“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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神刀編(オリジナル)
第二十七話 ミルマーヤの神刀


 フィオーレ王国東部の町、ツユクサ。

 ここは隣国ボスコとの玄関口でもあり、交易によって栄えている。

 そこで、斑鳩、カグラ、青鷺の三人は夕食として、異国の料理に舌鼓を打っていた。

 

「ううん、ボスコの料理もおいしいどすなぁ」

「そうですね。フィオーレの料理とは違って辛めの味付けですが、たまにはこういった料理もいいものです」

「……私にはちょっと辛すぎ。カグラにあげる」

「まったく、仕方がない。食ってやるから、辛くない料理を注文し直せ」

「……ありがと。じゃあ、遠慮なく」

「ふふ、サギはんには少し早かったみたいどすなぁ」

 

 三人がこうしてツユクサにまでやってきたのは、当然、六魔将軍討伐の折に約束したからである。こうして、食事をしながら斑鳩たちはいろいろな話をした。斑鳩の生い立ち、悩み、それだけではない。カグラと青鷺も同様に腹を割って話し、いっそう三人は絆を深めたのであった。

 

「しかし、こうして個室でゆっくり話すのもいいどすなぁ。昨日の宴会も楽しかったどすが、さすがに疲れてしまいましたから」

「まさか、観光に来てトラブルに見舞われるとは。アカネビーチといい、今年はどうもついてませんね」

 

 斑鳩は窓の外に視線を移す。その窓からは町の観光名所でもある大きな中央広場を眺めることが出来る。そこには今、大きな魔獣の首が飾られ、ライトアップされていた。

 実はツユクサでは、一週間ほど前から強力な魔獣が大量発生したことによって交易が停滞した。町に詰めている軍兵では太刀打ちできず、緊急のS級クエストとして魔導士ギルドに依頼が出されることになった。それでも失敗が続き、中々解決の糸口が見えないなか斑鳩たちが町を訪れたのである。

 最初、カグラは正式にギルドで受理していない仕事をすることに難色を示したが、結局は良心にしたがうことにした。こうして、三人の同意のもと魔獣退治に乗り出したのだ。魔獣退治開始からさらに一週間、ようやく群れのボスを見つけ出すことに成功。斑鳩が首を落とすことで事態は決着したのであった。

 斑鳩が言っている宴会とはこの記念として開かれたもので、立役者である斑鳩たちは不参加というわけにもいかず、休む暇もなく話しかけてくる町人たちに対応していた。

 

「……私はああいうノリ苦手」

「まあ、そう言うな。仕事をしていけばこういった機会は少なからずある。斑鳩殿みたいに楽しめるようになれとは言わないが、それなりに対応できるようになった方がいいだろう」

 

 カグラの言葉に青鷺は渋い顔をする。その表情を見て斑鳩はクスクスと笑った。

 こうしてしばらくの間、三人の談笑は和やかに続いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ツユクサの中央広場。

 フードを深く被った小柄な影が、飾られている魔獣の首を眺めている。魔獣の首はかなり大きく、広場を通る人々は見上げるように眺めては感嘆の声をあげていた。

 影もまた感嘆の声をあげるが、視線は頭上ではなく下。首の切り口に向いている。

 

「お前さん、分かる口かい?」

 

 影は急に声をかけられたせいかビクリと体を震わせて、恐る恐る声がした方を見た。そこには赤ら顔をした老人が立っている。それを見て、影は安堵したように息を吐く。ただの酔っ払いが絡んできただけのようだ。

 

「分かる口って、なんのことですか?」

 

 影から、高い声が聞こえてくる。どうやら影は少女のようだ。

 

「とぼけんじゃねえやい。この魔獣、カンジカはバカみてえに硬い体毛を持っていることで有名だ。実際、軍兵どもの武器じゃ下っ端のカンジカにも文字通り刃がたたなかったってのに、こうしてすっぱり綺麗に首を落としていやがる。おれも若い頃、魔剣士として魔導士ギルドに所属してたもんだが、こんなすげえ腕をもったやつにはほとんど会ったことがねえよ」

 

 その後も、酔っ払った老人は少女に自らの武勇伝を交えつつ、いかに目の前のカンジカの首を斬った魔剣士が凄いのかを聞かせ続けた。それを、少女は嫌な顔をせずにじっと聞いていた。

 

「その人たちって、今どこにいるのかわかりますか?」

「んん? それなら、そこの通りを真っ直ぐ行ったところの“オリヅル”って宿に泊まってるはずだが――ははぁ、お前さん会いたいのかい?」

 

 老人の言葉にコクリと頷いた。

 

「残念だが、あまりに町人が押し寄せるもんで、今では軍兵が出張って町人を追い払ってんだ。一目見るくらいなら明日の朝に出立するみたいだから、見送りに出れば見れると思うぞ」

 

 少女は静かに首を横に振る。

 

「会って話しがしたいです」

「ううん、それはなあ……。確か“人魚の踵”ってギルドに所属してたはずだから、どうしてもってんなら後日訪れれば会えるんじゃないかい?」

「…………それじゃあ、遅いんです」

「ん。なにか言ったかい?」

「いえ。お話、たいへん参考になりました。では、これで」

 

 そう言って、少女は老人に頭をさげ、背を向けるとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「随分と話し込んでしまいましたなぁ」

 

 斑鳩たちが宿の部屋にもどる頃には、すっかり夜も更けていた。

 

「……ん」

 

 部屋に戻ったところで、青鷺が眉を顰めて頭上を仰ぎ見る。

 

「サギはん?」

「……誰かいる」

「誰か?」

 

 斑鳩たちが泊まっている宿は三階建ての建物で、宿泊している部屋も三階にある。当然、斑鳩たちの部屋の上にあるのは屋根だけである。斑鳩が天之水分で確認するよりも早く、青鷺が瞬間移動で姿を消した。そして、瞬きするほどの間で見慣れない人影を連れてくる。

 

「きゃっ!」

 

 青鷺が人影を床に押さえつける。人影は小さく悲鳴をあげた。

 

「……私たちに何か用?」

「あ、あの! 私、怪しくは…………あると思うんですけど、別に害意とかはなくて! ただ、お話しがしたくて! あ、あの、その――――」

 

 青鷺がどうするのかと視線を投げる。

 

「まあ、手を離しても問題なかろう。斑鳩殿もそれでいいですか」

「ええ、それに見たところまだ幼い少女みたいどすし」

 

 深くフードを被っていて顔はよく見えないが、体格と声からは十四歳ほど、青鷺と同年代くらい程度の様子である。

 

「……わかった」

 

 青鷺も特に危険は感じなかったのだろう。特に異論をはさむことなく手を離した。

 

「あ、ありがとうございます」

「それで、話しがしたいことってなんどす? ただの町人には見えまへんけど」

「あ、はい。そ、その、まずは自己紹介をしますね」

 

 言って、少女は被っていたフードをとった。

 

「私は、ジーニャ・アラプトといいます。きっと知らないと思いますけど、ミルマーヤ族っていう、部族の末裔です」

 

 フードの下から現われたのは、斑鳩たちの想像通りまだ幼さを感じさせる少女であった。白髪、褐色肌、蒼い瞳。珍しい身体的特徴をしている。

 

「ミルマーヤ族。ふむ、知らないな」

「あはは……、そうですよね。百年前には滅んでしまってるみたいなので仕方がないんですけど」

 

 カグラの言葉に少女、ジーニャは苦笑した。

 

「では、こちらも自己紹介を。うちは斑鳩といいます」

「カグラだ」

「……青鷺」

「うちらは“人魚の踵”というギルドに所属している魔導士どす」

「それで、早速だが話したいこととはなんなのだ? わざわざ名乗ったと言うことは、ミルマーヤ族に何か関係が?」

 

 カグラの問いに、ジーニャは頷く。

 

「は、はい。お察しの通りです」

 

 言って、少女は肩にかついでいた長袋をおろすと、中から一振りの刀を取りだした。

 

「これは……」

 

 取り出した刀を見て、斑鳩たち三人は息をのむ。美しい白塗りの鞘に収められた刀。それは、どこか古びては居るが神聖な気配を放っていた。

 

「これは、ミルマーヤ族が代々崇めてきた守護神エトゥナ。月の欠片を混ぜこみ、エトゥナ様の魂を宿したと言われる神刀、三日月です。私は今、この神刀の担い手を探しているのです」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ミルマーヤ族はボスコ西部、フィオーレ王国との国境近くの森に集落をかまえる一族であった。たびたび戦渦に巻き込まれることはあったが、ミルマーヤ族の戦士は精強を誇り連戦連勝。かつてはボスコにその名を知らぬ者がいないほどであった。

 そんなミルマーヤ族は一柱の神を崇めていた。守護神エトゥナ、月と戦を司る女神である。エトゥナはただ飾られていることをよしとせず、時折、気に入った戦士を見つけると担い手として選び、その力を戦場で存分にふるった。その女神に従事する巫女を代々輩出し、ミルマーヤ族の族長としての立場を築いていたのがアラプト家である。

 ミルマーヤ族は一時期隆盛を誇ったが、不敗を誇ったことが逆にあだとなったのか、次第に部族外の者を軽視するようになっていった。ある時、ミルマーヤ族は流行病によって急激に人口を減少させた。それでも、部族外との交流を嫌った結果、緩やかに人口は減少し、百年ほど前に集落を維持できなくなったミルマーヤ族はついに集落を放棄し、ここにミルマーヤ族は滅びたのである。

 その時、神刀三日月を持ち出したのがアラプト家の巫女であった。

 

「なるほど、アラプトの姓を持つそなたは巫女の血を継ぐということか。しかし、わからんな。神刀の担い手を探すと言うことは、大事な神刀を手放すことではないのか?」

「はい、その通りです」

 

 カグラの問いにジーニャはしっかりと頷いた。

 

「でも、それでいいんですよ」

「それでいい?」

「はい、実はこの神刀、うちの物置に転がってたんです」

「――――は!?」

 

 ジーニャのあんまりな発言に、三人は唖然とする。

 

「アラプトの家系とはいえ、多くの者と交じり血を薄めました。かつてミルマーヤ族はエトゥナ様の声を聞くことが出来たようですが今はそれも叶いません。声を聞くことが出来るのは、先祖返りなのか血を色濃くついだ私だけなのです」

 

 ミルマーヤ族の特徴に白髪、褐色肌、赤い瞳がある。ジーニャの瞳は蒼いが、血を色濃く受け継いでいるのは確かである。

 

「違う文化の中で暮らすようになり、声も聞くことが出来なくなれば信仰が無くなってしまうのも仕方が無いことだと思います」

 

 そう言うジーニャの表情は少し寂しそうだった。

 

「私は幼い頃にこの神刀を見つけ、エトゥナ様とたくさんお話をしました。ミルマーヤ族に関する知識もエトゥナ様に教えていただいたものです。そのエトゥナ様が物置で転がっているよりも、新たな担い手のもとに渡りたいとおっしゃいました。ですから、私はなんとしてもエトゥナ様の担い手を見つけ出して差し上げたいのです」

 

 そう宣言するジーニャの瞳には強い輝きが灯っている。

 

「なるほど、事情はわかりました。それで、うちらに会いに来たのは広場のカンジカの首を見てどすか?」

「はい、その通りです」

「それで、その判断はどうするんどす。実際に剣を振ってみればいいどすか?」

 

 斑鳩の問いにジーニャは静かに首を振り、そっと神刀を差し出した。

 

「この神刀は担い手として選ばれた者にしか抜けません。また、ミルマーヤの血を引いていなくとも、担い手には声が聞こえるようになるそうです。ですから、手にとって抜いてみてください。それでわかります」

「なるほど、では……」

 

 斑鳩はそっと差し出された刀を手に取った。そして、柄に手をかけてぐっと力を入れる。しかし、

 

「…………残念どすが、うちにはぬけまへん」

「そう、ですか」

 

 いくら力を込めても刀は抜ける様子はない。諦めてジーニャに神刀を返そうとする、その時であった。

 

『――――惜しい』

 

 聞いたことがない、美しく清らかな声が聞こえた気がした。

 

「……ん? 今、声がしたような」

「――――!? 聞こえたのですか!」

 

 斑鳩の言葉に、ジーニャは飛びつくように迫りよった。

 

「ちょ、近いどす」

「あ、す、すみません。つい興奮してしまって……」

 

 ジーニャは顔を赤らめて距離を取る。

 

「しかし、本当に聞こえたのであれば、エトゥナ様には気に入られたはずです。それでも抜けないのであれば、まだ何か不満があるということでしょう」

「不満、どすか。それが何かは、わかります?」

 

 斑鳩の問いに、しかしジーニャは首を横に振る。

 

「エトゥナ様は教えてはくれないようです。己で気付けと言っています」

「さすがに、そう甘くはありまへんか」

 

 斑鳩は小さく溜息をついた。その斑鳩に、ジーニャは笑いかける。

 

「きっと、エトゥナ様に気に入られるのも時間の問題ですよ。――――ああ、これで私の役目も終わります。やっと母の元へ帰れる」

「帰る? 神刀はどうするんどすか」

「当然、斑鳩さんにお渡しします。大切にしてあげてください」

「ですが、まだうちは神刀を抜けたわけじゃ――――」

「……待って欲しい」

 

 ジーニャと斑鳩の会話に、窓際で黙って話を聞いていた青鷺が割って入る。その表情は分かりにくいが、わずかに険を感じさせるものだった。

 

「サギはん?」

「……何か、隠していることはない?」

「…………何のことでしょう」

 

 青鷺の追求をジーニャをはぐらかした。そのジーニャの表情にバツの悪さを感じ取ったカグラは青鷺に訪ねる。

 

「どうしてそう思ったのだ」

「……その娘の話の途中から、この宿を伺う気配がいくつか現われた」

「なんだと!?」

 

 青鷺の言葉に、カグラも驚きの声をあげた。青鷺は顔を伏せるジーニャをじっと見据えると、言った。

 

「……これは勘だけど、その刀、狙われてるんじゃないの」

「………………そ、それは」

 

 部屋の中を沈黙が支配する。重い空気が四人にのしかかった。そこで、再び斑鳩の頭に声が響く。

 

『どうか、この娘の話に耳を――――』

 

 その声には、どこか悲痛さがあった。斑鳩はジーニャの顔をのぞき見る。斑鳩が声をかけようとするが、それよりも前にジーニャが口を開いた。

 

「そう、あなたの言うとおりです。この神刀は狙われています」

「……だったら」

「しかし、安心してください」

 

 ジーニャは神刀を取り出した長袋を再び手にすると、もう一振り神刀と瓜二つの刀を取り出した。

 

「それは?」

「これは神刀三日月の姉妹刀。神刀が打たれたとき、刀は二本つくられたといいます。違いといえば、エトゥナ様が宿っているかいないかだけ。エトゥナ様のお声を聞けぬ輩には、この刀を渡せば引き下がるでしょう」

 

 そう言って、ジーニャは顔に笑みを浮かべた。しかし、その笑みはぎこちなく、無理矢理つくった表情であることはその場の三人にはすぐに分かった。

 

「それが本当なら、さっさとその姉妹刀を渡してしまえば良かったのではありまへんか」

「そ、それは……」

「それでも、神刀の担い手に足る人物を捜し当てるまでしなかったのは、引き渡したところで無事で済むようなぬるい相手ではなかったのではありまへんか」

 

 斑鳩の問いに、ジーニャは俯いて押し黙る。

 

「事情を、話してはくれまへんか」

「…………ダメです。神刀を受け取って貰う上に、危険に巻き込むなんてできません」

 

 斑鳩はそっと近寄ってジーニャの手を取った。ジーニャはぱっと斑鳩の顔を見上げる。その両目には薄く涙が溜まっている。

 

「巻き込まれたくて、話して欲しいんどすよ。だからどうか、うちをたよってはくれまへん?」

 

 そう言って斑鳩は優しく笑いかける。

 ジーニャは再び俯いて顔を隠すと、ぽつぽつと一体その身に何が起きているのかを話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ジーニャはボスコのとある町で母と二人で暮らしていた。

 まだ少女の域を出ないジーニャが神刀の担い手を探したいと思ったとき、まず相談したのは母親であった。ジーニャの母、ベアリア・アラプトは商人であり、悪人ではないが金に対する執着心がいささか強かった。神刀の話をジーニャから聞いたとき、まずベアリアが考えたことは金儲けになりそうだ、ということである。

 ベアリアはまず、商人ギルドを通じてボスコ国内に広告を出す。

 

 ――神刀の担い手求む。

 

 内容は、まず挑戦料を払って神刀を抜くことが出来るかどうか挑戦する。もし抜くことが出来たならば、その者に神刀を贈呈するというものだった。

 広告の効果は絶大で、ボスコ各地から剣士が集まり挑戦した。商売は大成功を収め、多くの利益を生み出したが、次第に客足は遠のいていった。あまりに神刀を抜ける者が現われないため、詐欺を疑われ出したのである。噂が出始めた段階、国中に広まる前にベアリアはここが商売のやめどきであると見切りをつけた。そして、最後にベアリアは神刀を好事家に売り渡してしまおうと思ったのである。

 ジーニャもさすがにこれを黙ってみているわけにはいかなかった。エトゥナ様を商売にされることにも正直納得はしていなかったが、実際に大勢の人が集まり挑戦し、担い手を見つけ出すのには適していたからこそ我慢していたのだ。しかし、担い手でもない好事家に売り渡すことには我慢することは出来なかった。

 思い直すように母を説得するジーニャだったが、母ベアリアに一蹴される。

 

「そんなぼろっちい刀のために、なんで私が骨を折んなきゃいけないんだい。神様だってんなら、せめてうちの家計にお金を恵んで欲しいもんだね」

 

 どれだけ説得を試みても意見を曲げないベアリアに、ジーニャはついに諦める。そこで、ジーニャは姉妹刀のことを思い出した。

 

「そうだ、今のうちにすり替えよう!」

 

 挑戦は明日で締め切る予定だ。明日で担い手が見つからなければ神刀は好事家に売り払われてしまう。そこで、誰にでも抜くことが出来る姉妹刀に今のうちにすり替え、明日の挑戦者に渡すことで事態を収束させる。そして、神刀は再び物置に隠して数年後、ジーニャが独り立ちしたときに担い手を探す旅に出ることにしようと考えた。エトゥナにも承諾を貰い、ジーニャはその計画を実行に移す。

 母が寝たことを確認して、客間に置かれた神刀を手にすると物置に向かった。多くの物が転がる物置から姉妹刀を探すことには苦労したが、なんとか見つけ出すことに成功する。そして、いざ交換しようと思ったところで、神刀をこのまま物置に置いていたら母に見つかる可能性があることに気付く。隠し場所を自分の部屋に変えようと計画を変更し、探している途中で見つけた長袋に神刀を入れて肩に担ぎ、姉妹刀を手に客間に向かおうとした。

 そのとき、家に悲鳴が轟いた。ジーニャはその悲鳴の主にすぐに気がついた。

 

「お、お母さん!?」

 

 悲鳴は客間の方からした。急いで物置を飛び出すと、客間へと駆け出す。

 そこでジーニャが目にしたものは、血だまりに沈む母と、血濡れの剣を手にした男であった。

 

「え、なに、これ…………」

 

 呆然と立ち尽くすジーニャに気付いて男はゆっくりと振り向いた。

 

「む、ガキがいたのか」

 

 男は若く、二十代の半ばほどに感じられる。その男は、金の髪に蒼い瞳、そして褐色の肌を持っていた。

 

「あ、あなた誰。お、お母さんに何したの」

 

 ジーニャは恐怖で声を震わせながら、必死に言葉を吐き出した。消え入りそうなその声は、しっかりと男の耳に届いたようだった。

 

「ワシか? ワシはパンシュラっていってのう、神刀を貰いにやってきたのよ」

 

 そして、視線を足下に倒れるベアリアに移すと言った。

 

「この女はの、一度はワシに神刀を譲る、神刀がある場所に案内してくれる、と言ったくせに、騙してこんな何もない部屋に連れてきたんじゃ。で、むかついたから斬ってやったというわけじゃ」

 

 パンシュラは悪びれもせずに言い放つ。ジーニャには、パンシュラが本気で悪いのはベアリアで己は何も悪くないのだと、そう思っていることが分かった。

 

「しかし、これから探そうと思っていた神刀を持ってきてくれるとはラッキーじゃのう。どれ、その刀をワシによこさんかい」

 

 ジーニャに近づこうとするパンシュラに、ジーニャは足が竦んで動けない。

 

「――む?」

 

 パンシュラの動きが止まる。パンシュラが足下に目を向ければ、ベアリアが倒れながらもパンシュラの足を掴んでいた。

 

「に、逃げなさい……、ジー、ニャ…………」

「お、お母さん!?」

 

 息も絶え絶えに、言葉を発するベアリア。

 

「早く、殺、される、前に……」

「で、でも…………」

 

 逃げるしかない。そんなことは分かっていたが、母を置いて逃げるなんてジーニャには出来そうに無かった。すると、

 

「――――く、カッカッカ!」

 

 その母娘のやりとりを見ていたパンシュラが突然笑い出す。

 

「いや、ワシとしたがことが見誤ったわい。神刀を商売に利用するなんぞ、ろくな女ではないと思っておったが、なかなか良いものを目にしたわ。よし、娘、逃げてよいぞ」

「――――え?」

 

 パンシュラの突然の言葉に、再び呆然とするジーニャ。

 

「む、分からんか? ワシの所属しておるギルドの方針でのう、人殺しの目撃者は生かしておいてはならんから、見逃してはやれんが逃げる時間くらいは与えてやろうと言っておるのじゃ。だいたい二日くらいはくれてやろう。それ、早よう逃げんか」

「で、でも…………」

 

 ジーニャはなおもパンシュラとベアリアの間で視線を彷徨わせる。すると、笑顔だったパンシュラの顔が少しずつ曇ってくる。

 

「ワシはくどいのは好きではないんじゃが……」

 

 その呟きに、ベアリアは危険なものを感じ取る。間違いない、このままジーニャが逡巡を続ければ、この男は意見を翻してこの場でジーニャを斬り殺すだろう。

 体に残った力を振り絞り、息を大きく吸い込んだ。そして、のどが張り裂けんばかりに声をあげる。

 

「――――早く行かんかい! この大馬鹿娘がァ!!」

 

 体をびくりと跳ねさせたジーニャとベアリアの視線が合った。ベアリアは渾身の力でジーニャを睨み続け、そして。

 

「――――!」

 

 涙を流し、ジーニャはその場を後にする。

「カッカッカ――――!」

 背後で再びあがるパンシュラの笑い声が、いつまでもジーニャの記憶に残った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「母は決して悪い人じゃありません。お金への執着だって、早くに父を亡くした母が私を育てるために必要だったからなんです。それなのに、私のわがままで、母を…………」

 

 泣いて震えるジーニャを斑鳩はそっと抱きしめる。母を殺され、まだ幼い少女が国をまたいでまで逃げてくる。その苦労は想像を絶することだろう。

 

「ごめんなさい。本当は巻き込んじゃダメなのに、こんなこと話してしまって。本当は恐くて、ずっと誰かに助けて欲しくて…………」

「言ったでしょう。うちは巻き込んで欲しかったんどす」

 

 斑鳩は泣き続けるジーニャの背中をなで続ける。そして、カグラと青鷺に視線をやると、二人はしっかりと頷いた。

 

「サギはん、敵の様子は?」

「……動く気配はない。恐らく、建物内での戦闘を嫌ってこっちが外に出てくるのを待ってるんだと思う」

「そう、では――」

 

 作戦をたてようと斑鳩が言おうとしたところで、青鷺が割って入ってくる。

 

「……待って欲しい。私はパンシュラという名前に聞き覚えがある」

「本当か」

「……うん。髑髏会にいた頃、一度話題になっていたのを聞いたことがある。ボスコで昨年くらいから有名になりだした闇ギルド、“血濡れの狼(ブラッディウルフ)”。そこのエースが確か“ノルディーン姉弟”と“六手のパンシュラ”。実際にそいつらに会ったギルドの魔導士が言うには、三羽鴉より余程恐ろしかったと」

「三羽鴉を凌ぐか……。その言葉が本当だとすれば、やさしい相手ではなさそうだ」

 

 カグラは口にはしなかったが、ジーニャを守るという条件も加わる。そうなれば、自然と条件は厳しくなっていくだろう。

 

「サギはん、この宿を伺う気配は一つではなく、複数なんどすな」

「……うん」

「なら、一番やっかいなパンシュラはうちが相手をしましょう。二人はジーニャはんを連れて逃げてください」

「わかりました」

「……わかった」

 

 頷くと、青鷺は座り込むジーニャを抱き上げる。

 

「ひゃあっ!」

 

 突然抱き上げられたジーニャはびっくりして声をあげる。

 

「……さっきはごめん。私たちに厄介ごとを押しつけようとしているのかと思って」

「い、いいんですよ! そう思われても仕方が無い状況でしたから」

「……代わりにしっかり逃がすから」

「なら、青鷺はしっかりとジーニャを連れて逃げることに専念しろ。つゆ払いは私がしよう。――――では、斑鳩殿」

「ええ」

 

 作戦は決まった。ならば後は、

 

「狼退治といきましょうか」

 




というわけで始まりました、神刀編(仮題)。
正直、オリキャラばっかなんですぐに終わらせたかったのですが、なんだかんだで長くなってしまいそう。
なんとか今月には終わらせたいと考えておりますので、どうかお付き合いください。

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