“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十二話 大魔闘演武其ノ三

 それはミネルバにとって、恐怖と屈辱の記憶である。

 

『なぜに貴様はそれほど弱いか』

 

 深い森の中、父であるジエンマは泣いて蹲るミネルバにそう問いかけた。

 

『お許しください、父上……』

『許しを請うのかこのバカ娘が!!』

『ひいっ』

 

 涙など弱さの象徴だ。そう考えるジエンマはミネルバが泣くたびに暴力をふるった。

 

『このワシの娘に生まれたからには強くあれ。弱者は消す。たとえ我が娘であってもだ』

『ひっ、ひっ、ひぃん、ひん』

『いつまで泣いておるか! 涙など弱者の極み、何度言えば分かるのか!!』

『許してください許してください許してください……』

 

 ジエンマが怒鳴れば怒鳴るほど、ミネルバは逆に泣きわめいた。それを見下ろすジエンマの瞳はどんどんと冷たくなっていく。

 

『服を脱げ』

 

 それは命令だ。ミネルバに拒否権など存在しない。

 

『涙が涸れたら帰ってきてよし』

 

 そう言って、ジエンマは裸のミネルバを森の中に一人残して帰っていく。羞恥など以前に、子供を一人残していくなど危険でしかない。

 例えミネルバが死んだとしても、ジエンマは悲しみなどしないだろう。なぜなら、ジエンマにとってミネルバは己の最強の血を後世に残すための道具だとしか思っていない。死ねば出来損ないだったと思うだけで、次の子供でも作っていたかも知れないくらいだ。

 ジエンマに子に対する愛情などなかったし、ミネルバも愛情などというものを知らずに育った。母がいればまた違ったのかも知れないが、いなかったのだから仕方が無い。愛想をつかされたのか、最初から愛無くつくらされたのか。そんなことはミネルバにとってはどうでもよかった。

 

 いつしかミネルバが涙を流さず、ジエンマの言うことを満足にこなせるようになった頃、経緯は知らないがジエンマが剣咬の虎(セイバートゥース)のマスターに就任した。

 相変わらず父の意を満たすだけの日々だが変わったことが一つある。孤独ではなくなったということだ。周りに人がいるというだけで心地よい。ミネルバは初めて居場所だと思える場所ができたのである。

 そんな剣咬の虎にしてやれることは何か。それは最強という称号を与えること以外にありはしない。それ以外に愛情を表現する方法をミネルバは知らなかった。

 

 だからこそ、最強の称号を脅かす輩には凶暴性を発揮する。妖精の尻尾(フェアリーテイル)人魚の踵(マーメイドヒール)。忌々しい。憎くて憎くてたまらない。だが、その実力は認めよう。我々には無い絆の力、それを手にするためには父の存在が邪魔だ。そうだ、この際父を排除しよう。そして、父から離れられるのならば一石二鳥ではないか。

 

 こうして、事態は四日目の夜へと繋がっていく。ミネルバは居場所への固執のあまり、そこに集まる家族ともいえる仲間たちを軽視する形で暴走した。

 だが、そんな状態でも負ければ後が無いことは理解できる。強くあらねば居場所が無くなることこそ、幼い頃から教え込まれてきたことなのだから。だから、負けは許されない。どんなことをしても勝たねばならないというのに──。

 

「おのれえええ!」

 

 なぜ、満身創痍で利き腕も使えない剣士一人に押されているのだ。

 ミネルバの魔法、絶対領域(テリトリー)は空間を入れ替え、また空間の属性を変化させる。攻撃範囲は視界全て。まさに王者に相応しい最強の魔法。

 

「…………」

 

 しかし、斑鳩が刀を一閃すれば、ミネルバが属性変化させた空間は斬られてしまう。干渉系の魔法が効かない斑鳩では無理矢理転移させることもできない。ならば、周囲の空間ごと転移させようとすればそれも斬られる。

 相性の悪さはカグラとの戦いからして想像できたことではあるが、満身創痍、それも左腕一本の相手に押されるなどとは思いもよらなかった。

 

「ふざけるな! 妾は負けられぬ! 負けられぬのだ!!」

 

 叫ぶミネルバの声はどこか悲痛さを帯びている。斑鳩には、その姿が今にも泣き出しそうな子供に見えた。

 見ながら、斑鳩は先日カグラから聞いたミネルバの印象を思い出す。

 

『その行いは非道なれど、行いの源泉にはギルドへの愛がある。生来の性根か育ちのせいか、なぜかは分かりませんが、どこか歪んだ奴といった印象です』

 

 愛がある。カグラは確かにそう言った。

 斑鳩はなぜかミネルバが気になっていた。それは最強に執着するあまり敵をつくるミネルバの姿が、どこか無月流開祖と重なるからだと思ったがそれは違った。少なくとも、己のためでなくギルドのために戦っているミネルバには重ならない。

 

 ならばなぜか。青鷺にも協力を頼み、大魔闘演武前日の休養日に簡易ではあったがミネルバのことを調べてみた。そして、経歴だけは知ることが出来た。七年前、ジエンマがギルドマスターに就任するまで父と二人で修行の日々を過ごしていたのだ。

 

 要はミネルバの育ちが似通っていたから、斑鳩は過去の自分と似たような匂いを感じていたのだ。師匠と山で二人住み続けた斑鳩と、父と二人で厳しく育てられたミネルバ。親の愛の有無という違いはあれど、狭い世界しか知らなかったが故に精神が未成熟なまま体だけが大きくなった。ミネルバはそれが歪な愛情表現として問題が表面化したというだけのこと。

 

 ならば、まずは問題を本人に認識させるため、過去の己のように一度心を折らねばならない。ガルナ島での出来事も、今となっては成長するために必要だったと思っている。

 

 斬る、斬る、斬る。ミネルバが何をしようとも斑鳩には届かない。

 そして、斑鳩は反撃もしない。どれだけやっても届かないことを思い知らされ、やがてミネルバは顔面を蒼白にしながらその場に崩れ落ちた。

 

「妾は、妾は……」

 

 斑鳩が膝をつくミネルバに問いかける。

 

「なぜ、そうまで勝利に執着するんどす」

「勝たねばならぬ……。勝たなければ……、妾に、価値など……」

 

 あえぐように、どこか虚ろに声を発する。

 

「勝利による価値はあるでしょう。うちとてそれは認めます。ならば敗北に価値はないと言うんどすか」

「そうだ……。敗者に価値はない。勝利が全て……」

「ならば、あなたの仲間に価値はないと?」

「…………」

 

 ミネルバは押し黙る。そして、しばし後にゆっくりと首を横に振ったのを見て、斑鳩は微かに笑みを浮かべると刀をしまった。

 

「それだけ分かれば十分。勝利以外にも価値あるものはたくさんあります」

 

 考えをまとめる時間も必要だろう。それだけを告げると斑鳩はその場を立ち去った。

 しばらく後、動かないミネルバを運営が戦意喪失による戦闘不能と判断。人魚の踵に5Pが加算された。

 

 一位 人魚の踵61P

 

 歩いていると、目眩とともに斑鳩の体がふらついた。慌てて斑鳩は壁に寄りかかる。

 

「これは、魔力もほとんど底をついてしまいましたか……」

 

 ミネルバの魔法を無効化し続けるのも楽では無い。つとめて平気なように振る舞っていたが正直かなり無理をしていた。もう、無月流の技ひとつとして使えはしない。

 

「でも、まだ左腕は動く。剣も振れる。退場するにはまだ早い……」

 

 呼吸を整え、目眩がおさまると斑鳩は再び歩き出した。

 

 

 

 

第二魔法源(セカンドオリジン)解放、天一神(なかがみ)の鎧!!」

 

 天一神の鎧。装着時の魔力消耗が激しいために装備できる者十年現れず。しかし、その鎧を纏いし者、魔の法を破りし天地無双の剣となる。

 そう言い伝えられる伝説の鎧。第二魔法源の解放によってエルザは装備することを可能にした。

 

「行くぞカグラ!!」

 

 エルザが大地を蹴った。魔力の上昇に伴う身体能力の上昇、天一神の鎧を装備したことによる身体能力の強化が重なり、そのスピードは先ほどまでの比ではない。

 

「斥力圏・星ノ座!」

 

 エルザの体をカグラから遠ざけるような力がかかる。エルザは大地を砕かんばかりに踏みしめ、その場に留まると鎧と対になっている薙刀を一閃した。すると、星ノ座が消失する。

 空間や魔法そのものさえも切り裂いてしまう薙刀。カグラがミネルバの魔法を無効化できるように、エルザもカグラの魔法を無効化できる。

 されど、カグラに動揺はなかった。エルザならばその程度はやってのけると、他ならぬカグラ自身が信じていたから。

 

「さすがだエルザ。だが、それで私の圏座(けんざ)を破ったなどと思うな!」

 

 星ノ座を斬ったエルザはもう一度前進。カグラを間合いに捉えて薙刀を横に薙ぐ。

 これをカグラは跳躍して回避。空中で無防備になったカグラを追おうと、エルザも跳躍しようとした。しかし、

 

「重力圏・玉ノ座!」

「く!」

 

 押しかかる重圧のせいでジャンプすることに失敗する。今のエルザならば常時展開していた玉ノ座の中で跳躍することは可能だろうが、跳躍しようと膝を曲げた瞬間を狙われた。

 体勢を崩しながらも玉ノ座を斬るエルザだったが、その隙に飛んできた鎌鼬をくらう。

 

「たいしたダメージにはならんか」

 

 エルザは鎧の効果で防御力も向上している。カグラは鎧に覆われていない部分を狙ってみたがそこは魔法の鎧、当然のように守られている。

 鎌鼬をくらったエルザは平然として再びカグラとの間合いを詰める。

 そして始まるエルザの猛攻。一振りする度に空間が弾け、余波で周囲の地形が削られていく。だというのに、直接猛威にさらされているはずのカグラだけが肌に傷一つ負っていない。それどころか、攻めているはずのエルザの傷が増えていく。

 一般の観客からすれば摩訶不思議極まりなく、カグラが奇術でも使っているように思えたことだろう。

 感嘆交じりにエルザが叫ぶ。

 

「器用に戦うものだ!」

 

 カグラの圏座。その実体は精緻極まる魔法と剣の融合だ。星ノ座にしろ、玉ノ座にしろ、圏座を常時維持しながらの戦いはカグラ本来の戦い方ではない。格下を相手にするときぐらいのものだ。

 カグラはエルザが攻撃を仕掛ける際、星ノ座、魔王座、玉ノ座を使い分けて体裁きを狂わせている。一瞬であれば、エルザが圏座を斬れようと関係が無い。

 エルザとしては純粋に一撃の威力を下げられるのもあるが、それ以上に技と技の連絡を断たれるのが厄介だった。身の丈以上の薙刀であっても、エルザの技量ならば流麗に一撃と一撃の間を繋いで隙など見せなかっただろう。しかし、圏座のせいでその連絡が上手くいかずに僅かながら隙を見せる。そこを斬られているのだ。

 片方の小太刀が攻撃を流し、片方の小太刀から伸びる鎌鼬が隙をついてエルザを斬る。鉄壁、それでいて反撃の手が休むことなく飛んでくる。さながら要塞のようだとエルザは思った。

 

「格上を相手にすることも多くてな。技量の向上は必要不可欠だったのだ」

 

 日常的に格上である斑鳩と剣を合わせてきた。高難易度クエストも多くこなし、様々な強敵との経験も積んでいる。力をつけた今となっては、本来の圏座の使い方をする機会も少なくなったが、身にしみた技術はその程度で失うものでは無い。

 押されているエルザの姿に妖精の尻尾の観覧席でも動揺が走る。

 

「おいおい、エルザが押されてんじゃねーか!」

「大丈夫なのかよ初代! エルザとカグラをぶつけたのは計算通りなんだろ!?」

 

 問われたメイビスの頬を冷や汗が流れる。

 

「はっきり言って想定外です。カグラの実力は高めに見積もっていましたが、そのさらに上をいかれました」

「これほどの魔導士がまだいたとは……」

 

 メイビスの横ではマカロフも驚きに目を丸くしている。

 メイビスが想定外と発言したことで、妖精の尻尾の動揺はさらに大きくなった。そんなメンバーたちを見て、メイビスはですが、と続けた。

 

「見た目ほどカグラが優勢というわけでもないようです。まだ諦めるのは早いでしょう」

「初代、それはどういう……?」

 

 メイビスがみつめる視線の先で、わずかにカグラの表情が歪んでいる。

 

「この馬鹿力め……!」

「おおおおおお!」

 

 カグラの圏座に対してエルザがとった戦法はとにかく押して、押して、押しまくること。何度も鎌鼬を受けて、さすがの天一神の鎧も悲鳴を上げているが気にしている余裕はない。

 天一神の鎧は魔力消耗が大きい。今も栓の抜けた風呂のようにエルザの魔力が消費されていく。小細工を弄する時間すら惜しく、ならば鎧の圧倒的な力で押し切ることが最良だと判断したのだ。この判断は功を奏した。

 次第にカグラの両腕の疲労は蓄積し、僅かながら痺れも感じ始めている。しだいに反撃の手はなりを潜め、防御一辺倒となっていった。

 

「くっ──!」

 

 そして遂に、カグラの二刀の小太刀。その一本が弾き飛ばされた。これでは魔力切れまで耐え抜くことも難しい。

 これには、不安を感じていた観覧席の妖精の尻尾も大いに沸き立つ。

 

「さすがエルザだ!」

「そのまま決めちまえ!!」

 

 浮き足立つメンバーたち。それも仕方の無いことだろう。メイビスやマカロフですら、この時勝負が付いたと思ったのだから。

 だが、カグラは吠える。

 

「もう一度言う。それで私の圏座を破ったなどと思うな!!」

 

 カグラは星ノ座を己とエルザに同時行使。エルザの動きを一瞬止めると、自らは力を利用して大きく後退した。

 

「無駄だ! 時間稼ぎにしかならんぞ!!」

 

 即座にエルザは星ノ座を斬って無効化すると、追撃をしかけようとする。

 しかし、カグラが欲しかったのはまさにその時間であった。

 

「全魔力解放!!」

 

 そして、カグラが己の奥義を開陳した。

 

「──無圏(むけん)神座(かむくら)!!!」

 

 神の手には抗えない。

 カグラが叫ぶと同時、エルザの体が静止する。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 体のどこをどう動かそうとしても、その動きに反するように抵抗がかかって全く動かない。

 これこそがカグラの奥義、無圏・神座。作り出すは、あらゆる力が釣り合う静止空間。

 

「終わりだエルザ!!!!」

 

 残る魔力を振り絞って放たれる全力の鎌鼬。静止空間は術者のカグラとて入り込めるものでは無いが、鎌鼬なら話は別だ。

 迫る鎌鼬。しかし、エルザとて簡単には諦めない。

 

「まだだァァ!」

 

 ここでエルザがとる戦法はさらなる力押し。

 神座が押さえつけられる力にも許容量があり、それを超えれば動けるのは道理である。たとえ許容量を超えたとしても、まともな動きなどできずにやられてしまうのが神座の恐ろしさなのだが。

 

 空間を斬ることが出来る斑鳩が菊理姫で無理矢理体を動かすことでようやく神座を攻略することができるのだ。斑鳩の陰に隠れているが、今のカグラは聖十大魔導の末席に名を連ねていてもおかしくない実力を持っていた。

 

 そして、エルザの手には魔法を切り裂く薙刀がある。後は僅かでも体を動かせれば、斑鳩同様に神座だろうが切り裂けるだろう。

 カグラもそれは百も承知だ。だからこそ、エルザから神座内で動けるほどの体力を削ぐまでは使いたくはなかったのだ。そして、追い込まれるまで使わなかったと言うことは、カグラ自身が神座で押えきれるほど、エルザの体力を削れていないと思っていることに他ならない。

 

「おおおおおおお!」

 

 咆哮とともに、神座が薙刀によって切り払われた。

 だが、その直後に鎌鼬が天一神の鎧を破壊した。

 

「かはっ!」

 

 鎧を失った体に、鎌鼬がさらに一太刀。傷はかなり深い。

 しかし、エルザは倒れない。凄まじい気力でもって踏みとどまった。

 追撃の鎌鼬はない。カグラの魔力も限界だ。

 

「エルザァ!!」

 

 カグラが小太刀を手に斬りかかる。

 対して、エルザは換装で一振りの刀を手にした。妖刀紅桜ではない、ただの刀だ。エルザの魔力もまた限界に近い。天一神の鎧が魔力を吸い尽くす前に破壊されたが、魔法の武具を使うほどの魔力は残っていない。出来ることといえば、後何回か換装するくらいのものだ。

 

「カグラァ!!」

 

 エルザも吠える。そして、咆哮とともに二人が交錯。

 この時、二人の力も速さもほぼ同じ。限りなく互角の勝負。

 

 

 ──その勝敗を分けたのは、手にする得物の差であった。

 

 

「──いまだ未熟ということか」

 

 地に伏したのはカグラ。カグラの小太刀とエルザの打刀。間合いを見れば、正面から斬り合ったときにどのような結果をもたらすかなど火を見るよりも明らかだった。

 

『倒れたのはカグラ! 勝者は妖精の尻尾のエルザだあああ!!』

 

 実力伯仲。互いに一歩も譲らない攻防に、ジュラと斑鳩の戦いが決着したときとなんら遜色のない歓声と拍手が送られる。

 

「二人ともお見事でした」

 

 メイビスもまた心の底から二人を称賛した。メイビスの予想の何枚も上をいったカグラ、それを意地でもって下してみせたエルザ。どちらも素晴らしい魔導士だ。そして、魔導士としての実力だけではなく、戦いの中で見せた強い精神力をこそ称えたい。

 エルザが倒れるカグラに歩み寄る。

 

「まだ、超えることは叶わなかったか」

 

 力なく体を横たえて、カグラが言った。それを聞いてエルザは苦笑する。

 

「そう言うな。次に戦えばどちらが勝つかなど分からんだろう」

 

 それほどぎりぎりの戦いであり、限りなく五分だった。

 最後の斬り合いもカグラが小太刀の特性を活かして守りに徹し、カウンターを狙っていればカグラが勝つ可能性の方が高かっただろう。

 カグラとて、今はあのときそうすべきだったと分かっている。しかしカグラからすれば、後一太刀で倒せるという誘惑に負けてその判断ができなかったことこそが未熟なのだと思っている。

 

「結果として負けたのは私だ。また鍛え直し、さらなる実力をつけたならその時は……」

「ああ、また剣を合わせよう。その時は私も強くなっているがな」

「ふっ、望むところだ」

 

 そう言って、倒れるカグラとエルザは握手を交わした。

 

 二位 妖精の尻尾53P

 

 残る人魚の踵のメンバーは斑鳩一人のみ。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 華灯宮メルクリアス。その一室でヒスイとダートンは並び、大魔闘演武の推移を見守っていた。

 

「あの方は私に告げました。この先に待つのは絶望。一万を超えるドラゴンの群れがこの国を襲ってくる。街は焼かれ、城は崩壊し、多くの命が失われる」

 

 この話はダートンも既に聞かされている。エクリプス反対派のダートンだったが、このような国の危機が迫っているのならば否やはない。そもそも、ダートンは過去を変える危険性を考えて反対していたのだ。エクリプスキャノンという使い方であれば反対する必要は無いだろう。

 

「その言葉は真か虚偽か」

「あの方はその答えを私に委ねました。大魔闘演武の結果が私を導くのです」

 

 ヒスイ姫とて素直に信じたわけではない。しかし、未来から来たという男が大魔闘演武の結末を言い当てたのならば、信じることも出来よう。その時は扉を開いて襲来に備えなければならない。

 

「お言葉ですが姫、もうその必要はありません」

「誰だ!?」

 

 ヒスイとダートンしかいないはずの部屋に二人以外の声が響く。

 ダートンの誰何する声の直後、二人の目の前にジェラールとマクベスが姿を現した。

 

「あ、あなたがたは……」

「お久しぶりです。六年ぶりでしょうか」

 

 ジェラールとマクベスがヒスイの前で跪く。

 

「必要はない、とはどういうことでしょうか」

「そのままの意味です。エクリプスを開く必要などないと言っているのです」

「なぜそれを……いえ、あなた方には心の声を聴く者がいたのでしたね」

「はい、その通りです」

 

 ヒスイの言葉にジェラールは頷く。六年前の時点でエリックたちの魔法は姫にばれている。

 もし、彼らがヒスイたちですら知り得ない情報を持っているのならば問題である。ぜひとも聞かねばなるまい。そう思うヒスイの横で、ダートンが難しい顔をしていた。

 

「……姫、この者らとは知り合いですかな」

「ええ、以前少しだけ」

「だとしたら大問題ですぞ。この者らは大犯罪者で今も指名手配中なのですから」

「それは……」

 

 まずい、とジェラールの顔が歪む。

 ダートンは国防大臣だ。国に害を及ぼしかねない悪党の顔と名ぐらいは把握している。

 

「評議院への潜入、そして破壊。さらにはエーテリオンの投下をもなした大悪党。これから何を言うつもりだったかは知らんが、この国に害を為そうとしていたに違いない!」

「いえ、この方たちは国の安寧を憂う……」

「こやつは評議院に潜り込んだ男。こんどは姫の懐に潜ろうとしているだけです。騙されているのです! だいたい、横の男も元バラム同盟の一角を担う六魔将軍のメンバーではないか」

「しかし……」

「そもそもです。心の声を聴く者がいるですと? ならばそれこそ大問題。いくらでも機密を聴き出して悪用できるのですから。姫は危機意識が足りなすぎる!!」

「それは、そうですが……」

 

 ダートンの言い分はジェラールからしても至極まっとうだ。それだけに言い返す言葉が無い。

 ヒスイの瞳が揺れる。ダートンの言葉によって迷いが生じ始めている。

 

(まずい。このままでは説得できない。なんと言えばいい。なんと言えばダートンを説得できる。なんと言えば……)

 

 本来ならばダートンがいない場所で接触したかったのだが、恐らく大魔闘演武の結果を見たならばそのままエクリプスを開きに行くことになるだろう。そうなればダートンだけでなく兵も多くなる。接触するには今しか無かった。

 ジェラールの頭の中をいくつもの言葉が流れるが、どうすれば話を聞いてもらえるのか、全く考えが纏まらない。言い訳をしても聞く耳は持たないだろうし、迂闊なことを言えばさらに疑念を深めるだろう。

 そんなジェラールの視界の端で、マクベスが動いた。

 

「お願いいたします。どうか、我々の言葉をお聞きください」

「マクベス……」

 

 ジェラールが驚き、内心目を丸くする。

 マクベスが、跪いた姿勢から床に頭をこすりつけんばかりに下げたのだ。

 それを目にして、ジェラールがはっとした。

 

(そうだ。言葉を弄し、言い訳を並べる必要など無い。ダートンを納得させる必要もありはしない。ただ、誠意を示せば良い)

 

 さすれば、必ず姫は話を聞いてくださる。そういうお方であると、六年前にわかっていたはずなのだ。まだ為政者として未熟なれど、誰よりも国とそこに住まう者たちのことを思い、真摯な者の言葉には耳を傾けてくださる方であると。

 

「どうか、お願いいたします」

 

 ジェラールも、マクベスにならって額を床にこすりつけんばかりに下げた。

 かくしてヒスイは頷いた。

 

「──分かりました。話を聞かせてください」

「姫!!」

「ダートン、あなたがこの方たちを疑う気持ちは分かります。しかし、判断は話を聞いてからでも遅くはありません」

 

 なおも不服そうにするダートンに、ヒスイは微笑みながら首を振った。

 

「六年前、私はこの方たちを信じました。その結果、今なおこの王国には害が及ぶことはありません。ならば、今度も私はこの方たちを信じたい。そう思うのです」

「……分かりました。話だけは聞きましょう」

 

 ヒスイの言葉に、ダートンもぶすぶすながら頷いた。

 

「だそうですよ?」

「はっ、感謝いたします。それでは──」

 

 ヒスイに促され、ジェラールは男の正体、企み、目的について語っていくのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 未来ローグは影と化して地を駆けていた。もうすぐでクロッカスを抜ける。そうすればルーシィとユキノは目前だ。

 

「待ちな」

 

 その時、目前に現れる人影があった。人影は二つ。

 

「何者だ」

「敵だよ。てめえのな」

 

 エリックが笑う。未来ローグはその言葉を聞いて眉を顰めた。

 

「オレが何者か知っているのか」

「ああ、もちろんな。未来から来た男だろ?」

「姫の関係者か? ならば、オレが未来を──」

「支配しに来たんだろ。その操竜魔法でドラゴンを操ることで」

「貴様……」

 

 それはこの時間に来てから誰にも言っていないはずの目的だ。それを何故知っているのか。未来ローグの警戒度が跳ね上がる。

 

「ソーヤー、てめえは先に行ってこっちの状況を伝えてこい」

「いいのかよ、一人で」

 

 ソーヤーの言葉に、全く気負うこと無く十分だと頷いた。ソーヤーもそれを聞いてわかったと頷き、街の外へと姿を消す。

 それを目にして未来ローグが笑う。

 

「クク、一人で十分だと? オレもなめられたものだ。そもそも、オレが──」

「──わざわざ相手をする必要なんてない、だろ?」

「…………まさか、オレの心を読んでいるのか」

 

 言おうとしていた言葉を先に言われて未来ローグもエリックの魔法に察しをつけた。そして、この予想が当たっているとすれば非常に厄介なことになる。

 

「察しが良いな。想像の通りだぜ。てめえの目的も企みもこっちは全部あばいてんだ。そして、姫にもオレの仲間が伝えに行っている。もうてめえの企みは潰えてんだよ」

「…………そうらしいな。だが、エクリプスはまだ健在だ。まだどうにでも手は打てる」

「だろうな。だとしたら、ルーシィやユキノに関わってる場合じゃねえだろ。てめえの一番の脅威が、こうして目の前に立っているんだからよ」

 

 そう言って、来いよとエリックが挑発するように手招きした。

 ここに来て、未来ローグもエリックの考えを読み取った。影化したローグは周りになんの影響も与えられないが、代わりに何からも影響を与えられない。エリックを無視してルーシィたちのところへ行こうと思えば行けるのだ。

 だが、エリックの言うとおり、こいつは今殺しておかなければならない。

 

「良いだろう。望み通り殺してくれる! 今、ここで!!」

「やれるもんならなあ!!」

 

 こうして、大魔闘演武の裏、クロッカスの街の端で二人の滅竜魔導士がぶつかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ラクサスとオルガの拳がぶつかり合う。互いに互いの雷を食うことが出来る以上、迂闊に雷を放出することはできない。自然、雷を身に纏っての殴り合いだ。

 

「ぐはっ!」

 

 オルガが押し負けて殴り飛ばされる。追撃に行こうとしたラクサスをスティングが阻んだ。体には白い紋様が浮かび上がり、既にドラゴンフォースを使っていることが見て分かる。

 

「白竜のホーリーブレス!」

「雷竜方天戟!」

 

 白く輝くスティングの咆哮を、ラクサスが放った方天戟が切り裂く。そのまま方天戟は勢いを保ってスティングに直撃した。スティングには雷を食われる心配は無いので、問題なく雷の滅竜魔法を使うことが出来る。

 

「く、くそっ」

 

 倒れるスティングの体から白い紋様が引いていく。

 オルガもなんとか体を起こそうとするが、中々力が入らないようだ。

 戦闘開始からしばらく、なんとか食らいついていたスティングとオルガだったが、総じて見れば手も足も出ていないという有様だった。

 それも当然のことである。四日目にナツ一人に双竜で挑んで負けているのだ。二人がかりとは言え、連携に馴れていないオルガとスティングでナツより強いラクサスに勝とうとするのは無理がある。

 

「まだだ、まだ終わっちゃいない。オレはレクターのために負けられないんだ!」

 

 スティングが力を振り絞って立ち上がる。残り魔力を振り絞って再びドラゴンフォースを発動した。ラクサスが圧倒的な力を持っていることは分かった。ならば、己の全てを一撃にかけよう。それ以外に逆転の方法などありはしない。

 

「おおおおおお!」

 

 そして、同様に立ち上がったオルガもラクサスに向かっていく。だが、無理をしているのは丸わかりだ。ラクサスからしてみればオルガの体は隙だらけだった。

 その腹部にラクサスが拳を叩き込む。

 

「──てめえ」

「へへ、捕まえてやったぜ」

 

 オルガはラクサスの拳を防御もせずにそのまま受けると、痛みと吐き気をかみ殺し、飛びそうになる意識をつなぎ止め、ラクサスの体を両腕で拘束する。

 

「スティングゥ! 遠慮はいらねえ、オレごとやれえ!!」

「滅竜奥義!!」

 

 スティングの拳に白い光が集まる。

 それをラクサスに叩き込むために向かっていく。しかし、その時ラクサスを拘束していたオルガが力なく崩れ落ちた。

 

「────!」

「心配すんな。来いよ、正面から受けて立つ」

 

 ラクサスは避けるそぶりを見せない。ならば、オルガを巻き込む心配が無いだけ好都合だ。

 

「ホーリーノヴァ!!!」

 

 迫るスティングの拳。それを見ながらラクサスは思う。

 事情はよく分からないが、スティングに負けられない理由があるのは分かる。だが、ラクサスとてそれは同じ。七年間待ち続けた仲間たちのために負けられない。過去に妖精の尻尾に波紋を呼んだラクサスだけに、その思いは人一倍だった。

 

「滅竜奥義、鳴御雷(なるみかづち)!!!!」

 

 白光の拳と雷光の拳がぶつかり合う。

 一瞬の拮抗。その後、弾き飛ばされたのはスティングだった。

 

(強すぎるよ……。ごめん、レクター……)

 

 スティングの意識が闇へと落ちていく。オルガももう起き上がる気配が無い。

 その二人を見下ろしてラクサスが言う。

 

「強かったぜ。お前ら」

 

 なにより、決して諦めないその心が強かった。

 それはラクサスにとっての最大級の賛辞であった。ルーシィの件もあり、剣咬の虎にあまり良い印象はなかったが、それは既に払拭された。

 なんにせよ、この戦いはラクサスが勝利。妖精の尻尾に2Pが加算される。

 

 二位 妖精の尻尾55P

 

 

 

 

 一方、ジュビアとシェリアの戦いにはグレイとリオンが参戦し、タッグバトルの様相を為していた。

 グレイはルーファスとの戦いの後ということもあったが、それを差し引いてもリオンとシェリアは強かった。押されるグレイたちはなんとかリオンたち以上の連携でもって対抗する。

 そして、

 

水流昇霞(ウォーターネブラ)!!」

氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

 二人の力を合わせることでリオンとシェリアを倒すことに成功するのであった。

 

 二位 妖精の尻尾57P

 

 

 

 

 そして、大魔闘演武は最終局面へと向かっていく。

 

「お、おい見ろよ。得点表を」

 

 観客の誰かがそう言った。だが、そんな言葉はなくとも誰もがそこに目をやっていた。

 

 

 途中経過。

 

 一位 人魚の踵61P

 残りメンバーは斑鳩。

 

 二位 妖精の尻尾57P

 残りメンバーはエルザ、ラクサス、ガジル、グレイ、ジュビア。

 

 三位 剣咬の虎48P

 全滅により順位確定。

 

 四位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)43P

 全滅により順位確定。

 

 五位 青い天馬(ブルーペガサス)31P

 全滅により順位確定。

 

 六位 四つ首の仔犬(クワトロパピー)16P

 全滅により順位確定。

 

 

 残っているのは人魚の踵の斑鳩と妖精の尻尾の五人だけ。そして、その差は4P。

 

「いける! いけるよ! 斑鳩を倒せば5Pだから逆転優勝だ!!」

 

 叫んだのは妖精の尻尾のロメオだ。その声は勝利を確信して喜色を帯びている。

 他の妖精の尻尾のメンバーどころか、会場中の観客たちも妖精の尻尾の勝利を確信している。

 その空気に水を差したのはナブだった。

 

「で、でもよ。もう残ってるのは斑鳩だけなんだぜ。斑鳩が他の誰かを倒しちまったらそれで62P。もう単独優勝はなくなっちまうぞ」

「お前は心配しすぎだぜ。いくら斑鳩でもああまでボロボロじゃあ、勝目はないって。もう優勝は決まったようなもんなんだろ、初代」

 

 マカオがナブを励まし、そうメイビスに話しかける。しかし、マカオの想像と違ってメイビスの表情は硬い。

 

「初代……?」

「……私の作戦は誤差を多く含みながらも大方は私の予想通りに進みました」

「な、なら! なんでそんな浮かない顔をしてるんだ!?」

「その誤差が問題なのです。中でも一番大きな誤差。──それはカグラが想像以上に強すぎたことです」

「それはどういう……」

 

 困惑するマカオ。その疑問はすぐに解けることになる。

 メイビスが見つめる魔水晶映像。そこで、斑鳩が妖精の尻尾の一人と接触した。

 

「ふふ、カグラはんは強かったでしょう?」

「ああ、正直驚いた」

 

 斑鳩と遭遇したのはエルザ。エルザはカグラとの激戦で、今の斑鳩と並ぶほどにダメージを負っていた。

 斑鳩は無月流を使えないほど弱っているが、エルザもまた魔法の武具を扱えないほどに弱っている。

 これでは、確実に勝てるなどと言えはしない。

 

「で、でも、もしエルザが負けても他の誰かが斑鳩を倒せば62Pで並ぶんだ。それで優勝できることには変わりないよな!?」

「バカ! エルザが負けるわけないでしょ!!」

「も、もしもの話だよ……」

 

 臆病風に吹かれるウォーレンをビスカが怒鳴りつけた。

 そのウォーレンの希望的観測を否定するように、エルザが口を開く。

 

「始めに言っておこう。妖精の尻尾のリーダーは私だ」

 

 その宣言に闘技場中にざわめきが広がる。

 もしエルザが負ければ人魚の踵は66P。斑鳩を倒して妖精の尻尾が62Pとなったとしても、それ以上はポイントをゲットすることができないのだからその時点で詰みなのだ。

 

「いいんどすか? そんなことを言ってしまって」

「ここまで来て隠す必要はないさ。それに、その方がお前としても、全力でこの一戦に臨めるというものだろう?」

「ふふ、そうどすな」

 

 斑鳩とエルザが相対し、ともに刀を構える。

 既に闘技場には妖精の尻尾の勝利を確信するような浮かれた空気は存在しない。

 

 ただじっと、大魔闘演武の決着を見守っていた。

 




○原作と本作における世界線の差異
・原作

ゼレフを倒すために扉を開く。
現れた一万頭のドラゴンによって世界は滅亡。
ルーシィが過去へ。

扉はルーシィによって閉じられる。
しかし、世界はアクノロギアによって支配される。
一万頭のドラゴンを己のものにするためにローグが過去へ。

未来ルーシィと未来ローグが存在する原作本編。

・本作

魔女の罪とヒスイ姫の約束により扉は開かれない。
しかし、世界はアクノロギアによって支配される。
アクノロギアに対抗するにはドラゴンを己のものにするしかないと思いローグが過去へ。

ローグによって一万頭のドラゴンが呼び出される。
ローグはドラゴンの数が多すぎて支配に失敗、世界は滅亡。
ルーシィが過去へ。

未来ルーシィと未来ローグが存在する本作本編。

という風に想定しています。でも、基本的にどっちにしろ変わんないのであまり気にする必要は無いです。
本作でも原作同様、未来から来たローグとルーシィはお互いの存在を知りません。

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