“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第三十五話 空中迷宮

 大魔闘演武は各ギルドが五人の代表を選出して競い合うものである。

 人魚の踵(マーメイドヒール)でも当然、代表メンバーの選考が行われた。結果、斑鳩、カグラ、青鷺、ミリアーナ、アラーニャの五人が選出されたのだった。

 

 

 

 

 

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 大魔闘演武前日、斑鳩は一人でクロッカスの町を散策していた。

 しばらく当てもなく歩いていると、ふいに声をかけられた。

 

「これは斑鳩殿、奇遇ですな」

「あら、ジュラはん」

 

 同じ聖十大魔導(せいてんだいまどう)の称号を持つ、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の魔導士ジュラであった。

 七年前の六魔将軍(オラシオンセイス)討伐の折りに知り合うことを初めとし、現在では聖十の会合でたびたび会う機会があるため斑鳩とジュラはそれなりに交流があった。

 ジュラは辺りを見渡し、ふむ、と呟いて言った。

 

「いつもの二人は一緒ではないのですかな」

「ああ、カグラはんとサギはんどすか。それなら、カグラはんはミリアーナはんと、サギはんはアラーニャはんとそれぞれ遊びに出かけてます。たまには同年代同士で交流するのもいいでしょう」

 

 斑鳩、カグラ、青鷺の三人でいる時間は非常に多い。遠征では長期に渡って一つ屋根の下で暮らしたりもしているのだ。たまには他のメンバーと交流の時間をとることも大事だろうという斑鳩の計らいであった。

 

「そういうジュラはんは?」

「ワシも同じようなもの。若い者の遊びについていくわけにもいきますまい。尊敬はされども、気を遣わせたくはないですからな。お互い、年配故の悩みといったところですか」

 

 そう言って笑うジュラをじと目で見る斑鳩。

 

「うち、まだ二十七なんどすが……」

「おっと、これは失礼をした」

 

 斑鳩の言葉にジュラが慌てて頭を下げる。それを見て斑鳩は溜息をついた。

 

「まあ、いいどす。それより、なぜ今になって大魔闘演武に参加を? やはり妖精の尻尾(フェアリーテイル)どすか?」

「いや、おばばが万年二位の状況に痺れを切らしたのだ。だが、確かに斑鳩殿の言う通り妖精の尻尾に触発されたこともいなめはせんな」

「やっぱり」

「だが――」

 

 ジュラは一度言葉をきるとにやりと笑う。

 

「お主と魔を競い合えるのが、一番の楽しみだ」

 

 ジュラからみなぎる戦意が溢れ出す。その尋常ならざる気迫に周囲の人々が何事かとざわめいた。

 対して、その戦意を直接向けられている斑鳩は何食わぬ顔で返答した。

 

「うちはジュラはんが自重してなければ毎年出てましたよ」

「はっは、それは損なことをしたものだ」

「それにいいんどすか?」

 

 我慢しきれず、斑鳩の口の端がつり上がる。ジュラ同様、戦意が気迫となって溢れ出す。

 

「うちに負けて、序列が入れ替わるかも知れまへんよ」

 

 現在、聖十大魔導の序列はジュラが五位、斑鳩が六位である。

 

「ふふ、それは恐ろしい」

 

 口にした言葉とは裏腹に、ジュラの表情に恐怖の色など欠片もない。

 お互いに好戦的な笑みを浮かべて見つめ合い、しばらくして示し合わせたようにその気迫を引っ込めた。

 

「少し興がのりすぎたか。人も集まってきたことだ。ワシはそろそろ退散するとしよう」

 

 周囲には人だかりが出来ていた。大魔闘演武前夜にして、聖十大魔導同士のにらみ合いが始まったのだ。大魔闘演武のファンとして見逃すまいと、大勢の人間が集まっていた。

 

「では、うちもこれで。当日は楽しみにしてますよ」

「うむ」

 

 そして、二人は互いに背を向け合ってその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

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 その後、特にやることもなかった斑鳩は宿に帰ることにした。

 まだ日が落ちるには早い時間。部屋に戻ると、他の四人はまだ戻ってきてはいなかった。

 しばらく部屋で漫然と過ごす。日が落ち、辺りが暗くなってきた頃、ふいに部屋の扉がノックされた。

 斑鳩が扉を開けると、そこには見慣れた二人がいた。

 

「あれ、斑鳩だけかい?」

「おや、リズリーはんにベスはん。どうしたんどすか?」

「ちょっと様子を見に来たんだよ」

 

 リズリーとベスは同じ人魚の踵の魔導士だ。二人ともギルドではトップクラスの魔導士ではあるのだが、今回は惜しくも選考からは外れてしまったのである。

 斑鳩は二人が持っている大きな箱が気になった。

 

「それは?」

「これはアチキが育てたスイカだよ。みんなに食べてもらおうと思って持ってきたんだ」

「差し入れさ」

 

 そう言って蓋を開けるベスとリズリー。それを二人の後ろから覗き込む人影がいた。

 

「ほう、うまそうなスイカだな」

「しかもすごく大きい!!」

「あら、カグラはんにミリアーナはん。帰ってきたんどすか」

「ええ、青鷺にアラーニャもいますよ。丁度宿の前で合流したところです」

 

 カグラとミリアーナがどくと、後ろから青鷺とアラーニャが出てきた。もっとも、背の低い青鷺はベスの影に隠れて見えなかったが。

 

「大丈夫なの? ベスのつくる野菜は味がないじゃない」

「……とてもまずい」

「二人ともひどい! それはアチキが魔法で作った野菜の話しでしょ! これはちゃんと丹精込めて育てたんだから!!」

「ハハハ、アタシも一つもらって食べたから心配しなくて良いさ。スイカなめちゃいけないよ!」

「なめられてるのはスイカじゃなくてアチキだよう……」

 

 そう言って肩を落とすベスの姿にみんなで笑いあった。

 その後、全員で部屋にあがり夕食をとると、食後に七人でスイカを分け合う。ベスが言った通り、とても美味しいスイカだった。

 

「しかし、アタシたちまで夕食をもらって悪かったね」

「じゃあアチキたちは戻るけど。大魔闘演武中は応援に行くから頑張ってねー」

 

 そう言って、リズリーとベスは部屋を後にした。

 夕食の後片付けも終え、やることも特になくなる。そこで、カグラが首を捻りながら言った。

 

「しかし、参加者は指定された宿に十二時までに帰ることか……。一体どういうことなのだろうな」

 

 それは今回の大魔闘演武のルールブックに不自然に追加されている一文であった。

 

「……この部屋を調べてみたけど、特に不自然なことはなかったね」

「なんにせよ、十二時まで待つしかないんじゃないかしら?」

 

 アラーニャの言葉に、それもそうかとカグラが頷く。

 その後は思い思いに時間を過ごした。そうして、時計が深夜十二時を指したとき、大きな鐘の音が鳴り響く。どうやら町中に鳴り響いているようだ。

 

『大魔闘演武にお集まりのギルドの皆さん、おはようございます』

「この声は外か!?」

 

 斑鳩たちは即座に窓を開いてベランダに出た。

 クロッカスの町の上空に、かぼちゃ頭のマスコットキャラクターが大きく映し出されている。

 

『これより、参加チーム百十三を八つにしぼる為の予選を開始します!』

 

 カグラはその言葉を聞いて、眉間に皺を寄せて不可解だと口を開く。

 

「予選なんて私たちが参加した第一回にはなかったぞ」

「昨年までもそうさ。これまで予選なんて開かれたためしがない」

 

 カグラに視線を向けられてアラーニャが答える。

 その会話を聞いていたかのように、マスコットが道化のように踊りながら説明を始める。

 

『毎年参加ギルドが増えて内容が薄くなってるとの指摘をいただき、今年は八チームのみで行う事になりました。予選のルールは簡単!!』

「な。なんだ!?」

 

 そこで突然、宿が大きな音をたてて変形を始める。町を見れば、他の宿も同様に変形していっている。

 

『これから皆さんには競争をしてもらいます。ゴールは本戦会場ドムス・フラウ。先着八チームの本戦出場となります』

 

 斑鳩たちがいるベランダから空中に向かって道がのびていく。

 

『魔法の使用は自由。制限はありません。早くゴールした上位八チームのみ予選突破となります。ただし五人全員そろってゴールしないと失格。そ・れ・と、迷宮で命を落としても責任はとりませんので』

「命を落とすとは物騒な話しどすなぁ」

「……空中に何かできていく。あれが迷宮?」

 

 組み上がった道の先、夜空に大きな球体ができあがる。完成と同時、マスコットから号令がかけられる。

 

『大魔闘演武予選! 空中迷宮(スカイラビリンス)開始!!』

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 号令の後、斑鳩たちは即座に迷宮に突入した。本戦出場が百十三チーム中、たったの八チームだけなのだから急がなくてはならない。

 

「これは、まともに攻略しようとしたらかなり苦戦しそうどすなぁ」

 

 外から球状の迷宮を見た時点で分かっていたことではあるが、中は立体的で非常に複雑な形をしている。

 

「斑鳩殿の天之水分(あめのみくまり)で解けませんか」

「無理どすなぁ。迷宮全てを覆いきれまへんし、なにより覆えたところでどこがゴールなのかを見つけることも難しい」

「……それじゃ日が昇りそう」

「ならば、ここは私が」

 

 言って、カグラは五人にかかる重力を軽減した。

 

「すごい! 体がかるーい!」

「これなら、どんどん跳んでいけそうね」

 

 斑鳩と青鷺は割と馴れているが、ミリアーナとアラーニャは珍しいのか楽しげだった。

 

「とりあえずゴールである会場の方向に向かいましょうか」

 

 ぴょんぴょんと跳躍しながら、道なりを無視して会場がある方角へ向かっていく。

 途中、迷宮が回転したが重力変化を行えるカグラがいる以上、特に問題にはならなかった。他のギルドの襲撃を受けてもすぐに撃退していく。そして、当初の目的通り会場近くの迷宮の端まで到達した。

 

「とはいえ、この程度でクリアできるほど簡単ではありませんか」

 

 見渡してみるが、ゴールらしきものは見当たらなかった。

 

「うちの天之水分では、やはりどこがゴールなのかわかりまへん」

 

 天之水分で近くの迷宮の構造を把握するが、結局斑鳩の脳内で迷路を解くことはできなかった。

 

「……じゃあ、今度は私の番」

 

 青鷺が呟くと同時、周囲に何匹もの真っ黒な狼が出現する。

 

「……行け、影狼」

 

 青鷺の号令で狼たちは影となり地面に潜り込んで散開し、迷宮の各所へ進んでいった。

 影狼はこの七年で青鷺が身につけた新魔法である。

 影の狼が各所を移動し、近くの魔力の位置などを高精度で特定する。影狼自体が転移点となるため、影狼を使えば長距離を転移することも可能である。また、影狼自体も転移能力を持っているため、影狼が触れているものごと手元に転移させてくることも可能だった。燃費も良いが、戦闘能力がほぼゼロであることが弱点としてはあげられる。

 

「どうだ青鷺」

「……少し時間がかかりそう。集中するからしばらく待って」

 

 そう言って、青鷺は目をつむって座り込む。

 

「じゃあ、私たちが護衛だね!」

「これまで役にたってない分頑張らなくちゃね」

 

 そう言って張り切るミリアーナとアラーニャ。しかし、あまり力が入り過ぎてもいけないと思い、斑鳩は肩の力が抜けるように声をかけた。

 

「そこまで気負わなくても大丈夫どすよ。うちも全然役にたってまへんし」

「それは堂々と言うことじゃないんじゃない?」

 

 アラーニャが苦笑して答える。多少は肩の力が抜けたようだ。

 

「……ん」

 

 しばらくして青鷺が声を漏らした。すかさずカグラが声をかける。

 

「どうした、ゴールを見つけたか」

「……かもしれない」

「どういうことだ」

「……不自然な魔力反応がある」

「不自然?」

 

 青鷺の言葉に他の四人は首を捻る。

 

「……迷宮内の魔力反応はどれも五人一組になっていて、常に迷宮の中を動き続けている」

「だろうな。参加ギルドのチームが五人一組で行動しているのだろう」

「……けど、魔力反応がひとつだけしか感じない場所がある。しかもずっとその場から動かない」

「なるほど。そういうことか」

 

 そこまで聞いて、カグラは納得がいったと頷いた。他の三人は置いてきぼりだ。

 

「ゴールで役員ないし、誰かが待っているのかもしれないということだな」

「……その通り。しかも魔力は魔力持ちの一般人程度の大きさ。間違いないと思うよ」

「ああ、そういうことどすか」

 

 そこまで聞いて斑鳩、ミリアーナ、アラーニャの三人もようやく理解する。

 

「ならば早くそこに向かってくれ」

「……大丈夫、もう向かわせてる。――よし、着いた。跳ぶよ」

「へ?」

 

 青鷺以外の四人の足下を影が掴む。先ほどと同様、馴れていないミリアーナとアラーニャは驚くが、青鷺は構うことなく転移する。

 急に現われた斑鳩たちにカボチャ頭のマスコット、マトーくんが驚く一幕もあったが見事にゴール。

 人魚の踵は予選を二位で無事通過したのであった。




青鷺の新魔法〈影狼〉
・影でできた狼を作り出す。
・実体化、影化をそれぞれ行える。
・影狼自体が転移点になるため、利用することで長距離転移が可能。
・影狼自体も転移が出来る。触れているものごと転移することが可能。
・近くにある魔力を詳細に探知できる。
・消費魔力は少ないが、戦闘能力はほぼゼロ。

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