“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第二十二話 ジェラール防衛戦

「貴様、どうやってそんなことを……」

 

 ブレインが震える声を発する。いち早く意識が現実に戻ってきたのはブレインだった。

 

『自律崩壊魔法陣を使わせてもらった。かつて貴様がオレに教えたものだ』

 

 自律崩壊魔法陣。組み込まれたものを自壊させる魔法。しかし、自壊させるまでに時間がかかる上、解除コードというものを設定しなければならない。もし、解除コードがばれてしまった場合には誰にでも解除できてしまう。

 

「自律崩壊魔法陣だと? ハハ、バカめ。それの開発者は私だ。私ならその魔法陣を無効化できることを忘れたのか?」

 

 ジェラールが話すニルヴァーナの破壊方法。それを聞いたブレインが笑う。ブレインはかつて魔法開発局に在籍していた。ブレインのコードネームが示す通り、その時に作り出した魔法の数は数百にも及ぶ。その一つが自律崩壊魔法陣なのだ。

 

『忘れてないさ。無論、少し手を加えてある』

「なに?」

 

 ジェラールに動揺はない。無論、ブレインが解除できることなど想定済みだ。

 

『自律崩壊魔法陣と生体リンクした。オレが死なない限り、自律崩壊魔法陣が無効化されることはない』

「てめえ、正気か!?」

 

 コブラが叫びはその場にいる全員が抱いた気持ちだ。そんなことをすれば、六魔将軍全員から命を狙われることになるのだから。

 

『当然だ。早く樹海の中からオレを探し出すことだな』

 

 その通信を最後に、ジェラールの言葉は途切れた。

 

「おのれ、ジェラァアアアァアルゥゥゥ!!」

 

 ブレインが叫ぶ。目をむき、強大な怒りに体を震わせる。

 

「コブラ! やつの居場所はわからんのか!」

「だめだな、聴こえねえ。遠すぎる」

「くそ、探しに行くぞ!」

 

 ブレインの号令に、六魔は連合に背を向けて樹海に向かおうとする。その寸前、ブレインが振り返った。

 

「うぬらにもう用はない。消えよ」

 

 ジェラールの介入により、撃たずにいた常闇回旋曲(ダークロンド)を放つ。

 

「伏せろォ!!」

 

 怨霊じみた膨大なエネルギーの塊は空へと昇り、次いで雨のように連合へと降り注ぐ。

 

「岩鉄壁」

 

 しかし怨霊の雨は、連合を覆うように盛り上がった岩の壁に阻まれた。

 

「ジュラ様!」

 

 シェリーが感激に叫ぶ。魔法で皆を守ったジュラが別荘の方角から歩いてきた。横には一夜もいる。リオンがジュラのもとへと歩み寄った。

 

「ジュラさん、無事で良かったよ」

「いや、無事ではない」

 

 言ったジュラの腹に巻かれた包帯からは、血がにじみ出す。横に立つ一夜はさらにぼろぼろだ。

 

「今は一夜殿の痛み止めの香り(パルファム)で一時的に押えられている」

「皆さんにも私の痛み止めの香りを」

「いい匂い」

 

 一夜が取り出した試験管から流れ出す匂いが辺りに漂い、皆の体を楽にしていく。

 

「くそ、逃げられちまった!」

 

 常闇回旋曲(ダークロンド)を放つと同時に、六魔将軍(オラシオンセイス)は結果を見届けることなく姿を消した。すでに樹海でジェラールを探していることだろう。

 

「早く行かねえと!」

「待て、闇雲に闘ってどうにかなる相手ではない。それに、これからどうするか決めなければならんだろう」

 

 すぐに駈け出そうとしたナツをリオンが制する。それをナツが睨み付けた。

 

「どうするかって、あいつらと闘ってジェラールを守るんだよ!」

「そのジェラールというのは最近、エーテリオンを投下したという犯罪者ではないのか。そんなやつが言ったことを本当に信じられるのか?」

 

 リオンの言葉にエルザが息を呑む。ジェラールは犯罪者だ。その事実がエルザには心に痛い。蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)はジェラールの素性を知らない。疑うのも仕方のないことである。

 

「ジェラールは仲間だ!」

「なに?」

「その通りだ、リオン」

 

 迷いの一切なく、ナツが断言する。眉を寄せるリオンの肩にグレイが手を置いた。

 

「ジェラールが信じられることはオレたち、妖精の尻尾が保証する。いいだろ、エルザ」

「あ、ああ」

「あの、化猫の宿も保証します!」

 

 グレイの言葉にエルザが頷き、ウェンディも意を決して声をあげる。まだ迷った風にいる皆の中、ジュラが「よかろう」と頷いた。

 

「ジュラさん!?」

「これほど保証してくれるのだ。信じて良かろう。青い天馬もよいか?」

「ええ、いいですよ」

 

 ジュラの言葉に一夜が頷く。両ギルドとも、リーダーが頷いたのならばこれ以上に異論はない。意思が纏まったのを感じ取り、エルザが口を開く。

 

「さっきの会話を聞く限り、ジェラールが生きていればニルヴァーナはおのずと破壊されるという解釈でいいだろう」

 

 エルザが皆を見渡す。エルザの推論に異議があるものはいないようだ。

 

「故に、これより我々連合は樹海へ入り、ジェラールを六魔の手から守る! 行くぞォ!」

「おおおお!!」

 

 エルザの号令に雄叫びをもって答え、連合は樹海へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 六魔将軍はジェラールの居場所をコブラの耳を頼りに探していた。

 

「聴こえたぜ」

 

 樹海の中、ついにコブラはジェラールの足音を聴く。しかし、同時に三つ、ジェラールと行動をともにする足音を聴いた。

 

「ヤツは仲間を連れてるみてえだぜ」

「何人だ?」

「三人だ」

 

 ブレインはふむ、と考え込む。

 

「生き残った連合の方はどうだ?」

 

 言われて、コブラは後方の方に耳を澄ます。

 

「だめだな、傘下のヤツらじゃ足止めもまともにできちゃいねえ」

 

 六魔将軍は樹海に入ってすぐ、コブラの耳によって連合が生きていることを知る。しかし、ジェラールを探すことを優先するため、傘下のギルドを向かわせていたのだ。

 

「ならば、コブラとレーサーはジェラールのところへ行け。自律崩壊魔法陣に生体リンク。もはやヤツには戦う力は残っていまい」

「わかった。――乗りな、コブラ」

「おう」

 

 レーサーはブレインに頷き、二つの魔導二輪を召喚した。レーサーとコブラはそれぞれ二輪にまたがり、あっという間に姿を消した。

 

「起きろ、ミッドナイト」

 

 ブレインの言葉に、今まで眠っていた青年が目を開ける。

 

「正規ギルドの蛆虫どもを一人残さず殺してこい」

「はい、父上」

「ホットアイ、エンジェル。お前たちも行け。私はニルヴァーナのもとまで行き、封印が解けないか試してみよう」

「わかりましたデスネ」

「しょうがないなあ」

 

 ホットアイは諾々と、エンジェルは少々不満げに頷いた。三人を見送って、ブレインはニルヴァーナのもとへと進んでいく。

 

「蛆虫どもが。どれほど邪魔をしようとも、ニルヴァーナは私が頂く」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 闇ギルド“黒い一角獣(ブラックユニコーン)”を殲滅し、ヒビキ、イヴ、レンは若干の疲労に息をつく。

 

「無駄な時間をくっちまったぜ」

「一夜さんともはぐれちゃったし……」

 

 イヴが少し心配したように表情を曇らせる。その様子を見て、ヒビキは笑ってイヴの背をたたいた。

 

「一夜さんなら大丈夫さ、僕たちが心配することじゃない」

「そうか、そうだよね!」

 

 イヴは元気を出して笑顔を見せる。一夜は強力な魔導士だ。心配する必要なんてないと思い直したイヴは、ヒビキ、レンとともに、ジェラール及び六魔探索を再開する。

 

 

 

 一方、その頃。

 

「ちょ、わ、私みんなとはぐれて一人に……。いや、だから決して怪しいものじゃ……。メェーン」

 

 一夜は別の闇ギルドに一人で囲まれ、大ピンチだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「もう、時間がかかってしまいましたわ」

 

 闇ギルドの男たちが倒れ伏す中央で、シェリーが不満そうにぼやいた。場に立っているのはジュラ、リオン、シェリー。蛇姫の鱗の三人であった。

 

「ジュラさん行きましょう。急がなければ」

「いや、お前たちは先に行け」

「ジュラさん?」

 

 怪訝そうにリオンが見れば、ジュラは森奥を睨むように見つめている。何事かと思ってそちらを見ても特に何かがある様子はない。

 

「大きな魔力が近づいてくる」

「六魔将軍ですの!?」

 

 シェリーが驚きと恐れから声を荒げる。ジュラはそれに落ち着き払った様子で頷いた。

 

「ワシがここで迎え撃つ」

 

 ざわり、と空気が揺れる。ジュラが臨戦態勢に入ったのだ。それを二人は肌で感じ取る。

 

「わかりました。ご武運を」

「お前たちもな」

 

 ジュラの実力を知る二人は、一人で迎え撃とうとするジュラに異論を挟むこともなく、ただ頷いてその場を後にする。

 しばらくして、ジュラは大地のざわめきを感じ取った。

 

「そこにいるのはわかっている。出てこい」

「さすが聖十の魔導士」

 

 ジュラに答えるように大地が歪む。ジュラはそれをすぐさま固め、勢い盛んに、石柱を現れたホットアイめがけて伸ばした。ホットアイは避けるそぶりひとつ見せず、手を伸びてくる石柱にかざすと、ぐにゃりと石柱が融けたように崩れ去った。

 

「私は土を柔らかくする魔法。あなたは土を硬くする魔法。さて、強いのはどっちデスカ?」

 

 悠々と、ジュラを前にしてホットアイは構えるそぶりすらない。余裕をあらわにするホットアイに、ジュラは怒るでも呆れるでもなく、ただ静かに相対している。

 

「無論、魔法の優劣に非ず。強い理念を持つものが勝つ」

「違いますネ。勝つのはいつの時代も、金持ちデス」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「先に行け、グレイ」

「ああ? どうしたんだよ、エルザ」

 

 エルザとグレイは闇ギルド“裸の包帯男(ネイキッドマミー)”を殲滅した。先に進もうとしたところで、エルザは険しい顔をしてグレイに告げのだった。

 

「逃がさないよ。父上には君たちを一人残らず殺すように命令されているんだ」

 

 しかし、グレイにエルザが答えるよりも早く、草陰からミッドナイトが姿を現す。

 

「こいつ、眠ってたヤツか?」

 

 呟くグレイに、ミッドナイトが無表情に手をかざす。すると、グレイの衣服が締め付けるように巻き付いた。ぎちぎちと嫌な音をたてている。

 

「ぐう!!」

「グレイ! くそッ!!」

 

 エルザは天輪の鎧にすぐさま換装。大量の剣をミッドナイトめがけて飛ばす。しかし、剣群はミッドナイトに当たる前に全て軌道を変えて地面に落ちた。ミッドナイトに傷は一つもない。だが、グレイにかかっていた魔法は解けたようで地に膝をついて咳き込んでいた。

 

「無事かグレイ!」

「ああ、無事だ! こんなことなら服脱いどくんだったぜ……」

 

 軽口をたたく程度の余裕はあるようだ。その様子に少し安心すると、エルザは視線はミッドナイトに向けたまま、グレイに叫ぶ。

 

「ここは私が受け持つ。お前は先に行け、命令だ!」

 

 反論は聞かないというように、命令という部分を強調する。そこに、グレイはエルザにもあまり余裕がないのを感じ取る。

 

「ちっ、わかったよ」

 

 不服に思いながらも、グレイは命令に従う。ミッドナイトから離れるように森の中へと姿を消した。

 

「本当は、メインディッシュは後に残しておきたかったんだけどね」

「ほざけ、貴様はここで倒す」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ナツとウェンディはそれぞれ、ハッピーとシャルルを背に空を飛んで六魔とジェラールを探していた。

 

「ウェンディ、お前、戦えねえのについてくる必要あったのか?」

「そ、それはそうなんですけど……」

 

 ウェンディは沈痛に顔を伏せる。ナツはシャルルに責めるように睨まれて、慌てて弁明する。

 

「いや、別に責めてるわけじゃねえぞ」

「す、すいません。でも、ジェラールが狙われてるって聞いて、じっとしてられなかったんです」

 

 そう言って顔を上げるウェンディの瞳には強い意志が宿っていた。それを見てナツはにかりと笑う。

 

「へ、あんなヤツら、オレが一人で片付けてやらあ!」

「無理に決まってるじゃない……」

「わ、私も支援します!」

 

 盛り上がる滅竜魔導士二人に、シャルルが呆れたようにため息をつく。すると、ハッピーが突然声をあげた。

 

「見て! 前に誰かいるよ!」

「あ? 誰だ?」

 

 ナツが前方に浮かぶ人影を捉える。瞬間、突風がナツたちの上空から吹き下ろす。

 

「何だ!?」

「きゃあ!」

 

 ハッピーとシャルルの翼では耐えきれず、そのまま墜落して地面に叩きつけられてしまった。ナツが体を起こして辺りを見回すと、よろよろと体を起こすウェンディを見つける。

 

「おい大丈夫か!」

「わ、私は大丈夫ですけど。シャルルとハッピーさんが」

 

 見れば、ハッピーとシャルルは目を回して気を失っている。命に別状は無さそうではあるが、しばらく目を覚ましそうにない。

 

「くそっ! 誰だ!」

「くく、オレを忘れちまったのか? ずいぶん冷てえじゃねえか」

 

 ナツの叫びに答え、頭上から声が返ってくる。男は風を纏い、ゆっくりと下降してきた。ナツの顔を知っている風なその男の名は。

 

「誰だっけ、お前」

「エリゴールだ!」

 

 死神エリゴール。闇ギルド“鉄の森”のリーダーにして、かつて呪歌によるギルドマスターの一斉殺戮を目論んだ男だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「まだかよ」

「焦んなよ、レーサー。もうすぐだ」

 

 コブラとレーサーは魔導二輪にまたがり、樹海内を疾走していた。改造を施された二輪は悪路、否、道とも言えない木々の間を走り抜ける。声はもうすぐそこだ。

 

「気づかれた。ジェラールの仲間が三人、近づいてくるぞ」

「は、誰が来ようがオレの走りは止められねえ!」

 

 コブラの忠告に、むしろ加速するレーサー。仕方がないと、コブラもついていく。

 

「来るぜ」

「上等だ」

 

 三人の一人が構えたのを聴く。思考さえ聴くことのできるコブラには、相手がなにをしてくるのか、手に取るようにわかる。無論、この時にもわかっていた。

 

(居合い切り。射程を伸ばす魔法による遠距離攻撃)

 

 声を聴き、にやりと口元を釣り上げる。コブラはレーサーに伝え、いつもがごとく、余裕の表情で躱そうとする。

 

「跳べ! レ――」

 

 言葉は、強制的に止めさせられる。コブラは空に舞いながら、驚愕とともに、同じく投げ出されたレーサーとばらばらに解体された二輪を見つめていた。攻撃を読んでいながら、なぜ攻撃を受けてしまったのか。その理由は単純にして明解だった。

 

(こいつ、速すぎる!)

 

 想定外の剣速に、コブラがタイミングを誤ったのだ。

 二人が身を翻して着地すると、森の奥から一人の女が姿を現した。

 

「ふむ、乗っている二人を狙ったんどすが、躱されるとは。心の声を聴くというやつどすか?」

 

 斑鳩が剣を振った瞬間に、二輪を跳躍させていた。故に、避けきれずに二輪を失ったものの、コブラとレーサーは無事だったのだ。

 そして、斑鳩の言葉からジェラールが六魔の魔法を漏らしたのだと悟る。

 

「てめえ、オレの走りを邪魔しやがったな」

「待て、まだ――」

 

 レーサーは走りを止められることを嫌う。故に、斑鳩に対して怒りを向けたレーサーは、コブラの制止も聞かずに、超スピードで襲いかかろうとした。しかし、突如体が重くなったことで、レーサーはバランスを崩してよろめいた。そこへ、小柄な少女が前方に突如として現れる。

 

「なにい!」

「……外した」

 

 レーサーは横っ飛びで回避すると、一回転して立ち上がる。おそらく転移系の魔法を使ったであろう少女の横に、また一人、刀を携えた黒い長髪の少女が並んだ。

 

「お前の相手は」

「……私たち」

「上等だ。オレの走りを邪魔するヤツは生かしておけねえ」

 

 レーサーが駆ける。青鷺がカグラをつかみ、転移で避ける。そうしながら森の奥へと離れていった。

 

「は、分断とは、やってくれるじゃねえか」

「……心を聴くとは聞いていましたが、実際にやられると少し不気味どすなあ」

 

 ほざけ、とコブラは笑う。斑鳩の心の声が聴こえる。心の聴こえるコブラを相手に、連携させるわけにはいかないという声。そしてもう一つ。

 

「面白え! 聴かれても避けられる前に斬れば問題ねえってか! やれるもんならやってみやがれ!」

「言われずとも」

 

 斑鳩は剣を構え、コブラは両腕を人ならざるものへと変化させる。

 

 

 そして、強大な魔力がぶつかり合った。

 

 

 




ルーシィは置いていかれて一人で迷子。

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