“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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修行編(オリジナル)
第一話 剣に魅せられた少女


 鳳仙花村。

 

 

 ここは東洋建築の立ち並ぶ、フィオーレ王国の観光名所のひとつである。数多くの旅館が立ち並び、辺りには活気が満ちている。

 この村にある時、一人の女の子が生まれた。

 彼女は特別だった。赤子にしてすでに自我を持っていたのだ。何故なら、彼女には前世の記憶があった。それも別の世界の記憶である。彼女は前世では漫画として読まれていた作品の世界に転生したのだ。

 だが、記憶は薄れるもの。記憶は時が経つにつれて消えていく。事実、転生して八年が経つ今、彼女に前世の記憶はほとんどないと言っていい。今の自分を自分として受け入れた。精神も大人びているとは言われるものの、年齢相応になっていると言っていいだろう。

 あるのはこの世界で自分に関係するかも知れない原作知識の一部だけ。それも自分から関わらない限り関係のない話だと思っていた。自らを特別なんて思ったことはない。生まれた村で育ち、働き、死んでいくだけだと思っていた。

 

 

 

 そう──。

 

 

 

 目の前に広がる光景を見るまでは──。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「野郎共、ありったけの金を盗め。目撃者は生かすんじゃねーぞ!」

 

 深夜の旅館に、似つかわしくない下品な賊の怒声が響く。普段ならば観光名所として栄える旅館が今ではまるで地獄のような様相を呈していた。障子戸が血に染まり、畳は剥がれて散乱している。荒れ果てた庭には、逃げようとしたのであろう宿泊客や従業員の亡骸が転がっていた。

 

「評議院に睨まれちまったオレたちには後がねえ!  どんなことをしてでも金を集めろ!」

 

 賊の声からは焦りの感情が読み取れる。これほど大胆な犯行に及んだのは、それほどに追い詰められていたからに他ならない。

 そんな賊の声を、押し入れの中から聞いている一人の少女がいた。この旅館の女将の娘で、幼いながらも住み込みで簡単な手伝いをしていた少女であった。

 

「────っ」

 

 体を震わせ、涙を流しながらも必死に叫びそうになる気持ちを押し止める。

 助けは期待できない。山中の露天風呂が売りのこの旅館は村の外れに存在している。きっと朝になるまでこの異常に気づかれまい。賊もそれを見越していたのだろう。

 

「お父さん、お母さん……」

 

 見つかってしまえば命はない。極限の状況の中、重圧に精神が悲鳴を上げる。

 我慢しきれずに口から漏れ出たのは今生での両親を呼ぶ声であった。両親は混乱する状況の中、娘を押し入れに隠して部屋から去った。きっと、娘が助かる可能性が少しでも高くなるように、賊の注意を引きつけに行ったのだろう。生存は絶望的だった。

 

「なんだあ、声がしたなぁ」

 

 瞬間、彼女は背筋を凍らせる。息を殺すのに必死で気づかなかったが、いつの間にかこの部屋にも賊が到達したようである。

 

「こっちのほうから聞こえたなぁ」

 

 獲物を見つけた喜びか、賊の声は幾分か喜悦を含んでいるように感じられた。足音が近づいてくる。とっさに押し入れの中にしまってあった布団の中に潜り込む。

 

「ここかぁ!」

 

 同時に、押し入れの戸が乱雑に開かれた。

 緊張は極限まで高まり、もはや息をすることもままならない。少女に許されたのは、ただ身を縮めて祈ることだけ。

 故に、

 

「なんだ、気のせいかよ」

 

 賊の呟きを聞いたとき、心の底から安堵して息をついた。

 

 

 ──その瞬間。

 

 

「なぁんてなあ!!」

 

 潜り込んでいた布団ごと、少女は押し入れの外へと投げ出される。

 一息ついた瞬間の出来事だったために、思考が真っ白になり呆然としてしまった。賊が少女を捕まえるのには十分な隙である。

 

「へえ、こりゃ将来有望そうなガキだな。だが残念なことに全員殺せって言われてるんだわ。もったいねーよなぁ……」

 

 賊は少女を床に押さえつけると、その容姿を見て残念そうに呟いた。その姿を見上げながら少女は自分の死を悟る。体中の力が抜け、抵抗することすらできなかった。

 脳内を走馬灯が駆けめぐる。走馬灯はどんどん過去へと遡っていった。

 

 

 ──旅館の手伝いを始めたとき。

 

 

 ──始めて立ち上がることができたとき。

 

 

 ──ようやく言葉を発することができたとき。

 

 

 ──始めて両親に誉めてもらったとき。

 

 

 そして、

 

 

 

 ──前世で自分が死んだとき。

 

 

 

「──ッ!」

 

 

 ──こんな終わりは嫌だ! 

 

 

 先ほどまでとは比べ物にならない恐怖が押し寄せる。気づけば少女は身をよじり、賊の手から逃げ出していた。

 一度大人しくなった少女がまさか抵抗してくるとは思わず、賊は重心を狂わせてよろめいた。

 その隙に少女は逃げ去っていく。

 

「待てコラ!」

 

 年端もいかぬ少女に逃げられたことでプライドを傷つけられたのか、男は先ほどまでの余裕を投げ捨て、鬼の形相で追いかける。

 少女は必死で駆けるが、所詮は八歳児の体力。逃げ切ることなど始めから不可能だった。

 少女は賊に後ろから蹴飛ばされ、廊下を無様に転がった。痛みに喘いでいると、賊に首根っこを捕まれて猫のように持ち上げられた。

 

「たく、要らねえ手間かけさせや、がっ、て……?」

 

 ここで男は異変に気づく。

 いつの間にか、辺りが静寂に包まれている。つい先程まで怒声と悲鳴がひしめき合っていたというのに。加えて、少女を追いかけている間、誰ともすれ違っていない。

 

「まだ仲間がいたのか」

 

 突如、背後から低い男の声がした。彼の仲間ではない、知らない声だ。

 

「誰だ!」

 

 賊は掴んでいた少女を放り投げ、声の主から距離をとるように飛び退いた。

 そうした賊の目に映り込んだのは旅館の浴衣を身に纏う、厳つい壮年の男であった。右手に握られた血の滴る刀を見て、賊の額から冷や汗が流れ落ちる。

 

「てめえ、まさか……」

「ああ、残っているのはお前だけだ。運がなかったな」

 

 言外に賊を全滅させたと、男は事も無げに告げた。睨むだけで人を殺せそうな鋭い目には何の感情ものせていない。

 賊は恐怖した。勝てるはずがない。どうすれば生き残れるか、かつてないほどに回転する思考と裏腹に、選んだ答えはただ単純なもの。

 

「空間魔法、空間隔離!」

 

 己の武器、魔法による足止めだった。

 賊が魔法を唱えると、男の周囲に透明な膜が出現する。いや、実際はそう見えるだけで膜は断絶した空間の境目だ。勝てないならと、ありったけの魔力を足止めに使ったのである。

 

「てめえはしばらくそこから出られねえ。その間に逃げさせてもらうぜ。おっと、お嬢ちゃんだけでも始末しなきゃな」

 

 急変した事態に頭が追い付かず、その光景をぼうっと眺めていた少女に再度矛先が向いた。

 男を殺せない以上遅いかもしれないが、極力目撃者は減らしたい。賊の魔の手が迫り、小さな命を散らそうとしたその瞬間。

 

「──無月流、夜叉閃空」

 

 男の剣が煌めいた。斬撃は空間の膜を切り裂くに留まらず、そのまま両者の間にある距離を飛び越えて賊を切り裂いた。

 

「馬鹿な!? 断絶した空間に閉じ込めたはず! 何故出てこられる!??」

「無論、空間ごと切り裂いただけのこと。無月流に斬れないものなど存在しない」

「く、そ……」

「…………」

 

 その言葉を最後に、賊は廊下の床に倒れ伏す。それを無感動に見送ると、男は少女に歩み寄る。

 

「憐れな子だ。両親も死に、これからは生きづらかろう。死にたいのなら介錯ぐらいはしてやるぞ」

 

 可哀想だから殺してやると、男は真っ当に生きるものであればかけないであろう言葉を平然と放つ。

 男もまた善人ではない。むしろ今殺した賊よりも質の悪い殺人鬼、それが彼だった。今回もたまたま襲われたから反撃しただけにすぎない。

 男が言っていたように賊たちは運がなかった。少女を助けてしまったのもただの気紛れ。

 だから、刀を少女に向け、望む結末を与えようと言葉を待つ。そして、返ってきたことばは予想だにしないものだった。

 

「……きれい」

「なんだと?」

 

 男は目を見開いた。いったい何が心に響いたのか、無感情だった瞳が嘘のように揺れている。

 そんな男に少女はさらに言葉をかける。

 

「とてもきれい。今までに見てきた何よりも……」

「……気が変わった。名前はなんという」

 

 まるで奇妙なものでも見るように少女を見下ろす男は、刀の血を拭い取り、腰に差した鞘へと刃を納めた。薄い桃色の髪に、両目についた泣きボクロ。八歳にしてほんの少しの色気を感じさせる少女の名前は──、

 

「斑鳩。うちの名前は斑鳩です」

 

 この出会いこそ少女の、──斑鳩の物語の始まり。

 何の変哲もない人生は急変し、物語の渦へと取り込まれていくこととなるのだった。

 

 




斑鳩の原作スペック
・エルザも見切れない剣閃
・空間を越える斬撃
・耐火のはずの炎帝の鎧を迦桜羅炎で粉砕
・エルザの切り札の一つの煉獄の鎧を切り刻む
普通にバラム同盟の奴らクラスじゃないだろうか

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