミリアーナが抱えているものに気がついて目を丸くする。

 見れば、隣のアラーニャも肩をすくめていた。

 

「その猫はたしかセイバーの……」

「……なんでミリアーナが?」

「マントの中にくっついて来たみたい。というわけで、はい!」

 

 そう言って、ミリアーナが青鷺に抱えているものを差し出した。

 

「もふもふしたいのはやまやまだけど。ネコネコは飼い主さんにちゃんと返してあげないとだからね!」

 

 

 

 

 ラクサスは響いてくる妖精の尻尾を称える歓声を聞いて笑みを浮かべた。

 実を言うと、メイビスが最初にリーダーにしようとしたのはラクサスだった。メイビスからすれば、その方が確実だった。

 しかし、ラクサスはそれを断りエルザをリーダーにするように言ったのだ。

 

「次代の妖精の尻尾を引っ張っていくのはお前だ。このくらいはやってもらわねえとな」

 

 ラクサスは誰にいうでもなく呟いた。

 それは以前のラクサスからは考えられない言葉であっただろう。しかし、今のラクサスにはもうギルドマスターへの執着はない。その言葉を自然に口にすることが出来る。

 そこで、ラクサスは近づいてくる黒い狼に気がついた。

 

「ん? こいつは確か人魚の……って、おい!」

 

 狼はラクサスを見上げると飛び込んできた。敵意はなかったのでラクサスは狼を両手で抱える。すると次の瞬間、狼が消えてラクサスの腕の中にはあるものが残された。

 

「こいつは確か……」

「ん、んん……、オレは、負けたのか……」

 

 その時、ちょうどスティングが目を覚ます。

 

「目が覚めたか」

「あ、ラクサスさん。大魔闘演舞は……って、この歓声を聞けば分かるか。優勝おめでとうございます」

「おう」

 

 影を感じさせる微笑みを浮かべてスティングが言った。

 ラクサスは腕の中のものと俯いて視線を落とすスティングを見比べて口を開く。

 

「なあ、お前が負けられない理由ってのはなんだったんだ」

「ああ、それですか。……ちょっと、相棒のレクターと離ればなれになっちゃったんですよ。それで、勝たなきゃ再会できないって言われて、オレは……」

「そのレクターってのはこいつのことか?」

「そうです。そいつ…………って、ええええええええええええ!?」

 

 ラクサスが抱えているものを目にしてスティングは驚きの余り絶叫した。見間違うはずもない。ラクサスが抱えているのはスティングの相棒であるレクターだ。

 どうやら今は眠っているようで、レクターは目を閉じて動かない。

 

「なんでラクサスさんが!?」

「知らねえよ。運んできたのは人魚のチビだ。事情ならそいつに聞きな」

「う、ううん……」

 

 その時、スティングの絶叫がうるさかったせいかレクターがゆっくりと目を開く。

 ラクサスはそれに気がついてレクターを地面に下ろしてやった。

 

「スティング君!」

「レクター!」

 

 二人は喜んで駆け出し、涙を流して抱き合った。こうして、スティングとレクターは再会を果たしたのだった。

 

 

 

 

 エルザが倒れる斑鳩の傍らに腰をおろす。

 

「優勝おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 

 祝う斑鳩の言葉にエルザも微笑んで頷いた。

 二人の間にはわだかまりはない。ただ、全てを出し尽くした清々しさがあった。

 会話もせず、しばし、二人は止まない歓声を聞きながら溢れ出す感慨を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた! 体が!?」

 

 未来ルーシィが未来に起きたことや過去に来た目的を全て語り終わったときだった。

 突然、未来ルーシィの体が光り出したのだ。

 

「これは……そう、きっとジェラールたちがやってくれたんだ」

「どういうことだよ!?」

「きっと扉を開く要素の全てをジェラールたちが潰してくれたんだ。もう、この世界に私という存在が生まれる余地がなくなった。だから、この世界に私が留まることはもうできないんだ」

 

 本当に良かったと、心の底から安堵して未来ルーシィは胸を撫で下ろした。

 しかし、ナツたちはそれで納得できない。

 

「ちょっと待て! この世界に留まれないって、じゃあお前はどうなっちまうんだよ!?」

「私のいた未来に戻るのか、私のいた未来は消えてなくなり私も消えるのか、それは私にも分からない」

 

 叫ぶナツにルーシィは穏やかな顔で微笑んだ。

 

「そんなのって……」

 

 ルーシィ以外の面々は一様に絶句した。それではあまりにも救いがなさ過ぎる。

 そんな皆の表情を見て未来ルーシィが苦笑する。

 

「いいの。もう二度と会えないと思っていたみんなにもう一度会えた。未来が守られた世界があるということも知ることが出来た。あたしはそれだけで幸せなんだ」

「でも、それでも……!」

「もう、みんな優しいんだから。ねえ、この世界のあたし。ギルドマークを見せて」

「え? それはいいけど……」

 

 未来ルーシィはルーシィの右手を左手でとり、ギルドマークを涙を浮かべながら大切に撫でた。

 

「あんた、まさか右手が……!?」

 

 ルーシィの言葉に曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すと、今度はウルティアたちに向き直る。

 

「ありがとう。あなたたちのおかげでこの世界の未来は守られた」

「全部あなたが未来から危機を教えに来てくれたおかげよ。でなければ私たちも対応しきれなかったわ。間違いなく、この世界を救ったのはあなただわ」

「そんなこと言われると照れちゃうな。ジェラールたちにもよろしくね」

 

 そう言って未来ルーシィがはにかんだ。

 

「いよいよ限界みたい……」

「ありがとうルーシィ! お前のおかげで助かった!! オレ、忘れないからな!!」

 

 ナツが叫ぶ。他の面々もそれに続く。時間がない中で少しでも思いを伝えたい。そう思って、みんなが口々に感謝の言葉を叫んだのだ。

 その言葉を聞きながら未来ルーシィは

 

「えへへ――バイバイみんな」

 

 綺麗な笑顔とともに姿を消した。

 

 

 

 

 未来ルーシィの消失をエリックもその耳で聞き取っていた。

 

「てめえは消えねえのか。おい、まだ意識はあんだろ」

 

 そう言ってうつぶせの未来ローグを蹴って仰向けにする。

 

「消えるとはなんのことだ」

「もう扉は開かねえ。タイムパラドックスで消えねえのかって聞いてんだ」

「ああ、そういうことか」

 

 ローグが体を横たえながらくつくつと笑う。

 

「今扉を開くことを阻止したところで、未来でオレが扉を開かないとは限らない。扉を破壊すれば別だがな」

 

 ローグは今より七年後の未来から来た。数日後の未来から来たルーシィとは違い、今扉を閉じたところで消えはしないのだ。それこそ、元凶の扉さえ壊せばどうあがこうと過去に渡れなくなるので消えるしかないのだが。

 

「他の方法はねえのかよ」

「くく、そうだな。扉を破壊しないのならオレという存在が生まれる余地を消すことだ。今のオレを殺すとかな」

「するかよ、そんなこと。なら一旦拘束して扉をぶっ壊すしかねえか……」

 

 意地悪く言うローグの言葉を無視して面倒だと頭をかくエリック。

 存在が生まれる余地を消す。そんなことを口にしてしまったせいか、ローグの脳裏にふとフロッシュの姿が浮かんだ。六年前、今からで言えば一年後に死んだフロッシュのことを。

 そこまで思ってローグが内心で頭を振った。

 

(もうオレは猫一匹と戯れていた頃のオレじゃない。何を甘いことを……)

 

 そう思った時である。

 

 ――突然、ローグの体が光り出した。

 

「こ、これは――!!」

 

 ローグが驚いて目を見開く。辛うじて動く首を起こしてエリックを見たら、ついと視線をそらされた。

 

「ク、ハハ。ハハハハハハハハハ!!!!」

「……笑いすぎだろてめえ」

「いや、すまん。こんなに可笑しいのは久しぶりなんだ」

 

 そう言って、ローグはしばらく笑い転げていた。

 悪人面をしているくせに存外律儀な奴だ。ローグの一瞬の迷いを聞いただけで、己という存在が生まれない未来を確定させてしまった。

 そして、それはある事実を示している。

 この未来ではフロッシュが死なないこと。

 そして、

 

「そうか、オレはフロッシュがいれば闇に堕ちることはなかったのか。たとえ、アクノロギアという絶望が立ちはだかろうと……」

 

 不思議と、ローグは自分の中の狂気が消えていくことを感じた。

 ついさっきまで確かにどうでもいいと思っていたはずの、今という時間を生きているだろうフロッシュのことが気になり出す。だが、流石に会っている時間は無さそうだ。

 再び首を持ち上げてエリックを見た。

 

「ありがとう、フロッシュを助けてくれて」

「うるせえ、まだ何もしてねーよ」

「それでも感謝ぐらいさせてくれ」

 

 ローグは邪気の消えた笑みを浮かべ、再び表情を引き締めるとエリックに忠告をした。

 

「だが、オレという存在が生まれなくなっても、アクノロギアという絶望に支配される未来が消えたわけではない。準備は怠らないことだ」

 

 そう言い残し、ローグも光とともに消失した。

 

「当たり前だ。ゼレフにもアクノロギアにも、世界を好き勝手させるもんかよ」

 

 一人残されたエリックは、誰にでもなく誓ったのだった。

 




大魔闘演舞全日程終了&魔女の罪が竜王祭阻止!
というわけで大魔闘演武編もエピローグを一話残すのみとなりました。
そこで、折角なのでちょっとした企画を用意してみたのでお気軽にご参加ください。ちなみに、企画の結果が今後のストーリーに影響することはありません。

○人魚の踵、主観によるみんなのMVP投票!!
 大魔闘演舞を終え、人魚の踵のメンバー五人のうちあなたがMVPをあげたいと思ったメンバーに下のアンケートから投票してください。選考基準はなんでもいいです。単純に成績で選ぶも良し、印象深い活躍から選ぶも良し、単純に好きなキャラでも良しです。
 参考に各メンバーの成績も記しておきます。

・斑鳩
三日目競技伏魔殿(MPF)四位:4P
四日目タッグバトル勝利:10P※
五日目大魔闘演舞ジュラとミネルバ撃破:10P
合計:24P

・カグラ
四日目競技海戦七位:1P
二日目バトル勝利:10P
五日目大魔闘演舞トビーとユウカ撃破:2P
合計:13P

・青鷺
一日目競技隠密一位:10P
四日目タッグバトル勝利:10P※
五日目大魔闘演舞:0P
合計:20P

・ミリアーナ
二日目競技戦車五位:3P
三日目バトル勝利:10P
五日目大魔闘演舞ロッカー撃破:1P※
合計:14P

・アラーニャ
競技出場なし:0P
一日目バトル敗北:0P
五日目大魔闘演舞ロッカー撃破:1P※
合計:1P

※二人でとった点数はわけずにそのまま両方に記載しています。そのため、合計は61Pにはなりません。

あなたが思うMVPは!?

  • 斑鳩
  • カグラ
  • 青鷺
  • ミリアーナ
  • アラーニャ

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