“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第二十三話 天を喰え

「リオン様、今、声が」

「したな。隠れるぞ」

 

 樹海探索中、リオンとシェリーは声を聞きつけて木陰に身を隠した。物音をたてないように慎重に声がする方へと近づいていくと、人だかりができていた。

 

(また闇ギルドの連中か?)

 

 群がる人々を観察してみれば、全員が同じ紋様を体のどこかしらにつけている。間違いなく、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下の闇ギルドだろう。群がって何をしているのかは人の壁でみることはできない。

 

「今日の所はこれで許してやろう」

「ぼろぼろで何言ってんだ、おっさん」

「め、メェーン!」

 

 耳を澄ませると、すごく聞き覚えのある声がする。間違いなく青い天馬(ブルーペガサス)の一夜だろう。しかも、一人で囲まれているらしい。

 

「どうしますの?」

「……見捨てる。と言いたいところだが、一応仲間ということになっているしな。助けるしかないだろう」

「……そうですわね」

 

 あまり気乗りはしなかったが、一夜救出のために二人は木陰から身を表した。

 

 

 

「はあはあ、手間をかけさせやがって」

「メェーンぼくない」

「ふざけてるのか貴様は……」

 

 やっとのことで殲滅し、一夜を助け出したリオンとシェリー。疲労した体に一夜という存在は目に入るだけで苛立つ。悪意がないのはわかっていても、言動と格好からふざけているのかと言いたくなった。

 

「ちっ、シェリーはここでこいつを見ていろ。オレはいく」

「ど、どうしてですの!?」

 

 リオンの舌打ち混じりの命令にシェリーは抗議する。しかし、リオンは表情一つ変えずにシェリーに告げた。

 

「ギルドを二つも相手にして、お前は魔力も体力も底をつきかけている。このふざけた男も限界だ。しごくまっとうな意見だと思うが」

「それは、リオン様もでは」

「なめるな。オレは魔力も体力もまだ余裕がある」

「ぐ、ですが……。いえ、わかりました」

 

 シェリーは渋ったものの、反論の言葉がなくリオンの言葉に頷いた。リオンは戦いの中でいつの間にか脱いでいた上着を拾って再び着込む。「任せたぞ」とだけ言うと、リオンは森の中へと消えていく。それを見送ってシェリーは深いため息をこぼす。

 

「メェーンぼくない……」

「あなた、そればっかりですわね」

 

 シェリーのこぼすため息を聞きつけて一夜がすまなそうに声をかけるが、慰めるにはたりない。仕方なく、シェリーは一夜を肩に担ぐと別荘の方向に引き返していった。

 途中、がさりと前方から草をかきわける音がしてシェリーは身をすくめる。

 

「誰!? て、シェリーじゃない」

「……驚かさないで欲しいですわ」

 

 草陰から現れたのがルーシィなのを確認し、シェリーは安堵の息をつく。それから、傷一つないルーシィの体を胡乱げな目つきで見回した。

 

「こっちはぼろぼろだというのに随分と綺麗な体ですこと」

「う……」

 

 恨みのこもったシェリーの言葉にルーシィが怯んだように一歩後ずさる。

 

「し、仕方ないでしょ! 大体あんたたちが置いて行くから、あたし一人でうろつくはめになったんだから!」

「その歳で迷子なんて恥ずかしいですわね」

「ふ、二人とも落ち着いて」

「「ちょっと黙ってて!」」

「め、メェーン……」

 

 相変わらずの仲の悪さを発揮するルーシィとシェリー。仲裁に入った一夜も二人の迫力に押し黙る。

 

「まあいいですわ。私たちはこれから別荘に戻ります。どうせ役に立たないのなら、一緒に別荘に帰ったらどう?」

「……言い方が気に入らないけど、言葉に甘えさせてもうわ」

 

 ルーシィの返答にわずかにシェリーは眉をひそめる。ルーシィは反抗して行ってしまうと思ったのだが、素直に従ってしまった。

 

「まあ、いいですわ」

 

 皆が戦っている中、無傷のルーシィが帰ろうとするのは気にくわないが、これ以上口論する気も起きなかったので歩みを再開した。ルーシィを抜いて背を向けたとき、突然一夜に体を突き飛ばされる。

 

「危ない!」

「きゃあ! ちょっと何して――」

 

 シェリーが地面に倒された体を起こして振り返る。そこには、脇腹を刺された一夜とそれを前に笑うルーシィの姿。驚きにシェリーは声を詰まらせる。

 

「あれ、失敗しちゃったゾ」

 

 場にそぐわないのんきな声をあげながら、一つの影が木陰から姿を現す。

 

「……エンジェル」

「はぁーい、エンジェルちゃんだゾ」

 

 呻くように女の名を呟いた一夜に手をひらひらと振ってエンジェルが応じる。エンジェルが姿を表すと同時、ルーシィの体が二体の小さな生き物に変じた。

 

「気づかれちゃった」

「一夜のくせにー」

「これは、星霊?」

 

 その生き物を見て、シェリーは小さく呟いた。過去戦ったルーシィの星霊と同じような気配がする。

 

「正解だゾ。その子たちはジェミーとミニー。双子宮のジェミニだゾ」

「じゃあ、あなたは星霊魔導士!」

「そうだゾ」

 

 言ってエンジェルは再びジェミニにルーシィの姿をとらせた。それを見て、シェリーは笑う。

 

「あれ、体が動かない」

「ふふ、残念ながら星霊魔導士は私とは相性が悪いですわ」

 

 シェリーの魔法、人形撃は人間以外を操る魔法。星霊もまた例外ではない。ルーシィの姿をしたジェミニは立ったまま動けない。

 

「さあ、そのままエンジェルを攻撃しなさい!」

「開け、天蠍宮の扉」

「え?」

 

 取り出したのはもう一本の金の鍵。まさか、と思ったその通りにエンジェルはジェミニを帰すこともなく二つ目の扉を開く。

 

「スコーピオン!」

「ウィーアー!」

 

 現れたのは赤と白、二色の頭髪を生やし、巨大なサソリの尾を持っているチャラついた男。

 

「二体同時開門!?」

 

 驚きに染まるシェリーの表情にエンジェルは腹を抱えて笑い出す。

 

「キャハハ! 私があんな小娘と同じレベルなわけないでしょ! それに、ジェミニは変身した人間の思考も読み取ることができる。あんたの手の内なんてバレバレなのよ!」

「ぐ……」

「やっちゃいなさい、スコーピオン!」

「オーケイ! サンドバスター!」

 

 スコーピオンはサソリの尾の先端についている銃口をシェリーに向け、そこから砂嵐を発射した。

 

「木人形!」

 

 とっさに人形撃で近くにあった木を操って壁にする。しかし、砂嵐は木の壁などものともせずにシェリーを吹き飛ばした。シェリーは地面に転がって体を横たえた。立ち上がろうとするが、力が入らない。

 

「終わりだゾ」

 

 かろうじて上体を起こしたところで頭上からエンジェルの声が聞こえる。傍らにはスコーピオン。もはや打つ手はない。

 

(申し訳ありません、リオン様)

 

 目をつぶって終わりを待つ。しかし、訪れたのは軽い浮遊感と誰かに抱き上げられる感覚。

 

「一人でがんばりすぎだよ、お前」

 

 ゆっくりと目を開けた先に見えたのは心配そうに覗き込む浅黒い顔。トライメンズの一人、空夜のレンがそこにいた。

 

「あなた、天馬の……」

「もう、休んでろ」

「……ありがとう」

 

 シェリーはそのまま、レンの腕の中で意識を失った。レンはそっとシェリーを木にもたらせかけると、エンジェルの方に向き直る。そこではすでに、ヒビキとイヴがにらみ合いをしている。

 

「天馬のホストか。邪魔はいけないゾ」

「よくもやってくれたね」

 

 ヒビキはエンジェルの背後に倒れる一夜を見やって顔を顰める。怒りをこめてエンジェルを睨み付けるが、不敵に笑うばかりで意に介さない。

 

白い牙(ホワイトファング)!」

 

 イヴの魔法が発動する。巻き起こる吹雪がエンジェルを包む。

 

「スコーピオン」

「ウィーアー!」

 

 しかし、スコーピオンのサンドバスターによって引き起こされた砂嵐によって打ち消された。それだけでなく、押し返されてイヴが吹き飛ばされる。

 

「強いね……」

「お前たちが弱すぎるんだゾ」

「でも、目的は達成したよ」

 

 二人の魔法によって舞い上がった雪と砂が地に落ちて視界が開ける。ヒビキの腕の中には気を失った一夜が抱えられている。それを見てエンジェルは口元を釣り上げる。

 

「アハハ! お前たち面白すぎるゾ!」

「何がおか――」

 

 三人の鼻に異臭が漂う。それは、嗅ぎ覚えのあるもの。ヒビキの腕の中の一夜から漂う“戦意喪失の香り(パルファム)“だった。

 

「そいつをまず助けようとするなんて、簡単に予想できるのに何もしないわけないゾ」

「これは、まさか!」

 

 ヒビキが急いで腕の中の一夜を投げる。地面に落ちるより前に、ぽこぽこと体が泡立ちジェミニが現れる。鼻を押えながらエンジェルの後方を見ればまだ一夜はそこに倒れていた。エンジェルは三人を見下して笑っている。

 

「エアリアルフォーゼ!」

「――! スコーピオン!」

「ぐっ!」

 

 笑うエンジェルの不意をついて、レンが空気の渦を発生させた。油断していたエンジェルは咄嗟にスコーピオンを身代わりに逃れる。代わりに吹き飛ばされたスコーピオンはダメージを負ってしまった。

 レンは空気魔法によって、香りを遠ざけたことで少量を嗅ぐだけで助かったのだ。

 

「生意気だゾ」

 

 舌打ちしてエンジェルはスコーピオンを消す。次いで、別の黄金の鍵を取り出した。

 

「開け、白羊宮の扉。アリエス」

「……すみません」

 

 桃色の髪にもこもことした服を身に纏う、気弱げな少女が現れる。アリエスは魔法で桃色の羊毛を作り出し、レンを包み込む。

 

「動けない!」

「ジェミニ戻っていいぞ。開け、彫刻具座の扉。カエルム」

 

 ジェミニを消して、機械のような星霊を呼び出した。カエルムは砲台に変形し、レーザーを打ち出した。

 

「があああ!」

 

 レンはかろうじて空気を歪めて壁を作り出すが、防ぐこと叶わずくらってしまう。羊毛の中から吹き飛ばされて、レンは気を失い倒れ込んだ。

 

「カレンの、星霊?」

「ん?」

 

 呟きが聞こえた方にエンジェルが目をやれば、そこには呆然としたようにアリエスを見ているヒビキの姿があった。

 

「そういえば、カレンは青い天馬か……」

 

 エンジェルは思い出したように口に出すと面白いといわんばかりに口元を歪める。

 

「なんで、お前が……」

「なんでって、私がカレンを殺したんだもの。これはその時の戦利品だゾ」

「お前が、僕の恋人を……」

 

 ヒビキの瞳に暗い感情が灯る。それを見てエンジェルは内心で笑う。現在、ニルヴァーナの封印は解けている。完全開放はされていないが、善悪反転魔法、その一端がすでに発動しているのだ。現段階では善と悪の間で心が揺れている者の性質を反転させるのだ。心の揺れている善の者であるヒビキならば闇に落ちる。

 

「アハハ! お前があの女の恋人か! 星霊一匹出せずに惨めに死んだあの女の!」

「黙れええええ!」

 

 ヒビキが怒りを爆発させて立ち上がる。狂気的な怒りに包まれて、戦意喪失の香りの効果を上回った。次いで、魔法でパネルのようなものを飛ばしてくる。

 

「ぐああああ!」

 

 魔法に切り刻まれて、悲鳴を上げたのはエンジェルでも星霊でもない。エンジェルはいつのまにかアリエスに連れてこさせたイヴを盾にしたのだ。だが、ヒビキはイヴを自分の魔法で傷つけたのにも関わらず、眉一つ動かさない。エンジェルは確信した。ヒビキは闇に落ちたのだと。

 

「これ、帰すゾ」

 

 ぼろぼろに傷ついたイヴをヒビキの足下に投げ捨てた。相変わらず、気にした様子はない。かろうじて意識があったのか、イヴが呻くようにヒビキの名を呼んで足にすがる。しかし、ヒビキは「邪魔だな」と呟くとイヴを蹴り飛ばした。

 

「ク、クハハ! これがニルヴァーナの力! 完全開放されるのが楽しみだゾ!」

 

 その様子を見てエンジェルが腹を抱えて笑い出す。蹴り飛ばされたイヴはもう動く様子がない。

 ニルヴァーナが完全開放されれば、心の揺れている者の限らずに自由に善悪を反転させられる。そうなれば、光の者を闇に落し、殺し合わせることも可能なのだ。こんな魔法、ジェラールに破壊させる訳にはいかない。

 

「殺す」

 

 ヒビキがエンジェルを睨み付けている。ヒビキは闇に墜ちたものの、その暗い感情はエンジェルに向けられている。折角、闇に墜ちたのにもったいない気もするが、敵対されたのなら仕方がない。ヒビキを消そう、と思ったところで不意に茂みの奥から声がしてきた。

 

「ああ、もう! あたしだけ置いて行くとか、みんな酷すぎ! あたし一人でどうしろって言うのよ! もし六魔将軍に――」

 

 がさがさと草をかき分ける音が近づいてくる。不満を垂れ流しながら、金髪の少女、ルーシィが姿を現す。エンジェルとヒビキを見つけてルーシィは固まった。

 

「……星霊、魔導士」

 

 エンジェルはヒビキがルーシィに対して憎悪に満ちた声を出したのを確かに聴く。

 

「……へえ、私だけじゃなくて星霊魔導士自体に恨みが広がっているのか」

 

 エンジェルはいいことを思いついたと顔を愉悦に歪めた。

 ルーシィは対面するエンジェルとヒビキ、倒れ伏すレン、イヴ、ヒビキ、シェリー、一夜に視線を巡らせて、さあっと顔を青ざめさせる。

 

「ち、ちょっと。これ、もしかしなくても、あたし大ピンチなんじゃ……」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「決着はついた」

 

 ジュラは厳かに宣言する。目前には、傷だらけで地に膝をつくホットアイの姿があった。

 

「バカな……」

 

 息を荒げながら、ホットアイは信じられないと目を見開く。

 結論から言えば、ジュラとホットアイの戦いは一方的なものだった。ジュラの魔法によって硬質化した岩石は、柔らかくするのに手一杯。すぐに防戦一方となった。それだけでなく、柔らかくした岩石もすぐに再硬質化されてまた攻撃に加わってくる。しだいに、ホットアイは押し込まれていく。そして、一度でも攻撃が届いてしまえばあっと言う間だった。

 

「これが、聖十の魔導士」

「諦めよ。力の差は分かっただろう」

 

 諭すようにジュラが告げる。確かに、ジュラの力は凄まじい。正面から戦えば、六魔の中にジュラに勝てる魔導士はいないかもしれない。しかし、ホットアイはその言葉を受け入れるわけにはいかない。

 

「諦めるわけにはいかないのデス。金がいる。もっとお金が、金、金、金金金金金――!」

「な、何だ!?」

 

 突然、ホットアイが頭を抱えて叫びだす。その急変にジュラは困惑するばかりだった。

 

「金金金金――など、いりませんデス」

「……は?」

「ああ、世の中は愛に満ちている、の……デスネ」

 

 苦しんでいるのかと思ったホットアイが晴れやかな笑顔で愛を口にする。すでに限界だったのか、そのままホットアイは倒れ込んで気を失った。

 

「何だったのだ、一体……」

 

 一人残されたジュラは、釈然としないまま立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「火竜の鉄拳!」

「きかねえよ!」

 

 エリゴールの魔法、暴風衣(ストームメイル)。外に向かって吹き続ける風の鎧によって、ナツの炎の威力は減衰される。炎を剥がされたナツの拳はたやすくエリゴールに受け止めれた。

 

暴風波(ストームブリンガー)!」

「おああああ!」

 

 エリゴールから放たれる暴風の渦にのまれて吹き飛ぶナツ。地面に叩きつけられて転がった。

 

「くそ! 魔法が届かねえ!」

「……ふん、むかつくぜ。以前はどうやって勝ったのか分かってねえみてえだな。もっとも、前と同じようには負けねえが」

 

 ナツを見下ろしながらエリゴールは呟いた。以前、ナツと戦った際には暴風衣によって圧倒していたものの、攻撃が届かないことにフラストレーションをためたナツががむしゃらに高温を纏った。その結果、攻撃の意図をもたずにひたすら熱をもった炎によって急激な上昇気流が発生し、暴風衣を剥ぎ取られたことで敗北した。

 

「あの時、作戦を思いついた猫は気絶している。後はねえぜ、火竜」

 

 勝利を確信して、エリゴールは笑みを浮かべる。しかし、彼は失念している。この場にまだ戦士がいることを。

 

「ナツさん……」

 

 気を失っているハッピーとシャルルの横で、ウェンディは吹き飛ばされたナツを見て不安げに呟く。首に結び直したジェラールのお守りをぎゅっと握りしめた。

 

「ジェラール、私……」

 

 お守りはジェラールの声を届けるための魔導具でしかなかった。それでも、握っていればジェラールの温かさを感じる。化猫の宿で過ごした期間は長くはない。かつて旅したジェラールとはどこか変わったようではあったが、それでも共に過ごせて安らいだ。

『空気、いや天を喰え。君にもドラゴンの力が眠っている』

 戦う力がないことをジェラールに相談したとき、彼はそう言って優しく微笑んだ。

 

「私は、ジェラールを守るんだ」

 

 拳を握りしめる。弱気な気持ちが吹き飛んで、胸の奥から勇気が湧いてくる。

 

「お願い、グランディーネ。力を貸して!」

 

 そうして、ウェンディは天を食い始めた。

 

「なんだ? 風が……」

 

 先に異変に気づいたのは風の魔法使いたるエリゴールであった。風の流れが急変した。少し、気になって風の吹く方向に視線を向ける。

 

「空気を吸い込んでいる?」

 

 そこに居たのは小さな少女。戦う力など無さそうで、事実、戦いに介入してこないことから興味をなくして放っておいたのだ。懸命に空気を吸い込む姿は脅威になりそうにもない。だというのに、エリゴールには悪寒が走る。

 

「ウェンディ? なんだ、戦えんじゃねえか」

 

 エリゴールの視線に気づき、ウェンディを目に入れたナツはすぐに理解した。天竜というのだから天を喰っているのだろう。であれば、ウェンディの滅竜魔法が発動する。

 

「まさか!? このガキも滅竜魔導士か!」

 

 遅れて、エリゴールも気がついた。あれは吸い込んでいるのではない、喰っているのだ。

 

「このガキ! 暴風波!」

 

 咄嗟に魔法を発動する。しかし、すでに遅い。

 

「天竜の咆哮!」

 

 放たれた魔法の性質はほとんど同じ。竜巻がごとき魔法。しかし、竜迎撃用の滅竜魔法に対して、エリゴールの魔法は脆弱でそよ風にも等しい。暴風波はあっというまに咆哮に飲み込まれる。

 

「バ、バカなああああああ!」

 

 暴風衣も吹き飛ばされ、むき出しになったエリゴールの体は荒れ狂う暴風に切り刻まれながら、遙か彼方へととんでいった。

 

「…………や、やったの?」

 

 全てを吐き出したウェンディはぺたりと膝をついた。初めての攻撃魔法。目をつぶってしまってどうなったのかわからない。ぼうっとしていると、ナツが歩み寄ってきた。

 

「やったな、ウェンディ」

 

 そういってナツはにかりと笑う。つられて、ウェンディも笑みがこぼれた。

 

「――はい!」

 

 すがすがしい達成感がウェンディの胸を吹き抜ける。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ちっ、やはり奴を殺すしかないのか」

 

 黒光の柱のふもとでジェラールが仕掛けた自律崩壊魔法陣をいじっていたブレインは吐き捨てるように言った。

 生体リンクによる魔法陣の保護はかなり強力に作ってある。ただし、無理矢理組み込んだだけのようで魔力効率の面からとても実用できるようなものではない。元聖十のジェラールでさえ維持するので精一杯だろう。

 

「だというのに、一体何をやっているのだ。使えんやつらめ」

 

 戦う力の残っていないはずのジェラールが倒される気配がしない。苛立ちに杖を握りつぶさんばかりに力がこもる。

 突然、ブレインの頭がずきりと痛んだ。

 

「まさか、ホットアイがやられたというのか……」

 

 ホットアイがやられたことに反応して、ブレインの顔に刻まれた印がひとつ消えていく。

 

「やっぱり、一人はいると思ったぜ」

「直接封印を解除しようという腹だろう」

 

 六魔の一角が崩れたことに驚いているところに、背後から声が二つ聞こえてきた。振り向けば、そこには半裸の男が二人。

 

「てめえと同じ考えだったのは気にくわねえが、やるぞリオン」

「こちらの台詞だ、グレイ」

 

 二人は両手を重ね、魔力を高める。

 

「蛆虫どもが、すぐに消してやる」

 

 ブレインもまた、杖に禍々しい魔力を込める。放たれた氷と影がぶつかりあった。

 


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