“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第十七話 笑顔でいてほしいから

 ナツを探し続けていた斑鳩が見つけたのは、傷ついたカグラとそれを抱えるシモンだった。聞けば、ナツはハッピーを背に飛んで頂上へ向かったのだという。

 

「なら、うちも早く先に進ませてもらいます。あなたたちは早く脱出を」

「ま、待ってくれ」

 

 急ぐ斑鳩をシモンが呼び止める。苦痛を噛みしめ、真剣な表情で見つめている。

 

「妖精の尻尾については事前にいろいろと調べていたが、あんたについては情報がない。単刀直入に聞くようで悪いが、強いのか?」

 

 斑鳩が師のもとを離れたのは一年前。順調に仕事をこなし、噂をされる程度には有名になってはいるが、塔の中にいたシモンに知られる程ではない。

 

「エルザはんとおんなじくらいと思っていただいてかまいまへんよ」

「そんなになのか……」

 

 真実かどうか確認するかのようにカグラを見れば、しっかりと頷いた。

 

「なら、オレはエーテリオンが落ちる前に塔の中にいる奴等を脱出させる。エルザとジェラールを頼めるか?」

「ええ、もちろんどす」

 

 淀むことなく誓えば、シモンは安堵の息をつく。

 

「エルザではジェラールには勝てない。実力がどうこう以前に、あいつはまだジェラールを救おうとしているんだ」

 

 カグラにも気になっていたことだ。“今日、ジェラールを倒せば全てが終わる”とエルザは言った。言っていることは事実でしかなく、異論は無い。

 ――どうかジェラールを恨まないでやってくれ。

 ガルナ島でエルザの話を聞いたとき、怒りを見せるカグラにかけた言葉。彼女はきっと今でもジェラールを救いたいのだ。奴隷のような生活の中で培った思いは、彼を憎むことを許してはくれなかった。

 

「だから、どうか――」

「シモンはんは気にせず、カグラはんに着いていてあげなさい。折角会えたんどすから、離れてはいけまへんよ」

「ああ、ありがとう」

 

 では、と背を向けて歩き出す斑鳩にまた、制止の声がかかる。今度はカグラからのものだ。

 

「ひとつ、一刻もはやくジェラールのもとへ行くための策があるのですが――」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 紫の月を斬ったときのように、重力魔法による飛翔。迦楼羅炎を利用すれば、ナツのようにショートカットして頂上へ着けるはず。カグラの策はうまくいき、あっという間に頂上にたどり着く。

 

「斑鳩、とかいったか。最近台頭してきた人魚の踵(マーメイドヒール)のエース」

「あら、知ってらしたんどす?」

「これでも、評議員のひとりだったからな。それなりに噂は聞いている。――だが、今回は貴様ごとき、呼んじゃいない」

 

 殺気が斑鳩に向けられる。完全にジェラールの注意は斑鳩に向いた。それに、ひとまず安堵する。ナツが再び狙われることはないだろう。

 

「――“流星(ミーティア)”」

 

 ジェラールが光を纏う。斑鳩が構える瞬間、彼は飛翔した。斑鳩はその速度に驚嘆する。縦横無尽に飛び回り、残光が通り過ぎた軌道を照す。

 

「貴様にはオレをとらえられまい。そのまま無力に沈むがいい!」

 

 前から、後ろから、右から、左から、上から間断なく攻撃を加え続けていく。斑鳩の足では避けることはかなわない。全てをその身にくらい続けるしかない。――そう、ジェラールは思っていた。

 

「……貴様」

 

 彼は飛翔をやめて地に降り立つ。呟く姿に余裕はもはや消えていた。

 

「なんて魔力、まともにうちの刀が通らないなんて」

 

 ジェラールの体には多くの切り傷。薄く血がにじんでいる。斑鳩は楽園の塔に入って以来、見張りの兵士を気絶させた他は戦闘らしい戦闘をしていない。それがジェラールに斑鳩の実力を見誤らせた。なるほど、確かに斑鳩ではジェラールの速度には追いつけない。だが、それは移動速度に関する話。

 

「まさか、オレの速度をとらえることのできる奴がいるとはな」

 

 斑鳩の剣速は、ジェラールをとらえるには十分だった。加えて、いつも手合わせしていた師もかなりの剣速の持ち主。十年間の師との修行は流星がごとき速さを持ってして、斑鳩の目から逃れることは不可能とした。

 

「くく、貴様もまた、聖十クラスの魔導士か。――おもしろい」

 

 愉悦にジェラールは口を吊り上げる。戦闘を楽しもうとする姿に、斑鳩は胸の中で疼きを感じて眉をしかめる。首を振ってその思いをかき消すと、改めて刀を構え直した。

 

「生憎、うちは面白いなんて思いまへん。早く終わらせていただきます」

「できるものならなあ!」

 

 再び、光を纏って飛翔する。今度は斑鳩に近づくことなく、周囲をぐるぐると回り続けていた。残光が斑鳩を取り囲む。何を仕掛けてこようが対応してみせる、とじっと斑鳩はジェラールの動きを観察し続ける。

 

「我が星々の光によって押しつぶれよ」

 

 残光の中、ひときわ輝く無数の光。全てが魔法陣に変わり、発射された光が隙間無く斑鳩を襲った。

 

「くっ――」

 

 見えていたにもかかわらず、発動を見逃した。一年前まで無月流以外の魔法を知らなかった斑鳩の魔法知識が乏しいこともあるが、賞賛すべきはジェラールの卓越した魔法技術だろう。

 

「無月流、天之水分(あめのみくまり)

 

 不可避を悟った斑鳩は即座に魔力流を展開。神速の剣を持って全てを捌き、光を魔力流の中にのせる。光は流れの中で互いにぶつかり、相殺しあい、瞬く間に消滅した。

 

「――七つの星に裁かれよ」

 

 頭上、恐ろしい程の魔力の高まりを感じて顔を上げる。強大な破壊魔法の準備を終えて、したり顔で見下ろすジェラール。

 

七星剣(グランシャリオ)!」

 

 先ほどの弾幕は目くらましに過ぎなかったのだ。はめられた、そのことに気がついた斑鳩は小さく汗をかく。圧倒的な破壊を伴って、七つの光が降り注ぐ。もはや天之水分で防御可能な威力を超えている。避けることも叶わず、絶体絶命のこの状況。しかし、諦めることだけは絶対に、ない。

 

「無月流、迦楼羅炎(かるらえん)!」

 

 回避は不能、防御は不能。ならば、攻撃あるのみ。

 

「――――!」

 

 七つの光が落ちると同時、豪火の柱が立ち上る。七星剣の発動により生じた隙を斑鳩は見逃さなかった。

 

「おおおお!」

「ぐううう!」

 

 互いに互いの大技を無防備なその身に受けた。破壊によって生じた砂塵が辺りを包みこみ、しばし静寂が支配する。

 

「はあ、はあ――」

 

 砂塵が晴れればそこには息を切らし、体中に傷を負う斑鳩。彼女は全身を襲う焼け付くような痛みに顔を歪ませながらも、油断無く天を見上げていた。

 

「――さすがに、肝を冷やしたぞ」

 

 ジェラールもまた斑鳩の炎にその身を焼かれ、至る所を焦げ付かせている。それでも、斑鳩とジェラール、どちらが優勢かと聞かれれば誰もがジェラールと答えるだろう。恐るべきは天体魔法、その威力。

 

「くく、もう終わりなどとは言うなよ?」

「ふふ、それは自分に言い聞かせてるんどす?」

「口が減らんな!」

 

 ジェラールの挑発に軽口で返す斑鳩。剣を振り、感触を確かめる。痛みは走る、だが十全に剣を振うことは可能。

 

「まだ戦いは始まったばかりどす。――さあ、第二幕といきましょうか」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「気をつけろ! そいつは瞬間移動を使うぞ!」

 

 青鷺に向かい合うグレイに忠告するショウ。忠告にグレイは首を傾ける。

 

「瞬間移動だあ? だったら――、んな!」

 

 ほんのわずかにグレイの気がショウへとずれたその瞬間、青鷺が瞬間移動によってグレイの前に現れる。体を捻るも間に合わず、脇腹に短刀が突き刺さる。

 

「……油断、大敵」

 

 グレイに手加減する理由はない。短刀を引き抜くと、うめくグレイの倒れ込む方向に再転移。短刀を一振り。グレイは歯を食いしばり、倒れ込むのを踏みとどまる。次いで、短刀をもつ手を掴んで止める。

 

「あっぶねえ」

 

 短刀はわずかに体に食い込み血を滴らせているが、薄皮一枚切り裂くにとどまっている。まさか止められるとは思っていなかったのか、青鷺は驚きに目を見開いた。

 

「……ふん」

「おう?!」

 

 掴んでいた腕が不意に消える。転移によって距離をとる。青鷺はグレイの十メートル程前方に現れた。

 

「……そこのよりはやるね」

「つつ……、てめえ、やっかいな魔法を使いやがるな」

 

 グレイは脇腹の傷を凍らせることで止血する。瞬間移動魔法、一気に間合いを詰めらあれる上に攻撃は簡単に避けられる。それを使いこなしているのならかなり凶悪だ。

 

「……でも、私に負けはない」

「は、断言するには早ええんじゃねえか?」

「……なら、試してみる」

 

 青鷺が姿を消す。だが、二回目の今度はグレイに驚きはない。冷静に、身動き一つせず、立ったまま。

 

「……なに、諦めた?」

「後ろだ! 避けろ!」

 

 なにもしないグレイにショウだけでなく、青鷺ですら困惑に呟いた。だが、何を思っていようが関係ないと青鷺は短刀を突き立て、

 

「……そんな」

 

 短刀が弾かれ、驚きの声を上げる。方法は簡単だった。突き立てたところをみれば、グレイの肌を氷が覆っていた。

 

「アイスメイク“針山(ニードル)”」

「くうううう!!」

 

 短刀を防がれた事実に驚き、青鷺が思考を空白にした一瞬をついて氷の造形魔法を発動。グレイの体から生えるように無数の針が突き出る。青鷺は瞬間移動を発動するも間に合わず、多くをその身に受けた。

 

「悪いな。瞬間移動の魔法の使い手は妖精の尻尾にも…………いたっけか?」

「……知るわけないでしょ」

 

 自分で自分の言ったことに首を捻ってるグレイを前に、青鷺は全身の傷の痛みを感じながら答える。

 

「まあ、なんにせよてめえの魔法は攻略した。痛い目にあいたくなけりゃエルザを返せ」

「……これぐらいで攻略? 笑わせないで」

 

 心外だとばかりに眉をしかめる青鷺。短刀を構えなおすと再転移。グレイの数メートルほど後方に転移し、腰から取り出した手裏剣を投擲する。グレイが避けると同時、避けた方向に青鷺が現れる。

 

「ちっ!」

 

 舌打ち混じりに魔法を発動。青鷺の短刀を氷の鎧で阻む。

 

「……まだ、終わりじゃない」

 

 青鷺はそのまま足払い。致命傷を防ぐため、短刀の動向を気にしてばかりいたグレイは見事にかかり、床にその身を打ち付ける。

 

「まず――!」

 

 青鷺は跳び、短刀に全体重をのせて鉛直に突き降ろす。ここまでされれば氷で肌を覆ったぐらいでは防げない。

 

「アイスメイク“(シールド)”!」

 

 ぎりぎりでグレイと青鷺の間に花弁を思わせる氷塊が出現。短刀は氷に突き刺さるが、破壊するには至らない。すると、青鷺は短刀を残したまま姿を消す。

 

「どこに――」

 

 行ったのかと呟きかけたところで右腕に違和感。寝たまま顔を横に向ければ、同じく青鷺が横に寝そべり、腕に体を絡ませている。

 

「……この腕、もらうよ」

「――ぐがあ!」

 

 そのまま青鷺はグレイの肘を反対方向へと折り曲げた。激痛にグレイは叫び声を上げる。

 

「っしま――!」

 

 痛みに集中をきらし、二人の上に浮遊していた氷の花弁が消滅する。同時に花弁に刺さっていた短刀が刃を下に落ちてきた。本来なら何の魔力もこめられておらず、自由落下してきただけの短刀など氷の鎧をまとわずともグレイの命を奪うには足りない。だが、青鷺はグレイの右腕を抑えたまま、するりと流れるように馬乗りになった。

 

「……降参する?」

 

 短刀を喉に突きつける。そのまま短刀を押し込めば、グレイの命はそれで終わり。だが、その終わりが訪れることはなかった。

 

「――――!」

 

 突如、青鷺を横合いから衝撃が襲う。グレイの上から弾き飛ばされた青鷺は脇腹を押えながら着地。

 

「オレだって、ここにいるんだ――!」

「お前……」

 

 青鷺がグレイの馬乗りになったとき、ショウが後ろから蹴りをいれたのだ。

 

「……まだ、戦えたんだ」

 

 青鷺が驚いたように呟く。青鷺はショウの怪我のことを言っているのではない。グレイが来る前にその心はへし折った。事実、今までショウは戦いに加わってくることはなかった。

 

「まだ戦えるのか?」

「あ? 当たり前だろうがよ」

 

 ショウの問いにグレイが右腕を押えて立ち上がる。

 

「なんで、そんなに頑張れる。そもそも、姉さんのためにここに来たのだってそうだ」

 

 油断無く青鷺を見据えながらも、ショウはグレイに質問を続ける。

 

「ああ? んなもん仲間だからに決まってんじゃねーか」

「そう、だよね」

 

 そんな答え、ショウ自身聞かなくても分かっていた。でも、改めて聞くことに意味がある。自分はどうだろうか。仲間、なのだろうか。信じることもできず、裏切り者と罵って、自分の感情を抑えられずに危険にさらして、グレイが来なければむざむざジェラールに姉さんを差し出す事になっていた。こんなの、仲間だなんて呼べない。

 

 ――なら、オレも今から姉さんの仲間になる。

 

 不思議なほどにショウの頭はすっきりとしていた。状況に似つかわしくない爽やかな気持ちがするほどに。グレイが戦っているのを端から見ていた。彼は姉さんのために戦っているのだと、当たり前なことに気づいたとき、床に這いつくばって見てるだけの自分に腹が立った。グレイが危機に陥ったとき、自然に体が動いた。死なせてはならないと、そう思った。

 

「手伝うよ。仲間が死んだら姉さんが悲しむからね」

 

 その手に、トランプを構える。力強く、足を踏みしめ体を支える。もう、くじけない。

 

「――エルザは、いつも孤独で泣いていた」

「――?」

 

 グレイが左手だけを構えながら、呟いた。視線はショウに向けてはいない。けれど、ショウに向けた言葉だと分かった。

 

「あいつはいつも、心に鎧を纏って泣いていたんだ。――だから、エルザを一人にするわけにはいかねえんだよ。お前も、心がけとけ」

「――そうか、そうだね」

 

 ――エルザ姉さんでも泣くことがあるんだな。少しずれた感慨を感じてショウはわずかに苦笑した。絶対の存在のように思っていた姉さんにも弱い部分はあるのだと、支えられる場所があるのだと理解して嬉しくなった。今度は独りよがりでなく、真に支えられるようになりたいとそう思った。

 

「……知らない」

 

 グレイとショウが話している間、青鷺は黙って聞いていた。

 

「……仲間だ、なんだって。そんなの知らない」

 

 何を言っているのか理解できない。少女は目の前の二人の会話に自分でも理由もわからずに苛立った。小さい頃に拾われて、ギルドの雑用にこき使われた。そんな状況から脱出したくて、必死に腕を磨いた。孤独の日々だった。ひたすらに感情を押し殺し、安息の時など一度たりともなかった。

 

「……そんなの、まやかしだ!」

 

 戦いが始まって以来、常に無感情だった青鷺が初めて感情をあらわにした。

 

「悲しいな、闇ギルド。だから、てめえらは日陰者なんだ」

「……好きで、やっていると思うのか!」

 

 青鷺は怒鳴ると同時に転移した。狙うは、防御手段を持たないショウ。背後に現れ、短刀を振う。

 

「―――!」

「無駄だよ。オレも、対策はとったんだ」

 

 短刀は浮遊するトランプに阻まれ、ショウには届かない。あらかじめトランプを待機させておいた。そうすれば、転移されても即座に対応できる。

 

「もう、君の魔法は通じない」

「……だから、このくらいで攻略したと思うな」

「いいや、もう終わりだ」

 

 転移しようとした瞬間、気づく。周囲半径十メートルほどには無数のトランプが浮かび上がっていた。人の入り込める隙間がないほどに。

 

「転移する場所がなければ、転移できないだろ」

「……これが、どうしたの? 遠くまで転移すれば――」

「できるもんなら、やってみろよ」

「…………」

 

 グレイの挑発に青鷺は黙り込む。瞬間移動する様子はない。

 

「まあ、できねえだろうな。遠くまで転移できんなら、とっととジェラールとか言う奴のとこまで行けばいい話だ」

 

 瞬間移動の魔法を使うと聞いてからグレイが思っていた疑問。ショウも、戦いから離れて冷静になったことで気づいた。青鷺の瞬間移動はごく短距離に限られるのだと。ショウとグレイを目前に黙り込んで睨み付けるだけの青鷺にグレイは氷の剣を突きつける。

 

「終わりだ。無理矢理転移して全身を切り刻まれるか、このままオレにやられるか、降参するか、選びな」

「―――っ!」

「――そうか」

 

 短刀を振り上げて斬りかかる青鷺に氷剣を一閃。それを受けて青鷺は崩れ落ちた。

 

「――ふう、終わったか」

「息ついてねえで、早くエルザを元に戻すぞ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 グレイが青鷺から小袋をぶんどり、中からエルザのカードを取り出す。ショウは周囲に散らばったトランプを回収すると、エルザのカード化を解除した。

 

「――よくやった、お前たち」

 

 もとに戻ったエルザはショウとグレイの二人を抱きしめる。突然抱きしめられたために、照れて二人はわずかに顔を赤くする。そこで、エルザの頬を雫が伝っているのに気づく。

 

「姉さん、泣いてるの?」

「――お前たちの声は私にも聞こえていた」

 

 視界は閉ざされ、ずっと耳をたてながら気をもんでいた。

 

 ――あいつはいつも、心に鎧を纏って泣いていたんだ。

 

 声が聞こえた。その通りだ。私はいつも泣いていた。本当の私は強くなんて無い。目の前で大勢の仲間を失って、大切な人たちをまもれずに、そして、――彼を救えなかった。全ては強がりだ。より強く自分を見せようと、心を鎧で閉じ込め泣いていた。

 

「私は、弱い。弱いからいつも鎧を纏っていたんだ」

「エルザ……」

 

 エルザは二人を離し、一歩下がると換装する。上半身はサラシを巻いただけ、ズボンもただの布きれだ。

 

「鎧は私を守ってくれると信じていた。だが、違ったんだな」

 

 ――人と人との心が届く隙間を私は鎧でせき止めていたんだ。

 

「妖精の尻尾が教えてくれた。人と人との距離はこんなにも近く、温かいものなのだと」

 

 そう言って、エルザは綺麗に笑った。

 

「は、もう大丈夫かよ」

「ああ、後は任せておけ。お前たちは先に脱出しろ」

 

 グレイもショウも、傷は重い。もう一戦、まともに戦える状態じゃない。

 

「ふん、悪いがそうさせてもらうぜ。絶対、戻ってこいよ」

「もちろんだ」

 

 そう言って、グレイはエルザを送り出す。エルザがもう見えなくなった頃、ショウとグレイも脱出するために動き出した。

 

「……なんの、つもり」

 

 青鷺は、グレイの左腕で引っ張り起こされショウに背負われた。何でそんなことをするのか。本気で分からず青鷺は困惑する。

 

「脱出すんだよ。大人しくついてこい」

「……理解できない。敵にこんなことをするなんて」

「うるせえな、オレだっててめえが本気でクソ野郎なら置いてったわ!」

「……なら、なおさら。私は暗殺ギルドの――」

「暗殺ギルド、ねえ」

 

 青鷺を背負うショウが呟く。暗殺ギルドという言葉に違和感しか感じられない。

 

「お前、人を殺したことなんて無いだろ」

「――――」

 

 青鷺はうつむいて黙り込んだ。そう、彼女にとってクエストはこれが初めてだった。彼女は真の三羽鴉(トリニティレイヴン)ではない。本来のメンバーはヴィダルダス、梟とカブリア戦争から帰還した後に、その時受けた傷のせいで息を引き取った。その後も三羽鴉の最後の一羽は何度も入れ替わったが、ヴィダルダスと梟について行ける者がおらず不定だったのだ。今回、雑用係でしかなかった青鷺の実力を他の二人が見いだしたことで連れてこられた。二人は最悪殺せなくとも今回はジェラールという人物の護衛のようなもの。実力はお墨付きなので問題ないと判断した。

 

 だが、青鷺からすれば地獄の中から脱出する絶好の機会。逃すわけにはいかない。自分は人を殺せるとひたすらに言い聞かせた。でも、結局彼女は殺す覚悟なんてできなかった。殺せる機会はいくらでもあったはずなのに、彼女はそうしなかった。ショウの時はエルザを連れて行くためということもあったかもしれない。それでも、言うことを聞いてくれれば助けてくれるなど随分暗殺ギルドという物騒な肩書きにしては甘いことを言ったものだ。なにより決定的だったのはグレイとの戦いだった。ショウ違ってグレイを生かしておく理由はない。だというのに、千載一遇のチャンスで降参を迫った。

 

「だいたい、むかつくんだよ。お前」

 

 先を急ぐために走りながら、グレイは思ったことそのままに話す。

 

「お前、見たところ十三とかそこらのガキだろ。そんな奴が仲間なんて知らないだの言いやがって。それも、あんな悲しそうに怒鳴られちゃ、ほっとけるかよ」

 

 青鷺は信じられないものを見たとでも言うように口を開けて呆然とした。グレイは鼻を鳴らして目を合わせず、ただ前だけを見ていた。

 

「……腕、折られたのに随分と甘いこと言うね」

「ああ、本当に綺麗に折ってくれたもんだ。だけど、オレもお前のこと斬ったからおあいこな」

 

 胸の奥から何か温かい物がこみ上げてくる。初めての感情に困惑する。流れる涙を顔をショウの背中に埋めて隠す。ショウだけが背中にあたる温かいものを感じ取って笑みを漏らした。

 

「……私は十四だ。ガキじゃない」

「は、十四でもガキだろうが」

「……ガキに腕折られてかわいそう」

「んだとお!? やっぱ置いてってやろうか!」

「……もう、遅い。意地でも着いてく」

「痛い痛い! 力込めすぎ! 首絞まってる!!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「――はあ、はあ。これで、終幕だ」

 

 塔の頂上。天井は所々に穴が開き、床は完全に崩れ去って一階分だけ下がっている。辺りに瓦礫が積み重なるその中心に二つの影があった。

 

「――ああ、うちの負けどすか」

 

 ぴしり、と握る刀の刀身にひびが入っていき、最後には粉々に崩れ去る。同時に、斑鳩は床に倒れ込んだ。対面するジェラールもまた息を切らし、全身に切り傷を負って無事とは言いがたい。

 

「当然の結果だ。何のつもりかしらないが、実力も出し切れずに勝てると思っているのか」

 

 実力を出し切ったところでオレの方が強いがな、と鼻を鳴らす。斑鳩は戦闘中、いまいち集中できていないようだった。例え、実力的に近しいものを持っていたとしても、これでは勝てるものも勝てない。

 

「ジェラール!」

「は、千客万来だな」

 

 乱れた息を整えていれば、名を呼ぶ声が聞こえる。声のした方向に顔を向ければ想像していた通りの人物がそこにいた。

 

「久しぶりだな、エルザ。大分遅かったじゃないか」

「ジェラール、貴様の本当の目的は何だ」

「くく、なんだよエルザ。久しぶりに会ったのに挨拶もしてくれないのか?」

「心にもないことはいい。私も八年間、何もしてこなかったわけじゃない。Rシステムについて調べていた」

 

 そこにエルザはとある記述を見つけた。それが確かなら、Rシステムの発動は不可能に近い。

 

「魔力が、圧倒的に足りない」

「――――」

 

 エルザの言葉をジェラールは静かに聞いている。Rシステムという大がかりな魔法を発動させるには二十七億イデアという魔力が必要になる。これは大陸中の魔導士を集めてもやっと足りるかどうかという程の魔力。

 

「人間個人でも、この塔にも、それほどの魔力を蓄積することなどできない」

「――なるほど、確かに実現は困難だ。だから、オレには別の目的があるんじゃないかと、そういうことか?」

「その通りだ。お前は一体何を考えている」

「そうだな、答えを教えてやりたいのは山々だが――時間だ」

「――――!」

 

 塔のはるか上空に莫大な魔力の高まりを感じる。ついに、エーテリオンが落とされようとしていた。

 

「ジェラール!」

「黙ってみていろ。貴様の疑問の答えもすぐにわかる」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「オイオイ、評議員は本気でエーテリオンを落とす気なのかよ!」

 

 海上、船の上でウォーリーが叫ぶ。船の上にはシモン、カグラ、ウォーリー、ミリアーナ、ルーシィ、ジュビア、グレイ、ショウ、青鷺の九人が乗っていた。シモンがカグラとともに塔内に残っていた人たちを脱出した後、念話でウォーリー、ミリアーナ、ショウに呼びかけた。ウォーリーとミリアーナがヴィダルダスとルーシィ、ジュビアの三人が倒れているところに通りがかったこともあり、無事に合流して脱出できた。当然、まだ残っている者たちのためにももう一隻、船をすぐに出航できる状態にして。

 

「早く脱出して……」

 

 塔の上空に光り輝く魔法陣を前にハッピーは祈るように呟いた。だが、その祈りが届くことはない。

 

「――――」

 

 極光が、落ちた。衝撃に海が弾け、十メートルを超えるほどの大波が立ち、シモンたちの乗っていた船をひっくり返す。即座にジュビアが水の膜を張って包んだことで事で全員を守る。波が穏やかに戻った頃、楽園の塔を包んでいた煙も晴れてその容貌が明らかになる。

 

「なに、あれ……」

「外壁が崩れて、中から水晶?」

 

 それは夕焼けの中、青々と輝く巨大な水晶の塔だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「楽園の塔に二十七億イデアの魔力蓄積!」

「そんな魔力、一カ所に留めておいたら暴発するぞ!!」

「どうなっているんだこれは!」

 

 魔法評議院ERAは騒然としていた。想像だにしない結果に評議員ですら困惑する。だが、さらに混乱に陥れる事態が起こる。

 

「建物が急速に老朽化している!?」

「失われた魔法、時のアークじゃと!」

 

 建物の至る所がひび割れる。しだいに床も、柱も、天井も全てが崩れだす。我先にと大勢が逃げ出す中、騒々しさにヤジマ老師は目を覚ます。

 

「これは――」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図に言葉を失う。そして、ある一点、全てが崩れ落ちる中悠然と立ち続ける女を見つけた。

 

「ウルティア」

 

 ウルティアはヤジマ老師の言葉に気づいて顔を向ける。そして、彼女は薄く笑った。

 

「――全てはジーク様、いいえ、ジェラール様のため。あの方の理想は今ここに叶えられるのです」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ふはははは! 二十七億イデアもの魔力を吸収することに成功し、ここにRシステムは完成した!!」

 

 塔の中にジェラールの哄笑が響き渡る。エーテリオンの魔力を吸収し、足りない魔力を補ったのだ。

 

「――まさか、ジークレインとも結託していたのか!」

「――? ああ、そうか。お前はまだ知らなかったな。ジークレインはオレの思念体だ。オレたちは元々一人の人間なのだよ」

「なんだと……」

 

 その事実にエルザは唖然とする。ならば、エーテリオンを落としたのも自分自身。そのために評議員に潜り込んでいたというのか。だとしたら、ショウたちを騙し、評議員をだまし、

 

「仮初めの自由は楽しかったか、エルザ。全てはゼレフを復活させるためのシナリオだ」

「貴様は一体、どれだけのものを欺いて生きているんだ!」

 

 エルザの怒声が響く。受けるジェラールは変わらず涼しい表情を崩さない。エルザは両手に剣を持ち、ジェラールのもとへと踏み込んだ。

 

「ち、生贄は別に、そこに転がっている女でもいいんだがな」

「させると思うか!」

 

 エルザの放つ怒濤の剣撃。それを避け、受け流し、ジェラールは歯がみする。斑鳩との戦いで魔力を使いすぎた。多くの傷も負っている。

 

「それでも、オレは負けん!」

「ぐうッ!」

 

 光がエルザを包んで拘束する。理想の実現を目前にして、負けることなどあり得ない。全身全霊をもって勝利する。

 

「――はあっ!」

「――――ッ!」

 

 エルザを包む光を爆発させようとする寸前、エルザが光の魔力を切り裂いて拘束から抜け出す。そのままジェラールに踏み込んで一太刀を入れる。

 

「くそがッッ!」

 

 ジェラールは斬られた後、前に踏み込み、エルザの懐に潜り込んで拳を振り抜く。下がれば追撃にさらに斬られていただろう。エルザは腹部の衝撃に呻きながら後退して距離をとる。

 

「やるじゃないか、エルザ。だが、勝つのはオレだ」

「ぼろぼろの体でよく言う!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「つつ、オレは――」

 

 ジェラールとエルザの戦いから少し離れたところ。そこでナツは目を覚ました。

 

「あれ、どこだここ?」

「目を覚ましたみたいどすな」

「お前は――」

 

 見覚えのない水晶に囲まれて寝ていたことに気づいて、困惑するナツに近づいてきた斑鳩が声をかける。

 

「そうだ、オレはジェラールとか言う奴と戦って――、アイツはどこだ! まだ決着ついてねえぞお!」

「まあまあ、うちの話聞いてくれまへんか?」

 

 火を噴きながら雄叫びを上げるナツに苦笑しつつ、斑鳩はそれをなだめる。

 

「ジェラールはんなら、あそこでエルザはんと戦ってますよ」

「ああ? エルザだぁ? 横取りしやがって!」

「だから落ち着きなさいって」

 

 今にも乱入していきそうなナツを斑鳩が押える。その猪突猛進さにいつも手綱を握っているであろう人の苦労を思って苦笑する。ともあれ、このままでは本題に入れないので無理矢理にでも話を切り出す。

 

「――あのままだと、エルザはんは勝てないでしょうなあ」

「……なんだと?」

 

 思った通り、食いついた。

 

「エルザをなめるんじゃねえよ」

「ふふ、実力のことを言ってるんじゃありまへんよ」

「ああ? どういうことだよ」

「あの戦いをご覧なさい」

 

 斑鳩の言われた通り、エルザとジェラールを見れば一進一退の攻防を続けている。

 

「普通に戦ってるだけじゃねえか」

 

 斑鳩の言いたいことを理解できずにナツは首を傾ける。斑鳩は、本当にそうでしょうか、と話し始める。

 

「その互角というのがおかしいとは思いまへん? ジェラールはんはあんなにぼろぼろで、エルザはんは万全の状態だというのに」

「――? エルザが手を抜いてるってことか?」

「まあ、厳密には違うと思いますが、だいたいそんなものどす。――あの二人には、八年にわたる因縁がある」

 

 そう言ってナツに事情を話し始める。ナツは船の上では乗り物酔いで、塔の中ではハッピーを探すために別行動していたために、カグラの話もエルザの話も聞いていない。

 

「なるほどな。じゃあ、オレはいいや。エルザの問題はエルザが決着をつければいいしな」

「まあ、そう言う考えもあります。そこでさっきの話に戻るんどすが、エルザはんにはジェラールはんを倒そうなんて思えないから、きっと全力を出せないんどすよ」

「ふーん、でも結局手を出さねえ方がいいって結論は変わらねえ」

 

 ナツの律儀さに斑鳩は笑みを浮かべる。この性格なら多くの人に親しまれることだろう。

 

「普通ならそうでしょう。でも、これが仕組まれたものだとしたらどうでしょう」

「どういうことだよ」

「うちもナツはんが気を失った後、ジェラールはんと戦いました。――その時、ジェラールはんの魔力に違和感を感じたんどす」

「違和感?」

 

 無月流の一つに天之水分というものがある。周囲の魔力の流れを操るこの技は同時に流れの様子を読み取る。何度もジェラールと接触する中で感じた、ジェラールにへばりつくような魔力。

 

「ええ、それは、――洗脳魔法の痕跡どす」

「洗脳魔法!? それじゃあ、あの戦いは」

「ええ、第三者の介入がある。これでもエルザはんの問題と言えますか?」

 

 ぎり、と歯を食いしばる音がする。ナツが怒りに燃えているのが容易に分かった。

 

「じゃあ、その訳もわかんねえヤツのせいで、エルザは八年間も苦しみ続けたってのか!」

 

 ナツは床に拳をたたきつける。誰に向けていいのか分からない怒りを完全に持て余していた。

 

「そこで、うちから提案があるんどすが」

「ジェラールを洗脳したヤツを知ってんのか?」

「いいえ、残念ながら。ですが、――洗脳魔法を解除することならできます」

「――本当か!」

 

 ナツの言葉に斑鳩はしっかりと頷いた。

 

「ですが、うちにはほとんど魔力が残っていまへん。チャンスは一回。それもうちには戦う力が無い上に直接触れなければいけない」

「そういうことならオレに任せろ」

 

 そう言ってナツは顔面を床に叩きつける。否、床になっている魔水晶をむさぼり食う。ナツは炎を食べることで力を増す。しかし、ナツの今食っている魔水晶に含まれるエーテルナノは炎以外の魔力も融合されている。

 

「ごはァ!」

「ナツはん?! なんて無茶を――」

「おおおお!」

「――――」

 

 ナツの体から膨大な魔力がわき上がる。肌には鱗のようなものが浮き上がり、歯も鋭く尖っている。エーテリオンを取り込んで、ナツは滅竜魔法の最終形態、ドラゴンフォースを発動させたのだ。

 

「これで、まだ戦える」

「――――すごい」

 

 その異様にしばし圧倒されていた斑鳩だったが気を取り直して笑みを浮かべる。斑鳩が倒れる寸前、ジェラールは言った。“何のつもりかしらないが、実力も出し切れずに勝てると思っているのか”と。斑鳩は戦いを楽しんでしまうのが怖くて集中しきれていなかったこともある。だが、それ以上にシモンの話を聞いてジェラールを救えないものかと、斑鳩もまた思っていたのだ。ジェラールの不自然な豹変。そこになんらかの手が加わっているのではないかと思えば大当たり。

 

「一対一の戦いでは負けてしまいましたけど、勝つのはうちどす」

 

 実力を出し切らず、様子を探ったからこそたどり着いた答え。なぜ、直接関係の無い問題にここまで手を尽くすのか。そう聞かれたなら、斑鳩はきっとこう答えるだろう。――せめて周囲の人々だけでも、笑顔でいてほしいから、と。

 

 

「――さあ、いい加減ジェラールはんには目を覚ましてもらいましょうか」

 

 


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