“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第二十八話 血濡れの狼

 それは、斑鳩たちのもとへジーニャが訪れるよりも少し前のことである。

 パンシュラはすっかり暗くなったツユクサの町を歩いていた。夜も更け、外を出歩く人影はほとんどない。

 

「ほう、なかなか強そうな魔獣の首じゃのう。切り口も随分綺麗ではないか」

 

 広場の中心に飾られているカンジカの首を見て、パンシュラは素直に感心していた。

 

「いや見事。こんなもんを見れるとは、はるばるここまで来たかいがあったわい。――――む?」

 

 そこで、パンシュラはこんな時間に広場の首を見上げる人間が、己の他にも二人ほどいることに気がついた。興味が湧いたパンシュラが近づいてよく見てみれば、それはよく見知った人間だった。

 

「おお、リタラ、リタラではないか! 相変わらずヴァイトのやつにべったりじゃのう!」

「――――げ、パンシュラ。お前、なんでこんなとこにいるし」

 

 そこに居たのは小柄な女と大柄な男の二人組だった。そのうちの女の方、大きな杖を携えた彼女は名をリタラ・ノルディーン。男の方、刀を腰に差した彼は名をヴァイト・ノルディーンという。二人は闇ギルド“血濡れの狼”において“ノルディーン姉弟”として、パンシュラと双璧を為す魔導士たちであった。

 そのリタラはパンシュラに話しかけられて露骨に嫌な顔をしている。

 

「まあ、ワシにもいろいろあっての。簡潔に言えば、欲しい刀を追ってここまで来たというわけじゃ」

「けっ、じゃあさっさとその刀を持って出ていくし。アタシたちはこれから仕事だからお前は邪魔だし」

「カカ、相変わらずつれないやつじゃのう。さしずめ、ヴァイトと深夜のデートか?」

「わかってんなら、空気を読めし。早くあっち行け!」

「カッカッカ、なんでワシがお前のために空気を読まねばならんのじゃ」

「相変わらず自分勝手! だからお前は嫌いだし!」

 

 唯我独尊なパンシュラに顔を真っ赤にして怒るリタラ。ヴァイトはその間、無言でリタラの横に立っていた。

 パンシュラはひとしきり笑うと、視線をヴァイトに移して言った。

 

「相変わらずなのはお互い様じゃろうて。愛しい弟を操り、己が思うがまま愛す。いやはや、お前さんの愛は気持ち悪くてワシは大好きじゃぞ。カカ、見ていて面白いわい」

「…………あ?」

 

 パンシュラのその言葉に二人の間の空気が冷えていく。杖を握る手にぐっと力が入るリタラ。パンシュラはそれを気にもせずに笑っている。

 まさに一触即発。そんな二人の間に、手をパンパンと打ち合わせながら入ってくる人物がいた。その人物は若いパンシュラやリタラとは違い、中年期に差し掛かった頃合いの男で、どことなく柔らかい雰囲気を纏っている。

 

「まあまあ、お二人さん。こんなところで争っても損しかありませんよ」

「なんじゃ、アキュー。お前さんもいたんかい」

 

 アキュー・ゲッタ。同じく“血濡れの狼”に所属する魔導士であった。

 リタラはアキューが間に入ったことで冷静さを取り戻し、高めていた魔力を沈めて引き下がった。

 

「もしかして、お前さんらは同じ仕事か?」

「ええ、今回はなかなか厳しそうでして。リタラさんたちに助力をお願いしたんですよ」

「ほう、お前さんらが手を組むほどの仕事か。ワシも興味が出てきたのう」

「…………出なくていいし。早く帰れし」

「まあ、リタラさんはこう言っていますが、僕としては戦力はあるだけこしたことはありません。どうです、協力しませんか? 強い魔導士と戦えますよ」

 

 アキューの言葉に、パンシュラは目を輝かせる。

 

「ほう、面白い。詳細を教えい」

「ええ、もちろんです。それと、パンシュラさんが追っている刀についても教えてください。協力できるかもしれません」

「ええじゃろう。情報交換じゃ」

 

 そうして交渉を終え、パンシュラがアキューたちに協力するのが決定したのだった。

 

 

「ああん、ヴァイトぉ~~。バカと一緒に仕事することになったよぉ。辛いよぉ。よしよししてぇん」

「カカカカ! その気持ち悪さ、何度見ても笑えるのう!」

(実力は確かなんですけどねぇ。この人たちは……)

 しばしの話し合いののち、アキューが頭を痛ませる一幕があったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、斑鳩は神刀を一旦ジーニャへと返却した。抜けない刀を腰に差していても戦いの邪魔になるだけだからだ。

 斑鳩が宿の正面玄関から悠然と出て行くと、暗闇から男が一人現われる。

 

(こいつが、パンシュラどすか)

 

 褐色の肌に金色の髪。ジーニャが言っていた特徴と一致する。

 パンシュラは両手にそれぞれ剣を持っていた。加えて、パンシュラの周囲には二本の剣と二枚の盾が浮かんでいる。

 

(四本の剣と二枚の盾。なるほど、それで“六手のパンシュラ”)

 

 斑鳩がパンシュラを観察していると、パンシュラの方から声をかけてきた。

 

「うむ、なんとも美しいたたずまいよ。お主が広場の魔獣の首を斬った斑鳩とかいう魔導士じゃな」

「…………ええ、そうどすが。そういうあなたはジーニャはんのもつ神刀を狙っているパンシュラどすな」

「おう、その通りじゃ」

 

 一瞬、パンシュラが斑鳩の名前を知っていることに眉をひそめたが、大方町人に聞いたのだろうと思い、特に気にはとめなかった。

 

「一応聞きますが、退く気はありまへん?」

「残念ながらそれはないのう。神刀もそうじゃが、早くお主と殺り合いとうてうずうずしとるわ!!」

「まあ、それは一目見て分かってたことどすが!!」

 

 斑鳩が刀を抜くと同時、パンシュラの脇に浮いていた剣の一本が高速で迫ってきた。

 

(竜巻の剣!!)

 

 飛んだ剣の後を、強烈な風が渦を巻く。風が、剣を避けた斑鳩を押しのけた。

 

「ほれほれ、追加じゃ!」

 

 続いて浮いていた剣のもう一本が、風で体勢を崩した斑鳩めがけて飛んでくる。今度は、風で無く電撃を纏った剣だった。

 

「くっ」

 

 紙一重で剣を躱す斑鳩。しかし、剣から延びてきた電流を躱すことは出来なかった。

 

「か、体が痺れて――――!」

 

 電流が流れたことで斑鳩の筋肉は硬直し、一時的に身動きがとれなくなる。

 

「どうしたんじゃ、もう終わりか!」

 

 硬直する斑鳩に、旋回してきた竜巻の剣が再び迫る。その勢いは凄まじく、ただの天之水分では流せそうに無い。

 

「ぐ、なら――――!」

「む!」

 

 斑鳩は硬直する体を天之水分で無理矢理に倒すことで剣を躱す。痺れがとれると、再び迫る雷撃の剣を大きく躱して距離をとった。

 

「ほう、ワシの竜巻剣と麻痺剣をしのいだか。大抵はこれで終わるんじゃが、しかし、そうでなければ面白くないわい」

「紙一重で躱しても意味が無い。大きく躱さなければならない以上、それはそれで動きを大きく制限される。覚悟はしてたんどすが。やはり相当にやりますなぁ」

「カカ、まだ二手。勝負はこれからじゃ」

「いいえ、これで最終手どす。――――無月流、夜叉閃空!」

 

 剣を武器として用いながら遠距離ができるのは、なにもパンシュラだけではない。神速ともいえる剣閃がパンシュラに迫り、――――直前で軌道を変えた。

 

「そんな……」

「カカ、こりゃ驚いた。剣閃が全く見えなんだ。悔しいが剣士としては、ワシはお主に大きく劣っておるようじゃ」

 

 間違いなく、夜叉閃空はパンシュラめがけて飛んでいた。それが、パンシュラの脇に浮かぶ盾に吸い込まれるように軌道を変えたのだ。

 誘引の盾。あらゆる攻撃はその盾に吸い寄せられる。

 まだ使われていない、パンシュラの両手の剣ともう一枚の盾。その全てが魔剣であり、魔盾であるとするならば、

 

「これは、かなり厳しい戦いになりそうどすなぁ」

 

 言葉とは裏腹に、斑鳩の口が弧を描く。

 そして、ここまで立ったまま動かなかったパンシュラが剣を構えた。

 

「カカ、これで三手。小手調べはここまでじゃ。ここからは本気でいこうぞ!」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 斑鳩が宿の正面から出ていくと同時、裏口からジーニャを抱えた青鷺とカグラが脱出した。

 

「早速来たぞ!」

「……分かってる」

 

 カグラと青鷺の頭上から、幾筋もの魔力光が降り注いだ。魔力光は広範囲に、一人分の隙間もない。したがって、青鷺の瞬間移動では躱すことは不可能だった。

 

「伏せろ!」

 

 青鷺はジーニャを抱え込むように伏せ、カグラが剣でその頭上の魔力光をはじき返す。幸い大した威力も無く、簡単に弾くことに成功する。魔力光の止んだ先、そこには大きな杖を手に、空中に浮かぶ女がいた。

 

「先に行け、青鷺! やつは私が相手をする!」

「……気をつけて」

「ああ!」

 

 カグラが女魔導士、リタラの前に立ちふさがり青鷺を逃がす。そうしたのは当然、周囲にリタラ以外の敵の気配が無かったからであった。しかし、

 

「シシシ、まんまと引っかかったし」

 

 リタラの持つ杖が赤く光る。すると突然、青鷺が向かった先に莫大な魔力と強烈な殺気が現われた。

 

「オオオオオオオオオ!!」

「なんだ!?」

 

 咆哮とともに暗闇から現われたヴァイトが青鷺に斬りかかる。

 

「……くっ」

途轍もない早さの剣を青鷺は瞬間移動でかろうじて躱した。

「――――!」

 

 しかし、即座にヴァイトの首が青鷺の方を向き、地面を蹴って飛びかかる。ぎりぎりで瞬間移動のインターバルを抜け、再び瞬間移動で躱してみせる。しかしみたび、ヴァイトは青鷺を補足して斬りかかった。

 

(まずい! 今度は間に合わない)

 

 せめてジーニャに被害が及ばぬよう、青鷺はかばうようにヴァイトの剣に身をさらす。ジーニャは戦いについていけず、必死に青鷺にしがみついていた。

 

「まずい!」

「逃がすかし!」

 

 ヴァイトの存在に気付いた段階で、カグラは青鷺のもとへ向かおうとした。それを邪魔するようにリタラが魔力光を放とうとする。

 

「落ちていろ!」

「な、ぐっ――!」

 

 それに気がついたカグラは重力魔法を発動。リタラを地面に張り付けにしておくほどの威力は無いが、空中から落とすには十分な威力はあった。

 リタラは魔力光を見当外れの場所へ撃ちながら落ちていく。

 カグラはそれに見向きもせずに走り去る。そして、間一髪のところで青鷺とヴァイトの間に入ることに成功した。そして、ヴァイトの剣を防ぎ――、

 

(なんだ、この尋常では無い力は!!)

 

 ヴァイトの剣を受けたカグラは力負けし、押し込まれた自らの刀の峰が体に食い込む。そして、ヴァイトが剣を振り抜くと、カグラの体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。そのまま、カグラは近くの家に、壁を突き破って飛び込んだ。

 それを見た青鷺は即座に悟る。

 

(……私たちじゃ、ジーニャを守り切れない)

 

 それは青鷺にとって途轍もない屈辱であった。ほんの数分前に逃がすと約束したことを、もうひるがえさなければならないのだから。

 

「……ごめん、自分で逃げて」

「え?」

 

 青鷺はしがみつくジーニャを引きはがして地面に投げる。その時、普段表情が薄い青鷺からは考えられないほど、悔しさに顔を歪ませていた。青鷺はジーニャから離れるように瞬間移動をする。

 敵の目的はジーニャが持つ神刀である。その神刀を持つジーニャを一人にすることは危険な行為である。しかし、青鷺には確信があった。

 

「……やっぱりこいつ、私を狙ってる」

 

 ヴァイトはジーニャに見向きもせずに、青鷺に向かって来た。理性を感じさせない咆哮と言い、間違いなくこの男は正気じゃ無い。

 二度避けたところで、再び瞬間移動が間に合わなくなる。避けようと後退するが、避けきれない。腰に差した小刀で受けるも、カグラに受けきれなかった剣を青鷺が受けられる訳も無かく、小刀は折れ、そのまま青鷺は斬られてしまった。

 

「……ぐ、くぅ」

 

 そのまま崩れおちる青鷺。幸い、後退したおかげか傷は浅い。しかし、その頭上でヴァイトは剣を振りかぶる。

 青鷺は死を覚悟した。その視線は先ほどジーニャを投げ飛ばした場所へ向かう。そこにジーニャの姿は無い。

 

(……よかった。逃げてくれた)

 

 安心する青鷺に、ヴァイトが剣を振り下ろそうとする、寸前。

 

「青鷺!!」

 

 ヴァイトの後方からカグラが斬りかかる。それに気付いたヴァイトは剣をおろしてカグラの剣を防ぐ。

 

「――そのまま吹き飛べ」

 

 つい先ほどとは全くの逆。カグラの剣を受けたヴァイトの体が浮き上がり、そのままカグラに吹き飛ばされる。

 当然、力で吹き飛ばしたのでは無い。重力魔法を反転、ヴァイトを軽くすることで吹き飛ばしたのである。ダメージはないだろうが、時間は稼ぐことが出来る。

 

「大丈夫か、青鷺」

「……なんとか。ジーニャには一人で逃げて貰った」

「それが懸命だろう。正直、これほどとは……。とりあえず一旦退いて――」

「おい、てめえ」

 

 一時離脱をしようとしたカグラと青鷺の頭上から声がする。見上げれば、リタラは冷たい表情で二人を、否、カグラを見下ろしていた。

 

「ちっ、もう起き上がったか!」

 

 カグラの声に反応せず。リタラは体を小刻みに震わせ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「てめえ、よくも、よくもよくもよくも! アタシのヴァイトに酷いことを!!!」

「オオオオオオオオオオオオ!」

 

 ヴァイトが跳躍してきたのか、空から二人の前に降ってきた。

 

「憎め、憎め! そのちっちゃい方だけじゃねえ。黒髪ロングの方はもっと憎め!! そうすればヴァイトは負けない、誰にも負けない!! アタシのヴァイトが最強なんだし!!!」

「ギ、グ、ガアアアアアア!」

 

 リタラの持つ杖が赤く光り、ヴァイトが応じるように雄叫びをあげる。

 

「なるほど、そういうことか。あの男の異常な様子、尋常ならざる力!」

「……カグラ?」

 

 魔力探知に特別秀でているわけでは無いカグラでも分かるほど、刀からヴァイトに莫大な魔力が流れ込んでいく。ヴァイトの力のからくりは、手に持つ刀にあるに違いない。そして、リタラの『憎め』という言葉。カグラには一つだけ心当たりがあった。

 それはかつて、兄を求める旅の途中に聞いた噂。黒魔術教団への憎しみを燃やすカグラが心から欲した、復讐者の剣。

 

「――怨刀・不倶戴天か!!」

 

 カグラが叫ぶと同時、ヴァイトの雄叫びがやむ。そして、ゆっくりとヴァイトは不倶戴天を構えた。

 それらを見下ろしてリタラが言う。

 

「ヴァイトと怨刀の力、存分に味わうがいいし!」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「はあはあ」

 

 ジーニャはツユクサの町をひた走る。町人も戦いに気がついたのか、ちらほらと家の明かりがつきだしている。

 宿を出てから、青鷺に担がれている間のことは、何が起こっていたのか全く分からなかった。しかし、ジーニャを投げとばした青鷺の表情。そして、目前にいた恐ろしい大男。とにかくその場にいるのは危険だということだけがわかった。

 

「怖い、怖い。誰か、誰か助けて――――!」

 

 ジーニャの体は恐怖に震え、涙も流れている。

 

「ォォォォォォォォォォォォォ!」

「ひいっ!!」

 

 はるか後方で、あの大男の咆哮が聞こえる。本当に同じ人間なのか疑いたくなるほど、人間離れした声だ。

 咆哮を背に、走る。

 

 ――ふと、思い出した。

 

 脳裏に焼き付いて離れない、あの笑い声を。

 

「――――」

 

 ジーニャの足が止まる。相変わらず恐怖で体は震えているし、涙も止まらない。なのに、前に進もうとしても足が動かない。

 同じだ。あの時も、泣きながら無様に逃げ出した。己のせいで斬られた母を置いて。今も助けてくれると言ってくれた人たちを、己のせいで巻き込んでしまった人たちを置いて逃げている。

 母を置いて逃げたことを死ぬほど後悔していたのでは無かったのか。

 だから、神刀を担い手に渡し、己はダミーの姉妹刀を渡して死ぬ覚悟を決めたのでは無かったのか。手を差し伸べられて、生への執着でも湧いたのか。

 

「に、逃げちゃだめ。だめなんだ。わ、私のせいなんだから……」

 

 ジーニャは振り返って再び走り出す。一歩一歩、死地に向かう実感が恐怖をかきたてる。だというのに、今度は自然と足が前に出た。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 吹き荒れる竜巻と電撃、その間を縫って斑鳩はパンシュラに肉薄する。近づけば竜巻剣と麻痺剣はパンシュラ自身に被害が出かねないため使えない。

 

「それ、四手目じゃ!」

 

 パンシュラが左に持つ剣がしなって伸びる。

持ち主の思うがままに動く自在剣。これが、中距離射程をカバーする。

 

「それは既に経験済みどす!」

 

 うねりながら迫る剣を躱すのは非常に困難を極める。しかし、アネモネ村の一件で刃の触手を経験している斑鳩にとっては、避けることなど非常に容易であった。

 

「なんじゃと!」

 

 体を捻り、自在剣を潜ってパンシュラの目前まで辿り着く。剣速において斑鳩にかなう者はいない。パンシュラが右手の剣を振る前に確実に斑鳩の剣が届くはず。しかし、

 

「――、これでもだめどすか」

 

 パンシュラを斬るために剣を振ったはずなのに、斑鳩の腕は想定していた軌道とは全く別の場所を通り、誘引の盾を斬りつけていた。

 

「カカ、魔法を吸い込むので無く、攻撃行為を吸い込むのじゃ。優秀な盾じゃろう」

「ほんと、忌々しいほどに!」

 

 斑鳩はパンシュラの懐で無防備となる。そこにパンシュラの右手の剣が振り下ろされた。タイミングとしては、回避はぎりぎりで間に合うタイミングではあった。しかし、一度離れてしまえば再び竜巻剣と麻痺剣をかいくぐるところから始めなければならない。

 そのため、斑鳩は剣を受けようとした。幸い、誘引の盾が吸い込むのは攻撃行為。防御のために引き戻す分には思う通りに動くことが出来た。

 しかし、斑鳩はすぐに思い直すとパンシュラの剣の間合いから離脱した。

 

「ほう、気付いたか」

「その剣、見た目通りの重さじゃありまへんな」

「その通り。五手目、超重剣じゃ!」

 

 斑鳩が剣を流そうと天之水分で触れたものの、びくともしなかったために気がつくことが出来た。

 一見、ただの剣に見えるが実際は膨大な質量を持っているのだろう。かつ、パンシュラが片手で振っているところをみると、持ち主だけには重さが感じられないようになっているのであろう。なんにせよ、まともに打ち合えばいとも簡単に刀をへし折られるに違いない。

 

「やはり、あの盾をどうにかしないといけまへんか。なら、正面から突き破らせて貰いましょうか!」

 

 神経をすり減らしつつ、再び竜巻剣と麻痺剣をくぐりぬけた斑鳩は、今度はパンシュラに近づかなかった。

 

「無月流、迦楼羅炎!」

 

 斑鳩のもつ無月流剣術の中で最高威力を誇る技。これならば、誘引の盾を突き破れるはず。

 

「こりゃまた、とんでもない技をもっとるのう」

 

 迦楼羅炎と誘引の盾の間にもう一枚の盾が割って入る。その盾に迦楼羅炎がぶつかり、爆炎をあげた。そして、煙が晴れた後、傷一つ無い盾の姿があった。

 

「これで六手目。あらゆる攻撃を防ぐ金剛の盾じゃ」

「まったく、冗談はよしてほしいどすなぁ」

「カカ、誇ってよいぞ。ワシが六手全てを使って五体満足でいる者なんぞお主が初めてじゃ」

「それはどうも」

 

 斑鳩はパンシュラの六手を全てしのいだ。しかし、斑鳩の無月流もまたすべて封殺された。

 否、無月流にはひとつ、奥の手がある。

 

(もう、菊理姫をつかうしか――)

 

 その時、竜巻剣と麻痺剣を躱すため、感知用に広げていた天之水分に、二本の剣以外の反応があった。それを斑鳩はとっさに避ける。

 

「む」

「これは、毒?」

「いやはや、躱されてしまいましたか」

 

 声をする方向を向けば、中年ぐらいの男が歩いてくるところだった。

 

「その剣、無月流の――――、おっと」

「おい、アキュー。なんのつもりじゃ」

 

 中年の男、アキューが口を開こうとしたところ、竜巻剣が襲いかかる。

 

「パンシュラさん、殺す気ですか」

「おうよ、ワシの邪魔をしたらただじゃすまんと知っとるはずじゃが」

「ええ、ですがどうやら時間切れのようですよ」

「なんじゃと?」

 

 そこで再び、斑鳩の天之水分による感知に引っかかるものがあった。何かがとんでくる。振り向きざま、その正体を目にして斑鳩は驚きの声をあげた。

 

「サギはん!?」

 

 慌てて斑鳩は青鷺を抱き留める。青鷺はぐったりと弱って気を失っていた。

 

「シシ、なんだし。手こずってんじゃん、パンシュラ。やっぱ、ヴァイトが一番だし」

「なんじゃ、つまらん。そっちはもう終わっちまったんか」

 

 現われたのは空に浮かぶ女と、剣を携えた大柄な男。

 

「ち、事前の約束なら仕方が無いのう」

 

 パンシュラは戦いが始まる前、ヴァイトとリタラの戦いが終わった段階で手を引くように約束させられていた。

 

「本当にまた戦う機会は来るんじゃろうな」

「それは保証しますとも」

「ち、興ざめじゃ。ワシは先に帰るぞ」

 

 アキューの答えにパンシュラは、不満をあらわにしながらも引き下がる。

 

「カグラはん……」

 

 カグラは大柄な男、ヴァイトに頭をわしづかみにされて引きずられていた。カグラもまた、意識があるようには見えない。

 

(これでは、菊理姫はつかえまへんな……)

 

 無月流の奥の手、菊理姫は自己暗示による精神強化と己の肉体を傀儡のように無理矢理動かすことによる諸刃の剣。使えば最後、身動き一つとれなくなるだろう。四人に囲まれてしまえば、一人くらいは倒せるだろうがそこで力尽きて終わりである。

 

(この状況、どうすれば……)

 

 カグラと青鷺を連れて脱出する。姿が見えないジーニャは逃げることができたと信じるしかない。そう思ったときだった。

 

「――待って!」

「ジ、ジーニャはん!?」

 

 ジーニャが走ってやってきた。

 

「あなたたちの目的はわたしと神刀でしょう! 神刀はここにあります」

言って、ジーニャは担いでいる長袋から神刀を取り出す。

「この人たちは関係ありません! わたしを殺すというのなら、どうぞお好きになさってください!」

「ジーニャはん、何を!」

 

 斑鳩が声をかけるが、ジーニャはじっとパンシュラを睨み付けている。

 

「は? おい、パンシュラ。神刀を奪えばいいんじゃなかったのか? 殺すってなんだし」

「うむ、神刀を奪う過程でこやつの母を斬ったときに見られての。ギルドの決まりで殺人の目撃者は消せというておったろう? じゃから、こやつは殺さねばなるまい」

「いやいやいや、待つし。説明が足りないし、突っ込みどころも多いんだけど。まず、なんでその場で殺してないんだし。そうすればその場で目撃者も殺せるし、神刀も手に入ったし」

「うむ、簡単に言えば気が向いたからじゃな!」

「…………お前は、本当に」

 

 リタラは頭を抱えた。そもそも、殺人の犯人がばれないように目撃者を殺すのに、一度逃がしてなんの意味があるというのだろうか。また、いくら闇ギルドと言っても、殺人は目をつけられやすいから控えろと言われていることは忘れているのだろうか。まあ、パンシュラはなにも考えてはいないだけだろう。

 

「ヴァイト~~。バカのせいで頭が痛いよ。なでなでして~~」

 

 リタラは考えることを放棄してヴァイトにすり寄った。ヴァイトは左腕でリタラを抱きしめると、右手で撫でるために、掴んでいたカグラを放り投げる。

 

「カグラはん!」

 

 斑鳩は青鷺を抱えたままカグラも受け止める。二人とも、気を失ってはいるが息はしている。

 それを見て、アキューは苦笑いしながら言った。

 

「こほん、僕の仲間が失礼しました。ジーニャさんといいましたね。パンシュラさんがあなたに用があるのはその通りなのですが、僕とリタラさんは違うのです。用があるのはそこの方なのですよ」

「…………え?」

 

 言って、アキューは斑鳩を指さした。

 

「…………うちどすか?」

 

 斑鳩は怪訝そうに顔をしかめる。

 

「――正確には、あなたの師匠に用があるのですよ」

「――――ッ! 貴様、師匠になんのようどす!?」

 

 アキューの一言で、一瞬で斑鳩の怒気が頂点に達する。刀を握りしめた斑鳩を見て、アキューは鼻で笑う。

 

「かかってくるならご勝手に。その時は、腕の中のお二人の命はないものと思ってください」

「ぐ……」

 

 押し黙った斑鳩を見てアキューは再びジーニャに視線を向ける。その怜悧な視線に、ジーニャは無意識に一歩後退した。

 

「というわけで、僕としてはあなたのことなどどうでもよいのですが」

「そ、そんな……」

「しかし、人質には使えそうですね。リタラさん」

「はいよ」

 

 リタラがジーニャに近寄ったところで、斑鳩が一歩前に出る。

 

「何を――」

「お前は引っ込んでろし。ヴァイト」

「ぐうううう」

 

 ヴァイトはうなりながら斑鳩の前に立ちふさがる。

 

「くっ……」

 

 さすがに手負いのカグラと青鷺を放って戦うわけには行かない。これで、斑鳩の動きが封じられた。

 

「そうすごまなくても大丈夫ですよ。人質と言ったでしょう。命は取りませんし、手荒な真似もしません」

 

 リタラはジーニャに近づき、取り出した宝石を押しつけると呪文を唱えだす。

 

「ひっ。な、なに……?」

「はい、終わったし。これやるよ」

 

 リタラは宝石を斑鳩に投げ渡した。

 

「これは?」

 

 斑鳩は投げ渡された宝石を覗き込む。宝石の中が炎のように光っている。

 

「宝石を光らせるだけの魔法だし。この小娘と生体リンクしたから、人質の無事が確認できるし」

「というわけです。ジーニャさんを解放したければあなたの師匠を連れてきてください。期限は一ヶ月。場所は、あなたの師匠に、デヴァン様がお待ちだ、と言えば分かるはずです」

 

 斑鳩はアキューの言葉に眉根を寄せた。

 

「なぜ、詳細を教えないんどす」

「だって、場所を教えてあなたたちだけで来られても困ってしまいますからね」

「ですが!」

「これ以上、話すつもりはありません。続きはあなたがお師匠さんを連れてきてからといたしましょう」

 

 なおも言いつのらんとする斑鳩を遮って、アキューは無理矢理会話を打ち切った。そして、アキューはリタラに目で合図を送る。

 リタラはそれに頷くと、命令を出す。

 

「ヴァイト」

「オオオオオオオオオオオオ!」

「きゃああ!」

 

 ヴァイトが左腕でジーニャを掴み、右腕で剣を地面に叩きつけるように振り下ろす。

 砂塵が舞い、それが止む頃には“血濡れの狼”面々の姿はどこかへ消えていた。

 

 

「負けた、完全に…………!」

 

 斑鳩をかつてないほどの敗北感が襲う。

 斑鳩個人として、ジェラールには敗北しているし、コブラにもあまり勝てたと胸をはっていえる結果では無かった。それでも、最後には彼らの野望を阻止することに成功している。しかし、今回は違う。やつらの目的を阻止することができなかった。何より、ジーニャを守れず、むざむざと人質に取られてしまった。

 

「なんて、無力…………!」

 

 アキューという男は、師匠に知らせろと言っていた。

 

『絶対に証明したら帰ってきます。それまでまっていてください!』

 

 かつての誓いを思い出す。誓いはいまだ果たせず、それどころか至らないことばかり。本来ならば、とても帰れたものではない。

 しかしもはや、そんなことを言っていられる状況ではなかった。

 一度、帰らなければならない。

 

 ――師匠のもとへと。

 




○怨刀・不倶戴天
 持ち主が憎しみなどの怨念を燃やせば燃やすほど、持ち主に莫大な力を与える呪いの剣。

 怨刀についてはオリジナル設定です。正直、どんな能力なのか原作を読んでもよくわかりませんでした。

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