“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第十五話 楽園ゲーム

 ナツたちが楽園の塔に潜入する少し前、エルザはかつての仲間の一人であり、エルザをさらったメンバーの一人でもあるショウを気絶させて拘束を解くと、ジェラールを探して塔内部を駆け回っていた。塔の各所に配置された兵士たちはエルザに襲われ、悲鳴をあげることしかできずに倒されていく。倒した兵士に詰め寄り、ジェラールの居場所を聞き出そうとするも、思うような成果はあがらなかった。元々、黒魔術教団に捕まっていた同士である可能性もあったために、あまり無理はできなかった。

 

「エルザ!」

「良かった、無事だったんだね!」

 

 多くの兵士たちが集まり走って行くのを見つけたエルザはこれを追いかけ、斬り伏せる。その先で聞いた声は聞き覚えのあるものだった。声の方向に目をやると、ともにアカネビーチでひとときを過ごした面々と加えてジュビアが居た。

 

「お、お前たちがなぜここに?」

 

 思いがけない再会に疑問の声が口をつく。

 

「なぜもくそもねえんだよ! なめられたまま引っ込んでたら“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”の名折れだろ!」

 

 憤慨した様子のナツがずかずかとエルザに近づいた。それに対するエルザの返答は淡泊なものであった。帰れ、ここはおまえたちの来る場所ではない、と視線を下へと落としつつ塔に潜入してきた面々へと告げる。その様子は拒絶しているようだった。でも、とエルザに話しかけようとしたルーシィだが、横から入ってきたナツの声に遮られる。

 

「ハッピーまで捕まってんだ! このまま帰る訳にはいかねえ!」

「ハッピーが? まさかミリアーナ……」

 

 心当たりのある様子のエルザにナツが詰め寄りどこにいるのか聞くが、先ほどまで捕まっていたエルザにも場所まではわからない。さあな、とだけ答えるとそれ以上は聞き出そうとはせず、周りが止める間もなくハッピーを探しに塔の奥へと走って行った。ルーシィやグレイがそれを追いかけていこうとするが、エルザは押しとどめ、再び帰れと口にする。

 

「ミリアーナは無類の愛猫家だ。ハッピーに危害を加えるとは思えん。ナツとハッピーは私が責任を持って連れ帰る。おまえたちはすぐにここを離れろ」

「そんなのできるわけない! エルザも一緒じゃなきゃ嫌だよ!」

「これは私の問題だ。お前たちを巻き込みたくない」

「――それは聞き捨てならんな」

 

 カグラがエルザの正面へと歩み出る。

 

「そなたをさらった連中の一人が楽園の塔と口にしたのをルーシィが聞いている。それが本当ならば、ここには兄がいるはずだ。私はここで帰る訳にはいかない」

「それは……」

「私たちもカグラちゃんから大まかな事情を聞いたよ」

「なっ! カグラ……」

 

 隠そうとしていた過去がすでに知られていることに驚き、カグラの方へと視線を向けた。しかし、カグラは気後れすること無くじっと瞳を見返した。

 

「勝手に話した罰は後で受けよう。しかし、その後を作り出すのにも、兄を助け出すためにも戦力は必要だ。それに――」

 

 カグラは後方を振り返り、ルーシィへと視線を向ける。それにルーシィは頷くとその思いをエルザに伝えるべく口を開いた。

 

「あいつらはエルザの昔の仲間かもしれない。けど、あたしたちは今の仲間。――どんな時でもエルザの味方なんだよ」

「――――」

「エルザ、もう、関係ないとは言ってられないんじゃないか」

「――――」

 

 エルザはなにも答えられずに背を向けて体を震わせている。そんな姿を見かねてグレイが頭をかきながら声をかける。

 

「らしくねえなエルザさんよ。いつもみてえに四の五の言わずについて来いって言えばいいじゃねえか。オレたちは力を貸す。おまえにだってたまには怖いと思うときがあってもいいだろうが」

 

 その言葉にエルザはゆっくりと振り返り、一同と向き合った。その瞳に涙をためて。普段は見せることのないその弱気な姿に言葉を失う。

 

「……カグラから話はどこまで聞いた」

「――! 楽園の塔が死者を甦らせる魔法の塔ってこと、エルザやカグラちゃんのお兄ちゃんが捕まってそこで働かされていたこと、仲間だったジェラールって人が裏切ってエルザを追い出して楽園の塔を完成させようとしてるってことかな」

「そうか、そこまで聞いたのか」

「それで、一つ疑問なんだけど――」

 

 ルーシィがカグラから聞いた話と実際にエルザの昔の仲間と会ってみての違和感。なぜ、あいつらはエルザのことを裏切り者と呼んでいるのか。実際に裏切ったのはジェラールの方であるはずだ。それをエルザへと尋ねる。

 

「私が追い出された後、ジェラールに何かを吹き込まれたのだろう。とはいえ、私は八年間も彼らを放置した。裏切ったのと変わらないだろう」

「でも、エルザは楽園の塔の場所が分からなかったんでしょ。しょうがないよ」

 

 ルーシィがエルザをかばうが、当の本人はきょとん、と首をかしげる。一瞬の後に、納得したように頷くとカグラの方へと向き直る。

 

「そうか、カグラにはそのように話していたのだな。だが、実際には違う」

「なっ、どういうことだエルザ!」

 

 思いもしない言葉にカグラは驚き言葉を荒げる。それにエルザは自嘲げな笑みを浮かべて答える。

 

「実際にはジェラールに政府にばれたら全員を消す、塔において私の目撃情報が一つあった時点で一人を消すと言われていた。にもかかわらず、お前にこの話をしてしまったのは私の弱さだろう。中途半端なことを教えてすまなかった」

「そういう事情であれば、別によい……。それに、結局仲間を救いに行けなかったのには事情があるではないか」

「そのことはもういいさ。今日、ジェラールを倒せば全てが終わる。それだけだ」

「――さて、話もまとまった様ですし、先の話をしまへんか?」

 

 ここまでずっと沈黙を守っていた斑鳩が手を叩いて注目を集める。意思の疎通はうまくいった。ならば、一人で先を行ったナツやハッピー、そしてジェラールを倒すために作戦を立てなければならない。

 

「斑鳩、お前もすまんな」

「うちは“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”でも楽園の塔の関係者でもありまへん。それでもエルザはんの仲間どす。気にしちゃいけまへんよ」

「ああ、ありがとう」

 

 斑鳩の気遣いにエルザは感謝し礼を言う。今度こそ作戦会議を開こうかというところでつかつかとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「その話、ど、どういうことだよ」

「ショウ……」

 

 エルザは近づいてきた色黒の男、かつて仲間だった男の名を悲しげに呟いた。

 

「そんな与太話で仲間の同情を引くつもりなのか! 八年前、姉さんはオレたちの船に爆弾を仕掛けて一人で逃げたんじゃないか! ジェラールが姉さんの裏切りに気づかなかったら全員爆発で死んでいたんだぞ!」

 

 まくしたてるショウの体は震え、冷や汗が流れ出し、動揺を隠しきれずにいた。

 

「ジェラールは言った! これが正しく魔法を習得できなかった者の末路だと! 姉さんは魔法の力に酔ってしまってオレたちのような過去を捨て去ってしまおうとしているのだと!」

「ジェラールが、言った?」

「――――!」

 

 グレイの言葉にショウが絶句する。そう、ショウの知っている全てのことはジェラールから教えられたもの。それが嘘だったとしたら?

 

「あなたの知っているエルザはそんなことする人だったのかな?」

「――お、お前たちに何が分かる! オレたちのことを何も知らないくせに! オレにはジェラールの言葉だけが救いだったんだ! だから八年間かけてこの塔を完成させた! それなのに……」

 

 ショウの独白。八年間の思い、その全てがそこには詰まっていた。同時にその思いが崩れ去ろうとする恐怖をも。

 

「その全てが嘘だって? 正しいのは姉さんで、間違っているのはジェラールだって言うのか!」

「――そうだ」

 

 それに答えたのはエルザでも、その場にいた誰でもない。また、誰かが近づいてきた。カグラがその人物の姿を見た瞬間、言い表すことのできないほどの激情にかられ、両の瞳から涙が溢れてくる。成長し、幼い頃とは似つかない。それでも直感的に分かった。この人こそが――。

 

「シモン!?」

 

 思いもしないところからショウは疑問に答えを返されたことで驚き、ショウがその男の名を呼んだ。

 

「てめッ!」

「待ってくださいグレイ様!」

 

 飛び出そうとするグレイをジュビアが押しとどめた。シモンはカジノにおいてグレイとジュビアを襲った。そのときは暗闇を作り出す魔法を作り出すこの男に身代わりとして氷の人形を用意することで魔の手を逃れたのだが、

 

「あの方はグレイ様が身代わりと知っていてグレイ様を攻撃したんですよ。暗闇の術者に辺りが見えていないはずはない。ジュビアがここに来たのはその真意を探るためでもあったんです」

「さすがは噂に名高いファントムのエレメント4」

 

 素直にジュビアを賞賛するシモンからは敵意は感じられない。

 

「誰も殺す気はなかった。ショウたちの目を欺くために気絶させる予定だったのだが、氷ならもっと派手に死体を演出できると思ったんだ」

「オレたちの目を欺くだと!?」

「お前もウォーリーもミリアーナも、みんなジェラールに騙されているんだ。機が熟すまで、オレも騙されているふりをしていた」

「シモン、お前……」

 

 エルザは今まで真実を知っているのは一人だと、一人で立ち向かわなければならないのだと思っていた。だが、そうではなかった。

 シモンは恥ずかしそうに頬をかく。

 

「オレは初めからエルザを信じている。八年間、ずっとな」

 

 エルザを信じてくれるものもいたのだ。二人は抱きしめ合って再会を喜んだ。

 

「会えて嬉しいよ、エルザ。心から」

「シモン」

 

 そんな二人を周囲は暖かく見守っていた。その中、ショウは一人、地に膝をついていた。

 

「なんで、みんなそこまで姉さんを信じられる。何で、何で――オレは姉さんを信じられなかったんだァ!」

 

 悔しさに雄叫びとともに両の拳を地面に叩きつけた。何が真実なのか、何を信じればいいのかと自問する。そんなショウの元にエルザはすっと近づき、地面に蹲るショウにしゃがみ込んで声をかける。

 

「今すぐに全てを受け入れるのは不可能だろう。だが、これだけは言わせてくれ。――私は八年間、お前たちを忘れたことは一度も無い」

 

 エルザはショウを抱きしめる。エルザの腕の中、ショウは思いの限り泣き続ける。

 

「何もできなかった。私は弱くて、すまなかった」

「だが、今ならできる。そうだろう?」

 

 不敵にそう言い放つシモン。それに答えてエルザも強く頷いた。

 

「ずっとこの時を待っていた。強大な魔導士がここに集うこの時を。ジェラールと戦うんだ。オレたちの力を合わせて。――まずは火竜(サラマンダー)とウォーリー達が激突するのを防がなければ」

 

 やるべき事は定まった。各々、覚悟も決まりいざ、戦いへ。

 

「ええっと、盛り上がっているところ申し訳ないんどすが、一つよろしいでしょうか……?」

 

 しかし、そこに斑鳩がおずおずと手を挙げて水を差す。何かあったのかと一同は斑鳩の方を向き、次に、気まずげに顔を歪める斑鳩の視線の先へと目をやった。あ、とエルザだけが斑鳩が水を差した意味に気がつき、しまったと言わんばかりの表情をする。

 

「…………」

「カグラはんをどうにかしてくれはります?」

 

 斑鳩の視線の先にはむすっと頬を膨らませていじけるカグラがいた。

 

「カグラ? ま、まさか――!」

 

 シモンが信じられないものをみたとばかりに驚愕し、吸い寄せられるようにそろり、そろりとカグラへと近づいていく。

 

「カグラ……、カグラなのか?」

「……………………うん」

 

 シモンの問いかけに長い沈黙の後、カグラは頷く。そう、シモンこそが十年間カグラが探し続けた兄なのだ。

 

「そうか、塔には連れてこられてなかったみたいだから、ずっと気にはなっていたんだ。大きく、なったな」

「…………お兄ちゃんこそ、すごく、大きくなったね」

 

 カグラの返答はどこかそっけないものだった。

 

「すぐに気づいてやれなくてすまなかった。許してくれ」

「別に、私は一目で分かったのに気づいてもらえなかったり、私のことそっちのけで話し込んでいたからって怒ってなんていない」

「はは、ごめんな。でも、本当に、会えて、良かった……!」

 

 そっとシモンはカグラを抱きしめる。カグラの頭に温かい雫がぽたぽたと落ちる。

 

「……私も、会えて嬉しい。お兄ちゃん」

 

 カグラもまた、手を伸ばして抱きしめ返す。離ればなれになっていた十年間を埋めるように、長く、長く、抱きしめ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽園の塔の頂上、塔の中を監視していたジェラールは不敵に笑う。

 

「ショウとシモンは裏切った。ウォーリーとミリアーナは“火竜(サラマンダー)”が撃墜、と。やはりゲームはこうでないとな。一方的な展開ほど退屈なことはない」

「ジェラール様、早くエルザを捕らえ、儀を執り行いましょう。もう遊んでいる場合ではありませんぞ」

「なら、お前が行くか、ヴィダルダス?」

「……よろしいので?」

「次は、こちらのターンだろう?」

 

 ジェラールの言葉にヴィダルダスはにかりと笑みを浮かべて体の前で両腕を交差させる。すると、ビキビキと音を立ててヴィダルダスの体が三つに分裂する。

 

「暗殺ギルド髑髏会特別遊撃部隊、三羽鴉(トリニティレイヴン)。お前たちの出番だ」

「ゴートゥヘール! 地獄だ、最高で最低な地獄を見せてやるぜェ!」

「ホーホホウ」

「……わたしはただ、殺すだけ」

 

 現れたのは長髪のパンクファッションの男、ヴィダルダス。背中に二頭のロケットを背負い、梟のような頭部をした男、(フクロウ)。忍装束のようなものに身を包んだ小柄な少女、青鷺(アオサギ)。三羽鴉と呼ばれた三人は戦闘態勢を整える。戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそみなさん、楽園の塔へ」

「なんだこの口は!?」

 

 シモンとカグラが満足のいくまで抱きしめ合った後、斑鳩たちは予定通りにナツを探して塔の中を回っていた。その途中、床に、壁に、天井に、びっしりと現れた口がしゃべり始めたのである。

 

「オレはジェラール、この塔の支配者だ。互いの駒はそろった。そろそろ始めようじゃないか――楽園ゲームを」

 

 そして、ジェラールはゲームの説明を続ける。

 ジェラールがエルザを生け贄にゼレフ復活の儀を行いたい、すなわち楽園への扉が開けばジェラールの勝ち。それを阻止できればエルザたちの勝ち。ルールとしてはそれだけの単純なもの。だが、それでは面白くないと続ける。ジェラールは三人の戦士を配置した。これを突破できなければジェラールの元にはたどり着けない。すなわち三対七のバトルロワイヤルである。

 

「最後に一つ、特別ルールの説明をしておこう。評議員が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある。全てを消滅させる究極の破壊魔法エーテリオンだ」

 

 付け加えられた特別ルールに塔に居た全員に動揺が走る。そして、自分まで死ぬかもしれない中でゲームを行うジェラールの正気を疑った。

 

「残り時間は不明。しかし、エーテリオンが落ちるとき、それは全員の死。勝者のいないゲームオーバーを意味する。さあ、楽しもう」

 

 口は全て消えて通信が途絶える。全員が少なからず動揺していたが、特にそれがひどかったのがエルザであった。

 

「エーテリオンだと? 評議員が? あ、ありえん! だって――」

 

 なにかを言おうとしたエルザだがそれを最後まで口にすることはなかった。なぜなら、ショウがエルザをカードの中に閉じ込めてしまったのだ。

 

「ショウ、お前何を!」

「姉さんは誰にも指一本触れさせない。ジェラールはこのオレが倒す」

 

 ショウはカード化されたエルザをもって一人で走り出した。制止の声に耳を傾けることもない。

 

「くそ! オレはショウを追う。お前たちはナツを探してくれ!」

「私も行く!」

 

 シモンはショウを追いかけ、さらにカグラがそれを追いかける。勝手な行動にグレイは腹を立てるがもうどうにもできない。

 

「仕方ありまへん。うちらはナツはんを探しましょう。敵が配置されているとのことどすが、制限時間がある以上全員で行動するのは効率が悪い。なので、うちは一人で行かせてもらいましょう」

「おまえもか!」

 

 走る斑鳩の後方からグレイの声が聞こえるが仕方が無い。実際に戦力を二分するならば驕りでもなんでもなく『斑鳩』と『グレイ、ジュビア、ルーシィ』となるだろう。ショウの方も気にはなるがカグラがいれば大丈夫だろうとの判断である。

 

「ああ、くそ! オレはやっぱりエルザが気になる。オレもあのショウって奴を追うからナツ探しは二人に任せるわ」

「ち、ちょっと!」

 

 結局、グレイも自分のやりたいことをすることにした。これにより、さらに『グレイ』と『ルーシィ、ジュビア』に分かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにがなんだかわかんねーが、ジェラールってやつ倒せばこのけんかは終わりか。おし、燃えてきたぞ!」

 

 楽園の塔の一角、猫のグッズで彩られた部屋で放送を聞いていたナツは闘志を燃やしていた。床にはミリアーナが気を失って倒れており、ウォーリーも意識はあるものの、立ち上がれずに居た。

 

「な、何なんだよジェラール。エーテリオンってよう……。そんなのくらったらみんな死んじまうんだぜ。オレたちは真の自由が欲しいだけなのに……」

 

 同じく放送を聞いていたウォーリーがショックをうけて呟いた。

 

「どんな自由が欲しいのか知らねーけど、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”も自由で面白ぇぞ」

 

 それは、ウォーリーの呟きを聞いていたナツがなにも考えずに言った一言にすぎない。けれど、そういうナツの顔は屈託のない笑顔で、それこそがウォーリーの求めていたもののように思えて見入ってしまう。

 

「ハッピー、ゲームには裏技ってのがあるよな!」

「あい!」

「一気に最上階まで行くぞ!」

「あいさー!」

 

 ナツはそんなウォーリーにかまわず、ハッピーを背に窓から飛び立ち、最上階へと向かっていった。それを見届けてウォーリーは晴れやかな思いで気を失った。

 

「ん?」

 

 ハッピーの“翼”で空を飛び、ナツの炎の噴射を推進力に塔の頂上に向かっているとき、遠くで何か音がする。何か来る、そう思った瞬間、ものすごい速度で何かが突っ込んできた。

 

「ごはっ!」

 

 はじき飛ばされたナツたちは塔の中へと転がり込み、壁にぶつかって止まった。

 

火竜(サラマンダー)!?」

「ナツ・ドラグニル!?」

 

 ナツがはじき飛ばされたのはショウを追いかけていたシモンとカグラの前方だった。

 

「大丈夫か!?」

「誰だお前、あっちも」

 

 心配してナツに駆け寄るシモンだが事情を知らないナツは困惑する。そうしているうちに、ナツが飛び込んできたから梟頭の大男が入ってきた。

 

「ルール違反は許さない。正義(ジャスティス)戦士、梟参上! ホホ」

「こ、こいつは!」

 

 一風変わった男の風貌に興奮を隠せないナツとハッピー。その一方、シモンは見覚えがあるのか焦りだす。

 

「まずい、こっちに来い!」

「ナツ! こいつ、あの四角の仲間だよ」

「この人は私の兄だ! 敵ではない!」

「へ?」

 

 カグラの言葉に驚いている暇も無く、ナツはシモンに引っ張られて走って行く。途中、シモンは振り返り、

 

「あいつには関わっちゃいけねえ、闇刹那!」

 

 シモンの魔法によって暗闇が作り出される。真っ暗な闇の中、まともに視界を確保できるのは術者であるシモンのみ、のはずだった。今のうちだと右手にナツの、左手にカグラの腕をつかんで逃げ出した。

 

「ホホウ」

「――――!」

 

 しかし、眼前に首を傾けた梟が現れた。シモンはとっさのことに身動きがとれず、梟の左手に頭を捕まれる。

 

「正義の梟は闇をも見破る。――ジャスティスホーホホウ!」

「が、がは……」

 

 梟の右腕から繰り出される強烈なパンチが完全にシモンの腹を捉え、シモンは血を吐きながら吹き飛んだ。その威力に、ナツでさえ、わずかながら戦慄を覚える。

 

「こ、これほどとは。暗殺ギルド髑髏会……」

「暗殺ギルド!?」

「闇ギルドの一つだ。まともな仕事がなく、行き着いた先が暗殺に特化した最悪のギルド……」

 

 聞き慣れないギルドの存在に驚くハッピーにシモンがその恐ろしさを語る。中でも、三羽鴉(トリニティレイヴン)と呼ばれる三人組はカブリア戦争で西側の将校全員を殺した最悪の部隊。その一人が梟である。

 

「ホホウ、悪を滅ぼしたのみよ」

「奴等は殺しのプロだ! 戦っちゃいけねえ!」

「火竜、貴様の悪名は我がギルドにも届いているぞ。正義(ジャスティス)戦士が今日も悪を葬る」

 

 このとき、ナツは怒りに燃えていた。先ほどの戦慄すら彼方に追いやるほどの強い怒りだ。暗殺なんて仕事があることが気にくわない。依頼者が居ることも気にくわない。ナツにとってギルドとは夢や信念の集まる場所。くだらない仕事している連中がギルドを名乗っていることがどうしようもなく気にくわない。だから、ぶっつぶす。そう思いを口にしようとしたところで、人影が一つ梟の前へと躍り出る。

 

「ホウ!?」

 

 その人影はカグラだった。腰に差してある刀に手をかけて梟へと突進していく。そして、そのまま抜刀しての居合い切り。梟はとっさに後退してそれを躱す。

 

「ホホウ、いきなり不意打ちとは許せん。貴様もこの梟が――」

「――黙れ」

「ホホウ!?」

 

 梟の胸に赤い線が入り、わずかに血がにじみ出る。浅く、ダメージにはなるほどではないが、カグラの攻撃は確かに梟へと届いていた。

 

「ナツ・ドラグニル。こいつは私の獲物だ。そなたは先に行け」

「おい、こいつはオレが――――なんでもないです。は、ハッピー行こうぜ!」

「あ、あい!」

 

 カグラの提案をはねのけようとしたナツだったが、カグラにすごまれてその恐ろしさに諾々と従うことにした。

 

「させん!」

 

 再び窓から出て飛んで最上階へと向かおうとするナツとハッピーを撃墜しようとする梟だが、再び斬り込んできたカグラに阻まれ取り逃がす。

 

「この正義(ジャスティス)戦士の邪魔をするとは、ますます許せん!」

「許せないのはこちらの方だ」

 

 十年間、兄を求めてさまよい続けた。そしてようやく巡り会えた。だというのに、この梟男はカグラの眼前でその兄を吹き飛ばしたのだ。許せるはずもない。先ほどのナツの怒りがかわいく思える程の激情がカグラを包んでいた。

 

「やめろカグラ! 暗殺ギルドなんかに関わっちゃいけねえ!」

 

 背後で止める兄の声がする。しかし、それを受け入れるわけにはいかない。

 

「お兄ちゃん、私がどれだけ強くなったのか、そこで見てて」

「カグラ!」

 

 言いたいことは言った。後は目の前の敵を斬るのみだ。

 

 

「ホホウ、それが兄との今生の別れの言葉でいいのかね」

「ふざけるな。貴様こそ、ここが終焉の地だと知れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナツー!」

「ナツさーん!」

 

 ルーシィとジュビアはナツを探して塔の中をさまよっていた。ナツは耳がいいため、呼べば聞きつけてやってくると思ったのだがあてが外れた。いっこうにナツの気配はない。

 

「グレイ様の頼みだから仕方ないけど、恋敵と二人っきりにするなんてグレイ様はどんな修羅場を期待してるの……?」

「あたし、全力で無関係なんだけど……」

 

 とんちんかんなことを言うジュビアにルーシィは苦笑い。すると、ギターをでたらめに弾いたような騒音が聞こえてきた。

 

「なに? てか、うるさっ!」

「そう? ジュビアは上手だと思うわ」

「本当、ずれてるわねアンタ……」

 

 そんなやりとりをしているうちに通路の奥からギターを肩に提げ、パンクファッションに身を包んだ男が床に届くほど長髪を振り回しながらやってくる。

 

「ヘイ、ヤー! ファッキンガール!! 地獄のライブだ、デストロイアーウッ!」

「なにあれ……」

「ジェラールの言ってた三人の戦士?」

 

 異様な風貌の男にドン引いてるルーシィの横でジュビアが冷静に男の正体を考える。

 

「暗殺ギルド髑髏会、おいスカルだぜ! イカした名前だろ。三羽鴉(トリニティレイヴン)の一羽、ヴィダルダス・タカとはオレの事よ! ロックユー!!」

 

 ヴィダルダスの長髪がさらに長く伸び、自在に動いて周囲の壁を破壊しながらルーシィたちに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショウはひたすら真っ直ぐにジェラールの元へと向かっていた。

 

「おい、ショウ! 落ち着くんだ、私をここから出せ!」

「大丈夫だよ、姉さんはオレが絶対に守るから」

「ショウ!」

 

 エルザの声も今のショウには届かない。自分を支えていたジェラールの言葉、八年間の生活、それら全てが崩れ去り、もはやショウは正気にない。今はただ、ジェラールへの怒りだけが彼を動かしていた。

 

「ショウ、上だッ!」

「――――ッ!」

 

 エルザの言葉に上を向けば忍び装束に身を包んだ少女が短刀を抜き放ち、ショウを斬り捨てようとしているところだった。

 

「……避けられた。思ってたよりやるね」

 

 ぶつぶつと呟いて、少女はジェラールのところへ向かうための通路の先に立ちふさがる。

 

「どけよ、オレはその先に用があるんだ」

「……ジェラールは言っていた。三人の戦士を倒さなければジェラールの元へはたどり着けないと」

「そうかよ!」

 

 ショウは鋭利になったトランプを投げつける。しかし、少女、――青鷺はトランプが到達する前に消え去った。

 

「どこに――!」

 

 行ったのか、とくちにしようしてとまる。気配を、すぐ背後に感じたのだ。ショウはとっさに体を捻るがどすり、と短刀が左の肩に刺さる。

 

「ぐっ」

「……またしても外した。やっぱり、わたしもまだまだだな」

「ショウ! 私を出すんだ!」

 

 エルザがショウに出すように言う。しかし、ショウはそれは聞き入れない。

 

「安心して、そのカードはプロテクトしてある。絶対に外からは傷つけることはできないんだ」

「そう言う問題じゃない! お前では奴には――」

「……へえ、こんなところにいたんだ」

「――――!」

 

 再び、少女がショウの眼前に突如として現れた。ショウはトランプを取り出そうとするが、その腕をつかんでとめられ、逆の手でエルザのカードを奪い取られる。

 

「返せ!」

「……っと」

 

ショウが取り返そうと手を伸ばすが、青鷺はまた消えて少し離れたところに移動する。

 

「……なるほど、たしかに私じゃ壊せない」

 

 青鷺が短刀でカードを斬りつけてみるが傷をつけることはかなわなかった。

 

「……困ったな。エルザをこのままジェラール様に届けたいけど、あなたをどうにかしないとできないし、かといってあなたを気絶させても殺してもエルザが出てきちゃうし。……ねえ、着いてきてくれない? そうすれば命は助けてあげる」

「ふざけやがって……!」

 

 青鷺の眼中にもないと言わんばかりの態度にショウは頭に血を上らせる。それでもショウにはエルザを解放するという選択肢はない。ショウはトランプをかまえて抗戦の意思を見せる。

 

「……しょうがない、あなたを私に従う気にさせてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法評議会本部、ERA。

 

「目標捕捉、空間座標補正」

「山岳地帯の影響で空間座標の補正は困難です」

「もう少し高度を上げるんだ」

「魔力装填率六十%」

「エーテリオンのの属性融合完了。エーテリオンの射出まで残り二十七分」

 

 そこでは着々とエーテリオン発射の準備が行われていた。エーテリオンの使用には思うように賛同を得られず、一度は難航したが、ジークレインがジェラールが自分の弟だと言うこと、そしてジェラールが甦らせようとしているのが伝説の黒魔導士ゼレフであることを話すと一転して多くの賛同を得るに至った。

 

「議長が体調を崩しているこの時にこのような決断を迫られるとは」

「仕方あるまい。議長欠席中は魔法界の秩序保全の全権限は我ら九人のものじゃ」

 

 エーテリオン射出の準備が行われていくのを少し離れたところで評議員たちは見守っていた。その中で不安を隠せないオーグ老師をミケロ老師がなだめる。他国への手続きなしの魔法攻撃といえど国家安全保障令第二十七条四節が適応されている、と。しかし、オーグ老師は首を横に振る。

 

「法律の話をしているのではない。我々が投下しようとしているのは悪魔なのだぞ」

「悪魔とはゼレフのことじゃよ。悪魔を討つための天使となることを祈るしかあるまい」

 

 また、別の場所ではジークレインとウルティアが話をしていた。

 

「いよいよですね、ジーク様。あなたの八年の思いが実現するのです」

「怖くないのか、ウルティア」

「ええ、少しも。私はいつでもジーク様を信じていますから」

「そりゃあ、そうか。お前には命の危険が無い」

 

 そうね、とウルティアはクスクスと笑う。

 

「オレは少し震えているよ。だが、命を賭ける価値は十分にある。――これが、オレの理想だからだ」

 

 そんな二人の会話を柱の陰からヤジマ老師が聞いていた。

 

(死ぬ? 理想? 一体どういうことだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ともお別れだな、ジークレイン」

 

 一人になった塔の頂上でジェラールは腰をかけて塔の中を観察していた。

 

「梟にはシモンの妹、ヴィダルダスには水女と星霊使い、青鷺にはショウ、か。面白くなってきた。そして――」

 

 部屋の窓の方へと視線を向ける。そこに、一つの人影が降り立った。

 

「お前がジェラールって奴か?」

「なら、どうする?」

「お前を倒せばこの喧嘩は終わんだろ? なら、ぶっつぶす!」

 

 堂々と啖呵をきるナツに心の底からジェラールは笑う。

 

「来い、ナツ・ドラグニル。滅竜魔導士の力、一度味わってみたかったんだ」

 

 そして、第四の戦いが始まった。

 

 

 




い、斑鳩の影が薄い……。今んところ彼女はまだナツを探しています。
そして、ナツVSウォーリー&ミリアーナは原作と全く同じなのでばっさりカット。つまり、三羽鴉も原作と変わんないヴィダルダスの戦いはばっさりカットの予定。ファンの人が居たらごめんなさい……。

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