“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第十六話 夜叉到来

「クソッ、どこ行きやがった!」

 

 グレイはショウを追いかけに行ったものの、出発が遅れてしまったためにシモンとカグラさえ見失って迷っていた。途中、どごん、と鈍い音が聞こえてくる。その音は断続的に聞こえてきており、グレイはそれが誰かが戦っている音だと理解する。

 

「――ちいっ!!」

「なあっ」

 

 音のする方へと走っていると、目の前にカグラが転がり込んできた。

 

「グレイ・フルバスターか」

「てめえ、ショウって奴を追ってたんじゃねえのかよ!」

「怒りはもっともだがこちらは取り込み中だ。詳しい話は兄から聞け」

 

 それだけを言うとカグラはこちらに突っ込んできていた梟に正面から踏み込んだ。梟は背負っている二頭のロケットの力による高速飛行を行い、鍛え抜かれた体から格闘攻撃を繰り出してくる。繰り出される格闘攻撃は速度が加えられていることもあり、凶悪な威力を誇っていた。逃げに回ったところでとらえられて終わりであろうことは明白である。

 

「――だが、斑鳩殿の剣閃に比べれば、止まって見えるぞ!」

 

 迫り来る梟に合わせてカグラは剣を振う。完全にとらえた、カグラはそう確信した。しかし、三羽鴉の異名は伊達ではない。その一羽たる梟は、カグラが剣を振う瞬間の起こりを見極め、その剣閃を見切って躱す。

 

「ホーホホウ! 正義の梟を斬ろうなどと百年早い!」

「クソッ」

 

 梟は斑鳩の剣速ほど速くはない。十分に見切ることは可能。しかし、カグラの剣速もまた斑鳩の剣速ほど速くはない。あと一歩のところで梟を捉えきれずにいた。また、カグラの剣閃を避けている梟は完全に攻撃を直撃させたことはまだないが、それでもすれ違いざま、かする程度ではあるが少しずつ攻撃を当てている。それが積み重なり、だんだんとカグラの体に傷が刻まれていく。

 

「ホーウ、さすがにそろそろダメージが溜まってきているのではないかね」

「ほざけ!」

 

 カグラと梟の戦いは互いに決定打を与えられずにほぼ互角。しかし、じわじわとダメージを負うカグラ。時間が経てば経つほど、戦況は梟の有利に傾いていく。一方、グレイはカグラの言うとおり現状を聞くために、地面に膝をついて蹲るシモンのもとへと向かった。

 

「おい、ショウって奴はどうなった。で、アンタの妹と戦っているアイツは何だ」

「アイツはジェラールの言っていた三人の戦士の一人だ。アイツに邪魔されてショウを逃がしてしまった」

「なんだと!? エルザは今、カードにされて無防備な状態なんだぞ! 早く見つけねえとヤベーだろ!」

「ああ、その通りだ。だが、悪いがカグラを助けてやってくれないか」

 

 シモンはグレイにカグラへの助けを求める。確かにカグラは強い。昔、シモンについて回っていたのが信じられないほどに。そんな妹が伝説の部隊、三羽鴉(トリニティレイヴン)の一人と五分に戦いだしたときは目を疑い、正気を疑い、唖然とした。だが、冷静に戦いを観察していれば分かる。戦況は少しずつカグラの分が悪くなっていることを。しかし、ほぼ互角のこの状況、グレイが加われば勝てる見込みがあるとふむ。しかし、その援助を求める声が聞こえたのかカグラの叫ぶような声が聞こえてきた。

 

「助けは無用だ! エルザが気になるのならば先に行け! こいつは私が仕留める」

「だとよ」

 

 梟の攻撃をあと一歩で避けながら言葉を飛ばす。その体に刻まれた傷は明らかについ先ほどより多くなっていた。

 

「強がりはよせ! お前だけじゃそいつに勝てない! 頼むから言うことを聞いてくれ!」

「グレイ! 助けに入れば私は貴様を一生恨む!」

 

 兄妹の意見は平行線。ならば、判断の全てはグレイにゆだねられた。シモンは傍らに立つグレイをすがるように見つめるが、

 

「……じゃ、わりーけどオレは先に行かせてもらう」

「グレイ!」

 

 梟を無視して先へ行こうとするグレイを呼び止める。その声に、グレイは足を止めて半身振り返った。

 

「ここで奴を倒すのも大事かも知んねーが、エルザだって急がねーとだろうが」

「それはそうだが、カグラを見捨てるというのか!」

 

 怒りをにじませてシモンはグレイへと吠える。しかし、対するグレイは呆れたようにため息をつく。

 

「あんたさ、心配なのは分かるけど、もう少し妹を信じてやったらどうなんだよ」

「信じるも何も、今、カグラは――」

「互角に戦ってんじゃねーか」

 

 事実、わずかにカグラに不利な状況とはいえほぼ互角の戦いを繰り広げている。そんなわずかな差など、少しのきっかけでひっくり返るような微々たるものに過ぎないのだ。

 

「しかし……」

「まあ、見てろよ。オレもつきあいは長くねーが、あいつがこの戦いに強い意味を見いだしてるってのは伝わってくる。実力が互角なら、意思の差ってやつは結構大きいぜ」

「――――」

 

 グレイの言葉にシモンは何も返すことはできなかった。今度こそ、こちらに背を向けて走り去っていくグレイをシモンは呼び止めることができずに見送った。

 

「ふん、なかなか良いことを言うものだ」

「ジェットホーホホウ!」

「くどい!」

 

 梟の突進をカグラが迎え撃つ。梟が躱してわずかながらカグラにダメージを与えて再び距離をとる。戦いが始まってから幾度となく繰り返された光景。しかし、カグラはその突進に有効な手を打てないでいた。また、梟も格闘戦は最高速度による突進、ジェットホーホホウを見切るほどの目を持ち、かつ刀を扱うカグラに対して行うのは危険。また、背中のロケットだけを射出して相手を掴ませ、振り回して酔わせることで戦闘能力を奪う、ミサイルホーホホウも捕まえる段階でロケットを斬られてしまう可能性が大きい。かといって梟自らが掴むことを許してくれるほどの隙はカグラに無い。故に梟もまたジェットホーホホウを繰り返すにとどまった。

 

「ホホウ、確かにワンパターンではあるが、貴様は確実に削られている。そうして弱った相手を仕留めるのもハンティング!」

「……ほざくな」

 

 梟に返したカグラの言葉には覇気がない。体中、傷のないところはないというほどに傷だらけである。どれもが浅い傷でしかないが確実にカグラの体力、集中力をそいでいた。

 

「ホホウ、まだ虚勢が張れるほどの元気があるとは。ならば、さらに痛めつけてやろう! ジャスティスホーホホウ!!」

「ちいっ!」

 

 再度、梟にとる突進。また、これまでの焼き回しが行われ、また一つカグラが傷つくのだと、傍目から見ていたシモンはそう思った。

 

 

 ――しかし、この交錯こそが戦いの最後を飾ることになる。

 

 

 迎撃のためにカグラが剣を抜こうとしたその瞬間。

 

「ジャスティスパワー全開!! ホホウ!」

「なにっ!!!」

 

 確かに、ジェットホーホホウは有効打である。しかし、何も考えずに繰り返すほど梟はバカではない。そう、繰り返すごとにカグラに気づかれないほど、ほんのわずかに速度を落としていたのだ。それを毎回、ルーチンのように迎撃していたカグラは錯覚によって無意識のうちに梟の速度に合わせて剣速を落としていったのだ。

 

「ホホウ、油断しきった獲物を狩る。これもまたハンティング!」

 

 梟の急加速に遅い速度になれきったカグラはその剣を合わせることは叶わない。剣を振るよりも早く、梟の突進は直撃する――はずだった。

 

「ホウ?」

 

 加速を行った瞬間、ずしり、と梟の体に何かがのしかかる。否、梟の体が重くなっている。

 

「――あまり、なめてくれるな」

 

 カグラもまた、ただ黙ってやられているわけではなかった。この戦いにおいて、カグラはこれまで一度も重力魔法を使用してはいなかったのだ。むろん、いまだカグラは重力魔法を思うように扱えない、と言うこともある。剣を扱いながらでは高い効果を発揮できず、重力魔法だけに集中すればそれなりに戦力にはなるが、だったら剣のみで戦った方が強い。斑鳩に言われて併用して高い効果を得られるように努力しているが、いまだ道のりは遠い。

 

 しかし、隠し玉があるというのは強みである。梟との戦いが始まってすぐに、自分ではあと一歩のところでこの大男には及ばない、とカグラは悟った。そして、ここぞという場面でその一歩を埋めるため、重力魔法を隠匿した。カグラは兄を吹き飛ばされたことによる激情に駆られながら、その思考は淀むことはなく、むしろただひたすらに目の前の男をどうしたら地に叩き落とせるかに割かれていたのだ。

 

 梟が確実にカグラを仕留めたという確信、それが彼に油断を呼んだ。通常であれば重力魔法の発動を感知した瞬間、体勢を立て直し離脱するだけの余裕はあったはずである。現在のカグラが使える重力魔法の威力はその程度のものでしかない。しかし、勝利を確信していた梟は虚をつかれたがために対処ができなかった。

 

 地に落とされるほどの威力は無い。しかし、体勢を崩すほどの効果で十分だった。梟が体勢を崩したことで背に負う二頭のロケットの噴射口がわずかに上を向き、カグラに向かっていた軌道をずれて固い地面に激突した。

 

「ホオオオオオオオオオウ!!」

 

 カグラへのとどめの一撃になるはずだったその攻撃の威力が全て梟に返ってくる。突進の勢いそのままに、地面に叩きつけられた梟は転がっていく。ようやく、勢いが収まったところで梟は激しい怒りに襲われた。空を駆け、悪を葬る正義(ジャスティス)戦士たる己が地に落とされたことは何にも変えがたい屈辱であった。

 

「――覚悟はできたか?」

 

 しかし、その怒りは頭上から聞こえてきた恐ろしく冷えた声に急激に冷まされて、代わりに恐怖が梟の前身を苛んだ。

 

「地に落ちた鳥の末路など、たやすく想像できよう?」

「ま、まっ――!」

「聞く耳持たん!!」

 

 カグラの剣がきらめき、梟に多くの傷を作り出す。完全に入った攻撃に、梟の意識は闇に沈んでいく。

 

「狩人を気取るならば、獲物を捕らえる瞬間にも気を抜くべきではなかったな」

 

 眼前に倒れ伏した梟を見下ろして、カグラはため息交じりに呟いた。ぎりぎりの戦いであった。現にカグラの体は傷だらけである。

 

「あ――」

 

 気が抜けたのかカグラの足に力が入らなくなり、ふらりと倒れそうになる。しかし、その体をぽすりと太い腕が支えて倒れ込むのを防ぐ。

 

「――お兄ちゃん。私、強くなったでしょ」

「――ああ、オレじゃあ想像もできないほどにな」

 

 楽園ゲーム、梟対カグラ。

 

 

 ――――勝者、カグラ。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「はあっ!」

「……しつこい」

 

 ショウは青鷺に向かってトランプを飛ばす。それに青鷺は眉一つ変えることはない。再び姿を消すとショウの眼前に現れる。短刀での突きの構え。ショウはそれを体を捻ってかわし、転がりながら青鷺から距離をると、再びトランプを投げつけた。

 

「やっぱりな」

 

 ショウは青鷺がそのトランプを姿を消すことなく躱したのを見て笑みを浮かべる。

 

「お前の魔法は瞬間移動。だけど、連続して使用することはできないんだ」

「……だから、どうしたの」

「勝ち目が見えたってことだ!」

 

 青鷺が避けられないようにショウは広い範囲に渡ってトランプを投げる。青鷺に避け場はなく、瞬間移動を使うしかないだろう。青鷺は一つ舌打ちをすると姿を消した。ショウの目に見える範囲に青鷺の姿はない。

 

「なら、後ろだろ!」

「……また避ける」

 

 前回りをするように転がってその場を離れ、かろうじて青鷺の凶刃から逃れ出た。同時にトランプを広範囲に広げて再び投げる。

 

「……調子に乗るな」

 

 今度は青鷺は短刀を振って自分に当たるトランプだけを弾く。だが、ショウの攻撃はそれだけで終わりではない。トランプを投げると同時にショウは青鷺めがけて走っていた。これまで戦ってきた感覚からして青鷺はまだ瞬間移動を使えない。さらにトランプを弾いたことで青鷺には隙が生じている。

 

「おおお――――!」

「くっ」

 

 無事な右腕を青鷺の顔面めがけて振り抜いた。その拳は寸分違わずその頬を捉え、青鷺は思わずのけぞった。ショウが追撃を仕掛けようとしたところで青鷺の姿が再び消える。

 

「ちっ、もう少しだったのに」

「…………」

 

 出会い頭に刺されたショウの左腕は動かない。故に、追撃が遅れてしまい青鷺を取り逃すこととなる。

 

「姉さん、待ってて。すぐに助け出してあげるから」

 

 ショウはすでに確信を得ていた。目の前の少女より自分が強い、と。最初こそ不覚をとってしまったものの、これまで戦いの主導権はショウが握っている。

 

「エルザ姉さんのカードを早く返せ。そうしたらお前の命は助けてやる」

「……意趣返しのつもり?」

 

 ショウは初めに青鷺に言われた言葉を返してやる。青鷺はわずかに眉をつり上げたものの、相変わらず平静を保っている。

 

「なら、そろそろ決着をつけさせてもろうぞ!」

 

 ショウは青鷺に向かって走り出し、同時にトランプを広範囲に向かって投げつける。

 

「……同じ手が通じるとでも」

 

 青鷺は姿を消す。ショウはまた視界にいないことから青鷺がすぐ後ろに転移したのだと思って前に転がる。しかし、青鷺の凶刃は襲ってこない。ショウの目が青鷺をとらえる。今度は先ほどよりもさらに後方、青鷺の短刀の間合いの外。そこに青鷺は現れていた。別に、何もショウのすぐそばに現れる必要は無いのだ。

 

「……もらった」

 

 青鷺は手裏剣をその手に持ち、転がったことで大きな隙を見せていたショウに向かって投げようと構える。ショウはその絶望的な状況に、――口を歪めて笑ったのだ。

 

「……何を――」

 

 瞬間、青鷺はショウがほくそ笑んだ理由を理解する。足下からトランプが飛び上がったのだ。

 

「地面に落ちたからって、操れなくなる訳じゃない」

 

 ショウは青鷺が躱せないように広範囲にトランプを投げていた。必然、床の至る所にトランプは落ちている。青鷺が転移した瞬間、それを使って攻撃すれば青鷺に逃げ場はない。勝った、そうショウが確信したとき、確かに彼はその呟きを耳にした。

 

 

「――もう、いいや」

 

 

 どういう意味か、それをショウが考えるよりも前に驚愕の光景を目にする。足下から飛び上がったトランプが青鷺を切り裂くその瞬間、青鷺の姿が消える。

 

「な、なんで……?」

 

 再度転移を使用するにはまだ時間がかかるはずなのに。その言葉を口にする前に、ショウは後ろ髪をつかまれて、その痛みを訴える暇も無く顔面を床へとたたきつけられた。

 

「があああっっ―――」

「……いい夢見れた?」

 

 青鷺は右手でショウの頭を掴みながら、その背中に腰掛けた。ショウは切れて血が流れる唇を震わせて、なぜ、とだけ口にする。

 

「……そもそも、連続して使えないなんて言ってないし」

 

 その言葉に愕然とする。ならば、連続してなぜ転移を使わなかったのか。それは手加減していたからに他ならない。

 

「遊んでいたのか、オレで……」

 

 悔しさと情けなさで声が震える。しかし、対する少女は一貫して冷めたような態度を崩さない。

 

「……別に、遊んでたわけじゃない。あなたを倒すとエルザが出てきちゃうし、本気で戦ってあなたが自分じゃ勝てないって気づいてエルザをカードから戻されても面倒だから、いい考えが浮かぶまであなたに合わせてあげてただけ」

 

 ショウはその言葉を聞いて、怒るでも、悔しがるでもなく一つの疑問が頭に浮かぶ。――姉さんはどうしたんだろう。嫌な予感にショウの心臓の鼓動が早くなる。青鷺はいい考えが浮かぶまで、そう口にした。ならば、今のこの状況、青鷺の言う、いい考えが浮かんだのではなかろうか。

 

「……これ、なんだと思う?」

 

 不安に苛まれるショウに青鷺が取り出したのは小袋だった。

 

「なにって……」

 

 青鷺が何を言いたいのか分からず口ごもる。それに、青鷺は淡々と話し始めた。

 

「……これはあるトレジャーハンターを殺した時に手に入れた小袋。絶対に壊れないって話。仕事で何か大事なものを持ち運ばなきゃいけないとき、ここに入れとけば落とすことはないからとても便利」

「何が言いたい」

 

 冷や汗を流しながら、ショウは青鷺に問いかける。嫌な予感しかしない。青鷺は相変わらず無表情のまま話し続ける。

 

「……この中に、エルザのカードを入れたの。――今、あなたを殺してエルザがもとの大きさに戻ったら、どうなるんだろうね?」

「てめ――っっっ!」

「……うるさい」

 

 再び青鷺がショウの頭を床にたたきつける。そして、青鷺は口や鼻から血をだらだらと流すショウの顔を引き上げて、左手で短刀を背中に突きつけた。

 

「……エルザが死ぬのが嫌だったら、大人しく私に着いてきて。ジェラール様にエルザのカードが渡ったら、後は好きにしていいから」

 

 短刀の刃がショウの背中にわずかに刺さり、小さな痛みとともに血が流れる。ショウは悔しさに泣き始めた。ああ、なんて惨めなんだろうか。ジェラールに騙され、八年間にわたって楽園の塔を作り続けた。真実を知り、ジェラールを倒すんだと意気込んでおきながら、たどり着くこともできない。姉さんを守るといいながら、むしろ危険に追いやった。

 

「……返答は?」

 

 さらに短刀が背に食い込む。ショウが死ねばエルザも死ぬ。返せる返事など一つしか無い。

 

「わ、わかっ―――」

 

 心を粉々に砕かれて、青鷺の提案を受け入れようとしたその時だった。

 

 

 

 

「――アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!」

 

 

 

 

 八本の氷の槍が、青鷺めがけて飛んでくる。

 

「くっ――」

 

 不意を打たれた青鷺は思わず、瞬間移動でそれを避けた。ショウは青鷺の手から解放されて、そのまま床に倒れ込む。

 

「たく、心配で追いかけてみりゃ、案の定ピンチじゃねえか」

 

 倒れ伏すショウと青鷺の間に一つの人影が入る。ショウは顔だけを持ち上げて、その人物の背中を見た。後ろ姿だが、見間違えるはずもない。エルザの仲間、“妖精の尻尾”のメンバーの一人。グレイ・フルバスターがそこに立っていた。

 

「おい、てめえ。エルザはどこいった」

「あ、アイツに奪われて――」

「ああん!? ざけんじゃねえ! つか、奪われたんならカード化解除するくらいしろよ」

「……それはできない」

 

 青鷺は先ほどショウにしたようにグレイに小袋を見せる。

 

「……エルザはこの中。今、カード化を解除したらどうなるかわかるよね?」

 

 その言葉にグレイはため息をつき、頭を抱える。そして、改めて青鷺をにらみ据えると、言った。

 

 

「ああ、そういうことかよ。――なら、てめえをぶっとばしゃあいいんだな」

「……やれるものなら、やってみるといい」

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「く……」

「どうされました? ジークレイン様」

 

 エーテリオンの発射も間もなくに迫った頃、ジークレインは眉根を寄せて歯がみした。それを訝しんでウルティアがのぞき込む。

 

「どうやら、思ったよりも苦戦しているらしい」

「――! 計画に支障は?」

「すこしまずいかもな」

 

 ジークレインの返答にウルティアは顔を苦々しく歪ませた。だが、ジークレインは歯がみしていた表情を一変させ、笑みを浮かべる。

 

「そんな顔をするな。――少し早いが、オレは戻らせてもらう」

「なるほど、では」

「ああ、後処理は任せたぞ」

 

 そう言ってジークレインは姿を消す。

 

(今の会話、明らかにおかスい。皆に知らせなければ)

 

 その様子を見ていたヤジマ老師は異常事態であることを理解して、今すぐに他の議員に知らせようと動きだし、

 

「――ヤジマさん。悪いですけど、もう少し眠っててくださいね」

 

 目の前に現れたウルティアに阻まれる。ウルティアがなにか呪文を唱えると、急激に意識が遠のいていくのを感じた。

 

「ウルティア、どういう――」

 

 言葉を最後まで発することはなく、ヤジマ老師は床に倒れ込む。

 

「ふふ、計画を邪魔されるわけにはいかないのよ」

 

 それを見下ろして、ウルティアは不気味に笑った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「火竜のォ、鉄拳!」

「ぐほお!!」

 

 ナツの拳がジェラールの体に突き刺さる。たまらず、ジェラールはうめき声を上げながら吹き飛ばされるが、体勢を立て直して着地するとその腕から、黒い怨霊めいた影をナツに伸ばす。

 

「邪魔だ!」

 

 それをナツは全身から炎を出して焼き払うと、さらにジェラールに向かって前進し、

 

「火竜の鉤爪!」

 

 炎を足に纏わせ、けりを放った。しかし、ジェラールはかろうじて躱して距離をとると、薄く笑って口を開く。

 

「なるほど、さすがドラゴンの魔導士。なかなかだな」

「はっ、何がなかなかだよ。手も足も出ねえじゃねえか」

 

 事実、無傷のナツに対して、ジェラールは多くの傷を負っている。ナツの優位は明らかだった。にも関わらず、ジェラールの目には余裕があった。

 

「確かに強力だが、思っていた程ではないな」

「なんだと?」

 

 ジェラールの言葉にナツは眉をつり上げ、見るからに怒りをあらわにした。イグニールから教わった滅竜魔法を侮られて、面白いはずもない。

 

「だったら、オレに勝って見ろよ」

「もちろんそのつもりだ。だが――」

「ジェラールは今まで本気を出せなかったんだ」

 

 すると、後方から、ジェラールと全く同じ声が聞こえてきた。振り向けばやはり、姿形も瓜二つの男が立っている。

 

「なんだ、てめえ」

「オレはジークレイン。評議員の一人だ」

「評議員? なんでそんな奴がここにいんだよ」

 

 当然の疑問に首を傾けるナツにジークレインとジェラールはくつくつと同じように笑った。そして、ジークレインはジェラールに歩み寄り、横に並ぶと、

 

「それはな、もともとオレたちは一人の人間だからだ」

 

 ジークレインは吸い込まれるようにジェラールと重なり、一つになった。

 

「合体したあ!?」

「もともと一人だと言ってるだろ」

 

 ナツの間違いを訂正すると、ジェラールは全身に魔力をみなぎらせる。それは、先ほどまでとは比べものにならないほどの魔力量だった。

 

「それがてめえの本気か」

「ああ、その通りだ。かかってこいよ」

「面白え!!」

 

 言うやいなや、ナツはジェラールに飛び込み、炎を纏わせたその拳をたたき込む。しかし、ジェラールは顔色一つ変えずに腕一本で受け止める。しかし、ナツの攻撃は終わりではない。殴りかかった勢いのまま、体を回転させてジェラールの顔面に蹴りを入れる。完璧に蹴りが入り、ジェラールは思わずのけぞってしまう。そこをさらに追撃が入る。腹部を、顔面を、次々に繰り出される拳が殴りつける。

 

「火竜の翼撃! 鉤爪! 火竜の咆哮!!」

 

 そして、とどめとばかりに滅竜魔法の連撃がたたき込まれ、あたりにナツの魔法の影響による煙が立ちこめた。

 

「――それで終わりか?」

「くそが……」

 

 煙が晴れるとそこには何事もなかったかのようにたたずむジェラールの姿。ナツの攻撃は全て完璧に入ったはず。にも関わらず、ジェラールにダメージは見られない。嫌でも実力差が分かってしまう。

 

「くく、お返しにオレの天体魔法を見せてやろう。――“流星(ミーティア)”」

「――――!」

 

 ジェラールの体を光が包み込んだと思った瞬間、その名の通り、流星がごとき速さでナツの背に回り込むと、肘を入れて弾き飛ばす。振り返って、反撃しようと思ったときにはもう遅い。振り返ったナツの顔面に横に回り込んでいたジェラールの膝蹴りがたたき込まれる。その勢いのまま、何発も拳をたたき込まれ、ようやくのことでナツが殴り返すが、空振りし、上に現れたジェラールの踵落しでもって地面に叩きつけられた。

 

「くそ、早すぎる!」

 

 空すら駆けて縦横無尽に目にもとまらぬ速さで飛び回るジェラール。これにナツは目で追ってはだめだと目を閉じると、その他の五感を集中させ、その動きを予測しようと試みる。

 

「ここだ!」

 

 そうして繰り出されたナツの拳は間違いなく、ジェラールの動きをとらえるはずだった。

 

「まだ早くなるのか!?」

「お前の攻撃など二度とあたらんよ」

 

 さらに加速したジェラールの動きにナツの拳は空を切る。その後も流星がごとく飛び回るジェラールの動きをとらえることは叶わず、何度も何度もその攻撃を受け続けた。滅竜魔導士は本来、その特性上その他の魔導士よりも頑丈だ。だが、それでも、ジェラールの怒濤の攻撃にナツの意識は薄れていく。

 

「とどめだ。お前に本当の破壊魔法を見せてやろう」

 

 ナツはジェラールの蹴りを腹にうけ、血を吐いて床に転がった。それを見届けたジェラールは天井近くまで舞い上がる。

 

「七つの星に裁かれよ――七星剣(グランシャリオ)

 

 天井を突き破り、七つの光がナツへと降り注ぐ。その光は圧倒的な破壊をもたらして、ナツは崩落した床とともに下の階へと落ちていった。ジェラールは大きくあいた穴の縁に降りるとのぞき込んで様子をうかがった。

 

「驚いた。まだ息があるとはな。さすがは滅竜魔導士といったところか」

 

 瓦礫の上に横たわるナツは起き上がる様子はない。だが、胸が上下している様子から生きていることはうかがい知れた。

 

「だが、一瞬だけ生き延びただけのこと。すぐにあの世へ送ってやろう」

 

 再び、ジェラールの腕に怨霊めいた影がうごめき始めた。それをナツへと放ち、命を奪い取ろうとした瞬間、――ジェラールに悪寒が走る。

 

「――――!!」

 

 本能に従い急いで後退してその場を離れる。次の瞬間、先ほどまでジェラールの立っていた場所が細切れになり、下の階へと落ちていく。

 

「あら、ずいぶんと勘がよろしいんどすなあ」

「誰だ!」

 

 声をする方を振り向けば、窓辺に一人の女が立っていた。女は白い着物に身を包み、その手には一振りの刀を握っている。

 

 

 

「うちは斑鳩と申します。どうぞよしなに」

「どいつもこいつも、階段を上ると言うことを知らないのか」

 

 

 楽園の塔頂上の戦いは、さらなる局面へと向かう。

 


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