“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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しばらく独自の過去話が続きます。
原作突入はまだ先かな?


第二話 無月流

 旅館での騒動から一ヶ月の時間が経過した。

 

「はぁ……、私は一体何をやっているのだ」

 

 黒を基調とした和服に身を包み、腰に刀を差した壮年の男、──修羅は重いため息をつく。

 今までの人生は決して薄いものではなく、多くの経験をしてきたと自負している。それなのに、

 

「師匠! うちにどうか無月流をお教えください! どす!」

 

 修羅は目を輝かせて訴えかけてくる少女、斑鳩を前に痛む頭を抱え込んだ。

 斑鳩は先月滞在した旅館の女将の娘だ。賊に襲われたところを助けた形となり、ある一言をきっかけに興味を持って引き取ったのである。

 

「……何度も言っている。無月流はお前のような小娘に教えるようなものではない」

「あぁ、いけまへん。そんな差別をしては。女の子でも剣は振れます、どす」

 

 斑鳩は不自然な語尾をつけて喋りながら、およよと着物の袖で目元をぬぐう。

 修羅のもとへ連れてこられた当初こそ大人しいものだったが、一週間ほどで吹っ切ったのか剣の教えを請いに来るようになった。

 斑鳩を引き取りはしたものの修羅に剣を教えるつもりはなく、断り続けているのだが一向に諦める様子がない。手を替え品を替えて教えを請いに来る斑鳩は次第に暴走しだし、寝床に入って「こういうのがお望みなら早く言えばよろしかったのに」などと言い出したときはついゲンコツを落としてしまった。

 それでもめげずに教えを請いに来るのはたいしたものだ。

 

「何がお前をそこまで剣の道に駆り立てるのだ。親の仇なら私が全て討ってしまった。お前の敵などどこにもいまい」

「それは師匠の剣がとてもきれいだったから。あの剣に心を奪われました。だから師匠に教えを請いたい、どす」

「……私の剣が綺麗であるものか。状況が状況だ。気のせいだろう」

「そんなことはありません!」

「もうよい!!」

 

 突如叫んだ修羅に斑鳩は身を竦ませるが、その程度で引き下がる斑鳩ではない。

 このようなやり取りは何度も繰り返してきた。決まって剣を褒めると怒り出すのである。

 

「なんで師匠は剣をほめられたくない、どすか?」

「お前には関係のないことだ……」

「師匠!」

 

 修羅は斑鳩の呼びかけを無視し、ばつが悪そうな顔で部屋から出ていこうとする。二人がいたのは修羅の部屋なので出ていくのはおかしいのだが、少しでも早く斑鳩から離れたかったのだ。

 修羅は扉に手をかけたところで、ふと、かねてより気になっていたことを指摘してやることにした。

 

「斑鳩よ、馴れていないのなら訛りなど使うな。滑稽なだけで聞いていて痛々しい」

 

 斑鳩が生まれ育った宿で使われていた訛り。前世で言えば京言葉のようなものは色気を感じさせると評判だったが、斑鳩は前世が邪魔をして中々身につかなかった。

 

「な、ななな──っ」

 

 斑鳩は修羅の指摘に顔を赤くする。少しでも修羅に気に入ってもらおうという涙ぐましい努力を痛々しいなどと言われたのだ。しかも、三週間ほど経って何も指摘されないので、「意外と上手く使えているのでは?」と自信がついてきたタイミングで。

 扉が音を立てて閉められると同時、斑鳩は胸中の怒りと羞恥を吐き出すように絶叫した。

 

「し、師匠のバカァ! もっと早く言えェェェ!」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「あぁもう! 信じられない。三週間一緒にいてようやく指摘ってどういうこと!?」

 

 斑鳩は真っ赤な顔で悶えていた。これまでの修羅との会話を思い出し、今まで内心で痛々しい奴と思われていたと考えると羞恥で死にたくなる。

 しばらくして感情が落ち着いてくると、溜息をひとつついて気持ちを切り替えた。

 

「しかし揺るがないなぁ。どうしたら剣を教えてくれるんでしょう……」

 

 修羅に剣を習おうと決意し、教えを請うこと三週間。全く教えてくれる気配がない。試行錯誤を重ね、趣向を変えては頼みに行くが教えないの一点張り。唯一違った反応を見せたのは色仕掛けだが、二度とやるつもりはない。流石にあのゲンコツは二度とくらいたくない。

 

「よし! なら次は才能を示すしかないですねぇ」

 

 斑鳩はいい考えが浮かんだとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 修羅の家は人里離れた山奥に存在する。家というよりは小屋と言った方が正しいようなその建物の周囲は草木が切り払われ、ちょっとしたスペースが出来ていた。

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

 そこで斑鳩は拾ってきた木の枝を剣のようにして振っていた。しばらく木の枝を振っていると、呆れた顔の修羅がやって来た。

 

「あらぁ、お師匠はんやないどすか。どうしはったん?」

「お前、その訛りは……」

「うちの訛りがどうかなさりました? 元々こういう言葉遣いなんどすが」

「いや、お前が良いのなら良いんだが……」

 

 斑鳩はどうやらむきになり、この訛りを貫き通すことにしたらしい。とはいえ修羅に一切の不利益はないので、無理に止めさせることもないかと口を閉じた。

 

「それで、お前は一体何をしている」

「いやぁ、お師匠はんが剣を教えたくてうずうずしてしまうほどの才能を見せつけようかと思いまして」

「一度も剣を振ったこともないくせに、私にどう判断しろというのだ」

「それはほら、なんかこう、センスみたいなのを感じたりしませんか?」

「子供のチャンバラから感じるものなどあるものか」

「あはははは……」

 

 修羅の言葉に、今さら無理があったと悟ったのか斑鳩はとたんに目を泳がせる。薄々思っていたのだが、この娘は少々頭が弱いようだ。一瞬遠い目になる修羅だったが、すぐさま気を取り直して斑鳩を見つめた。

 斑鳩に話しかけたのはバカな真似をやめさせるためではない。本題に入ろうと修羅が気を引き締める。斑鳩も雰囲気の変化を感じ取って不思議そうに首を傾げた。

 

「斑鳩、改めて聞くがお前はなぜ剣を求める」

「とてもきれいだったからどす」

「……まあいい。それでお前は剣をもって何を為す」

「お師匠はんがうちにしてくれたように、悪を倒して多くの人の希望になりたいからです」

「ふん、希望か。それで、なぜこうも私に、無月流にこだわるのだ。三週間も断られたならば、ここを出て行き他の師にならおうと思わんのか」

「うちに希望をくれた剣は師匠の振るう無月流どす。うちは無月流で人を救いたいんどす!」

「ククク、アッハッハッハ!」

 

 斑鳩の返答に嘲りを含んだ哄笑を放つ修羅。その反応はさすがに腹に据えかねた斑鳩であったが、彼女が声を上げるよりも早く修羅が言葉を続けた。

 

「希望だと? 救うだと? やはりお前は何もわかっていない。いいだろう、これから無月流がどういう流派か教えてやろう。それでも尚、習う気があるのなら教えてやる」

「望むところどす」

 

 斑鳩の返答に満足したのか、修羅は一つ頷くと無月流について語り始めた。

 

「無月流とは──」

 

 

 

 

 

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 その昔、遥か東方の島国に一人の剣士がいた。男は才能に溢れ、傲ることなく鍛練を続けた。男は最強の称号が欲しかった。特に理由などはない。ただ欲しい。男に生まれたからには最強を目指さなくてなんとする、と。

 男は善も悪も関係なく、強さを求めて剣を振るう。気づけば周囲に敵はなく、さらなる強さを求め、故郷を捨てて大陸へ渡った。そこは未知でいっぱいだった。あらゆる魔法、あらゆる武術、十人十色の戦闘法。多くと戦い、多くを殺し、多くを学んだ。

 だが、そんな暮らしをして恨みを買わないはずがない。いつしか追われ、裏の社会からも追放されてしまった。善も悪も関係なく剣を振るう男はいつ誰に牙を剥くのかわからない。周囲の人間は天災のように思っていたことだろう。

 やがて老いた男は弟子をとり、自らの学んだ技、戦闘法の全てを教えた。

 これこそが始まり。圧倒的力の前に太陽の下どころか闇を照らす月の光すら浴びることを許されなかった開祖が、その境遇から無月流と名乗ったのだ。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 修羅は一通り話終えると深いため息をつく。

 

「これでわかったか、無月流は綺麗なものではない。身勝手に力を求め、誰からも拒絶された憐れな剣だ。故に、お前が人のために剣を振るいたいのであれば無月流は習うべきではない。剣を教わりたければ別の師に教わることだ」

「……」

 

 斑鳩は俯いている。きっと、自分を助けた剣が録でもないものだと知って気落ちしているのであろう。子供の憧れなどその程度。これで分かってくれるはずだと、その場を立ち去ろうとしたところに、小さく斑鳩から声をかけられた。

 

「師匠……」

「まだ何かあるのか」

 

 知りたくもなかった現実を認めたくないあまりに、癇癪でも起こすのかと思って振り返れば、斑鳩は不思議そうに眉間に皺を寄せていた。

 

「それがどうかしたんどすか?」

「なに?」

 

 修羅は斑鳩の言った言葉が一瞬理解できなかった。だが、今の話は八歳児には難しすぎて分からなかったのかと一人で納得し言葉をかける。

 

「何かわからないところがあるのならもう一度説明くらいしてやるぞ」

「いえ、何で師匠はそのお話でうちが剣を習うのをやめると思ったんどすか?」

「……そんなもの、お前の理念と反するからだ」

 

 その言葉を聞いて頭を傾け唸る斑鳩。どうやらなにかを思い悩んでいるらしい。やがて、考えがまとまったのか再び口を開いた。

 

「確かに、無月流の成り立ちが人助けからほど遠いものだとは分かりました。でも、うちが人のために無月流を振るってはならないなんて掟はないのでしょう?」

「それはそうだが……」

「なら、いいじゃないですか。教えて下さい」

 

 斑鳩の言うことはもっともである。何か流派が目標としているものがあり、剣を振るう条件として約束するものがあるのならばともかく、話を聞く限り無月流にそういうものはないようだ。故に、修羅がなぜこの話で斑鳩を諦めさせることが出来ると思ったのか分からなかった。

 

「ダメだ、無月流は身勝手な力の塊だ。振るえば振るうほど周囲を不幸にして、手元には何も残らない。お前もそんな道は進みたくなかろう」

 

 そう呟く修羅の姿には悲しみの念が見てとれる。その姿を見て、斑鳩はようやく理解する。

 

「師匠は後悔しとるのどすか? 無月流を習ったことを」

「……」

 

 修羅は答えない。沈黙を続ける修羅を前に斑鳩は一つの決意をする。

 

「師匠!」

「……なんだ」

 

 沈黙は斑鳩の叫びによって破られる。修羅は訝りながら斑鳩をみやる。

 

「もしも、師匠が後悔しはってるのなら、うちが証明して見せます。無月流は誇れるものだということを。だからうちに剣を教えて下さい。絶対に師匠を後悔なんかさせません!」

「────」

 

 修羅は目を見開いた。そしてしばらく見とれてしまった。少女の真っ直ぐな瞳がとてもきれいだったから。本気で今の言葉を実現させようとしているのが伝わってくる。

 

「師匠」

 

 斑鳩の呼び声で正気に戻る。そして、修羅もまた一つの決意をした。

 

「……ならばもう、何も言うまい。どんな修行でも文句や不満は聞かないぞ」

「望むところどす」

 

 こうして一つの師弟が誕生する。

 修羅は思う。この娘が無月流を振るってどのような人生を過ごすのか楽しみだと。もしかしたら、自分とは違う道を歩んでくれるかもしれないと。

 ──だが、修行の前に一つ言わなければならないことがある。

 

「斑鳩よ。別に私は後悔してるなどと一言も言ってないのだがな」

 

 十にも満たない娘に心を見透かされた男の些細な抵抗。

 そんなどこか子供っぽさをを感じさせる一言に、斑鳩は数度目を瞬かせると、

 

「ふふっ。もしもと言ったじゃないどすか」

 

 そう言って柔らかく微笑んだ。

 


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