“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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前回までのあらすじ

 不穏な動きをみせる六魔将軍に地方ギルド連盟は妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、化猫の宿の四ギルド連合軍による討伐を決定する。集結する連合軍であったが、六魔将軍を前に作戦は失敗、そのまま敗北するかに思えた。しかし、斑鳩ら“人魚の踵”の三人を引き連れたジェラールは六魔将軍の目的である善悪反転魔法ニルヴァーナに自律崩壊魔法陣を組み込むと、六魔将軍を挑発。結果ジェラールは、六魔将軍をジェラール討伐と連合軍討伐のために分断させることに成功。激闘の末、六魔将軍の内五人を各個撃破し、ニルヴァーナを破壊。残されたブレインは怒りに震え、封印していた第二の人格にして六魔将軍のマスターであるゼロを解き放つ。ゼロは破壊欲のままにグレイとリオンを瀕死に追い込むと、二人を人質にさらなる破壊を求め、樹海に散らばる魔導士たちを呼び寄せるのであった。



第二十六話 マスター・ゼロ

「――さて」

 

 連絡は済んだ。これから来るであろう正規ギルドの魔導士たちを待つだけだが、待つだけというのは退屈なものだ。

 

「クク、暇つぶしに破壊しておくか」

 

 ゼロは地面に転がる二人の造形魔導士、グレイとリオンに近づいていく。

 そこへ、行く手を阻むように空から剣が舞い降りた。

 

「待ちくたびれたぞ。危うくこの二人を破壊するところだった」

「まだ、一分と経っていないはずだが。随分と気が早い男だ」

 

 グレイたちを背に、エルザが立つ。エルザはミッドナイトを撃破した後、グレイを追ってニルヴァーナに向かっていたのだ。

 天輪の鎧に身を包み、油断なくゼロを見据えながら、エルザはその途轍もなく強大で禍々しい魔力に肌が泡立つのを抑えられないでいた。

 

(まさかこれほどとは。マスター・ジョゼをはるかに凌ぐぞ)

 

 かつて相対した”幽鬼の支配者(ファントムロード)”のマスター・ジョゼ。聖十大魔導(せいてんだいまどう)に名を連ねていた彼を上回るほどの魔力。六魔将軍(オラシオンセイス)のマスターは伊達では無い。

 

「どうした? 来ねえならこっちからいくぞ」

「――――! 換装、飛翔の鎧!」

 

 ゼロがすっと手を差し伸べれば、エルザの足下から黒い魔力が間欠泉のように溢れ出る。それを察知したエルザは即座に飛翔の鎧に換装して離脱した。離脱するとエルザは即座に方向転換。飛翔の鎧による速度向上を活かして接近する。両手に持った双剣でエルザが斬るよりも速く、ゼロの拳が迫る。

 咄嗟に身を捻って躱し、そのままゼロの脇を抜けて離脱する。

 

(この男、簡単に飛翔の鎧の速度に対応した!?)

 

 驚くのも束の間、身を翻してゼロのほうへ身をむければ、ゼロから黒い魔力波が放たれる。広範囲に渡るそれは、躱すことのできる領域を既に超えていた。

 

「はァ――!!」

 

 天輪の鎧に換装。多数の剣を自在に操り、魔力波を切り払おうと試みる。

 

(なんという威力!)

 

 エルザの剣嵐は闇に飲み込まれて砕けていく。闇はその勢いのままエルザを呑み込み、鎧ごとエルザを痛め付ける。

 

「ハハハ! 鎧は破壊のしがいがあっていい! 早く違う鎧に換装しろ。でなければお前が先に壊れるぞ!」

「好き勝手に言ってくれる!」

 

 例え格上の相手であっても勝ち目は必ずどこかにあるはずだ。なにより、諦めることなどありえない。

 毅然と立ち、強い眼光を瞳に宿す。両手に剣を強く握りしめ、いくつもの剣が周囲を舞う。

 

「それでこそ壊し甲斐が――、――!?」

 

 突然、ゼロが横からの衝撃に吹き飛ばされる。

 

「ナツ!?」

 

 エルザはナツが身に纏う炎に目を見張る。普段のナツよりも、魔力が大幅に向上していた。

 

(いったい、何が)

 

 

 

 時は、ニルヴァーナ破壊直後に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 斑鳩たちが、砕け散った光の欠片が降り注ぐ光景に見とれていると、近くの草むらから人影が現われた。

 

「大丈夫――では、ないみたいだな」

「あら、ジェラールはん」

 

 ニルヴァーナ破壊に成功したことで、隠れる必要がなくなったジェラールが斑鳩たちに合流しに来たのである。

 

「すまなかった。こんな危険なことに巻き込んでしまって」

「気にする必要はありまへん。仕事を受けたのはうちらなんどす」

 

 肯定するように、カグラと青鷺も頷いた。

 

「ありがとう。だが、その状態では危険だ。すぐにウェンディに来てもらおう」

 

 斑鳩たちが毒に侵されている様子を見て、すぐにジェラールはウェンディに持たせたお守りに通信を入れる。すると、すぐに反応が返ってくる。

 

「ウェンディ、聞こえるか?」

『ジェラール!? 良かった、無事だったんだね!』

 

 ウェンディの嬉しそうな声が聞こえてきた。通信は斑鳩たちにも聞こえるようだ。

 

「ああ、なんとかな。それで、こっちに怪我人がいるんだ。すぐに来てもらえないか?」

『うん、わかった』

「よかった、目印に光をあげよう」

 

 言って、ジェラールが目印をあげるとすぐにウェンディがやってくる。ナツとハッピーも一緒だった。

 

「随分と早いな」

「それが、ナツさんが戦い足りないって、近くで六魔将軍の匂いがするところに向かってたんですけど……」

 

 困ったように笑うウェンディの視線の先に、気を失って縛られているレーサーとコブラの前で頭を抱えるナツの姿があった。

 

「だあ!? 今回、オレなんも出来てねえ!」

 

 それを見て、ジェラールも苦笑いをする。

 

「なるほどな。――それで、斑鳩たちはどうだ?」

 

 言って、ジェラールはウェンディの手当を受けている斑鳩に目線を移した。ウェンディの手当を受け始めてすぐ、余程の疲労だったのか眠ってしまった。カグラと青鷺も同様に横になっている。

 

「はい。特に斑鳩さんは重傷ですけど、なんとかなると思います」

 

 ウェンディの言葉にジェラールは安心する。

 そこに、ゼロからの通信が入った。

 

『よお、小僧ども』

「――――!? この声、ブレイン、いや、ゼロか!?」

 

 驚愕に、ジェラールは声を震わせた。そして、ゼロの短い通信が終わるとすぐに、どごんと大きな音が響く。ジェラールが音のする方を向けば、先ほどまでとはうって変わり、怒りに震えるナツが地面を殴り砕いている。

 

「ゼロ!」

「待て、ナツ!」

 

 すぐに駆け出そうとするナツをジェラールが引き留める。

 

「邪魔すんな!」

「行ってどうなる。オレも話でしか聞いたことはないが、やつは六魔全員が束になっても勝てないほどの強さだという。勝目なんてないぞ」

「じゃあ、グレイたちを見捨てろって言うのか!」

 

 ともすれば、ジェラールさえ殴りたおしてしまいかねないほど、ナツは怒りに身を燃やしていた。

 

「違う。連合にはエルザや聖十のジュラがいる。任せれば良い」

「そんなことはごめんだ!」

「――なら、うちのお願い聞いてくだはる?」

 

 ジェラールを力ずくで振り払い、ゼロのところに向かおうとするナツに声がかかった。ゼロの通信で目を覚ました斑鳩が上体を起こしてナツを見る。

 

「斑鳩さん、まだ身体を起こしちゃダメですよ」

 

 慌てるウェンディをそっと手で遮ると、傍らの剣を手に取った。

 

「なんだよ、急いでるんだけど」

「まあ、そう邪険にせず。うちも戦いたいのはやまやまなんどすが、見ての通り、不甲斐ない状態どす。ですから」

 

 言って、斑鳩は剣に炎を灯した。

 

「お前……」

「うちに残る魔力、全てを込めた迦楼羅炎。食べてくださいません?」

 

 じっと、斑鳩はナツの瞳を覗き込む。その視線に答えるように、ナツはしっかりと頷いた。

 

「そういうことなら、オレの分まで持って行け、残りは少ないがな」

「ジェラール」

 

 ジェラールもまた、手のひらに炎を灯して差し出す。

 

「行ってこい、ナツ」

「うちらの分まで、暴れてくるんどすよ」

「ああ、任せとけ!」

 

 ナツは斑鳩とジェラールの魔力の全てを喰らう。喰らった炎はさらなる豪火となってナツの体を包んだ。

 

「おし、行ってくる!」

 

 雄叫びとともに走り去るナツの背中に斑鳩が小さく呟いた。

 

「消耗したうちとジェラールはんの魔力だけでは、楽園の塔での力は引き出せまへんか。でも、あと少しナツはんの魔力が強化されれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪火を纏うナツを見て、エルザが呟く。

 

「これは、楽園の塔での――、いや、あの時ほどの力には至っていないか」

 

 思い起こすのは、楽園の塔での戦い。聖十の称号を持つジェラールさえ圧倒した力。

 

「やってくれるじゃねえか。だが、その程度じゃオレは倒せねえぞ」

 

 ナツに殴り飛ばされたゼロが、ゆったりと姿を表す。その身体には、傷の一つたりともついてはいない。

 

「……こんな気持ち悪い魔力は初めてだ」

 

 ナツはゼロを見て僅かに身を震わせた。どす黒い闇の魔力、質も量も、かつて相対した敵と比べれば桁違いだった。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)

「くっ」

 

 ゼロの指先から、漆黒の魔力が高速回転し、レーザーのように放たれる。ナツはすんでのところで躱すが、ゼロは常闇奇想曲を自在に操り、次々と攻撃をくらわせていく。

 その隙に、エルザがゼロに斬りかかった。しかし、ゼロはその場から動くこともなく、エルザの剣を受け止めてしまう。

 

「……躱すことも、しないのか」

「その程度か?」

 

 受け止めた剣を砕くと、そのままエルザを殴り飛ばした。拳の一撃で簡単に鎧は砕け跳ぶ。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 一方、ナツは火竜の鉄拳で常闇奇想曲を正面から受け止める。だが、代償に拳の皮が剥がれ、血が滴る。

 

「ほう、貫通性の魔法で貫かれないばかりか、止めてみせるとは。おもしろい」

 

 言って、余裕で微笑むゼロにエルザは力の差を悟らざるを得ない。諦めるつもりは毛頭ないが、このまま戦うよりも上等な手段があることを知っている。

 

(なんとか、私の魔力をナツにやることができれば)

 

 炎帝の剣。炎の刀身を持つこの剣に全魔力を込めてナツに渡す。そして、ナツに眠る竜の力を解放させる。

 しかし、圧倒的な力を持つゼロ相手にそんな隙を作ることが出来るのか。難しいと言わざるを得ない。

 

「はっ!」

 

 ゼロの両手から、幾筋もの黒い魔力がほとばしる。怨念にも似たその魔力は、拡散した後、まとわりつくようにナツとエルザに向かっていった。それを二人はなんとかよけるが、ゼロはナツに接近して掴むと、攻撃を仕掛けようと構えるエルザに投げつけた。

 

「ナツ!」

「くそ!」

 

 エルザは飛んできたナツに衝突し、そのまま二人そろって転がる。

 

「これで終わりだ。常闇回旋曲(ダークロンド)!」

 

 今度は躱す隙もなく、空間を埋め尽くすほどの魔力が二人を襲う。

 

「おいエルザ、何すんだよ!」

「下がっていろ!」

 

 ナツを後ろに追いやると、かばうように前に立った。覚悟を決め、その身をさらす。しかし、ゼロの魔法がエルザには届くことはなかった。

 

「岩鉄壁!」

 

 地面が盛り上がり、エルザの前に巨大な壁を作り出す。壁は見事にゼロの魔法を防ぎきる。

 

「ジュラか!」

「助太刀する」

 

 ジュラは岩鉄壁を砕いてゼロに浴びせかける。

 

「これは、壊し甲斐がありそうだ」

 

 ゼロは笑うと再び魔力を放って硬化した岩のつぶてを砕いていった。

 

「ジュラ、時間稼ぎを頼めるか」

 

 エルザがジュラに問いかける。

 

「策があるのか」

「ああ」

「承知した。はっ!」

 

 ジュラは再びエルザの前に壁を築くと、ゼロの立つ地面を吹き飛ばして後退させる。ジュラはそれに追撃をかけた。これで、ゼロとエルザたちを引き離すことに成功する。

 

「よし、これで――」

「おい、エルザ! さっきのはどういうつもりだったんだ!」

 

 ナツがエルザに吠えかかる。ナツをかばおうとしたことが気に入らなかったらしい。

 

「すまなかった。だが、お前が倒されるのは避けたかったんだ」

 

 エルザは炎帝の剣をその手に取り、炎に自身の全魔力を込めるとナツに差し出した。

 

「私の全魔力だ。喰え」

「エルザ……」

「その身に纏う炎、私以外からも魔力を貰ったのだろう?」

「ああ、ここに来る前に斑鳩とジェラールから貰った」

「やはりか」

 

 斑鳩とジェラールはともに楽園の塔で竜の力を解放したナツを目にしている。だからこそ、ナツに眠る力を解き放たんとしたのだろう。

 

「ゼロの力は想像以上だ。それはお前も分かっていよう。奴を倒せるのはお前しかいない。炎を喰え、そして、全ての力を解放するんだ」

「わかった」

 

 ナツが剣の炎を喰らう。身に纏う炎はより猛っていく。

 

「ふふ、期待して待っているぞ」

 

 そして、竜の力が解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハ! どうした、まだまだ壊したりねえぞ!」

 

 ゼロの周囲には多くの岩石が転がっている。どれも、ジュラの岩を砕いたものだ。

 

「ワシがここまで遊ばれるとは。恐ろしい男だ」

 

 短時間の攻防であったが、ジュラの魔法で操る岩石はいずれも砕かれ、ゼロに届くことはなかった。それでいて、ジュラはかすり傷程度ではあるが、傷を負っている。これで、全力を出している様子ではないのだ。実力の優劣を悟るのには十分。

 

「だが、勝負は実力の優劣のみでつくものではない!」

「来い! 貴様の全てを破壊してやろう!」

 

 再び、ジュラとゼロの攻防が始まろうとしたとき、莫大な魔力の発生を感じ取り、二人は動きを止めた。そして、エルザとナツを守る壁が砕け、魔力の正体があらわになった。

 

「あれは、妖精の尻尾の……」

 

 舞い散った砂塵のなかから、莫大な魔力を内包する炎を身に纏い、ナツが姿を表す。肌にはわずかに鱗が浮き上がっている。

 

「こ、この光、ドラゴンフォース!?」

 

 ゼロが驚いたように声をあげた。

 

「この力、エーテリオンを喰った時と似てる。すげえ、自分の力が二倍にも三倍にもなったみてえだ」

 

(滅竜魔法の最終形態。その魔力はドラゴンにも等しいと言われる全てを破壊する力)

 

 ブレインの知識が、ゼロに目前の光景の正体を教える。

 

「破壊、面白い」

 

 しかし、その正体を知ってなお、ゼロは笑う。そして、己の全魔力を開放した。

 

「来い、ドラゴンの力よ」

「これなら勝てる!」

 

 そして、人智を越える強大な魔力が衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むう、すさまじい魔力のぶつかり合いだ!」

 

 ジュラは衝突の余波に耐えていると、後方から声がかかった。

 

「ジュラ、下がれ! あれはもう、私たちの力が及ぶところではない」

「エルザ殿」

 

 エルザはナツが吹き飛ばした壁の残骸に身を隠すように、戦いの余波から身を守っていた。ジュラはエルザの魔力がもうほとんど残っていないことに気付くと、エルザの場所まで下がり、壁を作ってエルザを守る。

 

「ありがとう、助かった」

「エルザ殿、あれは一体?」

「ドラゴンフォース、滅竜魔導士が竜の力を解放した姿らしい」

「あれが、竜の力……」

 

 壁の向こうで今もなおぶつかっている魔力を感じ、その力に畏敬さえ感じてしまう。

 

「しかし、その竜の力を持ってしてゼロを討てなかったときは……」

 

 同時に、ジュラはドラゴンフォースを開放したナツにすら匹敵する魔力を放つゼロを思い起こして戦慄する。そんなジュラにエルザは笑いかける。

 

「安心しろ、ナツは負けない。たとえ何があろうとも」

 

 そう語るエルザの瞳には少しの揺らぎもない。

 

「ナツ殿を信頼しているのだな」

「ああ、あいつはどんな相手も越えていく」

「ならば、ワシもナツ殿を信じて待つとしよう」

 

 ジュラはその場にどかりと腰をおろした。エルザも同様に腰をおろす。そうして座る二人に恐怖は微塵もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおお!」

 

 雄叫びとともに、突進するナツ。それをゼロは左腕で受け止める。そして、右腕を振りかぶり、

 

「ダークグラビティ!」

「ぐああああ!」

 

 ゼロの手から放たれた重力波がナツを地面に叩きつけた。衝撃に地面は崩壊する。

 ナツは炎を噴射する力で重力に逆らい、ゼロに体当たりを試みる。それをゼロはひらりと躱すとナツを蹴り飛ばした。

 

「常闇奇想曲!」

 

 両手から、黒い魔力光線が放たれる。貫通性の二本の光線は大地の中すら移動し、上下左右全方向からナツを攻め立てる。

 

「火竜の咆哮!」

 

 それらを躱しながら、接近するゼロに対して魔法を放つ。ゼロは咆哮を正面から突破し、魔力波をナツに直撃させた。吹き飛ばされたナツにゼロは追い打ちをかける。今度は光線ではなく、いくつもの魔力弾を叩き込んだ。魔力弾によって舞い上がった砂塵の中から飛び出したナツは、ゼロを渾身の力で殴りかかる。ゼロもそれを迎え撃ち、拳と拳がぶつかり合った。二人の力は拮抗し、とてつもない衝撃が周囲の木々を襲う。

 

「どうやらその力、まだ完全には引き出せてはいないようだなァ!」

 

 すかさず、繰り出されたゼロの拳にナツは吹き飛ばされる。

 

「こんなものか、ドラゴンの力は! 太古の世界を支配していたドラゴンの力はこの程度か!」

「がはっ、ごあっ……」

 

 地に伏すナツをゼロが何度も蹴りつける。そして、蹴り飛ばされたナツが地面を転がっていく。

 

「オレは六魔将軍のマスター、ゼロ。どこか一ギルドのたかが兵隊とは格が違う。てめえごときゴミが一人で相手できるわけねーだろうが」

「…………一人じゃねえ」

「ん?」

 

 息を荒げながら、傷だらけの身体を持ち上げる。

 

「この魔力は、オレのものだけじゃねえ」

 

 斑鳩、ジェラール、エルザ。ナツを信じ、暴れてこいと、期待していると、そう言って己の魔力を託した三人の顔が思い浮かぶ。それだけではない。六魔将軍と死闘を繰り広げた妖精の尻尾(フェアリーテイル)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)化猫の宿(ケットシェルター)人魚の踵(マーメイドヒール)。彼らが死力を尽くしたからこそ、六魔は堕ち、ゼロは現われた。現われるまでに追い詰めた。

 

「みんなの想いが、オレとお前をここに連れてきた。みんなの思いがあったから、オレは今、ここに立っている!」

 

 立ち上がる。両足でしっかりと大地を踏みしめる。

 

「仲間の想いが! 力が! オレの体中を巡っているんだ!!」

 

 ナツの身体から更なる豪火が溢れ出す。その身体はボロボロなれど、魔力に衰えは一切ない。いまだに笑みを浮かべ続けるゼロを鋭い眼光で睨み付ける。

 

「粉々にするには惜しい男だが、もうよい。楽しかったよ」

 

 円を描くように、ゼロは右腕を掲げ、左腕を下げた。

 

「――貴様に最高の“無”をくれてやろう。我が最大魔法をな」

 

 さらに魔力を高めるゼロに、ナツも全力を持って向かっていく。

 

「滅竜奥義、紅蓮爆炎刃!!」

 

 

 ――その魔法、竜の鱗を砕き、竜の胆を潰し、竜の魂を狩りとる。

 

 

 そう言われるほどの力を持った、破壊の力。滅竜魔法、その奥義。両手に豪火をまとい、回転をしながらナツはゼロに向かっていく。

 

「――我が前にて歴史は終わり、無の創世記が幕を開ける」

 

 しかし、滅竜奥義を前にして、ゼロに怯む様子は微塵もない。悠然と、己が最大魔法の詠唱を終える。

 

「ジェネシス・ゼロ! 開け、鬼哭の門!!」

 

 ゼロの両手の間、その空間から、どす黒い怨念を持った亡霊が無数に召喚される。

 

「無の旅人よ! その者の魂を、記憶を、存在を喰いつくせ!!」

「ぐ、あっ、ああああああ!」

 

 無の旅人、ゼロにそう呼ばれた亡霊がナツに食らいつく。数えることもバカらしくなる、圧倒的な数量をもって滅竜奥義すら呑み込んだ。

 

「消えよ! 無の彼方へ、ゼロの名の下に!」

 

 ゼロの号令で、世界は闇に包まれる――その寸前、闇の中で金色の炎が灯る。

 

「何!? 金色の炎が、オレの魔法を燃やしているだと!!」

 

 ついに、ゼロの表情から笑みが消える。

 

「おおおお! らああああああ! 全魔力開放! 滅竜奥義“不知火型”――」

 

 ドラゴンにも等しいと言われるドラゴンフォース。そのあまりある魔力全てを一撃にかけることで、ついに、ナツはゼロの力を越えてみせる。

 

「――紅蓮鳳凰劍!!!」

 

 金色の炎は無の旅人を燃やし尽くし、驚異的な突進がゼロを完璧に捉えた。

 

「ぐあああああああ!」

 

 木々をなぎ倒し、大地を剥ぎ取りながら、飛んでいく。やがて勢いを失って二人が地面に転がる頃、ゼロは気を失っていた。

 

「う、おおおお――――――!」

 

 ナツが勝利の雄叫びをあげる。

 

 ここに、戦いは終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “化猫の宿”のギルドマスターから、連合軍に伝えたいことがあるらしい。ウェンディからそう伝えられ、連合軍の四ギルドに“人魚の踵”を加えた五ギルドのメンバーが“化猫の宿”のギルドに訪れていた。

 

「私たちは一度訪れたことがあるけど、他のみんなには新鮮みたいね」

 

 シェリーが鏡の前に立ち、“化猫の宿“で生産された衣服を見に包んだ姿を確認する様子を見て、ルーシィは隣に立つウェンディに話しかける。

 

「よろこんでもらえてるようで、私も嬉しいです」

「それにしても、捕まえた六魔将軍の処遇、あれで良かったのかしら」

 

 そういって、ルーシィは戦い終結直後のことを思い返す。

 

『六魔将軍の処遇はオレに任せてくれないか』

 

 そう言い出したのは、楽園の塔で出会ったジェラールだった。反対意見も当然出たが、最終的にはニルヴァーナ破壊の功績を連合軍が、六魔将軍討伐の功績をジェラールが果たしたという名目にすること、つまり功績を交換することで取引が成立した。その後、評議院が近づいてきていることに気がついたジェラールはニルヴァーナの影響で善に目覚めたホットアイ改めリチャードとともに、拘束された六魔将軍を担いでどこかへ消えた。

 

「きっと、大丈夫です。少しの間、一緒に暮らしてましたけどジェラールは信用できます」

「ジェラールはあたしも信用してないわけじゃないけど、六魔将軍と戦ったあたしとしてはあんな怪物を抑えておけるのかが心配なのよね」

「それなら大丈夫だろう」

「あ、エルザ!」

 

 シェリー同様、ギルド特産の衣装に身を包んだエルザがやってくる。

 

「六魔も強いが、それ以上にジェラールも強い。戦いになったとして、ホットアイも味方につくだろう。ゼロを再封印した今、安心して良いだろう」

「エルザがそう言うなら信用するけど」

「さあ、広場でもうみんなが待っている。そろそろ行こうか」

「うん」

 

 エルザに促されて、ルーシィたちは広場に向かった。

 

 

 ジェラールと六魔将軍の間でどんなやりとりがあったのかはルーシィたちには知り得ない。後日、ルーシィにエンジェルが契約していたはずの星霊の鍵が送られてきたこと、ブレインだけが評議院に捕まったということ。この二つの事実を知るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “化猫の宿”のマスターであるローバウルの話は六魔将軍討伐、ニルヴァーナ破壊に関する感謝の言葉から始まった。浮かれる連合軍の面々であったが、続く話に言葉を失う。

 ニルヴァーナの真実、そして、“化猫の宿”はローバウルが作り出した、ウェンディたった一人のためのギルドであったこと。

 

「ウェンディ、シャルル、もうおまえたちに偽りの仲間はいらない。本当の仲間が居るではないか。おまえたちの未来は始まったばかりだ」

 

 そういって笑いかけると、四百年間ニルヴァーナを見守り続けた亡霊、ローバウルは役目を終えて消え去った。同時に、ウェンディの肩に刻まれたギルドの紋章が消滅した。

 突然の別れに涙するウェンディの肩に、エルザがそっと手を置いた。

 

「愛する者との別れのつらさは仲間が埋めてくれる。――――来い、妖精の尻尾へ」

 

 

 

 こうして、六魔将軍討伐は終結した。連合軍は再会を誓い、各々のギルドへ帰って行く。しかし、斑鳩たちが妖精の尻尾と再会の誓いを果たすには、長い時間を要するなど、この時予想していた者は誰一人として居なかったのだった。

 




ようやく六魔編が完結。
エドラス、天狼島には参戦しようがないのでスルー。ということで七年後に行く前にいくつかオリジナルの話を挟むことになります。
これからも更新頻度は遅いかもしれませんが、さすがに二年後に更新とかはない、はず……。

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