“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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六魔将軍編
第二十一話 黒光の柱


「その六魔将軍(オラシオンセイス)じゃがな、ワシらが討つことになった」

 

 ギルドマスター、マカロフから妖精の尻尾の面々に、その事実が伝えられたのはつい先日のことだ。

 地方ギルド定例会において、六魔将軍がなんらかの動きを見せており、無視はできないということになった。しかし、敵は強大。妖精の尻尾だけで戦ってはいずれ、バラム同盟から妖精の尻尾だけが狙われることになる。

 故に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケットシェルター)、四ギルド選抜メンバーによる連合が組まれることになったのである。

 

「なんでこんな作戦にあたしが参加することになったの……」

 

 馬車に揺られながら、ルーシィが頭を抱えて呟いた。血の気が引いたように顔を青くしている。

 馬車は現在、連合の集合地となる場所へと向かっていた。集合場所はワース樹海近辺に建つ、青い天馬のマスターボブが所有する別荘だと聞いている。

 

「オレだってめんどくせーんだ。ぶーぶー言うな」

「マスターの人選だ。私たちはその期待に応えるべきではないのか」

 

 グレイとエルザが宥めるが、ルーシィは不満そうに口を尖らせる。ナツは相変わらず乗り物酔いに悩まされていた。

 

「バトルならジュビアやガジルがいるじゃない」

「二人とも別の仕事が入っちゃったからね」

「結局、いつものメンバーなのよね……」

 

 疑問をハッピーに解決され、これ以上不満を言うこともなくなったルーシィはため息をつく。そんな様子を見て、エルザが苦笑する。

 

「その方がいいだろう? 今日は他のギルドとの合同作戦。まずはギルド内の連携がとれていることが大切だ」

「連携ねえ。人魚の踵がいれば、まだ少しは勝手が分かったんだけどね」

「そういえば、今回はあいつら一緒じゃねーのか。最近よく一緒だったから今回も一緒だと思ったんだがな」

 

 グレイが思い出したように言った。

 

「今回は相手が相手だからな。ギルドマスターが後々狙われるのを恐れたのか、大切なギルドメンバーを失うことを恐れたのか、他の理由があるのかは知らんが望まないのらば、強制するわけにもいかなかったのだろう。それに、カグラはともかく、斑鳩はようやく最近噂されるようになった程度な上、青鷺はギルドに入ったばかりだ。強く勧める者もいなかったのかもしれないな」

「でも、もったいないよね。斑鳩はエルザと互角だし、カグラちゃんも一人で三羽鴉の一人を倒しちゃったんでしょ。青鷺って娘に至っては元三羽鴉でグレイに勝ったらしいじゃない」

「負けてねーよ!」

「でも、ショウって人と二対一だったんでしょ? そのくせ腕折られてたじゃない」

「ぐ……、次は絶対勝つ」

 

 これが終わったらリベンジに行くか、とグレイがなにやら物騒なことを呟き始める。呆れたようにルーシィがグレイを見ていると、ハッピーが馬車の窓から顔を出しながら声をあげた。

 

「見えてきたよ。集合場所だ」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ワース樹海を一望できる小高い岩山の上。そこに、六つの人影があった。

 

「聴こえるぞ。光の崩れる音が」

 

 その中の一人、赤褐色の髪を逆立たせ、紫色の大蛇を体に纏わり付かせた男が言う。

 

「気が早えな、コブラ。まあ、速え事はいいことだ」

「ここに例の魔法が隠されているんだぜ、レーサー」

 

 サングラスをかけた男、レーサーがコブラに話しかける。

 

「暗黒をもたらし、全ての光を崩す魔法デスネ」

「ニルヴァーナ」

 

 追従するように角張った大柄な男、ホットアイと白い羽のついた衣装に身を包む女、エンジェルが口に出す。

 

「伝説の魔法がついに我々たちの手に」

 

 髑髏の杖を手にする褐色の男、ブレインが前方のワース樹海を眺めやる。会話に加わらず、宙に浮かぶ絨毯の上で眠っている男、ミッドナイトを加えたこの者たちこそが六魔将軍(オラシオンセイス)。闇の最大勢力その一角。

 

「そんなに期待していいもんなのかい? ニルヴァーナって魔法は」

「見よ」

 

 疑うようなレーサーにブレインが杖で樹海の奥を指し示す。

 

「大地が死に始めている。ニルヴァーナが近くにあるというだけでな」

 

 示された方向、その奥では暗黒の瘴気が立ち上っていた。

 

「はっ、これは期待できんじゃねーか。探すのがちとめんどうだがよ」

 

 コブラはおもしろそうだと口を釣り上げる。

 

「そればかりは仕方がない。ジェラールが生きていれば楽だったのだがな」

「元評議院なら封印場所を知っているに違いないデスネ」

「とっとと連れてくればよかったのに。探すのめんどくさいゾ」

 

 不満げに口をとがらしてエンジェルは不平を呟く。

 

「楽園の塔には悪魔の心臓(グリモアハート)の女が関わっていたからな。面倒な諍いはおこすわけにはいかぬ。そんなことより」

 

 ブレインはエンジェルの方を向いて邪悪に微笑む。

 

「正規ギルドのやつらになにやらかぎつけられたようだ。蛆虫どもに身の程を教えてやらねばならんと思わんか」

「――わかったゾ」

 

 エンジェルもまた、意を得たと邪悪に笑った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「妖精の尻尾のみなさん、お待ちしておりました」

 

 集合地に到着した妖精の尻尾の面々を出迎えたのは、青い天馬のトライメンズと名乗る三人の魔導士だった。スーツを着込み、ホストのような雰囲気だ。三人はそれぞれ、毛色は違えど、かなりの美形だ。

 

「こっちはだめだぁ……」

 

 三人を前に、ルーシィはグレイとナツを見て苦笑する。ナツはいまだに乗り物酔いでぐったりとしているし、グレイはまた服を脱いでいる。

 

「さあ、こちらへ」

 

 勧められ、エルザとルーシィは用意されていたソファに腰を下ろす。放置されてグレイはいらついたように眉をしかめた。

 

「今回はよろしく頼む。皆で力を合わせて――」

「かわいいっ!」

 

 エルザの声を遮り、トライメンズの中でも最も若く、少年といった風貌のイヴが声をあげる。

 

「その表情がすてきだよ。僕、ずっと憧れてたんだ」

 

 甘えるように言うイヴにエルザはあっけにとられている。隣ではルーシィに褐色肌の青年がルーシィにドリンクを差し出した。

 

「べ、別にお前のために作ったんじゃないからな」

「ツンデレ!?」

「さあ、長旅でお疲れでしょう。今夜は僕たちと」

「「「フォーエバー」」」

 

 リーダー格であろうヒビキに合わせて声をそろえる三人に、エルザとルーシィが対応に困っていると、階段の上から甘い声が降りてくる。

 

「一夜様」

「一夜?」

 

 トライメンズの口に出したその名にエルザが反応する。

 

「久しぶりだね、エルザさん」

「ま、まさかおまえが参加しているとは……」

「会いたかったよ、マイハニー。あなたの為の一夜でぇす」

 

 現したその姿は、小太りで身長が低い割には頭が大きく、顎先は二つに割れている。トライメンズに比べて、容姿はずいぶんと劣っている。

 

 エルザは冷や汗を流して引いていた。トライメンズに一夜の彼女と勘違いされかけて全力で否定している。

 

「君たちのことは聞いているよ。エルザさんにルーシィさん、その他……」

「おい」

「むっ!」

 

 一夜の言い方にグレイが口を挟むが、一夜はそれをスルーし、ルーシィに近づいてくんくんとにおいを嗅いだ。

 

「いい香り(パルファム)だ」

「キモいんですけど……」

「スマン、私もこいつは苦手なんだ。すごい魔導士ではあるんだが」

 

 鳥肌をたてながら自分を抱くようにして怯えるルーシィにエルザが困り顔でフォローする。

 

「青い天馬のクソイケメンども、あまりうちの姫様方いちょっかい出さねーでくれねーか」

「あ、帰っていいよ、男は」

「お疲れ様っしたー」

「おいおい」

 

 これ以上はがまんできないとグレイは苛立ちをあらわにする。

 

「こんな色モンよこしやがって、やる気あんのかよ」

「試してみるか?」

「僕たちは強いよ?」

 

 対する青い天馬も好戦的だ。乗り物酔いに悩まされていたナツは戦いの臭いをかぎつけて復活する。

 

「やめないか、おまえたち!」

「エルザさん、相変わらず素敵なパルファムですね」

「――! 近寄るな!」

 

 止めに入ったエルザだが、一夜に首筋をかがれ殴ってしまう。殴られた一夜は別荘の玄関口にまで吹き飛ばされる。

 

「こりゃあ、随分なご挨拶だな。貴様らは蛇姫の鱗上等か?」

 

 そこに、入ってきた人影が一夜を受け止め、そのまま氷づけにしてしまう。

 

「リオン!?」

「グレイ!?」

 

 その姿を見てグレイは驚き、相手、リオンも驚いたようにグレイの名を呼んだ。

 

「フン」

「――! 何しやがる!」

「先にやったのはそっちだろ?」

 

 ガルナ島以来の兄弟弟子の再会だというのに、相変わらず好戦的だ。リオンはグレイに凍らせた一夜を投げつけて挑発する。

 

「うちの大将になにしやがる!」

「ひどいや!」

「男は全員帰ってくれないかな」

 

 一夜が害され、トライメンズも声を荒げる。

 

「あら、女性もいますのよ」

 

 声がすると同時、絨毯がひとりでに浮き上がった。

 

「人形撃、絨毯人形!」

「あたしぃ!?」

 

 絨毯は踊るようにルーシィみ襲いかかり、その影から一人の少女が姿を現した。

 

「てか、この魔法……」

「ふふ、私を忘れたとは言わせませんわ」

 

 姿を現したのは、リオンと同じくガルナ島で事件を起こした者の一人、シェリーだった。

 妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、三ギルドのメンバーそれぞれが戦闘態勢に入り、一触即発の空気の中、玄関口の方からまた一つ人影が現れる。

 

「やめい!!」

 

 その男の発する怒声に誰もが動きを止める。

 

「ワシらは連合を組み六魔将軍を倒すのだ。仲間内で争っている場合か」

「ジュラさん」

「ジュラ!?」

 

 リオンが呟いたその男の名にエルザが反応する。否、エルザだけではなくその場のほとんどの者がジュラという名に反応を示している。

 

「誰?」

「聖十大魔導の一人だよ!」

 

 一人だけ知らないナツにハッピーは興奮半ばに教える。ハッピーの言う通り、ジュラはマカロフやジェラールと同じく大陸で特に優れた魔導士十人に贈られる聖十の称号を持っている。もっとも、ジェラールは楽園の塔の事件によってその称号を剝奪されている。

 

「これで三つのギルドがそろった。残るは化猫の宿の連中のみだ」

「連中というか、一人だけだと聞いていまぁす」

「一人?」

 

 一夜が口に出した情報にグレイが怪訝に思う。他の妖精の尻尾のメンバーも同じようで眉を寄せている。

 

「あ、あの……、遅れてごめんなさい。よろしくお願いします!」

 

 噂をすれば、玄関口からウェンディが姿を現した。青い天馬や蛇姫の鱗は小さな少女が現れたことに戸惑っているようだが、妖精の尻尾は少し違う。

 

「やっぱり、ウェンディかよ。闘えんのか?」

「一応、ナツと同じ滅竜魔導士だから、大丈夫じゃない? それに、治癒魔法だけでも力になるし」

「私はてっきり、ヤツが匿ってくれた礼とかで、顔を隠して出てくるのかと思ったぞ」

「ああ、ありえそう……」

 

 見知っているだけに、闘いとは無縁そうな少女に少し不安がある。それに、エルザが言ったようにジェラールが今どうしているのかも気になるところだ。

 

「お前がウェンディか!」

 

 すると、ナツが目を輝かせてウェンディに話しかける。

 

「お前が怪我治してくれたんだろ? ありがとな。あの時は眠りっぱなしだったから、会えるのを楽しみにしてたんだ!」

「あ、あのう、わ、私も会いたかったです!」

 

 ナツの元気に押されながらも、ウェンディもしっかりと受け答える。

 

「あ、あの、聞きたいことがあるんですけど……」

「聞きたいこと? なんだ?」

「七年前、私の滅竜魔法を教えてくれたドラゴン、グランディーネが姿を消してしまったんです」

「オイ、いなくなったのって七月七日か!?」

「は、はい。そうですけど……。まさか」

「ああ、そうだ。オレを育ててくれたイグニールも同じ時に姿を消したんだ」

 

 ガジルを育ててくれたメタリカーナもまた、同時に姿を消したという。ナツもウェンディも不可解な共通点に頭をひねる。

 

「ちょっと、ウェンディ。おどおどしてないでしゃきっとしなさいよ」

 

 すると、ウェンディより後ろからもう一つ声が聞こえてきた。

 

「あ、シャルル!」

 

 その姿を見て嬉しそうにハッピーが声をあげるがシャルルはそっぽを向いて相手にしない。

 

「ウェンディ、少しいいか?」

「あ、エルザさん」

 

 ハッピーがシャルルにアプローチをかけている間に、エルザがウェンディに近づいた。そして、顔を近づけ、声を潜めて尋ねる。

 

「ジェラールはどうしているか、よければ教えてくれないか?」

「ジェラールさんは、私がここに行くために出発すると同時にギルドを出ましたよ」

「てっきり、ヤツなら顔を隠して参加しそうだと思ったのだがな」

「さすがに、それはまずいですよ。でも、私にお守りを渡してくれたんです」

「お守り?」

 

 怪訝そうにするエルザに、ウェンディは嬉しそうに首にさげたお守りを見せた。簡素だが、かわいらしいつくりをしている。

 

「さて、全員そろったようなので、私の方から作戦説明をしよう」

 

 一同の注目を一夜が集める。いよいよかと気を引き締めたのだが。

 

「その前にトイレの香りを……」

 

 もじもじしながらトイレに向かう一夜。場はなかなか締まらなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一夜がトイレから戻ってくると、こんどこそ青い天馬によって作戦の説明が行われる。

 

「ここから北に行くとワース樹海が広がっている。古代人たちはその樹海に、ある強力な魔法を封印した。その名は、ニルヴァーナ」

「ニルヴァーナ?」

 

 そこにいる誰もがニルヴァーナという魔法に聞き覚えがないようで首を傾げた。

 

「古代人たちが封印するほどの魔法ということはわかっているが、どんな魔法かはわかっていないんだ。六魔将軍が樹海に集結したのはきっと、ニルヴァーナを手に入れるためなんだ」

「我々はそれを阻止するため、六魔将軍を討つ」

 

 目的の再確認。全員の戦意が高まる。

 

「相手は六人、こっちは十二人。だけど、侮ってはいけない。この六人がまたとんでもなく強いんだ」

 

 ヒビキが魔法で六人分の顔写真を空に映し出し、説明を加えていく。

 毒蛇を使う魔導士、コブラ。

 その名からしてスピード系の魔法を使うと思われる、レーサー。

 天眼のホットアイ。

 心を覗けるという女、エンジェル。

 詳細のわからない謎の男、ミッドナイト。

 六魔将軍の司令塔、ブレイン。

 ヒビキはさらに、ひとりひとりがギルドの一つくらいは潰せるほどの魔力を持つことを説明し、数的有利を利用するように注意する。

 

「あ、あの、私は頭数に入れないで欲しいんだけど……」

「私も闘うことは苦手です……」

「ウェンディ、弱音吐かないの!」

 

 ヒビキの説明を受けて、ルーシィとウェンディが気後れしたように手を上げる。それに、一夜が安心して欲しい、と付け加える。

 

「我々の戦闘は闘うだけに非ず。ヤツらの拠点を見つけてくれればいい」

「拠点?」

「今はまだ補足していないが、樹海にはヤツらの仮説拠点があると推測される。もし可能ならヤツら全員をその拠点に集めて欲しい」

「集めてどうするのだ?」

 

 エルザの問いに、ヒビキが天を指さす。

 

「我がギルドが大陸に誇る天馬、魔導爆撃艇クリスティーナで拠点もろとも葬り去る」

 

 青い天馬の示した切り札。その存在を聞いて、にわかに興奮が走る。一方、そこまでしなければならない相手という事実に、ルーシィは戦慄した。

 

「おし、燃えてきたぞ! いくぞウェンディ!」

「ええ!?」

「おい! ナツ!」

「ちょっと! ウェンディに何すんのよ!」

 

 近くにいたウェンディを捕まえて、勢いで飛び出したナツに仕方がないとばかりに妖精の尻尾のメンバーが続く。最終的に、ジュラと一夜を残して全員が飛び出していった。

 

「やれやれ、なにはともあれ作戦開始だ。われわれも続くとしよう」

「その前にジュラさん」

 

 続こうとするジュラを一夜が呼び止めた。どうかしたのか、とジュラは振り向いた。

 

「かの聖十大魔導のひとりと聞いていますが、その実力はマスターマカロフに匹敵するので?」

「滅相もない。聖十の称号は評議会が決めるもの。ワシなどは末席。同じ称号を持っていてもマスターマカロフと比べられたら天と地ほどの差があるよ」

 

 慌てて否定し、照れたように説明するジュラに、一夜はほう、と息を漏らす。

 

「それを聞いて安心しましたよ」

 

 一夜の不可解な言葉。それにどういうことかと尋ねる前に、突如臭ってきた異臭に鼻を押える。

 

「な、なんだこの臭いは……」

「相手の戦意を消失させる魔法の香り……だってさ」

「一夜殿、これは一体――」

 

 一夜は、ジュラの問いに答えることなく、ジュラの腹部にナイフを突き刺す。

 

「ぐほっ!」

 

 呻くジュラ。その目前で、一夜の体がぽこぽこと泡立ち、突然ほとんど同じ姿の小さな生物に変身した。

 

「ふう」

「戻ったー」

 

 その生物は人のすねほどの高さしかない。

 

「一夜ってやつ、エロいことしか考えてないよ」

「考えてないね。だめな大人だね」

「はいはい、文句言わない」

 

 場違いにのんきな会話をする謎の生物二匹。驚きと痛みでジュラがなにも話せないでいると、一人の女が建物の奥からやってきた。その女は先ほど確認した六魔将軍の一人、エンジェルだった。

 

「こ、これは、一体……」

「あー、あの男ねえ」

 

 ジュラがやっとのことで呻くように言葉を発する。エンジェルは余裕の態度で相対している。

 

「コピーさせてもらったゾ。おかげであなたたちの作戦は全部わかったゾ」

「僕たちコピーした人の」

「考えまでわかるんだ」

 

 まずい。このままではなにも知らずに飛び出した全員が危険だ。しかし、ジュラにはもうそれを伝える手段がない。

 

「無念……」

 

 口惜しさだけを残して、ジュラは地に沈む。倒れたジュラを見下ろして、エンジェルは邪悪な笑みをその顔に浮かべた。

 

「邪魔はさせないゾ、光の子たち。邪魔する子はエンジェルが裁くゾ」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「見えてきた、樹海だ!」

 

 ナツを先頭に走っていた連合は遂に、前方に樹海を捉えた。そこに、駆動音とともに、大きな影が差す。魔導爆撃艇クリスティーナである。

 

「え?」

 

 天を仰ぎ、その威容に感嘆の声をあげていた面々は次の瞬間、その表情を唖然としたものに変化させた。クリスティーナが轟音とともに墜落したのである。

 

「どうなっている!」

 

 クリスティーナは連合と樹海の間に落ち、大量の砂塵を巻き上げた。墜落の衝撃と巻き起こされた突風に耐えていると、墜落したクリスティーナから六つの影が出てきた。

 

「六魔将軍!」

「蛆どもが群がりおって」

 

 なぜ、と驚きに固まる連合に答えるようにエンジェルが口を開く。

 

「君たちの考えはお見通しだゾ」

「ジュラと一夜もやっつけたぞ」

「どーだ」

「バカな!」

 

 ジュラと一夜の離脱。連合の中でも上位の実力を持つものがやられたという話は、事実にしろ嘘にしろ、動揺させるには十分だった。

 

「まさか、そっちからあらわれるとはな」

「探す手間がはぶけたぜ」

 

 しかし、元々闘うつもりだったのだ。ジュラと一夜の離脱は痛いが、結局の所、倒す以外に道はない。

 

「行こうぜ、ウェンディ!」

「ご、ごめんなさい。私、攻撃の魔法は使えないんです……」

「え、そうなの?」

 

 一緒に連れてきていたウェンディに声をかけて跳びだそうとするナツだが、思いもよらぬ断りに動きを止める。

 

「なにしてやがる、クソ炎!」

「ああ、ずるいぞグレイ!」

 

 その横を抜けていち早くグレイが飛びだし、ナツがそれに続いた。

 

「やれ」

 

 ブレインの命令にレーサーが動く。

 

「モォタァ」

「ぐあっっ!」

 

 目にも止まらぬ速さで一瞬にしてナツとグレイの間に入ると、二人が反応する暇もなく回転とともに弾き飛ばす。

 

「「ナツ! グレイ! ……ん?」」

 

 ルーシィが心配のあまり二人の名を呼ぶが、すぐ隣から同じ声が聞こえてくる。不思議に思って隣を向けば、そこにはルーシィとまったく同じ姿があった。

 

「ばーか」

「な、何これぇ! あたしが、ええ!?」

 

 同じ姿をしたものに鞭で追い立てられて、逃げ惑いながら混乱する。その様子を見てエンジェルがくすりと笑った。

 

「ちっ」

 

 舌打ちとともに、リオンとシェリーが前に出る。それをホットアイが見つめていた。

 

「愛などなくとも金さえあればデスネ!」

「な、なんだ。地面が!」

 

 リオンとシェリーの踏みしめていた地面が突如として柔らかくなって波打ち、二人を弾き飛ばした。

 

「がっ!」

 

 ナツとグレイを弾き飛ばしたレーサーはそのままトライメンズを同様に吹き飛ばす。

 一方、エルザはコブラと相対している。

 

「舞え、剣たちよ!」

 

 天輪の鎧を纏ったエルザの号令によって剣群がコブラめがけて飛んでいく。コブラはそれを眉一つ動かさず、それどころか余裕の笑みすら浮かべて避けていく。そこに、レーサーが加わった。レーサーの速さにすぐさま飛翔の鎧に換装。レーサーの動きに対応し、それに合わせたコブラの攻撃もかわしきる。

 

「見えたデスネ」

 

 ホットアイが地面を柔らかくし、エルザの足下を崩す。すかさず、レーサーが攻撃をたたき込む。レーサーの拳を腕でガードしたものの、エルザは吹き飛ばされた。

 

「くっそぉ!」

「ちっ」

 

 そこに追撃を仕掛けようとしたコブラだったが、ナツに阻まれチャンスを逃がした。

 

「聴こえてるぜ」

 

「あたらねえ!?」

 

 ナツの拳や蹴りを苦もなく躱し、隙ができるとすかさず殴りつける。たまらずナツは飛ばされ地面に倒れる。

 

「強え……」

 

 闘いが始まってからいくらもしないうちに、連合側はエルザ以外の全員が倒れ込む。対する六魔は一人も傷すら負っていない。エルザもまた、多勢に無勢。勝ち目があるとは思えない。

 

「ゴミどもめ、まとめて消えるがいい」

 

 ブレインが杖に魔力を集中させる。怨霊のよなものが杖に渦巻き、強大な魔力が大地を振わす。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

 ブレインが魔法名を口に出した瞬間。連合の多くがもうだめだと思ったその瞬間。それは起こった。

 

「な、なんだ!?」

 

 

 樹海の遙か奥から、黒い光が立ち上る。

 

 

 

『久しぶりだな、六魔将軍』

 

 

 

 連合も六魔も困惑するその場に、その場の誰のものでもない声が響く。しかし、知らない声ではない。六魔将軍、妖精の尻尾、化猫の宿には聞きなじみの声。

 

「貴様! ジェラールか!」

『その通りだ』

 

 ブレインの怒声にジェラールが淡々と答える。ブレインがジェラールの姿を探すがどこにもいない。すると、慌てたように首からさげていたお守りを見つめているウェンディを見つけた。

 

「なんのつもりだ。ジェラール」

『ニルヴァーナの封印を解かせてもらった』

「なんだと!?」

 

 ジェラールの答えは、ニルヴァーナの封印を守らんとする連合も、ニルヴァーナを手に入れんとする六魔も驚かせるには十分だった。「そんな」と信じられないとでも言うようにウェンディが小さく呟いた。妖精の尻尾の面々も同様に信じられないという顔をしている。

 

「ジェラール、ニルヴァーナの封印を解いたのは褒めてやろう。しかし、どういうつもりだ。まさかうぬが独り占めしようとでも言うまいな」

 

 ブレインの声には疑念が乗っている。なぜ、ジェラールが封印を解いたのか。それは、その場にいる全員の疑問だった。そして、ジェラールがその目的を口に出す。

 

 

 

『もちろんだ。独り占めなどするつもりはない。オレは、ニルヴァーナを破壊するために封印を解いたのだから』

 

 

 

 再び、ジェラールの声はその場の全員を驚愕させた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「本当に良かったのですか」

「あら、この場に及んでまだそれどすか?」

「……マスターも最終的に説得できたんだから問題ない」

 

 黒い光のふもと。通信を行うジェラールの周囲に三つの影。

 

「これも仕事。ニルヴァーナ崩壊までのジェラールはんの護衛依頼。しっかりこなしましょうか」

 

 斑鳩、カグラ、青鷺。人魚の踵(マーメイドヒール)の三人の姿がそこにはあった。

 

 


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