ツユクサの広場にて、斑鳩は逸る気持ちを抑えながらカグラと青鷺を待っていた。師が姿を消したのは昨日のことである。
今すぐにも追いかけたいが行き先は結局聞けずじまいであった。斑鳩が単独でボスコに入り見つけ出すことなどほぼ不可能。であれば、カグラと青鷺の協力は必要不可欠である。基本的に戦闘以外に能がない斑鳩に対し、カグラはギルドに所属し仕事をこなすことにおいてははるかに先輩であり、情報収集能力も高い。青鷺もまた新人ではあるが斑鳩よりも諸事を器用にこなすことができた。
“人魚の踵”のギルドはフィオーレ南部に位置する。東部にあるツユクサからは遠く、下手をすればカグラたちの到着は翌日以降になる可能性もあった。それでも、もしかしたらと待たずにはいられなかったのである。
「……あれは?」
そんな折、遠方で目に見て分かるほどの砂塵が舞う。何かがツユクサに近づいていた。
僅かな警戒とともに刀の柄に手をかける。しばし後、ツユクサの街道を走り抜けてくる影が二つ。どこか見覚えのある魔導二輪。その上に乗る人物を見て斑鳩は驚いた。
「コブラにレーサー! …………と、カグラはんにサギはん? なんで?」
コブラとレーサーはフード付きのマントで身を隠していたが、今は風に煽られ素顔があらわになっている。二台の魔導二輪は急減速すると斑鳩の目前で停止した。
「おら、到着だ!」
「おい! 急に止まるな! 危ないだろう!」
「ちっ、送ってやったんだから文句言うな」
あわや振り落とされるところだったカグラがコブラに食ってかかる。コブラはめんどくさそうに顔をそむけた。
「どうだったよ、オレの二輪は。すげえスピードだろ」
「……ほんとに驚いた。こすい魔法を使う誰かと違って凄く早い」
「喧嘩売ってんのかクソガキ!」
もう一台にはレーサーと青鷺が乗っている。
「カグラはん、サギはん。これはいったい?」
「む、斑鳩殿お待たせしました。実は私も詳しいことは知らないのです。ただ斑鳩殿、ひいてはお師匠殿が“血濡れの狼”に狙われていることを知らせにきたようですが」
「……めんどくさいから斑鳩と合流してからまとめて説明するって」
「ああ…………、やっぱり説明しないとだめか?」
「当たり前どす!」
「しゃあねえな……」
コブラは溜息をひとつ吐く。
「頼んだぜエリック。じゃんけんで負けたお前が悪いんだ」
「エリック?」
レーサーの言葉に斑鳩は首を傾ける。
「ああ、まずはそっからか。エリックってのはオレの本名だ。コブラは六魔将軍でのコードネームだからな」
「ちなみにオレはソーヤーだ。ミッドナイトがマクベスでエンジェルがソラノ、ホットアイはリチャードっていうんだぜ。ブレインは知らねえ」
「それはともかくだ、あの戦いの後ジェラールとブレインを除いた残りの六魔残党五人、合わせて六人で新ギルドを結成したんだ。正規でも闇でもない独立ギルド。名前はまだねえがよ」
「独立ギルド? なんだそれは」
聞き覚えのない言葉にカグラが尋ねる。
「ジェラールが罪滅ぼしをしてえんだってよ。そのためにゼレフや闇ギルド、この世の暗黒を払うために結成した。――ってことらしいぜ」
「他人事だな」
「オレたちにアイツほどの理念はねえ。協力してるだけさ。ともかく、正規ギルドじゃたとえ相手が闇ギルドでもギルド間抗争禁止条約が適用されちまう。そもそも、メンバー全員が指名手配犯な時点で認められるわけねえだろ?」
「……それはそうだね」
「認められてねえ時点で闇ギルドに近いんだが、ギルドの目的からして闇を名乗るわけにはいかねえからな。それで独立ギルドってわけさ」
カグラが得心したと頷いた。
「なるほど、話が見えてきたぞ。それで闇ギルドである“血濡れの狼”が敵であるということか。だが、なぜわざわざボスコの闇ギルドを?」
「フィオーレではまだオレたちは動きにくい。ほとぼりが冷めるまではボスコに潜伏して活動すんだよ。ボスコはフィオーレよりも治安が悪い。潜みやすけりゃ闇ギルドもたくさん。オレたちにはうってつけだろ?」
「確かにもっとも」
「それで、今度は“血濡れの狼”を狙ってると?」
「ああ、それだがよ。“血濡れの狼”の本部自体はもう潰しちまったんだ」
「なんだと!?」
斑鳩たちは驚きの声をあげる。次いで、斑鳩は呆れたような表情をした。
「さすがと言うべきか。まったく恐ろしい六人どす……」
ワース樹海での戦いを思い出す。斑鳩はコブラとの戦いに勝利したものの、菊理姫の副作用で全身はずたぼろ。さらに毒にも侵されかなりの重傷を負った。レーサーにしてもそうだ。カグラと青鷺のコンビに敗れたものの、それは事前にジェラールから、どんな魔法を使うのか情報を得ていたことが大きい。だからこそ、作戦を立てて戦いに臨み、有利に進めることが出来たのだ。それがなければ勝利の見込みは著しく低くなっていただろう。
「正確にはオレとソーヤー、マクベス、ジェラールの四人だぜ。リチャードはジェラールから弟が生きていることを聞かされて探しに行ったし、ソラノは星霊の鍵を手放したからな。新魔法を習得中だ」
「へへ、どうだ。すげえだろ」
「……自慢はどうでもいい」
「てめえ、オレにだけ噛みつくなクソガキ!」
「……ふん」
青鷺はレーサーからぷいと顔を背ける。
それを見てカグラはやれやれと肩を竦める。青鷺も元闇ギルド、どこかシンパシーを感じているのだろう。あの態度はおそらく気安さの現れだ。しっかりしているようで、いまだ十四歳の青鷺は心を許した者には甘えたがる気質があった。まあ多少、甘え方は捻くれてはいるのだが。
「その辺にしておけ、青鷺。それで、どうしてお前たちはここにいるんだ?」
「本部を潰したのはいいが肝心のエース、パンシュラとノルディーン姉弟は不在だった。てことでジェラールとマクベスはパンシュラを、オレとソーヤーはノルディーン姉弟を探すことになったのさ」
「それでノルディーン姉弟が無月流の使い手を探してるって情報を掴んだ訳よ」
「……ノルディーン姉弟が? なら私たちが――」
「ああ、お前らが戦ったのがそうだろう」
「……もしかして、心を読んだ?」
睨むように青鷺が視線を向ければ、エリックはにやりと笑った。
「ああ、さっきから聞こえてるぜ。お前のツンデレっぷりもな」
「…………殺す」
「待て青鷺。小刀を抜くんじゃない!」
顔をほのかに赤くして躍りかかろうとする青鷺をカグラが羽交い締めにして止める。
「おいおい、どういうことだよ。オレにも教えろよな」
「ああ、あのガキはよ――――」
カグラの腕の中でもがく青鷺を尻目に、エリックはソーヤーに耳打ちで伝える。
「――ぷぷ、なんだよ。かわいいとこあんじゃねえかクソガキ。ほれ、もっと甘えていいんだぜ」
「……離してカグラ。あいつらやっぱり評議院につきだすべき。このデリカシーのなさ、更正の余地がない悪人だよ。間違いない」
「だから、落ち着けと言っているだろ。デリカシーがないからといって悪人とは――――」
「あれも照れ隠しなんだぜ」
「ぷはは、もっと素直になったらどうだい青鷺ちゃんよぉ」
「……絶対に斬る。意地でも斬る」
「――――限らないとも言い切れない気がしてきたがともかく落ち着け」
「はいはい、四人ともじゃれ合うのはその辺にしておきましょうか」
笑うエリック、煽るソーヤー、暴れる青鷺に抑えるカグラ。場が混沌としてきたのに見かねて斑鳩が止めに入った。
「ところで、お二人はデヴァンの屋敷の場所はわかってはるんどすか?」
「ああ、分かるぜ。悪い噂の絶えない男だし、“血濡れの狼”との繋がりも疑われてる。パンシュラとノルディーンが片付けば調査する予定だったはずだが…………てめえ、本気か?」
「ええ、もちろんどす」
二人だけで進む会話に、他の三人は頭を捻るばかり。
「斑鳩殿、どうされたんですか?」
「実は、師匠がうちの話を聞いて一人でデヴァンの元へ向かってしまいました。行き先も聞けずじまいで困ってたんどす」
「そんな! それでは一刻も早く追わなくては」
「ええ、それなんどすが。エリックはん、ソーヤーはん。うちらをこの魔導二輪で送ってくださいまへん?」
先ほど目にしたスピード。加えて二人の案内があれば真っ直ぐにデヴァンの屋敷に向かうことが出来るだろう。
「確かにオレの二輪を使えばどんな移動手段よりも速ェに違いねえ。だがよ、てめえらのギルドからここに送るまでで大分魔力を使ってるんだぜ。その上、国境を越えてボスコのデヴァン邸まで行った日にゃ戦えるだけの魔力は残らねえぞ」
ソーヤーの言い分は正しい。群を抜いて膨大な魔力を持つ六魔将軍といえど、長距離を超スピードで走行すればそれなりに魔力を消費する。
「でも、辿り着くことはできるんどすな?」
「そりゃあ、できるがよ……」
「なら、お願いします。戦いならご心配なく、うちらが戦えばいいだけどす」
「おいおい、本気か? てめえら一回負けてんだろうが」
エリックが呆れたように言った。
「斑鳩殿は負けたわけではない。それに、私たちも二度負ける気はないさ」
「……作戦もある。心を読んで分かってるはずでしょ」
「だが、その作戦が上手くいくとは限らねえ」
「最初から成功が約束されている作戦などない。上手くいかせるだけだ」
「……それに私たちが負けたままじゃ、私たちに負けてるそっちとしても名折れじゃない?」
青鷺の言葉に少し考えるようにするエリック。そして答えはすぐに出た。
「――おい、ソーヤー」
「分かってるよ。仕方ねえ、乗りな。最速で送ってやるぜ!」
「その代わり、てめえら絶対負けんじゃねえぞ!」
「もちろんどす!」
斑鳩がエリックの後ろに、カグラと青鷺はソーヤーの後ろに乗り込んだ。二台の魔導二輪は一瞬にしてツユクサの町を置き去りに、ボスコのデヴァン邸へと向かっていくのであった。
*******
修羅は広い廊下の中、歩みを進める。
やがて、一つの扉の前で歩みを止めた。扉の両脇には金髪褐色の男と、大柄な男に小柄な女のコンビがそれぞれたっている。
(こやつらが斑鳩の言っていた者たちか)
三人はさして反応も示さず、部屋に入っていく修羅を見送った。
「久しいな」
部屋に入った修羅の正面に、机の前で大きな椅子に腰をかけたデヴァンが待っていた。その後ろにはアキューが控えている。
「どうした。座らんのか? お前の席もあるんだぞ」
デヴァンと机を挟んで対面の位置。そこには椅子がひとつ置かれていた。
「ふざけるな。貴様と歓談などする気はない。それよりも人質の娘は無事か」
「どうだ、アキュー」
「ええ、もちろん無事ですとも。この後、ちゃんと返してあげますよ」
「どうだかな。かつてのこと、忘れたとは言わせんぞ」
怨念と共に、デヴァンを睨み付ける修羅。その視線を受けてもデヴァンになんら動じるそぶりはない。
「覚えているさ。暴漢に痛めつけられ泣きわめく姿、いつ思い返しても愉快なことだ」
「――貴様」
夜叉閃空。シュラの剣撃が空を走る。
この時、修羅は激情にかられただけではない。斑鳩の話から厄介だと思われていた魔導士たちは扉の外。であれば、デヴァンの首を狙わぬ道理はない。
(人質がいると油断したか)
しかし、修羅の思惑は外れることとなる。
「――なに?」
修羅の剣閃はデヴァンをはずれ、その右下方向へずれていく。切断される机、その影から出てきたのは一枚の盾であった。
「まさか」
「――カカ、そのまさかじゃ。これが誘引の盾。やはり斑鳩から情報を得ておったな」
デヴァンが腰をかけていた大きな椅子。その影から、金髪褐色の青年が姿を現す。それを見て修羅は悟った。
「外の三人は影武者か」
「おうよ。実際にワシらを見たことがないお前さんには、あれぐらいで十分じゃろ?」
パンシュラが言うとおり、修羅は斑鳩からその身体的特徴を聞いただけ。見分けることは不可能だった。
(油断した。せめて天之水分で確認するべきだった。少し平和ボケしすぎたか――!)
今の修羅では戦闘をしながら天之水分を維持することは不可能。それでもデヴァンに斬りかかる前、会話をしている間に室内を調べることくらいは出来たはずなのだ。
「くく、残念だったな。ワシを殺せるチャンスだと思ったか? 甘いんだよ」
デヴァンは余裕の笑みを浮かべて椅子にふんぞり返っている。既にこの場の勝者は決まったと言わんばかりの態度である。しかし。
「勝利を確信するにはまだ早かろう」
「――む」
修羅は左斜め前方に踏み込んだ。
デヴァンは修羅から見て正面、アキューはデヴァンの左斜め後ろに、パンシュラは右斜め後ろに位置している。修羅がアキューのいる方向へと踏み込んだならどうなるか。
「しまった、こやつ延長線上に!」
パンシュラと己の間にデヴァンを入れる。そうすれば、盾に剣撃が吸い込まれようと途中にいるデヴァンを切り裂くことが出来る。
「くっ」
アキューがとっさにデヴァンを抱えて倒れ込んだ。剣閃はデヴァンを斬ることはかなわず、アキューを浅く斬ったに過ぎない。
「やってくれるのう!」
「貴様と戦うつもりはない」
パンシュラが接近を試みるも、修羅はひらりと距離をとる。
「まずいのう。アキュー、さっさとデヴァンを連れて逃げい。この男、ワシに勝つ気が微塵もない。デヴァンしか狙っとらんぞ」
パンシュラは不利を悟る。ここは大して広くもない室内。加えて誰もいないならいざしらず、今は近くにデヴァンとアキューがいる。竜巻剣と麻痺剣は使えそうにない。一対一の戦いであればそれでも勝つ自信はあるが、デヴァンを守るとなると自信はない。
「お、おい! 貴様がいれば安全だというからワシは出てきたんだ! だというのに――」
「デヴァン様! とりあえず今は逃げましょう!」
「ふん、早くも化けの皮が剥がれてきたか」
デヴァンは顔を蒼白にして声を荒げた。どれだけ尊大な態度を取っていようが、戦いに身を置く者ではない以上、死の気配が近寄れば簡単に取り乱す。それを鼻で笑うと同時に修羅は刀に火を灯す。
「む。迦楼羅炎とかいうやつか」
パンシュラは誘引の盾に金剛の盾を重ねて防御の構えをとる。
(残念だが、それは悪手だ)
しかし、修羅に動揺はない。もとより一筋縄ではいかない魔導士の存在は知っている。それでも、デヴァンを殺せる自身があったから修羅は一人で来たのだ。
修羅が放たんとするは迦楼羅炎の発展技、“迦楼羅炎・散華”。剣閃とともに放たれる炎は着弾と共に爆散、炎のつぶてとなって降り注ぐ。炎のつぶて一つ一つの威力は低い。同格以上の相手には大したダメージになることはない。使用するとすれば、大勢の格下をまとめて始末するときである。
それをこの場で使えばどうなるか。最初に放った火炎は誘引の盾に吸い込まれるだろう。しかし、その後はどうか。爆散後の炎のつぶてに関して、修羅の意思は一切介在しない。炎は拡散し、パンシュラにダメージが与えられずとも、デヴァンを死に至らしめることができるだろう。
修羅がまさに迦楼羅炎・散華を放たんとしたその時である。
「ま、待て! 貴様、墓がどうなってもいいのか!!」
「――な」
デヴァンの言葉に動揺し、一瞬その手が止まってしまう。苦し紛れの台詞でしかなかったが、その台詞が作り出した一瞬が命運を分けた。
「オオオオオオオ!」
雄叫びとともに、修羅の後方にあった扉が勢いよく破砕し飛んでくる。修羅は自分のいる位置に飛んできたそれをとっさに回避した。同時に、大男が修羅に躍りかかる。
「しまった!」
修羅が扉を避けた隙をつき、ヴァイトは拳で殴りつけた。とっさに左腕で防ぐが、その左腕が嫌な音を立てて折れてしまう。痛みにうめく修羅をヴァイトは床に引き倒すと押さえつける。
「ぐう……」
壊れた入り口を小柄な女が潜ってくる。
「いやあ、助かったぞリタラ」
「全く、結局ヴァイトがいないとどうにもなんないな。ほんと、バカな上に役立たずとか死んだ方がマシだし」
「カカカ、今回に関しては言い返す言葉がないわい」
修羅は扉の前にいた三人全員が影武者だと思ったが、リタラとヴァイトに関しては本物だった。二人は中の様子がおかしいことを感じると即座に突入したのである。
「はあはあ、このクソやろうが!」
「がっ!」
デヴァンが床に押さえつけられた修羅を蹴りつける。
「貴様のせいで! このワシが! 死ぬところだったろうが!」
何度も何度も蹴りつけ、ようやく怒りがおさまってきたのか蹴りが止む。そこで、修羅が口を開いた。
「……貴様、さっき墓と言ったな」
「ん? ああ、それか」
デヴァンの顔が愉悦に笑む。その表情を見て、修羅は嫌な予感しかしなかった。
「貴様の愛しいエドラとアミナの墓ならつい最近発見したよ。だが、安心しろ。まだ手を出しちゃいない。貴様の目の前で壊してやらなきゃならんものな。あの時、貴様の娘にやったように!」
「貴様というヤツは――――!」
「ハッハッハ! いいぞいいぞ、昔を思い出す。今度こそ逃がさずに生き地獄を味合わせてやるからなァ!」
デヴァンの高笑いを床に押さえつけられたまま聞いている。その状況は、嫌でもアミナが殺されたときのことを思い出させた。
(結局、私は何も変わらないのか。あの時から何も…………)
修羅が失意に沈んでいく中、急に屋敷の外で轟音が響く。
「な、なんだ?」
困惑に呟くデヴァン。しかしパンシュラは、直感的に何が起きたのか悟っていた。
「――来たかい。斑鳩」
「なに!」
パンシュラの言葉に、修羅は驚きに目を丸くする。
(バカな、ありえん。どう考えても早すぎる)
修羅は思う限り最短のルートでデヴァン邸にやってきた。デヴァン邸の場所も知らず、ましてや修羅が出立したときに寝こけていた斑鳩が、これほど早く追いつけるはずがない。
「仕方ない。ヴァイト、行くよ」
「待てリタラ。斑鳩はワシのところへ寄こせ、そうじゃな、三階の広間で待つとしよう」
「はいはい、わかったし」
ヴァイトとリタラは部屋を後にする。
「さてと、ではこやつはいったん預かるぞ」
言って、パンシュラは先ほどまでヴァイトに押さえつけられていた修羅を抱え上げる。修羅は既にぐったりとしている。デヴァンに蹴られた続けた上に、ヴァイトに殴られバカ力で押さえつけられたのだ。既に五十を越える修羅の肉体には大いにこたえる。
「私を、人質にする気か……?」
「あほう。そんなつまらんことするわけないじゃろ。お前さんはワシに勝ったときの景品じゃ。その方が向こうも燃えるじゃろ」
「おい、待て! 貴様、そんな勝手なことを――」
「――待ってください。デヴァン様」
パンシュラに食ってかかろうとしたデヴァンをアキューが止める。アキューはデヴァンに小さく耳打ちした。
「パンシュラは危険です。あまり、食いつかない方がよろしいかと。それにどのみち、パンシュラさんが負ければ私たちでは対処できません。どちらにしろ変わりませんよ」
「しかし……」
「心配せずとも、私が見張りとしてつきます。今度こそ修羅を逃がしたりなどしませんから」
「むう…………」
アキューの説得にデヴァンはしぶしぶ頷いた。再度、絶対に逃がさないようにと言い残し、執務室へと帰っていく。
「カカ、それでよい。だが、あまり調子に乗らんことじゃぞ。アキュー」
「ええ、分かっていますとも」
*******
「これは地震?」
ジーニャは拘束されたまま、地下の一室に移されている。轟音とともに揺れる屋敷に眉をひそめた。
「まさか、来てしまったんですか?」
神刀、そこに宿るエトゥナ様の気配を感じる。その気配はどこかいきいきとしていた。
「一体、何が起こっているんだろう」
ジーニャにそれを知る術はなく、ただ睨み付けるように天井を見上げるのみであった。
*******
超高速で走行する二台の魔導二輪。街道を縫うように走り、事故のひとつも起こさなかったのはさすがの腕前というべきか。やがて、五人の前方に大きな屋敷が見えてくる。
「着いたぜ! このまま突っ込むぞ! 着地は各自でやれ!!」
「本気どすか!?」
「行くぜ!!」
門前でさらに急加速。二台の魔導二輪が轟音をたてて門に激突。
「何事だ!?」
デヴァンが雇っている私兵がその音を聞きつけ、わらわらと集まってくる。デヴァンから近々襲撃があると聞かされていたため、屋敷内にはそれなりの数がつめていた。
そこに、五つの影がひらりと着地する。
「到着! やっぱり速ェことはいいことだ」
「全く、無茶をするものだ」
「……せめて事前に知らせて欲しかった」
「ちゃんと言っただろうが」
「あれは事前じゃなくて直前どす……」
五人に特に傷はなく、無事に突入は成功した。その五人を私兵が囲む。
「さて、オレたちが雑魚どもを相手にしてやる」
「お前らはさっさと行きな!」
「大丈夫どすか?」
「そんぐらいの魔力は残ってらあ! いいから行ってこい!」
「では、お言葉に甘えて!」
エリックとソーヤーが屋敷に続く道に立つ兵を蹴散らし道を作る。斑鳩たちはその道を通って屋敷に向かった。
玄関を潜れば、広いエントランスホールに出る。正面には奥へと続く大きな扉があり、部屋の両脇には二階へ続く階段が一つずつ存在している。
「さて、早速探しに――」
「……待って、誰か来た」
青鷺の言葉と同時に、階段の上から大男とそれに付き従うように小柄な女が降りてきた。
「――ノルディーン」
カグラと青鷺の眉間に皺が寄る。思い出すのはツユクサの夜。ジーニャを攫われた屈辱的な敗北である。
「あれ、アタシたちの名前知ってたんだ。ふふん、フィオーレでも知られてるなんてアタシたちも有名になったもんだし」
「斑鳩殿、どうかお先に行ってください」
カグラは右手を刀の柄にかける。腰に刺さっている刀は以前使っていたものよりも長い。加えて、異様なことに柄が下を向き鞘が天を向いていた。天を向く鞘の先、そこにもカグラは左手を添える。
――そして、カグラは鞘の両側から刀を引き抜いた。
「――ここは、私と青鷺で片付けますので」
引き抜いた二本の刀はどちらも短い。
――小太刀二刀流。それこそがカグラの新剣術、その一端であった。
カグラ魔改造計画始動。
ちなみに御庭番式小太刀二刀流は使いません。