“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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ぎりぎり五月中に間に合った……。


第三十三話 怨念晴らさず

 デヴァン邸三階広間において繰り広げられる、斑鳩とパンシュラの戦い。

 それを修羅は心配そうに見つめていた。

 

「おっと、動かないでくださいよ。助けに入ろうなんて考えても無駄ですから」

 

 身じろぎをした修羅をアキューが見とがめる。

 

「ふん、したくても今の状態ではできはしない」

 

 修羅の左腕はヴァイトに折られている。痺れたのか痛みを感じないのが幸いだった。

 

(結局、私はお前を巻き込んでしまった。斑鳩よ、お前さえ無事なら私は……)

 

 祈るような思いで、修羅は目の前の戦いを見つめるのであった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「行くぞ!」

 

 パンシュラが斑鳩に接近。自在剣が貫かんとうねり、迫ってくる。

 

(戦法が変わった!?)

 

 ツユクサの町では麻痺剣と竜巻剣で翻弄し、それらを抜けてきたところを自在剣で迎撃。それをさらに越えれば超重剣で叩きつぶすといった戦法を取っていた。しかしパンシュラは既に、斑鳩がその全てを乗り越えられることを分かっている。

 

「ツユクサのワシとはひと味違うぞ!」

「厄介な!」

 

 パンシュラが自在剣で斑鳩を牽制。前へ踏み込めば超重剣が待ち構え、後退すれば竜巻剣と麻痺剣に狙われる。以前とられた戦法よりも、息をつく暇がなく、斑鳩の精神力を大きく削っていく。

 そして、斑鳩の攻撃は依然として誘引の盾に引き込まれてパンシュラには届いていない。修羅のようにパンシュラを誘引の盾との間に入れるよう立ち回ろうとしたが、パンシュラもそれをさせないように警戒している。

 

(このままじゃじり貧どすな)

 

 パンシュラのペースのままではいけない。ツユクサでも、決着こそつかなかったがパンシュラのペースで戦わされていた印象が斑鳩にはあった。その最たる要因としては誘引の盾があげられるだろう。

 そして、ペースを崩すために斑鳩は自在剣を躱すと前へと踏み込んだ。

 パンシュラが超重剣を斑鳩に振りおろす。それを辛うじて避ける斑鳩。そこを後方から反転してきた自在剣の切っ先が狙う。それを斑鳩は一切気にすることもなく誘引の盾を斬りつけた。そしてまた、斑鳩の剣は誘引の盾へと誘い込まれ――――、

 

「抜かったわ!」

 

 パンシュラが左手に持つ自在剣の刀身が、比較的根元近くで切断されていた。

 超重剣を躱した斑鳩は地に這うように低く構えると、伸びる自在剣の刀身を誘引の盾との間に入れたのだ。

 パンシュラは自分自身を間に入れまいと動いていたためにこれを防げなかった。

 

「ツユクサでは誘引の盾にこだわるあまり、返って術中にはまっていましたから。今度は周りの邪魔者を一つずつ潰させてもらいましょうか」

「ワシの六手を剥がそうというのか。カカ、本当にお前さんとの戦いは楽しいのう!!」

 

 パンシュラは無邪気な笑みを浮かべた。。

 

(どこか子供っぽい人どすな……)

 

 その笑顔を見て斑鳩は、もう少しで歯車が噛み合いそうな、なんともいえぬもどかしさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 それは移動中、魔導二輪の上でのことである。

 

「……意外どすな」

「なにがだよ」

「ジェラールはんに素直に協力していることどす。聴こえてるくせに」

 

 運転しているエリックは小さく肩をすくめる。

 

「ジェラールはんが戦いの後、六魔の方たちを連れて行くなんて言ったときは正気を疑いましたけど。何かジェラールはんと縁があったんどすか?」

「ああ。オレたちも元々は楽園の塔に捕まってた子供だったってだけだ。魔力の高さを見込まれた五人がブレインに連れ出された。それがオレたちだ」

「へえ、そうだったんどすか」

 

 斑鳩は目を丸くして驚いた。

 

「じゃあ、闇の仕事に罪悪感でも抱いてたんどすか?」

「バカ言え。小さい頃に連れ出され、それからずっと闇で生きてきたんだぞ。今更罪悪感なんて抱くかよ。そんなのはリチャードくらいのもんだ」

「じゃあ、なんで協力してるんどす?」

「あいつはオレたちに自由を与えると言った」

「自由?」

 

 斑鳩が首を傾ける。

 

「捕われていたオレたちは自由が欲しかった。ブレインに連れ出されて自由になったと思ったが、結局いいように利用されていただけさ。だから、オレたちは自由が欲しい」

「それをジェラールはんが与えると?」

「ああ、オレたちの自由は闇に捕われてる限り永遠に来ないんだとよ。まあ、ブレインと違って本心で言ってるのだけは聴こえたからな。ちょっとぐらい協力してやろうと思っただけさ」

「それで、闇と戦う立場になった感想は?」

「………………まあ、今になって初めて見えたものもあった。それだけだ」

 

 バツが悪そうに言うエリック。それを見て斑鳩はくすりと笑った。

 

「ふん。てめえらからは何か文句でも言われると思ってたがな」

「あら、善人のふりするな、とか罵って欲しかったんどすか?」

「そうじゃねえけどよ」

「うちもグレーゾーンで生きてますからなぁ。あまり他人のことは言えまへんよ」

 

 斑鳩の師である修羅は昔、闇にいたことがあると何かの拍子に聞いたことがある。それに、ジェラールだって見逃しているのだから今更だ。

 その心の声を聴いてエリックは鼻で笑った。

 

「ハッ、そんな清濁併せのんでるくせに、戦いが好きなだけで自分は悪人だ何だのとくだらねえことで悩んでんのな」

「…………また心を覗いて。嫌らしいお人どす」

 

 むっと顔を顰める斑鳩。エリックはさらに言葉を続けた。

 

「戦いを好むヤツなんて、表の世界にだって山ほどいるぜ。それこそ、“妖精の尻尾”の火竜(サラマンダー)もそうだったはずだ。最初に遭遇したときに嬉々としてかかってきたからな」

「まあ、ナツはんはそうでしょうなぁ」

「じゃあ、アイツは悪人だと思うか?」

「うちはそうは思いまへんけど……」

 

 ナツは問題も多く起こす。人によっては悪人と判断する者もいるだろう。だが、斑鳩の悪人かどうかの尺度はそこにはない。

 

「サラマンダーもてめえも、好きなのはあくまで競い合いだろ。殺し合いじゃねえ。磨き上げた自分の腕を試したい。より強いヤツを越えたい。そういうもんだ」

「確かにそう言われれば……」

「それに何か問題があんのかよ」

 

 エリックの言葉に斑鳩は押し黙った。何も返答することが出来ないでいると、エリックが溜息をつく。

 

「てめえは人に言われて理解できても、自分の心で納得しないとダメなタイプだな」

(…………師匠からも、お前は口で言うよりやった方が早いと言われてましたなぁ)

 

 エリックの言葉に、少し昔を思い出す。

 

「なら、パンシュラとよく向き合うことだな」

「パンシュラと?」

 

 不思議そうに首を傾ける斑鳩。

 

「実際に会ったわけじゃねえが、“血濡れの狼”の本部にいたやつらとお前の印象からだいたいの人物像はわかる。向き合って、自分と重ねて見やがれ。それでいて、闇に身を置くパンシュラとの違いは何か見極めてみろ」

「向き合う、どすか……」

 

 斑鳩の呟きに、それ以上の返答はなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 幾重にもわたる攻防の末、斑鳩の刀がぱきりと折れる。

 

「カカ、勝負あったかのう。まあ、紙一重じゃったが」

 

 そういうパンシュラに残っているのは超重剣と誘引の盾のみだった。中でも金剛の盾が限界を迎えて壊れたのが、誘引の盾では迦楼羅炎を防ぎきれないだけに痛い。だが、同時に斑鳩の刀を折ることにも成功した。無手では無月流は使えない。

 

「これほど楽しい戦いは久しぶりじゃ。それこそ、ワシが六手を扱うようになってからは初めてじゃわい」

 

 パンシュラは機嫌良く無邪気な笑みを浮かべている。――それこそ、まるで子供のような。

 

 

――であれば、お前がまだまだ子供だと言うだけだ。

 

 

 つい最近、師に言われた言葉を思い出す。

 

「少し、聞いてみたことがあるんどすが。よろしいどすか?」

「なんじゃ? なんでも言ってみい」

 

 どうやら、問答に付き合ってくれるようだ。

 

「どうして、闇にいるんどすか?」

 

 戦ってみて、パンシュラから邪悪さは感じない。この男はただ無邪気なのだ。以前の六魔のように、闇での生き方しか知らないのだろうか。斑鳩はそう思った。

 

「そんなもん、こっちの方が楽しいからに決まっておろう」

 

 また、パンシュラは無邪気に笑う。

 

「楽しい?」

「おうよ。ワシはな、戦いが大好きなんじゃ。正規に属しておった頃もあったが、しがらみが多すぎる。じゃから闇ギルドに身を置いたんじゃ」

「…………そうどすか」

 

 斑鳩は理解する。パンシュラは子供そのものだ。虫を潰して笑う子供のように道徳心が欠け、自身の楽しみだけを優先する。肉体だけが大人の子供だ。

 その姿は、かつてエルザと斬り合った斑鳩自身の姿と重なった。

 

 

 ――闇に身を置くパンシュラとの違いは何か見極めてみろ。

 

 

 パンシュラは何も反省していない。今の状況を良しとしている。

 斑鳩は深く反省している。成長しようとしている。

 これが、闇に身を置くパンシュラと正規に属する斑鳩の違い。

 

 

 ――戦いを楽しむことはそこまで悪いことなのだろうか。

 ――戦いが好きなだけで自分は悪人だ何だのとくだらねえ。

 

 

 分かった気がする。勘違いしていたのだ。戦いを好むのは趣味嗜好でしかない。悪かったのは、己の楽しみを優先させる浅ましさ。

 アネモネ村で自覚した、ただ周囲の人々に笑っていて欲しいという願い。それと戦いを好む性質は必ずしも反しない。

 

(――大人になろう。ただ、それだけで良かった)

 

 楽しみは時と場合を弁える。良識ある大人ならば誰しもが分かっていることをすればいいだけだ。

 斑鳩の中で、歯車が噛み合う。自身の内を覆っていたもやもやが晴れていくのを感じる。

 同時に、声がした。

 

 

『――それでよい』

 

 

 頭の中に直接響く清らかな声。それが神刀に宿りしエトゥナのものだとすぐに理解する。

 

 

『我は月と戦を司る守護神。戦いを愛し、守るべき仲間を持つ、心清き者にのみ我を抜く資格がある』

 

 

(そうか、だから惜しいと)

 

 斑鳩は既に周囲の笑顔を守りたいという願いを持っていた。しかし、同時に戦いを好む己に疑問を持っていた。だから神刀を抜けなかったのだ。

 

 

『さあ、今こそ我を――』

 

 

 ならば今こそ――。

 

 

「なんじゃ」

 

 パンシュラの返答を聞いた斑鳩が、数秒瞑目したかと思うと神刀の柄に手をかけた。腰を落とし、構えを見せる。

 

「礼をいいます。おかげで、心の整理がつきました」

「まさか、抜けるのか? ――カカ、おもしろい! 神刀の力、楽しませて貰おうか!!」

 

 パンシュラが超重剣と誘引の盾を構えた。

 

「すみまへんが、今は楽しんでいられる状況ではありまへんから」

 

 すべらかに、鞘から神刀が抜き放たれた。

 

「なん、じゃと……」

 

 空を走る剣閃が、一刀で誘引の盾を真っ二つにしてみせる。

 斑鳩の攻撃はそれだけでは終わらない。

 

「――無月流、夜叉閃空・乱咲」

 

 白銀の輝きが走る。一瞬でどれだけの剣閃を放ったのか。パンシュラは迫る避け場もないほどの剣撃を見て笑った。

 

「カカ、――こりゃあかなわんわい」

 

 パンシュラは一瞬にして、その体に幾筋もの赤い線を刻んで倒れ伏す。

 繰り出された斑鳩の剣。それは神刀の神聖なる力だけではない。迷いのない剣技はどこまでも流麗であった。この二つが合わさった剣撃。

 それを目にして、

 

「――きれいだ」

 

 戦いを見守っていた修羅は無意識に呟いた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ちょっと、何をするんですか!?」

「ああ、はいはい。どうせ助からないんだから大人しく着いてこいや」

 

 デヴァン邸の地下。そこではジーニャが数人の男につかまれ、無理矢理どこかへ連れて行かれようとしていた。

 

「下衆どもが。恥を知れ!」

 

 声がしたかと思うと、男たちは急に崩れ落ちる。何が起こったのかと目を瞬かせていると、男たちの影からカグラと青鷺が姿を現した。

 

「……大丈夫?」

「カグラさんに青鷺さん!? どうしてここに……」

「……そんなの助けに来たに決まってるでしょ」

 

 青鷺はジーニャの手を縛っていた縄を小刀で斬る。

 

「やっぱり、さっきの振動はそういうことだったんですね。でも、勝手に人質になった身で私はどんな顔を――」

「細かいことは気にするな。まったく」

 

 カグラがうつむくジーニャの頭に、ぽんと手をおいた。

 

「お前にも考えがあったことは手紙で分かっている。それに、私たちもお前も無事だ。ただ喜べばいいんだ」

「カグラさん……」

「おーい、邪魔するぜー」

 

 カグラたちが再会を喜び合っているところに、無粋な声が割って入った。

 

「……もう少し空気を読めないの?」

「いいじゃねえか、そんくらいよ」

 

 声の主はエリックとソーヤーだ。どうやら、外の私兵はもう片づけたらしい。

 

「あ、あのこちらの方たちは?」

 

 初対面のジーニャは困惑している。それに気がついた青鷺が二人を紹介した。

 

「……ああ、こちらは指名手配犯の二人」

「し、指名手配!?」

「おい、クソガキ! もっと説明の仕方があるだろうが!」

 

 青鷺にソーヤーが食ってかかる。

 

「だいたいてめえも今は不法入国者なんだぜ。そこんとこ分かってんのかよ」

「……むう」

 

 ソーヤーの言葉に青鷺が押し黙る。その言葉に驚いたのはジーニャだ。

 

「ふ、不法入国ってどういうことですか!?」

「まあ、こっちの話だ。気にするな……」

 

 カグラが苦笑を浮かべて答える。

 デヴァン邸に向かう際、関門を通っていない。入国手続きをする時間が惜しいということもあったが、何よりエリックとソーヤーは正規のルートで出入国などできるわけがない。そこで、仕方なく裏のルートを通ってきたのだ。

 

「……それで、こんなところで何をしてるの」

「デヴァンは元々調査する予定だったって言っただろ。だから、ついでに今調べてやろうってな。だろ、エリック」

「そういうこった。ガキどもはさっさと帰んな」

 

 エリックが手を振って追い払うような仕草をする。

 

「そういうことなら私も手伝おう」

「いらねえ。それに、楽しいもんじゃねえぞ」

「ここまで送ってくれた礼だ。青鷺はジーニャのそばにいてやれ」

「……わかった」

「チッ、仕方ねえな」

 

 結局、エリックが折れる形になった。ジーニャを青鷺に任せ、エリック、ソーヤー、カグラの三人で地下の奥に向かう。

 

「聴いた情報によるとおそらくここだな」

 

 地下の奥にある扉、それを開いて中へと入っていく。

 

「これは……」

 

 その部屋の中の光景を見て、カグラは嫌悪感に眉を顰めた。

 中には大勢の女性たちが虚ろな目をしていた。様々な衣服を着せられ、台に乗せられている様子はまさに飾られているといったところだろう。

 

「この女たちは生きてんのかよ」

「ああ、たぶんな。そのくせ心の声が聴こえねえ。全く、胸糞悪いぜ」

 

 吐き捨てるように言うエリック。すぐに女たちを調べだす。

 

「こりゃあ、毒だな。毒で意識が奪われている」

「助けられないのか?」

 

 カグラが尋ねる。エリックは首を横に振った。

 

「普通は無理だな。これはおそらく、毒の魔導士が独自に開発したもんだ。解毒薬なんざ出回ってるはずがねえ。毒の投与をやめたところで、奇跡でも起きなきゃ意識は回復しないだろうな」

「毒の滅竜魔導士なのだろう? 彼女たちを侵す毒を食ってやることはできないのか?」

「バカ言うんじゃねえ。全身に回ってる毒をどうやって食うんだよ。肺や胃の中の毒くらいなら吸い出してやれるけどな」

「そうか……。くそ、何もできないのか」

 

 カグラは悔しさに拳を握りしめる。すると、ソーヤーが突然笑いだした。

 

「なぜ笑う」

「助けられねえ。それは普通なら、だろ。エリック」

「なに、助けられるのか!?」

 

 ソーヤーの言葉にエリックはにやりと笑うと、部屋の隅にある棚へと向かっていった。すると、棚の中にある瓶をとりだした。

 

「これが使ってる毒だな。――ふん、まあまあってとこか」

「…………実際に毒を食っているのを見ると、少し不安になるものだな」

 

 カグラはちらりと女たちを見る。こんな風に人の尊厳を奪ってしまう毒。例え大丈夫だと分かっていても、食べろと言われたら躊躇してしまいそうだと思った。

 毒を食ったエリックは棚の中から空の容器を取り出す。

 

「それで、どうやって助けるのだ」

「こうすんのさ」

 

 言って、エリックは爪で腕を傷つけ血を容器に流し込む。カグラは驚いて目を丸くしている。その様子にソーヤーはまたひとつ笑うと説明した。

 

「毒竜はたとえどんな毒を食おうと瞬時に抗体を作り出す。つまり、毒竜の血は万能の解毒薬にだってなんのさ」

 

 炎を吸い込む火竜の肺。鉄さえ溶かす鉄竜の胃。そして、あらゆる毒を駆逐する毒竜の血。

 

「――まったく。そなたらがつい先日まで闇の最大勢力、その一角を担っていたとは。実際に戦った私も信じられない思いだ」

「うるせえ、ほっとけ」

 

 女たちを解毒するため、エリックは作業を進めていく。

 

(わかるぜエリック。オレたちはずっと捕われていた。だから自由を奪うような行為は許せねえ。結局、六魔だったときも奴隷に関する仕事だけはやらなかったもんな)

 

 ソーヤーはエリックの後ろ姿を見て、にやりと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「さあ、師匠を離してもらいましょうか」

 

 パンシュラを倒した斑鳩はアキューに刀を向けた。

 

「残念ですが、それはできませんね」

 

 言って、アキューは右手を修羅に向ける。それを見て斑鳩は剣を握る手に力を込めた。

 

「おやめなさい。変なそぶりを見せれば毒を撃ち込みます」

「その前に斬るだけどす」

「やってみてもいいでしょう。ですが、確実に私が毒を撃つ前に仕留められる保証はありますか? 斬られながらでも撃ち込めるかもしれません。それでも大切な師の命を天秤に賭けに出ますか?」

「くっ……」

 

 斑鳩は歯がみする。アキューの魔法は全く見ていない。毒を使うというのはわかっているが、どの程度の能力があるのかまるでわからないのだ。そんな状態で修羅の命を賭けられるはずもない。

 

「アキュー、貴様なにが目的だ。パンシュラが倒れた今、どうあがこうと勝目は無い。いかに付き合いが長いとは言え、デヴァンに忠義を尽くすような男でもなかろう」

「ええ、もちろん。ここにいても先はなさそうですし」

 

 修羅の問いに笑顔で頷く。

 

「私の要求はここから無事に逃げ出すこと。心配せずとも、逃げた後で解放しましょう」

「ダメどす。要求は飲みますが師匠は置いて行ってもらいます」

 

 アキューは首を横に振る。

 

「あなたが逃がしてくれてもお仲間がそうとは限らない。もし、リタラさんたちがま――」

 

 アキューがそこまで口にした時である。

 

「――おい、アキュー。調子に乗るなと言ったはずじゃが?」

「がっ、ああああああああ!」

 

 死角から飛来した超重剣が、アキューの右腕を斬り飛ばす。

 

「ワシは負けたらこいつを返すと言ったぞ。約束を破る気か?」

「パンシュラさん、生きて……」

 

 アキューは右腕の切断面をおさえ、脂汗を流しながら蹲った。

 

「カカ、こやつが手加減してくれたおかげでのう」

「それでも、しばらくは起き上がれないぐらいには斬ったはずなんどすが」

「おうよ、おかげで立ち上がることもできんわい」

 

 斑鳩が振り返れば、上体だけを起こしたパンシュラがいた。

 

「そんな、私が……、こ、こんなところで……」

「ふん、媚びへつらって利益を確保するだけの小物にはおあつらえ向けの最期じゃろうが。ほれ、楽にしてやろう」

「ま、待て! 死にたくな――」

 

 パンシュラの操る超重剣がアキューの心臓を穿つ。

こうして、アキューの命はあっけなく絶たれてしまった。

 斑鳩はその様子を顔をしかめて見届けると、やや警戒しつつパンシュラに相対する。

 

「なんじゃその顔は。折角助けてやったと言うに」

「助けて貰ったことには感謝しますが、仲間だったんではありまへんか?」

「仲間じゃったぞ。だからどうしたんじゃ」

 

 パンシュラは心底不思議そうに首を傾けた。すると、何かを思いだしたのかポンと手を打つ。

 

「そうじゃ。ジーニャのヤツに伝言じゃ」

「ジーニャはんに?」

「おうよ。もしかしたらヤツの母親は生きているかもしれんぞ」

「――は!?」

 

 斑鳩は驚いて絶句する。それを見てパンシュラはからからと笑った。

 

「とどめを刺さずに立ち去ったからのう。隣の家のもんがなにやら通報しとったようだし、一命はとりとめてるかもしれんな」

「……なぜ、とどめを刺さなかったんどす」

「最後の啖呵が気に入っての。アキューやリタラにばれるとうるさいから殺したふりをしとったが、もうええじゃろ」

 

 パンシュラの言葉を聞いてうんざりしたように溜息をつく。

 味方であろうと気に入らなければ殺し、敵であろうと気に入れば殺さない。なんという傍若無人ぶりだろうか。

 ふと、斑鳩は修羅から聞いた初代の話を思い出した。

 

 

 

『その昔、遥か東方の島国に一人の剣士がいた。男は才能に溢れ、傲ることなく鍛練を続けた。男は最強の称号が欲しかった。特に理由などはない。ただ欲しい。男に生まれたからには最強を目指さなくてなんとする、と。

 男は善も悪も関係なく、強さを求めて剣を振るう。気づけば周囲に敵はなく、さらなる強さを求め故郷を捨てて大陸を渡った。そこは未知でいっぱいだった。あらゆる魔法、あらゆる武術、十人十色の戦闘法。多くと戦い、多くを殺し、多くを学んだ。

 だが、そんな暮らしをして恨みを買わないはずがない。いつしか追われ、裏の社会からも追放されてしまった。善も悪も関係なく剣を振るう男はいつ誰に牙を剥くのかわからない。周囲の人間は天災のように思っていたことだろう。

 やがて老いた男は弟子をとり、自らの学んだ技、戦闘法の全てを教えた。

 これこそが始まり。圧倒的力の前に太陽の下どころか闇を照らす月の光すら浴びることを許されなかった開祖がその境遇から無月流と名乗ったのだ』

 

 

 

 パンシュラが初代とまったく同じだとは言わない。それでも、周囲に与える印象は似たようなものだったのではないか。なんとなくそう思ったのだ。

 斑鳩が小さな感慨にひたっていると、ところで、とパンシュラが口を開いた。

 

「お前さんの師匠。とっくに出て行ったんじゃが追わなくてもええのか?」

「え? あ、ああ! いない!!」

 

 パンシュラに言われて振り返ると、言うとおり修羅の姿が見えなかった。すぐに追おうとして立ち止まり、ちらりとパンシュラを見る。

 

「カカ、心配せんでも逃げはせんわい。もう動けんといったじゃろ」

「ほんとどすな?」

「しつこいわい。さっさと行けい」

 

 最後の念押しをすると、斑鳩は大急ぎで広間を後にした。それを見届けて、パンシュラは大の字で床に寝そべった。

 

「ワシとしては力の全てを出し尽くして大満足じゃ。後は牢獄で休みつつ、脱獄に挑戦してみようかの。カカ、楽しみになってきたわい」

 

 そして、パンシュラはまた無邪気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 執務室の扉がノックされる。

 

「アキューか? 入れ」

「さっきぶりだな。デヴァン」

「なに!」

 

 入ってきたのは修羅だった。デヴァンは驚き、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 

「な、なぜ貴様がここに!?」

「パンシュラは敗北した。アキューは死んだ。もう、貴様は終わりだ」

「ま、待て――」

「待たん」

 

 修羅の剣がデヴァンの足を裂く。死ぬような傷ではないが、しばらくは立ち上がれないだろう。

 

「ひいっ、嫌だ。死にたく――」

「……何か勘違いしているな」

 

 デヴァンは床に這いつくばり、もがくように修羅から遠ざかろうとする。それを冷たい瞳で見下ろしながら修羅は言った。

 

「私はもう貴様を殺す気はない」

「へ?」

 

 デヴァンは救いを求めるような眼差しで修羅を見上げた。

 

「う、恨んでないのか?」

「恨んでいるに決まっておろうが!!!!」

「ひいぃ!」

 

 修羅の怒声に怯えて縮こまる。その様子を見て修羅は嘆息した。

 

「ここに来たのは貴様を逃げられぬようにしにきただけだ。貴様の罪は正当に裁いて貰うことだな」

 

 デヴァンは絶望の表情を浮かべる。

 修羅は背を向けるとそのまま部屋を後にした。部屋を出て、手に持つ刀に視線を落とす。

 修羅はこの屋敷に訪れたとき、間違いなくデヴァンを斬り殺し全てに決着をつけるつもりだった。だが、その理由に仇討ちなどは掲げていない。

 エドラもアミナも苦しい生を終え、ようやくイシュガルの地で安らかな眠りにつくことが出来たのだ。それを今更、デヴァン如きを殺す理由に持ち出し眠りを妨げるのははばかられた。

 

(だから私がヤツを斬るとすれば、斑鳩を因縁に巻き込まぬため。そして、我が怨念を晴らすためであった。しかし……)

 

 斑鳩は来た。そして、修羅を助け因縁をも断ち切らせてしまった。残るは修羅の怨念ただ一つ。

 

「――――」

 

 修羅は瞑目する。まぶたの裏に移るのは斑鳩の剣閃。一瞬、その美しさに間違いなく修羅の心は奪われていた。そして、思ったのだ。

 

「――この怨念、別のもので塗り潰してやりたくなった」

 

 だから、あえて斬らない。この怨念は晴らさずもっていよう。そう決めたのだ。いつか、怨念など気にならなくなるほどの光がもたらされることを信じて――。

 

 

 

「師匠!」

 

 声のした方に視線を向ける。斑鳩が慌てて走ってくる。

 

「もう! なんでいなくなるんどすか!!」

「すまんな。少しやらなければいけないことがあっただけだ。それももう終わった」

「やらなければいけないこと?」

「こっちの話だ。気にするな」

 

 修羅は話をはぐらかす。不服そうにする斑鳩の頭をぽんぽんと叩く。

 

「そうだ。もう、意地など張らずいつでも帰ってこい。お前の覚悟はもうよく分かった」

「本当どすか!? じゃあ、早速帰ります! アネモネ村のライラはんとの約束もありますし、今度イチリンでご飯を食べましょうよ!」

 

 修羅の言葉に斑鳩は目を輝かせる。やれやれと修羅は肩をすくめた。

 その口元が僅かにほころんでいることに、修羅も斑鳩も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 その後の顛末をここに記す。

 

 

 デヴァン、パンシュラ、リタラ、ヴァイトの四人は騒ぎを聞きつけてやってきた軍に拘束。そのまま牢獄へと入ることになった。デヴァンに人形にされていた女たちも無事に助け出され保護された。同時にその非人道的な行いが明るみとなることになり、デヴァンにはかなり重い罰がくだされるだろうということだ。

 

 

 

 ジーニャとは惜しみつつボスコで別れた。とある病院で一命を取り留めていた母の看病をしながら、母の仕事を手伝えるように勉強をしていくらしい。

 

「エトゥナ様をよろしくお願いします」

「ええ、もちろんどす」

 

 ジーニャはミルマーヤ族の巫女として、最後のつとめを果たしきった。斑鳩は腰に差す神刀から、少し寂しそうな気配を感じて苦笑したのだった。

 

 

 

「ほらよ、ここでお別れだ」

「また会うこともあるかもな。そん時はよろしく頼むぜ」

 

 修羅の左腕の治療をひとまず終えた後、またエリックとソーヤーにツユクサの町まで送ってもらう。そこで二人とも別れることになった。

 お互いに最後まで憎まれ口をたたき合う。しかし最初と比べれば、彼らとの間に不信などといった負の感情は一切感じられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 カグラと青鷺はギルドの入り口を潜る。“人魚の踵”のギルドはカフェテリアになっている。空いている席を見つけると、ふらふらと席に腰をおろした。

 

「今回はさすがにこたえたな」

「……もうくたくた」

 

 二人はぐったりと椅子に体重を預ける。そこに、リズリーがやってきた。

 

「どうしたんだい二人とも。ちょっと帰ってきたと思ったらすぐに出て行って」

「まあ色々あったんだ。最初は六魔討伐の慰労もかねて、ツユクサに遊びに行っただけのはずなのにな……」

 

 どこか遠い目をするカグラにリズリーは苦笑いを浮かべる。そして、斑鳩の姿が見えないことに気がついた。

 

「そういえば、前に帰ってきたときも思ったけど斑鳩はどうしたんだい? 一緒だったはずだろう?」

「心配せずとも斑鳩殿なら大丈夫だ。今は別行動をしているだけだ。私たちは家族の団らんに入るほど無粋ではないのでな」

「?」

 

 首を傾げるリズリー。青鷺は隣でコクコクと頷いていた。

 

 

 

 

 アネモネ村唯一の食堂“イチリン”。『本日休業』の看板がかけられた店内で、席に着く人影が三つある。決して賑やかではないが、安らぐような穏やかさが店内を満たしていた。

 あらゆるしがらみを解きほぐすかのように、和やかな時間がゆるりと流れる。

 イシュガルの大地、そのどこか。深い森を抜けた先にある、暖かい日が降り注ぐ丘の上に綺麗な墓石が一つ立っている。

 墓前には、まだ新しい花が添えられていた。

 




 神刀編終了とともに第一部完といったところでしょうか。
 個人的には反省点も多かったのですが書き切れて良かったです。
 さて、次回からは七年後に行きたいと思います! ここまで長かったなぁ。

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