大魔闘演武二日目。
実況と解説は前日と変わらず、ゲストには週刊ソーサラーの記者であるジェイソンが迎えられていた。
二日目の競技パートは
この競技は連結された戦車の上から落ちないようにゴールを目指すというもの。足下の戦車は常に動いており、一瞬の気の緩みがミスへと繋がる。もし落ちてしまったらその時点で失格である。
以上がこの競技の参加者たちである。
『クロッカスの観光名所を巡り、ゴールであるここ、ドムス・フラウに一番に到着するのはどのチームか!? 会場のみなさんには
『COOL!!』
盛り上げようと声を張り上げる実況のチャパティと雄叫びをあげるジェイソンをよそに、映像を見ている会場の観客たちは総じてぽかんとした表情をしていた。
先頭からはるかに離れ、最後尾ではナツ、ガジル、スティングの三人がグロッキーになりながら走っていた。
『これは一体どういうことでしょう、ヤジマさん』
『三人に共通する何かがあるのかねえ』
『COOL!!』
『あの、ジェイソンさんうるさいです……』
実況の三人も困惑しているようだった。
それを聞いてカグラが口を開く。
「共通点といえば、全員
「そういえば、エリックはんも随分と前に乗り物に乗れなくなってましたな」
「……滅竜魔導士も大変だね」
「それはさておき、ミリアーナはんはどうでしょうか」
そう言って、斑鳩たちは先頭集団を映している映像に目をやった。
現在、先頭を走っているのはクロヘビ。その後ろでユウカ、一夜、ミリアーナが熾烈に争っている。そこからさらに少し遅れてバッカスが走っていた。
「波動ブースト! この衝撃波の中で魔法は使えんぞ!!」
ユウカの魔法である波動。手から放つそれはあらゆる魔法を中和・無効化する。
しかし、ミリアーナの魔法、縛った者の魔法を封じる力を持つネ拘束チューブは道具として存在しているため使用自体は問題なくできる。
「でも、この衝撃波のせいで届かないよ……」
波動は物理的な威力も持つ。どうあがいてもユウカには届かなかった。
「なら、隣を狙うまで!!」
「メェーン!」
「ごめんね、お先に!」
ミリアーナはユウカを越すのを諦め、併走していた一夜を脱落させることにした。拘束を受けた一夜は転がり、ミリアーナに置いて行かれる。
しかし、ミリアーナも衝撃波の中での拘束だったため、縛りが甘くなってしまった。一夜はもぞもぞと動き、なんとか懐から二本の円筒状の容器を取り出した。
「力の
一夜の魔法、
筋骨隆々となった一夜は拘束を破るともの凄いスピードで走り出す。
「とぉーう!!」
「みゃあ!」
「何ィ!」
一夜はなんと、波動の衝撃波すら乗り越え三人の中では一番前に出た。
「ほぉう、がんばってるなぁ。魂が震えてくらァ。オレも少しだけがんばっちゃおうかなァ」
三人の攻防を見ていたバッカスが立ち止まると、大きく足を振り上げた。
「よいしょォォォォォ!」
バッカスが足を振り下ろすと、乗っていた戦車が勢いよくつぶれてしまう。そして、連結されていた影響で隣接していた戦車が跳ね上がり、どんどんとその波が伝播していく。
『こ、これは! バッカスのパワーで戦車が崩壊!!』
バッカスのすぐ近くで争っていた三人は跳ね上がる戦車のために転倒。
「おっ先ィ!!」
それを先ほどまでとは比べものにならないスピードでバッカスが追い抜き、さらには先頭にいたクロヘビをも抜いて一位でゴールする。
クロヘビはその後を二着でゴール。
ユウカ、一夜、ミリアーナもすぐにレースを再開する。しかし、結局ミリアーナはユウカの波動に阻まれ抜けずじまい。一夜はスタミナ切れのため最後の最後でユウカに抜かれてしまうが、それでもミリアーナに抜かれることは避けることが出来た。
最後尾の滅竜魔導士三人はというと、スティングが棄権をして脱落。ナツとガジルは仲間の為と執念でゴール。その執念に、観客の反妖精の尻尾の雰囲気が変わり始める。
一位 “四つ首の猟犬”バッカス
二位 “大鴉の尻尾”クロヘビ
三位 “蛇姫の鱗”ユウカ
四位 “青い天馬”一夜
五位 “人魚の踵”ミリアーナ
六位 “妖精の尻尾A”ナツ
七位 “妖精の尻尾B”ガジル
八位 “剣咬の虎”スティング
以上が二日目の競技、戦車の結果である。
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続いて、バトルパートである。
第一試合は“大鴉の尻尾”クロヘビ vs “蛇姫の鱗”トビーの戦い。
クロヘビは超麻痺爪メガメガクラゲで攻勢をかけるも、クロヘビはゆうゆうと躱し、
試合後、クロヘビはトビーが大切にしていた靴下を破り裂く。その非道な所行に静まりかえる場内に、大鴉の尻尾の笑い声だけが響いていた。
第二試合は“妖精の尻尾A”エルフマン vs “四つ首の猟犬”バッカス
バッカスが使う魔法は手のひらに魔力を収束するオーソドックスなものである。それを身につけた武術でもって最大限活用するのがバッカスの戦闘スタイルである。
バッカスとエルフマンの力の差は歴然。一方的に殴られ続けるエルフマンであったが、鱗に無数の棘を持つリザードマンを
結果はエルフマンの辛勝。見事大金星をあげたのであった。
なお、試合中に行われた賭けにより、“四つ首の猟犬”のギルド名は大会中“
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妖精の尻尾に与えられた医務室。
そこでは、重傷を負ったエルフマンが包帯だらけになりながらベッドで横になっていた。
「私はエルフマンという
「エルザにそこまで認めてもらえるなんてね」
「それだけのことをしたってことだ」
「いや、マジで震えたぞエルフマン!!」
エルザ、ルーシィ、グレイ、ナツ。Aチームのメンバーがエルフマンの戦いぶりを称えていく。それほど、エルフマンの戦いぶりは素晴らしいものだったのだ。
「よせよ、死者を惜しむようなセリフ並べんのは。痛てて……」
ベッドのエルフマンをリサーナが看病する。
ウェンディがエルフマンを覗き込むようにして言った。
「本当にすごかったですよ」
「情けねえがオレはこの様だ。後は任せたウェンディ」
「はい!」
ここからはリザーブ枠を使い、重傷のエルフマンに変わってウェンディが出場することになる。大金星をあげたエルフマンに変わるとあって、ウェンディのやる気も一際大きくなっている。
ポーリュシカがナツたちの退室を促す。
「さ、次の試合が始まってる。さっさと行きな。敵の視察も勝利への鍵だよ」
「ばっちゃん、気をつけてな」
ナツがポーリュシカを気遣う言葉をかける。
実は第二試合の最中、医務室にいたウェンディ、シャルル、ポーリュシカが山賊ギルドにさらわれかける事件が発生した。幸い、戦車で乗り物酔いをしたナツが休息をとっていたおかげで、すぐに奪還することはできたのだ。
「安心しな。ここはオレたち雷神衆が守る」
「術式にて部外者の出入りを禁じよう」
「もう二度とここは襲わせないわ」
それを受けて雷神衆が医務室の警護に就くこととなった。雷神衆の実力は妖精の尻尾のメンバーであればよく知るところであり、信用がおける。
しかし、そこでルーシィがあれ、と首を捻る。
「なんでフリードがここにいるのよ。Bチームは?」
「あ」
ルーシィの問いかけにエバとビックスローがやっちまったと顔をしかめた。
フリードが肩を震わせ、悔しそうに拳を握りしめる。
「ぐぬぬ……、オレは妖精の尻尾の名を背負いながらあのような無様をさらしてしまった。しかもラクサスと同じチームで! もう、オレにはラクサスと肩を並べる資格など……」
「だからあれは仕方ねえって! ラクサスも言ってただろ!!」
「いや、やはりここは責任をとらねば。かくなる上は頭を丸めて」
「やめなさいってば! ちょっと、折角慰めたのに掘り返さないでくれる!?」
「ご、ごめんなさい……」
その後、荒れるフリードをなんとか静め、ポーリュシカとエルフマン、雷神衆以外は医務室を後にした。
観覧席に向かう通路を歩きながらルーシィが口を開いた。
「でも、フリードがもう出ないなんて少しもったいないんじゃない? いや、警護に回ってくれるのは頼もしいんだけどさ」
「そうだな。だが、フリードは人一倍責任感が強い男だ。このまま出続けても気負い過ぎて実力が発揮できんかも知れん。無理にBチームに引き留めなかったのは、そうしてさらに落ち込むよりは、医務室の警護で活躍してもらった方がフリードの精神的にもいいだろうというラクサスの気遣いかも知れんな」
「ラクサスが気遣い?」
あまりラクサスが気を遣うイメージが湧かないのか、ルーシィがむむむと唸り、少し考え込む。それを見てエルザがくすりと笑った。
「確かに不器用だが、ラクサスはあれで仲間思いのやつだぞ」
「それはもう分かってるんだけど、どうしても前のイメージが邪魔してくるのよね」
「ふふ、それはラクサスの自業自得だな」
そこで、後ろの方を歩いていたグレイとナツが口を開いた。
「それにしても大鴉の尻尾のやつら、やる事が露骨に汚えな。一人一人戦力を潰していくつもりか」
「気にくわねえ……」
ウェンディたちが攫われかけた一件で、捕まえた山賊ギルドに問い詰めたところ大鴉の尻尾に依頼されたと白状したのだ。さらに、本来狙っていたのはルーシィであり、間違えてウェンディたちを攫おうとしたことも確認が取れた。
妖精の尻尾と大鴉の尻尾の確執は大きい。大魔闘演武前にも、本来Aチームとして出場予定だったウェンディが襲われる事件が発生する。ウェンディは魔力をゼロにされ、魔力欠乏症に陥った。エルフマンはそれでウェンディに代わって出場したのである。
だからこそ、大鴉の尻尾が戦力を潰すためにルーシィを狙ったという話しは信憑性が高く思えるのだが、シャルルはそこに違和感を持った。
「その件なんだけど、ちょっと疑問が残るわね」
「どうしたのシャルル」
ウェンディに尋ねられ、シャルルは疑念を明かしていく。
「大鴉の尻尾が山賊ギルドを使って、おそらくルーシィの捕獲を試みた。だけど、それは目標の誤認とナツの追撃により二重の意味で失敗に終わった」
「筋は通ってるんじゃない?」
「その捕獲方法よ。大鴉の尻尾には私たちを襲った奴、相手の魔力を一瞬にしてゼロにする魔導士がいる」
「確かにな。マスターの推測では一日目、ルーシィの魔法がかき消されたのもそいつの仕業とみている」
エルザが同意するように頷いた。
シャルルがさらに続けて言う。
「そんなに捕獲に適している魔導士がいながら、なぜそいつが実行犯に加わらなかったのかしら」
「それはバトルパートのルール上、参加者は闘技場の近くにいる必要があるからだろ」
「誰がバトルに選出されるのか直前まで分からないってルールね」
「考えすぎだよシャルル」
シャルルの疑念を払拭するように、他の面々が言葉を重ねていく。その中でエルザだけが何かを考え込んでいた。
「どうしたのエルザ?」
ルーシィの問いかけに少し迷ったそぶりを見せた後、エルザはゆっくりと口を開いた。
「少し、ジェラールの話を思い出していた」
「ジェラール。ああ、あのエクリプスってやつ?」
「そうだ。時を越える扉エクリプス。華灯宮にあるというそれは、開くために星霊魔導士の力が必要だと言っていたはずだ」
その言葉に、リサーナ以外のメンバーがはっとする。
「ち、ちょっとエルザ。それじゃあ、今回の犯人は王国だっていいたいの?」
ルーシィは少し顔を青ざめさせた。
「いや、エクリプス計画自体は続行しているものの、ヒスイ姫との間に扉を開かないように約束が交わされている。それに、王国に狙われたというより、大鴉の尻尾に狙われたと考えた方がよほど現実的だろう」
「そ、そうよね……」
ルーシィは安心して胸をなで下ろす。しかし、エルザの表情はなおも晴れない。
(何か嫌な予感がする。一応、ジェラールたちに報告しておくか)
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第三試合は“妖精の尻尾B”ミラジェーン vs “青い天馬”ジェニー。
ジェニーは戦車で体力を使い果たした一夜に、リザーブ枠を使い交代しての出場だ。
今までのバトルとはうって変わり、闘技場の二人は戦うことなく、様々なコスチュームに着替えてポーズをとっていく。ジェニーの提案で、元グラビアモデル同士の戦いということもあり変則ルール、グラビア対決をすることになったのだ。
ジャッジは実況席の三人によって行われる。両者一歩も退かずポイントはいつまでも並んだまま。
そして、最後のお題は戦闘形態。そこで、ミラジェーンがまさかのジェニー殴り倒すという行動に出た。本来のルール的にはそれが正しいので何の問題もなくミラの勝利となる。
「いやァ!」
グラビア対決なら勝機ありと、負けた方は週刊ソーサラーでヌード掲載という賭けをしていたジェニー。審査委員がより若いミラをわざと負けさせると予想してのものだが、見事に思惑は打ち砕かれ、自分がヌードを掲載することになってしまったのであった。
第四試合の参加者の名前がコールされる。“人魚の踵”カグラ、そして“剣咬の虎”ユキノ。またしても美女対決になったと会場の男たちは大盛り上がりである。
剣咬の虎が待機している観覧席。
「誰かさんのおかげで競技パートの点数とれなかったからなあ」
オルガが戦車で棄権したスティングを揶揄するように言った。くすりと笑ったルーファスにスティングが噛みつく。
「おい、何笑ってんだよ。お前だって昨日二位だっただろうが」
「だな。オレがバトルパートで勝って総合一位にならなかったら、マスターの怒りはあんなものじゃなかったぜ。これで貸し一つな。こんど何か奢ってくれよ」
「……記憶しておこう。やれやれ、厄介な男に借りを作ってしまったものだ」
そう言ってルーファスは肩をすくめた。
その会話を聞いてユキノがフォローするように口を開く。
「スティング様は不運だっただけ。ルーファス様も魔導士としての力量ならば参加者の中で一番でした」
「んな事はいいよ。おまえがこのチームにいるって意味、分かってるよな」
スティングの言葉にユキノが頷く。
「剣咬の虎の名に恥じぬ戦いをし、必ずや勝利するということです」
そう言葉を残し、ユキノは闘技場へと向かっていった。
一方、人魚の踵が待機している場所。
「みゃあ、私の分までがんばってカグラちゃん! 相手はユキノちゃんだけど……」
「なら、私の分も頼むよカグラ」
「ああ、任せておけ」
ミリアーナとアラーニャの言葉にカグラが力強く頷いた。
青鷺が小声でカグラに問いかける。
「……相手はユキノだけどどうするの」
「どうもこうもない。戦って勝ってくる。それだけだ」
そう答え、カグラは闘技場へと向かっていった。それを見送り、今度は斑鳩に問いかける。
「……本人はああ言ってるけどどう思う?」
「そうどすなぁ」
ううん、と少し考え込んだ後、斑鳩が再び言葉を重ねた。
「戦い自体は何の問題もなくカグラはんが勝つでしょうけど。ただ――」
闘技場の中心で、カグラとユキノが相対する。
『ユキノは今回初参戦。しかし、最強ギルド剣咬の虎に所属しているというだけでその強さに期待がかかります! しかし、対するカグラは昨日
熱の入った実況が響く。
カグラと面識のある妖精の尻尾の面々もこの戦いに注目していた。
「剣咬の虎にカグラか。どっちが勝つと思う?」
「さあな、どちらも一筋縄ではいかないのは確かだろう」
グレイの問いにエルザが返す。そのエルザの表情には笑みが浮かんでいた。
(この七年でどれだけ成長したのか。見せてくれ、カグラ)
そして、試合開始の宣言と共に銅鑼が大きく鳴らされる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
戦いの前に丁寧に頭をさげたユキノに対し、カグラも丁寧に返礼する。
「あの、始める前に私たちも賭けというものをしませんか」
「申し訳ないが興味がない」
第二試合、第三試合を受けてユキノが賭けを提案するがカグラがすげなく断る。
「敗北が恐ろしいからですか?」
カグラを挑発するユキノ。しかし、その程度で揺らぐ精神性などカグラは持ち合わせてなどいなかった。
そして、カグラは鋭い瞳でユキノを射抜く。
「それは驕りか、それとも気負いか。あまり身の丈に合わぬ事はしないことだ。いずれにせよ、軽はずみな余興は遠慮しよう」
「では重たくいたしましょう。――命を、賭けましょう」
その発言に会場中がどよめいた。
『こ、これはちょっと大変なことに……』
『ううむ』
『COOL、じゃないよコレ!!』
実況席の三人も動揺している。
「――そうか」
その中で、相対するカグラが静かに二刀の小太刀を抜き放つ。
「よかろう、参られよ」
「剣咬の虎の前に立ったことがあなたの不運。開け双魚宮の扉、ピスケス!!」
ユキノは懐から金色の鍵を取り出し、星霊を召喚した。召喚されたのは二頭の巨大魚。
「開け天秤宮の扉、ライブラ!!」
続けてもう一体星霊を召喚した。現われたのは褐色肌の女性の姿をした星霊である。
「ライブラ、標的の重力を変化」
ライブラの力は重力変化。カグラにかかる重力を増加させる。
「ピスケス!!」
そして、足止めをしたカグラに二頭の巨大魚が突進した。この連携は生半可な魔導士では突破は不可能。そのままピスケスの突進を受けてやられるだけだ。しかし、カグラは生半可な魔導士どころの話しではない。
「――え?」
「どうした、これで終わりか?」
突進したピスケスが切り刻まれ、実体を保てずに星霊界へと帰っていった。
「ど、どうして?」
「簡単なこと。私も重力変化を使える。相殺さえすれば、魚二頭を捌くのに一秒とかからん。ついでにそこの女も斬ってしまった」
「な!?」
ユキノの隣にいたライブラが崩れ落ちた。
「す、すみません……」
そう言い残し、ライブラも星霊界へと帰ってしまう。
「くっ、私に開かせますか。十三番目の門を……」
黄道十二門の鍵はその名の通り十二個の鍵が存在する。しかし、黄道十二門をしのぐ未知の星霊が存在した。
ユキノは黒い鍵を取り出した。
「それはとても不運なことです。開け蛇遣座の扉、オフィウクス!!!」
現われたのは巨大な蛇。カグラを喰らわんとその顎を大きく開いて突進をしかる。
「奥の手か。ならばこちらも、我が剣の一端を見せよう」
それをカグラは涼やかに眺め立っている。
「――
オフィウクスがカグラに食らいつかんとした寸前、その動きが止まった。いや、オフィウクスは進もうとしているのだが、カグラから引き離されるように力が働き進めないのだ。
「天の星々に手が届かぬが如しと、青鷺が付けてくれた名だが、星霊相手に名乗るのは些か気が引けるな」
そして、カグラが二刀の小太刀を構える。
「――鎌鼬」
小太刀から、飛ぶ斬撃が放たれる。先ほど、ライブラとピスケスを斬ったのもこの鎌鼬によるものだ。これで、小太刀であろうともはや間合いの小ささは問題にならず、斥力圏で近づけない敵を一方的に斬ることも可能である。
「うそ……」
オフィウクスが斬られ、星霊界へと帰っていく。それを見て、ユキノは信じられないと思わず呟いた。
「安い賭けをしたな。――
「な、なに?!」
魔王からは
ユキノの体が浮き上がり、カグラに向かって吸い寄せられる。そして、カグラはユキノを捕まえると、優しく地面に組み伏せた。
「私の勝ちだな」
カグラが勝利を宣言した。場内は奇妙に静まりかえっている。
『し、しし、試合終了。勝ったのは人魚の踵カグラ・ミカヅチ。剣咬の虎、まさかの二日目ゼロポイント!!!』
実況の叫びに呼応して、ようやく場内に雄叫びが鳴り響いた。
「私が敗北……。剣咬の虎が……」
ユキノはカグラに組み伏せられて涙している。
「そなたの命は私が預かった。よいな」
「はい。仰せの通りに……」
この戦いの結果に、妖精の尻尾の面々も目を見開いて驚いている。
「おいおい、アイツ強くなりすぎだろ。勝負になってなかったぞ」
「結局、相手に傷一つつけませんでしたね……」
グレイとウェンディが思わず呟いた。
隣のエルザは嬉しそうに顔を綻ばせている。
「周囲の力を自在にあやつる魔法。飛ぶ斬撃、鎌鼬。二刀の小太刀から繰り出されるその連撃はもはや斑鳩にも並ぶだろう。まだ実力のほとんどを見せてはいないが、七年前の私は確実に越えられているな。本当に強くなったものだ」
「なんで嬉しそうなのよ……」
我がことのように表情を緩め頷くエルザにルーシィは苦笑いする。
一方、闘技場。ユキノはカグラに放された後も力なく横たわっていた。
それをカグラは見下ろして、口を何度も開閉して逡巡した後、覚悟を決めて口を開いた。
「……私の兄は十五年前、ゼレフを妄信する集団に攫われた」
「――え?」
その唐突な言葉を聞いて、ユキノは顔を覆っていた手をどけてカグラを見上げた。その表情は呆然としている。
「一人助かった私は兄を探し続け、七年前に再会を果たした。だからそなたも、姉のことを諦めずにいることだ」
そう言って、カグラはユキノに背を向けて歩き出す。
ユキノはカグラの背中を見てようやく我を取り戻した。
「ま、待ってください! どうしてそれを……い、いえ、なぜお姉様のことを知っているのですか!?」
ユキノが追いすがるように手を伸ばすが、カグラは振り返りも、立ち止まりもしなかった。
その様子を斑鳩と青鷺は観覧席から見下ろしていた。
「……斑鳩の言うとおり、言っちゃったね。いいの、あれ?」
「まあ、ソラノはん的には言って欲しくはないでしょうけど、仕方ないんじゃありまへん? カグラはんとユキノはんの境遇はとても似かよってます。ソラノはんの気持ちを考えれば言わない方がいいとは思っていても、どうしてもユキノはんの方に肩入れしてしてしまうのでしょう」
カグラもユキノも、十五年前に兄姉を攫われ、再び会おうと追い求め続けていたのだ。その悲しみ、不安、怒りはよく知るところであった。
それに、いずれはどうにかしなければならない問題である。斑鳩はカグラにとやかく言うつもりはとくになかった。
こうして、大魔闘演武二日目は終了する。総合順位は次のように変動した。
一位 大鴉の尻尾 34P
二位 人魚の踵 23P
三位 蛇姫の鱗 20P
四位 剣咬の虎 18P
五位 青い天馬 17P
六位 四つ首の仔犬 12P
六位 妖精の尻尾A 12P
六位 妖精の尻尾B 12P
人魚の踵は二位に浮上。剣咬の虎は四位に転落する結果となった。
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首都クロッカスから少し離れた荒野。
そこではジェラール、ウルティア、メルディ、ソラノの四人が
「うう……」
ソラノが蹲り、指で土をほじくりかえす。完全にいじけていた。
「げ、元気出してよ! 相手が悪かっただけだって! 切り替えよう、ね?」
「そうそう。――ちょっとジェラール! アンタも何か言いなさいよ!!」
「お、オレがか!?」
ウルティアに言われ、ジェラールは困ったようにうなった。
「そ、その、なんだ。まだ二日目だし、これから活躍する機会はまだあるんじゃないか?」
「……本当に?」
「ああ、もちろんだ!」
その後も三人の励ましで、なんとかソラノを立ち直らせることに成功するのであった。
虎を喰い荒らす人魚たち。