“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第三十九話 海戦

「エリックたちが到着できるのは最終日か。少し遅いな」

「そうね。エクリプスがそれまで開かれずにいる保証はないんだし」

 

 ジェラールとウルティアが言葉を交わす。

 七月四日、早朝。ジェラールたちは今後の方針について話し合っていた。

 

「ここはやはり、少し様子を探るべきか」

「でも危険だよ。大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の騒動もあって、ドムス・フラウには評議院が詰めてるんだから」

 

 メルディの言葉にジェラールが首を横に振った。

 

「むしろ評議院がドムス・フラウに詰めている今がチャンスだ。かえって華灯宮の様子は探りやすい」

「だとしても王の居城よ。警備は十分に厚いはずだわ」

「そうそう。ウルの言うとおりだよ」

 

 そこで、むっすりとした様子のソラノが口を開いた。

 

「みんな回りくどいゾ。さっさと乗り込んで破壊してくればいいんだゾ」

 

 ウルティアが溜息とともに頭を抱えた。

 

「…………メルディ」

「はいはーい。私たちはあっちに行ってようねー」

「むう、不満だゾ」

 

 メルディがソラノを引きずって離れていく。

 

「まったく、あの子は……」

「大切な妹がエクリプスなどという危険な代物に関わっているんだ。許してやれ」

「分かってるわよそれくらい」

 

 ウルティアも、ソラノが不満を口にはしても行動には移さず我慢してくれているだけありがたいとは思っている。

 

「まあいいわ。それで話は戻るけど、様子を探ることには賛成よ。ただ、その人員は……」

「オレが行こう」

「やっぱり、そのつもりだったのね」

 

 やれやれとウルティアが肩を竦める。

 

「一人で行く気?」

「ああ、逃げ足はオレが一番速い。それに、姫がエクリプスを開く決断をした理由も気になる。ウルティアたちには引き続き何か異常が無いか、様子を伺っていて欲しい」

「それもそうね。わかったわ、それでいきましょう。ただ、さっきも言ったけれど警備は十分に厚いはずよ。見つからないように気をつけなさい」

「分かっている。へまはしないさ」

 

 こうして、ジェラールはクロッカスの街へと向かった。

 ウルティアたちは、エリックたちにも道すがら何か異常が無いか観察してほしいと連絡を入れ、自分たちもクロッカス及び大魔闘演武の監視を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 大魔闘演武四日目。

 ゲストにはシェラザード劇団座長、ラビアンを迎えて行われていた。

 四日目の競技パートは海戦(ナバルバトル)

 闘技場中央には、球状の水中闘技場が浮かんでいる。この水中闘技場から外に出てしまったら負け。最後まで残った者が勝者である。

 ただし、最後に二人残った時に特殊ルールが追加される。最後の二人になってから、五分の間に場外に出てしまうと最下位となってしまうのだ。

 出場選手は各チーム一名。

 

 

 人魚の踵(マーメイドヒール) カグラ

 剣咬の虎(セイバートゥース) ミネルバ

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) シェリア

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)B ジュビア

 妖精の尻尾A ルーシィ

 青い天馬(ブルーペガサス) ジェニー

 四つ首の仔犬(クワトロパピー) ロッカー

 

 

 先日、大鴉の尻尾が失格となったため競技は七チームで行われる。

 

『さあ、始まりました四日目競技パート』

『水中相撲っていったトコかね』

『楽しみですね。ありがとうございます』

 

 続々と水中闘技場に選手が入場。

 カグラも中へと入る。

 

「水中はあまり得意ではないが。重力魔法を駆使すればなんとかなるか」

 

 そこで、大歓声が上がった。見れば、剣咬の虎のミネルバが登場したところだった。

 

「剣咬の虎、ミネルバ。参るぞ」

 

 一瞬、カグラとミネルバの視線が合う。しかし、すぐにミネルバの視線は逸らされた。

 

(なんだったのだ?)

 

 カグラは少し首を捻るが、どうでも良いことかとすぐに頭の中から追いやった。

 

『これはまた華やかな絵になった! 各チーム女性陣が水着で登場!!』

『ありがとうございます!!』

 

 興奮する実況席。四つ首の仔犬のロッカーは目に入っていないらしい。

 

『ルールは簡単、水中から出たら負け!! 海戦開始です!!』

 

 試合開始の銅鑼が鳴らされる。

 同時にルーシィが黄金の鍵を取り出した。

 

「早速だけどみんなごめんね! 開け宝瓶宮の扉、アクエリアス!!」

 

 召喚された星霊はアクエリアス。人魚の姿をした、水を自在に操る星霊である。

 

「水中は私の庭よ!」

 

 アクエリアスは、その力をもって激しい水流を引き起こした。

 だが、ジュビアがそれに対抗する。

 

「させない、水流台風(ウォーターサイクロン)!」

 

 アクエリアスとジュビアの間で激しい渦がぶつかりあって相殺した。

 

「これは助かったと言うべきか」

 

 そう言うカグラの視界の端で青い天馬のジェニーが動く。

 

「だったら今のうちにまず一人!」

「ワイルドォ!!」

 

 ジェニーが勢いよくロッカーを蹴り飛ばした。

 そのままロッカーは闘技場の外に出る、かと思われた。

 

「なんで!?」

「わ、ワイルドぉ?」

 

 ロッカーの体が闘技場の端でぴたりと止まったのだ。ロッカー自信も不思議そうにしている。

 

「それでは困る。最下位は人魚と決めておるのでな」

 

 ミネルバはそう言うと視線をカグラに移し、魔法を発動した。

 

『お、おや? これは一体どういうことでしょうか……』

 

 実況の困惑した声が響く。それにつられ、ジュビアとアクエリアスの攻防に目を向けていた観客たちもそれに気付いた。

 

「これは、やられたな……」

 

 いつの間にか、カグラが闘技場の外に出ているのだ。

 

『一体、何が起こったのでしょうか!? カグラが場外にいます!!』

 

 カグラが水中闘技場を見上げる。

 再びミネルバと視線が合った。ミネルバは不敵な笑みを浮かべている。

 

(この感覚はおそらく空間魔法。他の魔導士が使う魔法は分かっている。消去法でおそらくヤツの仕業だろう)

 

 その後も、カグラとミネルバを抜いて戦いが繰り広げられた。

 まず、動きがあったのはルーシィとアクエリアスだった。

 

「このままじゃラチがあかない! 一旦戻るよ」

「え、何でよ!? 水中じゃ一番アンタが頼りになるんだから」

「デートだ」

「ちょっと!!」

 

 アクエリアスが星霊界へと帰ってしまう。その隙をついてジュビアの水流がルーシィを押し流すが、召喚したバルゴとアクエリアスに受け止めてもらい場外に出るのは避けられた。

 しかし、これでジュビアが自由となる。

 

「全員まとめて倒します! 水中でジュビアに勝てる者などいない!!」

 

 闘技場の水をジュビアが支配していく。

 

第二魔法源(セカンドオリジン)の解放により身につけた新必殺技。届け愛の翼、グレイ様ラブ!!」

「やめろおお!!」

 

 大量のハートマークとともに激しい水流が巻き起こる。たまらずロッカー、ジェニー、シェリアが順番に場外となってしまう。同時に、グレイの悲鳴も会場に響き渡った。

 

『なんとジュビアがまとめて三人も倒してしまった! 水中では無敵の強さだ!!』

(ジュビアを見て萌えてくれましたかグレイ様!)

 

 ジュビアが期待をこめて観客席を見る。そこにはどん引きしているグレイがいた。

 

「引いてる!! ──って、え?」

 

 ジュビアがグレイのリアクションを見てショックを受けていると、いつの間にか闘技場の外に出ていた。カグラの時とまったく同じだ。

 

『残るはミネルバとルーシィの二人のみ! さあ、勝つのはどっちだ!!』

 

 ここから、五分間ルールが適用される。今から五分の間に場外となった方は最下位となってしまうのだ。

 

「妾の魔法なら一瞬で場外にすることも出来るが、それでは興がそがれるというもの。五分間堪えるのだぞ、妖精の尻尾」

 

 ルーシィの隣に、大きな気泡が出現する。

 

「何これ。──きゃあ!!」

 

 気泡はルーシィに接触すると同時に爆発。水中にも関わらず、かなりの熱をもっている。

 続いて、ルーシィの頭に殴られたような衝撃が走った。

 

「うあっ! 今度は重い、鉛のような……」

 

 やられたばかりではいられないと、腰につけていた鍵の入ったホルダーに手を伸ばす。しかし、そこには何もついてはいなかった。

 

「いつの間に!?」

 

 鍵はミネルバの手のうちに握られている。これでは、ルーシィは魔法を使うことが出来ない。

 強い衝撃でルーシィが吹き飛ばされる。

 

『このまま場外に出ると最下位だ!!』

 

 実況のチャパティが叫ぶ。

 しかし、ルーシィの体は場外となる寸前で停止した。

 今度はミネルバの目前に転移する。がしりと、ミネルバがルーシィの首を掴んだ。

 

「安心せよ。そなたを最下位にはしない。最下位は人魚と決めておるのでな」

「うう……」

 

 苦しそうにルーシィが呻く。ミネルバは首を掴んでいた手を放すとルーシィを思い切り蹴り飛ばした。

 

「ただし五分間、妾に付き合ってもらうがな!」

「きゃああああ!!」

 

 ルーシィが場外になりかけるが、また途中でぴたりと停止する。

 そこからは、ミネルバの一方的な蹂躙だった。

 爆発が、鉛で殴られたような衝撃が、電撃が、様々な苦痛が何度もルーシィを襲う。また、ミネルバの目前に連れてこられては殴られ、蹴られる。それを繰り返し、やがて気を失ったのか、ルーシィは悲鳴すらあげなくなった。

 

『ここで時計は五分が経過! 同時にレフェリーストップで競技終了!! 勝者ミネルバ、剣咬の虎、やはり強し!! ルーシィ、さっきから動いてませんが大丈夫でしょうか!?』

 

 ようやくミネルバの手を離れ、ルーシィの体が水中闘技場から落下。急いでかけつけたナツとグレイに抱きとめられる。

 競技に参加していたシェリアが天空魔法ですぐに応急処置を行った。遅れて駆けつけたウェンディからも処置を受けた後、ルーシィは衛生兵に連れられて医務室へと運ばれていく。

 同じく、闘技場に駆けつけたエルザがミネルバを睨む。ミネルバはゆっくりと水中から出てくるとエルザを見下ろした。

 

「その目は何か? 妾はルールにのっとり競技を行ったまでよ。むしろ二位にしてやったのだから感謝してほしいものだ。そんな使えぬクズの娘を」

 

 その言葉に、ナツが殴りかかろうとするがエルザが遮って止めた。スティング、オルガ、ルーファスもミネルバを庇うように間に入り、雰囲気はまさに一触即発。会場も不穏な空気にざわめいた。

 

「最強だかフィオーレ1だか知らんが、一つだけ言っておくぞ。おまえたちは一番怒らせてはいけないギルドを敵に回した」

 

 エルザはそれだけを言い残し、ルーシィの見舞いが先だと、ナツを言い聞かせて引き下がっていく。

 

「フフ、生意気な者どもだ。しかし、もう一人妾に文句を言いたい者がいるようだ」

 

 ミネルバが視線を移せば、仁王立ちでミネルバを真っ直ぐに見据えるカグラの姿があった。

 

「妖精の尻尾以外は興味がねえ。お嬢、先に戻るぜ」

 

 そう言ってスティングが去って行く。構わないと、ミネルバもそれを見送った。

 

「ルーファスとオルガも戻っておれ。戦いにはならん」

「では、私も失礼させてもらうとしよう」

「じゃあ、オレも戻るか」

 

 二人もスティング同様に去って行く。後にはミネルバとカグラが残された。

 

「さて、なにやら言いたいことがあるようだが?」

「聞こえたぞ。どうやら私を最下位にしたかったようだが、最後に私を残し五分以内に場外にさせればよいだけのこと。そなたの魔法ならばそれも可能だったはずだ。何故わざわざあのような非道を為した」

「フフ、そんなことか」

 

 簡単なことだとミネルバが笑う。

 

「気にくわなかったのだ。七年前最強だったか知らぬが、今更現れおって目立ちよる。今では剣咬の虎で無く妖精の尻尾を応援する者とて現れ始めた」

「そんなことのために、貴様はあのような非道を」

「そんなことだと?」

 

 突然、ミネルバの表情から笑みが消える。そして、ミネルバはカグラを睨み付けた。

 

「弱者に価値などない。剣咬の虎は頂点でなければならないのだ。それを脅かす者は誰であろうと許しはせん」

「お前……」

 

 カグラは少し意外に思った。ミネルバの行いは非道の一言に尽きるが、その根底には己のギルドへの愛情が確かに存在している。

 

「そして、妖精の尻尾以上に妾たちを脅かしているのはそなたらだ、人魚の踵。六年前の大魔闘演武で優勝し、その後は表舞台から姿を消した。そのせいで妾たちが優勝しても、もし戦えばどちらが強いかなどと人々は口にする」

「その話は、そなたらが優勢だという見解が主流だと聞いたが?」

「それでも、そなたらの存在が妾たちの最強という称号に影を差していることになんら違いはあるまい。その上、今大会では随分と恥をかかせてくれたものよ。許すことなどできはしない」

 

 そういってミネルバは歩き出し、すれ違いざま再び足を止めた。

 

「今回はこの程度で済ますが、最終日は覚悟しておくがよい」

「こちらの台詞だ。せいぜい、水底に引きずり下ろされないよう気をつけることだな」

「水中戦で最下位をとった人魚がほざきおる」

 

 ミネルバが去って行く。それをカグラは黙って見送った。

 そのやりとりを斑鳩は観客席から見守っていた。

 

「最強どすか。目指すのはいい。けれど、執着のあまり周りが見えなくなれば、後に待つのは孤独だけだというのに……」

 

 そう呟き、斑鳩は腰の剣へと視線を落とした。

 

 

 一位 “剣咬の虎”ミネルバ

 二位 “妖精の尻尾A”ルーシィ

 三位 “妖精の尻尾B”ジュビア

 四位 “蛇姫の尻尾”シェリア

 五位 “青い天馬”ジェニー

 六位 “四つ首の仔犬”ロッカー

 七位 “人魚の踵”カグラ

 

 

 以上の結果をもって四日目競技パート、海戦が終了したのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 四日目のバトルパートはこれまでと違い、タッグバトルとなっている。

 また、バトルパートの組み合わせの都合上、チームの数が偶数でなければならないため、妖精の尻尾にチームを統合するように通達がされた。ポイントは低い方に順じ、海戦の結果もふまえてAチームの35Pとなった。

 妖精の尻尾がチームの再編を終え、闘技場に姿を現すと一日目のブーイングが嘘のような大歓声で迎えられた。たった四日でかつての人気を取り戻したのだ。

 

 

 第一試合は“青い天馬”一夜・謎のうさぎの着ぐるみ vs “四つ首の仔犬”バッカス・ロッカー。

 この試合で、ついにうさぎの着ぐるみに入っている人物の正体が判明する。それはエクシードのニチヤだった。一夜と全く同じ顔をしている。

 だが、ニチヤに戦闘能力は全くなく、あっと言う間にバッカスにやられてしまった。しかし、それがかえって一夜に火をつけることとなる。ニチヤに勝利を捧げるため、力の香り(パルファム)で肉体を強化した一夜は、二対一にも関わらずバッカスとロッカーに勝利したのだった。

 

 

 第二試合は“人魚の踵”斑鳩・青鷺 vs “蛇姫の鱗”リオン・ユウカ。

 

「なんで向こうに斑鳩がいるのにジュラさんが出ねえんだ」

 

 組み合わせを見て思わずユウカがぼやいた。

 

「聖十大魔導同士の戦いは天変地異が起きるとも言われている。闘技場でぶつけるには危険という運営の判断かもしれん。それに、一日目でジュラさんはバトルパートに出ているのだから仕方ない。ぼやいてないで全力でぶつかるぞ」

「分かったよ……」

 

 そして四人は闘技場の中央で相対し、試合開始の銅鑼が鳴らされた。

 

「アイスメイク“白龍(スノードラゴン)”!」

 

 開始と同時、リオンが仕掛けた。氷の龍が斑鳩を襲う。

 

「はっ!」

 

 しかし、斑鳩はそれをたやすく切り刻んだ。龍は氷の破片となって宙を飛び散った。

 

「ユウカ!」

「ああ!」

 

 すぐにユウカがリオンの前に波動を展開。波動はあらゆる魔法を中和して無効化する。ユウカによって守られている間に、リオンが次のアイスメイクの準備を始めた。時間をかけ、ありったけの魔力を込めて造形魔法を行使しようとしたのだ。

 

「良い連携どす。ですが、相手はうち一人じゃないんどすよ。──サギはん」

「……ん」

 

 影化した影狼が地面を縫って回り込み、ユウカの足下に絡みつく。斑鳩を警戒していたことに加え、氷の破片によって視界が悪くなったことも合わさり二人は影狼に気がつくことができなかった。

 

「……跳べ」

「なに!?」

 

 リオンの前からユウカの姿が消える。残されたのは無防備なリオンのみ。

 一方のユウカは青鷺のもとに跳ばされていた。突然視界が切り替わり、波動が展開していない後方を青鷺にとられた。

 

「無月流、夜叉閃空」

「……眠れ」

 

 斑鳩の斬撃がリオンを襲い、慌てて振り返ったユウカの鳩尾に青鷺の拳が打ち込まれる。

 たまらず二人は倒れて試合終了。人魚の踵が苦もなく勝利したのだった。

 

 

 第三試合は“妖精の尻尾”ナツ・ガジル vs “剣咬の虎”スティング・ローグ。

 現最強ギルドと七年前の最強ギルドの戦い。加えて四人全員が滅竜魔導士とあって期待も大きい。

 しかし、闘技場を破壊するほどの戦いとはなったものの、最終的にはナツが一人でスティングとローグの二人を圧倒した。

 期待とは異なったものの、ナツはその圧倒的な実力で会場を沸かせるのだった。

 

 

 これで、大魔闘演武四日目が終了。

 

 

 一位 人魚の踵 48P

 二位 妖精の尻尾 45P

 三位 剣咬の虎 41P

 四位 蛇姫の鱗 35P

 五位 青い天馬 31P

 六位 四つ首の仔犬 16P

 

 

 六年前の最強ギルド、七年前の最強ギルド、現最強ギルドの点数がどれも40台となり、評判通りの実力を示した。蛇姫の鱗と青い天馬は少し離されてしまったが、十分最終日で逆転が期待できる範囲でとどまっている。四つ首の仔犬は他五チームに少し離されてしまう形となった。

 一体どこのギルドが優勝するのか。

 残すは、一日の休憩を挟んだ後に行われる最終日のみとなったのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 その夜、剣咬の虎が宿泊する宿、クロッカスガーデンではマスターであるジエンマが荒れ狂っていた。所属するメンバーが一堂に会し、その中でスティングとローグがジエンマの前に立たされている。

 

「最強ギルドの名を汚しおってからに! 貴様らに剣咬の虎を名乗る資格はないわっ!!」

 

 ジエンマがスティングとローグを殴り倒す。

 

「消せ、ギルドの紋章を消せ! 我がギルドに弱者はいらぬ! 負け犬はいらぬ!!」

「まあまあ、マスター。スティング君とローグ君もがんばりましたよ」

 

 見かねて、レクターが震えながらも止めに入った。スティングを庇うために言葉を重ねるが、ジエンマの注目は既に別のところへと移っていた。

 

「誰だうぬは」

「いやだなマスター。僕だってここにセイバーの紋章を入れたれっきとした……」

 

 レクターがジエンマに背中の紋章を見せる。

 それを見て、ジエンマが再び怒りに身を燃やした。

 

「なぜに犬猫風情が我が誇り高き剣咬の虎の紋章を入れておるか。消えい!!!」

「レクター!!」

 

 スティングが慌てて叫ぶがもう遅い。レクターはジエンマの起こした爆発に飲まれて消え去った。

 ローグが即座にフロッシュを抱え込む。

 

「めざわりめざわり。猫が我がギルドの紋章など入れてからに」

「あああああああ!!!」

 

 スティングが涙を流し叫び出す。そして、怒りのままにスティングの拳から放たれた光がジエンマの胸を貫いた。

 

「ぐはっ!」

 

 ジエンマが床に倒れ込む。

 そこでミネルバが口を開いた。

 

「それでよい。父上の恐怖統制は今ここで終わりを告げよう。父上の力をも越えるスティングこそマスターにふさわしい」

「ミネルバ、貴様何を言って……」

「黙るがよい。負け犬などいらんのだろう。自論に従うなれば」

「むぐ……」

 

 ジエンマはミネルバの言葉に押し黙る。

 そして、ミネルバはスティングに、そなたは想いの力を手に入れたのだと語りかけた。知らないうちにジエンマに感化されていたが、スティングの本質は違うのだと。

 また、レクターはミネルバの魔法で別の場所にとばしただけであり、生きていることを伝えた。泣いて感謝するスティングだったが、ミネルバは厳しく言い放つ。

 

「甘えるな。大魔闘演武で優勝するまでレクターは渡さん」

「何言ってんだよお嬢! 頼むよ、今すぐレクターを返して……」

「妾は父上とは違う。しかし、剣咬の虎のあるべき姿が天下一のギルドであることに変わりはない。そなたは手に入れた力を誇示せねばならん。愚かな考えはおこすではないぞ。レクターの命は妾が握っていると知れ」

 

 こうして、スティングは覚悟を決め、剣咬の虎は新しい歩みを始める。

 そしてミネルバは、倒れ伏して屈辱に身を震わせるジエンマを見下ろした。思い起こすのはこの男に育てられた忌まわしき幼少時代。

 

(妾は父上の手から離れる。妾のやり方で優勝することで、父上よりも上だということを証明して見せよう)

 

 しかし、ミネルバは気が付かない。その考え方こそ、ジエンマに教え込まれた『力こそ全て』という考え方であるということを。ジエンマの手から離れる方法として、ジエンマの上を行くという考えしか浮かばないことを。

 カグラが見出した通り、ミネルバの中にギルドへの愛情は確かに存在する。ジエンマからの解放は己のためであると同時にギルドのためであるのだ。

 しかし、斑鳩が危惧した通り、優勝しなければならないという想いがミネルバの視野を狭めていた。

 ギルドのために優勝しなければならない。そのために、スティングがレクターを想うことで引き出される力こそが必要だ。だからこそ、今はレクターを返さずスティングに力を引き出してもらおう。

 この考えに生じている矛盾に、今のミネルバは気がつけない。まさに暴走しているともいえる状態であった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 華灯宮メルクリアスの様子を探っていたジェラールだったが、結局手がかりは掴めなかった。

 時間はすでに深夜零時を回っていた。それでも、警備が弱まる様子はない。

 

(侵入は不可能。強行突破ならばできないこともないが、まだそれをするには早い。ひとまず今日の所は引き上げよう)

 

 その帰り道の途中である。

 ふと、クロッカスの街中でゼレフのような魔力を感じたのだ。

 

「今の魔力はゼレフ? いや、少し違う。何者だ……?」

 

 エクリプスの影響でドムス・フラウとメルクリアスからゼレフのような魔力を感じるのは分かる。しかし、クロッカスの街中で感じるのは異常であった。

 

(姫が扉を開く決断をしたことと何か関係が?)

 

 ジェラールはすぐに魔力を辿る。辿ると言っても大まかな方向くらいしか分からないが、時刻は深夜。人が出歩かない今、方向だけ分かれば十分だった。

 そして、ジェラールは目当ての人物の後ろ姿を捉える。ジェラールと同じく、フード付きのマントで身を隠しているようだ。小柄な体格と裾からのぞく細い足から女のようだと推察する。

 

「止まれ。オレも正体を明かす。お前も正体を明かせ」

 

 そう言って、ジェラールは顔を晒した。

 マントの人物は応じ、振り返って顔を見せた。そして、ジェラールはその正体に驚愕する。

 

「そんな……。なぜ、ルーシィが!?」

 

 見間違えようはずもない。目の前の少女は間違いなく妖精の尻尾のルーシィだ。

 ルーシィはジェラールの姿を目にして涙を流す。

 

「助けて……」

 

 それだけを口にして、ルーシィの体がぐらりと傾いた。慌ててジェラールがルーシィを抱きとめる。確認すると、ルーシィはどうやら眠っているだけのようだ。

 そして、抱き留めたルーシィの感触に違和感を憶える。何かに気付き、慌ててマントをはぐる。そこにはルーシィの右腕が存在していなかった。

 

「一体、何が起こっているというのだ…………」

 

 驚愕と混乱の余り、ジェラールはしばしその場を動くことができなかった。

 




○こぼれ話
今作において、メルディは21歳という設定(公式で年齢って出てないはず)。
同い年ということもあり、青鷺とは仲がいい。しかし、一人だけ色々と成長したメルディに青鷺は少し嫉妬している。

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