“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十一話 大魔闘演武其ノ二

「まずはこの不快な暑さをなんとかさせてもらうゾ」

 

 エンジェルの翼から羽が舞い散る。羽は溶岩に落ちると、その溶岩を吸収してしまった。

 

「タ、タイ!?」

「地形が元に戻った!?」

 

 ウオスケが魔法で変えた地形が元通りになる。

 

「やれやれ。折角駆けつけたのに出番は無さそうだね」

「ロキ!」

「遅くなってごめんね」

 

 いつの間にか、ルーシィのそばにロキが立っていた。

 ロキは星霊であるが、自由に(ゲート)を通ることができる。ロキは自分で扉を通って現れ、兵士に取り上げられていたルーシィとユキノの星霊の鍵を持ってきてくれたのだ。

 

「それにしても、彼女が味方をしてくれるとは。かつては思いもしなかったね」

「あ。やっぱりエンジェル仮面の正体ってあいつよね」

 

 顔が見えないこと、髪型が変わっていること、使う魔法が違うことからルーシィは少し迷ったが、あの声としゃべり方はかつて戦った元六魔将軍(オラシオンセイス)のエンジェルを思い出させる。

 

「だとしたら、ロキ……」

 

 ルーシィが心配そうにロキを見る。エンジェルはロキの元オーナーであるカレンを直接殺している。

 ロキはルーシィの視線を受けて首を横に振った。

 

「前から言っているだろう。カレンが死んだのは僕のせいだ。それに今の彼女からはかつての邪悪さは感じない。まあ、今すぐ仲良くしろと言われたら流石に困っちゃうけどね」

「もう。言わないわよ、そんなこと」

 

 ロキが冗談めかしてウィンクした。思うところはあるだろうに、そうやって主に心配をかけないようにする気遣いには救われる。

 

「てか、エンジェル仮面ってそのままじゃない。隠す気あるのかしら……」

 

 正体がエンジェルだということを隠したいのならば、変装はなんの意味も為していない。ならば何故正体を隠すのだろうかとルーシィは首を捻った。

 ユキノがルーシィに尋ねかける。

 

「あの、あの方はルーシィ様のお知り合いですか?」

「うーん、まあ知り合いかな。エンジェルって言って前に戦ったことがあるのよね」

「そう、エンジェル様ですか……」

 

 そう呟くとユキノが俯く。

 その様子に心配になってルーシィが声をかけた。

 

「どうかしたの?」

「いえ、あの方から少し懐かしい感覚がしたもので……。でも、気のせいだったようです」

(そう、私にそんな都合のいいことが起きるはずが……)

 

 ルーシィたちが話している裏で、エンジェル仮面とウオスケの戦いも進んでいた。

 

「タイ……」

「何度やっても無駄だゾ」

 

 戦況はエンジェル仮面の一方的なものになっていた。

 ウオスケが渦潮帯、重力帯と環境を変化させても無効化されてすぐに元の地形に戻される。エンジェル仮面の翼と羽は魔法を吸収してしまうのだ。

 

「今までお前が使った魔力。まとめて返すゾ」

 

 エンジェル仮面が両手を前にかざす。背中の翼と地に落ちている羽から、魔力が白い光となってエンジェル仮面に集まっていく。

 

「くらえ、裁きの光! 因果応報、エンジェルビーム!!」

「ターイ!!」

 

 白い魔力光がウオスケを直撃。そのまま吹き飛ばされたウオスケは壁を突き破って見えなくなった。

 エンジェル仮面はへたり込むユキノに歩み寄ると手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

「気にしなくていいゾ」

 

 エンジェル仮面がユキノを引張り起こす。

 

(やはり、どことなく懐かしい感じが……)

 

 その横では、ロキがルーシィを抱え上げていた。

 

「僕たちも負けてはいられないね」

「何によ!?」

 

 ルーシィはすぐに暴れてロキから降りる。

 そこに、アルカディオスが杖をつきながらやってきた。気付いたロキがすかさず肩を貸す。アルカディオスはロキに礼を言うとエンジェル仮面に話しかけた。

 

「どなたかは存じぬが助太刀感謝する」

「礼はいらないゾ。こっちにも目的があっただけだゾ」

「目的?」

 

 アルカディオスが首を傾げたところで、エンジェル仮面が破壊した壁の向こうから声がしてきた。

 

「おーい。ルーシィ、ハッピー、シャルル、ユキノ、騎士のおっちゃん、みんな無事か」

「あ、ナツ!」

 

 壊れた壁を潜ってナツが姿を見せる。その後ろにはミラジェーン、ウェンディ、リリーの姿もあった。どうやら全員無事のようだ。

 

「どうやら、これで全員片付いたようね」

 

 ナツたちのさらに後ろからウルティアが姿を見せる。メルディ、リチャードもそれに続いた。

 

「なんで魔女の罪(クリムソルシエール)がここにいるのよ」

「私たちも気になってたんです。全員が集まったら事情を説明するって話なんですけど」

 

 ルーシィの疑問にウェンディが頷く。

 それを受けてウルティアが口を開いた。

 

「ある人物からの依頼よ。あなたたちを助けて欲しいってね」

「ある人物?」

 

 ルーシィたちは顔を見合わせるが心当たりは特にない。強いて言えば、エルザがジェラールに協力を頼んだくらいか。

 

「ほら、そろそろ出てきなさい」

 

 ウルティアに促されて、新たにマントとフードで姿を隠した人物が現われた。

 

「誰だお前?」

 

 ナツの問いかけにその人物がフードを外す。中から現われたのはもう一人のルーシィだった。

 

「ええええええ!」

 

 驚愕するナツたち。ジェミニでもエドラスのルーシィでもない。

 

「時空を超える扉エクリプス。私はそれを通ってきたの」

「エクリプス!? てことは……」

「そう、私は未来から来たの」

「な!!!」

 

 絶句するナツたち。沈黙が広がると、ウルティアがぱんぱんと手を叩いて注目を集めた。

 

「聞きたいことは山ほどあると思うわ。けど、今は脱出を優先しましょう。ここから出たら全部説明してあげるから」

 

 その言葉にミラジェーンが真っ先に頷いた。

 

「ここは言うとおりにしましょう。城を出て信号弾を上げなければいけないし」

「そうですね。みなさんにルーシィさんの救出に成功したことを知らせなければなりませんから」

「しょうがねえ。そうすっか」

 

 ウェンディとナツも同意する。他のメンバーも異論はないようだ。

 

「話が早くて助かるわ。リチャード、後は頼んだわよ」

「分かりましたデスネ」

 

 リチャードは天眼の力で位置関係を把握しながら、地下の岩壁、土壁もお構いなしに進んでいく。

 こうして、一同は何の問題も無く脱出に成功。クロッカスの外まで移動したのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 一方、大魔闘演武。

 

『あのルーファスが倒れた!? 勝ったのはグレイ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のグレイだ!!』

 

 グレイは激戦の末、少なからずダメージを負いながらも剣咬の虎(セイバートゥース)のルーファスを撃破した。

 

 一位 人魚の踵(マーメイドヒール)51P

 一位 妖精の尻尾51P

 

 これで、妖精の尻尾のポイントは人魚の踵に並んで同率一位となった。

 これには観客だけでなく、観戦する妖精の尻尾の他のメンバーたちも大いに沸き立つ。

 ウォーレンがメイビスに話しかけた。

 

「初代、次はどうなるんだ!?」

「私の計算が正しければ、ジュビアとシェリアがぶつかります」

 

 メイビスが言ったとおり、魔水晶映像(ラクリマビジョン)の一つに二人が遭遇した場面が映し出される。

 

「あのシェリアってのは自分の傷を回復しちまうんだろ?」

「どうやって倒せばいいんだ」

「足止めでいいのです。その間に――」

 

 

 

 エルザはメイビスが指示した場所へと足を運ぶ。

 そこには、想定通りの人物がいた。

 

「思えば、お前と剣を合わせたことはなかったな。カグラ」

 

 人魚の踵のカグラ。エルザにとっては友であるシモンの妹であると同時に、気の置けない友人でもある。

 

「仕方のないことだ。七年前の私では斑鳩殿やそなたと剣を競うには余りに未熟すぎた」

 

 カグラは小太刀の切っ先をエルザへと向ける。

 

「だが、今は違う。超えさせてもらうぞ、エルザ」

「ああ。だが、一対一とはいかないがな。出てこいミネルバ! 見ているのだろう」

「なに?」

 

 エルザの言葉に応えるように近くの空間が歪み、そこからミネルバが姿を現した。

 

「気づいておったのか、つまらん。そなたらの戦いに介入して驚かしてくれようと思っておったのに」

「初代にかかれば貴様の考えなどお見通しなのだ」

『こ、これは三つ巴か! 今大会屈指の女魔導士対決!! 生き残るのは誰だ!?』

 

 実況の興奮した声が響く。観客たちも注目していた。

 

「屈指の女魔導士か。最強と言ってもらえんのが些か気に障るが」

「当然だ。今大会最強は斑鳩殿だ」

「それについては認めてやろう。だが、そなたらごときはまとめて始末してみせようぞ」

「たいした大口だな」

「やってみろ」

 

 三人が同時に地面を蹴る。

 中心でエルザの刃とミネルバの手がぶつかり合う。ミネルバは手の周囲の空間を鉛のような性質にして刃とぶつけていた。

 対して、カグラは前進ではなく後退していた。

 

鎌鼬(かまいたち)

 

 飛ぶ斬撃が二人を襲う。二刀の小太刀から繰り出される連撃は驚異的だ。

 エルザもまた二刀でもってその斬撃を打ち落とし、ミネルバは空間の壁を作り出して防ごうとした。

 だが、鎌鼬はミネルバの作り出した空間を無視するかのように通過してその体を斬りつける。

 

「ばかな!?」

 

 それは斑鳩から習った剣である。空間の境界を透過する剣に、空間魔法の類いは非常に相性が悪い。

 なおも続くカグラの鎌鼬。このままではたまらないとミネルバは転移、カグラの背後へと回ると右手でその頭蓋を掴む。

 

「調子にのるでない!」

 

 ミネルバは左手の周りの空間を変化。爆発の性質を持たせてカグラへと叩き込まんとした。

 しかし、受けるカグラは冷静だった。

 

「王の前では(こうべ)を垂れよ。――重力圏(じゅうりょくけん)玉ノ座(ぎょくのざ)!!」

「があっ!」

 

 カグラの周囲における重力が増加。ミネルバは地面に叩きつけられた。左手も地面に接触、爆発は地面を破壊するのみだった。

 エルザがカグラめがけて駆ける。

 カグラはそれを目にして眉を顰めた。

 

「そなたがそのつもりなら……」

 

 カグラが重力圏を解く。

 エルザは一瞬、どういうつもりかと悩むが、すぐに悩みは捨てた。

 身に纏うは飛翔の鎧。速度を上げる鎧である。

 

「飛翔・音速の爪(ソニッククロウ)

 

 手にする双剣をもって、超速でカグラに斬りかかった。

 カグラは涼しい顔をしてその攻撃を捌く。そして、エルザの剣を受けながらも余裕があったカグラは、エルザを傷つけずに飛翔の鎧だけを破壊した。

 

「なんと……」

「これでも不服か、エルザ」

 

 その時、カグラとエルザを包むように空間の性質が変化。空気が重くのしかかり、二人の動きを拘束する。

 

「ネェル・ウィルグ・ミオン・デルス・アルカンディアス」

 

 カグラの足下でミネルバが呪文を紡ぐ。

 

「ャグド・リゴォラ!!」

 

 闘神の像が出現。同時に大地から光の柱が立ち上り、辺り一帯を破壊する。

 だが、巻き上がる粉塵が収まり、姿を現したカグラとエルザは大した傷も負っていない。

 

『無事だァ! なんという三人でしょうか! ヤジマさん、これまでの攻防をどうみますか!?』

『三人ともとんでもない魔導士だけどね。今のところ、カグラくんが頭一つ抜けている印象かね』

 

 空間を超えるカグラの剣はミネルバには防ぎようもなく、エルザ相手でも単純な斬り合いで上を行く。確かに、ヤジマの言うとおりカグラが優勢だ。

 

「くっ、よもやここまでやるとは計算外だ」

 

 ミネルバが忌々しげに歯がみした。

 

「少し趣向を変えよう」

 

 ミネルバの隣で空間が歪んだかと思うと、そこから人が現われた。

 

「先ほど捕らえた子猫だ」

「ミリアーナ!!」

 

 カグラとエルザの声が重なる。

 

「見えるか? この娘の苦しむ姿が。この空間の中で常に魔力を奪い続けておる。だが、安心するがよい。人質をダシに屈服させるつもりはない」

「ミリアーナを放せ」

「そなたらに王者の戦い方というものを見せてやろう」

 

 ミネルバはカグラの言葉を無視して喋る。

 カグラは更なる威圧を込めて睨み付けると小太刀を構えた。

 

「二度は言わぬ。私の仲間を解放しろ」

「奪って見せよ」

「ならば、望み通りに!」

 

 カグラが右の小太刀で鎌鼬を放つ。

 瞬間、ミネルバがいたはずの場所にエルザがいた。

 

「――!?」

 

 咄嗟にエルザが鎌鼬を防ぐ。

 

「入れ替わった!? ならばそこだ!」

「ぐっ! 貴様……!」

 

 すかさずカグラが左の小太刀で、エルザが先ほどまで立っていた場所に鎌鼬を放つ。予想通り、そこにいたミネルバはカグラの剣を受けた。

 その隙を逃すカグラではない。ミリアーナを拘束していた空間を切り裂くと救出してみせる。

 

「望み通り奪って見せたが。さて、王者の戦いというものをみせてもらおうか」

「お、おのれ。貴様、空間そのものさえ斬れるのか……!」

「その程度、やってみせなければ斑鳩殿には追いつけないのでな」

 

 これではミネルバがいかに空間の性質を変えて攻撃しても、その空間を切り裂いて魔法を無効化されてしまう。絶望的な相性の悪さであった。

 

「覚えておれ……」

 

 ミネルバは屈辱に顔を歪ませると、空間の歪みの中に姿を消した。

 

「ふん、さすがに追うのは骨が折れそうだ」

 

 迎え撃つならともかく、転移を使いこなす魔導士を捕まえるのは至難の業だ。青鷺をいつも見ているカグラとしてはそれが身にしみている。

 そんなことよりもと、カグラは助け出したミリアーナに声をかける。

 

「ミリアーナ、無事か?」

「う、ううん……」

 

 ミリアーナはゆっくりと目を開いた。

 

「ごめん、傷はないんだけど。もう魔力がほとんど吸われちゃってて……」

「気にするな。後は私に任せて休んでいろ」

「ありがとう、カグラちゃん」

 

 そう言うと、再びミリアーナは目を閉じた。

 直後、カグラは大声を張り上げると、こちらの様子を魔水晶映像で見ているであろう運営側にミリアーナの戦闘不能を伝えた。これにより、剣咬の虎に1Pが加算される。

 

 三位 剣咬の虎48P

 

「ありがとう、カグラ。ミリアーナを助けてくれて」

 

 エルザがカグラに声をかけた。

 

「気にするな。ミリアーナはギルドの仲間だ。当然のことをしたにすぎない。それよりも」

 

 カグラがエルザに小太刀の切っ先を向ける。

 

「そなた、第二魔法源(セカンドオリジン)を隠しているな」

「……気付いていたのか」

「当然だ。第二魔法源を解放しておいて、そなたがその程度なわけがなかろう」

 

 カグラの指摘を受けて参ったと肩をすくめた。

 

「確かにその通りだ。だが、決してお前を侮っていたわけではない。切り札としてとっておきたかったのだ」

「それを侮っていると言うのだ。私は出し惜しみをして勝てるほど甘くはない。それは思い知ったはずだが?」

「そうか。わざわざ重力圏を解いて私と正面から斬り合ったのはそのためか」

 

 カグラがそうだと頷く。

 そして、エルザは確かにカグラを侮っていたのかも知れないと思い直した。エルザはカグラのことを実の妹のように可愛がっているが、それ故に対等に見ていなかったのかも知れない。

 

「仕切り直しといこう。今度は出し惜しみなしだ」

「それでいい。とはいえ、ここにはミリアーナがいる。場所を変えるぞ」

「分かった」

 

 そうして、カグラはミリアーナをそっと寝かせると、エルザと連れだって戦うに適した場所を探して歩き去る。ミリアーナのマントの中でもぞもぞと動くものに気付かぬままに。

 

 

 

 踏みしめる大地、全てが敵か。

 それが、ジュラと戦う斑鳩が抱いた印象だった。

 ジュラの魔法は土魔法。土を岩石のように硬化させてそれを自在に操るものだ。

 一箇所に留まっていれば即座にやられてしまうだろう。

 

崖錐(がいすい)!」

 

 地面が柱のように隆起する。

 斑鳩はそれを避け続けるが、次々と地面が隆起して斑鳩を追う。その速度は斑鳩の上を行った。

 限界を感じた斑鳩は高く跳躍。空中に飛べばもはや避けることは不可能、故に斑鳩は迎え撃つ。

 

「無月流、迦楼羅炎(かるらえん)

 

 巻き起こる炎が迫る柱を粉砕する。

 夜叉閃空ではだめだ。斬ったところで、その破片を操って攻撃してくるのだから完全に破砕しなければならない。

 焼き尽くした大地に斑鳩が着地。再び突き上げられる前に即座に移動を開始する。

 

「はっ!」

 

 ジュラの前方の地面、その表面がこそぎとられたように剥げる。そして剥ぎ取られた表面の土は硬い岩石のつぶてとなって斑鳩を襲った。

 

「無月流、天之水分(あめのみくまり)

 

 斑鳩は周囲に力の流れをつくる。迫る土のつぶてを流して避けた。

 これで手が空いた斑鳩は反撃の手を打った。

 

「無月流、夜叉閃空!」

「岩鉄壁!」

 

 しかし、斑鳩の剣はジュラに防がれる。二人の距離が少し遠かった。

 ジュラの魔法構築速度、反応速度は驚異的だ。防がれるより速く斑鳩の剣を届かせるには限りなく近づかなければならない。

 一体、どれほどの攻防が繰り広げられたのであろうか。

 とっくに並んでいた家々は瓦礫と化している。周囲の地形はジュラの魔法で変わり果て、斑鳩に焼かれて荒野と化している。

 まさに天変地異が通った後とでも言うべきか。

 だが、戦いは終わりへと確実に近づいていた。

 いかにジュラといえど、斑鳩の神速の剣を全て防ぎきるのは不可能。体には幾太刀もの傷が刻まれていた。

 対して、斑鳩の息は非常に荒い。ジュラの魔法に捕まらないように、常に動き続けながらの戦闘である。消耗の度合いはジュラの比ではない。

 故に、二人は互角の攻防を続けながら勝利に繋がる一手を探し続けていた。

 そして、その一手が訪れる。

 

「ぷはぁっ!」

 

 斑鳩の息が限界を迎えた。呼吸がつまり、体がふらつく。

 その隙を見逃すジュラではない。

 

「は!」

「ぐう!」

 

 飛来した岩石のつぶてが斑鳩の体を直撃する。それも、一つに留まらない。どんどんと集まるつぶてが斑鳩を包み込み、岩山の中に閉じ込めた。

 

「覇王岩砕!!」

 

 そして、斑鳩を包み込む岩山が爆発した。

 捕まったが最後、不可避の一撃。だが、ジュラはその魔法が失敗したことを即座に理解する。

 ジュラが岩山を爆発させる寸前、内から溢れ出す炎が岩山を爆発させていたのだ。

 

「はあ、はあ……」

 

 その炎は斑鳩が発した迦楼羅炎。

 だが、斑鳩自身がその魔法で火傷を負っている。さらには刀を握る右腕が力なく垂れ下がっていた。斑鳩を岩山に閉じ込める際、つぶての一つが右腕を直撃していたのだ。

 魔水晶映像で見ていた観客たちはついに決着かと思ったが、相対するジュラはまだ終わっていないと直感する。いまだ斑鳩の目は戦意に溢れている。

 

「――無月流、菊理姫(くくりひめ)

 

 斑鳩の体に覆い被さるように、夜叉の幻影が出現する。

 

「鳴動富嶽!」

 

 危険だ、そう思ったジュラは即座に斑鳩を攻撃した。

 それを斑鳩はすぐに回避する。体はボロボロのはずなのに、移動速度は戦闘開始時より余程速い。

 そして、斑鳩はダメージを負っているはずの右腕を振り上げた。

 

「無月流、夜叉閃空」

「岩鉄へ――くっ!」

 

 ジュラが防御するより速く、斑鳩の剣が届く。その剣速もこれまでで最速だ。

 

(ここに来てこれほどの力を隠していたとは……! だがその力、長くは続くまい)

 

 どう見ても斑鳩は無理をして限界以上の力を引き出している。リスク無くこの力を使えるのならば最初から使っていたはずだ。

 このジュラの読みは正鵠を射ていた。

 菊理姫は夜叉の幻影が肉体を操り、限界を超えて動かしてくれる。まあ、その菊理姫にもまた限界はあるのだが。ここまで使わなかったのは万全の状態からだろうが、満身創痍の状態からだろうが菊理姫を使った斑鳩の実力は変わらないからだ。そして、無理をした分のダメージはそのまま斑鳩に返っていく。

 また、菊理姫の発動条件には自己暗示にかけて精神力を強化するものがあり、その自己暗示が解けてしまえば菊理姫の効果は自動的に消える。自己暗示にかかっていられる時間は、七年前は数秒だったが、今は一分近く菊理姫を維持できる。

 

(その間にジュラはんを倒す!)

 

 夜叉閃空・狂咲(くるいざき)が使えればいいのだが、これを使えばジュラを倒しても確実に戦闘不能になる。相手に対して必殺であるのだが、同時に己に対しても必殺の技だ。言うなれば、強制的に勝負を引き分けにする技と言ってもいい。

 戦況を整理しよう。

 制限時間は菊理姫解除までの一分間。その間に斑鳩がジュラを倒せば斑鳩の勝ち。ジュラがその時間を耐えきればジュラの勝ちだ。

 

「巌山!」

「夜叉閃空!」

 

 土の像がジュラを覆い、斬撃からその身を守る。ジュラが使う魔法の中でも最高硬度の防御魔法だ。斑鳩の攻撃を見てからの発動では間に合わないと先に防御を固めたのが功を奏し、斑鳩の攻撃を防ぐことに成功した。

 だが、菊理姫によって斑鳩の攻撃の威力もまた跳ね上がっている。巌山といえど、何度も耐えられるものではない。迦楼羅炎ならばなおさらだ。

 斑鳩が刀に炎を灯す。それを放つよりも速く、斑鳩の四方を岩壁で覆って閉じ込めた。

 

「迦楼羅炎!」

 

 だが、そんなことお構いなしに斑鳩は剣を振う。炎は壁を突き破り、その先にそびえ立つ巌山をも破壊した。しかし、

 

「いない!?」

 

 破壊された巌山の中にジュラの姿はない。元々、迦楼羅炎を防ぎきれるとは思っていないジュラは巌山を捨てて移動していた。

 

「お主の限界を迎えるまで耐え抜く。しかし、ワシから攻撃しないなどとは言っていない」

 

 ジュラが合掌すると同時、斑鳩を囲む四方の壁にひびが入り崩れ去る。それによって造られたつぶてが斑鳩を襲った。壁は防御ではなく斑鳩を倒すための布石であった。

 四方を囲まれ回避は不能。

 

「天之水分!」

 

 すぐに壁の外を探知する。しかし、ジュラはこれにも対策済み。

 壁の外にはこんもりとした小山がいくつも出来ていた。その小山のどこかにジュラは潜んでいるのだろうが、天之水分ではそこまでは判断できない。

 制限時間も残り僅か。小山の一つに一か八かで攻撃を仕掛けるか。否、そんな運任せなどしていられない。ならば、全てまとめて破壊する。

 斑鳩は迫るつぶてに目もくれず、刀を地面に突き立てた。

 

「無月流、迦楼羅炎・憤激!」

 

 刀から迸る炎が大地の中を伝わる。

 

「こ、これは――!」

 

 ジュラが気づくがもう遅い。

 

 

――大地から噴き出す炎が、辺り一帯を吹き飛ばした。

 

 

『こ、これは一体!? 二人はどうなってしまったのでしょうか!!』

 

 実況がみつめる魔水晶映像には、積み重なる瓦礫と幾筋もの黒い煙が立ち上る光景だけが映っていた。さながら戦争の後のような有様だ。

 

『おや、瓦礫が盛り上がっていく場所があります! それも二箇所!!』

 

 瓦礫が押しのけられ、中から斑鳩とジュラが姿を現す。両者とも、誰が見ても満身創痍だと理解できる。

 二人は視線を合わせる。そして、ジュラがにやりと笑い、

 

「お見事……」

 

 そう言ってぐらりと体を傾けると、そのまま地面に倒れ込んだ。

 そして、斑鳩は左手で刀を天高く掲げた。

 

『ジュラ倒れる! 聖十(せいてん)同士の戦い、勝者は斑鳩だァァ!!!!』

『オオオオオオ』

 

 闘技場に割れんばかりの歓声が轟いた。

 

「よき、魔闘でした……」

 

 斑鳩はただそれだけを呟いた。渦巻く感慨はとても言葉には出来そうにない。

 

「さて、少し休んだらまた行きまへんと」

 

 負った傷はどうにもできないが、体力さえ戻ればまだ戦える。右腕は無理そうだが、左腕はまだ動く。菊理姫の反動で全身が痛むが戦闘不能になるほどではない。

 そんな斑鳩を少し離れた場所で観察する人影があった。

 

「王者は美味いものしか食わぬのだ。人魚の頭はいただくぞ」

 

 ミネルバはそう言って、空間のひずみの中へと姿を消した。

 

 一位 人魚の踵56P

 二位 妖精の尻尾51P

 

 人魚の踵に5Pが加算され、再び単独一位に立つ。

 

 

 

 その頃、ラクサスとオルガが戦いを繰り広げていた。

 ラクサスの雷とオルガの黒雷がぶつかり合う。

 

「まじかよ、こっちは神の雷だぜ」

 

 戦況はラクサスが優勢。ラクサスがオルガの黒雷を食っていた。

 ナツから神の炎は食うために大きな器が必要だと聞いている。ナツは神の炎を食うために自分の魔力を空にして器を作り出したと言っていたが、ラクサスは問題なく食っていた。

 そもそもの魔導士としての力量が、ラクサスの方が圧倒的に上だったのだ。

 

「なるほど、これが神の雷。ずいぶんと濃い味だ」

「はっ、思った以上にアツイやつだぜ」

 

 オルガは臆すことなく好戦的な笑みを浮かべている。オルガは相手が強力であるほど熱くなる性格だった。

 ラクサスはそういった手合いは嫌いではないが、だからといって手加減をすることなどあり得ない。ラクサスの雷と黒雷が融合する。

 

「竜神方天戟!!」

 

 黒い雷で形作られた方天戟がオルガに迫る。それが直撃する寸前、横から飛んできた白い光にオルガが吹き飛ばされた。

 方天戟は大地を、空気を、えぐり取りながらクロッカスの街を横断するがオルガに直撃することはなかった。

 

「誰だ」

 

 ラクサスが白い光が飛んできた方向に視線を向けると、そこにはスティングが立っている。

 

「おい、スティング! なんのつもりだ、作戦はどうしたんだよ!!」

 

 オルガもスティングに気がついて叫びをあげた。

 作戦とは、スティングは終盤まで戦わないというものだ。戦いによって傷ついた強力な魔導士たちを万全のスティングがまとめて倒す。そうすることで一気にポイントを獲得して首位に立つという話だったのだが。

 

「ラクサスさんを倒さなきゃ勝ちはない。オレは負けられないんだ。協力してくれ、オルガ」

 

 スティングは姿を隠し、各地の様子を探ったがラクサスを倒せる戦力が残っていない。一対一で対抗できそうなのはジュラ、斑鳩、カグラ、ミネルバくらいだとみていた。

 しかしジュラは倒れ、斑鳩はジュラとの戦いで消耗し、カグラもエルザとの戦いでどうなるか分からない。ミネルバも、弱っているとはいえこれから斑鳩と戦い、その後はエルザとカグラ、どちらか生き残った方とも戦いに行くことになるだろう。ラクサスと戦えるほどの力が残せるかと言われればあまり期待はできない。

 そして、最後に万全のラクサスとスティングが残ったなら、どちらが優勢か分からないスティングではなかった。

 

「しょうがねえ。協力してやる」

「ありがとう」

 

 オルガもスティングがレクターのために負けられないことを知っている。わがままを通さず、ラクサスを倒すために協力することに頷いた。

 

「おもしろくなってきやがった」

 

 ラクサスは笑うと、再び雷をその身に纏う。

 

 

 

「鉄影竜の咆哮!!」

「ああああ!」

 

 ローグの影を取り込み、二つの属性を得たガジルの咆哮。その直撃を受けてローグはもう体を動かせない。

 ローグ戦闘不能により、妖精の尻尾に1Pが加算される。

 

 二位 妖精の尻尾52P

 

「クク、所詮今のローグにはこの程度か」

「ア?」

 

 ローグの体から影の一部が離れてどこかへと消えた。

 戦いが始まった当初、ローグはガジルに手も足も出なかった。しかし、様子が変わったと思ったら急激にパワーアップしたのだ。

 目覚めたローグはその間のことを何も覚えてはいないようだった。

 丁度その時、クロッカスの外で信号弾が上がるのが見えた。あれはルーシィ救出成功の合図だったはずだ。

 

「お、火竜(サラマンダー)たちの方は成功したみてえだな」

 

 ローグに起きた変化に疑問を抱きつつ、ガジルはその場を後にした。

 

 

 途中経過。

 

 一位 人魚の踵56P

 残りメンバーは斑鳩、カグラ。

 

 二位 妖精の尻尾52P

 残りメンバーはエルザ、ラクサス、ガジル、グレイ、ジュビア。

 

 三位 剣咬の虎48P

 残りメンバーはミネルバ、スティング、オルガ。

 

 四位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)43P

 残りメンバーはリオン、シェリア。

 

 五位 青い天馬(ブルーペガサス)31P

 全滅により順位確定。

 

 六位 四つ首の仔犬(クワトロパピー)16P

 全滅により順位確定。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 影は真っ直ぐに、信号弾が上がった場所へと向かっていた。

 

(なぜそうなったかは知らんが、ルーシィとユキノの匂いをあそこから感じる)

 

 影の正体は未来から来たローグであった。

 

(エクリプスからドラゴンを呼び出し、オレが編み出した操竜魔法で支配する。そうしてオレがこの世界の支配者となるのだ。既にエクリプスの鍵は開いた。後は、扉を閉じることができる星霊魔導士に死んでもらうのみ)

 

 周りにはナツたち妖精の尻尾の面々や、知らない匂いも感じるがそんなものはどうでもいい。ルーシィとユキノを殺す程度はどうにでもできる。

 

 

 

 その未来ローグの心の声をエリックが逃さず拾った。

 

「見つけたぞ。野郎、城じゃなくて街の方にいやがった」

 

 エリックが街を振り返って言う。未来ローグの心の声を聴いて、エリックは全てを理解した。

 

「未来から来た男の目的はエクリプスからドラゴンを呼び出し、そいつらを操ることで世界を支配することだ。ドラゴンは扉から来る。姫は騙されてんだ」

「何!? ドラゴンを操るなんてことができるというのか!」

 

 ジェラールが思わず叫んだ。

 

「できる。少なくともヤツはそのつもりだ。ジェラール、マクベス! てめえらは姫の所に行って止めてこい。扉さえ開かなきゃドラゴンは来ねえ。何の問題は無いんだ」

「わかった。だが、お前はどうする」

「オレはヤツを止めに行く。ルーシィとユキノが狙われてんだ。近づかれると面倒だ。その前に叩く。ソーヤー、十分休んだだろ。オレを運んでくれ」

「オーケー、わかったよ」

 

 四人は顔を合わせてうなずき合う。

 

「次に会うときは全てが終わってからだ」

「おう!」 

 

 ジェラールの言葉に応じると、四人は為すべき事を為すために互いに背を向けて進んでいった。

 




エンジェルの新魔法
○天使の翼
・背中に大きな純白の翼が生える。
・翼、および羽は魔法を吸収して魔力に変える。
・その魔力を自分のものとして使える。
・羽に込められた魔力は他人に受け渡しが出来る。
・人間などから直接魔力を吸収することはできない。そのため、物理攻撃には弱い。

・スティングとは相性最悪なもよう。

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